私はあの人を「女」として振り向かせたい。【完結】 作:亜梨亜
「……で、どうだったわけ? 初デートは」
「だからデートじゃないんですって!」
いつものコンビニバイト、いつもの店内ラジオ、いつもの暇具合、いつもの変身中。久々に店長と二人でレジ番。ここの情報の拡散力は尋常では無い為、私がカイトさんと(杏奈ちゃんもいたけど)カフェに行ったことは店長含めほぼ全スタッフの知るところとなっていた。隠すようなことでもないし、嬉しかったからいいんだけどね。元々私が誰かに言わないと話の発端も生まれないので、まあそういうことなのだ。
「ま、良かったじゃん。あの人と繋がりもできたし、拗れそうになってたギャルっ子とも上手いこといきそうなんでしょ? 私の思ってる以上に進歩しててびっくりしたよ」
「連絡先交換できても怖くて連絡できないですけどね……」
杏奈ちゃんに沢山カミングアウトした次の日、突然杏奈ちゃんから送られてきたLINEには「カイトから許可取れたし、鈴原ちゃんにカイトの連絡先あげるね」という文章と、カイトさんのLINEのアカウントが送られてきていた。震える手でご挨拶のメッセージを送ったら、可愛いカワウソのスタンプが帰ってきた時は十分くらい悶えてしまった。
そして杏奈ちゃんの仲介を通して、「私の男苦手を克服する為にカイトさんと二人で会う作戦」もじわじわ進んでおり……なんと二人で会う予定が既に出来てしまっているのだ。杏奈ちゃんには本当にどれだけ感謝しても足りない。普通に嫌われたり、嫌な顔されてもおかしくないと思っていたのにまだずっと仲良くしてくれていて、しかもサポートまでしてくれるのだ。絶対杏奈ちゃんに好きな人が出来たら全力でサポートしてあげないとな。
「青春だねぇ。ちょっと羨ましいわ」
「……そういう店長は、彼氏とかいないんですか?」
「内緒。大人の女は秘密がある方が魅力的に映るもんでしょ」
店長は秘密が多すぎると思うんですが。そもそもこの人はたとえ秘密が無かったとしてもかなり魅力的な女性だとは思いますが……。まあどうせこの人はどれだけ詮索してものらりくらりと躱してくることはわかっているので、これ以上聞いても無駄な訳だが。
「まあ、秘密も無しに常に出たとこ勝負してるような子も応援したくなって可愛いと思うけどね。アンタを始めウチの学生バイト共はどいつもこいつも隠し事を全然しないから、可愛くてつい応援しちゃうよ」
「じゃあ、私も応援するから店長も隠し事ナシで教えてくださいよ」
「それとこれとは話が別。秘密が多いのも隠し事しないのも、どっちも魅力的な女の条件ってことだよ」
ぐぬぬ……。折角上手く切り返したと思ったのに……。
相も変わらず鋼鉄の防壁を誇る店長のプライベート。確かに秘密だらけでミステリアスなこの堂林まつりという女性は魅力的だし、そこに惹かれる男がいてもおかしくは無いのだが……如何せん性転換薬なんていうトンデモ薬品を取り扱っていたりと秘密の規模がとてつもなくデカイのだ。気になるに決まっている。
同じようにミステリアスチックで魅力的な女性といえば……やっぱり、私の周りだと京香だろうか。彼女も、私は仲が良いからこそ「二次元の男に貢いでいる(課金)重度のオタク」であることを知っているけど、基本的には自分のことをあまり喋らないクールビューティ高校生である。変な噂もたまに立てられてはいるが、それはそれとして男から密かに人気が高いこともなんとなく知っている。成程……確かにまあ秘密がある方が魅力的なのはそうなのかもしれない。
「そういや、多分今日はアンタの推し、来ないよ」
「えっどうしてですか!?」
「昨日と一昨日、連続で来てたから。あの人毎日は来ないし、多分今日はまっすぐ帰る日なんじゃない?」
そ、そんな……! 私のバイトの楽しみの五割が奪われてしまった……! そんな理不尽が許されていいのか……いやカイトさんも毎日コンビニでビール買ってたらお金無くなるもんね。たまにはまっすぐ、早く帰りたいよね……。だとしても寂しいけど。連絡先を手に入れたところで、連絡する勇気が無いのだから、結局繋がる機会はこのバイト中がメインになってしまうのだ。
くそぉ、タイミングが尽く合わない。三回連続で私のバイト中にカイトさんが来てくれていないぞ……。土曜日はお昼出勤だったから仕方がないとはいえども。
…………。
………………。
「………………店長、今カイトさんの話題を出して露骨に私が店長の恋愛事情を聞こうとするところから話逸らそうとしませんでした?」
「気の所為でしょ。先に辛いことは伝えておいた方がいいだろ?」
「いつもはそんな風に多分来ないよ、なんて意地悪なこと言わないじゃないですか!」
この人ズルい。しれっと当然のように逃げた……! 大人はいつだってそうだ。でも早々に気が付けて良かった。まだ更に詰問に向かっていける──
──というところで入店サウンドが鳴り、自動ドアが夜の冷たい風と共に開かれる。お客さんが入ってきた証拠だ。当然ながら店長の恋愛事情よりも業務の方が大事な為、気持ちを切り替える。
「いらっしゃいませぇ」
入ってきたお客さんはストリート系ファッションでバシッとキメた、私と同じくらいの歳の女の子。というかめちゃくちゃ見覚えがあるというか、あの耳元の真っ白なイヤリングカラー、耳にバッチバチに付けられたピアス、あのファッションスタイルを着こなすカッコ良さ、間違いなく……平井京香。私の学校でのオアシスであり、親友の姿がそこにはあった。えっもしかしてバイト先バレた? 杏奈ちゃんから聞いたかな……いやそんなことないか。私が男になってるってことはあんまり言わないで欲しいって言ったはずだし、そもそも「いやそんなん言って信じるヤツめっちゃバカじゃん笑」と苦笑混じりに言われたので、あの子が誰かに言うってことは……ないと思う。偶然だろうか。
京香はジュースを一本持ってレジにやってくる。偶然か否か、私のいるレジの方だった。
「あ、あと肉まん一つ……………………あれっ、もしかして碧?」
「えっ?」
今、確かに私の名前を呼ばれた。
京香に、私の名前を呼ばれた。
変身中の、男の状態で。
私が、この男が、鈴原碧であると。
私のオアシスは、私の親友は、当然のように私の名前を呼んだ。
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「くくっ、あっはっはっは! なるほどね、そういうことだったんだね。そりゃああんたもバイト先言えないわけだ! 説明出来ないもんね、バイト中は男になってるなんて!」
「京香、笑いすぎ。私本気でビックリしたからね?」
次の日の学校、休み時間。京香は私の話を聞いて笑い転げていた。
京香はたまたま中学時代の友達とあの辺りで遊んでいたらしく、そのまま帰りに寄り道してコンビニに入っただけだったらしい。そしたらそこに変身中の私を見つけ、名札に書いてある「すずはら」という文字と、京香自身の直感で「あ、碧だ」と確信したらしい。
性別が明らかに違うというのに私と確信出来たのが物凄いし、だとしても常識的に考えたら有り得ないことなのにそこで私だと思って聞いてくることも凄まじい。改めてこの平井京香という女、とんでもない女である。というか本当になんでわかったんだ。隣にいた店長が信じられない、という顔をしていたのがとても印象に残っている。あんな店長の顔、初めて見たもんな。それくらい正体看破が有り得ないことだった、ということでもあるんだろう。
「……っはぁ〜。ところで一通り話を聞いたところで、私から聞きたいことがあるんだけどさ」
「何?」
流石に男になっているその様を目撃され、正体まで看破されたので、京香にも杏奈ちゃん同様、どうしてこうなったのかという顛末を話した。京香からしたら、店長の「男になったら男に言い寄られることもないだろ」理論が非常にツボだったらしく、その話を聞いた時にお腹を抱えて笑っていたのだ。
「性転換薬って何?」
「ごめん、それは本当に私も何も分からない」
杏奈ちゃんと全く同じ反応をしている……。いやというかそれが普通なんだよな。改めて本当になんなんだ、あの薬は。やっぱりバイト一同で一回店長に聞いてみるか……? 絶対に教えてくれないという確信はあるが。
「ふ〜ん、でもなるほどねぇ。あんたがバイト先のお客さんにアプローチをかけたくてもかけられないって言ってた理由が痛いほどわかったよ。そりゃそうだ、男の状態でアピールしたって仕方がないもんね。こりゃ先行き不安……というかどうやってアピールするつもりよ、あんた」
「えっと……いやっ……あのね、実は連絡先交換出来たんだよね」
「マジで!? ちょちょちょちょっ、ちょっとあんたさ、そういうことは交換出来た時に教えてよ! 最近そんな話全然聞いてなかったからビックリしちゃったじゃん!?」
杏奈ちゃんのお兄ちゃんだった、って話は……しなくてもいいかな。多分杏奈ちゃんはお兄ちゃんがいることを全く隠してないし、仮に京香がこのことで杏奈ちゃんに突撃したとしても「そうだよ? 鈴原ちゃんも惚れるくらい良い男だからね、カイトは〜!」とか言いそうな気はする。けど何か私が恥ずかしいから……言うのはやめておこう。そう、大人の女は秘密がある方が魅力的なのである……私が大人の女みたいな魅力を出せるかと言われたら、ちょっと難しいけど。
「えっちょっと待ってそれってあんた、「女」として交換できてるわけ?」
「うん」
「まじぃ!? いいじゃんいいじゃん、アピール仕掛けるしかないじゃん! あんたマジで可愛いんだし、積極的に押すが吉よ」
そう言われましても。
うぐぐ、この前一年生の……優希ちゃんだっけ、その子を例に出した時は京香も「それくらいアピールするのは私も無理」なんて言ってたくせに、私にはめちゃくちゃアピールを仕掛けさせようとするな……。
「京香、めちゃくちゃアピール仕掛けるのを推すよね」
「そりゃそうよ、もし私が男ならあんたからアピール食らったらイチコロだもん」
「そりゃ親友の贔屓目があるでしょ」
「無いわよ。自信持ちな、あんたは可愛い」
いやまあっ……その……自分の顔がかなり良い方であることは自覚しているけども……。
でも実際杏奈ちゃんの協力の下、カイトさんと二人で会う機会も作って貰えた。なんならもう予定まで決まっている。その先があるかどうかは自分で頑張らないといけないし、そこまでお膳立てして貰えたなら……やっぱりアピールして、鈴原碧として、カイトさんに振り向いて貰いたい。頑張るしかないのだ。
「……京香、私頑張るわ。振られたりしたら慰めてね」
「あいよ。頑張りな」
私のオアシスは、カッコイイ笑顔で私を後押ししてくれる。
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某男性バーチャルユニットのアクリルスタンドが並んだ机。スライド式の大きな本棚。実は趣味である程度演奏が出来るギター。ベッドの上にはポケモンのクッションが幾つか並べられており、その中のゲンガーのクッションを掴んで、彼女──平井京香はそれを胸元で強く抱き締めながら、勢い良くベッドの上に倒れ込んだ。
ぼすっ、という柔らかな衝撃音が部屋に鳴り響き、制服と髪がぐちゃぐちゃになるのも気にせず、そのままベッドの上でゴロゴロ、ぐちゃぐちゃと動き散らす。その最中もゲンガーのクッションは抱えたままであるので、その姿はまるで光に当てられたミミズのようですらあった。
ゆっくりとクッションを解放し、ベッドの上で乱れ切った髪を指でかきあげる。真っ白な髪と共に露になる大小様々なピアス。身体に痛みを与えて傷を作り、その跡を埋めるかのように彩られたシルバーのアクセサリーは、彼女の強さの象徴であり、同時に弱さを隠す防具でもあった。
「そっか〜……連絡先交換出来たんだ……良かったねえ」
その言葉を嘘にしたくなかったから、誰もいない自分の部屋の中でもはっきりと口に出し、その言葉を自分の中だけでなく、ちゃんと外の世界に存在させる。親友の恋愛が進展した時に、笑顔で喜んであげたい。強く後押ししてあげたい。親友でありたい。良い人でいたい。自分の嫌な部分を、露見させたくない。
──それでも。やっぱりそれを心の底から本当だと言えない。
この世に、無償の施し、善意は存在しない。
例外があるとするなら、それはきっと愛でしょう。
この世に奇跡は存在しない。
例外があるとするなら、それもまたきっと愛でしょう。
どうして変身中の鈴原碧を、「男」の鈴原碧を一目見ただけで彼女だと気付くことが出来たのか。
それは彼女が──平井京香が、鈴原碧という女性のことを、どうしようもなく大好きになってしまっていたからだろう。
男の姿だから、アピールが出来なかった。その事実に気がついた時、京香は心の中でどこか喜んでいた。或いは、自分にも可能性があるんじゃないかと、細い細い蜘蛛の糸が垂らされたのではないかと、舞い上がっていた。男が苦手だと知った時、それなら自分にもワンチャンあるんじゃないかと、淡い夢を見ようとした。
それでも、やはり夢は夢のままで終わらせるべきなのだろう。顔も知らない彼女の推しは、彼女と連絡先を交換し、彼女はこの先もその「男」に向かって進み続け、その矢印を向け続けるんだろう。私に順番が回ってくることなんて、きっと無いから。
「…………っはぁ〜。嫌われる覚悟してでも、私もアピールしとけばよかったかなぁ」
親友にあれだけアピールしろと押しておきながら、自分は一度も好きになった相手にアピールが出来なかったのだ。一手遅れればそれが足枷となり、今更動き始めようとしたってもう遅い。誰かを煽ってその気にさせて、自分が落とされていることに気がつけない。気付いていたとて、再度歩みを進めるのは難しい。
それでも、嫌われるよりは「親友」としてのポジションに収まってさえいれば。そのポジションでいられるなら、近くにいることは出来るから。彼女の最推しにはなれずとも、オアシスで居続けることは出来るから。
そこに甘んじてしまった。それが、私の限界だった。結局、今までも。そしてこの先も、この想いは秘密にしたまま、物語は進んでいくのだろう。
「はぁ〜……不思議と悔しくないなぁ」
そう言った彼女の言葉も、それを信じたいが故の強がりか、或いは本当に諦めの交じった、吹っ切れた感情だったのか。それでも親友として近くにいたいという未練の鎖が、その答えを物語っている。どうしようもなく好きだった彼女が、自分の方を見てくれることに満足せず、そこに自分と同じ色の愛情を、矢印を求めていたのだ。悔しくないハズは無かった。
それを物語っていたのは、小さな雫で濡れたポケモンのクッション。絶対に誰にも見せない秘密の弱み。
秘密がある女は魅力的に映る。或いは、鈴原碧が京香のことを魅力的と感じ続けていたのは、彼女が秘密にし続けたこの「想い」に、気付くことが無いからであるかもしれない。
平井京香。性別、女。性自認、女。恋愛対象──男と女。
高校生になって、どうしようもなく好きになってしまったヒトは、親友の女の子でした。
──平井京香は、鈴原碧を「女」として振り向かせたかった。