私はあの人を「女」として振り向かせたい。【完結】 作:亜梨亜
「もーホントにさ、マジでさ、三学期入った瞬間こんな受験ムードになるのヤバくない!? ウチらまだ高二だよ!? SJKだよ!? もうちょっと青春楽しんでよくない!?」
杏奈ちゃんの悲痛な叫びにはとても同意なのだが、それはそうとしてそろそろ本格的に大学受験の準備をしなくてはならないのも事実なので、その問いに私は曖昧に笑ってあげることくらいしか出来なかった。隣にいた京香は呆れた顔と笑っている顔の半々、といったところだろうか。
期末テストはそれなりに悪くない結果で終え、冬休みに入り。京香と遊び、杏奈ちゃんと遊び、バイトに明け暮れ、新年を迎え、気が付けばもうSJK──高校二年生の期間もあと少しとなってしまっていた。クリぼっちというやつではあったがクリスマスはバイトに入っていた為そこまで大きなダメージは無い。藤原さんもクリスマスにしっかりバイトを入れており、少し悔しそうな顔をしていたのはまあ……ドンマイ。
カイトさんとも一度ご飯を食べに行った。杏奈ちゃん仲介の下行われている「鈴原碧の男苦手克服プラン」という名のデートである。本当にこれに関しては杏奈ちゃんに感謝せざるを得ないよね。
「杏奈は相当頑張らないと大学受験で痛い目見そうだよね」
「そーなの! マジでヤバイの! ぴらいとか鈴原ちゃんは成績良いから大丈夫かもしれんけどさ!」
「や、京香はどうか知らないけど私も普通にヤバイからね?」
「鈴原ちゃんでヤバイならウチもう終わりじゃん!?」
うむ……仲良くなって更にわかったんだけど、杏奈ちゃんは相当頑張らないといけないと思う。この子ちょくちょく勉強はしてるんだけどな……。期末テストの前に一度だけ一緒に勉強したけど、極端に集中力が続かないタイプらしく、事ある毎に「もう休憩にしない!?」と聞いてきた。それでも一緒に勉強した世界史は(杏奈ちゃん比で)かなり良い点が取れたらしく、多分隣で目を光らせる人がいたら途端に点数は伸びる気がする。まあ、本人が嫌がるだろうけどもね。
「え〜……ぴらいはどうなん!? ぴらいまでヤバいって言われたらもうウチ留年しちゃうけど」
それで留年する意味がわからない。
「私? 私音楽系の専門学校行くつもりしてるから……成績より面接とかの方が怖いかな。AOで行きたいし」
「「えっ初耳なんだけど!?」」
あまりの驚きに杏奈ちゃんとハモってしまった。そっか……! いや、確かに京香が音楽好きなことは知ってたし、趣味でギターをしていることも私は知っていたけど……専門学校で音楽のこと学びたいくらいには音楽が好きで、そういう仕事がしたかったんだな……。
ちょっとカッコイイな。好きなものがあって、それに打ち込もうとする人はカッコイイ。
「えっじゃあウチ今のうちにサイン貰っとこっかな!? 音楽家になるってことでしょ!?」
「違う違う、私が勉強したいのは音響の方。PAとか、そういう系」
「えっカッコイイ〜! 鈴原ちゃん、PAって何?」
「知らないでカッコイイって言ったの!?」
私も知らないけど。あとでググろ。
「鈴原ちゃんはどこの大学行くとか決めてるの?」
「ぜんっぜん決まってない。私、正直将来何がしたいのかもイマイチわかってないんだよね……。やりたいことを見つける為と、まあ選択肢は多いに越したことはないからなるべく偏差値は高めのとこ狙うつもりではいるけど」
やりたいこと……バイトは楽しいけど、バイトが楽しい理由の半分は間違いなく人間関係の良さにあると思っているので、接客業が向いているかどうかと言われると正直自信もないし。そもそも今のままじゃ男の人を相手に接客なんて出来やしないし。流石に店長以外が性転換薬を手に入れられるとは思わないし……。そもそもなんで手に入れているんだという話ではあるか。
なので、いざやりたいことが見つかった時に、そのやりたいことをやる為のルートを増やしておく。これが私の現時点での目標なのだ。バイトや勉強もその為にやっていると思うと精が出る。本当にやりたいことが見つかるのかどうかは……ちょっとだけ不安だけど。
「うぇ〜ん、決まってないって言いながら鈴原ちゃんも大学に行く目的は決まってんじゃん! ウチだけだよぉこんなにフワッフワなの……子どもの頃何になりたかったすら覚えてないし……!」
「……てか杏奈、あんた大丈夫? 現時点での志望校書いて提出するやつ、期限今週中でしょ。あんたその調子だと遅刻するんじゃないの?」
「……えっそんなのあったっけ!? 今週中……? ウソ!? 遅刻……ウソ!?!?」
そういえばそんなのあったな。私はとりあえず今の偏差値からちょっと上くらいのところを第一志望にして提出したけど……杏奈ちゃん、多分これ存在から忘れてたな?
「はぁ〜……そんなことだろうと思ったよ。誰か大人に相談してみたら? それこそ両親とか、先生とかさ。私達より長いこと生きてるしさ、結局頼りになるのは同い年より年長者よ」
「なるほど、確かに……! 帰ったらおかーさんに相談してみよっかな!? ウチがそんなこと聞いたら似合わなさすぎで笑われるかな!?」
そもそもこの時期まで一回もそんな話を家族と相談してないのもどうなんだ……!? 会ったことはないけど御庄家の家族は物凄く厳格なところと自由なところが極端な気がする。
というか、別に私も現時点で決まってないから、大学に入ってやりたいことが中々見つからなかったらフワッフワした大学生活を送ってしまうわけで。その四年間は勿体無いわけで。
私も誰かに相談した方がいい気がする。お母さん……とはたまにそんな話するし、別の人。やっぱり店長かな……。あの人尊敬出来るし。
「あ、そういえば鈴原ちゃん、来週末またカイトと会う日だよね? ガンバ!」
……あ、そっか。今もう一人、身近に相談出来る人がいるんだった。
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某有名チェーン店のファミレス。ドリンクバーとポテトにシーザーサラダ。なんてことのない、高校生の休日の遊び方の一つ。それが少し特別になるのは、目の前にカイトさんがいるからだろう。
冬の装いにイメチェンしたのか、髪色が暗い茶色に変わっている。青色のニットがちょっと可愛い。
もう何度目かのカイトさんと二人で会う時間。男の苦手意識を克服する為という名目で杏奈ちゃん伝いにセッティングしてくれる、私にとっては特別で、ドキドキして、幸福な時間だ。
「大学をどうやって決めたか?」
「はい、それを聞きたくて」
そんな幸福な時間に受験だとか、大学をどう選んだかなんてあまりにも現実を直視する話はあんまりしたくはなかったのだが……とは言えど現実を直視しないと夢も見れないことは百も承知なのだ。あと、カイトさんの大学生活にも少しだけ興味があるし。
カイトさん的にはその質問は結構意外だったらしく、少し驚いた顔をしていた。その後少し真剣な顔をして、うーむと唸り始める。
「……そっか、高二のこの時期ってもう受験ムードになってたな。杏奈からそんな相談受けたことも無かったし、そんな感覚忘れてたわ……というか受験ムードになり始めてるのに俺と喋ってて大丈夫か?」
「それは大丈夫です。私三年生になってもバイトは続けるつもりだし、適度な息抜きも必要かなって」
カイトさんに会える時間が一番楽しいのに、それが受験を理由に終わっちゃうなんて絶対やだ。バイトも続けるつもりではいるけど、勉強の為にシフトはめちゃくちゃ減らすだろうし、バイト先でも会うことが減るって考えたら、もう耐えられないかもしれない……そんなことを考えてしまう自分は相当恋愛脳に冒されているな。
「鈴原ちゃん、偉いよな……杏奈なんか多分息抜きの方が多くて勉強してねえもんな……。で、大学をどうやって選んだか、だっけ」
「はい。……正直、今私って将来これがやりたい! とかそういうのがあんまりなくて、いつかやりたいことが見つかった時にそれを達成する選択肢を拡げた方がいいよなって思って、なるべく偏差値が高いところを狙おうとは思ってるんですけど……それで、結局大学でもやりたいことが見つからなかったら無駄かもって思うとちょっと怖くて」
というかやっぱりお兄ちゃんから見ても杏奈ちゃんの勉強嫌い、というか集中力が続かないのはやっぱわかるんだ。杏奈ちゃん……ガンバレ。
「いやっ……偉いよマジで。やりたいことが無いっていってもちゃんとそこまで理由を考えて今から大学選んでる子、そんなにいないんじゃないか? 少なくとも俺は高二の冬なんてそんなこと考えてなかった……いや俺もバカだったから割と普通の子はそうなのかな……」
カイトさん、勉強は苦手だったのだろうか……少し意外……でもないな。申し訳ないけど杏奈ちゃんのお兄ちゃん、ということを考えるとバリバリ勉強が出来るよりは、その……おバカな方がイメージ通りではあるかもしれない。
「正直、俺はそんなに何か高尚な理由があって大学を選んだ訳じゃないよ。鈴原ちゃんと同じでさ、特に将来これがやりたい! ってことは無かったからさ。ただ経済学をやっておけば、就職には有利かもな、なんて思って、経済学部のある大学を選んだ……って感じかな。実際就活は他の人と比べたら早く終わった気がする」
それはきっと、何も特別じゃない、きっと何処にでもある、なんてことはない大学の選び方。今私が選択しようとしている、そんな道の一つの形。
やっぱりそんなものなのかな、と安心したり、不安になったり。色んな感情がやっぱり渦巻く。
「……こんなことを言ったら、鈴原ちゃんは余計混乱するかもだけどさ。俺はそんなに気張らなくてもいいんじゃねえかなって思うよ」
カイトさんは、私の目を見ながら、きっと私を安心させる為に、優しく笑いながらそう言った。
「やりたいことを見つける為に大学に行く、やりたいことが見つかった時に色んなアプローチが出来るように学歴を作っておく。めちゃくちゃ立派だし、その考えが出来る鈴原ちゃんはめちゃくちゃ偉いと思う。だけど、そこで「やりたいことが見つからなかったらその時間が無駄になる」って考えすぎちゃうとさ、多分途中で大学行くのがしんどくなる……と俺は思う」
これは俺の話になっちゃうけどさ、と前置きを作ってから、カイトさんは言葉を続けた。
「正直、大学四年間でやりたいことを明確に見つけられたか? って言われたら……俺は見つけられなかったんじゃないかなって思う。それでも俺は大学の四年間を振り返ったら、めちゃくちゃ楽しかったし、かけがえのない時間だったなって思うんだ。友達も沢山できたし、いろんなとこ行ったし、勉強も勿論やったし、バイトとか、本当にいろんなことをやった。多分、皆が思い描くような「キャンパスライフ」ってやつを、しっかり経験した……まあ勿論楽しいことばっかじゃなかったし、将来どうすんだろって悩み倒すこともあったけどな」
その言葉はとても一つ一つ、私の心に強く響いてくる。それはきっと話してくれているのがカイトさんだから──じゃない。本当に楽しかった思い出を、きっとそんなに昔じゃない、近い思い出を、心の底から楽しそうに話してくれるからだろう。
「めちゃくちゃ当たり前な話だけどさ。大学生の間しか、大学生になれない訳だろ? それは高校生の今もそうだけども……。その大学生の時間をさ、めいっぱい楽しむことが出来たらさ、それは無駄な時間にならない……んじゃないかな。勿論、やらなきゃいけないことはちゃんとやらなきゃいけないし、留年したり、悪い遊びにハマったりしたらその時間はマジで無駄かもしれないけどな」
カイトさんの言葉は続く。
「でも、きっと鈴原ちゃんは大学に行って、沢山の人と知り合って、沢山のことを学んで、沢山の出来事を経験して。それを純粋に楽しめることが大事なんじゃないかな……って思うよ。その結果として「やりたいこと」が見つかれば万々歳……じゃねえかな。……ごめんな、これじゃ鈴原ちゃんの質問に答えたわけじゃないか」
少し頭をかきながら、熱く語ってしまった照れ隠しのようにストローに口をつけるカイトさん。
この人、こんなに熱く語ってくれる人なんだ。
この人、私の悩みに対してこんなに熱くなってくれるんだ。
知らない一面、嬉しい一面。何故か私まで恥ずかしくなって、同じようにストローに口をつけて、甘い炭酸飲料を喉に流し込んでいく。
「……でも、本当にそれでいいと思うよ、俺は。それこそ今こうやって男嫌いを克服したらさ、大学で彼氏なんか作ったりも出来るしさ」
炭酸の刺激が、舌を強く刺す。
冷えた液体が、心臓を冷やしていく。
それは当然の話で、私が必死に目を背けたかった話で、無情な話。
──カイトさんにとって、私のポジションって何処?
答えは簡単。「妹の友達」なのだ。
妹の頼みで、私の男苦手を克服する手伝いをしてくれているだけ。
私がそれをデートだと思い込もうとしても、その事実は揺らがない。
カイトさんにとってこれはデートではないし、私は「妹の友達」でしかない。言わば子どもの相手とさして変わらない。
私は自分の動揺を、わかりきっていたことを突き付けられただけで震えてしまった指を、滲んだ脂汗を、悟られないように必死に隠しながら、恐る恐る唇を開いた。
ダメだ。
今はダメだ。
今言葉を発しちゃいけない。
私の心が、世界に飛び出す前に。
ダメだよ、今は本当にダメなんだ。
落ち着いてくれ、私。
──それでも、私の唇は言葉を吐き出すのを止められない。
「…………彼氏、ですか。私にも出来ますか?」
「そうだなー……鈴原ちゃんはしっかりしてるし、良い子だし、可愛いし。引く手数多だと思うよ」
「──じゃあ、カイトさんは私のことを彼女に出来ますか?」
もう、後戻りは出来ない。
自分でも、何を言っているかわからない。
それでも、想いを止められない。言葉を止められない。
決壊してからは、もう止まらない。
「────好きです、カイトさん」
杏奈ちゃんの友達、としてじゃない。
よく行くコンビニのバイト店員さん、じゃない。
──私は、カイトさんに一人の「女」として見られたい。
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