【完結】ロッシュリミット/TS転生してモブを主人公と勘違いする話。 作:潮井イタチ
闇の中、男が追われていた。
何に追われているのか、
どうやって追われているのか。
奇妙なことに、分からない。
男自身でさえ、わかっていないのかもしれない。
見る限りでは、ただ彼が必死に走っているようにしか見えなかった。
だが、その涙混じりの顔は、本物の焦燥感に塗れている。
これが命のかかった逃走であるのだと……少なくとも男がそう信じているということを、否応なしに確信させる。
助けは呼ばない。いや、呼べない。
男はむしろ、人との接触を避けてここまで来たのだ。
だってこの現代に『アレ』を持っていない人間なんていない。
ダメだ。『アレ』に近づいたら死ぬ。
殺されてしまう。
使われなくなった地下駐車場――そこが、男の目指した隠れ場所だった。
ここなら誰も居ない。『アレ』だって無い。
だから、ようやく一息つこうとして――
「――あのー、すいませーん、ここ、この間から工事で立ち入り禁止になってましてー」
「ひ……っ!?」
ヘルメットを被った作業員数人に出くわし、呼吸が止まった。
照らされるライト。立ち竦む男。
滝のように落ちる冷たい汗。全身の震えが止まらない。焦点の合わない目は、瞳を異常に痙攣させている。
「……あのー、ちょっと、聞いて……聞こえてます?」
「警察……いや、救急車……?」
困惑したように囁き合う作業員たち。
その内の一人が、ポケットの中のスマートフォンに手を伸ばした瞬間だった。
着信音が鳴った。
全員の携帯電話から。
「なんだ……非通知?」
軽やかな木琴。電子的な和音。シンプルなアラーム。有名曲のサビ。
それぞれのサウンドが鳴り響き、止まらない。
音量と周波数、そして、画面の明るさが、機器に許された限界を越えて上昇していく。
それぞれが慌てて画面をタップするが、彼らの携帯はもう何の反応も返さなかった。
直後、臨界。
超輝度の液晶から、青と紫の稲妻が散る。
『……磁……』
溢れ出した電磁力は獣の形をしていた。
迸る電撃が、四足歩行を取って唸り声を上げる。
『磁、磁……ッ』
突如として現れた超常の雷獣。
気づけば周囲は、まるで破損した映像のような虹色混じりの
獣が恨みがましい眼で男を睨むと共に、
【ニートは縺輔▲さと自殺しろ】【甘え繧なカス】【引き縺薙bりが生きてていいわけねーだろ】【お前縺何様だよ】【親に迷惑縺けてるっていい加減自覚しろ】【害虫】【何被害者面し縺ヲ繧だ】【人権無い】【馴れ合蜷医キモい】【最低限の知性も無い】【自慰なら一人でやってろ縺ナ猿】【言い訳するな】
血を流すように、魔獣の体表から零れる罵詈雑言。
一歩、一歩と、躙り寄るように怪物が近づき、腰を抜かして尻もちをついた男が、それでも必死に後退ろうと足を動かす。
「ちが……ちがっ……! そんな、そんなつもりで書き込んだんじゃ……ほ、本当、軽い気持ちで……! 待って、謝る、謝るからッ!!」
悲鳴と命乞いが聞き届けられることはない。
作業員たちも、全員がただ、青い顔でそれを傍観することしか出来なかった。
あり得ない。なんだこれは。現実じゃない。こんなわけのわからないことがあるはずない。
そんな常識への批判文は、何一つ受け入れられぬまま。
雷光が牙になって瞬く――
――その、直前。
『磁、ギッ?!』
刃の輝きが、矢となって怪物を貫いた。
どこからか擲たれた一撃が、男を喰らおうとしていた魔獣の影を吹き飛ばす。
攻撃が放たれてきた場所。
「――こちら、
そこに、少女が立っていた。
小柄な少女だった。年齢は恐らく、中学生ぐらい。
丈の短いノースリーブの黒いドレスに、上から羽織ったミリタリージャケット。両の腕に巻かれた白い包帯。
目深に被ったフードから溢れて
覗き込めるはずの顔の造形は、作為的なほど絶妙にフードに隠されて分からない。だが、それでも整った顔立ちであることだけは直感できる。
「既知超常脅威、コード:
少女が耳元に当てていた手を離し、どこかへと繋いでいたのであろう通話を打ち切る。
はぁ、と形の良い唇から零れる、疲れ切った小さなため息。
振り払うように顔を上げる。半ば無理矢理に吊り上げられる口角。フードの中から一瞬だけ、シグナルレッドの眼光が魔獣に向けて煌めいた。
「――よーし! じゃ、陰気臭い伝奇モノの導入シーンはここまで! こっからは僕の僕によるみんなのための痛快アクションってことで! 張り切っていこっかぁ!」
唐突なほど場違いに明るい声音。邪魔をされた怪物が咆哮を上げ、少女を不快げに威嚇する。
彼女は気にも留めない。宙に向けてひるがえされる、細く白い少女の手。
「再現率30%――カッターナイフ具現!」
直後、何十本ものカッターナイフが何も無い虚空から現れ、射出された。
貫く。貫く。貫く。連続する風斬り音。鋼の刃が群れを成して、魔獣の体を打ち据える。
だがしかし、怪物の体にダメージは無い。
何故か。実体が無いからだ。
あれは雷、電磁波の塊。物理的な手段でどれだけ攻撃しても、損傷を与えることは出来ない。ただいたずらに体を怯ませるだけで、有効な被害を受けさせられない。
五月雨のような攻撃を耐えながら、怪物が少女に向かって牙を剥く。
口腔内に貯まっていく、大エネルギーを帯びたプラズマ球。
しかしそれと同時に、少女も準備を終えていた。
左手で右の手首を握り、右の中指と人差し指を目標へ。まるで拳銃を構えるように。
怪物の口内から、プラズマのビーム砲が放たれるのと全く同時――
「ダメージバレット――
――指先から射出された紅色の斬撃波が、ビーム砲ごと怪物を両断した。
少女の腕に巻かれた包帯の一つが反動の衝撃に剥がれ飛ぶ。露わになった箇所から覗く、傷一つ無い瑞々しい肌。
断末魔は呻くように。
引き裂かれた稲妻の獣が、ただの電磁波に還っていく。
対処を終えた少女は怠そうに手を下ろしつつも、活気溢れる雰囲気で男性たちに声を投げた。
「大丈夫でした?! 怪我は……無さそうですね! よかった! もう安心して良いですよ、後で事後処理の人たちも来ますからね!」
作業員たちがいつの間にか止まっていた呼吸を再開し、追われていた男が力を抜いてへたり込んでいた。
――この街には、都市伝説がある。
電脳世界に潜む猟犬。見れば必ず事故に遭う標識。幽霊だけが登校する一年零組。この世の全てが借りられるレンタル屋。
日毎に語られ、日毎に消えていく幾つもの伝説。
その中で、未だに掠れぬたった一つの物語。
街の影でただ一人、人智及ばぬ真の脅威に立ち向かっている、本物の英雄。
その少女の名は――
「ですので、やはり……はい、記憶処理については……はい、そうですか、分かりました。いつも通り『通り魔被害』の適用で」
ばしゅん、と音を立てて、少女が取り出した小さな機械から、白亜の光が閃く。
直後、これまでの超常現象の全ては、少女を除く全員の脳内から消え去っていた。
男も作業員も、あれほどの異常事態を何も覚えていない。
ただ、『男性が通り魔に追われていて、通りすがりの警察協力者がごく普通の手段で撃退した』――それが彼らの記憶に残る、欺瞞されたエピソードの全てだった。
困惑しつつも礼を言う彼らへ言葉少なに頷き、少女は背を向けて去っていく。
誰も居ない場所まで来た途端、消え去るドレスとミリタリージャケット。
入れ替わるようにただのセーラー服に身を包んだ少女は、誰にも聞こえない声で、一人小さく呟いた。
「……さっきの、何作目に出てくる敵だっけ?」
――あれ、これ僕が好きだったゲームの世界じゃね?
ってのに気づいたのは我ながらかなり早かったと思う。多分転生してから半年かそこら。
転生なんてオカルト現象起きてるぐらいだしこの世界、ごく普通の現代社会に見えて実はファンタジー系のアレなんじゃないのぉ? と思って注意払ってたらその辺の公園にふっつーにゲームの
ちなみに僕以外の
ゲームジャンルは一人用アクションRPG。恋愛要素は控えめだが、各ヒロインに対応した大筋を違えない程度のルート分岐アリ。
この現代社会の裏では、我らの想像も及ばぬ人智を越えた多くの存在がひしめいている。
人々の安寧を守るため、世間に知られることなくこれらの脅威を仲間と共に打ち倒せ――とか、まあそんな感じのよくある現代伝奇モノだ。ややSF風味だけど。
前世ではかなりの人気を誇っており、シリーズ化もされ、新作の初週売上は余裕で十万本突破。
アニメ化・ソシャゲ化・コミカライズ・ノベライズその他諸々のメディアミックスも当然のごとく行われ、そのほとんどが上々の売上を記録しているゴリゴリの商業的成功作である。
で、まあそんな感じの人気作ではあるものの、世界観的には大分ダークっていうか陰鬱で陰惨だ。
そこらの路地裏でポンポン人が変死・発狂死・凌辱死する上、「人々の安寧を守るため」ってんで関係者は全員記憶処理され、被害者はその辺で適当に焼却される。メン・イン・ブラックだ。こわい。この作品には犯罪暴力セクシャル薬物その他諸々含まれます。
しかしながら、そんな陰鬱さを吹き飛ばす主人公たちの輝きこそがこの作品最大の魅力だった。
鬱だの胸糞だの曇らせだの知ったこっちゃねえとばかりに疾風怒濤の
結果として時折そうはならんやろという感じの無茶なストーリー展開がなされることもあるのだが、その辺もなんやかんや誤魔化されるぐらいにとにかくキャラに魅力がある。
特に僕の最推しであるメインヒロインの一人、
そんな感じで好きな作品ではあるものの、転生したいかどうかって言うと9:1でしたくない。
うん。したくないよ基本的にはほぼ日刊世界の危機だよこの世界。滅びの頻度が半端ない。
つーかなんと言ってもモブの命が塵埃に過ぎる。人命は脅威存在のおやつじゃないぞ。
というわけでしたくない。したくなかった。
したくなかったのだが……。
――でも僕ってほら、チート転生者だし?
――TS転生ピンク髪スレンダー美少女だし?
――みんなから色んな意味でちやほやされてるし?
――所属組織である『軍』でも諸々の意味で一目置かれちゃってるし?
――前世で最推しの原作ヒロインと週二で会って二人きりでお話する仲だしぃ?
――って言うか不本意ながらもそのヒロインの出番奪ってメインキャラばりに活躍しちゃってるしぃー?
まあこれならバリバリに転生しちゃうって言うかむしろ本懐遂げてるまであるよね!
現状、僕のスペックだと終盤の敵やボス格には及ばないとはいえ、本編開始前の今の時期ならレベル的に特に苦戦する敵もいなくて原作のネームドが出ない限りは基本的に無双状態なんだよね。うーん鍛え上げて身に付けた強大な力で弱者を思うようにあしらう時の気持ちよさと優越感。
こんな楽な仕事してるだけなのに学校とかも簡単にサボれちゃうし、所属してる『軍』の秘密組織パワーで受験も受けてないのに原作の舞台になる高校の入学も確定してる。今日なんかは中学の卒業式までブッチしてきたほどだ。今更我が師の恩とか歌ってらんねーわ! 前世含めて何度目だよ卒業証書授与って感じだしね!!
そんなこんなで本日もサクッとお仕事を終えて、現在はさっきも言った最推しの原作ヒロインである
「というわけで! 今日も今日とて大活躍だったわけです! もー最近は脅威存在の量も質も落ちに落ちてまして! 毎度毎度楽勝も楽勝であーあーこのままじゃ腕錆びついちゃうなーほんとになー!!」
「…………」
無言。いつものことだ。いや、うん。自分の言動がウザいことぐらい流石に自覚している。別に普段からこんなんじゃないし。
「あ、そういえば今日中学の卒業式あったんですよ卒業式! かったるいのでほっとんどサボっちゃったんですけどー、仲良い後輩とかー、高校が別になる子とかもうべちゃべちゃに泣いちゃっててー、いやそこはちょっと悪いことしちゃったなーってなっちゃいました! やー友達多いのも困りものですよねー!!」
「…………」
返答無し。うーん悲しい。好感度がカスになっていく確信! せめてもの心配りとばかりに投げ出されたおみ足をマッサージさせていただく。膝関節を曲げ伸ばし。ぐにぐに。うわ、細い。
「えっと、そうだ! 今度、集合写真とか持ってきますね! しばらく春休みで暇なので何なら毎日来ても……あ、いや、流石に迷惑かな?! その、そういえば僕の方も予定あったんでした! 卒業旅行とかカラオケとかなんとかかんとか……」
「…………」
返事は無い。
「あっいえ、心配せずともお仕事の方はちゃんとしますよもちろん!
「…………」
言葉は返ってこない。
……えっと、他に何話そう。まだ時間は残ってるし……。
「……あの、ですから、その……」
「…………」
「心配することなんて何も無くて……」
「…………」
「僕はもう、毎日ずっと楽しくって……」
「…………」
「今日も、
「…………」
「……だから、本当、人生幸せで……」
「…………」
言うことが思いつかなくなった。
ピ、ピ、ピ。
僕の声でかき消されていた心電図モニターの音が、静かな部屋の中に響いている。
病室の中っていうのはどうしてこう、心が沈んでくるんだろう。
酸素が薄いような気がして、息が苦しい。
最近はもう、ずっと顔色が悪いような気がする。
血行の問題じゃないんだろうなと思う。それでも、寝たきりで関節や筋肉が
……もうあんまり、触覚とか痛覚、無いらしいけれど。
早く面会時間が終わって欲しくて仕方なかった。
そんな自分が泣きそうになるほど嫌だった。
「……すぐ、良くなりますから……」
「…………」
「もう少しで、
いけない。
命を賭けて助けてくれた人に、助けられた僕が、こんな顔をしていちゃいけない。
せっかく助けた相手が、幸せになっていないんじゃ、助けた意味がなくなってしまう。
面会時間が過ぎて、僕は笑顔で手を振って病室を後にする。
病室が付設されているのは、公的な医療機関ではない。
人智を超えた脅威を人知れず排除する、世界的な対超常性組織――通称『軍』が所有する、地図に載っていない軍事施設の一画だ。
俯いて廊下を歩いていく。
その途中で、背の高い、黒いスーツ姿の女性と出くわした。
「司令官……」
「……今日も、星住の見舞いか?
司令官の言葉に、僕は小さく頷きを返す。
本名、
それが、今世における僕の名前だ。
どうせ無理だと分かっていながら、僕はいつも通り、司令官に確認する。
「あの……超常物品の利用申請なんですが――」
「却下だ」
内容を聞くより早く、司令官が僕の言葉をにべもなく切り捨てる。
「確かに、我々『軍』はおよそ
言いながら、司令官が廊下の壁を顎で指し示す。
正確には、そこに延々と続く、回復の見込みが無い『軍』のエージェント達の病室を。
「七十四名だ。エージェント・星住――コードネーム・
知っていた。そう言われることは。
「――言いたいことは、分かるな?」
「……はい」
すいませんでした。
そう言って立ち去ろうとする僕を、司令官が引き止める。
「
「…………」
「お前とさして年も変わらんとはいえ、星住も『軍』のエージェントだ。こうなるのも覚悟の上で、あの二百人を守ろうとしたのであって――」
「
そうだ。
僕が居たから、一人増えた。
だから、ああなった。
「おい、在し――」
堪えきれなくなって、気づいた時にはその場を走り去っていた。
……
無かったつもりだったのだ。
「っ、ぐ……ぅ、ぅう……!」
思い出したくないのに思い出してしまう。忘れてはならないあの日のこと。その時の自分の愚かさと一緒に。
ただ、性別が変わっただけの今世が、前世とあまり変化が無いように感じられて。
せっかくの二周目なのに……なんだか、パッとしないなと、思って。
このまま、
主役たちと、少しぐらい、関われたら良いな、って……。
本当に、屑だ。
死ねばいいのに。
もう頭の中はぐちゃぐちゃだった。見舞いの日はいつもこうなる。本当はもう行きたくない。そう考える自分を殺したくなる。
一人で住んでいる安アパートの一室に帰って、崩れるようにフローリングに倒れ込んだ。
見れば、足元に卒業文集が置かれていた。クラスの誰かが届けに来ていたのだろう。面倒くさかっただろうな。きっと押し付け合いになったはずだ。ろくに学校に通ってもいない僕に、友達なんて一人も居ない。
……ああ、そう言えば、また
後で、僕の写っている集合写真を上手い具合に画像合成しておかなきゃいけない。
春休みの全てが仕事で埋まった予定表を見ながら、僕はただ無気力に項垂れていた。
「貴官のこれまでの調査により、ついに、コード:
翌日。
司令官に呼び出されやってきた、『軍』の作戦拠点。
ゲーム内でも、何度か主人公のホームとなる場所でもある。
手渡される書類。そこに、対象の名前と身元が記されていた。
咄嗟に、静かに目を逸らす。それでも相手が人間で、女性であることは分かった。
「当然だが、能力者だ。そして、これまでにネット越しに四十人以上殺した大量殺人犯でもある。これ以上の被害者を出す前に――
「……了解です」
それ言ったら僕なんて百六十八人殺してるけどね。『軍』じゃ超常性を終了することを人殺しとは言わないけれど。
とはいえ、今回はまだ気が楽な方だった。
何の罪も無い感染者や、記憶処理が効かなくなってしまった人、自身が孕んでいるものに無自覚な母体なんかを相手にするよりは余程良い。
もうこういう悪人の相手だけさせてくれないかな。
「今回のターゲットは極めて凶悪な超常性を有しており、仮にこの呪殺的能力が広範に拡散すれば、最悪、人類が終わる。心してかかれ。いつもの事と思って聞き流すんじゃあないぞ」
末尾の一文が本当に酷い。最近こればっかだ。『本編』が近づいて来てるせいで明確に敵の質と量が上がっている。毎度毎度ミスったらワンチャン人類の危機とか、切実に勘弁して欲しい。マジで病む。
「そして、当脅威に関する有意義な報告を迅速かつ詳細に挙げ、対応策を考案した貴官には、任務完遂時に相応の評価が下される」
「……!」
それは、つまり――
「有り体に言えば、昇進だ。……更にもう一つ階級が上がれば、例のアイテムの使用申請も、場合によっては、検討できる」
「っ――ありがとうございます!」
「可能性の話だ。それに、これはあくまでお前のこれまでの成果に過ぎん。数々の問題行動に関して目を瞑ったこともなければ、多大なる貢献を軽んじもしていない」
言って、彼女は普段の鉄面皮をほんの少しだけ緩めてみせた。
「……しくじるなよ」
僕は大きく頷き、頭を下げた。
まあこの司令官、最終的には主人公陣営を裏切って大量殺戮をおっ始めるのだが。
それでも現在は時系列的に信用できるので、内心で素直に感謝した。……できればもっと、素直に背中を預けられる相手が欲しい。
拠点を出て、バスに乗って移動する。
別に、秘密組織のエージェントだからって、特別な手段で現場に向かうわけじゃない。
というか、そんなことしてたら目立つ。
この情報化社会における隠蔽工作のコストは相当なものだ。毎回の記憶処理だってタダじゃないし、軽度の認識異常を引き起こす装備でも確実に顔を隠しきれるわけじゃない。
降車して徒歩で現場に向かった。
その通り道で、何か喧騒が聞こえる。とはいえ、剣呑な響きじゃない。
何かのキャンペーン、催し物だ。派手なコスチュームに身を包んだ人たちが、子供相手に風船やら何やらを配っている。
この街は、仮装系のイベントが多い。これも『軍』やその他組織の差し金だ。
ハロウィンの日に本物のおばけが混ざっていたって誰も気づかない。
同様に、魔術師の衣装を纏ったコスプレイヤーの中に、本物の
僕が着るあの馬鹿みたいな袖無し
……それにしても、現場近くにこう人が多いと厄介だ。
ターゲットの居場所は、ごく普通の住宅地の一画である。戦闘の規模によっては目撃者が増えて大規模な記憶処理が必要になるし、最悪、巻き込む。
――そうなったら、評価に響く。
「…………」
人命より先にそういうことを考える自分が嫌になる。
……駄目だ、このままじゃパフォーマンスが落ちる。
自家中毒でメンタルをやっている場合ではない。今回だけは失敗できないのだ。これまでどれだけやらかしてきたと思っている。挽回するためにどれだけ時間を無駄にしたと思っているのか。これで失敗したら全てがパアだ。
思えば、大体にして無理があった。
この世界には『軍』の他にも『企業』や『結社』などの、様々な手法で超常性と関わる組織があるが、そのどれもが程度の違いはあれど敵対状態だ。
原作では最終的にどの勢力にも属さない主人公がそれらの組織を協力させ、最終決戦に挑み大体解決させる。
本編より状況の悪くない過去編時点ならもっと楽にそれが出来るんじゃないかと思って僕も諸勢力に渡りをつけてはみたのだが、普通にどの勢力にも信用されない蝙蝠扱いされて終わった。『軍』での立場も地に落ちた。最初の頃は一応何人かでチームを組んでたのに今じゃ基本ソロだ。多分上層部の何人かにはさっさとしくじって死ねばいいぐらいに思われてる。
大体、コミュ障にあんなこと出来るわけなかったのだ。でもやらずに終わるよりは……いや、何頑張っただけ偉いみたいなことを……僕はこれだから……ああ、もう。言ったそばからこれだ。そういうところだ。本当に。
もう何も考えるな。意思の無い戦闘マシーンになってればそれで上々だ。
どうせ、僕なんかは本物じゃない。ヒーローにはなれない。
だから、大人しく、戦うことだけを考えて――
「あっ」
目の前で、小さな男の子が風でキャンペーンの風船を受け取りそこねて、空に舞い上がった。
ジャンプ一回じゃ足りない。僕は咄嗟に電柱に向かって跳躍し、側面をキックして二回分の高さを跳んだ。
風船の紐を掴んで着地し、男の子に手渡す。
「――はい」
「わ」
おお、と周囲でどよめきが上がった。……しまった、なに目立ってるんだろう。馬鹿じゃないのか。っていうかさっきあんなこと考えたばっかなのに……。
自己嫌悪で死にたくなりながら、無理に笑いかけて、そのままその場を走り去った。「お姉ちゃんありがとー」と投げられる声が背中に痛い。
それでも、ほんの少しだけ気持ちが軽くなった気がした。
現場にたどり着く。
本当に普通の住宅地だ。どこにでもある一戸建て。
付近で待機していた男性現地隊員に挨拶する。
服装はスーツ姿で、どこにでもいるサラリーマンのよう。
だが、その実は『軍』の調査員だ。
戦闘能力は無いが、調査や細かい事前準備、民間人との交渉に関しては彼に一任出来る。
「ターゲットは?」
「二階の南側の部屋に。ただ、一階のリビングに民間人がいます。母親ですね。十分な調査が出来ていないので匿っている可能性もありますが、ほぼ間違いなくターゲットが超常性であるとは認識していません」
「……そうですか」
何も知らない母親の前で、娘を殺すわけだ。
仕方がない。
仕方がないのだ。
最低でも四十人殺した大量殺人犯だ。もし一般の法廷で裁けるのならどう弁護したって死刑だ。
記憶処理が済めば、娘が人殺しだと知らないまま終わり、親に人殺しだと知られないまま終われるのだから……むしろ有情だ。
そう思わなきゃやってられない。
「避難させましょうか」
「いえ……ターゲットを警戒させたくありません。感知系に備えて、狙撃や強行突入も却下で。……都合の良い勧誘か何かを装って、母親にターゲットを呼び出させることはできますか? それなら一秒以内に終了できます。必要なら追加の暗示系アイテムに関して本部に問い合わせてもらっても構いません」
無警戒時の人間が脅威に反応するには身体機能として平均一秒かかる。これは能力者相手でも変わらない。どんなに強力な能力を持っていようと、交戦開始一秒以内に仕留めればそれで終わる。
仮に不死系や高防御、食いしばり持ちでも、奇襲完全成功時は確定でスタンが取れるので、そのまま封殺が可能だ。まあこれがゲームでのボス格のような一定ランク以上だとそういうわけにもいかなくなるのだが、その場合は対象が放つ多量のエネルギー反応等で事前に察知できる。今回の相手はそうではない。
これだけ聞くと罠や狙撃が有効なようにも思えるが、こちらは相手が感知系の能力を持っていた際に厄介なことになる。
先ほど交戦開始一秒以内と言ったが、感知系持ちは『罠を仕掛ける』『狙撃銃で狙う』といった害意のある事前準備の段階の時点でそれを『交戦開始』として知覚できるのだ。
逆に言えば、「ブッ殺す」と心の中で思ったならその時スデに行動を終えることができるシチュエーションにさえ持ち込んでいれば、感知系は意味をなさない。他の能力者と同じように、交戦開始一秒以内に殺すだけでいい。
こんなことをせず真っ向から戦う場合もあるのだが、能力者相手にこちらから仕掛ける場合は奇襲が基本だ。不意を打った方が確実で、被害が出ず、速い。
現地隊員がインターホンを押す。
出てきたのは……普通の壮年女性だ。
取り立てて悪人にも、善人にも見えない。どこにでもいる普通のおばさん。
スーツ姿の成人男性と、セーラー服の女生徒という取り合わせに少し怪訝な顔を浮かべていたが、その辺りは暗示を混じえつつ現地隊員が上手く誤魔化した。……なんか話の流れで僕が元引きこもりで生の体験談がどうのって話にされていたが、まあいい。
「なるほど、では、娘さんは特に現在までにアルバイト含め就労経験は無いと――」
「はい、本当にお恥ずかしい話なのですが……私も夫も、あの子のために、できることをしてあげたのに……どうしてあんなどうしようもない子に――」
……聞きたくない。
いつもいつも細かいところで、この世界は幻でもなんでもない実在する現実なのだと僕に実感させてくる。
ゲームでも語られてない行間じゃこういう陰気臭いやり取りあったんだろうな。
システム的なアレもあるけど、こういうの聞かされたその日の晩にカラオケとか行けちゃう主人公たちメンタル鋼過ぎる。
出来うる限り二人の話から注意を背けていた僕だったが、しかしその途中で、話の何かが気に留まった。
「学校での問題行動と言うと、具体的には――」
「その、あの子が高校生だった頃の話なのですが、校舎裏で火遊びをしていたという電話が学校から来て。それだけでもとんでもないことなんですが、同級生の子に火傷まで負わせて――」
「それはまた――」
「しかもその同級生というのが、さっきも言った社長の娘さんで――私と夫がどれだけ苦労したと思っているのか、あの子は分かってないんです……! 信じられない、うちの子があんなろくでもない――」
「心中お察ししますが――」
「そんな簡単に割り切れる話じゃ――!」
「奥さん、どうか落ち着いて――」
…………。
……何か……既視感があった。
何だ? 別に、この神経質そうな母親と知り合いってわけじゃあないし、似た相手を知っているわけでもない。既視感があるのは「人物」じゃなくて「会話」……いや、「展開」?
現地隊員が淡々とした様子でどうにか母親を落ち着かせ、ターゲットを呼びに行かせる。
行かせていいのか――そんな直感がよぎる。だが、警戒させたくないと言ったのは僕だ。余計な行動を起こすわけには……いや、しかし……。
無駄に焦燥感を抱いたまま、僕は動けなかった。ただ警戒して、耳を澄ませることしかできない。
二階から響いてくる扉のノック音。それが段々と激しくなって、さっきの母親の怒声が響いてくる。「いつまで怠けてばかり」「いい加減にしなさい」「こんな風になるならいっそ――」、マズい、マズい、マズい。具体的にどうすればいいか分からないが、絶対に良くない。
扉を強引に開けるような音。それを聞いて、ようやく僕は動いた。
階段を駆け上って、パソコンのモニターだけが点いた薄暗い部屋を覗く。
くたびれたパジャマ姿の、若い、女の人だ。
膝をついて、無理矢理抑えつけるように母親に肩を掴まれていて、それで……泣きそうな顔だった。
後悔と、罪悪感を、諦観で煮詰めたような表情。
毎日のように鏡で見るのと同じ顔。
「だって、灼きたく、なかった」
僕はもう全部理解して、何もかも嫌になって逃げ出したくなった。
「わたし、怒りたく、ないのに。なかったのに。……助けてくれなかったじゃん……パパも……ママも……」
どこかから火花の音がして、一瞬、電灯が明滅する。
「い、虐めのことだって、言ったのに……学校だって行きたかった……全部、わたしのせいなんでしょ……いいよ、もう。もう、いい……」
パソコンのモニターにグリッチノイズが走った。静電気が弾ける直前みたいな音がして、白いスパークが部屋の外に散る。
中の母親は気づいていない。そして、甲高すぎて聞き取れない、金切り声を叫んだ。「何をわけのわからないことを言って」とか、多分、そんなことを言ったのだと思う。
女性が「ひっ」と小さく声を上げ、絶望の表情で眼を瞑る。
「嫌――殺したくなッ」
二人の間に、電荷が渦を巻いて収束して――
「、っぎ」
――咄嗟に割り込んだ僕にブチ当たった。
威力自体は大したことなかった。一般人に当たってもまず殺せないレベル。
ただ、それでも全身が痺れた。動けない。もつれ込むようにターゲットとぶつかる。
結果として、そのまま交戦開始より一秒経過。
ターゲットの身体から稲妻が迸って――部屋の中央に、天井に頭が届くサイズの雷獣が現出した。
電磁波を乗せた咆哮。体表に砂嵐が走って、血を流すように母親の心無い言葉が文字列になってバラバラ落ちる。
ギン、と怪物が母親を睨めつけて、女が絶叫を上げた。
『磁、磁磁――』
「伏せろッ!!」
僕は叫んで、動くようになった手から斬撃波を放つ。
包帯が弾け飛び、傷の無い肌が露わになる。
威力を調整する余裕は無かった。
壁と屋根の一部が斬り飛ばされて、床が崩落する。
現地隊員と母親は無事だったが、僕とターゲットは二階から落ちた。
このままじゃ地面に叩きつけられる。
落下する彼女に向かって手を伸ばした――先ほど、一軒家の壁をブチ抜く威力の斬撃を放った手で。
恐怖に怯える悲鳴が上がって、僕は紫色の雷撃に吹っ飛ばされた。
「が、ひゅ……!」
全身が麻痺する。苦鳴もまともに上げられず、濁音混じりの息が喉から漏れる。
落下の衝撃。
受け身は取れなかった。
だが、この程度の高さの落下では、僕の身体はさしてダメージを受けない。
しかし、相手は違った。
攻撃力はともかく、防御力はほとんど一般人並だった。服に滲んだ血の赤色。痛みに泣いている。
命に別状は無さそうだが、骨の何本かは折れているだろう。
そうだ――ようやく思い出した。彼女も登場人物だ。
彼女は幼少期に突如として雷を操る能力を発現した能力者だ。
心理状態や感情の動きに応じて不意に発動するそれを制御することできず、結果として塞ぎ込むようになり、他者を傷つけることを恐れ、学校内での虐めで起こった能力の暴発を期に、社会の中で生きることを断念する。
元々不和の気配があった両親にはそれらの事情は理解されず、家に引きこもるようになった彼女はネットの中で居場所を得る。
が、彼女の能力は恐るべきことにインターネット越しにさえ機能した。
吐き捨てられる無責任なコメント。悪意に溢れたレスポンス。そう言ったものに対して揺れ動かされた精神が能力を発動させ、画面の前に居る相手を殺す。そして、その事実に気づいていない。知らないのだ。己の能力がそれほどに強大であることを。
しかし、最終的には
「いや……嫌だ……痛、い……! 来ないで……助けて……!」
「…………」
なんて言って説得するんだっけ?
頭からざっと血が落ちる。
激しい運動もしていないのに息が苦しくなって目眩がした。
なんだ。なんだっけ。思い出せ思い出せ思い出せ。だってマズい。元々何のためにここに来たと思ってる。落ち着かせるんだ。説得しろ。心を救え。早く。
そうしないと――
「……はい、すぐに応援を! 即時終了は失敗です! エージェント在城が対応していますが、ターゲットの超常性によるものか、異様に動きが鈍く――
早く。
早く。
早く!
口を開いた。
乾いた息しか出なかった。
「……はっ、はっ、はぁ、はぁ……ッ!」
苦しい。
頭が回らない。
恐怖によるものか、二体の雷獣が追加で出現する。訓練してきた僕の身体は、精神の不調の中でも的確に反応し、両手の斬撃波で怪物を斬り飛ばす。
「ちがっ、違うんです――ごめんなさい、ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい……! 許して……嫌だ、違う、わたしだってこんな、こんなぁ……っ!」
彼女が必死に後退る。
駄目だ。行くな。言うんだ。言え。助けろ。ちゃんとやれ。やらなきゃいけない。
足を引きずりながら、僕から離れる彼女が崩れかけの自宅の扉に手をかけた。
「誰か、助け……ママ……っ!」
扉が開き、母親が出てくる。
そして、突き入れた。
手に持った包丁を。
娘の腹に。
「こ……この、バケモノ……ッ!!」
「――――あ」
視界が真っ白に染まる。
零距離の雷鳴が鼓膜を叩く。
キーンと耳鳴りがして、光で塗りつぶされた世界が段々元に戻っていく。
真っ黒に炭化した人型の炭が、包丁を握ったまま崩れ落ちる。
腹部から大量に出血した女性が、輝きの無い眼で泣いている。
そして、全長二十メートル近い巨大な雷の獣が現れた。
「あ、ああ、あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!」
誰の慟哭か分からないが、とにかく誰かが叫んでいる。自分の声であるような気もする。
衣装を戦闘服に切り替える。
無秩序に迸って、無関係の民間人に落ちそうになった雷撃をその身で受けた。
全身を焼く電撃傷。痛くて、痺れて、もう逆に何も感じない。
また、来る。
迸る雷。着弾地点に移動していては間に合わない。
麻痺する腕を無理矢理掲げて、呟いた。
「ダメージバレット――
まるで、先ほどの光景を逆回しにするかのよう。
僕の腕からさっき受けたのと全く同じ雷撃が迸って、雷獣が放つそれを撃墜する。
同時に、それこそ逆回しにしたかのように完治する電撃傷。
これが僕の
「再現率65%――カッターナイフ具現」
一メートル大の巨大なカッターナイフを具現化させ、スケートボードのように飛び乗る。
そして、そのままカッターナイフを浮遊させ、怪物のそばまで飛行した。
上空に移動し、射線を上に逸らすことで地上への被害軽減を試みる。
「ダメージバレット――
両手から斬撃波を放つ、放つ、放つ。その度に腕の包帯が弾けていく。
先ほどまでは一撃で倒せていたが、サイズが大き過ぎて完全には削りきれない。ダメージが入ってはいるが、殺し切るには残弾が足りない。
だが、構わない――斬撃波を集中連射して、道脇の消火栓を引き裂いた。
撒き散らされる大量の水。雷が水の中に放電して、怪物の体が崩れていく。
一気に、本体へと距離を詰める。
斬撃波の残弾はもう無い。飛行するカッターナイフから飛び降り、新たに長剣サイズのカッターナイフを具現化して突進し――
「――がッ」
女性から稲妻が放たれて、僕は道路脇の塀に叩きつけられた。
本当に、すごい力だ。あれだけやって、腹も刺されて、まだ余力があるとは。
バチバチと放電し続ける最後の稲妻。もう半ば無意識だろう。生存本能が勝手に能力を使っているようにさえ見えた。
電撃に圧力なんてものは無いが、それでも壁に押し付けられる。
能力を用いて受けたそばから受けた電撃をそのまま返す。が、相殺できない。
相手の方が威力が強い――強くなり続けているからだ。
終わるとすればどちらかが死ぬ時だろう。
なんて、他人事みたいに考えた、その時だった。
どこからか小石が飛んできて、彼女の側頭部に当たった。
攻撃の威力が緩む。
僕は稲妻を無理矢理弾き飛ばし……衝撃にふらつく彼女を、殴った。
それでようやく、電撃が止まった。
小石が飛んできた方向を見た。
「……わたし……」
さっき、風船を取ってあげた男の子が居た。
巨大雷獣から助けた人たちが、こぞって僕に感謝を告げていた。
「だ、って……」
そう言って、彼女が意識を失った。
僕は、死にたくなった。
――懲戒処分通知。
貴殿は、去る
同超常性は現在も『企業』内部にて保護および研究されており、もたらされる将来的な危険性は計り知れない。
同行為は、超常性対処組織『軍』と、平和の中で生きる人々に反旗を翻す重大な秩序違反である。
よって、軍規則32条に基づき、次のとおり懲戒処分を行う――
階級が降格され、僕は独房に入れられた。
「……あー……」
とは言っても、『軍』はいつでも人手不足だし、僕はそこそこ有能な戦力でもあるから、その内出されるだろうけど。
給料って何ヶ月ぐらい無しになるんだっけ……いや、いいか、どうでも。僕の能力あれば食べなくても死なないし。
いやあ、しかしすごいなあ僕は。自分の立場を犠牲に殺されるはずだった罪無き女性の命を救うなんて、まるで物語の登場人物だ。
まあ『企業』も大概ろくな組織じゃないけどな。あいつらにとっちゃ超常性なんてモルモットの一種だろうし。そうでなくてもアレほど危険な能力者、どんな非人道的な封印措置が取られるかわかったもんじゃない。
でも最後には、主人公が来て大体助けてくれるんだろうし。そしたらチャラだ。
「ぅ……ぁ……」
うん、頑張った。
僕は頑張った。
頑張ってる。
「誰、か……」
……頑張ってるのに、な……。
なんで、誰も褒めてくれないん、だろう、な……。
「誰か……褒め、て……」
冷たい床に横たわりながら、僕は一人で泣いていた。
次回からラブコメになります(断言)。