【完結】ロッシュリミット/TS転生してモブを主人公と勘違いする話。 作:潮井イタチ
頭が回らない。
眼に映る情報を処理出来ない。
ただ網膜に描画されるだけの風景。
煙。瓦礫。医者。心電図。怒号。司令官。手術中。ICU。
病室は嫌いだ。
お見舞いは嫌いだ。
苦しんでる人に何もしない奴も嫌いだ。
――そして、僕に出来ることは何も無い。
頭が回らない。
心に抱く感情を処理出来ない。
ただ脳内に描写されるだけの情動。
言い訳がしたい。
責任転嫁がしたい。
自己正当化がしたい。
そんな恥知らずなことだけは、絶対に考えないようにしていたのに。
何が悪かったのだろう。
何もかも僕が悪かった。
中身も読まずに突き返した資料を読む。焼け焦げてボロボロの。
「…………」
……どうして。
裏切るんじゃなかったのか。
悪いことをするはずじゃなかったのか。
色んな人をひどい目に合わせるはずじゃなかったのか。
こんなのはおかしい。
こんなのは知らない。
だから、僕のせいじゃない――そんなわけがない。
おかしいことに気づかなかったのは誰だ。
知ろうとさえしなかったのは誰だという。
もう何もかもが手遅れだ。
でも、そんなのは今更なことなのだ。
苦しくて、考えることを投げ捨てた。
やるべきことは変わらない。
早く償え。責任を取れ。罪科以上に救済しろ。
そんなことをしても許されないことぐらい分かっている。
それでも、許して欲しかったからこれまでやってきたはずだ。
だから、僕はそうしようとした。
戦おうとしたのだ。
したのに。
『まあ、この時点じゃ「軍」のエリートでもこんなものか』
――なんで、もうあいつがいるんだ。
認識能力が追いつかない。記憶整理が出来ていない。
ここがどこかも曖昧で、どうやってここに来たのかも分からない。
ただ、何も出来ずに吹っ飛ばされて、ボロボロになって地面に転がっていることは確かだった。
でも、あれは……
それに、人々の強い祈りとか……大切なものへの思い入れとか……そういうものを喰らわないと、力を発揮できないみたいな設定だってあったはずで……。
『うん。僕としても最終的な採算ならそちらの方が良いんだがね。そこの彼女――
……何だそれ。反則だろう。明らかに後付けじゃないか。
ああ、でも……ゲームの描写を踏まえれば、考察材料自体はあったかもしれない。そう言われてみれば、ストーリーでの立ち回りについても納得できる部分が色々ある。
それに、勝てると分かりきっている相手に勝ったところで何にもならない。
そう、主人公なら。ヒロインなら。主役なのであれば。
こういう逆境にこそ、果敢に挑むべきなのだ。
だから――、
「貴女、勝つ気無いですよね?」
「――――」
場違いににこやかな笑みを浮かべながら、修道女が言った。
「そんなの誰も求めてないじゃないですか。正直な話、言い訳がしたいだけでしょう? 痛い目に遭っているところを見せれば反省になるとでも思ってます? ちゃんと相手のことを想って行動しないとダメですよ?」
「待っ、て……」
「ただの捨て身じゃ貴女が自己満足するだけで誰も救えません、それでは泣いたフリと何も変わりませんよ? 他人の顔色を伺って、自分が善人とさえ思われればいいなら相手の苦悩はお構いなしですか?」
「ちがう……ちがう、違う違う違う……! だって、だって他にっ――!」
僕には、他にできることが、何も。
駄目だ。そうだ。頑張らないと。ちゃんとやらないと。
勝て。勝つんだ。ここで勝てば償いになる。こいつらさえ倒せば世界は救える。
もう『軍』の上層部も
そうすれば
勝つから。
頑張るから。
本気でやるから。
ちゃんとやってみせるから。
だから。だから、だからだからだからだからだから――。
「あの、誰か探してます? 目が縋ってますよ?」
「――――、ぁ」
「いいんですよ? 辛いなら助けを求めても。もう自分じゃ無理だって諦めているのでしょう? 我々の仕事が終わるのにもまだ時間がかかりますから、早く叫んでみてはどうですか?」
「ち、が……ぼく、僕は、ちゃん、と……」
心はもう限界だった。
敵の目の前なのに、いつの間にか俯いていた。
修道女の方から青褪めた光が溢れたことで、俯く自分に気がついた。
「なら、やりましょうか。――再現率100%」
爆ぜる。
熱を無防備に受けて初めて、自分がろくに戦闘態勢を取っていなかったと知る。
爆風に煽られ、ゴロゴロと瓦礫まみれの地面を転がった。全身が痛くて、どこが傷ついたか分からない。
まず最初に顔に手をやって、傷だらけになっていることに気づいて泣きたくなった。そんなこと、気にしている場合じゃないのに。
「た……」
もう無理だ。
僕なんかには、最初からこんなこと出来なかったんだ。
だから、それがこの世界のヒロインの資格を失う言葉だって分かっていても。
「助、けて……
もう、僕にはそれしか言えなかった。
逃げる。走る。ふらつきながら。
あまりにも無様に。誇りなんて欠片も無い。魅力なんてあるわけない。
困難な敵へ立ち向かいもせずに、すぐに逃げ出す、どこにでもいそうな、ただのやられ役。
前に、
嬉しかった。本当に嬉しかった。僕にも出来るんだと思った。こんな自分にも価値があるって思えた。誰にも認められなかった頑張りを認めてくれた。
なのに、その価値を、頑張りを、今の僕は自分から投げ捨てている。
「やだ、いやだ、ゆるして、我慢したから、がんばったから……! 嫌いにならないで、嫌いにならないで、嫌いにならないで……!」
転んだ。
涙で視界が歪んでいて、足元が見えなかった。
頭がいっぱいいっぱいになって、上手く立てない。後ろから、奴らがやってきている。僕のレベルじゃどう足掻いたって勝てない敵が。
広範でありながら精密な放射線が迸り、周辺生物の遺伝子を改竄していく。
上空を飛んでいたカラスが、いつか処理した怪物に変異する。
側溝に潜んでいたトカゲが、恐竜のように巨大化し暴れ回る。
足元を這っていたミミズが、ホラー作品の如き触手に変わる。
もう、一般社会への隠蔽なんて考えてもいないらしい。溢れ出した怪物たちが一般人を襲っていく。
助けなきゃいけないのに、何故か、どう頑張ってもその選択肢を逃走行為より優先できない。
違う。これは仕方ないからだ。早く
この期に及んで、そんな自己弁護に思考のリソースを割いてしまう。
ゾンビみたいに体をドロドロに溶かした大型犬サイズのネズミが、倒れる僕の元へと飛びかかってきて――、
「――再現率1000%、H2O具現ッ!」
横合いから伸びてきた水流の槍が、異形の一部を薙ぎ払った。
青いミディアムヘアに、全身を密着して覆う『企業』の
背中からウォータージェットを噴射し、高速で飛んできた少女が、僕のそばに着地する。
「大丈夫、
奴らの方を向いてそう言っていた虹崎さんが、僕の顔を見た瞬間、言葉を止めた。
「――っ、分かった! 大丈夫、すぐに避難して! ここはボクが食い止めるから!」
「だ……。だ、駄目です、かて、勝てない、勝てないから……!」
「
「――――」
なんで。
なんで、当然みたいに、そんなセリフが言えるのだ。
「はぁ、は、ぁっ……!」
苦しい。息が出来ない。
こんなの卑怯だ。あり得ない。ズルい。
レベルだけなら僕の方が上で、虹崎さんより強いはずなのに。
こんな風に差を見せつけられたら、ただの
「うぅ、う、うう……!!」
嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌。
僕だってちゃんとやりたいのに。
僕だってちゃんと頑張りたいのに。
こんな……こんな風に、ろくな償いもせずに、誰かのことを本気で思いやりもせずに、それっぽく見せかけるだけの、普通の人間になんか、なりたくなかったのに。
でも、つらくて。
ただひたすらに、心がつらくて。
悩み、立ち竦む足。
前に進むのは怖くて。後ろに下がったら諦めそうで。
そして――、
「現地隊員、到着しました!」
「街全域を対象とした大規模な事象改変が進行している! 今は『企業』と連携して対処しろ!」
一斉にやってきた『軍』の兵隊たちに押し退けられて、二、三歩後ろに下がってしまった。
名前も知らないような、ゲームだったら名前欄に「隊員A」と書かれて終わるような、そんな彼らが、勝てもしない相手にまるで臆せず立ち向かっている。
物語だったら、そんな勇気に感動して奮起するべきなんだろうな、と、他人事みたいに思った。
「――――」
無理だ。
どう足掻いたって、僕には、無理だ。
諦める。
あきらめた。
もう、分かってしまった。
自分がどうしようもないやつだって。
「
力があるのに何もしないまま、僕は民衆に紛れて逃げていく。
惨めで、情けなくて、恥知らずで。
それでも。それなのに。
「嫌いに……ならないで……」
僕はまだ、彼に好かれていたかった。
早朝だった。
街中に響き渡る避難勧告に、
慌てて着替え、窓から街を見渡した。
「……何だこれ」
空が、割れている。
まるでディスプレイに硬い物を叩きつけたかのようなヒビ割れ。蜘蛛の巣めいた真っ黒な筋が幾本も青空に走って、中から夜空が覗いている。
突発的な竜巻による極めて稀な光学的現象などと報道されているが、どう考えても異常だ。
警報を何度か確認し、ニュースを手早くチェックして、これが通常の災害ではなく、間違いなく超常性絡みであると確信する。
だとすると、本当に危険かどうかは分からない。
彼ら――『軍』や『企業』による何かしらの隠蔽工作の一環という可能性もありうる。
が、だとするならもう少し上手く、通常の災害に見せかけた勧告をするだろう。
よほど切羽詰まっているのは間違いなく、詳しいことは分からないが指揮系統も混乱しているかもしれない。司令官的な役職の人間が死んだとか。
ともあれ、このような事態で
昨日、
途中、チラ、と、未だに改修を続けている例の装備を横目に見た。
「…………」
だが、あの地下施設の時とは状況が違う。
あの時はたまたま運が良かっただけだ。悪運が強かっただけだ。
今回は情報の優位も何も無い。むしろこちらの方が情報不足だ。加えて、
……だけど、それでも、心配ではある。
自分なんかが心配したってどうなる訳でもない相手ではあるけれど。
だとしても……。
はぁ、とため息をついて家を出た。
否、出ようとした、その瞬間だった。
ぴんぽーん、と場違いに呑気なインターホンが鳴る。
こんな時に宅配でもあるまいし――そんな風に思いつつも、ドアを開けて。
「……
玄関前に、身体中に傷を作った彼女が立っていた。
制服ではない。いつか見た、黒いノースリーブのドレス。両手足に巻いた白い包帯。謎の効力で顔を認識できなくさせると思しきジャケットのフードを、今は降ろしてしまっている。
動揺と困惑。
瞠目する
慌てて受け止めて、予想外の軽さに驚いた。まるで、魂が全て抜け落ちてしまったかのような。
何も言えない。何も言えなくなってしまう彼に、
「……て」
「っ?」
「……たすけて……」
「え、あ……?」
混乱する。言われた言葉を再認して、さらに。
「助けて……助けて、助けて、助けて……! 出来ない、勝てないの、僕じゃ、僕じゃもう、どう、しよう、もぉ……っ!」
胸元が湿っていく。シャツが濡れる。
どうして良いのかわからない。きっと、上手い解答があるはずなのだ。彼女を落ち着かせて、宥めて、適切な精神状態を与える方法が。
だけど、口下手な自分には何も思いつかない。
「わ――わかっ、た……」
何がわかったというのだろう。こんな、その場凌ぎの、適当な相槌じみた言葉。
しかし、それでも、口にしてから思い直す。
嘘ではない。それも、確かに本心だ。
「助ける……助けるよ。俺に出来ることなら、何でも手伝うから……」
地面に落としてしまっていたバッグを片手で抱え直す。
言葉に嘘は何ひとつない。自分に出来ることなら――そうだ、自分に出来ることなら何だってしてみせる。
なんで彼女が自分に助けを求めてきたのか、あれが何なのか、何が起こっているのかも何も分からない。
けれど、それでも大丈夫だ。
きっと、何か巡り合わせが悪いだけなのだ。前の時みたいに、状況が不利に働いてしまっているだけなのだ。彼女の心を追い詰めてしまっている些細な原因があって、
出来ることなんてたかが知れている。
それでも、彼女が、上手くやれるように。
「行こう、
彼女の手を引いて歩き出そうとした彼の足が止まる。
「も……」
「――――」
「もう、むり、で……」
ぼろぼろと。
俯いた顔から、大粒の涙が溢れて、零れ落ちる。
「ちがう……でも、頑張った、頑張ったの、に……ちゃんとや、やって……違う、でも、それでも、僕だって、ぼく、だってぇ……!」
嗚咽。本当に大声で泣き喚きたいのを、そうしたって何もおかしくないほどの激情を、必死に抑え込んで漏れる声だった。
「頑張った、頑張ったの、頑張って頑張って頑張って、それで、それでも、だめ、駄目だったから……だ、だから……」
すがるような目が、
「き――嫌いに、ならないで……」
「――――」
彼の見ている前で、
「さ、
「は……?」
彼女の笑顔は、好きだった。
それでも、こんな笑顔は見たくなかった。
「知ってる、知ってるから……本当は凄くて、ただの高校生なんかじゃなくて、幼少期から過酷な戦闘訓練を受けてて、特別な力を持ってて、頑張ればどんな相手にも勝てて、この世界で最強で、それで、それで、全部、全部助けてくれるんでしょ……? そうだよね……?」
「ち、違……待て、
飛びかかるように。押し倒されて、懐を探られる。取り出された
「ほ、ほら……! これ、そうだよね!? 知ってるんだから、ね、ね!?!?」
「違う……違う……! 待ってくれ
この弱々しい姿のどこに秘められていたのかと思えるほどの強い力に呼吸が詰まる。
それでも、手を動かして、立てかけてあった光る木刀を手に取る。
柄に取り付けたプラスチックのパーツを外し、木目と、刻まれた「京都土産」の文字を見せつける。
「ほ、ら……! 違うんだ、全部、お前の勘違いで……俺が、お前のことを騙してしまっただけ、で……!」
「な、ん、なんでッ、そういうこと言うの、やめて――やめてよッ!!」
叩きつけた彼女の拳が、部屋の床をブチ抜いた。
「……あ……。ご、ごめん、ごめんね
「…………」
……なんだ、これは。
「だ、だから嫌いに、嫌いにならないで。好きなの、好き、大好きだからッ! 頭撫でて、可愛いって言って、一緒に遊んで……! お願い、お願い、お願い――」
分からない。
どうしたら良いのか、わからない。
だから、思ったままのことを、するしかなかった。
「……嫌いになんて、ならない……」
「あ……」
手を伸ばす。
頭を撫でる。
渾身の力で上体を起こして、彼女の小さな体を抱きしめる。
「助ける……絶対に助ける……助けるから」
本当に、ただ、思ったまま。
「俺も、お前のことが、好きだから……」
だから。
今はただ、彼女のことを癒やしたかった。