【完結】ロッシュリミット/TS転生してモブを主人公と勘違いする話。 作:潮井イタチ
この手の入りから語られるキャラクターなんて大概が全く普通の高校生なんかじゃあないだろうが、少なくとも
……だから、特筆すべきものがあるとするなら、それは彼自身ではなく――その隣に居た、「彼女」についてであるべきで。
「…………」
あるべきな、はずで。
でも、違ったのだろうか。
結局のところ、特筆すべきその他の事項なんてのは、所詮は欄外に記すべき、それこそその他のどうでもいい事項に過ぎなくて。
人間の構成要素はつまるところ、誰にでも当然あるような基本的なプロフィールだけで決まっていて。
特筆すべきその他の事項――受けたダメージを攻撃に変換する能力を持つ、超人的な運動性能を有する、幼少期に異様に大人びていた、誰にも知りえない何かを知っている――なんてのは、本当に取るに足らないことで。
彼女という人間を構成しているのは。
十六歳の女の子で。
能力はあるのに要領が悪く。
人間嫌いのくせに寂しがり屋で。
頑固で融通が効かないけど傷つきやすい。
そんな、誰にでもあるようなプロフィールだったのだろうか。
全部が全部、
「…………」
……きっと、疲れているのだ。
彼女はいつだって疲れていた。高校で再会した時から、ずっとグチャグチャだった。
追い詰められていたのだろう。ずっと。ずっと。何年も。
もしかすると、小学校で
だから、それで彼女の心が弱いとか、普通の女の子に過ぎないとか、頑張っても何も出来ないただの人間だとか言うのは……違うだろう。
仮に実際そうであったとしても、だ。
こんなに追い詰められた姿が、本当の彼女であるわけがないのだ。
そして、そんな追い詰められた彼女との間に線を引いて、深く踏み込まなかったのが
……彼女の気持ちが、分からなかったから。
「…………」
人間の心が段階的に壊れていくことは存外少ない。
張り詰めた風船や、ヒビ割れたガラスのようなものだ。
閾値を越えた瞬間、一息に破砕する。
きっかけの軽重などどうでもいい。
些細な失敗、大きな変化。
ホルモンバランスの乱れに、トラウマの再帰。
条件さえ揃えば、一気に人は駄目になる。
それまでのそれからはあり得ないぐらいに……終わってしまう。
フライパンを振って、チャーハンを炒めた。
自炊はするが、得意ではない。栄養バランスを特に考えず、手間のかからない適当に作れるレシピを雑にローテーションしているだけだ。
「…………」
出来上がったチャーハンを、
大した味でも無いのに、本当に美味しそうに。
聞けば、前に一緒に出掛けた時の昼食以来、何も食べていなかったらしい。
三日前だ。
「
「?」
「ご飯ついてる」
自分の顔を指して言う。
きょとんとした顔をする
そして、えへへ、と照れ臭そうに笑って、頬についた米粒を摘んで食べた。
そんな風に笑顔を見せる彼女の目は、虚ろだ。
「あの――あの、ね。今度は、僕、ご飯作るから……料理、あんまり得意じゃないけど……」
「……そっか、楽しみだな」
「ほ、ほんと?」
「うん。すっげえ嬉しい」
「え、へへ……だ、だめだったら、ちゃんと練習するから……」
言って、彼女は、体を寄せて。
「ごはんじゃなくても、何でも、するから……。僕にできることなら、なんでも……」
「……。……そ、っか……」
「何にもできないけど……で、でも、ご飯作ったりとか、洗濯とか、掃除とか、普通のことは、できると思うから……。え、えっちなことでも、何でも……なんでも、する、から……だから……」
それはとても、哀れな姿で。
……声はまるで、縋るようで。
「……嫌いに、ならないで」
「……ならないよ。なるわけない」
言って、彼は、抱き締めた。
「ごめん、なさい……」
いつの間にか、彼女の瞳が滲んでいた。
「ごめんなさい――普通で、普通以下で、ごめんなさい。諦めて、怠けてて、心が弱くて、心が折れて、頑張れなくて、勇気がなくて、悪いこともして、人に迷惑かけて、何も気づかなくて、気付こうとしないで、善意を踏みにじって、取り返しのつかないことして……」
「謝らなくたっていいよ……」
「僕が悪い……僕が悪いんだよ……。全部知ってた、全部知ってたから、全部っ、僕の責任なのに! なのに、良くないって分かってたのに、勝手に大丈夫って思って、
「お前のせいじゃ、ないよ……」
「それで――それなのに、辛くて、こわくて、痛いの嫌で、死ぬのも嫌で、勝ち目が無いからって、戦おうともしないで……! でも、でも、それなのに、それなのに、君に嫌われたく、なくて……! こんな屑を、こんな屑なのに、好きでいて欲しくて……!」
「好きだよ……。お前が何しても……何も、しなくても……」
……誰にも、彼女を「心が弱い」などと責められるものか。
世界が滅ぶ責任など、一体誰がどうして背負える?
仮に背負えたのだとして、背負って潰れずにいられるものか。
背負ってしまったとして、背負って狂わずにいられるものか。
例え仮に、本当にそれが彼女の責任だったとしても。
誰でも、きっと誰か解決すると悪事を見逃したことぐらいあるだろう。
良くないことだと自覚し分かっていながら、犯した過ちがあるはずだ。
そして、そんな負い目があるのに――。
命を懸けないこと。
絶望に挑まないこと。
無理だから諦めること。
苦痛に挫けてしまうこと。
圧倒的な力に恐怖すること。
出来ないことをやらないこと。
そんなのは。
それがやれないことは。
それで泣いてしまうのは、心が折れてしまうのは……。
……そうなって、当たり前のことなのだ。
だって
――物語の登場人物なんかじゃ、ないのだから。
自分のせいで世界が滅んでいく実感なんかに耐えられるわけが……ない。
出来ないと分かっていて、やろうなんて思えるわけがなかった。
出来ることがあったから。
出来るかもしれなかったから。
たとえ、自分に出来なくても……彼女なら出来ると思ったから。
だからやろうと思ったのだ。
今、ここで、好きな女の子を慰めることしかできない。
……何の意味も無いのに。
こんなことをしていたって、何も解決しないのに。
彼女のために奇跡を起こして。
不可能を可能にしてみせて。
世界を救うべきなのに。
そんなことはできない。
できないから、やれない。
窓の外で、青空のヒビ割れが少しずつ広がっている。
自分の住む街が、訳の分からない白金の輝きに染められる。
遠くで、爆発と、黒い煙が上がって、咆哮と喧騒が聞こえてくる。
誰に言われなくても、理解できた。
――
夜になった。
空の亀裂は最初に比べて十倍以上に拡大している。
黒かったそれは、夕方になってから青白い不気味な光を覗かせて、夜空に眩い光を灯していた。
街はよく見えない。電気が止まってしまって、どこも明かりがついていないからだ。
だが、時折強く輝く亀裂の光で、遠景がキラキラと白金に輝いていた。
恐らくは、この地方都市の半分近くはもう、そうなっている。
道も、家も、ビルも、全てがプラチナに変わってしまっている。
……いや、あるいはそのように見えるだけの別の金属か、未知の物質なのかもしれないが。
どうであれ、おそらくは明日の朝か――遅くとも昼には、自分たちがいるここも、白金色に変わってしまうだろう。
そして、明後日には地方都市全体が。
で、所有した世界を悪魔に捧げることで、より良い世界を作ってもらうそうだ。
バカみたいな話だった。
辺りは静かだ。
時折遠くで爆発やらの音が響いてはいるが、それも最初より大人しい。
もう近所の住民はとっくに避難を済ませたのだろう。避難場所には自分たちの学校が指定されていたはずだが、行ったところで何の意味があるとも思えない。
小さなキャンプ用照明が灯る薄暗い部屋で、テレビがチカチカと光を瞬かせる。
電気が止まったので、使っているのは趣味で遠出する際に使っているポータブル電源。昔、親戚から譲ってもらった廃車のバッテリーを改造して作ったものだ。
テレビの電波ももう来ていない。
液晶に映るのは、対戦ゲームのプレイ画面だ。
二人、コントローラーを動かす。
「やっぱりアイテム有りにしようよー……。ステージもランダムで……」
「でもアイテム有りだと勝てないしズルいって言ってたじゃん」
「だってずっと戦場と終点だとつまんないし……」
とはいえ、イマイチ想定外に弱く、またキャラ性能以外の仕様を把握しきれていないので、シンプルなタイマンでなければまだ彼の方が優位だった。
ランダム性を付与した瞬間、途端に勝てなくなって、いつぞやのジャージ姿の
電気が止まる前に風呂には入ったが、当然着替えなど持ってきていなかったので
ランダムに降ってくるアイテムをぽいぽいと投げた。
諦めてアイテムを全無視した
様々なアイテムで撹乱する
「あ」
場外に吹き飛ばされる。
アイテム有りにしてからの初勝利に、
「そんなはしゃがなくてもいいだろ」
苦笑しつつもプレイを切り上げて、テレビを消す。ちょうど、そろそろバッテリーの電源も切れそうな頃合いだった。
「だって、友達とこういうゲーム遊ぶの、初めてだったから……」
「いや、そんなこと」
「だってそうだし。昔、近所の子が遊びに来たことあったけど、あれゲームがしたくて来ただけって言ってたし」
「あー……」
ふと、横を見る。思い出に浸る
「……どうした?」
「あ、いや、ううん。ちょっと頭痛がしただけ……大丈夫」
灯りを消した。だが、裂けた天から溢れる青白い光が、薄いカーテンを貫いてくる。
だから、ぐい、と
諦観に濁り切った、泣きそうな暗い瞳も。
「……一緒に寝ても、いい?」
「……。……いいよ」
優しい声が出せたと思う。
泣きたくなるほどに。
横になった。一人用のベッドだ。大して大きくもない。
いくら
互いに背を向け合って、くっつけた。それでも、体温と呼吸音、肌の感触は伝わってくる。同じシャンプーを使ったはずなのに、明らかに違う女の子の匂いも。
こんな状況なのに、どこか緊張して顔を熱くする自分がいた――いや、違う。同時に、どこか冷めた気持ちの
彼女の心拍は落ち着いている。
まだ起きているのか、もう眠ってしまったのか分からないが……きっと、目が覚めたらそれこそ全てが夢だったみたいに、何もかもが解決していることを夢見ているのかもしれない。
「…………」
だけど、そうはならない。
絶対に、ならない。
苦しませてしまうのだろうな、と思った。
どれだけ泣かせることになるのか、想像もつかない。
本当に……本当に本当に本当に。
自分に隠されたスーパーパワーだの、秘められた真実だの、都合の良い運命だの、そんなものがあれば良いと思った。
今ここで、この世界の主人公になれるのであれば、何を犠牲にしたって構わないと思えた。
ただ、部屋の中は静かだ。とても。
ありきたりなセリフだけど……今、この瞬間。この世界には、自分たち二人しか存在しないんじゃないかと感じてしまう。
滅んでいく世界で、自分が主人公で、彼女がヒロイン。
そうだったら良かった。
そうだったら良かった。
そうだったのなら、良かった。
そうして、一分か、一時間か。
短くて長い時間が過ぎて。
「……まだ、起きてる?」
そう、訊かれた。
「……起きてるよ」
答える。
沈黙。
しばらくして返ってくる、静かな声。
それは微かに、だけど確かに震えていた。
「もしさ……前世の記憶があるって言ったら、信じる……?」
「……あるんじゃないか……そういうことも……」
もしそうだったとしても今更、別に……。驚くような話でもない。
この世に不思議なことがあるなんて、そんなこと……とっくの昔に彼女から教えられている。
「それで、僕の前世が、さ……」
「ん……」
「男の子だったら……嫌、だよね……?」
「……正直、どうでもいいかな……」
「……。そっか……」
いつの間にか、彼女が体の向きを変えて、
……本当に、どうでもいい。
「ね……」
「ど、どうした」
「終わったら、また……一緒に遊びに行きたいな……」
「……。そう、だな……」
彼女には見えているのだろうか。
カーテンの隙間、窓の外。
遠くに見えるあのときのビルが、今この瞬間、白金に染まっていくこと。
「だから、あした、からも……」
「うん……」
「ずっと……」
「…………」
「……ずっ、と……」
彼女の声が静かになっていく。
彼女の吐息が穏やかになっていく。
「……
つい、小学生の頃の呼び方で呼んでしまって。
だけど、返事は返ってこない。……眠ってしまった、のだと思う。
このまま目を瞑って、幸せな穏やかさに身を任せてしまいたかった。
「…………」
だけど。
背中から回されている彼女の手をどけて、ベッドから静かに立ち上がる。
彼女を起こさないよう、慎重に服を着替えて。
スマートフォンと、使いそうな道具や工具を手に取った。
この数年間で手ずから集めてきた、さして役にも立たない超常性アイテムもいくらか。
最後に、机の上の
「……行く、かぁ……」
情けない声を出して。
ただのコスプレでしかない黒い衣装と、光るだけの光の剣を持って、家を出る。
不可能を可能にすることはできない。
奇跡を起こすようなことはできない。
勝算も無いような相手に、それでも、と希望を信じて立ち向かっていくことなど出来はしない。
ならば何故、今、自分はこうしているのか。
勇気があるからか? 違う。
正義があるからか? 違う。
ただ愚かだからか? それも違う。
なら愛の故からか? 残念ながら、それも違う。
ではならばどうして。
勝算も無いような相手に、こうして挑むことができるのか。
答えは一つ。
――勝算が、あるからだ。
それは、今までの何よりも穏やかな眠りだった。
死の瞬間よりなお静かで、生の最初よりなお暖かい。
その中で、一つの幸せな夢を見た。
いつだったか幻視した穏やかな思い出。幼少の頃の彼と僕。
世界の命運になんて全く関わりのない、どこにでもいそうな二人の子供。
運命的な出会いなんて欠片も無い、仲が良いだけの幼馴染の少年と少女。
身に宿っている能力なんて使い所もなく持て余して、迷惑そうな彼を振り回して物語に登場もしないような些細な超常性を冷やかして、ライトノベルに出てきそうな変な部活を作って二人で過ごしたりして……。
そして……。
…………。
でも。
そうだったとしても、そうはならない。
そんなどこにでもいるような、どこにでもあるような絆、僕はきっと、信じられない。
本物が欲しい。本物だけが欲しい。
僕のことを本気で想ってくれて、本当に大切にしてくれて、本物の親愛を注いでくれる、物語の登場人物みたいな、本物の友達。
本物の絆。
そんなものじゃないと信じられないから、ここまでずっともがいてきた。
……だけど。
この世界に、本当の友達は出来たけれど。
僕自身は、本物なんかじゃ、なかったのだ。
――本物なんかに、なれやしなかったのだ。
不遜にも太陽に手を伸ばして溶ける蝋の翼。
主星に近づき過ぎて粉砕されてしまう衛星。
僕には出来ない。出来ない。出来ない。出来ない。出来ない。出来ない。出来ない。出来ない。
命を懸けられない。償いを果たすこともできない。やるべきことなんてまるでやれない。
僕のせいなのに。
全部、僕のせいなのに。
僕は逃げてしまった。諦めてしまった。
自分の責任で世界が滅茶苦茶になっていく実感が、あまりにも怖くて、辛くて……。
……目を、逸らした。
全部、彼に委ねてしまった。
本当は、僕だって。
僕を本気で想ってくれる誰かと、同じように。
誰かを本気で想いたかったのに。
誰かを本当に大切にしたかったのに。
誰かへ本物の愛を注ぎたかったのに。
誰かのために、命を懸けたかったのに。
僕はゴミだ。
僕は何にもなれなかった。
心底軽蔑して、憎んで、嫌った前世の彼らと、僕はなんにも変わらなかった。
でも、もういい。
彼が愛してくれるならそれでいい。
僕はゴミだけど。クズだけど。何の役にも立たないけど。彼のために何もできないけど。何もしてあげられないけれど。
それでも、もういい。
……もう、いい……。
目を覚ます。
二度の生の中で一番の安心感。
静かで、穏やかで、幸福な気持ち。
隣に彼はいなかったけれど、目の前で床に座って、壁に背中を預けている。
「おはよ……」
「ん、ああ……おはよう……」
返事が返ってくるだけで、ひどく幸せな気持ちになる。思わず顔がはにかんでしまう。
寝ぼけ眼を擦りながら布団から出て、彼のそばへと近づいていく。
「……えへ」
起きたばかりの、曖昧な意識。
隣に座って、肩に体重を預ける。
「ね……今日は、どうする……?」
「……どう、すっかな……」
彼もまだ起きたばかりなのか、声がぼんやりとしている。
込み上がってくる愛おしさ。彼の肩に寄りかかって、猫みたいに顔を擦りつけてみた。僕の方が寝起きで体温が高いからか、少し冷たく感じられる。もたれる僕の体重を支えようと、彼が反対側の床に手をついた。べちゃりと少し粘質な液体が跳ねる音。真っ赤なそれが、彼から借りたジャージに付着する。
……………………………………………………。
……え?
「さば、き……?」
血。
血が。
血溜まりが。
赤い血溜まりが。
彼の、脇腹の辺りから、真っ赤な血が、零れて。
なん、で?
「さ、
「どう、した……
「っ――、」
下の名前を呼び捨てにしてくれる。嬉しい。とても嬉しい。でも、なのに。
こんなに嬉しいはずなのに、頭が、いたい。
「だ――大丈夫、なんだよね……?」
「ああ、まあ……でも、ちょっと……しくじった、かな……」
彼は答える。そう答えてくれる。
だけど、だけど。その瞳は、どうしようもなく虚ろでしかなくて。
「心配、すんなよ……」
そうだ。彼は主人公――本当に?――なのだ。
だからこんな傷、こんな程度の傷、こんな常人なら動けなくなる程度の傷、どうってこと、無いはずで。
「お前、は……
痛い。
痛い、痛い痛い痛い痛い痛い痛い。
頭が、痛い。
名前を呼ばれる度、内側から刺激される脳髄。蘇生される記憶。
違う。
違う違う違う。
だって、だって彼は。
彼は。
「ま……待ってて、今、何か……!」
慌てて立ち上がって、体を棚にぶつける。
高い棚の一番上から何かが倒れて、床に落下した。
……写真立て、だ。
子供の頃の彼と僕が、写っている。
「――う」
……こんなの。
「……う、うう、ううううう……!!」
こんなの、って。
「……
彼を取られたくないと思った。僕が彼のヒロインならいいと思った。数あるヒロインなんかじゃないメインヒロインになりたかった。二人だけで生きたかった。
嬉しいのに。
確かに嬉しい僕もいるのに。
だけど、よりにもよってこんな。
こんな、形で……。
僕は、泣きながら、彼の手当をして、そして。
「ごめん、ね……」
ロックの壊れた、記憶処理装置を、彼に向ける。
「待、て……」
「全部、本当に全部、僕のせいだったんだよ、ね……」
「ちが、う……待て……」
「もう巻き込まないから……嘘つかないでいいから……無理しなくていいから……傷つかなくていい、から……」
傷ついて欲しく、ないから。
だから。
「待ってくれ……
「さよなら……
白亜の光が瞬いて。
彼の意識と……記憶が、失われる。
専用のカートリッジを使った、長期記憶に干渉する特別な記憶処理だ。
「…………」
僕は、本物になれなかった。
僕は、何にもなれなかった。
僕は世界を救えない。
物語に何一つ関われない。
運命をまるで変えられない。
主人公のヒロインでも何でもない僕は、ただの
例えこの世界が滅んでも。
例え誰に償うこともできなくても。
例え、この世界に、主人公が存在しなかったとしても。
それでも。
――彼のことを、失うわけには、いかなかった。