【完結】ロッシュリミット/TS転生してモブを主人公と勘違いする話。 作:潮井イタチ
翌日。
早朝……まだ生徒の少ない朝早くから、僕は学校に来ていた。
「…………」
隣のクラスを覗き込む。
まだ日が昇り切っておらず、薄暗い教室の中。生徒は一人も居ない。
学校に来る前、『軍』の需品科から借りた次世代型解析キットを使い、机から彼の皮膚片を採取する。
ここから先は時間がかかるが、超技術で作られた解析キットを使っているところを見られたらマズい。
他の生徒が来る前に教室を出て、トイレに隠れた。
そして、
二つを解析キットを使ったDNA鑑定で照合し……。
「(……。やっぱり……)」
完全に、一致した。
確定だ。
彼は――
解析待ちの間に、トイレの外から少しずつ朝の喧騒が聞こえだしていた。いつの間にか、もう結構な生徒が登校してきているらしい。
女子トイレにも人がやってきて、居づらい雰囲気になってくる。……なんで女子高生っていつもトイレの鏡の前でたむろしてるんだろう。
僕は解析キットを鞄の中にしまい、トイレから出る。
一瞬、ちらりと、陰気臭くて華やかさの無い、目の下にクマを作った女子高生を鏡で見た。
……しかし、どうしよう。
「――あ」
「っ、……よう、おはよう、
「お、おはよう……ございます……」
軽く手を上げて挨拶をした彼に、挨拶を返す。
他にも何か言うべきなのだけど、急な遭遇で頭がいっぱいいっぱいになって、何を言っていいかわからない。
僕が黙っている内に、彼は廊下を通り過ぎて……自分の教室へと入っていった。
「…………」
……気付いてない……のかな。
ゲームのストーリーでは、主人公は序盤から終盤まで仲間集めに終始している。
最終目的が「『軍』『企業』『結社』などの複数の組織と協力を結び、一丸となってラスボスを撃破する」という形である以上、多くの組織にコネクションを持つ必要があるし……単純に、戦力が多いほど出来ることが増えるというのもある。
だから、もし僕のことを『軍』のエージェント――
認識阻害装備の効果で、顔を覚えられなかったようだ。
まあ、ゲームでも
なら、僕の方から声をかけるべきだ。
そう思って、彼の教室に入ろうとして……。
昨日、落ちたビラを拾わなかったことを、思い出す。
「っ……」
さっき、鏡で見た自分の姿を思い浮かべ、最初に彼にジャージを貸してもらった時のことを思い浮かべる。
そして昨日の、彼にかけられた言葉。
『アイツを倒してくれ――お前にしか、出来ない』
……い……、――
あんな言葉をかけられた僕の正体が――
逡巡する。でも、そんなことを言っている場合じゃない。
彼に御天さんを助けてもらわないといけないのだ。変なプライドなんかにこだわっている余裕は無い。
そんな風に教室の前でまごついていた僕の前に、ずい、と一人の女子生徒が回り込む。
「――おはよっ、
青いミディアムヘアに、ボーイッシュな口調――虹崎さんだった。
「えっ、あっ……は、はい……」
「あ、消音領域は張ってあるから、『軍』や『企業』のことについて話しても大丈夫だよ。ボクから一メートル以上離れなければ何を話してても外には漏れないから。……でも、他の人に近寄られ過ぎるとマズいかな。もうちょっと隅寄ろっか」
口の前に人差し指を当てながら彼女が言い、僕たちは廊下の端に移動する。
任務時の口調で話すべきか、素で話すべきか迷ったけれど、どちらも知られているのだから今更だと思い、素のままで僕は彼女に話しかける。
「……あ、あの……昨日はその、すいません、でも、その……」
「ううん、いいよ。その辺はお互い様でしょ? 昨日とか、ボクだけだったら
「そ、そんなことは……一応、えっと、二人とも仕事でやってることだし……」
「そりゃ、お互いに譲れない部分があるのは仕方ないけど、学校にまでそれを持ち込まなくてもいいでしょ? それを持ち出したら極端な話、今この瞬間に戦いを始めなきゃいけない」
「それは、その、そうですけど……」
「だったら、
「い、いえ……」
彼女の顔がまともに見れない。
だけど、俯いたままどうにか心を振り絞って、僕はか細い声を返す。
「僕も、学校では……虹崎さんと、友達で居たい、です……」
虹崎さんの顔がぱぁっと明るくなるのが見えた。
手を握られ、顔を寄せられる。元々半径の狭そうな彼女のパーソナルスペースが、より狭くなった感じがする。
思わず顔が熱くなる。当然だ。こんな可愛い子相手だ、男なら誰だってドギマギするに決まっている。
モテない男だった前世でも、コミュ障女子な今世でも、ここまで女の子に距離を詰められたことはない。距離が近すぎて、女の子の良い匂いがする。いや僕も身体は女の子だけど、僕からする匂いは鉄臭い血の匂いだ。
「よかった――うん、やっぱり、事情も知らないのに強引に止めようとするの、良くないとは思ってたから。ああいう人が居るなら、ボクももうちょっと、落ち着いてキミのことを知ろうとしてもいいのかなって」
……何だか、恥ずかしい。一応、精神はいい年した男のはずなのに……年下の女の子にすごく配慮されてしまっている。
「ところであの黒仮面の人って『軍』の所属……じゃないよね? 『企業』の
「あ、えっと、虹崎さんは彼の正体が誰なのか気づ――知らないんですか?」
「うん。組織に所属してない人なの? フリーランスっていうか」
「組織に所属してないのはそうですけど、その、違うんです。色んな人を助けてる、えっと――ヒーローっていうか」
「へえ……! いいじゃん、凄いな、居るんだねそういう人! 『企業』のエージェントとしては純粋に褒めれないけど、こんな業界じゃ早々出来ることじゃないよ! 装備もイカす感じだったし!」
「で、ですよね……!」
共感を得られた僕は、頬を熱くして相槌を打つ。自分が褒められたように嬉しかった。
「ん? ていうか黒仮面の人、
「あっはい。僕が彼に頼んで、探すのを手伝ってもらってて……」
というかそう考えるとつまり、僕は本人に本人を探すよう頼んでいたことになる。あの時はわからなかったけれど、そりゃ気まずい顔して当然だった。
「そっかー。じゃあ見つかってよかったじゃない」
「いえ、でもその、その後に逃げられて……」
「え、そうなの? そっか、じゃあやっぱりボクも探すの手伝おっか?」
「あっ、いやそれなんですけど――」
と、そこまで言って、僕は思い至る。
「……あの、もし、虹崎さんが彼のことを見つけたら、どうするんですか……?」
「とりあえずコネは作っておきたいかな? そういう人なら望み薄かもだけど、もしかしたら『企業』の方でスカウト出来るかもしれないし」
……確かに、ゲームじゃ彼はどこか一つの組織に所属することはなかった。
だが、その選択肢が無かったわけじゃない。目的のための支援や後ろ盾を受けるなら、どこかの組織に入る方が楽だった。
しかしそうなると、その組織内での信頼や立場を得てからでないと、自由に動くことが出来なくなる。
最低でも一年はその組織に腰を落ち着けないと、自由には動けない。今はそんな時間の余裕が無いから、どこにも所属せずに動いた方が良い……とか、そんな話があった覚えがある。
ゲームでは、彼が世界の危機を知って動き出すのは高校二年。
今は、高校一年の始め。
――時間の、余裕がある。
もし彼が『企業』に所属してしまったら……『軍』の僕は、どうなるんだろう。
……いや、大丈夫だ。彼はそんな、組織のしがらみなんかに囚われるような器じゃない。
でも……でも、彼は良くても、『軍』の方はどうだろう。
野良の傭兵に協力を仰ぐのはよくても、敵対組織の所属員を関わらせるような真似を許すだろうか――否だ。あり得ない。
そうなると、万能薬は手に入れられない。
「……っ」
心が
「あれ、どうしたの? ボク手伝わない方がいい……?」
「いっ、いやそのっ、そういうわけじゃ、ないんですけど……」
話している内に予鈴が鳴って、二人、教室の方へと戻っていく。
「あ、ねえねえ、
「いえ、あれは戦闘の邪魔になるからやってただけで……学校じゃ別に……」
「えー勿体ない。せっかく可愛い顔してるのに――」
「いや本当に大丈夫なので――」
その途中――
「って、
移動教室に向かっていた
「ねえねえ、昨日のビラ配ってたのってどうだった? なんか収穫あったー?」
「……いや、何もねえけど……っていうかお前ら二人、もう仲良くなったのか」
「昨日から友達だけど? あ、そういえばさ、ボクの方の人探しなんだけど、実は昨日見つかったんだよね。だからそっち手伝おっかなーって」
「いいって、別に……。昨日の分のビラ配りゃ十分だろ。ていうかお前みたいな極端なヤツいたら見つかるものも見つからねえよ」
「えー? そんな言い方ないじゃんかー、ねえ別に迷惑かけるわけじゃないんだからいいじゃん、ねーってば」
言って、ぐいぐいと距離を詰める虹崎さん。
……そりゃ、そうだ。あんなに可愛い子に距離を詰められたら、男なら誰だってドギマギするに決まっている。当たり前だ。
もし、虹崎さんが
「…………」
断るとは、思えなかった。
「ん? あ、あれ、
気がついたら、僕は
「あ……。……あの、ちょっとその、
「えー? でも――」
「さ、探すのは僕たち二人で大丈夫ですから……虹崎さんは大丈夫です、えっと、手伝わなくても……」
何故か、いつの間にか呼吸が苦しい。少し泣きそうになりながら虹崎さんの方を見た。ぐい、と更に彼の腕を引っ張って、彼女から距離を取らせようとする。
だけど、なのに、彼は僕の手を振りほどこうとしていて――
「いや、
「え?」
言われて、思わず、僕より背の高い彼の顔を見上げた。
――ドギマギしていた。
「ん、え……?」
照れてる?
彼が?
……僕に?
「っ――」
急激に顔が熱くなる。
何故かわからないけれど、虹崎さんに詰め寄られた時より熱い。わけがわからない。
呆然としている内に、彼が手を振り払って「急がないと遅れるから」とか何とか言って、移動教室の方へと小走りに去っていく。
「へー……ほー……ふーん……」
背後で虹崎さんが何か感嘆している。
振り返ると、さっきまでと同じようににこやかにしている彼女が居て……。
だけど、その笑顔の質が、さっきとは少し違っている気がした。
「――好きなの?」
「え、え……? 何が……?」
何のことだろう。
本気で分からなくて、僕は首を傾げる。
そんな僕を、虹崎さんはイタズラっぽい笑みを浮かべて、流し目に見る。それは普段のボーイッシュな雰囲気の彼女ならまずしない表情で、蠱惑的なギャップがあった。
「ボクは良いと思うけどな、
「い、良いって……?」
まさか、彼が主人公――黒仮面であることに気づいたのだろうか。
いや、だけど、それならわざわざこんな言い方はしないはず……。
「ぶっきらぼうっぽい風だけど実際のとこかなり人が善くて優しいし? 何か際立ったとこがあるわけじゃないから目立たないけど、小器用で大抵のことは何でも要領よく
「え、あ、へ?」
つ、つまり……。
虹崎さんは……
え?
あれ、でも、なんで?
だってそんな、まだこの段階じゃ恋愛的なフラグも立っていないはずだ。彼が主人公だって気づいてもいない。
そんな状態で、虹崎さんが彼を好きになる要因なんて……いや、でも、当然なのか?
常識的に考えて、最初から気になってもいない相手を好きになったりなんてしないだろう。ゲームの中じゃ語られていなかっただけで、虹崎雨色は最初っから主人公の本質的な良さに気づいていて、無意識に惹かれていた、なんて裏設定があっても何もおかしくなんてない。
そうだ。だって、彼女は、御天さんと同じ、メインヒロインなのだ。
主人公と最初から運命的に結ばれている存在。
世界そのものに、彼と結ばれることが望ましいと祝福されている女の子。
だったら、御天さんが居ない今、順当に行けば……。
彼と彼女は親密になり、好き合って、互いの秘密を共有するようになるに、決まっている。
「っ……!」
だ――ダメだ。
それは、ダメだ。
そうなったら、彼は『企業』に行ってしまって、僕は、僕は……。
「あー、でも今の感じだと、
「え、え――」
「まあでも流石になー。今の
「う……」
それは……そうだろう。
僕だって自分が相当な美少女だという自信はあるけど、虹崎さんはヒロインに相応しい本物の美少女だ。
陰気で暗い僕と違って天真爛漫でキラキラしていて、最高に女子高生らしい華やかさがある。
スタイルはゲームの美少女キャラらしく当然のようにモデル顔負け。これに比べたら、小柄で細身な僕なんて幼児体型もいいところだ。スレンダーなんて聞こえの良い言葉で誤魔化す気もわかなくなる。
髪だって一見動きやすさ重視のスポーティな感じだけど、ちゃんと手入れして、気を遣ってセットしていることは一目で分かる。伸ばしっぱなしのままにしている僕とは全然違うし、目の下にクマだって出来ていない。
見た目の話だけじゃない。内面だってこんなツラが良いだけの僕と違って、腐った部分の一切無い物語の主役そのものの完璧なヒロインだ。
口調だって被ってるけど被ってるだけで、無理に演じてるだけの僕じゃ彼女みたいな天然には敵わない。そもそも素の口調がもう
僕なんかが勝てるはずないなんて、そんなの僕が一番分かっている。
大体……そもそも、僕は元々男なのだ。
女の子としての魅力なんて出せるわけないし……そんな、元男が、前世では二十歳過ぎの成人男性が、無理に女の子のフリをしたって、気持ち悪いだけに決まっている。
というかそんな、仮にその辺り上手くやれても、それで男子に好きになんてなられたって困るのだ。
僕は女の子の方が好きだし、男と付き合う気なんてそんなの、あるはずがない。
「せっかく素材は良いのになー。
「う、うう、うううううう……!!」
駄目だ。
そんな軽い気持ちで彼を……彼を、と、取られるなんて、いくら虹崎さんでも、許せない。
まだ……今ならまだ、何とかなるはずだ。
虹崎さんが本気になっていない今なら、僕でも、こんな僕でも、どうにかなるはずだ。
そうだ。
これは何も、僕が主人公に好きになってもらいたいとか、そんな気持ちの悪い話をしているのではなく……御天さんを助けてもらうために、仕方なくやっていることなのだ。
なら、それなら僕は、何だって出来る。
しなければならない。
授業中、僕は言いようのない焦りを感じながら……机の下のスマホで、この街で一番の美容院の調査と、そのためのスケジュール調整をし続けていた。