【完結】ロッシュリミット/TS転生してモブを主人公と勘違いする話。 作:潮井イタチ
よく分からないが、美容院というのは予約が必要なものらしい。
というわけで、自分のスケジュール表を確認してみた。
――空いてる日が無かった。
「う、うう、うううううう……!」
僕は『軍』拠点の廊下で、ぐったりと壁にしなだれかかる。
明日も任務、明後日も任務、明明後日も任務、任務、任務……。
他組織の介入等により、当日や前日になって予定が変わることはあるものの、それじゃあ予約なんて取れない。
美容院がダメならせめてとばかりに美容系の雑誌や化粧品のカタログなんかを読んではみたけれど、具体的に何をどうすればいいのか全く分からない。TCGのルールも知らないのにカードパックの新弾や現環境のトップメタを紹介されているようなどうしようもなさがある。
「ゆ、有給休暇……」
無いわけではない。
無いわけではないが、何せそもそもからして組織名が『軍』である。
部署にもよるが、いつ有事が来るか分からないような組織で休暇など、早々取れたものではない。
最低でも一ヶ月以上前には申請をしておかなきゃならないし、それだって諸々の兼ね合いによっては無かったことになりかねない。
特に、今は『本編』が近づいて来ていることによる敵の質と量の上昇……つまりは繁忙期状態だ。最悪、申請しただけでも評価に響きかねな――
「――おい、こんなところで何をやっている、
「うぇあ!?」
振り返る。背後に立っていたのは、黒いスーツ姿の、鋭い目付きをした背の高い女性。
僕の部署の司令官だった。
「……体調が悪いなら医療班に連絡するが」
「あ、いやっ、違うんですその、休暇欲しくて……あっ」
言っちゃった……。
司令官が怪訝そうな目でこちらを見る。それもそうだろう。
「休暇……やはり、体調が悪いのか? なら、一般の病棟より『軍』の医療施設の方が都合が良い。例の万能薬ほどではないが、科学・魔術・超常、それぞれを用いた複合的な治療が――」
「ちっ、違っ、そうじゃありません! 体調は別に悪くなくて、えっと……」
「では、なんだ」
表情一つ変わらない鉄面皮で、司令官が僕に向けて問いかける。
彼女の眼差しは真剣で、下手に誤魔化せば真実を語るまで追求されることが文字通り目に見えていた。
僕は枝毛を弄りながら、恐る恐る、白状する。
「……び……」
「び?」
「び、美容院……行きたくて……」
「何?」
「その、あの、このままだとちょっと、えっと、人と会う時に困るっていうか……ど、どうしても必要なことで……」
「…………」
司令官が黙りこくり、じろじろと僕を眺め回す。恥ずかしくなって後ろ手に隠した化粧品のカタログも多分見られたと思う。
視線の一つ一つに僕が震える中、彼女は懐からタブレット端末を取り出し、何がしかの情報を確認していく。
「……直近で休暇を入れるのは、厳しいな」
「で、でで、ですよね……! 忘れてください本当に、髪とか別に実際どうでもいいんでっ、」
「お前、確か今日の任務は延期になっていたはずだな? この後何か予定はあるか?」
「え……? い、いや、ないですけど……」
司令官が「そうか」と呟き、振り返って歩き出し……背中を向けながら、僕に着いてくるよう合図する。
慌てて着いていく。
彼女が行く先は、廊下の果て、軍事施設の外、駐車場、車内、市街地……。
「……???」
街の高級美容院だった。
「あ、あの、えっと……? その、でも、予約……」
まるで構わず司令官は中に入っていき、僕は否応なしに慌てて着いていく。
「お客様、ご予約は――」
「無い。だが金はある」
トン、と、あまりにも自然に、しかし確かに重みのある音を立てて、司令官が札束を置いた。
僕は驚く。店員もそうだ。突然の大金に瞠目している。
が、だからと言ってはいそうですかわかりましたとはなるはずがない。
冷や汗をかきながら、困りますと連呼する美容師に、司令官は懐から、スっと――何かの回数券のようなものを、ちぎって、掲げた。
「『
言葉の通りになった。掲げられた回数券が焼け焦げ消え去る。店員が困惑しながら札束を受け取り、司令官を奥へと案内し始める。
「ちょ、ちょっと司令官――何やってるんですか!?」
「このアイテムは消費する以外の方法では破壊できん。使い方によっては非常に危険な超常性を、処理するついでに有効活用しただけだ」
「み、民間人相手にそんなの使っていいわけが……! 大体、私的使用には罰則だって……!」
「私的使用に当たるかどうかを決めるのは司令官である私だ。さっさと行け」
な、なんて職権濫用……!
いや、確かに彼女はゲームでは終盤裏切って敵に回るが、それまでは基本、真面目な司令官だったはずだ。
そもそもの出番が少ないからアレだけど……この手の悪ふざけをしているのは、ゲームでもこの世界でも見たことがない。
何か羽目を外したくなるような事でもあったのか……。
司令官が記憶処理装置でビカビカと店員や客の記憶を改竄するのを見ながら(それやるなら別にアイテムは要らなかったんじゃないだろうか)、僕は彼女に問いかける。
「あの、でも、お金……」
「これは特殊な工程を踏んで処理しなければならない超常性アイテムの終了任務だ。つまり、経費で落ちる。――いいな?」
「アッハイ」
鋭い目で睨まれ、僕は何も言えずにすごすごと引き下がる。
別に僕が悪いわけじゃないのに、謎のいたたまれなさがある。逃げ出しそうになる僕の首根っこを司令官が掴んで、抑え込むように座席に座らせた。
「で、どうセットしたいんだ、
「え、え、えっと……わ、分かんないです……」
「そうか」
美容師の方に向き直り、淡々と、僕の辞書には無い語彙でオーダーをする司令官。
急な状況に混乱させられたまま、あれよあれよと展開が進んで――
「ふむ。まあこんなものか」
「……????」
――サラサラになった髪を撫でられながら、僕は司令官と一緒に美容院を出た。
少し頭を動かす度に自分の髪から良い匂いがして落ち着かない。別にそこまでバッサリいった訳でもないのに、なんだか頭や顔への感覚が違う。
超常性の終了手順と全く同じ口調で、手入れがどうこうと言った話を無表情に語る司令官。
未だに困惑しながら唯唯諾諾と頷く僕に、司令官はふと、口を止める。
「な、何か――ぁぅ!?」
顎を掴まれた。
無理矢理目線を合わせられ、じっと顔を覗き込んでくる。
「……前髪で分からなかったが、クマが酷いな」
「あ、は、はい……その、睡眠不足で……」
「オレンジ系のコンシーラーはあるか?」
「……? こんしーら……??」
「チッ、そこからか」
美容院を出て、向かう先は『軍』の拠点ではなく、化粧品売り場で、そして――
「――というわけで化粧についての基礎は一通り教えたが、他にもこれらは負傷の隠蔽にも応用できる。私も現場に出ていた頃には使っていた技術だ。いくらお前に治癒能力があるとは言え、民間人に戦闘の跡を悟られないためにも覚えておいて損はないだろう。『軍』の教練プログラムにもこの手の技術は取り入れておくべきかもしれんな……まあ、その辺りは後で考えるか。銃器の手入れなどとは違って、この手の技術に正解など無い。が、それでも抑えておけば間違いの無いポイントはある。それと
拠点に戻った後、かつて『軍』に入った直後に受けたスパルタ講義に勝るとも劣らぬ情報量を叩きつけられ、目を回す。
どうにかこうにかついていき、今まで名前も知らなかった化粧品を使って、薄くではあるがどうにか言われた通りに化粧を施し、改めて鏡を眺め直した。
「…………あ」
……わ……割と、良いんじゃ、ないだろうか。
指示通りにやっただけだけど、整えられた髪も相まってなんだか垢抜けた感じがする。いつもの暗さも、病んで荒んだ感じもなくて……。前まではこう、可愛いは可愛いんだけどどこかイロモノ感というか……そういうのがあったけど、今はまるで
「あのっ、司令官、こ、これ、どうですか……!?」
「見れはするな。七十点だ」
「ぅ……」
自信をへし折られそうになる僕だったが、それより先に、司令官が僕の肩を掴んで、引っ張った。
「まずは姿勢を直せ。背筋を伸ばして胸を張れ。八十点にはなる」
「え、あ」
「次に、自信を持て。暗い顔をするのをやめろ。それで九十点だ」
「そ、そんなこと言われても――」
「最後に、作り物でいいから、笑え。時々でいい。こんな風にな」
言って、司令官が鉄面皮を綻ばせ、微かに、優しい笑みを浮かべてみせた。
思わず目を丸くする。笑顔は見間違いかと思うほどすぐに消えて、彼女の表情はいつも通りのそれに戻った。
そして、じっ、と。できるかどうか問いかけるように、鋭い――いや、真っ直ぐな瞳が僕を見る。
「こ、こう……?」
「満点だ」
頷き、司令官が立ち上がる。
「
「っ……」
「だが、私人としては別だ。大人が子供の面倒を見るのに理由は要らん。次からは、言え。私は察しが悪いからな」
用事が無いなら早く帰れ、と言い残し、司令官はタブレット端末片手に部屋を出ていった。
「…………」
なんであの人、裏切っちゃうんだろうな……。
……これも、
そんな風に思いながら、その日の僕は『軍』の拠点を後にした。
翌朝。
鏡の前で、自分の姿を確認する。
……変じゃない、はずだ。
今までの伸ばしっぱなしとは違う、整えられた髪型。
校則に違反しない程度の化粧に、ギリギリ文句は言われないぐらいに改造した制服。
羽織ったジャケットはいくらか着崩して、スカートは短めに。ちょっと太ももの包帯が見えてしまっているけれど、そこまで目立たない、と思う。
学校指定の簡素なリボンは、昨日あの後買ってきた可愛らしいものに取り替えられている。
髪留めも今まで使っていた実用性重視のやつじゃなくて、ちゃんと、お洒落な……
「……う、うぐ……」
……な、なんでだろう。今になって急に恥ずかしくなってきた。
別に、女の子っぽい格好なんてこの十五年で何度もしてきたし、今更それに特別強く羞恥心や抵抗感を感じるわけじゃない。大体、普段の任務で使ってる
そもそも、性差に関する違和や不都合こそあれど、自分の容姿については僕は普通に気に入っているはずなのだ。
元男として思うところはあるものの、それでも見目が良いに越したことはないに決まっている。何なら鏡に向けて可愛いポーズすることだってある。
先天的なものなのか、治癒能力の副作用か知らないが、この過酷な生活の中でも何故かある程度キープされている可憐さ。
それが磨かれるのは僕にとっても喜ばしいことのはずだ。実際、今だって、これまで感じたことのない高鳴りが、胸の奥から溢れてきている。
正直、滅茶苦茶可愛い。
今まで、
腰のあたりに握り拳を当てて、もう片方の手は顎の辺りでピースにしてウィンク。どんなポーズをしてもこれならバッチリ決まっている感じがして楽しい。
プレイヤー目線で考えても、今の僕のキャラデザならメインヒロインは間違いなく張れる。パッケージに映っていればジャケ買いもワンチャン有り得るだろう。
少なくとも、僕だったらこんな子が仲良くしてきたら平然としてはいられないし、
「…………」
思えば、他人のために着飾ったことなんて、今まで一度も無かった。
恥ずかしいのはきっと、それが理由だ。
だって今、鏡に映っている僕はまるで、気になっている男の子に好かれようと、お洒落を頑張っている女の子のようで――
「っ……!」
――ち、違う。なんだそれは、気持ち悪い。
いや、字面だけなら特に間違いでもないけれど、そこに含まれる意図は通常解釈されるだろうそれとは全然別だ。
そもそも僕は男だし、これだって彼の協力を得るために仕方なくやっていることなのだ。
そうだ。仕方なく、仕方なく、だ――必要だから、やっているだけのこと。
本当は男なのに、女の子のフリして、着飾って、男に好かれようと媚びるなんて、気持ち悪いし、嫌に決まってるし……だからそんなのは、恥ずかしいに決まっている。
僕は手早く準備を終えて、背筋を伸ばして、顔を上げた。最後にもう一度だけ自分の姿を確認し、家を出る。
登校中、いつもより刺さってくる視線の数が多い気がした。
学校に辿りついて、
どうやらもう教室に来ているらしい。隣の教室の扉の窓を覗くと、眠そうな顔で
僕は早速扉に手をかけ、声をかけようとして……。
覗き窓のガラスに映る自分の姿を見て、足を止めた。
「…………」
これからこの格好で顔を合わせる、わけだ。
元男としての価値観で客観的に評価してみても、かなり魅力的だとは思う。
他の女子と比べると流石に少し浮いている気はするけれど、別に違和感があったり、個性的過ぎて引くってほどじゃないし、普通に考えてもまず問題無い範囲。
主人公の周りにはもっとド派手なデザインのキャラが集まってくるわけだから、それに比べたら僕なんて全然大人しい方だ。
でも、昨日の僕と今日の僕とで比べると……ちょっと、張り切り過ぎじゃあ、ないだろうか。
一週間ぐらいかけて徐々にならともかく、昨日の今日でこれだ。流石にギャップがあり過ぎる。
……引かれるかも、しれない。
扉の前で立ちすくむそんな僕に、横合いから入ってくる青い影があった。
「
「あっ、
名前を言い切るより早く、虹崎さんが目を輝かせて、僕の手を握った。
「――可、愛、い~!! すっ、ごい良いじゃん! これからずっとそれでいこうよ、めちゃくちゃ似合ってる!」
「え、で、でも、」
「ねえ
虹崎さんが強引に
咄嗟に逃げ出そうとしてしまった僕だったが、がっちりと手首を掴まれていて動けない。ヤバい、レベル自体はまだ僕の方が高いはずなのに、この子ステータスが
そして、ガラガラと扉を開けて教室を出てきた彼と、目が合った。
恐る恐る、彼の目を見た。
彼も、固まったように僕を見つめた後……、……照れたように、顔を背けた。
「あ……」
ひ、引かれたんじゃ、ない、よね?
虹崎さんが興奮した様子で僕と
「ね! めっちゃ可愛くない!? もう余裕でビジュアル売り出せるレベルだよこれ!
「あ、ああ……そう、だな……」
歯切れ悪く彼が言う。
だが、目は合わせてくれていない。僕は不安になって、思わず、無意識に彼の服の端を摘んだ。
一体僕は何やってるんだろう。咄嗟の行動に後悔しつつ、それでも、半ば勢い任せに問いかけた。
「ど――どう、思う?」
彼は動揺したようにこちらを見た後、目を泳がせて、言った。
「いや……良いと思う。大分、可愛い」
「っ、」
それは、照れ臭そうに、言い淀みながらの言葉ではあったけど……だからこそ、確かに本物で。
心を内側から撫でられるような嬉しさが、胸の奥から溢れてくる。
……あ、そ、そうだ。お礼言わないと。
司令官も、時々でいいから笑顔を見せろって言ってたし、ちゃんと、喜んでいるところを見せないと……。
「
「え?」
僕は、自分の顔に手を当てる。
すごく、頬が熱い。そして、気が付かない内に、口元が完全に綻び切っていた。
「~~~~っ……!」
ち、違……違う!
これは単純に、彼に協力してもらえる見込みが出来たから、嬉しくなって笑みを作ってしまっただけで――だからそんな、全然、褒められて嬉しくなったとか、そんなんじゃない!
そうだ、そうなのだ。これは言うなれば、彼の、主人公の力を利用するためにやっているだけで、だから、いくら主人公とはいえ、男に可愛いなんて言われて嬉しいなんて、そんなこと思うはずがないのだ。むしろ気持ち悪くて、なんだか、さっきから背筋がぞわぞわするのも、嫌悪感のせいで……!
「あの、あっ……ありがとっ……! その、それじゃもう、チャイム鳴るから……っ!」
だから、顔がこんなに熱いのも――男相手に媚びなきゃいけない屈辱感とか、そういうののせいに、決まってる……!
走り去っていってしまった
子供の頃、学校で会ってから、超常性絡み――全部ひっくるめて照らし合わせても、あんな
何が『良いと思う』だ。何が『大分可愛い』だ。あり得ないほど魅力的だった。心臓が止まったかと思った。というか今も止まってるんじゃなかろうか。
彼女が美少女なのは最初から分かっていたし、ちゃんとすればもっと可愛いんじゃないかとは――同時に、彼女が可愛いのは自分だけが分かっていればいいとか浅ましいことも――思っていたけれど、あそこまでとは思わなかった。
正直、あんなに自信なさげにしているのが信じられないほどだ。
まだ彼の教室に居る虹崎のように、周囲から浮いてはいるものの、それも仕方ないと思えるほどの格の違い。
それだけの美少女が、ふにゃふにゃに溶けたような、心から喜んだような笑みを浮かべて、しかも、そんな笑みを浮かべていることに後から気づいて顔を真っ赤にして――これで心を奪われなかったら逆にどうかしている。
「…………」
……だが、一つ、気がかりなのは……。
「……なあ、虹崎、
「んー? さあねー、どうしてかっなー?」
ニヤニヤ笑いで言う彼女。
「……お前と
「え? アレって何?」
きょとん、とした顔で虹崎が首を傾げる。
これは多分、本気だろう。演技でやっているなら相当な役者だ。
大体、
虹崎にバレていないということは、
だから、アレは黒仮面ではなく、普通に
「(……だけどアイツに他に何かしたっけ、俺)」
ジャージを貸した。
いや待て。
「(ちょ……チョロ過ぎる……!)」
マズい。これからはこのチョロさで、あの美少女具合を晒すというのか――遠くない内に絶対に騙される。
「なあ虹崎、
「分かってる分かってるって、ボクに任せてよ、ね?」
本当にわかっているのかどうなのか。
不安に困惑する