【完結】ロッシュリミット/TS転生してモブを主人公と勘違いする話。 作:潮井イタチ
夜、繁華街の外れ。
少し離れた場所にあるビル達の明かりはまばらで、届いてくる光は薄暗い。
照明も足りず、建物の陰になって月明かりも差さない、闇だけがある寂れた空間。
そこに、青く輝く異形の怪物達がいた。
……主人公が見つかっても、僕の、『軍』のやることは変わらない。
弾け飛ぶ白い包帯。
僕は手から紅い斬撃波を放ち、青褪めた光を放つ目玉型の超常性にダメージを与える。
『g■w■o――!!』
悲鳴を上げるように嘶く異形。どこかへと逃げ出すそれ。
周囲にはまだ複数の目玉が残っていたが、本体らしき個体が逃げ出したことで、統率が崩れた。
いくつものレーザーが魔眼から放たれる。
が、僕を補足しきれていない。全弾回避しつつ構える
「再現率30%――カッターナイフ具現!」
カッターナイフを具現化し、刃部分を一枚ずつ折って射出。
マシンガンのように放たれる替刃の一枚一枚。そのそれぞれが青い目玉の群れを貫いていく。
地面に落下し、青い煙となって消え去る目玉。
僕は無傷のまま、現場の制圧を終える。
ここ数日、調子が良い。
何と言うか、心に余裕がある気がする。
おかげで視野も広い。目詰まりしていた何かが取れたような感じがある。
手早く処理を完了。
僕はそのまま、奴が逃げた方向に向かおうとし――
「――――」
超常性と同じように眼球を青く輝かせた、スーツ姿の男性と出くわした。
苦しそうに悶える彼。その眼球の光が徐々に輝度を増していき、バチバチと周囲にスパークを散らす。
涙を散らしながら僕を睨む青い瞳。
そして、稲光のようなレーザーが、僕の体へと、
「ダメージバレット――
放たれる前に、物陰に潜んでいた超常性を終了した。
魔眼で操られていた彼の眼から、光が消える。
力が抜けてへたりこむスーツの男性。息を切らしながら礼を言う彼。
安心させるための笑顔を返しつつ、事後処理班の方へ向かうよう促し、次へ。
本当に、ここ数日は調子が良い。
きっと、手応えがあるからだ。
物事が良い方向に進んでいる、良い方位に進めているという、手応え。
あれからしばらく経ったけど、
他の生徒からも話しかけられる機会が増えたのには困っているけれど、でもそれは何かの勘違いじゃなく、客観的に見ても上手くやれているってことだ。
……でも、なんて言うか、もう少しこう、好感度じゃなくて、えっと……そう、友好度を上げておきたい気持ちがある。当然、無論、打算的な意味で。
良いと思う、とか、大分可愛い、程度じゃ少し不安だ。
今の段階で『軍』のエージェントだと明かすと、逆に距離を取られるかもしれない。
そもそもあのゲームは、ドラマパートが半端な状態で仲間を戦闘要員に加えてしまうと、友好度を上げるのが逆に面倒になる。戦闘パートで手に入る友好度より、ドラマパートで手に入る友好度の方が圧倒的に大きく、戦闘要員はドラマパートの機会が減少するからだ。
仕様的に仕方がないのだが、何度も共に戦った仲間より、一、二回ほど一緒に遊んだ友人の方が仲が良い、なんて事態がしばしば起こる。
だから、ドラマパートはさっさと
最悪、後から虹崎さんに友好度で追い抜かれてしまう。
……まあ、そう言いつつ、あれからそこまで学校で話せているわけではないのだけども。
だけどもういい加減、どうにか慣れてきた。
最近は彼の方からも話しかけてきてくれるようになったし、きっと友好度も上がってきている。この世界じゃ数値で確認は出来ないけれど、そろそろイベントの一つや二つ起こってもおかしくはない。
「(……イベント……)」
ゲーム内であったイベントを思い返す。
僕は、彼女らのいる位置に、今の自分の姿を当てはめたシーンを想像して――、
「――~~~っ!!」
『■■ァーッ!?』
弾ける包帯。
いくつもの
違う……! 全然違う! い、いや、仮にそうなったとしても、そうなるとしても、それは仕方なくそうするだけなのだ。あくまで
『■■■――!!』
「わっ」
と、そこで、まだ息があった超常性が襲いかかろうとしてきているのに気づき、振り返り様に斬撃波を放って終了した。
……おかしいな。このレベル帯ならアレだけ撃ち込めば確実に仕留められるはずなんだけど。
ステータスが一際
もしくは……。
「……威力が落ちてる?」
気のせいかな、と呟いて、僕は見つめていた掌を下ろす。
ともあれ、今日のところはこれで終わりだ。
最後は少しグダついてしまったけれど、それでもいつもより時間が早い。これなら、明日も好調子のままで迎えられそうだ。
さっさと帰って寝てしまおう。睡眠時間は確保しておくべきだ。寝れる時に寝ておいた方が良い。
……いや、でも、今の時間なら、この間、虹崎さんの言っていた店もまだ閉まっていないかもしれない。
前に私服なんて持ってないと言った時、教えられた店だ。
別に要らないと遠慮する僕に、必要になるとか何とか主張していたが、確かに、これからは学校外でも彼女らと行動する機会が増えるかもしれない。
今のうちに行っておくべきだろうか。
「…………っ」
先ほどの想像が、また脳内に浮かび上がりそうになって、僕は必死に頭を振る。思考を中断させる。
やっぱり、今日はもう、まっすぐ帰ろう。
任務を終えたその日の僕は、足早に帰路を辿っていった。
「――なあ
「ふぇ」
隣のクラスを遠慮がちに覗いて、彼がそれに気づいて来てくれるのが、お決まりになった昼休み。
隣町。この地方都市の中心部にある、世界的な規模を有するコングロマリット――まあ、『企業』の表の顔なのだが――が、建てた、巨大総合商業施設の、全店無制限利用パス。
要塞みたいに巨大な建物で、実際のところ『企業』の秘密基地でもあるのだが、そんなことはどうでもよくて。
「え、あの、それ、って」
「なんていうか……一緒に行こうと思って。まあ、忙しかったらっていうか、嫌だったら別に、」
「い、行く! 嫌じゃない! 全然!」
「おう……」
思わず、反射的に僕は答える。
土日の予定なんて当然埋まってる。
「でもあの、それって、虹崎さんから貰ったやつじゃ……? あ、いや、なんとなくそう思っただけなんだけど……」
「あ、あー、そうなんだけど、好きなヤツ誘えって言われたし」
このチケットは、『企業』のエージェントに社内表彰で贈られる自社の商品券みたいなものだ。
本当なら彼女とのデートイベントの時に使われるアイテムだったはずなのだが……いいの、かな。僕なんかに使っても。
虹崎さんじゃなくて、僕を選んでも。
そう、デートだ。
デートイベントだ。
僕と、彼で。
「……っ!」
だから違う。
そうじゃなくて。
嬉しいなんて全く思ってなくて。
男相手にデートに誘われるなんてそんなの、嬉しいなんて思うはずがなくて。
仮に嬉しいのだとしてもそれは、主人公みたいな憧れの相手と一緒に遊べるからとか、そんな気持ちのはずで。
大体、アレだ。あのデートイベントはヒロインの好感度を――じゃない、女性キャラとの友好度をかなり上げて、それで初めて発生するイベントだったはずだ。普通にプレイしていれば発生するのは物語の中盤ぐらいの進捗度になってからのはずで、だからそんな、まだ話し始めてから一週間程度の僕がそこまで好感度上げられてるはずがなくて、そんな僕がチョロいみたいな、いや、だからこれはそういうんじゃなくて、普通に一緒に外出するだけとか、きっとそんな感じのはずで……!
「それで、日付なんだが」
「ちょ、ちょっと待って! 上の人、じゃなくて、家の人にか、確認するから!」
教室を出て、スマホ型の特殊通信機で司令官に連絡を入れる。
主人公がどうの、なんて説明しても伝わるとは思えない。
それでも、現状で明かせそうな情報を可能な限り開示して、どうにか日取りを弄ってもらえるよう、必死に懇願を――
『――あぁ、分かった分かった。土曜の任務は『企業』が対外的に経営している施設の、一般人に紛れ込んでの偵察、および調査だ。それで良いな?』
「は、はい! ありがとうございます!!」
見えていないのは分かっているけれど、何度も頭を下げる。
『その日は
「あっ、いえ、多分、医療棟の閉鎖時間までは長引かないと思うんですけど……。あ、でも、もしかしたら……」
『そうか。なら、医療棟にはそのように伝えておこう』
再度感謝を告げた後、通話が切れた。
良かった……これで、気兼ねなく彼と一緒に出かけられる。
あ、でも、私服どうしよう。今週末までに買いに行ける時間が無い。
せっかく、昨日行ける機会があったのに逃してしまった……いや、今日の任務なら、可能な限り早く終わらせれば間に合うかもしれない。
教室に戻って、デ、じゃない、外出の待ち合わせ時間と、待ち合わせ場所を彼と決める。
「――じゃ、午前一〇時に、駅の北口で」
「う、うん……!」
その後の授業は全く頭に入ってこなかった。
プランというか、どこに行くかは彼が決めてくれるそうだけど、それでも脳内でぐるぐると想像が巡る。
当然、不安もあるけれど……大丈夫だ。上手くいく。
前世では気を遣うのは得意だった。やろうと思えば今だってちゃんと出来るはずだ。彼が選択肢をどう間違えたって、パーフェクトコミュニケーションだったことにしてみせる。
それで、上手くいったら、その時は友好度がかなり上がっているだろうから、その時に……。
「…………」
……その時に、全部、打ち明けて、助けてもらおう。
そうしたら、終わりだ。
全て終わる。
全部解決する。
助けてもらえる。
もう、苦しまなくて、済む。
「…………」
はず、なのだけど。
妙な……胸騒ぎがする。
重要なことを何か一つ、見逃しているような。
……気のせいだ。きっと。
一日の授業の終わりを告げるチャイムが鳴る。
僕は引っ掴むように鞄を手に取り、息せき切って『軍』の拠点へと駆け出した。
通学路を逸れる。民間人には認識出来ない工夫が施された敷地を抜け、施設の中へ。
司令官に任務への出立を伝えようと、彼女の執務室をノックする。
が、返答無し。
……? おかしい。確かに、いつもより早く来たとはいえ、この時間なら確実に執務室に居るはずなのだが。
ここに居ないとすると、司令室の方だろうか。
他の部署の拠点がどうかは知らないが、この拠点で司令室が使われることは滅多に無い。ほどほどに重要だが、あまり使わない書類の保管場所みたいな扱いになっている。
僕もあまり立ち寄ったことはないけれど、それでもどこにあるかぐらいは当然覚えていた。
「司令官――?」
司令室を覗く。
中には、黒いパンツスーツを纏った鉄面皮の、いつも通りの姿の彼女が居て――その隣に、金髪の白人女性がいた。
「……?」
誰だろうか。少なくともここの所属員じゃない。
黒のブラウスにトレンチスカートの私服姿。司令官と対等な感じで話しているところを見るに、それなりに地位の高い人間なのだろうが……
ゲームに出ていたとしても、私服に着替えられるとなかなか判別が付かない。
それと……声を抑えているのでよく聞こえないが、どうも会話に違和感がある。
二人とも、時々不自然に間を置いて黙り込む時があった。イヤホンで通話でもしているのか、何か、見えない三人目の人物とでも話しているような――
「――っ、
部屋を覗き込む僕に気づいた司令官が、驚いたように少したじろぐ。
それは何か後ろめたいことをしていた人間の動きで、僕はなんとなく事情を察した。
……どう、すべきだろうか。
仮にこれが内通の現場だったとして、今ここで深入りするべきか否か。
物語的に考えれば、干渉した方が良いに決まっているけれど……。
「…………」
……いや、やめよう。
彼女の計画が動き出すのは『本編』の中盤になってから。
『結社』の過激派が『企業』から盗み出した、危険度Aの超常性による、最終決戦にも繋がる一連の騒動。一年以上先の話だし、ここは見逃してしまっても問題ないはずだ。
僕が無理に手出しをするより、主人公に任せてしまった方が良いに決まっている――自分で彼女を問い詰めるのが嫌という気持ちを誤魔化しながら、僕はそう結論づける。
「えっと、あの、司令官。例の案件の対処に向かおうと思うのですが……」
「あ、ああ――分かった、問題ない。何かあれば連絡しろ」
司令官と話していた女性の視線を努めて気にしないようにして、了解と頷き、部屋を出た。
「…………」
大丈夫。
大丈夫だ。
きっと、大丈夫。
運悪く、今日は数が多かった。
薄暗い廃ビルの中、気味の悪い音を立てて蠢く超常性の群れ。
見た目としては、複数種類の昆虫を混ぜ合わせて作ったグロテスクな小鬼か。
基本的には体当たりで突撃してくるが、酸や糸など、時折昆虫の特徴を使った特殊攻撃もしかけてくる。
とはいえ、特段搦め手を使ってくるわけでも、民間人を人質に取ろうとするわけでもない。
単純に強く、数が多く、知能も持たずに暴れ回るだけの脅威存在。
普段ならむしろ感謝して倒していただろうが……さっさと片付けなければならない今日は間が悪い。
「くっ」
具現化したカッターナイフを一斉掃射。
しかしながら、所詮は点の攻撃。威力は十分なものの、命中率が足りずに回避される。
これじゃ、能力を使っても同じだ。攻撃範囲の拡張にも限界があるし、そもそも僕は持久戦向けの性能をしている。範囲攻撃の持ち合わせはなく、対多数を高速で処理するのにも適していない。
負けはしないが、絶対に時間がかかる。
ゲームだったらこういう時に強いのは虹崎さんなのだが――と、そう考えた瞬間。
「再現率1000%――H2O具現!」
横合いから飛び込んできた青い人影が、激流の槍で一息に虫の小鬼達を薙ぎ払った。
「虹崎さん……!?」
廃ビルの中に着地する、近未来的な『企業』の
思わず身構えるがしかし、彼女は手を上げつつ
「待って! 今日は大丈夫、こっちも終了任務だから!」
「え……? ですけど……」
「いつもならともかく、この程度の実験生物なら時間とコストさえかければ一般の科学力でも再現可能だからね――捕獲して研究する必要も無いし、ただ民間人に被害が出るだけだから終了しろってさ。調べても
確かに、『企業』も何でもかんでも保護して研究するというわけではない。
ゲームでも、虹崎さんは普通に汎用エネミーを倒していた。無限湧きするタイプの敵は一体確保すれば十分だからと、民間人の安全を鑑みて処分することも多くある。
「でも、この分ならボクが手出しするまでもなかったかな、
「い、いえ、助かりました。今日はちょっと、急いでたので」
「ん、そうなの? 何か用事?」
「はい、その、服買いに……」
そう言った僕を見て、バイザー越しでも分かるほどに虹崎さんがきらんと眼を輝かせた。
「へー? 前に私服なんて要らないって言ってなかったっけ?」
「あ……ぅ……それは……」
言えない。デートに――じゃないけど、誘われたから服が要るなんて。そんなの、女の子みたいだ。恥ずかしい。
顔が熱い。黙り込む僕に、虹崎さんは装備を解除して手を差し伸べた。
「せっかくだから、一緒に行こ? 今ならまだお店も閉まってないからさ」
彼女がぱちりとウィンクをする。
その仕草は凄く可愛らしくて、メインヒロインとしての説得力に満ちていて、僕なんかよりよっぽど魅力的で……。
何か、言葉に出来ない焦燥があった。僕は思わず、口を開く。
「あ、の――
「! そっかようやく――じゃなくて、そうなんだ、良かったじゃん!」
「で、ですけど、虹崎さんは……いいんですか?」
「? 何が?」
「その、
うつむきながら、僕は言う。一瞬の間を置いて、彼女が答えた。
「あっ、あー、ウワー
「っ……」
僕の中で、ズキズキと痛むものがある。
咄嗟に思考に蓋をした。一つの懸念が、形を得る前に遮断される。
下を向く僕の腕を、しかし彼女は手に取った。
「で、でも、それとこれとは別! 友達だもん、応援するよ! ほら、
「あっ」
連れて行かれる。『企業』のコングロマリットが提携している専用タクシー(『軍』にはこの手の便利な交通手段は無い。羨ましい)を使って、前に彼女が言っていた洋服店へ。
特別に高級店というわけではなさそうだが、良い店だ。
カジュアルな服もあるが、リーズナブルな印象は……あんまり無い。僕は値札を見て顔をしかめる。
「あ、っと。
「い、いえ、大丈夫です……最近は仕事多くて、余裕あるので……」
僕が減給されがちというのもあるが、基本的に『軍』より『企業』の方が資金源がデカく、懐の余裕がある。ゲームでも『企業』のクエストの方が報酬がやや良いという形で地味な差別化がされていた。
それでも最近は幸か不幸か、脅威存在の増加によって『軍』からの特別手当も増え、僕の財布も前より厚くなっている。少なくとも、服代程度で困窮したりはしない。
僕の言葉に、虹崎さんが深々と同意し、ため息をつく。
「最近大変だよね、色々と。『
「やっぱりそうなんで……え、あっ、これ着るんですか……?」
手渡された服に気後れする。
な、なんて言うか、こう、お洒落過ぎないだろうか。いや、今更女の子の服に抵抗感があるわけでもないし、僕は美少女だから何着ても似合うとは思っているのだけれど、僕みたいな暗いタイプのキャラがこんな服着ちゃったらちょっと……お洒落頑張ってる感というか……。
「研究してる超常性が、明らかに活発化しやすくなってるらしくてさ。逃げ出したの捕まえるために夜中に叩き起こされたりとか、本当に勘弁して欲しいよねって」
「あ、あの、虹崎さ……」
試着室に連れ込まれ、着せられ、鏡を見せられる。
僕の貧弱なファッション語彙じゃろくに形容できないが、センスがあるのは間違いない。
可愛いし、似合ってもいるとも思う。
けどやっぱり、ちょっとセンスがあり過ぎる。も、もうちょっと普通のが良い。
これじゃその……デートのために張り切ってお洒落してきたというか、そんな感じの印象に……。
「そのせいでこないだは『結社』の過激派にも襲撃されて、あの子たちは誘拐されるし他にも危険なモノが色々持っていかれるしでさ――」
「!? 危険ってまさか、危険度Aの……!?」
「う、ううん。そこまでじゃないよ。確保難度も管理難度も、最大でC止まりだったはず――まあ、それでもヤバいのには変わりないんだけど」
その言葉に僕はほっと胸を撫で下ろす。
どうやら、『本編』の展開が前倒しになる恐れは無さそうだ。
「良かった……なら、まだ安心ですね」
「そうだね。じゃ、デートに着ていく服これで良い?」
「あ、はい……って、あ、ちが、あ、あ……!」
当日は晴天だった。
降水確率は八〇%だったはずだが、どうやら残りの二割を引いたらしい。
何度目かも分からないが、身にまとった自分の私服を見下ろし、顔を熱くする。
虹崎さんに選んでもらった服。あの後僕も色々と抵抗して、どうにかシンプルめな格好にしてはもらったけれど、それでもまだ恥ずかしい。まるで、年頃の女子高生みたいなファッションだ。
恥ずかしい。こんな気持ちを我慢し続けることになるなら、もっと遅く来れば良かった。なんで一時間も前から来ちゃったんだろう。
駅の北口で、僕はまた彼の姿を探す。
早く来ないだろうか。さっきから声もかけられたりもしてるし。ほら、また……
「……あ」
いや、違う。
学校とは全然印象の違う私服姿だったから、一瞬気づかなかった――格好良い。
「……。……!?」
格好良い――格好良い? いや、うん。別におかしな思考ではないはずだ。主人公の私服姿なんだからセンスがあって当然だ。キャラデザ担当者のセンスなのか、傾向としては虹崎さんが僕に選んだファッションと似ている気がする。
でも――。
でも、なんでそれで、心拍数が上がっているのか分からない。
……分からない、本当に。
立ち尽くしていた僕へ、彼が少し慌てたように小走りで駆け寄ってくる。
待たせたと思ったのだろう。でも、現在時刻は待ち合わせの十五分前だ。早く来てしまった僕が悪いんだからそんな、別に気にしなくてもいいのに。
「悪い、早く来たつもりだったんだけど……」
「う、ううん! 僕もほんのちょっと前に来たとこ、で……!」
声が詰まる。あまりにも
思わずうつむき加減になりつつも、盗み見るように彼の顔を横目で見た。
別に彼も、そこまでこういうのに慣れてるってわけじゃないようで、いつもよりほんの少しキョドっていて――でも、すぐに気を取り直したように「じゃあ、行くか」なんて言い始めた。
……ズルい。僕はまだ全然動揺したままなのに。そんな、慣れた友人と遊びに行くみたいに。
二人、並んで歩いていく。
駅からすぐ近くにある、巨大総合ショッピングモール。
飲食・服飾・家具・娯楽。その他何から何まで、世の中の大抵の商業施設が揃っている、地上何十階だかの、縦に積んだ商業区みたいな建築物。
学校じゃこんな風に隣り合って歩くことなんてあまり無い。彼の方を向いて見上げる。
……そう、見上げる。彼のほうが身長が高いから。男子としては平均的なそれだけど、女子としても小柄な僕とは、頭一つ以上違う、背。
だから、当然、歩幅は僕の方が小さくて……彼は、それに気遣って、歩幅を合わせてくれている。
僕の中の男としての価値観が、背で負けているのが嫌とか、気遣われたくないと言っているのに、わけも分からない安心感と嬉しさがある。全部任せてしまってもきっと大丈夫と、そんな風に思えてくる。
向かった先は映画館だった。
今日の予定については彼に一任している。今日見る映画についても、既に予約してくれていて……。
「……え、こ、これ見るの?」
彼の予約していたのは……なんて言うか、有り体に言ってB級というか……そんなジャンルの作品だった。
いや別に僕は嫌いじゃないけれど、少なくともデートで、じゃなくて、女の子と一緒に見るようなジャンルじゃない。
もちろん、昔はこの手のジャンルを何本も見ていた僕から言わせてもらえれば、こういう映画にも当然名作はたくさんある。少なくとも一括りにB級で括っていいようなジャンルじゃないし、見もしないで世間的な風潮を元に端からB級と決めつけるような輩には嫌悪感を覚えるほどだ。
だが……だがそれでも、如何せん玉石混交である事実は否定できない。良くも悪くも当たり外れが激しいジャンルだ。前世はかねてより、今世でも特に興味無さそうだった近所の小学生(名前なんだっけ)と連れ立って足繁く映画館に通っていた昔の僕ぐらい慣れ親しんでいれば良し悪しの区別も付くけれど、これは流石にどうだろうか。
……もしかして、ADVに付きもののネタ選択肢を選んじゃった感じなのだろうか。
確かに、来る前にどんな選択肢を選ばれてもパーフェクトコミュニケーションだったことにしてみせるとは誓ったけれど、あんまり誰の目に見ても退屈だとヨシと楽しく話せたことにするには無理が……。
あ、いやこれ、あの監督の作品か……。それなら期待でき……でも、この監督はこの監督で当たり外れが大き……ん、けどこの手のあらすじなら……?
劇場が暗くなって、映画が始まる。
……。
…………。
………………!
二時間後――。
「――すっ、ごい面白かったね!!」
映画が終わった後、僕は居ても立っても居られず興奮して彼に話しかけていた。
「ね、ね、
と、過去に良作に当たった時と同じように、一緒に見た相手に思いっきり感想をぶつけて……、それで、ふと冷静になって。
彼がやや苦笑いをしつつも温かい目でこちらを見ていることに気づいて――顔から火が出そうになった。
「っや、あ、あぅぅ……」
や……やっちゃった……? マズい、どうしよう、これじゃ完全にオタクだ。今、絶対滅茶苦茶早口だった。いつもこんななのに、急にあんな……!
思わず黙り込み、うつむいてしまう僕に、しかし彼は優しげに話を合わせてくれる。
それが恥ずかしくて、照れくさくて、嬉しくて……。
劇場から出た頃には昼頃で、食事時にちょうどよかった。
ついていった先はお洒落な雰囲気の店が並んでいて、カップルも多くて気後れし……ん、でも、そこに入るんだ。
別にダメってわけじゃないけど、男女で入る感じの店では……あ、今はお金もったいなくて全然だけど、昔こういう料理よく食べて――
――。
――――。
――――――!
「――どうだった?」
「お……美味しかった、です……」
軽くで済ませるつもりだったのに、久しぶりの味に思わず大量に頼んでしまって、八分目をゆうに超えたお腹を抱えて店を出る。
べ……別に満腹だからってパフォーマンスが落ちるほど僕も常人じゃないけれど、それでも、僕はもっと、こう、人間力じゃともかく、精神年齢的には彼より二十は年上のはずなのに、こんな……!
というか……おかしい! 明らかに僕の好みを知り過ぎている!
今も色々と連れて行ってくれているが、映画ほどピンポイントではないものの、明らかに僕が楽しめそうな場所ばかり。
まさか……。
まさかだが……。
まさか、
「…………」
「……どうした?」
――攻略wikiを、見ているのか?
だって普通に考えたらこんな選択肢は選ばないだろう。
まさか僕の攻略ページがあるとは思えないが、それでも可能性は……
…………。
無いな。
「えっと……この後、どうするのかなって」
既に一通り巡って、彼が提案していた予定はほぼ終えている。
僕の問いかけに、
「いや、思ったより時間余ったんだよな。予定じゃもう少し良い時間になってる予定だったんだけど。今からだと何してもちょっと中途半端な時間になりそうだし――俺はいいけど、
「あ、う、ううん。大丈夫。上、じゃなくて、家の人には遅れるかもって言ってあるし……」
確かに今まで、僕は任務以外で
本当ならここで切り上げて、病室に向かった方がいいのだけれど……。
でも、今日は……。
「…………」
……必要な、ことだから。
もっと彼と一緒に遊びたいという本音が、罪悪感になって胸を刺す。
その内実から、目を逸らす。
このモールは本当に大きいから、色んな施設があり過ぎて候補が絞れないのだろう。
彼の目線がカップル御用達という感じのフロアの案内図へと向かう。
それは……それも悪くないけど、出来たら、僕は……。
「――いや、やっぱゲーセンでも行くか」
「! う、うん……!」
男女でゲームセンターというのは賛否が分かれるだろうが、僕は嬉しかった。
別にゲームセンターが好きなわけじゃなくて、友達と行くのが好きなのだ。前世から。
いや……まあ、この手のみんなで遊びに行くタイプのやつは大半ハブられてたし、誘われても基本奢らされてばっかだったけど……でも、だからこそ、ちょっとした憧れがあった。
今世でも友達とゲーセンに行ったこと、なんて、なかっ、た、し――?
――あれ?
あったっけ?
よく、思い出せない……?
「変わんないな、ホント……」
その後は……うん、とにかく楽しかった。
取れもしないUFOキャッチャーで一喜一憂して。
年甲斐も無くガンシューティングに本気になって。
ちょっとパンチングマシーンに本気出しかけたりして。
熱に浮かされてプリクラで顔寄せて写真取ったりもして……。
こういうのは本当に……本当に本当に久しぶりで……。
ずっとこんな時間が続けばいいと思った。
この瞬間だけは、何もかもから目を逸らせていた。
終わったら、また、僕は戦って、償って、向き合い続けなければいけないけれど……そこから逃げるつもりはないけれど、でも。
もう、大丈夫だ。
もう大丈夫なのだ。
これからは彼が助けてくれる。救ってくれる。
明日からはただ、彼に任せて、彼の言う通りにしていればよくて……。
それだけで……もう、何も間違わずに済む日々が、やって来てくれるから。
一ゲーム終えて、一区切りついたところで、少し疲れた様子の彼が言った。
「ちょ……ちょっと休憩しないか……?」
「え? 僕は大丈夫だけど、
と、そこまで言って、僕は咄嗟に口を抑えた。
え?
あれ?
なんで、どうして、いつの間に、それが自然みたいに、彼のことを下の名前で呼び捨てにして――、
「あっ、あああのっ、ご、ごめん
「ああ、無意識だったのか……。俺も途中名前呼び捨てにした気がするし別に、っていうか、いや――」
少し照れ臭そうに頬を掻きながら、彼は言う。
「――そっちの方が、良いな。お前には、呼び捨てにされた方が嬉しい」
「ぇっ、あ――」
クラクラする。急にそんなことを言われてしまって、嬉しくて、ドキドキして。
ゲームセンターの外に出て、落ち着いた場所のベンチに座る。
彼は、さっきの言葉が気恥ずかしかったのか、何も喋ってくれない。
僕は耳元で髪を弄りつつ、話題を変えようと思って、なんとなく浮かんだことを問いかけた。
「あ、あの……さ、
「それは、まあ……。俺の個人的な目的っていうか、ワンチャン思い出したりしないかなとかってのも一応あるけど……」
「?」
首を傾げる僕に、彼は言う。
「
「え――」
思い出す。彼が主人公だと知った日の朝。まだ彼を普通の男子生徒だと思っていた時。
僕がやったことの無意味さも、その自業自得も、償うべきことも、全部抜きにして、ただ、「頑張っているのがすごい」と……単純に、ありふれた、だけど本物の言葉で、褒めてくれた彼。
あ。
あ――、
だめだ――、
まずい、いけない――、――
「っ……!」
違うのに。
仕方なくなのに。
だって僕は違くて、本物の女の子じゃなくて、だからこんな、こんな、こんな――、
頭が沸騰するその直前、窓の外で雷の音が鳴り響いた。
――雨だ。
ゲームセンターの中に居た時は気づかなかったけど、結構な本降り。
雨音は少しずつ激しく変わっていって、見る間にザーザー降りになっていく。
「……傘、買ってくるか」
「え、い、いいよ……! 駅まですぐ近くだし、走っていけば……」
「いやこの勢いだとそれでもびしょ濡れになるだろ……。前から学校の置き傘用に予備欲しいと思ってたし、ちょっと待っててくれ」
彼がここからそう遠くない日用品売り場へと向かっていく。
ベンチに一人残る僕。
「…………」
すき――好き。
ありえない。そんな、そんなの、そんなこと。
でも、でもだけど、それでもだって、どうしようもなく、嬉しいのだ。
僕のことを考えてくれる人。
僕のことを想ってくれる人。
……その振りをしていただけの、上っ面でしかなかった前世の彼らを思い出して、息が苦しくなる。死んでいく僕の前で、ただ自分の外聞しか意識しなかった彼らを思い出して、心が苦しくなる。
けれど、彼は違う――主人公だから。
僕のことを本当に考えてくれる人。
僕のことを本当に想ってくれる人。
僕のことを、諦めないでくれる人。
……本物だ。本物なのだ。前世の僕が最期まで築けなかった、本物のともだち。本当なら有り得ない、物語の中だけの、絶対に壊れない、絶対に消えない、本物の、本物の、本物の絆。
彼は僕のことを裏切らない。彼は僕のことを助けてくれる。遊んでくれる褒めてくれる優しくしてくれる大切にしてくれる。上っ面じゃない、僕を利用するためじゃない、自分の外聞を守るためじゃない、ほんとの、ほんとの、本当の、偽物なんかじゃ絶対に無い本心で、そうしてくれる、理想の――
「――〝だけどそんな相手に、自分なんかが見合うはずがあるのでしょうか〟」
誰かの、声。
誰かの声で――内心に封じていた僕の思考が、そのままに再生された。
「〝そもそも相手に全て任せて寄りかかっている時点で何が本物と言えるのでしょう?〟〝支えあってこその友愛と親愛ではありませんか〟〝自分から何かしたことなんてこれまで一度たりともなかった〟〝それなのに?〟」
「っ、あ、」
僕は隣を振り返る。
振り返るまで誰かがいるとわからなかった。
すぐ隣に座っているそれから、感じ取れる、気配が無かった。
あり得ない。
どんなエージェントでも、超常性でも、いくら何でもこの距離まで接近されて、背後を取られて、僕が気づけないなんて、そんなこと。
様々な超常性に触れる中で、恐怖なんてろくに感じなくなっていたのに――心が竦む。手が、震える。
修道服を着た、金髪の美女、だった。
いや、修道服じゃない。
この前、司令官と話していたあの女性であることを思い出す――だけど、そんなことはどうでもよくて。
「〝全くもって釣り合わない〟〝あの人も一人で何でも出来るわけじゃない〟〝あの人たちと同じように、自分が助けてあげなければいけないのに〟〝そんな風に出来る自信が全くない〟〝いいや絶対に出来ない〟〝出来るはずがない〟」
「や……め、て……」
痛い。大動脈に氷水を流し込まれたみたいな。
僕の脳内で再生される前世の記憶。プレイ画面。ストーリー。
プレイ画面がヒビ割れる。
かくあるべきストーリーが破綻する。
彼女たちが勇気を振り絞る場面で逃げ出す僕を幻視する。
わずかな可能性を手繰り寄せるはずの展開で挫折する僕が見え始める。
「ああ失礼。いえ別に、何も心が読めるわけではないのです。ただ、
雨。雨に混じって聞こえてくる耳障りの良い声。耳障りが良いだけの声。
苦しい。息が苦しい。呼吸が出来ない。
女が、何か、何かを言っているけれど、それに全く反応できない。
「ええ、無理をするべきではありません。出来ないと分かりきっていること、やったところで無駄でしょう? 辛いのならばやめていいのです。諦めてしまった方が賢いに決まっています。理想になんて手を伸ばすべきではありません。自分の
「――そこまでだ」
ガチ、と撃鉄の音が小さく響いた。
息を切らして、顔を上げる。
背の高い黒スーツの女性が、ベンチに座る修道女の頭部に、真っ黒な拳銃を突きつけていた。
「し……司令官……」
周囲がにわかにざわつきだす。だが、あまりにも堂々と拳銃を突きつけているせいで、誰も逆に本物だと確信しきれない。
加えて、金髪の修道女も、まるで怯えた素振りを見せずに、あら、とたった今気づいたように平然とした表情で、司令官の顔を見上げている。
「それ以上私の部下に手を出すな、
「おや。
チッ、と司令官が舌打ちをして、具現物だったのだろう拳銃を虚空に消す。
「……行け、
「え、で、でも、」
「いいから行け。……何を言われたか知らないが、コイツの言ったことは気にするな」
それ以上何も言わずに、僕に背中を向け去っていく司令官。何事もなかったかのようについていく修道女。
そして、何の説明もなく、また、ベンチに一人残される僕。
……行けって……どこに。
無意識に、彼がいる日用品売り場の方に向かいそうになって、足が止まった。
足を、止めた。
…………。
……ああ、そうだ。
心電図モニターの音が、ナースステーションの方から、静かな病室の中に響いている。
今日はそれに加えて、ぴたぴたと、僕の前髪から垂れる雨滴の音。
濡れている。虹崎さんに選んでもらった服。
傘は、持っていなかったから……。
「…………」
寝たきりなだけで、意識はあるのだけど……寝てる、のかな。今日は。
病床の隣、座り慣れた丸椅子に座る。
物音に反応して、
最近は、感情の動きも無くなってきているように思う。
当然だ。もう、四年もこんな、首から下が何も動かないような状態のままなのだから。
「……あの、
おか、しいな。もっと、明るい声を出したつもりだったのに。
「実は僕、この間、主人公に会ったんです……仲良くもなって……やっぱり、本当に、良い人で……だから、すぐに、彼に、助けてもらえる、から……」
雨滴が床に落ちる。
「も、もう少しなんです……もう少しで、全部元にっ、ちゃんとした形に、戻っ、て……僕なんかじゃ、なくて、ちゃんと、
病室の床に、ずっと、雨の滴が落ちている。
僕の体が乾き切っても、ずっと。