ソードエピソード   作:女良息子

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01.屠 之技

 轟音と共に宮殿が吹き飛び、瓦礫が降り注ぐ。

 同時に悲鳴がいくつか響いたが、すぐに聞こえなくなった。

 今の崩落でまた何人か死んだのだろう。

【彼女】にとって、それは些事にすぎない。

 何人、何十人、何百人──いっそ世界中の全員が死のうと知ったことか。

【彼女】が認知している命はこの世でただひとつ。

『彼女』だけなのだから。

 砂塵で灰色に染められた空間が、水を加えた絵の具のように薄まっていく。

 それにつれて段々と『彼女』の影が見えた。

 ああ、よかった──生きてる。

 口元が綻ぶ。

【彼女】は『彼女』の生存を心から喜んでいた。

 だって──生きていないと殺せないから。

 あの砂塵の向こうに『彼女』はいる。

 手を伸ばしても届かない距離。

 握った剣を突き出しても触れられない距離。

 だったら前に進むしかない。

 斬るために──殺すために。

 この胸に溢れる殺意(あい)を届けるために。

 決意と共に、【彼女】は駆け出した。

 こうして。

【彼女】と『彼女』の()()()()()は始まった。

 

 

 ◆

 

 その戦争と災害によって世界が受けた損害はあまりに大きかった。

 片や知能持つ全ての種族を巻き込んだ『大いなる戦争』。

 片や世界全域で時と場所を選ばず発生した『大いなる災害』。

 どちらか片方だけでも、歴史に残る悲劇になったのは確実である。

 ましてやそれらが全く同時期に起きたのだ──もはや失った物を数えるよりも、残った物を数えた方が早い。

 被害の規模が分かりやすいよう具体的に言うと、戦争と災害によって地上から姿を消した種族は五〇〇を超えるが、残った種族は九つである。

 九。

 たったの──九。

 五〇〇と比べたら零と大差ない。

 世界に残った種族がそれだけというのは、もう『世界は滅んだ』と言っても誤謬と謗られないだろう。

 絶望的な数字だ。

 だが生き残った種族はいたのである、確実に。

 

『絶対人間帝国』は残された九つの種族の内、人間が新たに建てた国である。大陸東部の平野を中心に発展したこの国は、戦争と災害から五〇年の時を経て、破滅とは無縁の平穏を取り戻していた。

 そんな国の郊外に、フォールコイン家の邸宅はある。

 豪邸──その二文字が似合う家だ。

 部屋の数は人間の両手の指で数えられる範囲を越えており、邸内に飾られている調度品はいずれも絢爛豪華。屋敷の四方を囲む壁はうず高く、あらゆる侵入者を阻むことだろう。使用人の数も当然多い。贅の限りを尽くした屋敷である。

 その豪邸の一室にて。

 ふたりの女が茶の置かれた机を挟んで向かい合っていた。

 そんな風に説明すると、まるで貴族のお嬢様のティーパーティーのような印象を受けるかもしれないが、そんな雰囲気はない。

 微塵たりとも。

 ふたりの女性のうち、片方は帝国の黒い軍服に身を包んでいる。

 その格好だけを見ると、帝国の軍人だと判断できるが、しかし──あまりにも若い。

 幼い、と言ってもいい。

 外見だけで判断すれば、まだ十五すら越えていないように見える。

 いくら五〇年前の戦争と災害で、戦える人間の数が激減したとは言え、この年では軍に迎え入れてもらえるのかさえ怪しい。

 せっかく被っている軍帽も小さな頭にはオーバーサイズになっており、頭部のほとんどをすっぽりと覆ってしまっていた。

 まるで仮装のような滑稽ささえあるが、しかし軍帽の庇から僅かに覗く彼女の視線には、十年やそこらでは獲得できない確かな迫力があった。

 

「なにか気に障ることでもありましたか?」

 

 と。

 軍服少女の対面の席から、そんな声。

 華奢な長身を白いドレスで飾った女が悠然と座っていた。こちらは軍服の少女と対照的に、二十に差し掛かった、大人と少女の中間のような年齢をしている。目と口に常に浮かべている微笑は、軍服少女とは真逆の柔和な雰囲気があった。

 

「ええと……マクガフィン様」ドレスの女は言った。

 

「マフィでいい。本名は長くて呼びづらいので、周りからはそう呼ばれている」

 

「そうですか。ではマフィ様──この屋敷に客人が来られることなんて滅多になく、わたくしも使用人も歓待には慣れていませんので……粗相がありましたら申し訳ありません。屋敷の主として、このレスコー・フォールコインが謝罪致しますわ」

 

 ドレスの女──レスコーからの言葉に、マクガフィンは「ああ、いや、もてなしに不満があるわけではない」と答える。

 幼い外見とは裏腹に、威厳のある声だった。

 

「オレはこの屋敷に来てから一瞬足りとも、待遇に不満を感じたことは無い。宮廷と比べても遜色ないもてなしだ──だが、だからこそ不満でならないのだよ」

 

 ぎろり、と。

 マクガフィンの視線が鋭さを増した。

 

「まさか、あの“流星流”フォールコイン家の屋敷でここまでもてなされるとはな」

 

「あら……、そうですか」

 

 マクガフィンの噛みつくような台詞に対し、レスコーはどこか気の抜けた声で答えた。

 マクガフィンにとって、その態度はますます不満に思えたらしく、

 

「“流星流”──殺しすぎる剣術として敵味方の両方から恐れられた殺人剣。そんな流派の血を引いている人間と会うのだから、出会い頭に問答無用で斬られる程度のことは期待していたのだが」

 

「殺しすぎる剣術って……そんな風に呼ばれていたのは先々代(おじいさま)の頃の話ですよ。今のフォールコイン家は、先の大戦の功績で国から裕福な暮らしをさせていただいている、ただの貴族にすぎません」

 

「裕福な暮らしをさせていただいている、か」

 

 マクガフィンは復唱して笑う。

 嘲るように。

 

「牙を抜かれている、の間違いではないかね?」

 

 この屋敷には大きいものは護身用の真剣から、小さいものはカトラリーに至るまで、およそ刃物と言えるものが全て排されているらしい。

 どうして? ──『殺しすぎる剣術』を刃物から遠ざける為に決まってる。

 

「先の大戦で“流星流”を目にし、その力を恐れるも、排除する勇気がなかった帝国が、苦肉の策として用意したスポイル──それがこの生活だと気付かないほど、貴様は阿呆ではあるまい」

 

「国の意図はともかく、わたくし自身は『裕福な暮らし』だと思っていますけどね。しかし、それにしても、この屋敷がその苦肉の策とやらで建てられたのなら、当時の国は無駄なことをされたんですねえ──そんなことをしなくても、我が家はもうすぐ途絶えますのに」

 

 “流星流”の代表と言える先々代は先の戦争と災害の後、失踪し。

 レスコーの両親である先代夫婦は、若くして病でこの世を去った。

 現在、フォールコイン家の人間は彼女ひとりだけである。

 広く、大きな豪邸に──ただひとり。

 

「ああ、でも──ひょっとすると、先代(おとうさまたち)が病に罹るほど体が弱かったのは、スポイルの成果なのかもしれませんね。だったら一概に『無駄だった』とは言い切れないのかも──」

 

「随分と」

 

 ぶっきらぼうに、軍服の少女は言う。

 

「平気そうに話すのだな。己が一族の衰退を──普通なら怒るなり、悲しむなりでもっと感情を露わにしてもおかしくない話題だろう? なぜそこまで平気でいられる?」

 

「だって何も感じませんもの」

 

 定められた公式を暗唱するような口調だった。

 

「いえ、理屈では分かるんです。お先真っ暗なフォールコイン家の未来を憂いたり、あるいは五〇年前に多くの方から恐怖と恨みを買った結果、子孫の私たちに迷惑を被らせている先々代(おじいさま)を憎むべきだと。分かってはいるんです。理屈では。ええ。だけど、なんだか──そういう気持ちにはなれないんですよねえ。感情的になろうとしてもめんどくさくなってしまうというか」

 

「感情がない、とでも言うつもりか?」

 

「最も適切な表現を選ぶなら、おそらくそれが正解でしょうね──心の衰退。これもまたスポイルの成果なのでしょうか?」

 

 そう語るレスコーの顔には依然として微笑が浮かんでいた。

 彼女の顔を初めて見た時、マクガフィンは「軍人である自分に媚び諂っているのだろうか」と思っていた。だが今となっては見え方が変わってくる。

 アレは、仮面なのだろう。

 空っぽな内面を隠すための──仮面。

 

「さて、これでわたくしについて掘り下げた所で面白いものが出てこないことは十分おわかりになったでしょう──ところで、本日はどのようなご用件でいらっしゃったのでしょうか? まさか、お茶会だけが目的ではないのでしょう?」

 

「……そうだな。そろそろ本題に入ろうか」

 

 マクガフィンは右手を翳した。

 その薬指には、銀色の指輪がはめられている。

 マクガフィンが短く、何かを呟く。

 すると指輪は震え、歪み、形を変え──やがて一本の刀になった。

 まるで、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()変化だった。

 

「この屋敷は刃物の持ち込みが禁止されているからな──悪いが。()()で指輪に偽装させてもらったぞ」

 

 マクガフィンの手に握られた刀を見て、白ドレスの女は「まあ」と声を漏らす。

 

「それは、まさか……!?」

 

「おや。世間知らずの箱庭育ちかと思っていたが、流石に“全を薙ぐ刀(エピソード)”くらいは知っていたか。ならばこれに関しては説明不よ──」

 

「これが『刃物』なんですね! うわあ、初めて見ました」

 

「…………」

 

 やっぱり説明が必要かと考え直すマクガフィン。

 国の総力を挙げて刃物から遠ざけられているフォールコイン家の無知を甘く見ていたことを反省した。

 

「──五〇年前、世界に残ったのは人間を含む九つの種族だけだった」

 

 しばし悩んだ後。

 マクガフィンは結局、世間一般では常識と言える段階から説明を始めることにした。

 

「競技か遊戯のように勝ち残りの席が予め決まっていたわけではないのに、丁度そのタイミングで『大いなる戦争』が終結したのは何故か? ──各勢力が疲弊していて、戦争の続行が不可能だったから。時を同じくして『大いなる災害』が止んだから……、理由はいくつか考えられるが、九つの種族が“神々”から強大な兵器をひとつずつ与えられたことが最も大きな要因だと言えよう」

 

 握る刀を軽く振る。刀身が窓から差し込む光を反射して煌いた。

 

「九つの種族の内、人間に与えられたのがこの刀──正確に言うと、これを含む十二本で一組の刀こと“全を薙ぐ刀(エピソード)”だ」

 

「そんなに強いんですか、それって」

 

「見た目は普通の刀剣だが、十二本全てが『人間であれば誰でも十全に使いこなせる』という機能を持つ。文字通り、人間であれば誰でもだ。剣術の練度を問わず、老若男女どころか病人や怪我人であってもだぞ──それだけで超常の兵器と認定するには十分な特性だろう」

 

「はあ、なるほど」

 

「『はあ』ってなんだ『はあ』って。すごい兵器なんだぞ。そもそも刃物としての完成度が高すぎるから、今や『絶対人間帝国』に流通している刃物の全てが“全を薙ぐ刀(エピソード)”を参考にして打たれているくらいなんだぞ」

 

「はあ、凄いですね」

 

 長い間刃物と無縁な生活を送ってきたことで、その危険性を知らないレスコーにはいまいちピンと来なかったようだ。

 

「そうだな……他に兵器の例を挙げると、獣人には装着者を老いや病や傷といったあらゆる害から完璧に守る鎧“一を包む鎧(プロットアーマー)”が与えられたらしい」

 

「え。そんなものがあったら勝負に絶対勝てるじゃないですか」

 

こちらはピンと来たらしい。

両親を病で亡くしているから、『病さえ跳ね除ける鎧』の凄さをイメージしやすかったのだろうか。

レスコーの芳しい反応に満足を覚えたのか、マクガフィンは「うむ」と頷いて説明を続けた。

 

「そんな理外の兵器が人間や獣人だけでなく、他の種族にも配られ、九つの種族の戦力は均された──言わば、殴り合えば必ず相打ちになってしまう状況が成立したのだな」

 

 結果、迂闊に戦争を起こせない膠着状態が五〇年続き。

 今に至るというわけだ。

 

「世界を九つに分け、その全てが一斉に振るわれれば世界を九度滅ぼしかねない兵器──それ故、それらはまとめて“九世兵器(きゅうせいへいき)”と呼ばれている。一部では『大いなる戦争』を終結に導いた功を讃えて“救世兵器”と呼ぶ派閥もあるらしいがな」

 

「“流星兵器”? へえ。“流星流”の私としては、なんだか親近感の湧く名前ですね」

 

「きゅ、う、せ、い、へ、い、き! なんだその聞き間違いは! それではまるで()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 さらっと伏線めいた話を済ませ、マクガフィンは説明を続ける。

 

「戦争と災害が同時に起きて一瞬後の命すら危ぶまれていた時代を思えば、五〇年も平穏を齎した“九世兵器”の抑止力は明らかだ──だが今になってその平穏を崩そうとするものが現れた」

 

「いったい誰なんです?」

 

人間(オレたち)だよ」

 

 マクガフィンは皮肉気に笑った。

 マイナスな意味での笑顔が似合う女である。

 

「正確に言えばオレが所属する特殊部隊『絶対人間騎士団』だ。帝国においてオリジナルの“全を薙ぐ刀(エピソード)”の所有を許されている我々は、『五〇年の平穏』を打破すべき『五〇年の停滞』と捉えていてね。自国の強化と他種族の弱体化の為に、他所の“九世兵器”の簒奪を計画し始めたのだ」

 

「あら、それは──」

 

 ここでレスコーは言葉に詰まった。

 世間一般的には平穏を崩そうという騎士団の思惑に否定的な意見を言うべきなのだろう。

 しかし、いま話している相手は、その騎士団所属の人間である。

 ならば、肯定的な意見を言うべきか? 

 ちなみに、レスコー自身の意見を言うと『どちらでもいい』。

 彼女にはいい悪いを判断するほどの情緒は備わっていない。

 しかし結局レスコーが否定肯定どちらかの言葉を口にすることはなかった。

 それよりも前に軍服少女が話を続けたからである。

 

「ちなみに、オレ個人の意見を言わせてもらうと、騎士団のこの方針には賛成だし、反対だ」

 

「へえ……え? は? ん??」

 

「おっと、伝わり辛い言い方だったか──訂正しよう。他国の“九世兵器”を引っ張り出そうとする思惑には賛成だが、それを実行するのがオレ個人ではなく騎士団という組織なのには反対だ」

 

 つまり──それは。

 

「オレは『絶対人間騎士団』よりも早く──“九世兵器”を蒐集したい」

 

「…………」

 

 レスコーは沈黙した。マクガフィンが口にした野望の意味が分からなかったからではない。その荒唐無稽さを理解したからこその沈黙である。

 しかし、少女は聞き手の沈黙を気にすることなく、話を続けた。

 

「とはいえ、オレに戦う力は無い。少々()()()()()程度で、それ以外はからっきしだ──一応、騎士団に所属している証として“全を薙ぐ刀(エピソード)”を持たされてはいるが、とある事情でオレにこれを扱う才は無い。まだ素手で戦った方が勝ち目があるほどだ」

 

 だから、とマクガフィンはレスコーの目を見据える。

 そして話は戻る。

 最初の疑問に。

 彼女は何を目的にレスコーを訪ねたのか? 

 

「“剣鬼“マクガフィン・テーブルの頼みだ。レスコー・フォールコイン──殺しすぎる剣術“流星流”よ。オレの戦力になれ。オレと共に世界を巡り、オレの代わりに騎士団の蒐集活動を妨害し、オレの代わりに“九世兵器”の所有者と戦ってくれ」

 

「そう言われましてもねえ……」

 

 面倒なことになったな、とレスコーは思った。

 こんなことになるなら軍人が我が家を訪れた理由なんて明らかにしないままだったほうが良かったかもしれない。

 今からでも聞かなかったことにならないだろうか? 

 

「いくらマフィ様からの依頼でも無理がありますよ。帝国への叛意になる貴方の野望に付き合うのは危険すぎます──それに」

 

「それに?」

 

「そういう荒事は先々代(おじいさま)、せめて先代(おとうさま)に言っていただかないと……、まあ二人ともこの世にいませんけど──そもそも生まれた頃から刃物を握ったことが無いわたくしが、戦力になるわけがないじゃないですか。()()()()()ぶん、マフィ様の方が強いですよ、きっと」

 

「嘘を吐くな」

 

 マクガフィンは短い言葉で批難した。

 そのまま彼女は椅子から腰を上げ、豪奢な机を踏み台にし、身を乗り出した。ふたりの距離がぐっと縮まる。マクガフィンは刀を握っていない方の手でレスコーの右手を強引に掴んだ。

 

「手袋に隠れているが、握れば鍛錬の跡を感じられる。剣を振れない者の腕ではない」

 

「……デタラメはやめてください。刃物類が一掃されているこの家で、どうやって剣の修業が出来るというのです」

 

「剣の修行に剣が必須だと、いったい誰が決めた?」

 

「…………!」

 

 レスコーは絶句した。

 少女の突飛な発言に、またもついていけなくなったから──ではない。

 ()()()()()()()()()()

 

「そうだな、たとえば……」マクガフィンは一瞬、思考を挟んでから台詞を続けた。「使用人の箒でも良い、あるいは取り外した何かの取っ手でも十分だろう──握って振れれば、剣の代わりになったはずだ」

 

 見た目は完全に、ごっこ遊びをしている子供だがな──と付け加える。

 

「あるいはいっそ、何も持たずに完全な空想という可能性もあるか? 一朝一夕ならともかく、二十年近く続けていたのなら、ただのイメージトレーニングでも十分な成果を生むに違いまい。もしくは──」

 

「仮に」

 

 レスコーはマクガフィンの推理を遮るように声を上げた。

 

「仮に──マフィ様が仰るようにわたくしに剣術の腕前があったとしましょう。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()──でも、だからといって、それが貴方の野望に付き合う理由にはなりませんよね? わたくしは今の、甘やかされて、駄目にされて、四方八方が閉ざされているけれど、好きなだけ贅沢できる生活に満足しているんです。危ない橋しか渡らない旅に出かけるだなんて、とてもとても……」

 

「む、そうだな」

 

 あっさり引いた。

 文字通り、それまで乗り出していた身を引いて、元居た椅子に腰かけたほどだ。

 あまりに潔い反応だったので、レスコーはやや拍子抜けしたが、同時に期待した。

 あれ? もしかして、このままあっさり帰ってくれる? 

 しかし、そんな期待を裏切るように、マクガフィンは言った。

 

「嫌がる貴様をこれから説得するのは造作もないが、それでは時間がかかる──ならば仕方ない。勝負で決めることにするか」

 

 こうして。

 レスコー・フォールコインとマクガフィン・テーブルの()()()()()は始まった。

 

 ◆

 

「ルールは単純。これから一対一で戦って、勝った方の負けだ」

 

「あの、もう一度言っていただいてもよろしいですか?」

 

()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 あまりに珍奇なルールだったので聞き間違いかと思ったが、傍点付きで言い直されたルールは珍奇なままだった。

 場所は変わらずフォールコイン邸の一室。

 戦いに備えていっちにさんしとストレッチをしているマクガフィン。その対面に立つレスコーは自分の手元を見下ろした。

 そこには“九世兵器”がひとつ、“全を薙ぐ刀(エピソード)”が握られている。

 マクガフィンが「素手では“流星流”の本領を発揮できまい」と言って渡してきたのだ。

 聞くところによれば国宝級らしい逸品を、国を挙げて刃物から隔絶されている一族の人間に渡すなんて、どんな神経をしているんだ。ああなるほど。そんな神経をしているからほぼ反逆みたいな計画を立てられるのか。納得納得。

 刀を握った女と手ぶらの少女。

 あまりに偏った戦力差──マクガフィンがレスコーを無理矢理勝たせようとしているのは明らかだ。

 普通なら物言いをして然るべき場面である。

 しかしレスコーはあえてこの条件を呑んだ。

 その理由は、物言いをしたらしたで、またマクガフィンが面倒な提案をしそうだと思ったから、というのが大きいが──そもそも、この勝負はあくまで『勝った方が負け』なのだ。

 ならば、どれだけ戦力差が偏っていたところで、開戦直後に降参を宣言すればいい。そうすれば相手を勝たせて──負けさせられる。

 無論、この程度の作戦、勝負の立案者であるマクガフィンが考えていないわけがあるまい。なのできっと、勝負は降参宣言のスピード対決になるだろう。『こうさん』のたった四文字を発声する速度に彼我で差が生じるとは思えない。五分五分のフェアな勝負になるはずだ。

 もちろん、それでも懸念がある──仮に降参宣言を先んじた所で「この勝負は実質、先に降参宣言をした方が勝つ勝負だったのだから、そちらの勝ち、つまりそちらの負けだ」と言い出される可能性や、負けたら負けたでまたゴネられる可能性だ。

 まあ、そうなったら流石に使用人を呼んで追い出してもらおうか。いや、もういっそ今からでも遅くないから使用人を呼ぼうか。()()で指輪に偽装した刀を刃物禁止の屋敷に持ち込んでいた時点で、マクガフィンが出禁を言い渡されるのは確実なのだから──そんな風に。

 レスコーが思案していると。

 

「何をぼうっとしている。そろそろ始めるぞ。剣を抜くがいい」

 

 と。

 部屋の対面からマクガフィンの声。

 どうせ最初の一声で勝負が決まるんだから抜く必要はないのだが、ポーズとして抜いておく。

 ついでに構える。

 ああめんどうだ。

 めんどくさい。

 どうしてわたくしがこんな厄介ごとに巻き込まれなくてはならないのだ。

 さっさと終わらせてふかふかのベッドで午睡をむさぼりたい。

 あ、その前にちょっとした甘味で腹を膨らませるのも良いか。

 なんとなく、顔を上げてマクガフィンを見る。

 軍服と威圧的な態度で忘れそうになるが、その見た目は年端もいかない少女だ。

 泰平を得てから五〇年になる今の時代に、剣を向けられていい人間ではない。

 彼女に剣を向けるなんて。

 彼女を傷つけるなんて。

 彼女を殺すなんて。

 彼女を殺す? 

 うん、彼女を殺す。

 彼女を殺す。

 殺さなくてはならない。

 殺したい。

 殺さなくては! 

「それでは──はじ」

 マクガフィンが号令をかけようとする。

 よし来た! 

 殺す。殺す! 

 さあ殺すぞ! 

 殺したい殺したい殺したい! 

 殺させてくれ! 

 殺す! 「め」殺した! 勢いよく前に飛び出して、首を真横に斬り飛ばした! 殺した? これで終わり? いいやまだまだ! 殺す殺す殺す殺す。刎ねられて宙を舞っている首を剣先で貫いた。殺した。そのまま振り抜いて床に叩きつけた。殺した。おもむろに床に倒れようとしている胴体を袈裟斬りで迎える。殺した。そのまま逆袈裟。殺した。腹に思いっきり突きを入れる。殺した。そのまま内臓をぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃ。殺した。腕と脚を切り飛ばす。殺した。斬り飛ばした手足を更に切り刻む。殺した。残りの部品も斬る。殺した。猟師が獲物にするように解体する。殺した。肉片になるまで切り刻む。殺した。固体から液体になるまで斬り潰す。殺した。

 殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して──殺し尽くした。

 

 いったい──どれだけの時間が経っただろう。

 一瞬のことだったかもしれないし、何時間もかけておこなわれたのかもしれない。

 

「え」

 

 やっと我に返った時、全てが終わっていた。

 レスコーは床に膝をつき、広がる血だまりを剣でめった刺しにしていた。

 

「えー、と……」

 

 自分が何をしでかしたのか、レスコー自身が分からなかった。

 剣を握ってマクガフィンを見た途端、これまで空っぽだった胸の奥から()()()が湧いてきて──気が付けば、殺戮の限りを尽くしていたのだ。

 殺して、殺して、殺していた。

 まるで──『殺しすぎる剣術』の使い手であるかのように。

 

「これはいったい──」

 

 先ほどまで熱い()()()で満たされていた胸に手を当て、小さく呟く。

 レスコーが漏らした疑問の声に、返事が来るはずがない。

 しかし、

 

「やれやれ──また死ねなかった」

 

 血だまりの中央から声があった。

 それは幼くも威厳のある──マクガフィンの声だった。

 

「“九世兵器”を持った“流星流”ならもしや、と思っていたんだが──見当違いだったようだな。やはり他の“九世兵器”に期待するしかないか」

 

「……は。え、どうして生き返ってるんですか?」

 

「ああ、言っておくが、その殺害衝動は“全を薙ぐ刀(エピソード)”が原因、なんてことはないぞ──その剣にそんな催眠術めいた機能がついていたら、今頃『絶対人間騎士団』は殺人鬼の巣窟だ」

 

 レスコーは目を見開き、眼前に立つ少女を見つめる。

 マクガフィンだ。

 着ていた軍服までは復活していないけども、その風貌は間違いなく先ほど殺したはずのマクガフィンである。

 先ほどまで黒の軍服で覆われていた矮躯は惜しげなく外気に晒され、オーバーサイズの軍帽で隠されていた頭部には、ぼさぼさの髪が伸びており、その隙間──額の右のあたりから。

 一本の。

 角が、生えていた。

 

「角……?」

 

「おや、名乗らなかったか、“剣鬼”と」

 

 理由になっているような、なっていないようなことを言うマクガフィン。

 

「──いやあ、それにしても見事な滅多切りだったぞフォールコイン。口達者で知られるオレでも言い訳のしようがないほどに一方的な殺戮だった──この勝負、どちらの勝ちかなど論ずるまでもないな」

 

 マクガフィンは言って、ニヤリと笑った。

 まるで、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、不敵な笑み。

 相変わらず嫌な笑顔が似合う女だ。

 

「さて、旅の支度を始めようか。なにせ“九世兵器”を蒐集するための世界一周だ、準備だけで大掛かりになるぞ」

 

 ◆

 

 絶対人間騎士団。

 “全を薙ぐ刀(エピソード)”の特性は人間であれば誰が所有しても十全に使いこなせるようにするという『達人作成』だが、あくまでそれは兵器側の話だ。

 それを扱う人間にとっては「誰でも達人になるのなら、適当な人間に持たせておくか」とはならない。

 できることなら、元から戦いの道に秀でた者に持たせたいと考えるのが人の情である。

 そのような事情で帝国中からかき集められ、選りすぐられた精鋭中の精鋭──それこそが絶対人間騎士団だ。

 殺人鬼の巣窟ではないが。

 強者の巣窟ではある。

 

 ◆

 

 その来訪に先に気付いたのは、家主のレスコーではなく、マクガフィンだった。

 それは当然のことなのかもしれない。

 レスコーは自身の身に起きた理解不能の現象に困惑している最中だし、それに何より、来訪者の気配はマクガフィンがよく知るものだったからだ。

 部屋の扉の脇。

 壁に寄り掛かるようにして、男が立っていた。

 後ろ手にまとめられた長い金髪。片眼鏡の奥の瞳は、室内の隅々まで観察するように視線を彷徨わせている。

 そして──その腰には。

 一本の剣が提げられていた。

 

「おや──おやおやおやおやおやおや、剣鬼殿」

 

 男は粘着質な視線をマクガフィンに向けた。

 

「こんな所で会うなんて、奇遇ですねえ」

 

「ああ、そうだな()()()」マクガフィンは応じた。唐突な闖入者が現れたにも関わらず、その佇まいに動揺は欠片も見られない。「同じ騎士団員として絆めいたものを感じずにはいられないよ──ところで、今日はどうしてこんな所に?」

 

「いえいえいえいえ、大した用はございません──ただ剣鬼殿が“流星流”と接触したとの情報を得ましてね、『珍しい組み合わせがあるものだな』と思って見学に参ったわけです」

 

「それで盗み聞きをしていたわけか、良い趣味をしているな」

 

「ははは、お褒めに預かり恐悦至極」

 

「それで──盗み聞きで得られた物はあったのか?」

 

「ええ。貴殿の叛意と、そして“流星流”が剣を使ったという事実をしかと──しかとしかとしかとしかと、確認させていただきましたよ」

 

 どうやら副団長は話のかなり最初の方から盗み聞きしていたらしい。

 

「帝国にとっての危険物がふたつも芽吹いたとあっては、この私──『絶対人間騎士団』副団長“剣頭”ミルドット・テーブルが動かないわけにはいきませんからねえ。()()()()()()()()()()()殿()()()()()()、“流星流”にはここで消えてもらうことにしましょうか」

 

 言って、ミルドットは腰の剣に手を伸ばした。

 ずるずる──と引き抜かれる剣。

 それはマクガフィンが持っていたものと全く同じ──十二本の“全を薙ぐ刀(エピソード)”が内の一本だった。

 瞬間、それまで彼の飄々とした態度によって緩んでいた場の空気が一気に凍り付く。

 気の弱いものが立ち会えば、それだけで気を失いかねない緊張感が場を支配した。

 しかし──

 

「ああ! なるほど! 分かりました!」

 

 場違いに明るい声が放り込まれた。

 それまで放心していたレスコーだった。

 

「謎だったんです! 剣を握ってマフィ様と対面した時に胸の奥から湧きだしたあの熱い感情が! ただひとりのことだけで頭がいっぱいになるあの感覚が! 相手の体の隅々まで考えたくなる欲求が! 想うだけで暴れだしそうになる狂おしさが! ──でも、ようやくわかりましたわ!」

 

 目を輝かせながら声を張り上げる。

 血に塗れたドレスは歓喜に揺れていた。

 そして、その顔に──先ほどまで張り付いていた微笑は無く。

()()()()、満面の笑みが、あった。

 

「これが──この感情が、絵物語でよく語られる『恋』なのですね!」

 

 予め宣言しておこう。

 この話のジャンルはラブコメだ。

 

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