ソードエピソード   作:女良息子

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10.始まりを覆う匣(ライナーズノーツ)

屠龍之技(とりゅうのぎ)』という言葉がある。

()()()というRPGであれば間違いなく高火力の攻撃技に位置付けられているであろう字面からは、強大で物々しい意味を見いだしそうになるけども、実の所そんな大層な言葉ではない。

 そもそも龍は架空の生き物だ。

 RPGならぬ現実においては空高くや山奥の秘境を探し回っても見つからず、そんな彼らを殺す技術を磨いたところで使う機会に恵まれるはずもない。

 そして──使われない技術に価値はない。習得するのにどれだけの苦労がかかろうと。

 まさに無用の長物。

 そんなものを学ぶのに時間を費やすくらいなら、漢字のひとつでも覚えた方がまだ有益である。

 ゆえに『屠龍之技』という言葉の意味は『学んでも無駄な技術』が正解なのだ。

 

「(だから父さんと母さんは『屠龍之技』とは真逆の『価値のある技術』をたくさん学んで欲しいという願いを込めて『屠龍』をひっくり返した『龍屠(りゅうと)』と、ぼくに名付けたんだっけ)」

 

 我が子の健やかな成長を祈る親心には感謝してもしきれないけれど、だからといって自分の息子の名前に『屠』という、世間一般の観点では印象があまり良くない漢字を入れる感性はどうなんだ──と。

 どこにでもいる普通の高校生、保巣(ほす)龍屠(りゅうと)はそんなことを思っていた。

 続けて彼はふと疑問に思う。

 どうして自分は今、己の出生にまつわるエピソードを思い出しているのだろう──と。

 その理由はすぐに見当がついた。

 死にかけているからである。

 コンクリートの地面に寝転がって。

 大量に血を流しながら。

 死にかけていた。

 そんな状態ならば──死に際に流れる走馬灯よろしく己の出生について思いを巡らせても不思議ではあるまい。

 

「(……どうしてこうなったんだろう。いつも通りの日常を過ごしていたはずなんだけど)」

 

 一週間の始まりである月曜日の朝。

 いつも通りの時間に起床し。

 いつも通りの身支度を整え。

 いつも通りの時間に家を出て。

 いつも通りの通学路を歩いていた。

 どこを切り取っても普段と代わらない日常だった。

 非日常が割り込む余地があったとは思えない。

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()などという非日常が割り込む余地なんて──あるはずがなかった。

 けれども実際に龍屠の朝は非日常に塗り潰され、彼はこうして現在進行形で死にかけているのである。

 頭がぱっくりと割れており、そこに収まっていた内容物が体温と共に漏れ出ている。被っていた学帽では大した防御にならなかったようだ。

 早朝の地面はまだ太陽の光を吸収しておらず冷たい。そんな場所に寝転がっているものだから、龍屠の体は冷える一方だった。

 その感覚が不快なのですぐにでも起き上がりたくなったが、これまでの十七年の人生で一度も曲がったことがない角度を向いている手足では、その望みを叶えられそうにない。寝返りすら不可能だ。

 周囲に群がっている人影は事故を目撃して悲鳴を上げたり、無遠慮にスマートフォンのレンズをこちらに向けていたりしているが、龍屠がそれらを煩わしく思うことは無かった。

 というより──煩わしく思うことさえできなくなっていた、と言うべきか。

 今の彼は周囲の音を聴きとれなくなっていたのだから。

 トラックとぶつかった衝撃で鼓膜が破れたか。それとも地面に撒き散らされた頭の内容物の中に、聴覚に関わる分野が混ざっていたのか。それを確認しようとしたわけではないけれど、龍屠はなんとなく自分から離れた位置に意識を向ける。そこには使い続けて二年になる通学鞄が転がっていた。事故の衝撃で留め口が外れたらしく、中に入っていた教科書たちが辺り一面に散乱している。

 ……まあ『散乱』とは言っても、本来ならそれらに記されている知識が納められるはずだった龍屠の脳味噌と比べれば、いっそ大人しい、整列とさえ言える散らばり具合なのだが。

 撒き散らされた各々がまだ原型を保っているぶん、まだテキストたちのほうが軽傷と言えるだろう。

 

「………………」

 

 続けて懐に意識を向ける。そこに抱きかかえている物の無事を確認すると、龍屠は安堵した。

 ──などと書くと、まるで彼がトラックから猫や子供を庇って重傷を負った心優しい少年であるかのように思われるかもしれないが、それは誤解だ。

 龍屠の懐にあるのは猫でなければ子供でもなく──そもそも生き物ですらない。

 ビニール袋に入った本だ。

 通学路の道中のコンビニで買った、今日が発売日の国民的週刊少年漫画雑誌である。

 彼はそれをとても大事そうに──()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()──庇うようにして抱いていた。

 そんな献身の結果、この凄惨な事故現場においてその漫画雑誌だけは唯一無傷を保っていた。

 

「(突っ込んできたのがトラックじゃなくて投げナイフだったら、DIO戦の承太郎みたいに無事で済んだかもしれないな。……まっ、そんなことをしたら折角のジャンプが傷つくからやらねえけど──愛する漫画雑誌を庇って死ねるなら本望だぜ)」

 

 その心中に偽りはないらしく、龍屠の口元は満足げに綻んでいた。

 自分の身を呈して守るとは、なんと見上げた漫画愛だろうか。

 だけど──しかし。

 その結果、愛する漫画を二度と読めなくなっては本末転倒である。

 それは龍屠も心のどこかで思っていたらしく、死への一路を進んでいく意識の中で「ああ、でも」と彼は思う。

 

「(せめて──()()()()()()()()()()()()()()()()()()()())」

 

 それを最後に保巣龍屠の意識は途絶えた。

 交通事故という悲劇的な、しかし彼が暮らす国においては案外そう珍しくもない、ありふれた死因によって、その人生は幕を下ろす──

 はず──

 

「……………………あれ?」

 

 ──だった。

 

「え、どこだここ?」

 

 気付いたら見知らぬ場所に立っていた。

 辺りを見渡す。草原がなだらかな稜線を描きながら、地平線の先まで続いていた。空を見上げれば、地方都市育ちの龍屠では見たこともないほどに星いっぱいな夜空が広がっている。息を呑むほどに美しい絶景だった。

 どういうことだ? 

 自分が先ほどまで居たのは朝の通学路だったはずだ。しかし今いるのは夜の草原。場所どころか時間まで変わっているではないか。

 そもそも──見知らぬ場所に()()()()()という時点でおかしい。

 龍屠の手足は先ほどの交通事故であらぬ方向に折れ曲がり、正常な直立が不可能になっているはずなのだから。

 

「………………」

 

 それまで夜空に向けていた視線を下ろし、己の体を確認する。

 いつも通りの制服姿だった。

 黒の学ランには経年劣化以上の損傷は見られないし、血は一滴もついていない。学帽を脱いで頭を掻きむしってみたが、それで頭蓋骨が開いて中身が零れるなんてことも起きなかった。

 トラックとの衝突で負ったはずの傷が完全に癒えている──消えている。

 左手にはコンビニのビニール袋。中には漫画雑誌。取り出して表紙を確認すると、確かに今朝購入したものだった。

 

「……どういうことだ?」

 

「もしかして鞄がないことを気にしていますか」

 

「おわァッ!?」

 

 突然の声に驚いた龍屠はその場で飛び上がる。それもまたトラックに轢かれた体では出来ないはずの行動だったが、今の彼の体は十全にそのリアクションをやってのけていた。

 声がした方を振り返る。

 少女が居た。

 白い少女だった。

 髪は白く、肌も白い。

 夜の暗闇の中で彼女が立っている空間だけが、修正液を垂らしたかのように真っ白になっている。

 

「申し訳ありません。死んだ時に手元に無かったので、その雑誌しか持ってこれなかったんです」

 

「死んだ時……?」

 

 やっぱり自分は死んだのか。

 

「それじゃあここは……死後の世界なのか?」

 

「否定はしません。人間が死後にたどり着く結末のひとつという意味では、間違いではありませんから」

 

「回りくどい言い方だな」

 

「いわゆるアレですよ。ええと……、そちらの世界ではなんと呼ぶんでしたっけ……たしか」

 

 少女は暫く悩んでから、「ああそうそう」と思い出した風に、こう言った。

 

「異世界転生というヤツです」

 

「異世界転生……って、あの異世界転生?」

 

 その言葉は龍屠でも知っている。

 Web小説を中心として漫画やアニメと幅広い媒体で取り扱われているジャンルだ。あまりに流行りすぎて、今となっては一周回って死語みたいなものである。

 漫画に殉ずるほどのサブカルオタクである龍屠が、その言葉の意味を知らないわけがない。

 トラックでの交通事故──

 この世のものとは思えない絶景──

 人間離れした雰囲気の少女──

 そして、異世界転生──……

 

「……ふうん。なるほど、話が読めてきたぜ」

 

 龍屠は小さく呟いた。

 自分の死を知らされた直後だというのに、その口調はにわかに明るくなっている。

 きっと「読めてきた」という話の内容に気を良くしているのだろう。

 こういう非日常なら大歓迎だ、と言わんばかりの調子である。

 それもそのはず。

 保巣龍屠はフィクションを愛する年頃の少年なのだ。

 異世界転生というフィクションそのものな言葉を聞いて、テンションが上がらないはずがない。

 

「ぼくはこれからどこに転生することになるんだ?」

 

「そうですね──ざっと一〇〇〇億ヶ所ほどでしょうか」

 

「え?」

 

「剣と魔法の世界」とか「魔王の脅威に晒されている世界」といった世界観の説明ではなく、一〇〇〇億などというバカみたいな数字で返ってきた回答に面食らう。

 そんな龍屠を置いてけぼりに、少女は淡々と話し続けた。

 その声は白く──白々しい。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()──あなたにはこれから、それら全てを渡り歩いて、終わらせてきて欲しいんですよ」

 

 まるで近所のコンビニまでの買い物を頼むような、軽い言い方だった。

 

「もうとっくに滅んでいてもおかしくないのに蛇足で続いている世界を滅ぼし(打ち切っ)て、その運用に使われているエネルギーを回収し、新たな世界を誕生させてきてください」

 

 異世界を、転生させてきてください──と。

 そう言った。

 

 ◆

 

 そして現在。

 

「ぼくの名前はリュウト。リュウト・テーブルだ」

 

 白一面の天国──天使族の国にて、少年は名乗った。

 

「はあ、そうですか」彼と対峙している白ドレスの令嬢は気の抜けた声で呟くと、その長身を折り畳むようにして会釈した。「はじめましてリュウトさん。わたくしはレスコー・フォールコインです」

 

「あんたに話したいことがあるとは言ったけど、その前にひとつ訂正させて貰おうか。ぼくの名前はトじゃな──」

 

 何やらいつも通りの口上を紡ごうとしていたらしいリュウトの舌は、しかしその中途で止まった。

 その顔は驚愕で引き攣っている。

 レスコーは首を傾げた──なにか驚くようなことを言っただろうか? 

 

「……あっ。もしかして名前にテーブルが入っているということは騎士団の方ですか?」

 

 だったら騎士団の敵である“流星流”ことレスコーの名前を聞いて、そのようなリアクションを見せてもおかしくは──いや、待て。

 そもそもリュウトは名乗る前からレスコーのことを知っているような口ぶりではなかったか。

 たしか──「はじめまして“流星流”。前々からあんたとは、ふたりきりで誰にも邪魔されずに話してみたいと思っていてね」。

 そんなことを言っていた気がする。

 体感的にはもう五ヶ月以上前に言われた気がする台詞だが、はっきりと覚えている。

 あんな知った風な口を聞いていたリュウトがレスコーの名乗りを受けて驚くわけがないだろう。

 それじゃあいったい──彼は何に驚いたのだろうか? 

 レスコーが疑問に思っていると、リュウトはぽつりと呟いた。

 

「……もう一度、ぼくの名前を言ってくれないか」

 

「え? リュウトさんですよね? リュウト・テーブル」

 

 かつてマクガフィンの台詞を一言一句違わずに記憶していると豪語してみせたレスコーだが、そんな抜群の記憶力がなくとも、たった数秒前に名乗られた名前くらい覚えていて当然である。

 なのでそれはレスコーにとって何気ない返答だったのだが──少年の何かしらの琴線に触れたらしい。

 彼は「ふう」と感慨深そうに溜息を吐くと、

 

「いやあ……、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 と、興奮を隠しきれない声で呟いた。

 

「ちょっとこれからぼくが言う言葉をそのまま復唱してくれないか? ──ドラゴンボール」

 

「ドラゴンボール」

 

神龍(シェンロン)

 

神龍(シェンロン)

 

「ドラゴンズ・ドリーム」

 

「ドラゴンズ・ドリーム」

 

青眼の白龍(ブルーアイズ・ホワイトドラゴン)

 

青眼の白龍(ブルーアイズ・ホワイトドラゴン)

 

「オシリスの天空竜」

 

「オシリスの天空竜」

 

「邪王炎殺黒龍波」

 

「邪王炎殺黒龍波」

 

「九頭龍閃」

 

「九頭龍閃」

 

「天翔龍閃」

 

「天翔龍閃」

 

「BLUE DRAGON ラルΩグラド」

 

「BLUE DRAGON ラルΩグラド」

 

龍頭戯画(ドラゴンヘッド)

 

龍頭戯画(ドラゴンヘッド)

 

竜星群(ドラゴンダイブ)

 

竜星群(ドラゴンダイブ)

 

「木刀の竜」

 

「木刀の竜」

 

「竜爪拳」

 

「竜爪拳」

 

酒龍八卦(しゅろんはっけ)

 

酒龍八卦(しゅろんはっけ)

 

火龍皇(かりゅうどん)

 

火龍皇(かりゅうどん)

 

「神龍寺ナーガ」

 

「神龍寺ナーガ」

 

「ヒリュー」

 

「ヒリュー」

 

「DR」

 

「DR」

 

「ルリドラゴン」

 

「ルリドラゴン」

 

「龍紋鬼灯丸」

 

「龍紋鬼灯丸」

 

「竜の紋章」

 

「竜の紋章」

 

竜闘気(ドラゴニックオーラ)

 

竜闘気(ドラゴニックオーラ)

 

「バッカスドラゴン」

 

「バッカスドラゴン」

 

剣竜(テュガテール)

 

剣竜(テュガテール)

 

「やっぱりちゃんと聞こえてる!!」

 

 諸手を挙げんばかりの勢いで喜ぶリュウト。

 片やレスコーが抱いているクエスチョンマークは膨らむ一方だった。相手が言った台詞をそのまま復唱しただけで感激されるなんて、初めての体験である。

 普段は突飛な言動で周りを──主にマクガフィンを──振り回すことが多い彼女だが、今回は真逆の構図が生まれていた。

 

「ぼくの台詞をそのまま復唱しただけだって? とんでもない。この世界の住民は、それさえ出来ないんだぜ。ぼくの名前を正確に聞き取れたのだって、あんたが初めてだ」

 

「そんな馬鹿な……。嘘でしょう?」

 

「嘘じゃないさ。現にこれまでシャルルも、団長も──あんたの相方のマフィだって、誰もぼくの名前を正しく認識することはできなかったんだ。リュウトではなくトと呼ばれるたびに、無駄だと分かっていても涙ぐましく訂正を試みたものさ」

 

「ト」という言葉を聞いて、レスコーはようやく思い出す──これまでの旅路で何度か、マクガフィンの口から『ト・テーブル』なる騎士についての話を聞いていたことを。

 思い返せば、“剣鬼”が語っていたトの外見的特徴──目元にかかる程度の長さの黒髪、異様な黒服、若い風貌──は目の前に立つ少年とおおむね一致していた。きっと彼がその人なのだろう。

 たしか異名は──“剣客”だったか。

 文字通り『絶対人間帝国』の外からやって来たという()士の()人である。

 人間でありながら人間の居住区域外の出身という来歴はそれだけでも珍しいが、それ以上に珍しい、というより珍妙──というより奇妙なのは、彼の言動であるという。

 曰く、話していて訳のわからない事をしょっちゅう言い始めるらしい。

 造語症。変人。奇人。妄想癖──“剣客”を指してマクガフィンがそんな言葉を並べていたのを聞いた当時のレスコーは、「きっと本当に訳の分からないことを話す人なんでしょうねえ。まあ仮に会う機会があったとして、わたくしが彼とおこなうのは話し合いではなくて殺し合いになるのですし、これはあまり意味のない情報になるのでしょうけど」と思っていたものだが、実物は想像を遥かに上回る意味不明さだった。

 ともあれ、こうしてマクガフィンから聞いた話を思い出したことで、リュウトが主張していた「これまで誰も自分の名前をちゃんと聞き取れなかった」が嘘ではないことをレスコーは理解した。

 

「誰も聞き取れないぼくの言葉を、どうして自分だけは聞き取れるのか──」

 

 リュウトは言う。

 

「理由が気になるだろう?」

 

「いいえ全然」

 

「ははっ、そうだよな。周りとの差異ってのは一度認識するとなんだか気持ち悪く感じて、理由を知りたくなるものだよな。異世界転生者のぼくとしては結構共感できるよ、その気持ち──って、知りたくないのかよ!」

 

 そもそもレスコーは感情面において周囲との著しい差異を抱えておきながら、それを全く気にかけずに二十年近くの人生を過ごしてきたのである。今更周りが聞き取れない言葉のひとつやふたつを自分だけが聞き取れたところで、それは彼女の興味を引く事柄になりえない。

 そんなわけで“剣客“が披露した鮮やかなノリツッコミを冷ややかにスルーしたレスコーは、氷を思わせる声音で次のように言った。

 

「話はこれで終わりですか? だったら、もう失礼しますね──ええと、ここって天使族の国なんでしたっけ? 出口はどこにあるのでしょう」

 

()()()()一度死んだ人間が、死後の領域である天使族の国(ここ)から出る手段なんてない……らしい。たしか副団長(ミルドット)の蔵書に、そんなことが書かれてた」

 

「それは困りましたね」自身の死というショッキングな事実を告げられているにも関わらず、レスコーの様子は相変わらず淡白だった。「わたくしには生きてマフィ様とやらなくてはならないことがありますのに」

 

「そもそもぼくの話はまだ終わっていないよ」

 

「あれだけ話したのにまだあるんですか?」

 

「さっきの龍にまつわるジャンプ用語の列挙を会話にカウントしているなんて、あんたがコミュニケーションをどう捉えているのか不安になるぞ……──あれはちょっとしたアイスブレークみたいなものじゃないか、“流星流”」

 

 少年は改めて白ドレスの女を呼ぶ。

 

「続きは歩きながら話すとしよう。付いて来てくれ」

 

 そう言うと、白一色の世界の一方向を指差した。

 適当に示した──ようには見えない。

 そちらに進んだ先に、何らかの目的地(ゴール)があるのだろう。

 大陸沿岸地帯全域を巻き込むほどの大破壊を用いて“流星流”を天国に招い(ころし)てでも連れて行きたいほどの目的地が。

 死後の世界である天国なんて、まさに終着点(ゴール)そのものであるとしか思えないが──ここから更に目指すべき場所が存在するとでもいうのだろうか? 

 

「はは。死後の世界はゴールそのもの、か。かつてのぼくだったら、深く考えもせずに同意していたはずだけど、今となっちゃあ反論のひとつはしたくなるな──「いやいや、人生なんて、ものによっては死んでからの方が長いんだよ。ソースはぼく」ってね」

 

「あなたがどういう人なのかマフィ様から予め聞いていましたけど、なるほど、そういう奇言を用いられるんですね」

 

「かつての仲間を旅の相方にどう紹介していたんだ、あの“剣鬼”は……。まっ、いいや。ぼくが抱えている事情についても、道すがら説明するとしよう」

 

 そう語るリュウトの足は、先ほど示した方角へと歩き出していた。

 その背中に向かって、レスコーは首を横に振る。

 

「申し訳ありませんけど、あなたのお誘いに乗る訳にはいきませんわ。わたくしはこれから、マフィ様の元へ帰る方法を探さなくてはいけませんので」

 

「だったら尚更ついてきた方がいいと思うけど」振り返りもせず“剣客”は言う。「この世界であんただけが『龍』を意味する言葉を理解できるように、何にでも例外というものはある──()()()()()脱出手段がない天国にもね。もしも付いて来てくれたら、ここから脱するための例外的な手段について、教えてさしあげようじゃないか」

 

「帰る方法があるのなら今すぐ教えてください。さもないと乱暴な手段を取らせていただくことになりますよ?」

 

 レスコーは腰に差した刀の柄に手を載せた。

 先ほどまでの淡白な言動が嘘みたいな激情的な態度である。よほど早くマクガフィンの元に帰りたいのだろう。

 世に広く知られた殺人剣“流星流”からの脅し──常人であれば恐怖に震え上がるそれを耳にしたリュウトは、しかし「ははっ、まいったな」と軽く笑って人差し指でこめかみを掻くだけだった。

 顔色ひとつ変わっていない。

 まるで()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()とでも言わんばかりの態度である。

 

「そう焦るなよ“流星流”。死後の世界でまで生き急いでちゃ世話ないぜ。正確な居場所が分からなかったあんたを確実に殺す為に国ふたつを巻き込むような災害を起こしてまで、こうして面談の場を設けたんだから、少しはぼくの話に耳を傾けてくれたっていいだろうに──それに、何もせずにここからすぐに帰るのは、あんたにとっても、とっても損になるんだぜ」

 

「どういう意味ですか?」

 

「だってここは天使族の国。つまり世界に残された九つの種族がうちのひとつの生息圏だ」

 

 それは──つまり。

 レスコーたちが探している九世兵器が内のひとつの所在地でもあるということだ。

 

 ◆

 

 回想その二。

 

 龍屠は自他ともに認めるサブカルオタクである。

 娯楽が飽和しているこの時代において、某週刊少年漫画雑誌作品を筆頭に、ありとあらゆるフィクションを鑑賞してきた。そのひとつに異世界転生というジャンルがある。

 一口に異世界転生と言っても、その内容は種々様々だ。

 英雄として世界を救うために戦う正統派はもちろん、SFやミステリといった他ジャンルの要素を含有している意欲作、戦いとは無縁なスローライフを謳歌する作品だって珍しくない。中には英雄ではなく悪役として転生した主人公が世界を支配しようとするアンチヒーロー作品だってあった。

 しかし──一〇〇〇億個の世界を滅ぼすための異世界転生は初耳だ。

 神話みたいなスケールの数字を耳にして龍屠が唖然としていると、白い少女は何を納得したのか、ぱんと手を打った。

 

「あっ、そうですよね。いきなり異世界転生と言われたら色々と気になることがありますよね」

 

「え? ああ、うん」

 

「たとえば『着の身着のまま異世界に行けっていうのか?』とか──その点につきましてはご安心を。これから異世界を巡るあなたにピッタリの贈呈品を用意していますので」

 

 それ以前に聞きたいことが、それこそ一〇〇〇億個ほどあったのだが、ここで話を遮ったらよりややこしいことになりそうだったので突っ込みの言葉をグッと飲み込む龍屠だった。

 それに──白い少女の言葉の先に興味もある。

 贈呈品と彼女は言ったのだ。

 それはいわゆる──

 

転生特典(チートスキル)というやつです」

 

 少女の言葉を聞いた瞬間、龍屠の脳裏に再度、これまで見聞きしてきた数多の異世界転生作品の記憶が溢れ出す。

 物語の中で活躍する主人公たちはその多くが転生の際に強力無比な能力を与えられていた。中には一見使い所の分からない微妙なスキルを持つ者もいたが、そういう場合はスキルに隠された真価が後になって明らかになる展開がつきものだった。

 そんな彼らと同じ体験を、これから自分はするのだ──と自覚する龍屠。

 心臓が熱い。先ほど急激に下がったテンションが元に戻りつつあるのだ。

 早すぎる心変わりだが仕方あるまい。

 与える側が直々に『チート』と大仰に言っている特典である。期待するなという方が無理な話だ。

 一〇〇〇億個の異世界転生については未だに乗り気にならないけれども、まずは自分に贈られるという異能の内容だけ聞いても損はないのではなかろうか。

 

「しかも贈るスキルはひとつだけではありません。ふたつあります」

 

「ふたつも!?」

 

 一〇〇〇億に比べれば木端みたいな数だが、今日まで異能とは無縁の人生を歩んできた凡人である龍屠にとっては、破格に思える数字だった。

 

「まずひとつ目は『無限枚舌(バットトーカー)』」

 

「おお……!」

 

「どんな世界のどんな地域の言語も読み書きでき、自在に話せるようになる能力です」

 

「おぉ?」

 

「この能力ひとつで、転生先の現地人とコミュニケーションが取れなくて困る、なんて事態とも無縁でいられますよ」

 

「……………………」

 

「おや、どうなさいましたか? 見るからに落胆されていますけど──もしかして能力名がお気に召さなかったのでしょうか? 一応、他にネーミング案が八〇億個ほどありますけど」

 

「口に出す数字をいちいち大袈裟にしないと気が済まないのか、あんたは? ──いや、べつに名前が気に食わないって訳じゃあ……」

 

「歯切れの悪い言い方ですね。まるでネーミング以外に気に食わない点があるみたいじゃないですか。遠慮せずに仰ってください。これから転生されるあなたには少しでも懸念事項を抱えていてほしくありませんから」

 

「じゃあ言うけど──その能力って普通なら異世界転生においてデフォルトで持っているべき能力なんじゃないか?」

 

 他言語の理解。

 字面だけならチートの名に恥じない超常的な力である。

 だけど、こんなもの──母国語の通じない異世界に出向く上では必要最低限の装備だ。

 言うならば、これから海外旅行に出かける人に現地語の辞書を渡すようなものである。

 世に数多ある異世界転生作品の中には、主人公がこの最低限の装備すら持たずに四苦八苦しながら転生先の言語を学んでいく作品がないわけではないので、彼らと比べれば龍屠はまだ恵まれていると言えるのかもしれないが──チートスキルと言われておいて渡されるのがこれなのは、なんだが肩透かしだった。

 

「なるほど、そういう理由だったのですね。とはいえ落胆されるにはまだ早いかと。私が与えるスキルはこれだけではないのですから」

 

 そういえばそうだ。

 渡される異能はふたつだと、少女は言っていたはずだ。

 龍屠は若干の期待を込めて、次の台詞に耳を傾けた。

 

「ふたつめは『超長跳躍(ロストホームラン)』。次元や距離の概念に縛られることなく、異世界間を自由に移動できる能力です。これさえあれば、一〇〇〇億個の世界のどこにだって一瞬で移動できるようになりますよ」

 

言語(辞書)の次は移動手段(航空券)だったか……」

 

 こちらもこちらで充分すごい能力ではあるのだが、一〇〇〇億個もの異世界を渡るのならば、あって当然の能力である──というか、無いと異世界転生が詰む。

 

「おや、不満が解消されていないように見えますけど、ならば逆にあなたが考えるチートスキルとはどういったものなのでしょうか?」

 

「それは……そうだな、たとえば手から炎が出るとか」

 

「炎ぐらい道具が揃えば未開の原始人でも点けられますよ」

 

「無双の剣術を習得しているとか」

 

「剣という、いつ無くなるのか分からない消耗品が手元にあることが前提の無双なんて、完璧な無双とは言えないのでは」

 

「大勢の軍団を支配するとか」

 

「これから滅ぼす世界で軍団を作ることほど無意味なことはないと思いますが」

 

「時間を止めるとか」

 

「どうせ相手を怒らせたことがたったひとつの単純(シンプル)な答えになって敗北しますよ」

 

「異能が原則ひとりひとつなのに、自分だけたくさん使えるとか」

 

「いくら異能が豊富でも使うのがあなたひとりだけでは、手数の多さに振り回されるのがオチになるのでは」

 

 このような会話が小一時間ほど繰り返され、先に根を上げたのは龍屠の方だった。

 異世界転生とは本来、もっと夢のあるイベントだったはずではなかろうか。なのに聞かされるのは夢のない答えばかり。なんだか嫌になってきた。

 と、そこで龍屠はあることに気がついた。

 これから彼が任されようとしているのは一〇〇〇億の異世界転生だ。

 一〇〇〇億。

 言うまでもなく膨大な数字である。

 仮にひとつの世界での仕事を一秒で終わらせるという驚異の作業効率で進めていったとしても、すべての異世界転生を終わらせるのにかかる時間は一〇〇〇億秒。年数に換算するとおよそ三一七〇年。人間の寿命の耐用年数を大幅に上回っている。

 これでは──一度死んだ身で寿命がどうのこうの気にするのはおかしいのかもしれないが──龍屠が一〇〇〇億個の異世界転生をするなんて、そもそも無理なのでは? 

 そんな疑問を口にすると、少女は

 

「ああ、そういえばその世界の人間は寿命が一〇〇年程度しかないんでしたね。失念失念──では不老の能力『満つるこの魂、飛躍まで(スローライフ)』を差し上げましょう」

 

 と、ついでのように正真正銘のチートじみた異能をあっさりと渡してきたのだから、龍屠はいよいよもって気が遠くなった。

 一〇〇〇億とかいう馬鹿げた数字を聞いてから気乗りしていなかった異世界転生だが、その提案者の行き当たりばったりで杜撰な対応を見ていると、ますます気が削がれる。というか不安になる。少女が気付いていないだけで、実はこの異世界転生には他にも大きな穴が存在するのではないかと思わずにはいられない。

 

「そもそもぼくなんかに異世界を滅ぼさせる必要はあるのか? だってあんたは神なんだろ」

 

 そう名乗られたことは一度もないが、これまで得た情報を統合して考えると、そう断定して間違いあるまい。

 少女も、その呼び方を否定する素振りを見せなかった。

 

「だったらあんたが直接一〇〇〇億個の世界とやらを滅ぼせばいいじゃないか。所詮はただの人間にすぎないぼくがやるより、ずっとうまくいくと思うぜ」

 

「それはもう試しました」

 

「え?」

 

「正確には私の現し身による異世界(の)転生ですけどね。私が直々に世界に降臨しようとすると、エネルギー効率や世界の許容量的な問題が発生してよくないので──世界の根底に横たわる法則を否定できる権能を持つ現し身を作って、異世界に派遣したのです」

 

「世界の根底に横たわる法則……?」

 

「あなたの世界で言うなら、質量保存や万有引力といった物理法則を例に挙げれば分かりやすいでしょうか。あるいは生物学におけるメンデルやルブナーとか──その世界がその世界たりうるために欠かせないルール、と言い換えてもいいでしょう」

 

 私の現し身はそのルールに縛られず、どころか破壊することさえできるのです──と、少女は言う。

 龍屠はイメージした。

 一から十を生み出し、重力に縛られず、光速を突破し、三法則を無視した運動をする現し身とやらを。

 当然、多少の差こそあれ生物全体に共通する寿命の概念も無視できるのだろう。

 いわば存在そのものが世界そのものへのメタ。

 ただそこにいるだけで世界観を崩壊させる異物。

 異世界を転生させるなどという荒唐無稽な計画の実行犯にはこれ以上なく適当な配役だろう。

 

「……異世界転生者というより、魔王と呼ぶべき怪物だな。勝てるわけがない」

 

「そりゃあ()の現し身ですからね」

 

「だったら尚更解せないな。どうしてそいつじゃなくてぼくに任せる? あるいは、ぼくにその法則否定の能力を与えてくれたっていいじゃないか」

 

「既に失敗したからですよ。現し身による異世界転生が」

 

 少女はあっさりと、混じり気のない声で言った。

 

「最初の何件かは順調に滅ぼせていたんですけどね。途中で邪魔が入りまして」

 

「邪魔だって? いやいや……、その現し身とやらは訪れた世界の法則を無視できるんだろう? たとえ最強であろうと無敵であろうとチートであろうと──誰であろうとその世界の法則に縛られて生きているんだったら、そんな例外じみた怪物を相手に邪魔どころか、抵抗さえできないんじゃないか?」

 

「おっしゃる通りです。なので実際に現し身の邪魔をしたのもまた、例外じみた存在でした」

 

「例外?」

 

「異世界転生者」

 

 今日だけで何度聞いたか分からないほどに使い古された言葉を、少女は口にした。

 

「と言っても()の管理下ではない、非公認な別口かつ非合法な別枠の、偶発的な事故での異世界転生者でしたけどね──まったく、いったいなんだったんでしょうかあれは──とにかく、どんな経緯(いきさつ)であれ起きた結果は異世界転生。つまりは世界にとっての異物。それもまた()()()()()()()()()()()()()()()()()()()です。私の現し身が持つアドバンテージは何ひとつさえ効きませんでした──結果、その転生者に現し身は敗北し、私は現し身を用いた計画を諦めざるを得なくなったわけです。たとえ第二、第三の現し身を作って再挑戦したところで第二、第三の転生者に邪魔をされれば、たったそれだけで終わりですからね」

 

「…………」

 

「かといって一〇〇〇億の世界分のエネルギーがこのまま無駄に浪費されるのを黙って見過ごすわけにもいきませんでした。早急に次なる案を考える必要があったのです。そこで白羽の矢が立ったのが──」

 

「ぼくか」

 

 小さくため息を吐き、右手で眉間の皺をほぐす。今日だけで一生分の難しい顔を作っている気がする。

 先ほどまで少女がやけに微妙な異能を渡してくることを奇妙に思っていたが、この前日譚を聞かされれば納得がいった。

 何せ、世界そのもののメタとも言える強大な権能を持つ現し身ですら失敗した計画である。むやみやたらと強いスキルを持たせたところで、うまくいくとは限らないと反省するのは当然だ。

 

「でも無理だよ。無理無理。(あんた)の現し身ですら失敗した計画なんだぜ? どこにでもいる普通の高校生であるぼくなんかにできるわけが──」

 

「おや? そうですか? 私の計画を頓挫させた異世界転生者と同じ世界出身の同じ年代の同じ種族を使えば上手くいくと思っていたんですけれど」

 

TCG(トレーディングカードゲーム)のプレイヤーが大会優勝者のデッキレシピをコピーするような発想でぼくを選んでいたのかあんたは!」

 

「それに言い忘れていましたけど、ロハでこの仕事を任せるわけではありません。あなたが望むのならあのトラックとの交通事故をなかったことにして、元の世界のあの時間に蘇らせてあげますよ」

 

「自分ひとりの命のために一〇〇〇億個の世界の命を殺せってか? ──そりゃあフィクション愛好家のぼくにとって『ひとりの命か、世界か』なんてのは慣れ親しんだ命題だけど……、その天秤に乗せられるのが美少女の命ならともかく、自分なんかの命だったら遠慮するぜ。もう片方の皿に乗せられる世界の数がひとつじゃあなく一〇〇〇億なら、なおさらだ」

 

 これは何も、龍屠の自己肯定感が特別低いことを意味していない。

 誰だってそうだろう。

 一〇〇〇億個の世界よりも自分の命が大切だと臆面もなく断言できるエゴイストなんて、そうはいない。いるとしたら相当なロクデナシだし、そんな人物が一〇〇〇億個の異世界転生などという難行を遂行できるとは思えない。

 世界のエネルギー効率なるなんともスケールの大きな悩み事を抱えている少女には残念なことだろうが、彼女の期待に応えてやれる人材はそう簡単には現れないだろう──龍屠はそう思った。

 

「……むう。どうしても嫌だというのであれば、あなたの意思を尊重しましょう。あなたが辞退するのでしたら、他の方に任せるとします。替わりはいくらでもいますので」

 

「そりゃありがたい。そうしてくれ」

 

 異世界転生の誘いを断るということはつまり、このまま龍屠の魂は異世界に渡ることなく死ぬということになる。

 だがそれの何が悪い。

 普通はそれが順当な末路ではないか。

 そりゃもちろん、死後の世界への恐れがないわけではない。

 自分は果たして天国に行けるのだろうか。親より先に死んだら問答無用で地獄行きなんだっけ。そもそも自分がイメージするような宗教観の死後は実在するのだろうか? ──考え出せばキリがなく、胸の奥から不安が湧いてくる。

 けれどもそんな未来も、神の尖兵として一〇〇〇億個の世界を滅ぼすなどという地獄みたいな巡礼と比べれば、遥かに天国だ。

 喜んで賽の河原で石を積み上げようじゃないか──と。

 そんな風に。

 龍屠が諦めをつけようとしていた──その時だった。

 少女が尋ねたのは。

 

「でも、いいのですか?」

 

 そして彼女は続けて言う。

 たった一言、少年に問いを投げかける。

 

「──────────────────────────?」

 

 その声は相変わらず白く──白く。

 白々しく。

 いっそ相手を馬鹿にしているような台詞だったが。

 しかし。

 龍屠の心を塗り替えるのには十分な一言だった。

 

 ◆

 

「……と、こんな成り行きで異世界転生することになったんだ」

 

 再び現在。

 天使族の国、天国にて。

 

「最初は苦労したよ。異能をみっつも持っているとはいえ、基本的な身体能力は何も変わっていないんだもん。どんな言語でも読み書きできて、異世界間を自由に移動できて、不老なだけのどこにでもいる普通の高校生。ただそれだけさ。空を飛べるようになったわけでなければ、山を片腕で持ち上げられる怪力を獲得したわけでもなく、吸血鬼に変異したわけでもない──そんな奴がたったひとりで世界を滅ぼすなんて、普通なら無理な話だよ」

 

 そう語る少年の黒い背中を見つめながら、レスコーは白一色の世界を歩いていた。

 普段の彼女なら他人の話なんて右から左へ素通りさせているのだが、語り手が天国からの帰投手段を知っているのならば、そうはいかない。それに加えて、どうやらリュウトは天使族の九世兵器についても知っているらしい。ならば一見無駄話としか思えない長広舌から重要な手がかりが飛び出してくる可能性は十分あるだろう。レスコーはマクガフィンの講釈を拝聴する時と同程度の集中力で持って、リュウトの話に耳を傾けていた。

 しかし現在、その内容の半分も理解できていない。

 聞こえないのではない。

 意味が分からないのだ。

 そもそもイセカイテンセーって何? 

 屋敷暮らしのひきこもりで本とは竹馬の友であったレスコーは人より語彙が豊富である。しかしリュウトは、そんな彼女でも耳馴染みのない言葉を口から吐き出していた。

 造語としか思えないほどに聴きなれない単語が頻出するぶん、ワードサラダよりも奇怪なトークである。

 コミュニケーションの断絶としか言えない現状だ。

 けれどもレスコーはヒアリングを放棄しなかった。

 たしかに彼女はリュウトが語る内容の半分も理解できていない。

 しかし、それは逆に言えば──()()()()()()()()()()()()()()()ということである。

 話の所々で稀に姿を現す理解可能な部分をつぎはぎにつなぎ合わせることでおおまかな文意を推測するのは不可能ではない。

 そもそもレスコーは感情が生まれつき欠落しているにもかかわらず、二十余年もの間、人間の情動的な営みの代表とも言える読書を嗜んできたのだ。登場人物がどうして泣いたり笑ったりしているのか分からない物語を読み進めるのに比べたら、虫食い問題じみたエピソードトークの理解は遥かに容易だと言えよう。

 そんな解読作業の結果、リュウトがとても遠く離れた土地の出身であり、誰かの頼みで色んな場所を巡っていることを、彼女は知った。

 そして──この世界を滅ぼそうとしていることも。

 

「…………」

 

 その情報を得て、レスコーが取り乱すことは無い。

 自分の死さえも無感情に受け入れた彼女が、たかが世界の滅亡程度で心が動くはずなどないのだから。

 “流星流”は“剣客”の話を聞きながら、その後を追うだけである。

 

「それでもなんとか必死に()()をこなしていったんだけど、五件目か六件目に訪れた異世界がいわゆる『剣と魔法の世界』でね──魔法というのは、この世界で言うところの『執筆』みたいなものだ──おおいに浮かれたよ。『ここで魔法を覚えたら、今後の仕事が楽になる』ってね」

 

 まるで遥か昔のことを懐かしむような声でリュウトは語る。どんな年嵩に見積もっても二十歳は超えていなさそうな外見には似つかわしくない佇まいだ。

 

「親から貰った名に懸けて色々と習得したよ。八大元素に干渉する初歩的な魔法は勿論のこと、その世界では禁忌として秘されているものまで幅広くね。魔力伝導の効率を高めるために特別製の杖まで手に入れたものさ。……で、そんな努力の甲斐あって、その世界をなんとか()()させて、意気揚々と次の世界に行ったんだけど……、愕然としたよ。それまで使えていた魔法が急に使えなくなったんだから」

 

 当時を思い出して気が重くなったのか、リュウトは溜息を吐いた。

 

「これは後になって分かったことなんだけど、どうやら魔法のような異能は他の世界では使えないらしい。オカルティックな言い方をすれば世界ごとに異能のエネルギー源が異なり、オタク的な言い方をすれば世界観が異なるからだ──知った当時は心が折れかけたよ。それまで必死こいて学んできたスキルがふりだしに戻ったんだからさ。……これがRPGだったらコントローラーをぶん投げてるレベルのリセットだけど、いかんせん現実なもんで諦めるわけにはいかない。だからぼくは方針を転換することにした。習得する技能を剣や格闘といった肉体に依るものに限定することにしたんだ。自分の身ひとつで実現できる技なら、世界が変わっても使えるからね。そんなわけで異世界転生の中で鍛錬を重ねていった結果、この世界で“剣客”として働ける程度の剣術を身に着けることが出来たというわけさ」

 

「世界を滅ぼすのが目的と、先ほど仰っていましたね」

 

 白ドレスの令嬢が口を挟んだ。

 

「“剣客”として騎士団に入る必要はあったんですか?」

 

「あったとも。世界を滅ぼすと言っても、ぼくひとりでやれることなんて微々たるものだ。いくら剣術の腕を高めた所で、国ひとつさえ滅ぼせやしないだろう。優れた個人が万軍を圧倒するなんて、それこそ異世界ファンタジー小説の中だけの話なのさ──()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。元々この世界は五〇年前にとっくに滅んでいてもおかしくなかったくらいには危うい均衡の上に成り立っているんだ。そんな状況でひとつの国が他国に喧嘩を売るような真似──たとえば九世兵器を奪うとか──をすれば戦争が勃発し、そのまま世界の滅亡まで一直線ってスンポーさ」

 

 まるで世界滅亡専用のマニュアルをそらんじるような口調で語るリュウトだった。

 いったい何度()()()()()を繰り返せば、こんなこなれた雰囲気を身に着けることができるのだろうか。

 

「仮に兵器の蒐集が全てうまくいったとしても、それはそれで上々だ。『全て同時に使えば世界を九度滅ぼす』なんていわく付きの代物が一ヶ所に集まるという、終末時計残り一秒な状況が完成するんだから」

 

「だから騎士団に入ったと」

 

「そう言うこと。これでも裏では色々と暗躍していたんだぜ? 副団長(ミルドット)団長(ブレスライザ)にあれこれ吹き込んだり、関係各所に根回しをしたりとかさ。……まあその結果、兵器蒐集の機運の高まりを感じ取ったマフィが騎士団に先んじて謀反に踏み切ったのは、ちょっと予想外だったけど」

 

「ふうん」

 

 じゃあこの人もある意味では──『最果てを視る弓(ピリオド)』を持ち出したことが騎士団とマフィに九世兵器の蒐集を決意させる転機となったフンショのように──自分とマクガフィンが巡り合うきっかけになったひとりなんだな。

 今まで少し邪険に扱っていたけど、話を聞き終えた後で礼のひとつは言っておいた方がいいかもしれない。

 レスコーはそんなことを考えた。

 どこまでいっても思考回路がマクガフィンひとりに集約される女である。

 

「あと、神から受け取った異能──特に『超長跳躍(ロストホームラン)』には助けられたね。さすがは転生特典(チートスキル)。最初は異世界間の移動にしか使えない能力だと思っていたけど、『()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()』と解釈を拡大したところ、大いに化けた。今では疑似的な瞬間移動として重宝しているよ。これがあれば普通なら何日もかかる長距離移動が苦じゃないし、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()辿()()()()()()()()()()()()()

 

「瞬間移動、ですか」

 

 曖昧で意味不明な言葉の海から意味を解せたフレーズを拾い上げるレスコー。

 

「もしそんな能力が本当に使えるのなら、わざわざこうして歩かずに目的地まで一瞬でひとっとびすればいいのではありませんか?」

 

「やだなあ。そんなことをしたら、あんたと話す時間まで一瞬で終わってしまうじゃないか。それに──おっと」

 

 と、そこで。

 リュウトは脚を止めた。

 彼の背後を歩いていた白ドレスの令嬢は、前触れのない急な停止に面食らったものの、ぶつかる寸前で立ち止まった。

 少年の肩越しに前を見る。代わり映えしない白景色が広がっていた。続けて後ろを振り返ってみたが、そちらにも白一面の世界。景色には僅かな変化も見られない。これほどまでに視界が一色で固定されていると、自分は歩き始めた地点から一歩も進んでいないんじゃないかと思いそうになるが、歩数に換算すれば五千歩以上歩いたのは確実だった。

 

「ここが目的地ですか?」

 

「いや違う。ぼくが目指しているのは、ここからもう少し真っすぐ行った先さ」

 

「はい?」

 

 じゃあどうしてここで止まるんだ、と首を傾げるレスコー。

 長話で疲れたから小休止したいのだろうか。それなら別に構わない。目的地は『ここからもう少しまっすぐ行った先』だと判明したのだ。リュウトが休んでいる間にさっさと向かって、この不毛な時間を少しでも早く終わらせよう──と。

 そんな風に。

 団体行動という概念が欠如しているレスコーが、リュウトを横から追い越すようにして一歩を踏み切った。

 その時だった。

 音が聞こえたのは。

 

「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■」

 

 それは遠雷じみた音だった。

 ボリューム自体はとても小さい。

 元からそうなのではなく音源がかなり遠くにあるのだろう。どれだけ近く見積もっても地平線を越えた遥か先から響いてる。彼我の間に隔たる距離が音を削いでいるのである。

 いずれにせよレスコーにとっては意識しなければ気付かない程度に些細な音だった。

 しかし──一度意識してしまえば、それを無視するのは不可能だった。

 レスコーに心は無い。

 だから彼女はこの不可解な音を聞いて、驚いたり訝しんだりするといった情緒的な反応を見せることはなかった。

 だが肉体的な反応は違った。

 彼女の心臓は掴まれたように縮み上がり、視界が歪む。膝の下から力が抜けてその場に倒れた。起き上がろうとするが、腕が痙攣して使い物にならない──天敵を前にした虫が起こす擬死みたいな反応だ。

 それはまるで──()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「その様子だと聞いてしまったみたいだね──”始まりを覆う匣(ライナーズノーツ)”を」

 

 少年の声がした。

 

「天使族に与えられた九世兵器だよ。音響兵器だ」

 

 淀みないその声は平時のそれであり、謎の音による悪影響は見られない。

 知った風なその口ぶりから察するに、おそらく彼は謎の音が届く範囲を予め把握しており、先ほどはその限り限りの地点で立ち止まっていたのだろう。

 

「音響兵器と聞くと、暴徒鎮圧用の非殺傷性のものを連想するけれど、九世兵器に名を連ねている以上、そんなチャチな性能では済まない──それから発せられる轟音は、聴く者の聴覚どころか命さえ蝕む死の音さ」

 

「死の……音?」

 

 聴くだけで死ぬ音だと? 

 信じがたい兵器だが、刻一刻と死に向かいつつある自分の体が、それをただの妄言ではないと主張する。

 

「普通なら聞いた瞬間に即死していてもおかしくないんだけどね。()()()()で済んでいるのは、ひとえにあんたが“流星流”だからかな」

 

「ど……、どうしましょう……このままだとわたくし、死後の世界で死ぬという、わけのわからないことになってしまいますわ」

 

「落ち着きなって。『殺しすぎる剣術』と恐れられた“流星流”なら、このくらいのピンチは()でもないだろ?」

 

「ですけ、ど……こんな有様では剣も握れないのに……どうすれば」

 

「以前、ぼくは副団長(ミルドット)が遺した資料をいくつか読んだことがある」

 

 話の流れを無視して唐突に、リュウトは自分の身の上話に戻った。

 

「あの“剣頭”はあんたらのことを過剰に恐れていたから、蔵書の中には“流星流”に関するものもいくつかあったんだけど──ほら、“流星流”にはあるんだろ? 剣を使わずに出せる技が」

 

「あ」

 

 言われてはたと気付く。

 リュウトの言う通り、“流星流”には剣を用いずとも敵の殺傷を可能とする技がいくつかある。

 しかもその内のひとつは──音の技だ。

 

「                                   !!」

 

 気が付くや否や、レスコーはそれを放っていた。

 恐怖に怯える悲鳴より甲高く、敵対者に浴びせる怒号より雄々しい大音声──“流星流”『声枯(こがらし)』。

 喉から迸る爆音に、彼方からの音は掻き消される。

 するとそれまでレスコーの体を蝕んでいた本能的な死も薄れていった。

 叫び続けて数秒経つと腕の痙攣が治まった。レスコーは叫ぶ勢いを衰えさせないまま立ち上がり、リュウトがいる方を向く。黒髪の少年は『声枯(こがらし)』の大音声に支配された空間の中でも涼しい顔をしており、レスコーと目が合うと片手を用いて前方を示した。「そのままお先にどうぞ」と言いたげなジェスチャーである。言われずとも元からそうするつもりだったので、レスコーは前に向き直ると、そのまま歩き始めた。

 歩く。

 叫ぶ。

 歩く。

 叫ぶ。

 歩く。

 叫ぶ。

 叫び(あるき)続ける。

 ひたすらまっすぐ。

 白一面の世界を切り裂くように。

 “声枯(こがらし)”で発する声は常人であれば五秒ともたずに息が尽きるほどの大声である。一時も休まずにそれを維持しながらの行軍なんて常軌を逸しているのだが、レスコーは当たり前のようにそれを敢行していた。

 音源である“始まりを覆う匣(ライナーズノーツ)”に近づけば近づくほど、こちらに届く死の音はボリュームを増していく。“流星流”は負けじと“声枯(こがらし)”の出力を上げた。

 

 ──そうして、しばらく歩いた先で。

 

 レスコーは匣を見付けた。

 白い匣だった。

 白と言っても、周辺の景色のようなまっさらな白ではない。

 どことなくくすんだ、灰色に近い白だ。

 一辺の長さはレスコーの足から膝程度。

 小さくは無いが大きくもない──その気になれば両手で抱えて持ち上げられそうな立方体である。

 天板を見ると引き戸のように開放されており、そこから音が絶え間なく鳴り響いていた。

 

「(これが……“始まりを覆う匣(ライナーズノーツ)”)」

 

 レスコーは匣に近寄ると、開放されたままの天板を掴んだ。硬くてざらついた触感から判断するに材質は石、あるいは骨なのかもしれない。指一本にも満たない厚さだ。手に力を込める。抵抗はない。油を差した蝶番でも使われているかの如く滑らかに動いた。

 天板はそのままするすると動き。

 そして──やがて。

 ぱたん。

 と、小さな音を立てて閉じた。

 同時に、それまで天国に鳴り響いていた死の音がぴたりとやむ。

 どう考えてもこの程度の厚さの天板では封じられないボリュームだったはずなのだが、それでもたしかにやんだのだ。

 伝説に語られる九世兵器のひとつとは思えないほどに拍子抜けする終幕だった。

 

「おつかれさま」

 

 死の音とは程遠いあっけらかんとした声。

 振り返るとそこにはリュウトがいた。まさかあの大音声の中、後を追って来たわけではあるまい。前触れのないその登場は、まるで本当に瞬間移動でも使っているかのようだった。

 

「さすがは“流星流”。音すら殺してみせるとはね。これにて()使()()の九世兵器は蒐集完了だ。おめでとう」

 

 そんな労いの言葉を聞いて、レスコーは「そうだ」と思い出す。

 自分がいるこの場所は天使族の国であり、たった今無力化した“始まりを覆う匣(ライナーズノーツ)”は天使族の兵器である。

 だというのに彼女はこれまでの道中で天使の姿を見ていない。自国の兵器を蒐集せんとする不届き者がいれば、“不明国家”の吸血貴族たちのように国家総出で立ち塞がってもおかしくないはずなのに。

 これまでレスコーの行進を遮るものは誰ひとりとして現れず、道中で視界に映ったのは白い風景だけだった。

 

「そんなことはない。あんたはずっと天使たちを見ていたんだぜ。もう一度よく、目を凝らして見てごらん」

 

「……?」

 

 意味が分からなかったが、先ほど彼から貰ったアドバイスが“始まりを覆う匣(ライナーズノーツ)”の封印に繋がった実績がある以上、ただの妄言と切って捨てるわけにもいかない。レスコーはひとまず、リュウトの言葉に従って辺りを見渡してみた。

 とはいえ右を見ても左を見ても白ばかり。

 天使なんてどこにもいるわけが──違和感。

 もう一度よく見る。

 そこにあるのがただの白ではないという疑いを持って、目を凝らす。

 そこまでして──ようやく気付いた。

 天国の白景色が無数の何かで構成されていることに。

 それは──雪? 

 綿? 

 いや、そのどちらでもない。

 

「……()?」

 

 地面を埋め尽くすほどに膨大な数の羽。

 それらが散らばっていたことで、この世界の白さは成り立っていたのである。

 

「じゃあ、その羽は誰の物なのか? ──なーんて疑問は、ここが天使族の国である以上、答えが分かり切っているよな」

 

 ぐり、とリュウトは足の爪先を立てて地面に擦りつけた。羽の地層が捲れ、その下から何かが現れる。それは死体だった。血の気を失って、天国の景色にも負けないくらい肌が真っ白になっている天使の死体だった。

 

「ぼくが愛してやまない作品の巻頭歌である『我々は/血の海に/灰を浮かべた地獄の名を/仮に世界と/呼んでいるのだ』を捩って言うなら、さしずめここは『死体の海に羽を浮かべた天国』ってところかな」

 

 冗談めかした声で言いながら、リュウトは再度足を動かして死体を埋め直す。

 これまでの道中で白景色が途絶えたことは一度もなかった。それら全てが天使の羽で出来ていたというのなら──その下には夥しい量の死体が埋まっていたことになる。

 

「言っておくけれど、ぼくが殺ったんじゃあないぜ。あんたをここに連れてくるためだけに小人族と鳥人族をまとめて滅ぼした身で言っても説得力がないかもしれないが、これはマジだ──ぼくたちが到着した頃には、とっくに“始まりを覆う匣(ライナーズノーツ)”が起動し(ひらい)ていて、それを聞いた天使たちは全員絶命して倒れていたんだよ」

 

「どうしてそんなことに? 大規模な自殺でもしたんですかね?」

 

「自殺というより自滅なんじゃないかな。あんたたちが筆頭になって巻き起こしている九世兵器絡みの争いの話はこの天国まで届いていただろうし、それを知った天使たちがいつか自分たちの九世兵器も狙われるかもしれないと焦って「やられる前にやっちまおう」と”始まりを覆う匣(ライナーズノーツ)”を引っ張り出すのはありえる話だ」

 

「その際に国内で偶然“始まりを覆う匣(ライナーズノーツ)”が起動してしまい、国中に死の音が響き渡ってしまったと?」

 

「そういうこと」

 

 そんなうっかりミスでひとつの国家が全滅してしまうだなんて冗談みたいな話だが──レスコーは既に知っている。”始まりを覆う匣《ライナーズノーツ》”と同じく九世兵器に名を連ねるクローン軍団生成兵器“深奥を掴む軍勢(アンソロジー)”で自滅したドワーフ族の村という前例を。

 だったら天使族の自滅も、九世兵器という強大な力を渡された種族の末路としてはよくある一例に過ぎないのだろう。

 

「蓋を閉じる直前の“始まりを覆う匣(ライナーズノーツ)”の効果範囲と白景色の範囲が一致しないのは、起動直後はもっと広範囲に音が響いていて、時間が経過するごとに減衰したってことなのかな──やれやれ、それにしても先の“地を支える毒(フェアリーテイル)”といい今回の“始まりを覆う匣(ライナーズノーツ)”といい、なんだかぼくと相性の悪い範囲型の兵器が続くなあ。せっかく瞬間移動スキルを持っていても、飛んだ先に毒や死の音があれば即死しちゃうんだからね」

 

「相性、ですか」

 

 それで言うとレスコーは、リュウトとは逆に“始まりを覆う匣(ライナーズノーツ)”との相性の良さを感じていた。

 音の九世兵器に、音の技で対抗。

 まるで──そう。

 “声枯(こがらし)”は音で広範囲を攻撃する技でなければ、自分に活を入れる技でもなく、先ほどのあの状況──”始まりを覆う匣(ライナーズノーツ)”と対峙する為だけにあった技だったのではないかと。

 そんな風に思わされるほどに最適(マッチ)勝負(マッチ)だった気がする。

 

「まあ、この感覚はわたくしの未熟な精神が生み出した錯覚なのかもしれませんけれど」

 

「いや、そんなことはないよ。大正解だ」

 

 リュウトはレスコーの何気ない一言を肯定すると、彼女の横を通り抜け、そのまま“始まりを覆う匣(ライナーズノーツ)”の閉じた天板の上に腰かけた。

 

「話を遮る騒音も収まったことだし、続けるとしようか。ぼくの昔話を。この世界の昔話を。そして──」

 

 “流星流”、()()()()()の昔話を。

 

 ◆

 

「東西東西……なんて持って回った言い回しは、白一色でどっちが東でどっちが西かも分からないこの場所では不要かな。そもそもこれからぼくが話を聞かせるのは、あんたひとりだけなんだし」

 

 リュウトは小さく笑うと、本題に入った。

 

「ぼくは今までいろんな世界を巡ってきた。よくあるファンタジー小説みたいな中世ヨーロッパ風の世界や、人間ではなく機械が生態ピラミッドの頂点に立っている世界、とある有名アクションRPGみたいにダークな雰囲気が漂う世界……、その全てを滅ぼしてきたわけだけど、ふたつとして同じものは無かったし、どこでだって『無限枚舌(バットトーカー)』は効力を発揮していた。ぼくはどんな世界でも自分の名前を名乗れていたわけだ」

 

()()()()()()()()──と。

 強調するような口調で少年は言う。

 

「『龍』という言葉だけが聞き取られないおかしな世界はここだけなんだよ。その異常に気付いて真っ先に疑ったのは『この世界には元々龍の概念がないから聞き取られない』という可能性だった。だけどその推測はすぐに棄却された。だってぼくがこれまで巡ってきた中には龍の概念そのものがない世界なんて両手で足りない数あったけど、そこでだって『(リュウ)』の音自体は伝わっていたんだからね。それじゃあ他にどんな可能性があるだろうと考えて、次に閃いたのは『この世界の生物はリュウの音だけが聞き取れない』だった。けれど“流星流(りゅうせいりゅう)”なんて名前の流派が広く知られていることが分かった時点で、その発想も取り下げることになった」

 

 “剣客”は言う。

 それひとつで天使族を鏖殺してみせた音の九世兵器に腰かけながら。

 

「子供の頃『刑事コロンボ』が好きだったせい……ってわけじゃあないけれど、こまかいことが気になると答えが知りたくなるものだろう?」

 

 不感症なあんたには共感しにくいことかもしれないけどさ──とリュウトは付言する。

 

「というわけで、この世界を滅ぼす傍らにリュウの謎についても調べるべく、ぼくは歴史書や生物図鑑を紐解くことにしたんだ──時に“流星流”。あんたは『大いなる災害』を知っているかな?」

 

「数か月前にマフィ様から教えられたばかりですけれど、一応は。五〇年前に『大いなる戦争』と共に世界を襲った災害群の総称……ですよね?」

 

「具体的に何が起きたかは?」

 

「ええと……」レスコーは中空に視線を見つめながら過去にマクガフィンから教えられた世界史の記憶を掘り起こす。「火災に暴風、病毒──災害と言える現象の全てが発生したと。珍しいものだと、前触れなく城壁が崩れたとか。ああ、そうそう。他にも、突然大きな音が鳴り響いて、辺り一帯の生物が死に絶えたとか、も………………あれ?」

 

 災害例の最後の例を語っているさなか、ようやくレスコーの中で何かのピースが噛み合った。

 辺り一帯に死を振りまく轟音? 

 それはまるで──つい先ほど対峙した“始まりを覆う匣(ライナーズノーツ)”みたいではないか。

 それだけではない。

 火災といえば“最果てを視る弓(ピリオド)”を想起せずにはいられないし、病毒と聞いて今のレスコーが真っ先に連想するのは“地を支えし毒(フェアリーテイル)”である。暴風に至っては、気流を司るという鳥人族の“雲奥にて唄う砲(ライトノベル)”で殺されたばかりだ。

 九世兵器──その全てが同時に使われれば、世界を九度滅ぼすとされる兵器群。

 それはまさしく()()()()()()()だが、実の所は──

 

()()()()()()だった? 五〇年前に世界を襲った『大いなる災害』の正体は、九世兵器だったと……?」

 

「惜しい。九〇点」

 

 リュウトは両手の指で三角形を作った。

 

「『大いなる災害』の正体は九世兵器──()()()()()()()()()()

 

 突拍子もない話だった。感情が無く、それ故に目の前で起きた異常な現実を感情に流されることなく「そういうものなんだな」と受け止められるレスコーですら、すんなりと飲み込むのが困難な程である。

 

「鋭い爪を素材に(エピソード)を、強固な鱗を素材に(プロットアーマー)を……ってな具合に作ったんだろうね。この”始まりを覆う匣(ライナーズノーツ)”の場合は声帯を素材にしているのかな?」

 

「ありえないですよ、そんなの。もしそうなら、炎を撒き散らし、暴風を吹かせ、病毒を蔓延させ、その他様々な災害じみた現象を起こせる生物が、かつてこの世界に実在したということになるじゃないですか。もしそうなら目撃例が記録に残っているはずですし……、そんな生き物、吸血鬼や巨人以上の出鱈目ではないですか」

 

「そうだね。架空の生き物なんじゃないかと思いたくなるくらい非現実的だ。だからこそ、この世界の人々は『それ』を恐れたし──現実として認識出来なかった」

 

 恐怖ゆえに『それ』を視認できず、それが齎す破壊を理解不能な災害としてしか認識できなかった。

 ひとつの生物としての記録が不可能だったのだ。

 そして──災害から五〇年経った今もその恐怖は、この世界の住民たちに根付いている。

 だから彼らは『それ』の名前すら認識できないのだ。

 

「だけど異世界人(ぼく)は違う。異世界レベルの岡目八目でこの世界の歴史を調べたぼくだけは理解できる。記録に残された『大いなる災害』の正体が生物であり──ぼくが知るところの『龍』だったことを」

 

「龍……」

 

 それは最初に確認すべきことだったのかもしれないが。

 レスコーは『龍』が生き物の名称であることを、この時になってようやく知った。

 これだけでも彼女の世界観を揺らがせるに足る事実だったが、

 

「そして」

 

 リュウトの話はまだ終わらなかった。

 

「歴史を調べていく中でもうひとつ、気付いたことがある」

 

「他にも何か?」

 

「『大いなる災害()』が観測された場所のいくつかで、現れたと記録されているんだよ」

 

「何が」

 

「“流星流”が」

 

 ぴん、と。

 立てられた指先が、レスコーの顔目掛けて突き付けられた。

 

「初代“流星流”……、あんたにとっての先々代(おじいさん)が戦ったとされる場所・時期と、『大いなる災害』の発生地・時期──これらを年表上で重ね合わせると、いくつか一致する箇所が現れる。全部ってわけじゃあないが、偶然では済みにくい程度に有意性のある一致だ」

 

 リュウトは淀みなく続ける、

 

「このことから、こんなことが考察できないかい? ──“流星流”は龍と戦っていたのだと」

 

 それどころか。

 

「龍を全滅させて、その死体で九世兵器を作り上げたのだと」

 

「……それは流石に考えすぎではないですか?」

 

 レスコーは控えめな声で反論した。

 

「そもそも龍なる生物がいたことさえ、まだ半信半疑だと言うのに……、先々代(おじいさま)がそれと戦っていたと言われて、そう易々と信じられるわけがないでしょう。先々代(おじいさま)は当時、“流星流”として世界各地の『大いなる戦争』に引っ張りだこだったと聞きますし、だったら歴史上で観測された戦闘のいくつかが『大いなる災害』と重なっていたとしても不思議ではなりません。結局、全てはただの偶然ではないのですか? ──それに」

 

「それに?」

 

「世界中を巻き込む大規模な災害を、たかがひとりの剣士が全滅させるなんて、いくらなんでも無茶がすぎるのでは」

 

「そんなことはない。現に“流星流”の末裔であるあんたは、この世界で唯一、龍を認識できているじゃないか」

 

「それが勝ち負けに関係あるとは──」

 

「おおいにあるね。相手をひとつの命として認めることは、相手を殺すスタートラインに立てているということなんだから」

 

「……………………」

 

 それは感情のないレスコーであっても──否。

 “流星流”という殺人剣の使い手として、これまで様々な猛者たちと死合ってきたレスコー()()()()()、反論しがたい理屈だった。

 それに“流星流”が龍と戦うための流派だったという仮説が事実なら、先ほど“声枯(こがらし)”で以て──龍を原材料にしているという九世兵器── “始まりを覆う匣(ライナーズノーツ)”と対峙した時に感じた相性の良さにも説明がつくではないか。

 

「『“流星流”はこの世で唯一龍を認識できる人間が興した龍殺しの流派であり、その継承者ならぼくの名前も聞き取れるんじゃないか』──出来る事なら初代に会って検証してみたかった仮説だけど、記録によれば彼はとうの昔に行方知れずになっているらしいし、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。だからこうして妥協して三代目であるあんたと会話の場を設けたわけだけど、無事考察が当たっていたみたいで何よりだよ」

 

「はあ。そうですか」

 

 気の無い声だった。

 自分の祖父が『大いなる災害』と戦うどころかそれを滅ぼして九世兵器を作り上げたなどという仮説はやっぱり未だに眉唾な気がするが、ここで更なる反論をしてディベートの活発化を試みるほどレスコーは話したがりではない。

 そもそも彼女の最重要目的は何か。

 “剣客”との対談ではない。

 天国からの帰還だ。

 なにやら重大な真実を立て続けに曝露された気もするが、だからと言って初志を忘れてはならない。

 そろそろ話の軌道を過去から今──天国からの帰還手段について切り替えよう、と。

 そんな風にレスコーが思案した──その時だった。

 リュウトが話を再開したのは。

 

「さて“流星流”。以上を踏まえて、あんたに頼みがある」

 

「また頼み事ですか?」

 

「まあそう言わずに聞いてくれよ。究極的に言えば、ぼくはこの頼みを告げるためだけにあんたをこの場に呼んだようなものなんだから。それに、べつに大した頼みじゃあない。内容を知れば、きっと快諾してくれるさ。少なくとも『一〇〇〇億の異世界転生』よりは簡単な頼みだよ──だって」

 

 あんたが今やっていることにも繋がる話なんだから──と、“剣客”。

 続けて彼は言う。

 

「ぼくの代わりにこの世界を滅ぼしてくれないか?」

 

 ◆

 

「既に話した通り、ぼくはこの世界を滅ぼす為に活動している。その為には全力を尽くすつもりだけど──省ける工程があるんだったら省きたいし、アウトソーシングできる作業があるならそうしたい」

 

 たとえば。

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 かつて「世界を滅ぼせる可能性があるから」という動機で絶対人間騎士団に加入したのと、根本的な考えは同じだ──なるほど、

 こんな頼みをするのなら、ふたつの種族の居住区を巻き込む規模の大破壊を起こしてまで、レスコーと密談の場を設けようとしたのも納得である。

 世界滅亡なる計画は、誰にも盗み聞きされるわけにいかないのだから。

 

「実際このやり方で成功したことがこれまでに何度かある。こと異世界転生において、競合他社はむしろ大歓迎なのさ」

 

「先ほど、ご自身が陰でおこなってきた努力を自慢げに話されていましたけれど、ここに至ってわたくしに丸投げすると?」

 

「その通り。ぼくが求めているのはべつに『自分の手で異世界転生を成し遂げた』という名誉(不名誉?)じゃあないからね。『自分が訪れた世界が滅んだ』という成果だけさ」

 

 世界を終着させようとしている人物の発言なのに、己の仕事への執着が薄い。

 いや、寧ろ──一〇〇〇億の異世界転生という無理難題に音を上げずにいるには、このくらいの冷めた態度がベストなのだろうか。

 

「どうだい、世界を巻き込むマフィの自殺を手伝っているあんたには、断る理由の無い頼みだろ?」

 

「まあ、たしかに……そうですけれど」

 

「だろう? じゃあ、よろし──」

 

「ただし」

 

 リュウトの視界が肌色で塗りつぶされる。

 

「返事をする前に二点ほど、確認事項が」

 

 レスコーが握り拳から人差し指と中指を立ててリュウトの眼前に突き付けていた。『2』を示すというより目潰しみたいなポーズだが、“剣客”はそれに臆することなく涼しい顔をしている。

 

「ひとつ、これを受諾したら今度の今度こそ、わたくしに天国からの帰還方法を教えること」

 

「おっけい。必ず教えるとも」

 

「ふたつ、たしかにわたくしはマフィ様の本願を叶えるために精一杯のお力添えをするつもりですが、もしかすると九世兵器の蒐集は道半ばで頓挫するかもしれません」

 

「え?」

 

 それまで保っていた平静な態度が、ほんの少し崩れた。

 

「どうしてだ?」

 

「九世兵器ではなくわたくし自身の剣で以て、マフィ様を殺すつもりだからです」

 

「は、え、殺す? どういうこと? 初耳だぜそれは。あんたはマフィを好いているんじゃなかったのか?」

 

「好きではありません。大好きです」

 

「些細なニュアンスの違いはさておくとして、そんな歯の浮くような台詞を恥じることなく言えるくらいには想いを寄せている相手を殺すってどういうことだよ。矛盾しているじゃあないか……いや、待てよ? それを言えば、そもそもあいつの自殺を助けている時点でおかしいのか? じゃあ別に、自分自身の手で殺そうとしても矛盾は……ない? うへあ……、この世界で初めて感じるタイプのカルチャーショックだ──それにしても、マフィの兵器蒐集が途中で止まるかもしれない、か。うーむ……」

 

 リュウトはその場で腕を組み、しばらく何事かを思案すると、

 

「まっ、別にいいか」

 

 と頷いた。

 

「あんたの殺る気がどれだけ高かろうが、このまま話が進めば『九世兵器集結による世界滅亡』√に至る可能性が一番高いのは変わらなそうだからね。それに仮にマフィがあんたに殺されたとしても、その時は『“剣鬼”ほどの不死身を殺せる脅威』がこの世界に誕生することになる。そうなれば、まあ、遅かれ早かれ世界の寿命が来るだろうよ。どっちに転んでもぼくの目論見通りだ」

 

「何をおっしゃっているのかよく分かりませんけれど、納得していただけたようでなによりです。でしたらこちらも、あなたの頼みを引き受けるとしましょう」

 

「それにしてもあいつを殺すって……『一〇〇〇億の異世界転生』を敢行中のぼくが言えたことじゃあないけれど、かなりの無理難題に挑戦しているなあ、あんた。同じ騎士団に所属していた都合上、ぼくもあいつの不死身ぶりはよく知っているけども、あいつの不死性って世界観からの浮きっぷりから察するに……──ああ、いや、これ以上ぼくがあれこれ言うのは野暮ってものか」

 

 そこら辺の真相については次回に持ち越しということで。

 そうして話がまとまると、リュウトはそれまで腰かけていた“始まりを覆う匣(ライナーズノーツ)”から立ち上がった。

 腰に提げていた刀に手を遣り、そのまま柄を引き抜く。しゃらんと鋭い音を立てて刃が露わになった。

 剣の名は“全を薙ぐ刀(エピソード)”。

 “剣客”曰く、龍を素材に作られた超兵器である。

 

「それじゃあ()ろうか」

 

「はい?」

 

 レスコーは首を傾げた。

 

「どうして急にバトルに? これまで散々虫食い問題じみた会話をしている気分になっていましたけれど、これでは単語どころか展開レヴェルで話が飛んでいませんか? あなたの頼みを断ったのならともかく、了解したのに戦いを仕掛けられるのはおかしい気がするのですけれど」

 

「世界滅亡という一大事業を任せる以上は念の為、あんたの実力をこの身で測りたいと思うのは人情ってものだろ」

 

「要は力試しですか」

 

「他の理由が欲しいのなら……そうだな。ぼくから“全を薙ぐ刀(エピソード)”を奪うつもりでかかってきなよ」

 

 “剣客”は見せびらかすようにして刀を振った。

 

「……それに、これまで散々あいつらを利用して、どころかあんたを天国に呼び出すついでにシャルルたちを殺したとは言え、一応ぼくは絶対人間騎士団のメンバーだからね。だったらここで仲間の仇であるあんたと(けん)を交わすだけに留まらず、剣を交わそうとするのは、至極当然の展開だ」

 

「妙な所でお仲間さんに律儀なのですね。世界を滅ぼそうとしている割にやけに人間味があるというか」

 

「ぼくの自己分析によると逆だな。世界を滅ぼし回っている人でなしだからこそ、人の心に留まろうと必死に、出来る範囲で人間味のある言動を模倣しているんだよ」

 

 それで言うとリュウトが『龍』に限らずこの世界では通用しない言葉を多用しがちなのも似たような心理が原因なのかもしれない。

 かつて暮らしていた世界を連想させる言葉を使うたびに、彼は自分が神の尖兵ではなかった頃の──『どこにでもいる普通の少年』だった頃の自分を思い出し、その想起で以て、心を人間に繋ぎ止めようとしているのではなかろうか。

 ともあれ。

 自分の心すらよく分かっていないレスコーにとって、そんな心理は知ったことではない。

 相手が剣を抜いたのなら、こちらも剣を抜くだけだ。

 そもそもレスコーにとってリュウトは、いつか会う時があればその時は戦うことを想定していた相手である。ならば今のこの状況は既定路線の展開と言えるだろう。むしろ、話が単純になってくれて助かる。

 そんな風に思いながらレスコーは刀を抜き、いつも通りの中段に構えた。

 

「それにしても一〇〇〇億の世界を滅ぼす、ですか。ひとつの世界を滅ぼすだけでもこれだけ大変なのに、その一〇〇〇億倍なんて……どれだけの労力がかかるのか、想像もつきませんね」

 

「そんな苦労をしてでも蘇らなきゃいけない理由があるんだよ。そこら辺の事情についてはさっき話したろ?」

 

「そういえばそうですね──ええと、たしか」

 

 レスコーは先ほどリュウトから聞いた身の上話を思い出そうとしたが、それよりも少年が口を開く方が早かった。

 

「『()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()』──神からそう言われたんだ」

 

 そうだった。

 マンガという概念をリュウトと共有できていないレスコーにとっては覚えにくい台詞だったが、たしかにそう言っていた気がする。

 “剣客”は両手で握っていた刀を片手に持ち替え、空いた片手を懐に突っ込むと、そこから何かを取り出した。それは大判の本だった。ややぶ厚めであり、その表紙にはレスコーがこれまでに見たことが無い記号と絵が載っていた。所々がよれていて、年季を感じさせる本だが、逆に言えば経年劣化以外の損耗は見られず、どれだけ丁重に扱われているかが窺い知れた。

 

「次回で最終回だったんだ」

 

 どこにでもいる普通の少年は、ぽつりと呟いた。

 

「『ワンピース』の最終回まで──あと一週間だったんだよ」

 

 彼が何を言っているのかをレスコーは理解できない。

 共感など出来るはずもない。

 ただ──その口調から。

 マクガフィンについて語っている時の自分に近しいものを感じ取った。

 

「それを思い出しちゃ、死んでも死にきれないよな。心変わりだってするもんだぜ──『ワンピース』の最終回を読むためなら、ぼくは世界をいくらでも滅ぼしてみせる」

 

 そんな風に宣言すると、リュウトは本を仕舞い、

 

「だから“流星流”。ぼくにあんたを魅せてくれ。心置きなく、この世界の滅亡を任せても良いと思わせてくれよ」

 

 改めて剣を構えた。

 大まかな姿勢は半身。刀を握った両手を肩と眉間の中間辺りまで上げており、その切っ先はレスコーへと向けられている。

 

「これはかつて滅ぼした世界で習得した流派の構えだ。この流派の面白いところはファンタジー生物を形象した技を使うところでね。たとえばユニコーンを象った突きや、スライムを象った受け技とかがあるんだが、大技にあたる()()は龍を模した構えだ──龍殺しの流派と対峙するには、うってつけの技だろ?」

 

「たしかに絶対人間騎士団の“剣客”であり、理解しがたい言葉を用いる奇人であり、そして龍を模した剣で戦うあなたを殺すのは難しいでしょう。でも、殺してみせ──ああ、いや、今回は殺しちゃ駄目でしたね」

 

「はははっ、いいよいいよ。殺す気でかかってきな。あんたの本気が見たいこっちとしてはその方が助かる。ぼくも手を抜かずにいくからさ──『ダテにあの世は見てねえぜ』」

 

 リュウトがなにやら決め台詞──の引用? ──じみたことを言ったのを切欠に両者は地面を蹴り、引かれあうようにして超高速で距離を詰めた。

 “剣客”が構えるは龍を模したと言う謎の剣術。そこから放たれるのがどのような技なのかは未知数だ。

 対するレスコーが放ったのは──

 

爪弾(つまはじき)!」

 

 だった。

 先刻の“剣道”との戦いにおいて決め手になった技をこの場でも選択したのは、なにも、その成功体験に引きずられてのことではない。

 相手がどんな技を使ってくるのか分からない? ──だったら、技を放って来るよりも前に斬ればいい。

 そのような判断に基づいて、最速の技である『爪弾(つまはじき)』を選択したのだ。

 “全を薙ぐ刀(エピソード)”の冷たい煌きが空を裂き、“剣客”の胸元に迫る! ──斬った! 

 白ドレスの令嬢は確信した。

 しかし──斬撃が一閃するよりも早く、黒い靄のようなものが現れた。

 それは黒く、黒く、黒く──ただ黒く。

 覗き込めば()()()()()()()()()()に繋がっていそうなほど黒い。

 リュウトの胸元を横薙ぎにするはずだった“全を薙ぐ刀(エピソード)”の切っ先は、黒い靄を通過した。空気よりも無抵抗な感覚がレスコーの手に伝わった。

 

「あっぶねー……──たしかそれって、初代が使えば空間そのものに消えない傷を残したっていう技だろ? 容赦ないな……」

 

「……なんですか、それ?」レスコーはリュウトの胸元を漂う黒い靄を示した。

 

「なにって──空間そのものに走る斬撃(つまはじき)を避けるために空間に縛られなくなる異能(ロストホームラン)を使っただけだけど」

 

 リュウトが事も無げにそう言っている間に黒い靄はその体積を増やしていく。最初は胸元の染み程度の大きさだったが、言い終える頃には首から下を塗りつぶすまでに至っていた。

 

「危機一髪で避けられたって感じだが、こりゃどう見ても僕の負けだな。たかがデモンストレーションで、こんななりふり構わない緊急回避をさせられたんだからね──やっぱりこの世界を滅ぼすのはあんたに任せることにするよ、“流星流”」

 

 靄に隠れた向こう側から鞘に収まった刀が飛んできた。リュウトの“全を薙ぐ刀(エピソード)”だった。レスコーはそれを咄嗟にキャッチする。

 

「約束通りあげるよ──ああ、そうそう、約束と言えば他にもしてたんだったな」

 

 黒い靄が更に体積を広げた。

 その速度は凄まじく、瞬く間にレスコーの足元まで到達し、蝕むようにして彼女の体を飲み込んでいく。

 

「それじゃ、あんたを還すついでに、ぼくは次の世界に行くとしようかな──後は任せたぜ」

 

 この茶番はリュート・テーブルが──保巣龍屠(リュートホス)がお送りしました。

 その声を最後に、レスコーの視界は完全なる暗黒に包まれた。

 

 ◆

 

 種を明かすと、リュウトが言う『天国からの脱出手段』は、彼が持つ瞬間移動能力『超長跳躍(ロストホームラン)』だった。

 この能力を持つ彼に這入れない場所はない。

 遠く離れた樹海だろうと、宙に浮かぶ気象兵器だろうと──死後の世界である天国だろうと。

 どこにだってひとっとび。

 この話のジャンルがファンタジーバトルではなく推理小説だったら即座に出禁を食らいかねない能力である。

 彼はそれを使って、本来なら脱出不可能な天国からレスコーを還したのだ。

 ……そんな方法で天国を行き来できるのなら、最初から“雲奥にて唄う砲(ライトノベル)”での大量殺戮などというはた迷惑な真似をせずに、レスコー個人を狙って移動させれば良かったのではないか? 

 そんな風に思われる方もおられるかもしれないが、先ほどリュウトが述べていた通り、樹海にいた時点で彼はまだレスコーの正確な位置を知らなかった。そんな訳で手っ取り早く彼女を天国に連れていくべく、大雑把な、しかし確実な大規模破壊を実行したのである。

 それに──そもそも。

 リュウトは元からこの世界を滅ぼすつもりであり、他者の命に配慮なんてしない。

 だって、最後は全員殺すのだから。

『こうすれば確実だ』と判断すれば、何百、何千もの犠牲者が出る手段だろうが、味方が巻き込まれる計画であろうが平気で選択できるのである。

 見た目こそどこにでもいる普通の少年だが、その本質はどうしようもない異物。

 かつて彼が想像した『一〇〇〇億の世界より自分を優先するロクデナシ』そのものなのだ。

 そんな彼から世界滅亡の任を託された“流星流”がこれからどうなるかは、追々語るとして──ともあれ。

 レスコーが目を覚ました時、周囲にあったのは白一色の天国ではなく、荒れ果てた樹海だった。

 いや──それを樹海と言っても良いのだろうか。

 頭に『元』、あるいは末尾に『跡』とつけることさえ無理なんじゃないかと思えてくるほどに、その樹海は荒れていた。

 まともに立っている樹は一本もなく、地面のあちこちが抉れている。遠くには黒煙がもうもうと立ち上っているのが見えた。先の落雷で火災が発生しているのだろう。

 かつてあった豊かな緑は面影すらない。

 まるで巨人が大きなスコップでやたらめったらと土を掘り返したかのような──そんな荒れ具合だった。

 

「…………」

 

 ゆっくりと起き上がる。体に覆い被さっていた木屑や土がぱらぱらと音を立てて落ちた。自分の体に目を遣るが、これだけの大破壊の渦中にいたにも関わらず、傷らしき傷はついていなかった。つい先ほどまで死後の世界に行っていたとは思えないほどの健康体である。

 それとも、先ほどまで自分が見ていたのは、ただの夢だったのだろうか? 

 そんな風に思ったが、ふと目を遣った先には自分のものではない“全を薙ぐ刀(エピソード)”と白い匣が転がっていた。

 どうやらあの夢みたいな記憶は現実だったようだ。寝起きでぼやけている頭で、そう判断する。

 ひとまず戦利品を回収すべく、レスコーはふたつの九世兵器に近寄った。

 その時だった。

 

「レスコー!!」

 

 自分の名前を呼ぶ誰かの声が聞こえたのは。

 顔を確認せずとも誰何できる。

 こんな死屍累々の荒地で声を発せられる人物なんて、ひとりしかいないのだから──それに。

 その声はとても久しぶりに聞いた気がする、懐かしい声だった。

 倒木の陰から現れた軍服の少女──マクガフィンは、レスコーを見つけると駆け寄ってきた。

 不死身である彼女は、樹海を襲った大破壊の中でもノーダメージで済んだはずなのだが、その顔は途轍もない憔悴の跡が見えた。

 

「無事だったか!! 全然見つからないから死んだかと思ってい──むぐっ!?」

 

 途中で台詞が途切れたのは、レスコーがマクガフィンを思いっきり抱き寄せ、その顔を胸元に埋めさせたからである。

 

「無事ですとも! マフィ様より先に死ぬようなわたくしではありませんわ!」

 

 胸元でマクガフィンがばたばたと暴れている気がするが、白ドレスの令嬢はそれに構わず抱擁を続ける。

 久方ぶりの再会を祝すように。

 愛情を注ぐように。

 絞め殺すように。

 強く、強く、強く──マクガフィンを抱きしめた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 次回予告! 

 

 徐々に進んでいくレスコーたちの旅!! 

 

 次の舞台はエルフの国!! 

 

 いったいどんな恐ろしい兵器が待ち受けているのか……ええっ!? 

 

 そこにあるのは兵器ではない九世兵器!? 

 

 いったいどういうこと!? まさかのコンセプト崩壊!? 

 

 おまけに謎の人物がレスコーたちの前に現れて……!? 

 

 次回! ソードエピソード! 

 

 第十一話『世界を翔ぶ杖(スラップスティック)』! 

 

 また見てね! 

 

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