ソードエピソード   作:女良息子

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02.全を薙ぐ刀(エピソード)

 レスコー・フォールコインが初めて”流星流”に触れたのは、今から十八年ほど前のことになる。

 当時、彼女はまだ言葉を理解し、歩けるようになったばかりの幼な子だった。

 

「心が痛むね。まだ赤ん坊とそう変わらない君に、これから剣術……、しかも、この世で最も忌み嫌われている殺人剣を教えるなんてさ」

 

 当主であるデグリュー・フォールコインの顔は、血の気を失っていた。

 それは心を苛む罪悪感も勿論あるのかもしれないが──やはり理由の大半は、彼が患っている病によるところが大きいだろう。

 一日のほとんどを共に過ごしているベッドから上半身だけを起こし、デグリューはベッドの縁を見る。

 そこにしがみつくようにして立っているレスコーと目が合うと、彼は小さく笑った──儚く、力の無い微笑みだ。

 強がりで元気を演じているのなら、完全に逆効果だ。こんな表情を他人が見れば、心配したり不安になったりするだろう。いっそ笑わない方が、まだマシだ。

 しかしデグリューは、先の短い自分が娘と顔を合わせる時は、常に笑顔でいたいと考えていた──父親として、当然の情だ。

 

「わたくしに剣は必要ありませんわ」

 

 レスコーは父親を見上げながら、きっぱりと言った。

 世界に触れて間もない彼女の目に、濁りはない──光も無かったが。

 

「教える暇があったら、お父様は療養に専念して、早く元気になってください──そもそも、戦争はとっくの昔に終わったのでしょう? いまさら剣術を学ぶ必要なんて、ありませんわ」

 

「ああ、うん、そうだね。僕も君が戦争で剣を握らなくて済む世界であり続けてほしいと、心の底から思っているよ」

 

 だけど──と。

 父親はほんの少し、語気を強めた。

 

「”流星流”は僕がお父さんから──君のお爺ちゃんから受け継いだ剣なんだ。だったら、たとえ剣の必要がない世界になろうが、国から剣を奪われようが、続けていかなくちゃならないんだよ」

 

「ふうん……」

 

 いまいちピンと来ていない様子だ。

 生まれてから五年も経ってない子供に聞かせるには、少し難解な話だったのかもしれない。

 

「ええと、そうだな──たとえばほら。君は夜、寝る前にメイドから本を読み聞かせてもらっているだろう?」

 

「ええ。最近は異国の王子と姫の熱烈なラブロマンスをよく読んでいただいていますわ」

 

「対象年齢を全く考えてないチョイスをしているメイドに文句を言いたい気持ちが湧いてきたけど、それはさておき──その読み聞かせが話の途中で打ち切られたら、君はどう思う?」

 

「…………。変だなあ、と」

 

 普通なら「いやだ」や「続きが気になる」といった子どもらしい感情論を言いそうなところで「変だなあ」が出てくるあたり、この時点でレスコーの精神は相当『変』だったのかもしれない。

 

「だって読み聞かせは普通、よほどの理由がない限り、最後までされるものでしょう?」

 

「そう。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()──その考えは読み聞かせ以外にも言えることだ。だから僕は、これから君に”流星流”を伝えるんだよ」

 

 それに。

 

「いつか君が斬るべき相手に──あるいは、斬りたい相手に出会った時に、この剣が必要になるかもしれないからね」

 

 ◆

 

 回想終了。

 時系列は現代に巻き戻る。

 

「うふ。うふふふ、えへへへへ……にへへ」

 

 レスコーはだらしなく口元を歪めていた。

 こんな笑顔、父親にさえ見せたことがない。

 喉からは夢見心地な甘い声が垂れ流しになり、それまで微笑みしか作ったことが無かった表情筋は過去最大の働きをしている。

 彼女は今、自分の心に湧いた初めての感情に感動していた。

 感動。

 (こころ)の、動き! 

 それもまた、白ドレスの令嬢にとっては初めての体験だった。

 

「…………」

 

 レスコーは熱を帯びた目で、ちらりとマクガフィンを見る。

 瞬間──胸が高鳴った。

 頭の中が少女を切り刻むことでいっぱいになり、脳細胞の一粒に至るまで彼女の死体を妄想することだけに総動員される。

 膝から下に力を込めていなかったら、衝動のままに飛び掛かってしまいそうだ。

 体を駆け巡る熱を感じ──レスコーは改めて確信した。

 

「ああ! この昂りが、形容しがたい心の動きが、噂に聞く恋なのですね……。うふふふっ」

 

()()()()()()()()

 それは世間一般では()()と呼ばれている感情だ。

 しかし喜怒哀楽どころか好嫌レベルで感情が無く、それ故に感情を分類する能力が致命的に欠けているレスコーは、己の心中に湧いた熱を、絵物語で度々目にした『恋』に当てはめてしまっていた。

 脳内にお花畑が広がっている。

 その正体は血だまりだが。

 

「おや──おやおやおやおやおや?」

 

 初恋に浮かれているレスコーを見て、『絶対人間騎士団』副団長ミルドット・テーブルは訝し気な目をすると、答えを求めるようにマクガフィンへ視線を戻した。

 

「これは何事ですか剣鬼殿。先ほどの滅多切りといい、“流星流”に薬でも盛って発狂させたのですか?」

 

「叡智で知られた剣頭ともあろう者がとんだ愚問だな──どんな薬を使おうと、元から無い心を狂わせることなどできんよ」

 

 そう言いつつも、マクガフィンの顔にはミルドットと同じ困惑が滲んでいた。

 先程までの泰然とした余裕が僅かに薄れている。

 どうやら、剣を握ったレスコーが殺意を向けてくるところまでは、彼女の予想の範疇だったのかもしれないが──レスコーがその殺意を恋と勘違いするのは予想外だったようだ。

 

「……まあいいか。たとえ見当違いな恋心であろうと、それがオレに執着する理由になるのなら上等だ」

 

「…………あれ?」

 

 と。

 そこで、ようやくレスコーは脳内に広がる花畑から現実へと帰還した。

 それに伴い、室内にいつの間にか現れていたミルドットの存在に気付くことになる。

 

「ええと、どなたですか?」

 

「オレと同じ騎士団の人間だ」問われたミルドットではなく、マクガフィンが答えた。「役職は副団長。序列だけで言えば上から二番目にあたるな。これから貴様を危険分子として殺すんだとさ」

 

「あら、そうですか……」

 

 レスコーの表情が曇る。

 

「それは困りますね。せっかくマフィ様のおかげで恋心を知ることができたばかりなのに、殺されてしまうなんて──どうしましょう?」

 

「嫌なら抵抗すればいい。殺せ」

 

 剣鬼は命令的な声で言った。

 

「丁度いい機会だ。オレに“流星流”を見せてみろ、フォールコイン──そもそも、九世兵器を蒐集する過程で騎士団の全員を敵に回すことになるのだ。単独の副団長程度は殺せるようでないと話にならんぞ」

 

「あ、そういえば、これからマフィ様と旅をすることになったんでしたね、わたくし」

 

「先程まで随分と嫌がっていたが、今でも嫌か?」

 

「いいえ全然! マフィ様との旅路を想像するだけで、わたくし、ときめいてしまいますわ!」

 

 大した心変わりである。

 いや──レスコーの場合、変わる心が元々なかったのだから、『心変わり』という表現は間違いか? 

 

「あら、あらあらあらあら──それではまるで、剣鬼殿と“流星流”の関係がこれからも平穏無事に続くような言い方ですねえ」

 

 ミルドットが粘着質な声で割り込んだ。

 彼は既に抜いていた“全を薙ぐ刀(エピソード)”の剣先をレスコーに向けており、臨戦態勢を完了させていた。

 

「それに、酷いじゃないですか剣鬼殿。僕を使って“流星流”の試し斬りをしようとするなんて──ああ、でも、まあ、そんな風に見くびられるのも仕方ないのかもしれませんね。だって、騎士団における僕の仕事は、主に調査や策略といった裏方の頭脳労働がメインでしたから。こうして“全を薙ぐ刀(エピソード)”を握って戦いの表舞台に出てくる姿は、我ながらあまりに似合わな過ぎて笑ってしまいそうです」

 

 しかし、と。

 ミルドットは続けた。

 

「こうは思いませんでしたか? 『普段は裏方にいる剣頭が正面切って現れた以上、なにか秘策があるに違いない』と」

 

「勿体ぶった言い方をするな。その口ぶりから察するに、その秘策とやらを言いたくて言いたくてたまらないのだろう」

 

「ええ──だって、何年もかけて作り上げた傑作ですから」

 

 ミルドットは着ている服の襟を引っ張った。

 生じた隙間から首元が露わになる。

 その肌には、何かが刻まれていた。

 ただの刺青(タトゥー)──ではない。

 今はオシャレを見せつける時間ではないだろう。

 

 この世界には物理法則とはまた別の法則が横たわっている。

 様々な研究者や思想家が、多種多様で難解な長々しい言葉でもって説明をしているが、それを一言で表すと。

『万物は、自身を表す文章(テキスト)を持った一冊の本である』。

 というものだ。

 そして、その文章(テキスト)に介入することで、物体の性質や運動、形態に変化を起こすことを可能とする術が存在する。

 その名は──

 

「なるほど、自身を対象に『執筆』をしたのか」

 

 マクガフィンは冷たい目でミルドットの首を見た。

 

「慎重派の貴様が思い切ったことをしたものだな──で? 具体的に何を書き込んだんだ? 筋力の強化? 脚力の向上? それとも耐久性の上昇か?」

 

「ははは。 “流星流”を相手に、その程度の執筆では心許ないでしょう──ぼくがぼくに刻んだ文章(テキスト)()()()()()()です」

 

「…………!」

 

 マクガフィンの目は驚愕で見開かれる。

 そのリアクションを愉快気に眺めると、ミルドットは話を続けた。

 

「同僚である剣鬼殿はご存知かもしれませんが、ぼくは以前から“流星流”のこのような待遇に反対でしてね。危険だと分かっているのなら、スポイルなんて回りくどい真似はせず、すぐにでも処分すべきだと考えていたんですよ。とはいえ、なんの準備もなく”流星流”に刃を向けるほど、ぼくは馬鹿じゃあない──長い時間をかけて各地から“流星流”の情報をかき集め、それらを読み解き、技ひとつひとつへの理解を深め、執筆に反映した──そうしてようやく、ぼくは自分に『“流星流”の技を無効にする』という文章(テキスト)を付与できたのです」

 

 完成したのはつい数日前になりますがね、と剣頭は台詞を締めた。

 五〇年も昔に活躍していた流派について、仔細漏らさず調査し、敵味方の全てから恐れられた悍ましき殺人剣の記録を、目を逸らさずに読み込んだというのは──それだけで尋常ではない所業だ。

 ましてやそれを元に、まったく新たな執筆をおこなうなんて──人間技ではない。

 

題名(タイトル)を付けるなら『一字包貶(アンチ・ヘイト)』と言ったところでしょうか──このぼくに”流星流”の技は通じません」

 

「ハッタリ…………では、ないようだな」

 

「ええ──実を言えば、我らが団長である剣帝殿か、騎士団最強の剣道殿に書き込みたかったのですが……、『一字包貶(アンチ・ヘイト)』はぼくが独自に開発した特異な執筆ゆえ、適合可能なのがぼくしかいませんでした。なのでこうして頭脳労働担当の剣頭がこんな最前線に出てくる羽目になったのです」

 

 ミルドットは勝ち誇るように語る。

 いや実際──彼は勝ったも同然だった。

 今日が人生で初めて刀を握った日になる“流星流”と、対“流星流”の執筆を完了させた副団長なんて──刀を握った女と手ぶらの少女以上に、勝敗が分かり切った組み合わせだ。

 マクガフィンは心の中で歯噛みする。

 副団長が“流星流”について何かしらの計略を巡らせているのは知っていたが、まさかここまでのものだったとは。

 同じ執筆でも、刀を指輪に偽装するのとはわけが違う。

 刻まれた文章(テキスト)は絶対だ──何らかの手段で剥がせれば話は別だが、ミルドット曰く長年かけて執筆されているという対“流星流”の文章(テキスト)は、そう簡単には剥がれないだろう。

 マクガフィンの思考は今や、ミルドットの打倒ではなく、逃走手段の模索に切り替わっていた。

 だが、一方で。

 

「おや、説明はもう終わりましたか。それじゃあ──斬りますね?」

 

 レスコー・フォールコインは自然体のまま刀を持ち上げていた。

 

「は?」この反応には流石にミルドットも面食らったらしい。「え、いや──お、おい、おいおいおいおいおいおい! 何を言ってるんだ“流星流”!?」

 

 荒らげた声が木霊する。

 仕方あるまい。

一字包貶(アンチ・ヘイト)』の脅威を無視するようなレスコーの発言は、長年かけておこなわれた彼の執筆への侮辱にも等しいのだから。

 

「話を聞いていなかったんですか? 僕に“流星流“の技は、ひとつたりとも通用しないんですよ! 

 最速の爪弾(つまはじき)も! 

 集団との戦いで猛威を振るった牙剥(きばむき)も! 

 遠い地平線上の敵の目すら貫く落目(おちめ)も! 

 音速かつ広範囲を巻き込む声枯(こがらし)も! 

『殺し過ぎる剣術』という”流星流”の評判を決定的にした鱗削(うろこそぎ)も! 

 間合いの概念すら殺してみせた翼簒(そらとり)も! 

 重さのない神速を可能とする肉喰(ししばみ)も! 

 一度の殺害で終わらない追尾(あとおい)も! 

 本来なら不殺の技である峰打ちすら殺しに用いる心砕(こころくだき)も! ──仮に、全ての技をまったく同時に放つという曲芸じみた離れ技があったとしても! ぼくは完璧に対応できるんですよ!」

 

「おや、”流星流”の奥義を御存知なのですか。そんなに深く調べられたのでしたら、執筆の完成度もさぞかし高いのでしょうね」

 

「そこまで理解しておいて、なぜ平気な顔を……!」

 

「たしかに──『絶対人間騎士団』に所属するような精鋭で、九世兵器のひとつ“全を薙ぐ刀(エピソード)”を所有していて、“流星流”対策まで済ませている貴方は、そう簡単には殺せないのかもしれません」

 

 レスコーは構えた。

 最も基本的な──中段。

 剣を握ったばかりとは思えない、整った構えだ。

 

「──だけど、わたくしとマフィ様の邪魔をするのでしたら、殺します」

 

 たしかな殺意を宣言しながら、レスコーは安心していた。

 ああ──よかった。

 こうして剣を持ち、両の目でミルドットを見据えても、ただ邪魔なものを取り除くという事務的な考えがあるのみだ。

 マクガフィンの時のような、熱烈な想いを感じることは無い。

 もしこれでミルドットに対しても同じような想いが湧いていたら、自分に失望していただろう。

 誰彼構わず恋心を抱くなんて──それではただの淫乱だ。

 レスコーの殺意(こい)はあくまでマクガフィンのみに向けられるものだった。

 僅かに視線を逸らし、マクガフィンを見つめる。彼女もこちらを見ていたようで、視線がかち合った。瞬間、レスコーは頭が沸騰するような感覚を味わった。

 

「……勝てるか、フォールコイン」マクガフィンが低く問う。

 

「ええ、もちろん。とくとご覧くださいまし、マフィ様」

 

 短い会話を経て、レスコーは再びミルドットへと向き直った。

 

「“流星流”レスコー・フォールコイン──殺して参りますわ」

 

「ふん。……まあ、いいでしょう。『絶対人間騎士団』“剣頭”ミルドット・テーブル──推して参る」

 

 ミルドットは応じるように名乗りを上げた。

 こちらを侮るようなレスコーの言動は面白くないが、脅威に感じることは無い。

一字包貶(アンチ・ヘイト)』の効果は絶対だ。

「だが殺す」なんて心意気ひとつで突破できるような生易しいものではない。

 口先だけのハッタリに決まってる。

 そう結論づけたミルドットは先手を取るべく踏み切った──

 

「……え?」

 

 いや。

 踏み切れなかった。

 なぜか、ふたりの距離は一歩分広がっていた。

 不思議に思ったミルドットは視線を下げて足元を確認し──瞠目する。

 前に出ようとしていた彼の足は、逆に後ろへと退がっていた。

 まるで──()()()()()()()()()()()()()()()

 まさか、“流星流”を恐れているのか? 

 自分が? 

 あそこまで見栄を切っておいて? 

 いや──馬鹿な。

 何度も繰り返し説明されたことだが、今のミルドットに“流星流”は通じない。

 自分に害を為さない剣の何を恐れるというのだ? 

 

「マフィ様の同僚さん──貴方はわたくしの先々代(おじいさま)の戦いの記録を参考にして『一字包貶(アンチ・ヘイト)』を書き上げられたんですよね?」

 

 対して、身じろぎすら起こしていない白ドレスの女は、静かに言った。

 

「それを聞いてわたくし思ったのです──()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、と」

 

 レスコーはただ、その場で構え続けているだけだ。

 特筆すべき点があるとすれば──その全身から殺意を迸らせていることである。

 並の殺意ではない。

 その量は凄まじい。

 可視化すれば、この部屋どころか屋敷さえ埋め尽くすほどの殺意を、ただひとりの女が発していた。

 そして──それは。

 ミルドットに向けられたものでは──ない。

 マクガフィンただひとりに向けられたものだ。

 ミルドットはただ、レスコーがマクガフィンに向けている感情の進行方向に割って入ってしまっただけであり──己に直接向けられたわけでもない殺意(こい)に、本能的な恐怖を感じただけだった。

 

「名付けて『骨抜(ほねぬき)』──本音を言えば、代々受け継がれた“流星流”の数々をマフィ様にお披露目したかったのですけれど……。まあ、それはまた、来週以降に機会があればやりましょうか」

 

「そっ、即興なんかで、破るつもりですか……! ぼくの『一字包貶(アンチ・ヘイト)』を……!」

 

「あら、酷い言い草ですわね。即興だけど力作ではあるつもりなのに──なにせ、マフィ様との出会いがあって、生まれた技ですもの」

 

 それに、この技はただの威迫や脅嚇ではない。

 殺しすぎる剣術の末裔が、そんな気合勝ちで終わるような技を使うわけがない。

『骨抜』の本領は──ここからだ。

 たんっ。

 と、レスコーが軽い足取りで跳躍し、姿を消す。

 一瞬後、彼女は“流星流”どころかどの流派の技でもない、普通の突きを放っていた。

 平時のミルドットなら、素の実力だけで躱せたであろう、ありきたりな突きである。

 だがしかし──殺意の奔流によって体の動きを阻害されている彼は、避けることも防ぐこともできなかった。

 “全を薙ぐ刀(エピソード)”の先端が、心臓を的確に貫通する。

 完璧な致命傷だ。

 

「あ……ぎ、いい……」

 

 血が混ざった呻き声を漏らしながら、ミルドットは震えていた。

 前方から迫る“流星流”の殺意は恐ろしい。

 しかし──それ以上に恐ろしいものがある。

 ミルドットは“流星流”の殺意を真正面から浴びたことで、それが本来向かうべきゴールさえも、幻覚の形で己の背後に感じていた。精度の高いパントマイムを見ることで、その場に存在しない物体を幻視するのと似たような理屈だ。

 彼の背後に現れた、殺意の行き先。

 それは当然、マクガフィン──のはずなのだが。

 

 ──なんだ、あれは……。

 

 彼が背後に感じた気配は、よく知る“剣鬼”のものではない。

 もっと大きく、もっと強く、もっと得体の知れない──『何か』だ。

 残された九つの種族のみならず、世界から消えた五百以上の種族さえ知り尽くしているミルドットの頭脳をもってしても、その正体は見当もつかない。

 わけが、わからない。

 意味が、わからない。

 だからこそ──恐ろしい。

 

 ──いったい何が、ぼくの背後にいる……? ぼくは今、何の幻覚を感じている……!? ()()()()()()()()()殿()()()()()()()() だとしたら……、あんなものに殺意を向けている“流星流”はいったい……!? 

 

 ミルドットはついに耐えきれず、背後に感じる『何か』を確認しようと首を振り向かせた。

 ──が、それは叶わなかった。

 放たれたレスコーの斬撃により、首を切り飛ばされたからだ。

 そして、攻撃はまだ終わらない。

 動脈を切り裂いた──致命傷。

 腹を切り裂いて内臓を零れさせた──致命傷。

 致命傷致命傷致命傷致命傷致命傷致命傷致命傷致命傷致命傷致命傷致命傷致命傷致命傷致命傷致命傷致命傷致命傷致命傷致命傷致命傷致命傷致命傷致命傷致命傷致命傷致命傷致命傷致命傷致命傷致命傷致命傷致命傷致命傷致命傷致命傷致命傷致命傷致命傷致命傷致命傷致命傷致命傷致命傷致命傷致命傷致命傷致命傷致命傷致命傷──致命傷。

 命を絶つには一回でも当たれば十分な攻撃が、百回以上繰り返される。

 屋敷暮らしのレスコーの体力はもうとっくに限界を迎えているはずだが、彼女の腕は止まらなかった。

 いったいいつまで続く? ──無論、邪魔者を消して、殺意(こい)をマクガフィンに届けるまで。

 たとえ体力が尽きようと、気力が果てようと、殺意(こい)する限り動き続ける殺人剣──それを真骨頂とする『骨抜』は、一度発動すれば誰にも止められない。

 やがて、レスコーとマクガフィンの間を遮っていた邪魔者(ミルドット)がイキモノとしての形をなくし、崩壊した。

 挽肉を混ぜた水たまりのようになった彼を躊躇なく踏みつけて、“流星流”は更に動く。

 まだやることが残っているのか? 

 当然、ある。

 むしろここからが本命──当初の目的だ。

 レスコーはマクガフィン目掛けて、爆発的な跳躍をし。

 その勢いを保ったまま、剣を突き出した。

 少女は避けることなく、その一撃を受け止める──これもまた、致命傷だった。

 途端、それまで殺意(こい)のみで動いていたレスコーの体は、本来の目的を遂げて停止する。

 その顔にはやはり──心からの笑顔があった。

 

 この時をもって。

 “流星流”最終奥義『骨抜』は完成した。

 

 ◆

 

「これは貰っていこう」

 

 復活したマクガフィンは元ミルドット・テーブルの血だまりから二本目の“全を薙ぐ刀(エピソード)”を拾い上げた。血がぽたぽたと滴っているが、拭えば問題ない。そもそも純粋に刃物としての完成度が高い“全を薙ぐ刀(エピソード)”は切れ味頑丈さ美しさ軽さどれをとっても天下一品の名刀である。

 たかが血の汚れくらいで、性能が落ちるはずがない。

 服まで切り刻まれてすっ裸だったはずのマクガフィンは、今や、元通りに軍服を着こなしていた。

 刀を指輪に変えることさえ可能な執筆術を用いて、その辺にあったものを軍服に変えたのだ。頭から生えていた角も、軍帽で再び隠されてしまっている。

 

「オレのと合わせて“全を薙ぐ刀(エピソード)”の六分の一が欠ければ、騎士団にとって相当な痛手になるだろうからな」

 

 そのような悪巧みをするマクガフィン。

 彼女はミルドットの“全を薙ぐ刀(エピソード)”を、レスコーに渡した。

 

「? どうされたんですかマフィ様」

 

「二本目だよ。オレは剣術にあまり詳しくないが、剣は一本より二本あった方が、心強くないのか?」

 

「うーん、“流星流”に二刀流の技はないんですよねえ……。使わない二本目を持っていた所で、邪魔になってしまいますし」

 

「そうか。じゃあ、片方はオレが持つ──先ほど渡した方と交換しておこう」

 

「え。どうして?」

 

「どうしてって……たしかに“全を薙ぐ刀(エピソード)”は最高峰の剣だが、それでもまったく振らずに腐らせていたオレと、日々それなりに手入れをしていたミルドットとでは管理に差が生じているに決まってるだろう。だったら、オレのではなく、ヤツのを使った方が──」

 

「いやです!!!!!!!!!!!」

 

 レスコー・フォールコイン。

 今日一番の大声だった。

 

「だって、これは──」

 

 レスコーは恥ずかしそうに目を逸らし、頬を赤らめる。

 人をひとり斬り殺したばかりの殺人者とは思えない、初心で可愛らしい顔だった。

 

「マフィ様から初めていただいた指輪、あ、じゃなくて、剣ですもの……これを手放すなんてとてもとても……」

 

「あー……、うむ。分かった」

 

 マクガフィンは呆れたようにそう言って、ミルドットの刀を指輪へと執筆し、自分の指に嵌めた。

 感情がなく、何を考えているのか分かりにくかった先程よりも、今の方が扱いにくいのかもしれない。マクガフィンはそう思った。

 やはり、今のうちに誤解を解いておいた方がいいのだろうか? ──そんな風に考えていると。

 キイ、と。

 音を立てて、扉が開いた。

 そこには使用人が立っていた。

 軍人と令嬢の対談が中々終わらないことを不審に思って、覗きに来たのだろうか? 

 それにしてはおかしい。

 ここは普通の使用人なら、部屋中に散らばっているミルドットの内容物を見て腰を抜かすべき場面なのだから。

 

「いや──そもそもこの屋敷に普通の使用人などいるわけがないのか」

 

 何せ、国から危険視されている流派を収容するための屋敷だ。

 そこで働く──いわば、最も間近なお目付け役たちが、普通の者でなどあっていいはずがない。

 見れば、彼の手には屋敷には持ち込みが禁止されている刃物が握られている。

 その背後に目をやると、他の使用人たちも集まって来ており、皆同様に何かしらの武装をしていた。

 九世兵器ほどではないが──人を殺すには十分な武器である。

 ミルドットの死を察知して、一網打尽にすることに決めたのだろうか──あるいは、ミルドットが生前のうちから包囲網を固めておくように指示を出していたのかもしれない。

 さて、どうしたものか──マクガフィンが思案していると、レスコーが一歩、前に踏み出していた。

 

「ここはわたくしにお任せください、マフィ様──わたくしたちの旅は、何者にも邪魔させませんわ」

 

 そんな風に、頼りがいのある台詞を言い放つレスコーの目に。

 十数年間共に過ごしてきた使用人たちと殺し合うことへの葛藤や、躊躇は、欠片も映っていなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 次回予告! 

 

 ついに始まったレスコーたちの旅! 

 最初の目的地は地平線の先まで広がる”火山の墓場”! 

 対する敵は地上最強種『巨人』の弓兵、フンショ! 

 九世兵器”最果てを視る弓(ピリオド)”を使う彼に、レスコーはどう戦うか! 

 更に騎士団の刺客まで現れて……!? 

 

 次回! ソードエピソード! 

 第三話『最果てを視る弓(ピリオド)』! 

 また読んでね!

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