ソードエピソード   作:女良息子

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04.一を包む鎧(プロットアーマー) 問題編

 空に破滅があった。

 べつに、隙間のない曇天から雷と豪雨が降り注いでいたわけではない。

 太陽が長い間鎮座して、殺人的な熱波を発していたわけでもない。

 形を残した流星が降ってきていたわけでも──ない。

 震える体に無理をさせ、強引に顔を上げる。

 目に映るのは青空だ。

 どこまで見ても青、青、青。

 視界を遮る雲なんて一片たりもなく、大声を出せばどこまでも突き抜けていきそうな快晴がある。

 戦争の真っ最中にしては暢気すぎる青空だ。

 だけどわたしは確信している。

 そこにはたしかに破滅があるのだと。

 だって。

 そうじゃないと。

 村を襲ったこの惨状に説明がつかないのだから──

 

「…………」

 

 家の瓦礫は、わたしの下半身に重くのしかかっていた。

 なんとかして隙間から抜け出そうとするが、右足が動かない。

 瓦礫に挟まれているのだろうか。もしかしたら痛みを感じていないだけで、潰れているのかもしれない。あるいは鋭利な破片に貫かれて、神経が断裂しているのかも。いずれにせよ、自力での脱出は絶望的だった。

 母さん、父さん、妹、それに村のみんなは無事だろうか? 耳を澄ませてみる。だけど鼓膜を叩くのは人の声ではなく、火が燃える音だった。

 ぱち、ぱち、ぱち、ぱち。

 まるで地獄の拍手のような音。

 きっと、どこかの家が崩壊した拍子に、建材に火がついたのだろう。

 もしくは──空にいる『なにか』によって、燃やされたのか。

 火事はすぐ傍で起きているようで、じりじりと肌を刺すような熱が感じられた。

 

「ご、めんな……さい……」

 

 息をするのもやっとな口から溢れたのは、謝罪の言葉だった。

 

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい──ごめんなさい」

 

 何度も繰り返し、謝る。

 それが何に対しての謝罪なのか、自分自身すら分からない。

 自分は何を理由に。

 何に向かって。

 謝っているのだろう? 

 何もかもがわからない。

 ただ──そうしなければならないという確信だけがあった。

 こんな感覚は初めてだ。

 昔──まだ戦争も始まっていなかった頃、落雷で村の食糧庫が火事になったことがあり、当時のわたしは焼け落ちた倉庫の残骸を見て、自分ではどうしようもない存在であるはずの災害に対して、怒りを抱いたことがあった。

 だけど、今は違う。

 怒るなんて──無理だ。

 この惨劇を生み出した『なにか』に対して自分が出来るのは、武器を手に取り抗戦することでも、口汚く罵声を浴びせることでもなく、ただ謝罪を繰り返すことだけなのだと──本能的に理解する。

 理解させられてしまう。

 

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」

 

 得体の知れない確信に突き動かされるまま、頭を垂れる。

 だけど、そんなわたしのちっぽけな謝罪など届いていないようで、破滅は続いた。

 二軒隣の家の残骸が音もなく消し飛んだ。前触れの無い突風が、石畳の道を抉った。空気まで焦がさんばかりの高熱が突然村を縦断した。木々が突然毒に蝕まれたように頽れた。

 災害、災害、災害──災害三昧。

 理由も理屈も原理も分からない災害が一方的に起き続ける。

 きっと、あと数舜の後には、わたしにもなんらかの災害が降りかかるのだろう。

『ごめんなさい』を繰り返しながら、そんな諦念を抱く──その時だった。

 影がわたしと空の間に立ち塞がるようにして、現れたのは。

 

「おやおや」

 

 場の雰囲気にそぐわない軽快な声を発するそれは人間だった。

 背丈は高いが、肉付きは少ない。全体的にひょろりとしている。更にそんな体躯を襤褸で覆っている。

 腰に剣を差しているものの、それ以外の外見から抱かれる頼りない印象と全くかみ合っていない。

 それは首から上だけを動かして、村の全景を──どこに目を凝らしても惨状しか目に映らない全景を確認する。

 

「……これまた随分派手にやらかしたのう」

 

 襤褸は腰の剣の柄に手をやった。

 

「なにを……するつもり?」

 

 わたしの言葉に襤褸は振り返る。こちらに向けられた顔は、意外そうな表情になっていた。これだけの惨状でまだ生存者がいるとは思っていなかったのだろうか。だとすると、わたしと空の間に割り込むような登場の仕方をしたのは、ただの偶然だったのかもしれない。

 

「なにって──斬るつもりじゃが」

 

「斬る? なにを?」

 

「この災害を起こした犯人を」

 

 言って、襤褸は横目で空を見た。

 そこには相変わらず、綺麗な青空が広がっているけれど、襤褸の目には『なにか』がハッキリと見えているのか、視線がはっきりと定まっている。

 

「無理よ……」

 

 わたしは言った。

 

「災害を斬るなんて無理に決まっているじゃない。突きで地震を止められないように、薙ぎで火事を消せないように、ただの剣術でアレを止められるはずが──」

 

「ああ、そうだな」

 

 襤褸は応えた。

 

「たしかに、これだけの災害を振りまくほどに強大な力を持ち、未だにその存在すら知られておらず、世界各地で起きている戦争と同等の脅威となっているアレを殺すのは難しいのかもしれない──だが殺す」

 

 襤褸は剣を完全に抜いた。

 瞬間、何か決定的な、超えてはいけないラインが超えられた──ような感覚があった。

 空から地上に区別なく災害を振りまいていた何かがこちらを、否、襤褸ひとりだけを明確に認識する。

 まるで、襤褸が『なにか』を敵と定めたことで、『なにか』も襤褸を敵と定めたかのように。

 たったふたつの敵意の交差。

 ただそれだけで、近くにいた私は息を止めてしまう。気を抜けば意識どころか命さえ持っていかれそうな恐怖が瞬く間に全身を支配した。

 しかし、襤褸は相変わらず軽薄で、頼りない雰囲気のまま剣を構える。

 それは剣をよく知らないわたしが見ても明らかな──美しい中段の構えだった。

 

「まあ、口でアレコレ言うより、行動で示した方が早かろう──()()の剣がアレに通じるか、とくと御覧じるがよい」

 

 そして襤褸は言う。

 己の剣の名を。

 

「“ 征流“──翼簒(そらとり)

 

 ◆

 

「“流星流”レスコー・フォールコイン──殺して参りますわッ!」

 

「『一獣王国』。クリフハンガー──推して参るッ!」

 

 いきなりクライマックスみたいな盛り上がりたっぷりの叫び声によって、マクガフィンは叩き起こされた。

 

「…………ん」

 

 起床直後、頬の違和感に気付く。

 何かで濡れていた。

 泣いていたのか? 

 指を這わせて確かめてみる。

 血がべっとりとついていた。

 

「…………」

 

 どうやら()()()()()()()()()()()()()()()()()なんてセンチメンタルなイベントは自分とは無縁らしい──拭った血を払いながら、そう自己評価を下すマクガフィン。

 目を覚ました今となっては、どんな夢を見ていたかさえ思い出せない。

 長い夢だったような気がするし。

 一瞬で終わる夢だったような気もする。

 そもそも夢なんて見ていなかったのかも。

 ……まあ、夢の話はどうでもいい。

 今は現実の話をするべきだ。

 

 フンショとの戦いで見事“最果てを視る弓(ピリオド)”を蒐集してみせたマクガフィンとレスコーは、今週、第三の九世兵器“を目指して旅をしていた。

 次なる九世兵器を所有している種族は、獣人。

 読んで字の如く、獣特有のしなやかな身体能力や、鋭敏な五感などの特性を色濃く有する種族である。

 彼らは遥か昔から緑豊かな森を住処としていたが、『大いなる戦争』と『大いなる災害』の後は、大陸最大の森林地帯に集い、一獣王国を建国。以後、絶対人間帝国に負けず劣らずの復興を見せている。

 木々が鬱蒼と生い茂る森の奥深くを目指して、マクガフィンは歩いていたはずなのだが──記憶はここで途切れている。

 

「…………」

 

 軍服少女は自分が木に背中を預けるようにして座っていたことに気付く。

 振り替えると、幹に大きな罅が刻まれているのが分かった。

 続けて、後頭部を撫でる。頬と同じように血がべっとりとついていた。

 

「なるほど。つまり──フォールコインと一緒に森を歩いていたオレは、その道中、何かによって凄まじい勢いで吹き飛ばされ、背中から大木に激突。後頭部に強い衝撃を受けて気を失った後、死亡して、生き返った──ということか」

 

 ガッキイイイィインッ! という金属音が森に木霊した。

 レスコーが放った斬撃が、敵対者に受け止められた音だった。

 いや──より正確に描写するのなら。

 敵対者が身に纏っている()に受け止められた音だった。

 頭頂部に三角の出っ張りがふたつ、横に並ぶように生えている全身鎧である。

 今しがたレスコーが放った技が何なのかは分からないが、彼女が殺しすぎる剣術“流星流”の末裔である以上、尋常の技ではないことは確かだ。

 ましてや今、彼女の手にある得物は人間に与えられた至高の刀剣“全を薙ぐ刀(エピソード)”。

 あらゆる点においてこの世のどんな刃物よりも優れた名刀である。

 これらふたつを合わせた一撃を正面から受け止めることが可能な存在なんて、九世兵器くらいしか──

 

「いや、待てよ? そういえば、あいつ──」

 

 そこでマクガフィンは思い出す。

 自分が目を覚ますきっかけになった、名乗りの口上を。

 

「クリフハンガーと名乗らなかったか?」

 

 それは、マクガフィンの記憶が確かなら──一獣王国の初代女王の名だ。

 そして、同時に──九世兵器の所有者として知られている名でもある。

 つまり今、レスコーの“全を薙ぐ刀(エピソード)”を受け止めた鎧は──

 

「“一を包む鎧(プロットアーマー)”──姉さま愛用の鎧だ」

 

 マクガフィンがもたれかかっている木、更にその背後から、声がした。

 振り替えると、そこには人影が立っていた。

 深い皺を刻まれた老婆だ。頭頂部からは狼のような耳が生えており、それによって彼女が獣人であることが証明されている。

 

「後ろから失礼。わたしは一獣王国の大臣にして偉大なるクリフハンガー姉さまの妹でもあるストライキという者だ。以後お見知りおきを」

 

「…………」

 

「姉さまの攻撃を受けたお前がまだ生きている原理はさっぱりわからないが、まあそう言うこともあるのだと納得しよう──()()()()()()()()()()()()()。見たところ、自分の身に起きたことを理解できていないようだが、欲しければ説明してやろうか?」

 

「……頼む」

 

「おまえたちは知らなかったかもしれないが、我々は先日の巨人族の“最果てを視る弓(ピリオド)”の件や、九世兵器の蒐集に乗り出したという絶対人間帝国の動向を、重く受け止めたのだ。警戒の網を広げ、最高戦力である姉さま自らが巡視に出向くほどにな──ましてや貴様らがやって来たのは“最果てを視る弓(ピリオド)”の所有者、フンショが根城としていた『火山の墓場』。そちらの方角から侵入者が現れれば、有無をいわさず襲うに決まっているだろう。その結果が、今のおまえの現状だ」

 

「…………」

 

 話を聞きながら、マクガフィンは分析する。

 背後にいるのは、ひとりだけではない。

 いつの間にか、森の木々に潜むようにして、何人もの獣人が現れていた。その数はマクガフィンが感知できるだけで軽く二十を超えているが、これはあくまでマクガフィンへの威嚇の為にわざと気配を発しているに過ぎない。入念に隠れ潜んでいる者まで含めれば、その数は二倍、三倍になるだろう。

 この人数で、この陣形。

 マクガフィンたちは完全に包囲されていた。

 あとは獣人たちの意思ひとつで、いつでも一網打尽にされるシチュエーションである。

 

「ああ、安心しろ」しかし、獣人の老婆は、そのようなマクガフィンの推測を見透かすような調子で言った。「おまえの連れが姉さまと戦っている間、我々が介入することはない──する必要がない、と言うべきか」

 

「……随分と信用しているんだな、自分の姉の優位を」

 

 だが、獣人の老婆、ストライキが言う通り、戦況はクリフハンガーの圧倒的な優位だった。

 

 キンキンキンキンキンキンキンキンキン! 

 レスコーがどれだけ剣戟を放っても、その全てが一を包む鎧(プロットアーマー)に弾かれてしまう。

 

「だったら……──」

 

 レスコーは全を薙ぐ刀(エピソード)を鞘に納めた。

 攻撃が通用しないと知って諦めたのではない。

 そんな降参じみた行動は、殺しすぎる剣術“流星流”の作法に無い。

 白ドレスの令嬢は、柄に軽く手を乗せて、腰を沈める。

 その構えから繰り出される技は──つまり。

 

「“流星流”──爪弾(つまはじき)!」

 

 いわゆる『居合切り』だ。

 納刀の際に沈めた腰を抜刀の瞬間に跳ね上げ、その勢いまで加えた“流星流”最速の技。

 横薙ぎの一閃が音を越えた速度で駆け抜ける。

 その威力は相手が並の鎧なら、まとめて両断してみせるほどである。

 だがクリフハンガーには──一を包む鎧(プロットアーマー)には。

 傷ひとつ──ついていない。

 

「すごいですわね」レスコーは平坦な声で言った。「先々代(おじいさま)が使えば空間そのものに消えない傷を残した、とされる爪弾(つまはじき)さえ受け止められるなんて……。九世兵器に共通する性質として“頑丈さ”があるのは先週のフンショさんとの戦いで存じていましたが、“一を包む鎧(プロットアーマー)”はその性質に更に特化させたような感じでしょうか」

 

「その通り」クリフハンガーが答える。「貴殿の“全を薙ぐ刀(エピソード)”が至高の刀であるように、“一を包む鎧(プロットアーマー)”もまた至高の鎧──これを着ている吾輩を殺せる者はいない」

 

 クリフハンガーの掌打が、レスコーの頬を掠めた。

 防具は九世兵器という一級品を用意している彼女だが、武具については何も装備していない。

 徒手空拳だ。

 もっとも、そこから繰り出される技の数々は──一級品。

 気を抜いて一発でも食らえば、白ドレスしか装備していないレスコーはたちまちの内にノックダウンされてしまうだろう。

 

「…………」

 

 攻防の中、レスコーは全身鎧の頭部を見る。

 通常の鎧なら、装着者の視界を確保するために隙間や穴が開いているべき部位だ。

 “流星流”の技巧を使えば、その僅かな隙間を通して()()()()()()()()ことも可能なのだが──“一を包む鎧(プロットアーマー)”にはそれがない。

 隙間どころか──継ぎ目すら、ない。

 徹底的に、外部からの害意を撥ね退ける作りをしている。

 通常、こんな構造の鎧を着て一番困るのは装着者自身だ。

 だって、外部の情報の供給源としてもっとも重要な『視覚』が閉ざされているのだから。

 戦う上でこれほど不便なことはあるまい。

 しかしクリフハンガーは、まるでそんなデメリットなどないかのように、すいすいと滑らかな動きで戦いを繰り広げている。おそらく獣人の鋭敏な五感──うち封じられている視覚を除いた四感を総動員することで、十全なパフォーマンスを可能にしているのだろう。

 

「それでは──これはどうでしょう?」

 

 レスコーは“全を薙ぐ刀(エピソード)”を背中の後ろまでおおきく振りかぶり──そして。

 

「“流星流”──心砕(こころくだき)!」

 

 まっすぐ振り下ろした。

 “全を薙ぐ刀(エピソード)“が”一を包む鎧(プロットアーマー)“の頭頂部に直撃し。

 カアッッッアアアァンッ……! 

 と、一際甲高い音が鳴り響く。

 動きだけを切り取れば、先週、絶対人間騎士団のウーガが見せた上段爆衝と似たような上段斬りだが──ある一点が、決定的に異なっていた。

 振り下ろされた“全を薙ぐ刀(エピソード)”。

 その刃の向きは──前後逆。

 つまり。

 レスコーが今しがた放った技“心砕(こころくだき)”は、ただの力強い峰打ちだ。

 だが──しかし。

 殺しすぎる剣術“流星流”は──峰打ちであっても敵を殺す。

 

「──…………!」

 

 クリフハンガーの動きが目に見えて鈍くなった。

 まるで──なんらかのダメージを受けたかのように。

 いや──実際。

 クリフハンガーはダメージを受けていた。

 鎧に阻まれて攻撃が通らない? ──ならば、どう対処するか。

 答えは単純。

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 “流星流”には──そんな無茶を可能とする技がある。

 

「よく知りませんけど、武術で言うところの“発勁”にあたるのでしょうか? ──“流星流”唯一の打撃技“心砕(こころくだき)”は、それを刀でおこなう技です」

 

 先々代(おじいさま)なら大地の奥深くにある核を狙って砕けたらしいですよ──と語るレスコー。

 無論、通常の刀でこんな乱暴な技を繰り出せば、一発で刀そのものがダメになってしまうはずだが、そこは流石、九世兵器。

 “全を薙ぐ刀(エピソード)”の刀身には罅ひとつ入っていない。

 致命傷の峰打ちという矛盾した攻撃を頭部に食らったクリフハンガーは、間違いなく瀕死だ。耳を澄ませば、鎧の中から「ごぽっ」と血を吐き出す湿っぽい音が聞こえる。

 己の勝ちを確信したレスコーは、続いて自分とマクガフィンを取り囲む獣人たちに剣を向けようとした。

 だが──

 

「ほう……、そんな剣術があるのか。驚いたな」

 

 鎧の中からそんな声がした。

 

「だが、発勁なんて使い古された技で吾輩を殺そうとしたのは悪手だったな。その程度の攻略法、これまでの五十余年で何人が試し、そして吾輩に返り討ちにされたと思っている?」

 

 先程まで声に混ざっていた湿っぽい音は消え失せて。

 崩れかけていた膝は、しっかりと体重を支えている。

 たしかな致命傷を受けたとは思えない、しっかりとした立ち方だ。

 強がり──には見えない。

 獣人の女王は今、完全な健康体であり、生きた強者のみが発することを許される闘気を、全身から迸らせていた。

 まるで時間を巻き戻して、心砕(こころくだき)の負傷をなかったことにしたかのような──! 

 

「では──そろそろ終わらせるか」

 

 その一言と共に──クリフハンガーの姿は消える。

 直後、レスコーの懐に“一を包む鎧(プロットアーマー)“が現れた。

 彼我にあった数歩分の距離を一瞬にして零まで詰めた獣人の女王は、前後に両足を揃えて軽くしゃがんだ。

 まるでダンスを舞うような軽やかな動きだが──それから繰り出されるのは、重厚極まりない一撃。

 名を──

 

面獣覆背(めんじゅうふくはい)!」

 

 叫びと同時に揃えていた足を踏み出し、背中から体当たりをする。

 只の体当たり──と侮ることなかれ。

 それは獣人の筋力を乗せた一撃だし──それに。

 この世で最も強固な鎧、“一を包む鎧(プロットアーマー)”の硬さを乗せた一撃だ。

 至近距離で獣人の奥義を受けたレスコーは、紙屑のように吹き飛ばされる。

 人ひとりが、一直線に吹き飛ばされる、その光景。

 それを見たマクガフィンは、ようやく理解した。

 自分は気を失う前に、あの技を食らったのだと。

 マクガフィンが食らい、マクガフィンが死に至った技──そんなもの。

 不死身でもないレスコーが食らえば──どうなる? 

 

「──……ッ! フォールコイン!」

 

「心配は……いりませんわ!」

 

 レスコーは叫び、空中でくるりと回転。吹き飛ばされる先に生えていた木の幹に両足からぶつかることで、衝撃を緩和する。

 

「攻撃の瞬間、肉喰(ししばみ)で後ろに飛ぶことで、衝撃を逃がしましたの」

 

 自身の健在をアピールするかのように、マクガフィンへ微笑を向けると、レスコーはそのまま地面に降り立った。

 

「それにしても──お強いですのね、クリフハンガーさん。先週のフンショさんみたいに、今週も一撃も貰わずに勝てるのかと思っていましたけど、甘い見通しでしたわ」

 

「当たり前だ!」

 

 答えたのはクリフハンガーではなく、マクガフィンの背後に立つ獣人の老婆、ストライキだった。

 彼女は熱の篭もった声で続ける。

 

「巨人、フンショの件は我々の耳にも届いていたが……、あいつが“最果てを視る弓(ピリオド)”を手に入れたのはたかだか数週間前だろう? たったその程度の月日で九世兵器を使いこなせるようになる訳があるまい──その点、偉大なる姉さまは“一を包む鎧(プロットアーマー)”を着用して五十年になる! 誰よりも九世兵器に親しみ、誰よりも九世兵器に慣れている御方だ!」

 

 老人とは思えないハキハキとした声で熱弁されるのは、下手をすればフンショよりも九世兵器に触れている時間が少ないかもしれないレスコーにとって絶望的な情報だった。

 いや──仮にクリフハンガーが“一を包む鎧(プロットアーマー)”を着て一日目になる新米だったとしても、状況は好転しなかっただろう。

 刃を通さない程に硬く、確かに与えたはずの致命傷がなかったことになる鎧なんて。

 いったいぜんたい──どうやって戦えばいいのだ? 

 どう考えてもラスボス、あるいは物語の終盤に配置されているべき敵だ。

 旅の道中で戦う相手が二人目の時点でこれなんて──あまりにもついてない。

 不幸すぎる。

 しかし、レスコーたちの不幸はそこで終わったようだった。

 いや──あるいは。

 不幸は重なると言うべきか。

 その場にいた全員が、まったく同時に、彼女の来訪に気付いた。

 白ドレスの令嬢も、不死身の少女も、全身鎧の女王も、獣人の部下たちも──その方向へと目をやる。

 森に並ぶ木々の一本──その上に、ひとりの女が立っていた。

 夜の闇のような黒い軍服。

 目深に被られた軍帽。

 腰に差された一本の刀──“全を薙ぐ刀(エピソード)”。

 長い髪を煌びやかな髪飾りを使って、何本かの房に分けて束ねており、それぞれを派手な色に染めている。

 顔面には節足動物をモチーフにしたと思しき図柄と、同心円状の図柄が刺青で刻まれていた。

 まるで目立つこと──周囲の不快感を集めることを目的としているような風貌である。

 

「ぎゃはっ、ぎゃはぎゃはぎゃはぎゃはぎゃはぎゃはぎゃは!」

 

 下品な笑い声。

 視覚聴覚の両方から騒がしい女だ。

 

「やっと気づいてくれたか、皆々様ァ。本音を言えばもうちっと、“流星流”と“一を包む鎧(プロットアーマー)”の戦いを鑑賞していたかったが、ここらが限界かねェ」

 

 笑う闖入者に、その場にいた殆ど全員が言葉を失う。

 だが、ひとり──“剣鬼”マクガフィン・テーブルだけが、口を開いた。

 

「“孤剣”のマリエッタ──!」

 

「そうだぜェ。久しぶりだな、マクガフィン」

 

 マリエッタはかつての同胞を見下ろした。

 

「おまえたちの話は最初から聞いていたが、おまえと仲良さげな“流星流”が“最果てを視る弓(ピリオド)”の所有者と戦ったってことは……アレかい? “最果てを視る弓(ピリオド)”収集に向かったっきり連絡が取れないウーガの旦那はお前たちに殺されたってことかァ?」

 

「違う。アレはアイツの自爆みたいなものだ」

 

 自爆。

 たしかに、そんな言葉が似合う死に様ではあった。

 

「なにそれ超ウケる。あとで詳しく教えてくれよ……。しっかし、驚いたねェ。あんたが“流星流”を連れて旅をしているなんてなァ──」

 

「そのくだりはいい。先週やった」

 

 露骨な文字数稼ぎと思われるのは困る。

 

「あっそ……、つまり反論する気もないってことね──あるいは反論する暇があるなら戦って殺した方が早いって考えかァ? いいね。そういう考えは嫌いじゃねえ」

 

「…………」

 

「それに、この状況での戦いはアタシにとっても歓迎だ。何せここには──“流星流”が持つ“全を薙ぐ刀(エピソード)”と、マクガフィンが所有している二本の“全を薙ぐ刀(エピソード)”と“最果てを視る弓(ピリオド)”、そしてクリフハンガーが保有している“一を包む鎧(プロットアーマー)”が揃っているんだ。ここで全員殺せば、全部まとめてアタシのものになるんだろォ? 戦わない理由がないね」

 

 マリエッタは“全を薙ぐ刀(エピソード)”を抜刀した。

 ぎちぎちと──ぎこちない抜き方だった。

 剣術に慣れていないわけでは──ない。

 単に見る相手の不快感を喚起することだけを目的としているかのような。

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、不気味な動作だった。

 

「それに、忘れてるんじゃねえだろうなァ、マクガフィン……。いくら戦闘に慣れていないあんたでも、この“孤剣”が、“剣帝”や“剣道”に並ぶ武闘派だってことくらい知ってるはずだ──()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 マリエッタは言う。

 楽しそうに。

 

「人剣流派生剣術『孤剣奮闘』──敵が多ければ多いほど強くなるこの“孤剣”に、この状況は最高だ」

 

 人剣流派生剣術『孤剣奮闘』。

 他者の気を引く格好、行動、気配、発言で戦場におけるターゲッティングを自身へ強制的に集中させる。

 相手に『マリエッタを攻撃したい』という催眠を仕掛ける。

 ただ、それだけの剣術。

 剣術と言っているが、それはいわゆる心理学だ。

 それだけ聞くと、単なる自殺行為にしか思えないが──それは敵が十人もいかない人数だった場合の話だ。

 たとえば今のように──何十人ものプレイヤーが、マリエッタの奇抜な風貌を目にしている今、全員が一斉に動いたとしよう。

 誰かの攻撃がマリエッタに届くよりも前に、同士討ちが発生するのは明らかだ。

 攻撃側の人数に対してターゲットがあまりにも少なすぎるのだから。

 自分に攻撃しようとした敵が、敵同士で傷つけあっている間に、マリエッタは悠々とそこら中にいる敵を殺していくだけである。

 敵が多ければ多いほど強くなる“孤剣”の名は──伊達ではない。

 

「この剣の恐ろしい所は、相手の体じゃなく心に作用する──つまり、どれだけ体を鍛えていようが、鎧で防御していようが、絶対にアタシを殺したくなって、乱戦に身を投じちまうってところさァ……ほら、マクガフィン。あんたの大事な“流星流”だって、今すぐにも動き出しそうだぜ──って、アレェ!?」

 

 マリエッタは驚きのあまり素っ頓狂な声を出した。

 仕方のないことだ。

 だって──レスコーがマクガフィンを拾い、迷いのない足取りでその場から素早く逃げ出したのだから。

 “孤剣”とは真逆の方向に一直線。

 

「くっ、何故効かねェ!? 待てっ、おい!」

 

 マリエッタは叫ぶが、レスコーは止まらない。

 追いかけようとするが、そうもいかなかった。なぜなら、マリエッタの周りには、既に『孤剣奮闘』で彼女を攻撃対象に定めている戦士がウヨウヨといるのだから。彼らを片付けなければ、レスコーを追いかけることは不可能だ。

 

「おい、フォールコイン……貴様、なんともないのか?」

 

 頭を蝕むマリエッタへの強い敵意を感じながら、マクガフィンは言った。

 

「え? 何の話です?」

 

 一方レスコーは平時の顔で答える。

 

「それにしてもマフィ様の同僚の……マリエッタさん、でしたっけ? 変な嘘をつかれる方でしたねえ。なんだか訳の分からないことをおっしゃっていましたけど、あんな格好をするだけで攻撃が集まるわけがないじゃないですか」

 

「…………」

 

 催眠が──効いていない。

 というより。

 催眠が効く心が──ないのか。

 マリエッタとの距離がどんどん離れ、やがて姿が見えなくなる。すると、マクガフィンにかかっていた『孤剣奮闘』の効果が薄れ、マリエッタへの攻撃衝動も段々と消えていく。

 そうして落ち着いてきたタイミングで、マクガフィンは口を開いた。

 

「ともあれ──この状況は好機だ。あの厄介な“孤剣”は勿論、あちらにターゲットが移ったことでクリフハンガーたちとも距離が取れたからな。この隙に作戦を──」

 

 立てるぞ、と。

 そう言いかけたタイミングで。

 マクガフィンは見た。

 レスコーが走る先に、人影が立ちはだかっているのを。

 頭頂部から二つの突起が横並びに生えた全身鎧。

 “一を包む鎧(プロットアーマー)”。

 その着用者は──

 

「なっ──マリエッタの術中にかかったはずでは!?」

 

「この鎧を着た吾輩に、あんな子供騙しが通じるわけがあるまい──とはいえ、部下を放っておくわけにもいかぬからな。さっさと処理してきたぞ」

 

「処理……?」

 

「聞けば、あやつの剣術は大人数の標的を自分ひとりに集約することで攻撃の過集中を引き起こし、同士討ちを誘発させるようだが──そんな術理、誰よりも早く動いて奴を殺せるひとりの戦士がいるだけで容易く崩れるに決まっておろうが」

 

 そして、その戦士とは──クリフハンガーに他ならない。

 彼女は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「まあ、あんな三下はさておいて」

 

 さておかれるマリエッタだった。

 

「そこの軍服娘、作戦を立てると言っていたが……まさかこの吾輩とまだ戦うつもりでいるのか?」

 

 その質問は、軍服娘という呼びかけからも分かるように、マクガフィンに対して告げられたものだった。

 

「あの、ひとつ、とても気になることがあるのですけど……お聞きしてもよろしいでしょうか?」

 

 しかし、答えるように声を上げたのは、レスコーだった。

 よく言えば物怖じしないが──悪く言えば空気が読めていない。

 心がない故に場の雰囲気を読む能力が致命的に欠けている女である。

 

「さっき、わたくしはたしかにあなたに心砕(こころくだき)で致命傷を与えましたよね? なのにどうして回復──というより、生き返ったのでしょうか?」

 

「……それを知って吾輩を殺す作戦を立てるつもりか?」

 

クリフハンガーはレスコーの唐突な質問に興味を持ったのか、そう返した。

 

「ええ、まあ、それもありますけど……」

 

 白ドレスの令嬢は微笑みながら言う。

 

「もしも、あなたが死なない理屈が分かった上で、殺せる方法を思いつけたら、マフィ様も殺せるようになるかもしれないなあ、と思いまして」




すみません! 遊戯王が楽しすぎて全然区切りの良い所まで行けませんでした。
解決編ではきっちり終わらせます!
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