ソードエピソード   作:女良息子

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05.一を包む鎧(プロットアーマー) 解決編

「マフィ? ──ああ、そこの軍服娘のことか」クリフハンガーは兜の正面をマクガフィンに向けた。「吾輩の『面獣覆背』を受けても、何事もなかったかのように生きているから、何か装備に防御系の『執筆』でも刻んでいたのかと思っていたが……不死身の体だと?」

 

「原理はオレにもよく分からんがな」

 

 マクガフィンはそんな風に会話に参加した。

 敵対関係にあるクリフハンガーに対しては、本来いかなる情報であっても渡すべきではない。

 先日のフンショ戦のように、不死性を活かした作戦を立てにくくなるからだ。

 しかし現状、戦力的に圧倒的な優位に立ち、レスコーの生殺与奪の権を握っているに等しいクリフハンガーの興味を引ける材料があるのなら、出し惜しみせずに話すべきである。

 それで時間を稼げるのなら。

 マクガフィンはその間に、獣人の女王をどうにか出し抜く策を考えるだけだ──今のところ、そんな策を思いつく可能性は絶望的に低いのだけど。

 

「マフィ様は不死身の体に嫌気が差しているようでして、九世兵器を全て同時に使った自殺を企んでいるんです。だけど、わたくしとしては……、そんなこと、あってほしくないんですよねえ」

 

「当たり前だ。九世兵器全ての同時使用なんて、世界を巻き込む自殺も同然だ。殺してでも止めたくなる──いや、待てよ? だったらなぜ貴様は軍服娘の旅に同行するどころか、護衛のように戦っているのだ?」

 

「だって一緒に旅をしていないと、殺せないじゃないですが」

 

「…………なんだって?」

 

「わたくしは他の九世兵器ではなく、わたくしの剣で、不死身のマフィ様を殺したいんです」

 

「……ふはっ」

 

「だからその練習に、クリフハンガーさんを殺そうと……」

 

「ははははははははははははははははっ!」

 

 クリフハンガーの笑い声が森の木々を震わせた。

 殺しすぎる剣術を受けても、『絶対人間騎士団』の精鋭を相手にしても、物ともしなかった彼女が、今やいっそ苦しむかのように身を捩らせながら、大声を上げて笑っている。

 

「こっ、ふひひっ、この吾輩を……、獣人賊最強の武人を! 名を聞けばどんな精鋭でもすくみ上る女王を! 首を取ればそれだけで歴史に名を残すこと確実の英傑を! そこな軍服娘を殺す前座の踏み台としか見ておらんのか! はははははははっ! ──はあ、笑った笑った。こんなに笑ったのは五〇年ぶりだ! 笑い過ぎて死ぬかと思ったぞ!」

 

 その顔は兜に覆われていて見えないが、きっとその奥では満面の笑みがあるのだろう。

 先程まで漂わせていた、獣人の女王としての威厳たっぷりな態度が霧消していた。

 

「おい軍服娘、貴殿の連れは頭がおかしいな!」

 

「知ってる」

 

「むう……、先日のマフィ様といい、どうしてわたくしの殺意(こい)は笑われがちなのでしょう? 面白い冗談を言った覚えはないのですけれど」

 

「ああ、分かってる分かってる。吾輩も戦い続けて五〇年になる老練だ。貴様が冗談を言っていないことくらい、声を聞けば判別できるさ」

 

 しかし、だからこそ、笑わずにはいられない。

 九世兵器の蒐集という世界を敵に回すも同然な行為の最終目的が、マクガフィンというたったひとりの少女の殺害なんて──馬鹿げている。

 

「今まで様々な思想、理念に基づいていて戦う者たちと会ってきたが、貴殿のような輩は初めてだ──()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。どうやら世界はまだまだ広いらしい」

 

 くつくつと、まだ収まりきらない笑いを溢しながら、クリフハンガーは言った。

 

「面白い。興が乗ったぞ──ここまで笑わせてくれた褒美として、貴殿が先ほど発した問いに答えてやろうではないか」

 

 レスコーの問いへの答え。

 つまり──流星流奥義“心砕(こころくだき)”を受けて確かに致命傷を負ったはずなのに、一瞬にして回復した理由を、クリフハンガーは語り始めた。

 

「たしかに先刻、貴殿の技は一を包む鎧(プロットアーマー)を飛び越えて、吾輩に致命傷を齎した──そしてその致命傷は、一を包む鎧(プロットアーマー)に備わる治癒能力によって完治されたのだよ」

 

「治癒能力……?」

 

「せっかくの九世兵器の特性が『ただ硬い』だけで済むはずがなかろう。むしろ真価はこっちだ──発勁のような鎧を飛び越える攻撃のみならず、疾患や老化、飢えなどで装着者が傷ついた時、この鎧はそれらを完全になかったことにする。まるで時計の針を巻き戻すかのように」

 

 装着者に何があっても、鎧を着た(はじまり)の状態に戻す。

 故に──“一を包む鎧(プロットアーマー)”。

 先日の“最果てを視る弓(ピリオド)”が、番えた物に瞬時に発火の文章(テキスト)を刻む弓なら。

 こちらは、中に入っている物の文章(テキスト)を保持する本棚、と喩えるべきか。

 だから“流星流”の心砕(こころくだき)による内部破壊から復活したし──マリエッタの『孤剣奮闘』による催眠も突破できたのである。

 

「吾輩が五〇年も一獣王国の女王として戦い続けていられるのも、この鎧のおかげだ。装着するだけで全盛期の肉体を維持できる鎧は、肉体ひとつで戦う吾輩と相性が良い。もしこれが無ければ、今頃は我が妹、ストライキのような老婆になっていたはずだし、前線からの引退を強いられていただろうよ」

 

 これで“一を包む鎧(プロットアーマー)”の謎は明らかになった。

 九世兵器という、本来なら重大な機密として扱われるべき兵器の情報にしては、実にあっさりとした開示だったが──これは別に、クリフハンガーの気前の良さを意味していない。

 だって、明かそうが明かすまいが、“一を包む鎧(プロットアーマー)”を着ていれば無敵という事実は変わらないのだから。

 覆しようがないのだから。

『装着者に何が起きても始まりの状態に戻す』という不死性の理屈を知った所で、レスコーたちが有利になったとは言えない。

 なにも好転していない。

 なにも前進していない。

 むしろ絶望が増していく一方だ。

 

「さて、改めて聞こうか、客人共──この吾輩とまだ戦うつもりでいるのか?」

 

「もちろん」

 

 だが、レスコーは言った。

 いつだって即答の女である。

 

「『とても硬く』『装着者に何があっても元通りに戻す』鎧──そうと分かれば、殺せる策はありますわ」

 

「ほう……?」

 

 クリフハンガーには分かる。

 先ほどの発言が冗談じゃないとわかったのと同じように──今回も口から出まかせの虚言でないことが、理解できる。

 レスコーは嘘をついていない。

 クリフハンガーを殺せると、本気で確信している。

 もっとも──それが根拠不明の思い込みにすぎない可能性もあるのだが。

 しかし、“一を包む鎧(プロットアーマー)”の脅威を知った後も意気を消沈させていないその態度は、それだけでクリフハンガーの気を引くのに十分だった。

 

「大した人間だ。ならばその策とやら、すぐにでも試してみるか?」

 

「お断りしますわ」

 

 しかし、レスコーはその誘うような台詞に靡くことなく、いっそ蹴るような調子で言った。

 

「というより、時間をくださいまし。この策はわたくしだけでなく、マフィ様の助力も必要なんですの。なんの準備もなくよーいどんで達成できるものではありませんわ。ええと、そうですわね──明日の朝には披露できるかと」

 

「な、おい、フォールコイン……!」

 

 焦るような声でマクガフィンは言った。

 せっかく興が乗っていたクリフハンガーに対して「明日の朝まで待って欲しい」などという、水を差すような発言は、明らかに悪手だ。

 ふざけるな、と一撃の元に倒されても仕方のない場面である。

 そんな風に考えたマクガフィンだが──彼女は失念していた。

 自分の目の前に立つ全身鎧の獣人が、自分と同じように時間の流れから切り離された不死身の存在であることを。

 

「……よかろう。永遠の時間を持つ吾輩にとって、一晩待つ程度、苦にもならんからな」

 

 と、クリフハンガーは言った。

 いっそ楽しむような声で。

 彼女は立ったまま、脚の爪先で地面に何かを描き始める。やがて、それが簡略化された一獣王国の地図であることが分かった。

 その端にある一点を小さな丸で囲むと、

 

「明日の朝、ここに来い──決闘を執り行おうではないか」

 

 と言い残し、森の彼方へ姿を消した。

「逃げるなよ」とは──言わなかった。

 不要な忠告だからだろう。

 仮にレスコーたちが逃げた所で、追跡し、仕留めるだけの実力が、クリフハンガーにはあるのだし。

 それに──何より。

 “一を包む鎧(プロットアーマー)”を相手に本気で勝つつもりのレスコーが、逃げるはずもないのだから。

 

 ◆

 

「随分と思い切った発言をしたな、フォールコイン──それにしても、準備に一晩もかかるなんて、よほど大掛かりな策なのか」

 

「いえ。二、三言打ち合わせをすれば、それで十分な策ですよ」

 

 そう言いながら、レスコーはようやくそれまで抱えていたマクガフィンの体を下ろした。

 

「ただちょっと、クリフハンガーさんの『面獣覆背』を受けた時に……傷までは出来なかったんですけれど、腕が痺れてしまいまして──回復する時間が欲しかったんです」

 

 わたくしはマフィ様のような不死身でもなければ、“一を包む鎧(プロットアーマー)”の所有者でもありませんから。

 と、レスコーは言った。

 

「わたくしのお願いを快く聞き入れてくれるのは予想外でしたけどね。やっぱり女王様たるもの、懐が広いんですねえ」

 

 白ドレスの令嬢は、先程まで自分の生命線を掌握していた相手を、純朴な表情で評する。

 

「もしクリフハンガーが貴様の発言を聞き入れずに、強硬的に決闘を始めようとしていたらどうするつもりだったんだ?」

 

「応じるしかなかったでしょうね──その場合、勝率は一割いくかいかないかまで下がりますけれど」

 

「…………」

 

 だとしても。

 先程までは絶無だった勝率が出てくるだけで、奇跡みたいな策である。

 

「まさか『執筆で自分の体にも“一を包む鎧(プロットアーマー)”と同じような特性を付与すればいい』なんて頓珍漢な発想じゃないだろうな?」

 

「違います! 執筆がそんな便利なものじゃないくらい、とっくに学習しましたもの! わたくしが考えた作戦は──」

 

 それから。

 レスコーが言った策は──本当に二、三言で終わる、実に簡素なものだった。

 それに──マクガフィンが懸念していたような荒唐無稽な絵空事でもない。

 理論上では実現可能だし、もし成功すれば、あのクリフハンガーさえ滅ぼせるほどの蓋然性を秘めている。

 

「……成功すれば、の話だがな──たしかに準備自体には一晩もかからないが、一晩程度の()()で成功まで持っていけるかどうか……」

 

「わたくしとマフィ様の愛の力が為すコンビネーションでどうにかできますよ、きっと!」

 

「…………」

 

 どんな根拠だ。

 たまにロマンチズムが暴走するのはどうにかしてほしい。

 

「まあ良い。まずは休憩できる場所を探そう」

 

 それからというものの。

 レスコーに休養を取らせた後、ふたりはたっぷりと時間をかけて、対“一を包む鎧(プロットアーマー)”の練習をおこなった。

 そして──ついに夜明けが訪れた。

 十分に練習を重ね、覚悟を決めたふたりは、クリフハンガーが描いた地図によって示された場所へと向かう。

 

「どうした、フォールコイン」

 

 道中、軍服の少女は言った。

 

「これから命を掛けた決闘をするというのに、随分と嬉しそうな顔をしているじゃないか」

 

「仕方ないじゃないですか──だって……、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()──と、そう考えたら、たまらない気持ちになってしまうんですもの」

 

「くくくっ、戦う前から勝った後のことを考えるんじゃない。『捕らぬ狸の皮算用』というやつだぞ」

 

「取らぬタヌキの……え、何ですかそれは?」

 

「騎士団のトという奴がよく使っていた言い回しだ」

 

「へえ、おかしな言い回しをされる方がいらっしゃるんですね。それに、名前もなんだか珍しいです。『ト』一文字だけって」

 

「あいつを構成するもので珍しくないものは、顔と体格くらいさ──まあ、珍しさで言えば、他の団員も引けを取らないがな。たとえば、単純な剣術の腕前だけで言えば団長を抜いて団内最強と目される“剣道”シギ・テーブルは──」

 

 と、そんな風に話しながら、

 ふたりは臆することなく、目的地へと向かい、そして到着したのだが。

 しかし。

 そこにクリフハンガーが現れることは──なかった。

 地平線から太陽が現れても。

 そのまま空高くまで登っても。

 全身鎧の女王が姿を見せることは無かったのだ。

 マクガフィンは最初、与えられた地図を此方が見間違えたのかと思い、焦った。

 まずいまずいまずいまずいまずいまずいまずい──まずい! 

 もしもこれでクリフハンガーが『時間を引き延ばしてやった決闘を蹴られた』と考え、憤慨すれば最悪だ。昨日の会話で乗った興など全て吹き飛び、遊びのない全力の殺意で持って襲い掛かってくることだろう。

 戦略上、そんな展開は勘弁だ。

 しかし、どれだけ地図を思い返してみても、それに示されていた場所は、この場で間違いない。

 それだけは確かだ。

 だったら何故──クリフハンガーは現れない? 

 ひとまずマクガフィンは、レスコーをその場に置いて(万が一、クリフハンガーが遅れてきた時に無人だったら目も当てられないため)、郊外の森から、居住区に向かうことにした。

 もしもクリフハンガーに何か起きていたら、住民たちの間で話題になっているはずだからだ。

 物陰からの盗み聞きで情報収集をすることにしよう。

 しかし──その計画は未遂に終わることになる。

 なぜなら。

 物陰から盗み聞きするまでもなく、住民たちの間で話題になっている──騒ぎになっているクリフハンガーの現状は、居住区に付く前からマクガフィンの耳に届いたからだ。

 彼らが青ざめた顔で叫ぶ内容によると。

 一獣王国の女王は昨晩、死んでいたらしい。

『絶対防御』にして『原状回復』の鎧、“一を包む鎧(プロットアーマー)”を着用した格好で。

 

 ◆

 

 もしも、この物語が推理小説だったら、“一を包む鎧(プロットアーマー)”という密室で起きた殺人という不可能としか思えない難題について、これからレスコー達を含めた王国内の容疑者を順繰りに紹介し、彼らの容疑やアリバイなどを洗いざらい並べ立て、いかにもトリックに用いられそうな不審な点を事細かに描写し、なんなら第二、第三の被害者まで出した後で探偵役を登場させ、とても鮮やかな解決編を提供すべき展開なのかもしれないが、第一話で述べた通り、この物語のジャンルはラブコメである。

 不可解な謎に挑むのではなく、不可解な恋に身を投じるレスコーの行く末を見届けるだけの小説だ。

 だいたい、人の命を守る探偵役とは真逆の所業を繰り返している主人公(レスコー)に、探偵役が務まるとは思えない。

 殺人鬼が探偵の小説って……。

 いや──絶対にないジャンルではないけども。

 

 ともあれ。

 探偵でもないただの剣士であるレスコーは、居住区付近から帰還したマクガフィンからクリフハンガーの訃報を聞いた時、

 

「ええっ!?」

 

 と目を丸めて驚くこともなければ、

 

「そんな……!」

 

 と昨日会話を交わした相手の死に、涙を流すこともなく、

 

「あら、そうなんですか」

 

 と気のない声で受け入れた。

 

「……貴様は本当に、オレ以外に対する興味が薄いな、フォールコイン」

 

 戦力として扱う自分にとっては好都合なのだが、ここまで反応が薄いと面を食らってしまう。

 驚かせたくて伝えたわけでもないのだが──驚いて然るべき情報ではあるだろう。

 実際、一獣王国の国民たちは蜂の巣を突いたような大騒ぎをしていた。

 

「そんなこと言われましても──クリフハンガーさんの殺す算段を既に立てていたわたくしとしては、彼女が死んでも意外性がないと言いますか……。トリックを知った上で推理小説を読んでいるような感覚なんですよね」

 

「まだ貴様が考えていたのと同じ策でクリフハンガーが死んだわけではないだろう?」

 

「“一を包む鎧(プロットアーマー)”の耐用年数が切れたとか?」

 

「んなわけあるか。神々が作ったとされる九世兵器が、たかだか五〇年の使用で限界を迎えてどうする」

 

「じゃあやっぱり、わたくしの策と似たような方法だとは思いますよ。それ以外に方法があるとは思えませんし」

 

「…………」

 

 たしかに、そうだ。

()()()()以外で“一を包む鎧(プロットアーマー)”の防御を破り、クリフハンガーが敗れるトリックがあるとは思えない。

 

「……まあ、『どうやって』はともかくとして、『いつ』『誰が』やったのかはわたくしにも分かりませんが……寝ている無防備な間に実行したのでしょうか?」

 

「“一を包む鎧(プロットアーマー)”ならば、睡魔さえも弾くだろうよ」

 

「だったら起きている間に殺されたことになりますね。これじゃあ『いつ』やったかなんて絞れません──それじゃあ『誰が』……」

 

「盗み聞きした話によれば、昨日クリフハンガーと交戦したオレたちが“一を包む鎧(プロットアーマー)”を無効化する卑劣な策を用意して改めて奇襲し、殺害したという噂まで流れていたぞ」

 

「それは(デマ)──……とは言い切れませんか。何もなければ、ここで殺すつもりでしたし──でも、時系列がズレていますよねえ。うーん、いったい誰が殺したのでしょうか?」

 

「…………いるな、ひとり。怪しい奴が」

 

 というより。

 容疑者になりそうな人物を、ひとりしか知らない。

 

 ◆

 

 その晩は、月が雲で隠れている暗い夜だった。

 女王が死んだ混乱が続く王宮の一室に、その人物はいた。

 不意に、風が舞い込む。

 窓を開けた覚えはない──彼女は咄嗟に、そちらへ顔を向ける。

 窓枠に立つようにして、白ドレスの女が佇んでいた。その両腕には軍服の少女をお姫様抱っこでかかえている。

 二階にあるこの部屋は地上から結構な高さがあり、王宮の近辺には何人もの警備が巡回しているはずだが、どうやってここまで昇ってきたのだろうか──なんて。

 そんな疑問は無意味。

 白ドレスの女、レスコーが使う“流星流”は、トリックもハウダニットも無視する超常の剣なのだから。

 

「こんばんは。夜分遅くに失礼しますわ。わたくし、レスコー・フォールコインと申します」

 

 レスコーは抱きかかえていたマクガフィンを床に下ろすと、恭しく頭を下げた。

 

「わたくしとしては別に、クリフハンガーさんを殺した仇であるあなたに復讐……、なんてことは考えていません」

 

「…………」

 

「『彼女はわたくしが先に殺すはずだったのに』という嫉妬も、マフィ様以外に抱くわけがありませんし……。なので極端な話、あなたを放って、このまま旅を先に進めることも出来たのですが──」

 

「…………」

 

「そんな格好をされているのでは、訪ねるしかありませんよねえ」

 

 レスコーが感情のない目で見つめる先には──全身鎧を身につけた獣人がいた。

 

「これまで五〇年もの間、国家防衛の象徴として在り続けていたクリフハンガーさんが没した今、せめて“一を包む鎧(プロットアーマー)”の健在だけでも誇示して、国民に安心を与えるべく、正式な継承者が決まるまでの間、唯一の肉親であるあなたに一先ず渡された──といった所でしょうか?」

 

「………………」

 

「あなたとは決闘の約束をしていませんし、殺したいとも思っていないので、よければここでそれを脱いでいただけると、何事もなく話が終わるので助かるのですが──ええと、誰でしたっけ?」

 

「ストライキだよ」マクガフィンが答える。「クリフハンガーの妹だ」

 

「そう、それです」

 

 レスコーはストライキに向き直った。

 

「どうですかストライキさん? 鎧を脱いで頂けませんか?」

 

「──偉大な姉さまを殺したのは私ではない」

 

 鎧の奥から響いたのは、昨日ふたりが聞いた、老婆の声だった。

 

「あら、マフィ様の推理が違っていたのでしょうか? まあ、そんなことはどうでもいいです。べつにわたくしはここに犯人を捜しに訪れたわけではありませんので──」

 

「偉大な姉さまを殺したのはお前たちだ、レスコー」

 

「……はい?」

 

 予想外の発言に、レスコーは首を傾げた。

 “一を包む鎧(プロットアーマー)”の現所有者は淡々と語る。

 

「昔から、偉大な姉さまと私の間には覆しようのない隔たりがあった──武術の達人であり、人々をまとめ上げる求心力があり、そして女王の立場に相応しい高潔な精神を持っていた姉さまに、私なんかが追いつけるはずもなかった。ましてや“一を包む鎧(プロットアーマー)”が与えられ、姉さまが永遠の若さを手に入れた後では、その差は広がる一方──だけど、それで良かったんだ。むしろ誇りとさえ思っていた。だって、永遠に強くあり続ける偉大な姉さまから、妹として、国民として守られるなんて、これ以上の悦びはないのだから」

 

 だが。

 だけど。

 

「そんな偉大な姉さまを、お前たちが殺したんだ──変えたんだ」

 

 “一を包む鎧(プロットアーマー)”には覗き穴が無いはずだが。

 ストライキが放つ鋭い視線で体を射貫かれるような悪寒を、マクガフィンは感じた。

 

「姉さまが殺すべき敵を見逃すだけでも普通じゃないのに……、どころか()()()()()()()()()()()おまえとの決闘を楽しみにしていたよ。国内の民や、私にだけ向けるべき視線が、外から現れたお前に向けられていた。もうあの時──私が尊敬していた偉大なる姉さまは死んでいたんだ」

 

「あんな嬉しそうな表情で、と言ったな」

 

 マクガフィンが口を挟んだ。

 

「ということはやはり──()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 あらゆる害を撥ね退け、光さえも阻み、装着者に何が起きても(はじまり)に戻す鎧。

 それはまさに、着る密室だ。

 絶対的な安全地帯は、所有者に安心を授けるだろうし。

 それに。

 孤独も与えるだろう。

 クリフハンガーは“一を包む鎧(プロットアーマー)”を五〇年間着用していたと言うが──五〇年もの間、一筋も光が入らない、暗闇に満ちた密室にひとりきりという環境で、人は正気を保っていられるだろうか? 

 無理だ。

 仮にそんなことが可能な者がいるのなら、それはレスコー・フォールコインのように精神に欠落を抱えた人でなしである。

 そんな者、元から正気とは言い難い。

 だから、普通なら“一を包む鎧(プロットアーマー)”を着ていれば心が摩耗していくはずなのだ。

 ……もっとも、孤独の末に精神がやられたとしても、その場合は鎧の治癒能力によって、正気に戻されるかもしれないが──だからこそ、恐ろしい。

 狂ってもおかしくない環境で、狂うことさえ許されないなんて──そんなの。

 もはや、生き地獄だ。

 “一を包む鎧(プロットアーマー)”は(はじまり)を包む鎧であると同時に──(ひとり)を包む鎧でもあったのである。

 

「そんな生き地獄で過ごしている割に、昨日のクリフハンガーはいささか情緒が豊かすぎたからな──まあ、当時は策を練るのに必死で、そんな些細な違和感にまで気が付かなかったが」

 

「…………」

 

「それに()()()()()()()()()()も合わさって、こう推理したのだよ──ひょっとしたらクリフハンガーは、気が置けない身内の前では鎧を外した普通の交流をしていて、その隙を突かれて殺されたのではないか、とな」

 

「…………」

 

「殺すだけで終わらずに、“一を包む鎧(プロットアーマー)”を着せたのは良い判断だった、と褒めてやろう。(はじまり)を包む『現状回帰』の鎧では、着た時点で死体だったクリフハンガーを蘇らせることは出来ないが、女王の隠された息抜きを知らない外野からすれば、『鎧を着たまま殺された』ようにしか見えないのだからな。後に残るのは、絶対防御であるはずの九世兵器を装着した状態で死んだ、不可解な密室死体だけだ」

 

「そんな小細工の為に、偉大な姉さまの死体に”一を包む鎧(プロットアーマー)”を着せたんじゃあない」

 

「ほう? それは流石に予想外だ。ならば、なぜ?」

 

「私の敬愛で殺した姉さまを鎧に入れたら……、元の偉大な姉さまに戻って生き返ると思ったんだ」

 

「…………」

 

 マクガフィンは絶句した。

 代わりに「あらあらあらあら」とレスコーが反応を見せる。

 

「どうしましょうマフィ様。このお方、愛に盲目すぎて暴走しちゃってますよ。これ以上は、まともに話が通じるとは思えません」

 

「…………」

 

 お前が言うな、という喉まで出かかった台詞をぐっと飲み込むと、代わりに強気な声で、マクガフィンは言った。

 

「どうするもこうするも、おまえがやれることなど、いつだってひとつだけだろうフォールコイン」

 

「ええ、そうですね」

 

 ちゃき、とレスコーは”全を薙ぐ刀(エピソード)”を抜いた。

 

「これ以上言葉を交わしても意味がありませんし、ここはひとつ、愛に生きる女同士の戦いといきましょうか──勝った方の愛が強かったということにしましょう」

 

「…………」

 

 レスコーの抜刀に応えるように、ストライキは動いた。

 先代所有者であるクリフハンガーのように、武術の構えを取った──のではない。

 鎧の陰に隠れるようにして腰に差されていた一本の刀を抜いたのだ。

 その所作は、レスコーと瓜二つだったし──それに。

 引き抜かれた刀もまた、レスコーが握るそれと瓜二つだった。

 

「“全を薙ぐ刀(エピソード)”……!?」

 

 叫んだあとで、マクガフィンは思い出す。

『絶対人間騎士団』“孤剣”マリエッタ・テーブルが昨日、クリフハンガーに殺されていたことに。

 ならば、彼女が所有していた“全を薙ぐ刀(エピソード)”が一獣王国の手に渡るのは、ごく自然な成り行きではないか。

 がちゃり、と音を鳴らしながら、“一を包む鎧(プロットアーマー)”現所有者は、剣を構えた。

 最強の剣と──最強の鎧! 

 

「…………臆したか? 無理もない。ひとつあるだけで十分な脅威となる九世兵器がふたつもあるんだ。使っている私でさえ、身震いをしそうになるよ……どうする? 負けを認めるか?」

 

「たしかに──」

 

 しかし──レスコーは怯まない。

 

「わたくしよりも遥かに長い時間を生きた経験があり、絶対防御の“一を包む鎧(プロットアーマー)”を着用して、至高の名剣である“全を薙ぐ刀(エピソード)”を携えているあなたを殺すのは難しいかもしれません。だけど──殺してみせますわ」

 

 その構えは、いつも通りの──天上から垂らされた糸で頭を引っ張られているかのように、背筋がぴんと伸びた、美しい中段の構えだった。

 そして。

 “流星流”は静かに、力強く、鎧の剣士目掛けて名乗りを上げる。

 

「“流星流”レスコー・フォールコイン──殺して参りますわ」

 

「『一獣王国』。偉大な姉さまの卑小な妹。ストライキ──推して参る」

 

 開戦の合図と共に、両者は動き出す。

 瞬間、爆発が起きた──と見紛うような勢いで、レスコーの近くに立っていたマクガフィンの体が吹き飛んだ。

 理由は──言うまでもないことだが──レスコーが放った斬撃である。

 たった一瞬でいくつもの剣閃を走らせ、幼女の体を細切れにしてみせたのだ。

 夜の暗闇でただでさえ見通しの悪かった空間が、軍服少女の血肉で埋め尽くされた。

 

「目くらましのつもりか……?」

 

 しかしストライキは慌てない。

 何度も言っているが、“一を包む鎧(プロットアーマー)”に覗き穴は皆無。故に、視覚系の妨害は通用しないし、飛び散った体液が鎧の内部に流れ込むこともない。

 それはつまり、裏を返せば視覚以外の感覚で持って周囲を感知する能力が要されるのだが──そこはさすが、クリフハンガーの実妹にして、一獣王国の精鋭と言うべきか。

 ストライキは残った四感を総動員することで、相手の現在位置を探ることが可能だ。

 ほら、今だって、耳を澄ませばレスコーの足音が──爆発した。

 次の次こそ、本当に爆発が起きたんじゃないかと見紛うような──聴き紛うような爆音が、ストライキの耳を襲った。

 

「                                                                                                                                                                                                                                        !!!!!!!」

 

 文字で表現することが出来ない音が、耳朶を打つ。

 これが、白ドレスの令嬢というただひとりの人間の喉から発せられた声であると説明したところで、簡単に信じられる者がいるだろうか? 

 

「“流星流”──『声枯(こがらし)』」

 

 たっぷりの絶叫を終えた後、レスコーは小さく呟いた。

 

「本来なら大声を出すことで頭と体の潜在能力を引き出すという、いわばやる気や威嚇の意味しかない技なのですけれど──殺しすぎる剣術が扱えば、その大音声にさえ破壊力が伴うんですよねえ」

 

「音、か──たしかにそれもまた、この鎧を通過する攻撃だな……」

 

 ストライキはおもむろに体勢を立て直す。

声枯(こがらし)』は彼女の三半規管どころか内臓に重篤なダメージを与えたはずだが、その動きに不自然な乱れはない。

 “一を包む鎧(プロットアーマー)”の治癒能力は、今も健在のようだった。

 

「こんなものを永遠に浴びれば、姉さまでも無事で済まなかったかもしれないが、所詮は人間であるおまえの喉が出所になる技。呼吸の限界はどうしても存在する」

 

「ですよねえ。だから、この技を“一を包む鎧(プロットアーマー)”対策の切り札にする案は、最初からありませんでした」

 

「だったら、どうやって戦うつもりだ?」

 

 と──そんな風に。

 問いかけて。

 ストライキが“全を薙ぐ刀(エピソード)”を振りかぶりながら、レスコー目掛けて踏み切った、その時だった。

 彼女が装着している“一を包む鎧(プロットアーマー)”──その右脚部分のパーツがすぽっと勢いよく脱げたのは。

 

「──な……は、あ……?」

 

 前に踏み切ろうとしたタイミングで、片足にだけそんなことが起きたので、前進する勢いに左右で不均衡が生じてしまう。ストライキの体は左脚を軸に、糸を引っ張られた独楽のような回転を起こした。

 その時になってようやく彼女は認知した──己の背後にいた、マクガフィンの存在を。

 体が粉みじんになって吹き飛んだあと、己の足元を基点に復活していた彼女が、“一を包む鎧(プロットアーマー)”のパーツのひとつを外していたことを──! 

 

「その鎧には覗き穴がありませんし、一見して継ぎ目のようなものも見当たりませんけれど──だからと言って、分割ができないわけじゃあありませんよね? いくら“一を包む鎧(プロットアーマー)”といえども、獣人に渡されたばかりの、まだ装着者がいなかった頃は、中身は(からっぽ)だったはずなんですから。もしそれが本当にどこからも開けない密閉の鎧だったら今頃、誰も着れないはずです。そんな鎧に──価値はありません」

 

 いわば密室のパラドクス。

 その密室が安全であればあるほど、強固であればあるほど、堅牢であればあるほど──そこに這入って守られるべき命は、密室への入室が不可能になってしまう。

 だからこそレスコーは、昨日の時点で──「あれ? この鎧って、脱がせようと思えば、外から脱がせられるんじゃないですか?」と気が付いたのだし。

 今朝発見されたクリフハンガーの死体が、似たようなトリックで生成されたと理解していたのだ。

 そして今──ストライキが見せているように。

 右脚の爪先のパーツだけがすっぽ抜けて、鎧が完全に閉じられているとは言い難い現状において。

 鎧を脱いでいるとも言える現状において。

 果たして──“一を包む鎧(プロットアーマー)”の『原状回復』は正常に機能するのだろうか? 

 

「とはいえ、クリフハンガーさんが相手だったら、ここまで上手くいかなかったかもしれませんね──あの方なら、マフィ様弾幕のブラフと、声枯(こがらし)の妨害を浴びても、自分の足元に現れたマフィ様に気が付いたかもしれませんし」

 

「……ぐ、そ……んな──ッ!」

 

 呻くストライキは踏み切った勢いのまま、体を回している。

 そんな彼女目掛けてレスコーは技を打つ。

 “流星流”唯一の打撃技。

 背中まで大きく振りかぶられた刀。それを一気に振り下ろし、峰の部分で起こす、殺人的な破壊力。

 

「“流星流”──『心砕(こころくだき)』」

 

 ◆

 

 マクガフィンとレスコーは、その日の晩の内に一獣王国を後にしていた。

 鋭敏な五感を持つ獣人たちが張り巡らせた探知網を抜け出すのは、神経をすり減らすような難行だったが──“一を包む鎧(プロットアーマー)”の所有者との戦いと比べたら児戯も同然の難易度である。

 それに、クリフハンガーに続いてストライキが死んだとなれば、今朝以上の騒ぎが起き、正常な探知網の維持は困難になるだろう。

 ついでに言うと、今日が月の出ていない夜というのも、ふたりの逃避行に味方していた。

 

「今回はそんな風に執筆されたんですか」

 

 レスコーは横を歩くマクガフィンを見下ろした。

 そのファッションは今朝と比べるといくつかの差異がある。

 まず右手。

 ふたつだった指輪がみっつになっている。

 そして──軍服の上に重ねるようにして、外套を羽織っていた。

 元になったのが大柄な“一を包む鎧(プロットアーマー)”だったせいだろうか──かなりサイズのある外套である。

 今後、マクガフィンを示す時に用いる言葉を『軍服の少女』ではなく『外套の少女』にすべきか悩まされるほどに。

 

「あったかそうですね」

 

「そうだな。次の目的地は北だから丁度良い。いくら不死身でも寒いのは困る──そういえば」

 

 と。

 歩く速度を緩めずに、マクガフィンは言った。

 

「“最果てを視る弓(ピリオド)”の時はあの大きさ故に聞くまでもないと思っていたのだが、どうだ? “一を包む鎧(プロットアーマー)”を着てみようとは思わないか?」

 

 殺しすぎる剣術“流星流”に、名刀“全を薙ぐ刀(エピソード)”──そこに更に“一を包む鎧(プロットアーマー)”まで加われば、敵なしに違いない。

 しかし、マクガフィンの提案を受けたレスコーは──

 

「その提案はありがたいのですが……お断りします」

 

 と、答えた。

 

「殺しすぎる剣術に、自分の身を守る術は不要ですし──」

 

 それに。

 

「鎧なんか着て、マフィ様との間に隔たりが出来ちゃうのは、勿体無いじゃないですか」

 

 

 

 

 

 

 次回予告! 

 

 

 

 

 

 

 

 着々と進むレスコーたちの旅! 

 

 

 

 次なる目的地はドワーフの国! 

 

 

 

 対する敵は……え、いない!? 

 

 

 

 それじゃあ九世兵器は……それも所在不明!? 

 

 

 

 見えない敵に、”流星流”はどう戦うか! 

 

 

 

 

 

 次回! ソードエピソード! 

 

 

 

 第六話『深奥を掴む軍勢(アンソロジー)』! 

 

 

 

 また読んでね!

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