ソードエピソード   作:女良息子

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06.深奥を掴む軍勢(アンソロジー)

 

「なーんか拍子抜けしちまうよな」

 

 大陸最大の森林地帯にある『一獣王国』から見て北方にある、山岳地帯──雪山の一峰に、男は佇んでいた。

 年の頃は、三十から四十。黒の軍服を着ているものの、だらしない着崩し方をしており、一目見ただけでは軍人よりも、あてのない放浪者に見えなくもない。

 現在地は北国、それも山の斜面である。尋常ではない冷気を孕んだ風が空間をかき回し、空間を白く染め上げていた。

 しかし、そんな過酷な環境を、男は物ともしていない。

 吹雪に負けず劣らずの冷たい目で、気怠そうに辺りを見渡している。

 着こんでいるから寒さが平気──なのだろうか? 

 それはないだろう。

 見たところ、彼の装備は軍服だけだ。

 それに以外には何も着ていないし、何も持っていない。

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 手ぶらの軽装である。

 登山に精通した者が見れば「山を舐めるな」と激怒しかねない格好だ。

 

「ドワーフっつう種族は、こんな上刀(ブレード)な雪山に棲んでいるんだから、さぞかし上刀(ブレード)な奴らなんだろうと思っていたが──期待はずれだったぜ」

 

 呆れたような口調でそう呟く彼の足元には──肉片が散らばっていた。

 いくつもの肉片──その総量からして、ひとりやふたりのものではない。

 少なくとも十五人分の命の残骸が転がっている。

 一緒に撒き散らされた血液で雪山の白が血の赤で上書きされていたが──ドワーフの血も人間と同じ赤色らしい──絶え間なく叩きつけている吹雪により、更に白で塗り替えられつつあった。このままあと数分もすれば、十五人分の残骸は完全に雪の下に埋もれるだろう。

 

「しっかし、どうしたもんかね」うっすらと積もっていた雪ごと肉片を足蹴にし、男は言う。「九世兵器の在処を尋ねてもこいつら全然答えないでやんの。どれだけ痛めつけても口を割らねーからうっかり殺しちまったが──もしかして在処を知らなかったって可能性もあるのかね? だとしたら上刀(ブレード)な冗談みたいに笑える話だが」

 

 ドワーフが暮らしているこの場所は、数歩先の景色が吹雪で塗りつぶされるような環境だ。

 せっかく“神々”から与えられた九世兵器が雪に隠れて行方知れずになったという事態も──なくはないだろう。

 

「もしもそうなら、九つ同時に扱えば世界を九度滅ぼせるとまで言われている九世兵器の扱いとしては、あまりにお粗末だな」

 

 その時、男の背後に気配があった。

 それを感じた瞬間、勢いよく振り返る。吹雪の垂れ幕の向こう側に、ドワーフの影がいくつか見た。

 両者の距離はおよそ五歩分。手ぶらの男では分の悪い状況だ──ったはずだが。

 

「残党か、もしくは増援か?」

 

 余裕のある声で男は言う。

 その手には。

 手ぶらだったはずの手には。

 一本の刀が握られていた。

 “全を薙ぐ刀(エピソード)”。

 人間に渡された九世兵器、十二本ある刀剣が内の一本である。

 

「『衣合抜刀(いあいばっとう)』──手ぶらだからって油断して近づいたんなら、残念だったな」

 

 突如手に現れた“全を薙ぐ刀(エピソード)”に振り返った際の遠心力を乗せた薙ぎで、ドワーフたちを切り倒しつつ、男は言う。

 

「おれは『絶対人間騎士団』リィレロ・テーブル。授かった名は“剣呑”。どうしてこんな異名かっつーと──『衣合抜刀』」

 

 “剣呑”は刀を握っていない方の手も振った。

 するとその手にも二本目の刀が現れた。

 それは“全を薙ぐ刀(エピソード)”ではなく、帝国市場に流通しているごくごく一般的な刀剣だが──イキモノを殺すには十分な鋭さがある。

 二振り目の直後、一振り目の薙ぎから運よく逃れていたドワーフも、体から鮮血を撒き散らし、その場に崩れ落ちた。

 

「どんな物でもまるで体の中に呑み込むかのように服の内側に隠せる収納術『剣呑倉庫』の使い手だからさ」

 

『剣呑倉庫』。

 どんな物でもまるで体の中に呑み込むかのように服の内側に隠せる収納術。

 それはつまり──外見からでは武装の有無の判別が付かないということだし。

 取り出した剣を振るその時まで、正確な間合いを図れないということだ。

 手ぶらだと油断して近づいたら、そこは既に居合の射程距離だった──そんな状況を容易に作り出せるのである。

 たった二振りで新たな敵勢を倒してみせたリィレロだが、そこで気を抜くことは無い。

 彼は察知していた──雪景色の向こうに、まだ何人もドワーフがいることを。

 彼らがこちらを駆除すべき対象と見定めていることを。

 

「──上刀(ブレード)

 

 吹き荒ぶ雪風の寒気以上に、びりびりと肌に突き刺さる敵意を前に、リィレロは薄く笑う。

 まるでこれから始まる戦いを歓迎するかのように。

 むしろそういう展開こそ、己の本望だと言うかのように。

 異名を表すかの如き──剣呑な笑み。

 

「それに上刀(ブレード)な案も思いついたぜ。いっそのこと、ここでドワーフ族を全員ぶっ殺して、誰も邪魔する奴らがいなくなった後に、どこにあるかも分からない九世兵器を悠々と探すっつう名案をよ──だから、来いよ」

 

 “剣呑”は再度構えた。

 

「何人来ようが全員ぶっ殺してやる」

 

 ◆

 

 人間国家の精鋭、『絶対人間騎士団』は九世兵器の蒐集に動き出していた。

 それはしばらく前から団内で何度も議題に上がっていた計画的な活動だったが、しかし「なぜこのタイミングで始めたのか」となると、そこには突発的な理由がいくつか存在する。

 まずひとつ。

 巨人族に渡された九世兵器、“最果てを視る弓(ピリオド)”がフンショに盗難された──つまり、所有者が巨人族という種族全体から、たったひとりの個人に変わり、蒐集のハードルが格段に下がったから。

 騎士団はこの報せを好機と捉え、フンショが根城としている『火山の墓場』に“剣山”ウーガ・テーブルを送り込んだのである。よりによって“最果てを視る弓(ピリオド)”の所有者だったフンショが、騎士団の九世兵器集めの幕開けを担っていたのは、なんだか皮肉な話に思えるが──それはさておき。

 もうひとつの理由。

 それは『絶対人間騎士団』副団長“剣頭”ミルドット・テーブルが“流星流”レスコー・フォールコインに殺害され、人間の九世兵器“全を薙ぐ刀(エピソード)”を奪われたことだ。

 十二本もあるとはいえ、レガリアも同然な兵器が奪われたのである。そうなれば、以前から温めていた九世兵器蒐集を一刻でも早く推し進め、マイナスの埋め直しを図るのは当然の成り行きであった。

 ……そんな考えで動いた結果、騎士団は更にふたりの団員──ウーガ・テーブルとマリエッタ・テーブル──を喪い、二本の“全を薙ぐ刀(エピソード)”を失うことになるのだが。

 

「その上マフィが騎士団(おれたち)を裏切って“流星流”と行動を共にしていたなんて──こりゃあ、泣きっ面に蜂ですね」

 

 絶対人間帝国の中枢から少し逸れた場所にある中央居住区。

 そこを走る馬車の座席に、ふたりの人間が横並びになるように座していた。

 先の台詞はそのうちのひとり──腰に差している刀以外に特徴らしきものがない、『どこにでもいる普通の少年』が嘆くように言ったものだった。

 彼の手には一枚の便箋が握られている。騎士団のひとり、マリエッタ・テーブルから騎士団の各人に宛てられて送られてきたものの一通だ。そこには『マクガフィンと“流星流”が一緒に行動している所を発見した』『ふたりの装備や言動を見るに、騎士団を裏切ったと見て間違いない』という内容の文面が記されていた。

 

「続報が届いてない以上、マリエッタはこの後“流星流”と交戦し、死んだと見るべきでしょう──しかも、まさかあのウーガも死んでいたなんて……。こうなったらぼくが代わりに『火山の墓場』に行ってあげればよかった。『火山が爆発する』とかいうCHA-LA HEAD-CHA-LAみたいなことが起きた場所には少なからず興味がありましたし」

 

「……………………」

 

「マフィと“流星流”が所有している“全を薙ぐ刀(エピソード)”の数は四。マリエッタの目撃証言によると巨人の“最果てを視る弓(ピリオド)”までお得意の執筆で携行していることも明らかになりました。加えて、先日から耳に届いている一獣王国の騒動を聞く限り、“一を包む鎧(プロットアーマー)”までも蒐集しているらしい──こりゃ、ぼくたちも負けていられませんね。散っていった仲間たちの無念も背負って、どんどん蒐集していかないと」

 

「……それが分かっていて、どうしてこの場に現れた?」

 

 少年の隣の席に座っているのは軍服の女である。

「邪魔にならないように切った」と言わんばかりにざっくりと短く整えられた髪。右目は黒の眼帯で覆われているが、まるでその分の不足を補うかのように、残された左目が尋常ではない鋭さを有している。首から下が軍服に覆われているにも関わらず、その魁偉からは内側に秘められた肉体の練度が確かに感じられた。

 その腰には“全を薙ぐ刀(エピソード)”──それも左右それぞれに二本ずつ。

 計四本差さっている。

 人の手には余るはずの本数だが、女はそれが自身にとっての自然体であるように装備していた。

 

「ト、お前の任務はシャルルとシギのふたりと共に、小人と鳥人の戦争へ介入して両者の九世兵器を簒奪することであり、私のような国内各所の警備ではなかったはずだが」

 

「その前にひとつ訂正させてください──ぼくの名前はトじゃなくて、   トです」

 

「またいつもの狂言か。今はふざける時間ではないぞ」

 

「わーお……、そう真顔で言われると、いよいよこっちが間違ってるんじゃないかとさえ思えて来たや」

 

 折角した訂正が意味を為さないことを改めて知り、トは無力感で肩を落とす。

 

「……まあ、いいや。いや、良くない。名前がごっそり欠けた状態でしか伝わらないってのは、ぼくの肉体まで欠けたように感じられるし、 が伝わらないなら、さっきの『    ボール』ネタも意味以前に言葉の時点で伝わらないってことだから、ジャンプっ子であるぼくとしては全然良くないんだけど……、どうにもならないことでうじうじ言っても仕方ないし、ここはひとまず「まあ、いいや」で流すしかない──別に、サボりに来たわけではありませんよ、ブレスライザ団長」

 

 長々とした独り言を終えると、トは先ほど受けた問いにようやく答えた。

 

「同じ任務を帯びているシギとシャルルはとっくに帝国を出ていますが、ご安心を。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。すぐにでもふたりに追いついてみせますよ──ただ、ちょっと用がありまして」

 

「私にか?」

 

「いえ、違いますよ。こうして団長に顔を合わせているのはただの偶然です。たまたま巡回中の馬車を見かけたので「せっかくだし、挨拶していくかー」と思っただけですよ」

 

「…………」

 

 相変わらず冗談みたいに訳の分からないことを言うやつだ、とブレスライザは思った。

 彼女にとってのトの評価は「得体の知れない奴」である。

 見たところ五〇歳どころか二〇歳さえ超えているようには見えないこの少年は、人間が暮らす唯一の土地である『絶対人間帝国』が建立した後で誕生したと見るべきなのだが、彼が国内のどこで誕生したのかは、明らかになっていない。

 ブレスライザが彼と初めて邂逅したのは一年前のことになる。

 当時彼女は既に『絶対人間騎士団』の団長であり、その日は反帝国主義者の集会を鎮圧すべく、たったひとりで会場に向かっていた。

 事前に聴いていた話によると、集会の人数は二百人を超えるらしい。どう考えても単独での鎮圧は不可能なのだが、それを可能にする実力があるのが、ブレスライザ・テーブルという戦士であった。

 今回の戦いも一瞬で片がつくだろう。

 そんな風に考えて、会場に着いた彼女を出迎えたのは、数多の反帝国主義者たち──ではなく、たったひとりの少年だった。

 軍服に似た色合いでありながら、軍服とは異なる様式の衣服に身を包んだ少年。

 彼の足元には、いくつもの人間が倒れていた。

 武器を持った反帝国主義者たちだ。

 彼らはブレスライザひとりで十分倒せると目されていた程度の戦力だが──それは逆に言えば()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 そんな者たちが、たったひとりの少年に蹴散らされていた。

 

「何者だ?」

 

 警戒を込めた声でブレスライザは言った。

 

「   トです」

 

 対する少年は、緊張感のない声で答える。

 

「ぼくの名前はホス・   ト。いきなりで申し訳ないんですけれど──騎士団に入れてくれませんか?」

 

 以上、回想終了。

 もちろん、その後ブレスライザがふたつ返事で入団を許可するなどという生温い展開はなく、紆余曲折があった末に、トは“全を薙ぐ刀(エピソード)”を腰に差すことになったのだが──それから一年が経った今も、ブレスライザはトのことをあまり理解できていない。

 というか、騎士団の誰もが、彼を理解できていない。

 唯一、シャルル・テーブルがよく絡んでいる場面をよく見かけるが、それはシャルルが誰であろうと気兼ねなく声を掛けに行けるタイプの性格をしているからというのが大きな原因だろう。

 得体の知れない意味不明な団員──ト・テーブル。

 怪しい。とても怪しい。

 マリエッタからの手紙によって団内に裏切り者がいたと知った時、マクガフィンではなく、トのことだと思ったくらいである。

 そんな人物が今でも騎士団に所属することを許されているのは、ひとえに強いからだ。

 強すぎるからだ。

 もちろん、強さで言えば、ブレスライザは自分が一番だと思っているし、二番手に収まるのは“剣道”だろう。

 群を抜いた強さをしているのは自分たちだと──確信している。

 しかし一方でトの強さは──類を見ない。

 ナンバーワンではなくオンリーワン。

『絶対人間帝国』どころかこの世界の歴史にすら存在しない摩訶不思議な戦術を使うのである。

 いわば不死身のマクガフィンとはまた別種の──代替不能の団員だ。

 そんなものを手放すわけにはいくまい。

 それにトの言動は、その大半が意味不明なものだが、そこに帝国や騎士団への叛意は見られない。

 なんなら『九世兵器の蒐集』という荒唐無稽としか思えない計画を、国内の諸勢力の反発を押し切って実行に移す過程で、何度か尽力して貰った場面もあるくらいだ。

 得体が知れないが──いや、得体が知れないからこそ、騎士団への協力的な姿勢という確かな部分が目立って見えるのだろう。

 だからこそ彼は、今も騎士団に席を置いているのである。

 

「忘れ物を取りに戻って来ただけですよ」

 

 長々と行われたブレスライザの思考は、トの台詞で打ち切られた。

 それを聞いてようやく、彼女は少年が本を持っていることに気付く。

 トに対して散々訳が分からないと思っているブレスライザだが、そんな彼女でも、彼がいつも同じ本を携行し、飽きずに何度も読んでいることは知っていた。表紙だけ見ても意味不明な記号と、得体の知れない絵が描かれているだけで、どう読むかも分からない本をとても面白そうに読んでいる姿が奇異に見えたので、印象深い。

 しかし今、彼の手にあるのは──

 

「生物図鑑……? それも随分古いものだな」

 

「今は亡きミルドット副団長の本棚から拝借してきたものです。『大いなる戦争』と『大いなる災害』で滅んだ種族まで網羅している図鑑は、今やこれくらいしかないらしいですよ──あと他にも、歴史書をいくつか借りてきました」

 

「それらを回収しに、一旦戻ってきたというわけか。確かに忘れ物と言えば忘れ物だが……、わざわざその為にシャルルたちから一旦離れるほどか?」

 

「いやあ、どうしても気になることがあったもので」

 

 トは本を持っていない方の手で頬を掻いた。

 

「気もそぞろで()()に取り掛かったら、失敗するかもしれないでしょう? だから道すがら本を調べて、なるべく早く疑問を氷解しようと思ったんです。……それに、ひょっとしたら凄い発見ができるかもしれませんよ。世界を変えるほどの──いや」

 

 少年は言った。

 

「世界を終わらせるほどの発見が」

 

 ◆

 

 世界が終わった。

 そう思うほどに、視界が真っ白に塗りつぶされていた。

 ゴオオオオオオッ! と轟音が吹き荒ぶ。

 全身に叩きつけられる突風は常軌を逸して冷たく、当たった肌に罅が入って割れるのではないかと思わされるほどだった。

 

「さ、ささささっ、寒すぎるぞ! “一を包む鎧(プロットアーマー)”で作った外套ではどうにもならんではないか!」

 

 外套の少女──あるいは軍服の少女、マクガフィンは元から白かった顔を更に白くさせて叫んだ。

 場所は雪山。天候は猛吹雪だ。

 今週の目的地はこの雪山の頂上付近に居を構えるというドワーフの集落である。

 そこにあるという名前も知らない九世兵器を蒐集すべく、マクガフィンたちは過酷な登山に挑戦しているのだが──

 

「マフィ様、わたくし“最果てを視る弓(ピリオド)”の蒐集に向かう時に「今まで屋敷で暮らしていた自分に登山なんてできるのでしょうか」と思ったことがあるのですけれど……、これは想像以上に厳しいですわね……」

 

「言っておくが、これを登山の標準だと考えるなよフォールコイン。この雪山の環境が異常なだけだ──なんだこの猛吹雪は。この天候そのものが九世兵器だと言われても信じてしまいそうな吹雪ではないか」

 

 マクガフィンがそんな風に伏線じみたことを言うと、読者諸賢の中に勘違いする者がおられるかもしれないので、予め明言しておくが、今回登場する九世兵器は天候操作の機能を持っていない。

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 レスコーはいつもの白ドレス……ではなく、マクガフィンが事前に執筆で用意した防寒具を重ね着していた(「ああ! またマフィ様からプレゼントを貰えるなんて感激です! 肌身離しませんわ!」「防寒具だからな。肌身離さなくて当たり前だ」)。

 しかし雪山の寒波は、その防寒を古紙のように容易く貫通してみせた。

 

「これが登山……。お、恐ろしい敵ですね……」

 

「おいやめろ。いつどんな逆境に立たされても、即座に「だが殺す」の精神で乗り切ってきたおまえがそんな弱気なことを言ったら、まるで本当に打つ手がない絶望的な状況に陥ってるみたいだろ」

 

「……はっ! 名案を思い付きましたわ!」

 

「そう、その調子だ! いつものフォールコインに戻って来たじゃないか」

 

「今から服を脱いで、裸で抱き合いましょう! そうすれば、互いの体温で温まるはずです!」

 

「なに無茶なことを言ってるんだお前は!?」

 

「え、でも昔読んだ小説では、愛し合うふたりが雪山で遭難した際に、これで一晩を乗り越えたと書かれてて──」

 

 今日もレスコーの脳内にはお花畑が広がっていた。

 もっとも、このままではそのお花畑も極寒の雪景色に白く塗りつぶされてしまうのだが。

 寒さで普段以上に言動がおかしくなっている同行者に危機感を感じながら、マクガフィンは必死に頭を働かせる。

 上方に目を向けるが、ドワーフの住処は一向に見えない。というか数歩先から視界がホワイトアウトしている。これでは自分が山頂に向かって歩いているのかさえ定かではない。

 率直に言って、マクガフィンたちはいま、遭難していた。

 このままではふたりを待ち受けているのは凍死のみだ。

 まずい。

 それはまずい──と、普段から死ぬことに慣れており、完全な死を望んでいるはずのマクガフィンは考える。

 無論、たとえ凍死であろうが、マクガフィンの特異体質にかかれば一瞬で蘇生可能だ。

 しかし、ここは極寒の雪山──五体満足で蘇ったとしても、すぐさま冷気が体の自由を奪い、再度凍死に至ることだろう。

 あとはこれの無限ループ。

 何度も死んで何度も生き返っているだけの状態は、生きているとは言えない状態かもしれないが──死んでいるとも言えない。

 完全な死を望んでいるマクガフィンにとって、そんな結末は御免だ。

 なので彼女は考える。

 考えに考えて考える──どんっ。転んだ。マクガフィンとレスコーの位置関係はマクガフィンが前だったので、彼女が転べば、次はその真後ろを付いて来ていたレスコーが転ぶ番になる。

 普段の“流星流”ならお得意の肉喰(ししばみ)で素早く躱せたかもしれないトラブルだが、場所が場所だ。氷点下で筋肉が悴み、雪に足元を取られている状況では、繊細な歩法が要される肉喰(ししばみ)は使えない。

 結果、レスコーはあっけなく転んだ。マクガフィンに覆いかぶさるような格好で。

 ふたりの距離がゼロになる。マクガフィンのぼさぼさの髪の毛先が、鼻先にちくちくと触れる。

 瞬間、レスコーの顔が、かぁっと赤くなった。

 

「ひゃあっ!? ……す、すみませんマフィ様。で、でも、こうして密着すると体があったまるのは本当だったみたいですね。現にわたくし、まるでお風呂でのぼせたように体が──」

 

「それは殺意(こい)で昂ってるだけだ!」

 

「やっぱり一度、裸で抱き合うのを試してみるのはどうでしょう?」

 

 レスコーが防寒具を脱ぎかけたので慌てて止めながら(矛盾脱衣?)、マクガフィンが起き上がる。

 転んだ所為で余計な体力を使ってしまった。自分は何に躓いて転んでしまったのだろうか? ──そんなことを考えて目をやると、雪が不自然に盛り上がっている箇所があった。

 何かがあって、その上に雪が積もってできたかのような起伏だった。

 

「…………」

 

 試しに雪を払い除けてみる。

 死体が出てきた。

 雪の白とは真逆の黒い軍服に身を包んだ死体である。

 

「黒の軍服……、騎士団の方ですか?」

 

「ああ……、()()()()()

 

 歯切れの悪い答えを返すマクガフィン。

 彼女たちは協力して、雪の下から死体を引っ張り出す。死体のひとつやふたつで騒がなくなってきたふたりだった。

 しばらく検分した後、マクガフィンは口を開いた。

 

「こいつはおそらくリィレロだろう。“剣呑“のリィレロだ」

 

「こんな寒い雪山に軍服だけしか着ていないなんて、凍死でもされたのでしょうか?」

 

「その線は薄い──リィレロは『剣呑倉庫』という収納術の使い手だ。収納術とは言っているものの、その実態は奇術に近い。軍服の内側という非常に限られたスペースに大量の物を隠し、瞬時に取り出せるというものだ。たしかトがそれを見て、なんとかポケットみたいだとか訳の分からんことを言っていたな」

 

「ふぅん。服の内側に物を沢山隠せる収納術。つまり、どれだけ大荷物になっても外見的には身軽なまま行動できると言うわけですか──マフィ様の執筆とはまた別方向で、長旅に便利そうな技術ですねえ」

 

「『剣呑倉庫』を使えば、武器を隠して手ぶらのふりが出来るし、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。一見薄着に見えるこの格好も、こいつにとっては温室のような心地よさだったはずだ」

 

 だからこそリィレロは、極寒の雪山という環境に適任だと判断され、こうして送り込まれて来たのだろう。

 ついでに言うと、埒外の重ね着はそのまま鎧に転ずることが可能だ。“一を包む鎧(プロットアーマー)”ほどではないにせよ、かなりの防御力を誇ったに違いない。

 

「そんな人がどうして死んでいるんでしょうか……?」

 

「場所が場所だから、ドワーフの九世兵器を蒐集している最中だったのは確実だ。それに──」

 

 完全に雪から引っ張り出したことで露わになった右腕。

 そこには“全を薙ぐ刀(エピソード)”が握られていた。

 

「戦っている最中、それも剣を握ったまま死んでいる」

 

「? 『戦っている最中』と『剣を握ったまま』は自然と両立するのではないのですか?」

 

「通常はな。『剣呑倉庫』で衣服の内側に隠した刀剣を超速で抜き放つ『衣合抜刀(いあいばっとう)』を得意とするこいつの場合、むしろ戦闘中に剣を握っていることの方が珍しい」

 

「ええと、つまり……」

 

「リィレロは一度放った剣を(服の中)に納める暇もないほどの猛攻を受けて死んだということだ」

 

 なぜ、マクガフィンは雪の下から現れた死体を見て即座にリィレロと気付けず、歯切れの悪い台詞しか言わなかったのか。

 なぜ判別がついた後も、「おそらく」と曖昧な言葉を付け加えたのか。

 その理由はリィレロの顔にある。

 凄まじい損傷だった。

 凍傷とは別種の真っ赤な腫れが、全身くまなく刻まれ、鼻の骨が曲がっている。眼球は両方とも潰れ、歪な窪みが出来ていた。口内を見てみると、何本もの歯が根元から折れていた。

 明らかに集団暴行(リンチ)を受けた後だ。

 

「え、でもリィレロさんは『絶対人間騎士団』の団員なんでしょう?」

 

「そうだ。帝国の最高戦力として誇られる、一騎当千の精鋭のひとりだ」

 

 断じて噛ませ犬ではない。

 

「そんな方が大人数からの殴る蹴るで死ぬなんて──ありえるのでしょうか?」

 

「普通ならありえない」

 

 そう。

 ありえない。

 普通なら。

 しかし、それを『ありえる』に変えられる武力の存在を、マクガフィンたちは知っている──九世兵器。

 不可解に思えるリィレロの死には、それが関わっている可能性が高い。

 

「……いずれにせよ、行くしかないな。山頂に」

 

 リィレロが握っていた“全を薙ぐ刀(エピソード)”を指輪に変え、彼を雪の下に埋め直すと、マクガフィンは改めて山の上方を見上げた。

 その先にある得体の知れないドワーフの領域を睨みつけるように──だが。

 決意を持って投じられた彼女の視線は、すぐ前にいた人影に止められた。

 それはドワーフだった。

 ドワーフの少女だった。

 レスコーとマクガフィンは、思わず身構える。

 しかし、少女はにこやかな──吹雪で太陽が隠された世界で、太陽の代わりをするかのような明るい笑顔で、こう言った。

 

「ようこそ、あたしの村へ!」

 

 ◆

 

 どうやらレスコーたちが歩いていたのは、もう殆どドワーフの集落の入り口付近だったらしい。

 ワバタと名乗ったドワーフの少女の案内に従って歩いていくと、家屋らしき影が見えてきた。

 まだ出会ったばかりの、それもこれから所有している九世兵器を奪おうとしている種族の子供についていくはどうかと思ったが、ワバタから敵意らしきものは感じられない。だったらひとまず、この土地に慣れている彼女に道案内して貰おう。

 どうせ現地人に見つかった時点で、隠れてこそこそと九世兵器を探すルートは潰されたようなものなのだから。

 

「いやー、お客さんが来るなんて珍しいなあ。それも遠い土地で暮らしている人間のお客さんなんて! 珍しいに珍しいが掛け合わさってめずめずらしくなっちゃう!」

 

「…………村人はどのくらいいるんだ?」マクガフィンが尋ねた。

 

「たくさんいるよ!」

 

「何人?」

 

「五十人くらい!」

 

 リィレロなら片手間で皆殺しにできる人数だな、と判断するマクガフィン。

 

「今日は特に吹雪いているから、みんな家に引きこもってるみたいだけど!」

 

「なぜおまえは外を出歩いていたんだ?」

 

「暇だから遊ぼうと思って! ──って、さっきから質問ばかりじゃない?」

 

「おっと、すまない」

 

 質問攻めしていたのは、聞きたいことが山ほどあったからというのは勿論だが、逆にこちらが質問されることを防ぐためだ。腹を探られれば痛いものしか出てこないマクガフィンたちにとって、そのような展開は避けたいものである。

 

「だったらこれで最後の質問にしよう──九世兵器を知っているか?」

 

 これはマクガフィンにとって、かなりの覚悟を要する問いかけだった。

 なにせ「自分たちはそれを狙ってここに来ました」と言ってるも同然の質問である。

 場合によっては、これだけで一発アウト。友好的だったワバタの態度が真逆に転じてもおかしくない。

 しかし、どうしてもマクガフィンは確認しておきたかったのだ。

 だってワバタの態度は九世兵器を所有している種族の一員としては、あまりにも──無警戒すぎる。

 外からやってきた、それも他種族の者を村に引き入れるなんて──普通ではない。

『絶対人間帝国』でそんなことをすれば、最悪の場合、外患誘致の罪で処刑だ。

 だというのにあまりにも警戒心のないワバタを不審に思い、マクガフィンは尋ねたのだが、その答えは、

 

「きゅうせ……何?」

 

 というものだった。

 

「あっ、もしかして流星兵器? 知らないなあ」

 

 レスコーが初めて聞いた時と同じ聞き間違いまでしている。

 嘘をついているようには見えない。

 この様子だと本当に知らなそうだ。

 しかし、それならそれで疑問が残る。

 ワバタの発言が確かなら、この村の人口は百人もいかない小規模なものだ。

 そんな狭い集落で九世兵器という他の何を置いても重要視すべき存在の情報が、子供にまで行き届いていないなんてこと──ありえるか? 

 

「いや、知らないなら、それでいい。色々と質問して悪かった」

 

「じゃあ次はこっちが聞いちゃお! ええと──」

 

 マクガフィンは、何を聞かれても当たり障りのない答えを返せるように、既に脳内で綿密なシミュレーションを終えている。

 この村を訪れた目的? どうしてレスコーが刀を持っているのか? その黒い軍服は? ──どんな質問でもどんとこいだ。

 

「マクガフィンちゃんとレスコーさんは──ふたりは、どんな関係なの?」

 

「…………」

 

 それは考えていなかった。

 改めて考えてみれば、聞かれて当然、想定して当然の質問であるはずなのだが──なぜかマクガフィンは考えていなかった。

 自分とフォールコインの関係? 

 そんなものがあるとして、それには──どんな名前がつくのだろう? 

 即答できず、沈黙を返してしまうマクガフィン。

 ただし『ふたり』の内のもう片方──レスコーは違った。

 

「恋愛関係ですわ!」

 

 いつだって即答が似合う女だ。

 その答えが合っているかは別として。

 

「あと将来を誓った仲でもありますの!」

 

 いつか必ず殺すという誓いだがな、とレスコーの発言に心の中で補足するマクガフィン。

 

「へえ、つまりあたしのおとうさんとおかあさんみたいなものかあ」

 

 まだ子供のワバタにはそもそも『恋愛』という言葉自体ぴんと来なかったのか、微妙な反応を返す。

 そこで、ワバタは足を止めた。家に到着したからだ。岩と木材を組み合わせて作られた、簡素な家だった。立方体に近い形をしている。

 屋内にはワバタの両親と思しきふたりの大人のドワーフがいた。

 マクガフィンが「旅の生物学者であり、雪山の生態系の調査に訪れていたのだが、遭難した」という大嘘をついたところ、ふたりは疑うことなく倉庫代わりの空き部屋を貸してくれた。

 娘と同様に、人を疑う邪念を感じられない。ドワーフに共通する性質なのだろうか? 

 

「山道で疲れたでしょ? なんかあったかいもの持ってくるね!」

 

 ワバタはそう言い残し、部屋を離れていった。

 

「さて、と」

 

 ようやくふたりだけになったことを確認すると、マクガフィンは切り出した。

 

「話を整理しよう。かつて、この集落に九世兵器が渡されたというのは、確かな情報だ。でなければ、リィレロがあそこまでやって来ていた理由に説明がつかん。しかし現地の子どもでも所有者どころか九世兵器の存在すら知らないとなると──かなり昔に失くしたのか?」

 

 それに、他にも気になることはある。

 集落の入り口付近で見付けたリィレロだ。

 五十人程度ではああなるはずがないリンチ死体はどうやって作られたのだろうか? 

 仮に。

 なんらかの理由でリィレロのコンディションが最悪で、村人が全員で襲い、奇跡的な確率で勝ったとして──集落総出でおこなわれたであろう壮絶なリンチを、ワバタが知らないはずがない。

 もし知っていたのなら、外部からの来訪者であるマクガフィンたちに対して、彼女はもっと警戒心を見せたはずだ。

 

「……いずれにせよ、情報が足りんな。他の住民にも尋ねてみるか」

 

「その必要はないと思いますよ」

 

 レスコーは平坦な声で言った。

 

「必要ないって……、フォールコインおまえなあ。いくらオレ以外の人間に興味がないからって、そこまで言うか? 現状、他の住民から情報を得ないと、オレたちは先に進めないんだぞ?」

 

「だって、この集落の住民はワバタさんしかいらっしゃいませんもの」

 

「……なんだって?」

 

「あ、正確に言えば『生きたドワーフはワバタさんしかいない』でしょうか」

 

「? 何を言っている? おまえだってさっき見ただろう、ワバタの両親を」

 

「説明するのが難しいんですけれど──彼らは生きている感じ? ()()()()()? がしないんですよねえ」

 

「殺せる感じ?」

 

 殺しすぎる剣術“流星流”の使い手だからこそ、他者の命の有無に敏感だと言うのか? 

 それは──不死身ゆえに自分の生き死にすら曖昧なマクガフィンには、欠片も存在しない感覚だ。

 

「まるで等身大の人形みたいと言いますか……、他の住民が住んでいるという家からも、殺せる感じはしませんでした」

 

「……突拍子もない話だな。今のところ、根拠が貴様の感覚だけだし」

 

「それじゃあ、試してみます?」

 

「試す?」

 

 何を? ──と。

 そう言いかけたタイミングで、部屋の扉が開かれた。

 

「おまたせっ! あったかいお茶を淹れてきたよ!」

 

「“流星流”──」

 

 入室してきたワバタ目掛けて、“全を薙ぐ刀(エピソード)”が閃いた。

 触れれば絶死の殺人剣。しかし、それがドワーフの少女の命を絶つことはなかった。間に割り込むようにして滑り込んできた、彼女の両親に阻まれたからだ。

 二人分の血が飛び散る。致命傷を負ったワバタの両親は断末魔を上げる暇もなく動かなくなった。

 一部始終を見ていたマクガフィンとワバタは唖然とする。

 

「なっ……にをしているフォールコイン……? ついにオレ以外にも、むやみやたらと殺人衝動を向けるようになったのか?」

 

「わたくしの殺意はマフィ様専用ですよ──ただ試しただけです。この集落唯一の生きた住民であろうワバタさんに剣を向けたら、お二方がどうするのかを。案の定、予想通りの反応が見られましたね」

 

「娘が襲われたら庇おうとするのは当たり前だろうがッ!」

 

「そうなのですか? ──では、これはどうでしょう」

 

 呆然としてその場から動けなくなっているワバタ目掛けて、レスコーは二度目の剣を振る。

 彼女の両親が斃れた今、肉壁になってくれる者はいない──はずだった。

 しかし。

 どこからともなく現れた人影が剣の前に滑り込み、先ほどの繰り返しのようにワバタを守った。

 

「なに……?」

 

 マクガフィンは驚愕の声を上げた。

 割り込んできた影がドワーフ──それも、ワバタの両親と瓜二つの外見をしていたからだ。

 そして驚きはそこで止まらない。

 開かれたままの扉の向こう。

 そこには。

 何人、何十人もの、ワバタの両親そっくりなドワーフが犇めいていた。

 異様な光景にマクガフィンは息を呑んだが、そんな暇はない。

 ぎゅうぎゅうになっているドワーフたちは、やがて隣の部屋には収まりきらなくなり。

 壁を突き破って、レスコーとマクガフィンに迫り寄る。

 “流星流”は軍服の少女を抱きかかえ、回避しようとする。だが、相手はひとつの部屋に収まりきらないほどの大人数。室内に逃げ道などあるはずがない。

 故にレスコーは、ドワーフたちとは真逆に位置する壁を切り飛ばし、外へと退避した。

 四方八方を取り囲んでいた壁がなくなり、ふたりは再び極寒の風に襲われる──のかと思われたが、違った。

 外に出た後も、彼女たちは壁に囲まれていた。

 ドワーフたちが作る肉の壁に。

 その数──一〇や二〇では済まない。

 五〇なんて、優に超えている。

 数えきれない程の──軍勢。

 いったいどこに隠れていた? 

『剣呑倉庫』でも、これだけの大人数は仕舞えまい。

 マクガフィンは先ほど、自身の身分を生物学者だと偽ったが、それはあながち嘘ではない。自身の不死性を研究する過程で、生物学の分野では“剣頭”に負けず劣らずの知識を蓄えてきたからだ。そんな彼女の知見に照らし合わせると──こんな雪山にドワーフがこれだけ存在しているというのはありえない。もしもこれだけの大人数がコミュニティを形成して暮らそうとすれば、食糧不足であっという間に全滅だ。

 生態的に考えて、普通ならありえない光景なのである。

 

「それに──こいつら、数が増えていってないか?」

 

 マクガフィンは一瞬、自分の目を疑ったが、それが現実だと知り愕然とする。

 ただでさえ多いドワーフたちの集団は、時間が経てば経つほど、どこからともなく新参が登場し、その数を増していった。

 まさに理外。

 幻想としか思えない。

 しかしそれを現実に可能とする兵器が存在する。

 それは──

 

「九世兵器」マクガフィンは言った。「まさか、こいつらは全員──九世兵器で造られた人形なのか」

 

「やっぱり予想通りでしたわね」

 

 レスコーは小さく呟いた。

 

「『この村はワバタさん以外、生きていない人形なのかもしれない』という推測は先ほど申しましたよね。それを踏まえて、リィレロさんの死の謎を考えてみたところ──思いついたんです。住民のふりをしている生きていない人形を生み出せるような何かがあるのなら、それでリィレロさんでも圧倒されるような量の兵隊を生み出せるんじゃないかなあ、と」

 

「しかしリィレロは一騎当千の──」

 

「それでは相手が一万人だったら? 一〇万人だったら? ──無限だったら?」

 

「…………」

 

 つまりリィレロの敗因は──単純かつ圧倒的な兵力差だった。

 ドワーフの九世兵器は元々、何もない所からまるで生きているかのような人形を生み出すという無茶を可能にしているのだ──九つ同時に振るえば、世界を九度滅ぼせると言われるほどの代物。

 ならば。

()()()()()国に匹敵する程度の兵力は生み出せると見るべきである。

 

「とはいえ、結局はわたくしの感覚を根拠にした推測でしたので、ああしてワバタさんに斬りかかる必要がありました。この集落で唯一の生きたドワーフである彼女に何かあれば、きっと人形たちの方から何らかのリアクションが起きて、それが証拠になると思いましたので」

 

「…………もし貴様の推測が外れていて、実はここが普通の、何の変哲もないドワーフの集落だったらどうなっていたんだ?」

 

「ワタバさんが人形たちに守ってもらえず、死んでいただけですよ」平然と言うレスコー。「ところで、この九世兵器は何というのでしょう?」

 

「“深奥(アン)」「を掴む()」「軍勢(ロジー)”」

 

 周囲を取り囲むドワーフの人形たちが、ひとつの言葉を複数で繋ぐような喋り方で言った。

 

「それが我」「々の名」「前だ」

 

 ◆

 

 一〇年ほど前。

 ドワーフ族は絶滅の危機に瀕していた。

 元々、彼らは寒帯での生活に向いていない。たしかにドワーフは山を住処とするが、それは緑や鉱物が豊かな山であり、断じて、年中雪が降り積もる厳寒の死地ではない。生態の時点で、環境と致命的な不和を起こしているのだ。

 では何故、そこで暮らしているのかというと、答えは単純。

 そこ以外に場所がないからである。

『大いなる戦争』と『大いなる災害』は世界に途轍もない傷跡を残し、地図を小さくした。

 残された大地に、人間や獣人たちが国を構える中、ドワーフに残されていたのは北の山脈だけだったのである。

 それでもなんとか、雪山での生活を続けていった結果、ついに無理が生じた。

 このままではドワーフ族の未来には滅びしかない。

 だから彼らは考えた。

 この場所で生きていけないのなら──他の場所から奪えばいい。

 それを可能とする戦力を、彼らは有している。

 九世兵器──“深奥を掴む軍勢(アンソロジー)”。

 その特性は『軍勢作成』。

 ドワーフ族を模した人形の軍勢を、無尽蔵に生み出せるという代物だ。

 理論上は世界中をドワーフ族で埋め尽くすことが可能であるそれは、一度使えば、敵どころか世界さえ壊してしまいかねない兵器だが──種族の存亡がかかっている今、躊躇う必要はない。

 ドワーフ族の大部分は、そう考えた。

 大部分、は。

 それは──つまり。

 一方で、その方針に異を唱える勢力も、僅かながらに存在したのである。

 いくら種族の存亡がかかっているからとは言え、種族間の争いに繋がるような真似をするべきではない。また『大いなる戦争』を繰り返すつもりか──と。

 声高に、反対したのだ。

 結果、異なる意見を持つ両者は対立することになる。

 それは小さな諍いに過ぎなかったが、絶滅寸前のドワーフ族では、どんな小さな諍いであってもコミュニティの崩壊に繋がる危険性を秘めていた。

 事実。

 この対立をきっかけに、ドワーフ族内では内紛とも言える戦いが発生した。

 血で雪を汚し、血で血を洗うような、おぞましい戦いだった。

 結果的に、種族内の殆ど全員が死亡。僅かに生き残った、『他種族侵攻派』が命辛々“深奥を掴む軍勢(アンソロジー)”を起動させるに至ったが──深手を負っていた彼らは、九世兵器をまともに運用できないまま死んだ。

 こうして、村に残ったのは、所有者を失った九世兵器と。

 産まれたばかりの、ひとりの赤ん坊だけだった。

 “深奥を掴む軍勢(アンソロジー)”はドワーフ族に与えられた九世兵器である。

 なので、『それ』は──起動したものの、ろくに運用されることがなかったそれは。

 たったひとり残された生き残り(所有者)の保護を、目的に設定した。

 

 ◆

 

「自律稼働し、唯一のドワーフ族の危険に反応する軍勢、か──だとしたら奇妙だな。もしこいつらの目的がワタバの保護なのなら、オレたちという部外者が村に入ってきた時点で、今みたいな状況になっていてもおかしくなかっただろうに」

 

「そのワタバさん自らが招き入れた客だったからではありませんか? 斬りかかった時点で、その特別待遇もなかったことにされたみたいですけれど」

 

「ふぅん……。どれだけドワーフに近く、喋る知能を有していたとしても──所詮は兵器。

 持ち主には逆らえない、ということか」

 

 喋っている間も“深奥を掴む軍勢(アンソロジー)”は数を増す。

 ぐんぐんと、ずんずんと、増え続ける。

 鼠算式に──増殖する。

 

「お前たちの目」「的がなん」「であろうと」「ここで排除する」

 

「──なるほど」

 

 絶望的な状況で、レスコーは不敵に呟く。

 

「無限に思える増殖を繰り返し、元から生きてもいない人形で、わたくしとしては活動がしにくい雪山をホームにしているあなたたちを殺すのは、たしかに難しいでしょう──だけど、殺します」

 

 そう啖呵を切った後で「あ」と気付いた。

 

「“深奥を掴む軍勢(アンソロジー)”さんたちはわたくしたちの蒐集目標である九世兵器そのものなんですし、殺すわけにはいきませんよね──どうしましょう?」

 

「こんなに多くなっても、元を辿れば、()()()()()()()()()()()()()()()()──言わば、“深奥を掴む軍勢(アンソロジー)”の本体が何処かにあるはずだ。それを探せばいい。それ以外は全員殺して構わん」

 

「数えきれないほどある人形の猛攻を受けながら?」

 

「そうだ」

 

「リィレロさんですら体力切れで負けた軍勢を相手にしつつ?」

 

「そうだ──無理か?」

 

「いいえ。やってみせますとも」

 

 頼りがいのある台詞を吐くと、レスコーは“深奥を掴む軍勢(アンソロジー)”の群れに突き付けるように、刀を構えた。

 それはいつも通りの──美しい、中段の構えだった。

 

「“流星流”レスコー・フォールコイン──殺して参りますわ」

 

「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「九世兵器。“深奥を掴む軍勢(アンソロジー)”──推して参る」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」

 

 人形の大群が、雪崩のようにレスコーを襲った。

 三百六十度どの方角を見ても逃げ場のない、圧倒的な物量である。

 まるで世界そのものが“流星流”目掛けて縮小しているかのような、圧迫感のある光景だった。

 

「こういう対集団戦には、本来牙剥(きばむき)が適切なのですが、人数が人数ですからねえ……。なので今回は──四週間ぶりの、この技でいきますわ」

 

 その技のミソは、たとえ体力が尽きても、気力が果てても、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()剣を振り続けられるところにある。

 たとえ敵が無限にも思える数の軍勢であろうと、無限の殺意を原動力して殺し続けるそれに、リィレロのようなエネルギー切れによる敗北は起こりえない。

 その技の名は──

 

「“流星流”──骨抜(ほねぬき)

 

 ◆

 

 登りは言うまでもないが、下るのも下るのでしんどいな、とマクガフィンは思った。

 

「というより、単なる疲労か──いくらオレが不死身でも、五日五晩も戦闘に付き合えば、疲れるに決まってる」

 

 びゅうと吹く雪風に煽られて、マクガフィンの胸元で何かが揺れる。

 それは銀のネックレスだ。

 ドワーフの大群を切り刻んだ末にようやく見つけた“深奥を掴む軍勢(アンソロジー)”の本体を執筆で書き換えたものである。

 本音を言えば、更に重ね着できる防寒具に変えたかったのだが、こんな寒さでは衣服がたかが一枚増えたところで大した防寒は期待できない。

 それに“深奥を掴む軍勢(アンソロジー)”を集めた以上、もうこの雪山に用は無い。

 再び訪れることもあるまい。

 ならば、下山した後ではただの邪魔にしかならない防寒具に変えるよりも、ネックレスのような小物に執筆した方がいいと、マクガフィンは考えたのだ。

 

「あらあら、お疲れですかマフィ様? よければおんぶしましょうか?」

 

「結構だ──というより、貴様は既に背負っているものがあるだろ」

 

 言って、マクガフィンは目深に被った軍帽の奥から、視線を投げかける。

 その先には、レスコーに背負われているドワーフの少女──ワバタが寝ていた。

 というより、気絶していた。

 無理もない──両親の姿を模した人形が目の前で殺された挙句、同胞のドワーフ族そっくりの“深奥を掴む軍勢(アンソロジー)”が万単位で切り刻まれる光景を目の当たりにしたのだから。

 精神に負ったショックを考えれば、このまま目を覚まさなくてもおかしくあるまい。

 

「集落が血肉でぐちゃぐちゃになって、住めなくなってしまったから、山の麓まで連れて行くんでしたっけ? マフィ様はお優しいんですね、うふふっ」

 

「別に、情が湧いたわけではない。世界を巻き込む自殺を企むオレに、そんなものがあると思うか? ──ただ、こいつの案内がなければ、オレたちは村に這入ることができなかったから、その返礼をしているにすぎんよ。それに──」

 

 “深奥を掴む軍勢(アンソロジー)”との戦い、その最後、レスコーたちの手が本体まで届きかけたタイミングで、人形の残党が言っていた台詞を思い出す。

 ──せめて。

 ──せめて、あの子は生かしてくれ。

 ──殺さないでやってくれ。

 

「……………………」

 

 あの言葉には、ただの人形が発したとは思えない感情があった。

 感情がないレスコーと行動を共にしているから、より強く、そう感じられたのかもしれない。

 

「だいたい、ドワーフ族唯一の生き残りが、このままひとりで生き続けられるとは思えんが──そういう現実的な後先を考えずに、これまで十年間守り続けてきた子供の生存を願うというのもまた、感情的であるが故のことか」

 

「それにしても、“神々”が作ったとはいえ、生きて考える兵器だなんて、九世兵器は凄いですねえ──あんなもの、きっと他にはないんじゃないですか」

 

「だろうな」

 

 そんなことを言い合うレスコーとマクガフィンだが。

 これから六週間後。

 彼女たちは“深奥を掴む軍勢(アンソロジー)”以外の、生きた九世兵器を互いに目にすることになる。

 その遭遇は、レスコーたちの()()()()()の幕開けも意味する出来事になるのだが。

 ふたりはまだ──そんな未来を知らない。

 

 

 

 

 

 次回予告! 

 

 とんとん拍子で進むレスコーたちの旅! 

 次なる目的地は吸血鬼の国! 

 そこでは既に、『絶対人間騎士団』の“剣聖”と吸血鬼・クラックベイによる、国を揺るがす規模の戦いがおきていて……!? 

 さらにマクガフィンに恋するライバルまで登場!? 

 恋も殺し合いも負けてられない! ”流星流”はどう戦うか! 

 

 次回! ソードエピソード! 

 

 第七話『天を侵す星(トリックスター)』!  

 

 また読んでね! 

 

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