ソードエピソード   作:女良息子

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07.天を侵す星(トリックスター)-日没

 昼の中頃。

『絶対人間帝国』から大陸沿岸へと向かう陸路の途中にて。

 三人の男女が木陰で小休止をしていた。

 

「ねえ、ト」

 

 男とも女とも判別しがたい、中性的な顔をした軍服の人間が、覗き込むような姿勢で言う。

 愛らしくくるりとした眼球で見つめる先で、ひとりの少年が地べたに座っていた。

 この世界に類型が見られない奇妙な様式の服と、隣に寝かせている刀以外には外見的に目立つ特徴が見られない『どこにでもいる普通の少年』である。

 呼ばれた少年は、それまで読んでいた本から顔を上げた。

 

「ぼくの名前はトじゃない、   トだ──どうしたシャルル。なにか用か」

 

「いや、別に大した用ってわけでもないよ。読む本が元に戻ってるな~って思っただけ」

 

 少年の手にあるのはシャルルから見て奇妙な本だった。

 表紙に並ぶ解読不能な記号に、独特の画風で書かれている絵。

 人間のあらゆる文化が集う『絶対人間帝国』の隅々まで探しても、同じものがふたつと見つからなさそうな、奇妙な本である。

 しかしシャルルにとって、それは見慣れた本だった。

 なぜなら、トが日ごろからずっと愛読している本だからである。

 どれくらい『ずっと』かというと、騎士団に入団した頃からだ。同じ本を飽きもせずに繰り返し読み続ける彼の姿を見て、シャルルは「よっぽど好きなんだなあ」「もしくは読めもしない本を読んでるふりをして、変人アピールに必死なのかな」と思ったものだ。

 ともあれ、シャルルを含め、騎士団において、『変な本』とトは切っても切れない関係として認識されていた。

 しかし──トが読む本は、数日前から別のものに変わっていた。

 それは生物学の図鑑だったり、五〇年前の戦争について記した歴史書だったりと、学生や研究者が読みそうな本である。なんでも、わざわざ一旦帝国に戻ることになってでも、ミルドットの本棚から苦労して探してみせた学術書らしい。

 シャルルだったらページを開いて三分で眠くなりそうなそれらを、トはここに来るまでの道中で、暇を見ては読み漁っていたのだ。

 その変化には驚かされたし、てっきりトの振りをした偽者かと思ったが──まあ、読書の嗜好なんて人それぞれだ。

 ましてやトは普段から得体の知れない本を愛好しているのである。むしろ、まだどんな本か分かりさえする学術書を熟読している方が、受け入れやすいというものだ。

 そんな風に思っていたシャルルだったが──しかし。

 しかし、トが読む本は、今日になって元に戻っていた。

 意味不明な本から難し気な学術書へ──そしてまた、意味不明な本へ。

 難しさで言えば大差ないように思われるし、読んでる本が変わったくらいで一々そんなに気にすることかよ、と言われればそこまでかもしれない。

 だからシャルルは、ただ単にちょっとした雑談をする程度の感覚で、トに尋ねたのであった。

 対する少年の答えは、

 

「だって、もう読む必要がないからね。知りたいことは大体わかった。というより、()()調()()()()()()()()()()()()()は分かったというべきかな」

 

「ふうん、そうなんだ。何が知りたかったの?」

 

「きみがぼくをトと呼ぶ限り、理解できないことだよ」

 

「なにおう」

 

 まるでこちらの理解度に非があるかのような言い草に、シャルルは少しムッとした。

 

「そんなことばかり言ってたら、任務中に危なくなった時、助けてやんないからね!」

 

「いーよ。ぼく強いし。たかが()()()()()()中に危ない目に遭うことなんて有り得ないって」

 

「ムキーッ! あー言えばこー言うなあ! 生意気なんだからっ!」

 

 形のいい顔が赤くなり、怒りの形相を作った。中性的なその顔では、そんな風に表情を変化させたところで、まだ美しさの方が印象強く見えるのだから、美人というのはつくづく不思議である。

 

「シギもそう思わない!? いっそのこと任務中にふたりでトを裏切って、困らせてやろうぜ!」

 

「おい、そういう話はせめて本人(ぼく)が居ないところでしろ」

 

 ツッコミを入れるト。

 ふたりは同じ方向に目を向ける。

 そこには腰ほどの大きさのある岩があり、ひとりの女が座っていた。

 服装はシャルルと同じ黒の軍服。

 そして。

 長い──とても長い髪をした女だ。

 頭の後ろで一本の三つ編みにまとめられており、先端部分は足元に横たわっている。まるで地面を這う蛇みたいだ。これほどまでに髪が長いと、きっと岩から腰を上げたとしても、毛先が踝のあたりまで届いてしまうだろう。

 女は自分の”全を薙ぐ刀(エピソード)”を鞘から抜いて、何やら手入れのようなことをしていたが、顔を上げる。

 両目にかけた瓶底のように分厚い眼鏡──その奥にある眠たげな半目が、ふたりに向けられた。

 それに続いて──

 

「………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………」

 

 無言。

 それだけだった。

 視線に視線を返しただけであり、言葉が伴っていない。

 耳が聞こえていないわけでは──あるまい。シャルルの呼びかけに反応したのだから。

 声が小さすぎるわけでは──あるまい。口も喉も一切動いていないのだから。

 無言、無言、無言──ただひたすらに、無言。

 

「…………」

 

 もはや圧さえ感じられるほどに重々しいシギの無言に、トも思わず口を閉じてしまう。

 シギ・テーブル。

『絶対人間騎士団』の団員にして──”人剣流(にんげんりゅう)”九十九代目当主。

 ”人剣流”とは『絶対人間帝国』が建立する以前どころか、『大いなる戦争』と『大いなる災害』よりも遥か昔に起源を持つ剣術である。

『人間が使う、人間の為の剣術』という思想を根底に持つこの剣は、その狙い通り、今現在では多くの人間に広まっていた。

『絶対人間帝国』において”人剣流”の名を知らない者はいないし、国が設立した教育機関のカリキュラムにさえ、この流派の基礎的な訓練が取り入れられているほどである。

 これほどまでに名の知れた剣術なんて、他には”流星流”くらいだ──もっとも。多くの人間から恐れられている殺人剣を、国民の殆どから慣れ親しまれている剣術と同列に語ったら、の話だが。

 そんな”人剣流”の──九十九代目。

 それがシギ・テーブルという人間だ。

 つまり彼女は人間という種族において剣術を語る場合の代名詞的な存在なのである。

 彼女が剣の道を歩むのではなく、彼女が歩いた道こそが剣の道となるのだ。

 故に付けられた名は──”剣道”。

()()()()()()()()()()()、『絶対人間騎士団』において最強の騎士である。

 

(だから──『異名に相応しい人物であれるよう、常日頃から口ではなく剣で語るようにしている』んだっけ?)

 

 仲間のプロフィールをトは思い出す。

 

(与えられた立場に恥じない姿を目指す姿勢には感服するけど……、それで出てくるのがこの異常なまでの無言ってのはなあ……)

 

 どうコミュニケーションを取ればいいんだよ、と。

 呆れたトだったが──そんな彼の横にいるシャルルは、

 

「やっぱりシギもそう思うよね!」

 

 と、溌剌とした声で言った。

 

「……………………………………………………………………………………」

 

「「でも裏切ろうとするのはよくない」? ……いや、アレは言葉の綾って言うか……ついカッとなって言っちゃったっていうか……もちろん、本気で言ったわけじゃないよ?」

 

「……………………………………………………………………………………」

 

「ほんとほんと! だから安心して! これからの任務──『小鳥戦争』への介入にあたって、トが欠かせない戦力になるのは自分もよぉーく理解してるから!」

 

「……………………………………………………………………………………」

 

「あはははっ! もちろん! シギにも期待してるよっ!」

 

「シャルル」

 

 トは我慢できずに尋ねた。

 

「おまえ、シギが何言ってるのか分かるの?」

 

「ん? そうだけど?」

 

「なんで」

 

「だって、ほら、仲間だし」

 

「理由になってねーっ!」

 

 目と目で通じ合う無言のコミュニケーションというやつか? 

 ”剣道”の目を見てみるが、そこにあるのは眠そうな半目だけだ。感情なんて欠片も拾えない。

 だというのにシャルルは、まるでシギが多弁に語っているかのように、彼女の意図を汲み取っているのである。

 

「…………。コミュニケーション能力ってすげえ」

 

 名前すらまともに認識されていない自分と、四六時中無言という会話以前の問題なシギが、誰とでもコミュニケーションを取れるシャルルと組まされたことに、単純な戦力以外の理由を見出した気がしたトだった。

 そんなこんなで。

『絶対人間帝国』の精鋭3人という破格の戦力は。

 大陸沿岸部へと脚を進めていく。

 その先に待ち構えているのが、地上に残る9つの種族が内のふたつ──小人と鳥人であり。

 それはつまりふたつの九世兵器もそこにあるということを意味している以上、その場にレスコーとマクガフィンが来訪することは、半ば確定事項だ。

 その時に起きる”流星流”とトの出会いが、ひとつの大きな謎を解き明かすきっかけになるのだが──

 それはもうしばらく先の話である。

 

 ◆

 

 不明国家という国がある。

 どういう国か分からないから、そのような名前をしているわけでは──ない。

 読んで字のまま。

 明るくない国だからだ。

 一年中。

 春も。

 夏も。

 秋も。

 冬も。

 朝も。

 昼も。

 夜も。

 その国が日の光に照らされることは無い。

 いつだって夜の帳が下りている、常夜の国。

 故に──不明国家。

 普通の国なら大問題である。日光が届かない土地で栄える命はないのだから。

 しかし、この世界にはひとつだけ、日光がなくても生きていける──どころか、むしろ、日光を嫌悪さえしている種族がある。

 その名は──吸血鬼(ヴァンパイア)

 

「シギたちはそろそろ目的地に着いた頃かな。いくら乗り込む先がふたつの種族間の戦争という、ここ五〇年では未曾有の戦地とは言え、騎士団の精鋭が三人も乗り込むんだ。きっと、いや、確実に任務を達成するだろう──わたしはそう信じてる」

 

 不明国家の門前。

 そこに黒装束の人間が立っていた。

 黒い。

 とにかく黒が目立つ。

 服装は上下ともに『絶対人間騎士団』の黒の軍服。更にその上に、帝国で最大の派閥を誇る宗教の、黒い神父服を羽織っていた。

 黒に黒を塗り重ねるような格好だ。

 顔そのものには爽やかな微笑を浮かべているが、細められた両目の奥には闇のような黒が広がるばかりである。

 まるで不吉や不幸と言った概念が人の形を得たかのような風体──しかも腰に目をやれば刀まで差しているのだから、その印象はますます濃くなる一方だった。

 男の名はサンヘルム・テーブル。

『絶対人間騎士団』所属の“剣聖”だ。

 

「さて、わたしと共に各地に散った隔地の同胞に思いを馳せるのもここまでにして、わたしはわたしの任務を全うするとしようか」

 

「舐められたものだ」

 

 そして──男の向かいにもまた、黒があった。

 影を切り取って素材にしたのかと思わされるほどに真っ黒な礼服に身を包んだ紳士だ。

 こちらは人間ではない。

 不明国家の住民──吸血鬼。

 嘲るように笑みを作る口元から覗く鋭い歯が、彼がその種族であることを証明している。

 黒と黒──人間と吸血鬼──神父と紳士。

 その対峙に、和やかな雰囲気は見られない。

 

「まさかたかが人間が、軍隊を引き連れるのではなく、単身で乗り込んでくるとはな……。吸血鬼の強さを知らぬわけではあるまい。『巨人五六人殺しのダンデール』や『緑の夜のラプトレ』の伝説くらい、君でも寝物語で聞いたことがあるだろう?」

 

「勿論あるとも。滅ぼすべき怨敵の悪評としてね」

 

 にこやかに弧を描く神父の両目。

 その両目に映る黒は闇のようだと思われたが──違った。

 それは闇ではなく──炎だ。

 憎悪と嫌悪と厭悪で燃え盛る、黒い感情の昂り。

 それが宿る両目で持って、神父は吸血鬼を見ていた。

 

「軍隊を引き連れる? とんでもない。吸血鬼などという畜生にも劣る種族を滅ぼす程度、わたしひとりで十分だ──わたしはそう信じてる」

 

 それに。

 

「このわたしがにっくき吸血鬼を相手にして、我を忘れずに仲間に配慮した戦いができる自信はないからね。わたし自身の手で尊い人命を危険に晒すことになるのは不本意だ──かつて、殺しすぎる剣術として味方からも恐れられた“流星流”の二の舞にはなりたくない」

 

「随分と嫌われたものだな。吸血鬼(俺様たち)がおまえに何かしたかね?」

 

「いいや、なにも?」

 

 答えながら、神父は刀を──人間に与えられた十二本の“全を薙ぐ刀(エピソード)”が一本を、鞘から抜いた。

 不明国家においても、その刀身が放つ妖しい光は健在である。

 

「わたしは生まれつき吸血鬼が、というか人間以外の種族が嫌いなんだよ。人間が好きすぎるから反動で他の種族が、と言い換えることもできるかな? ……まあ、とにかく、中でも吸血鬼が群を抜いて嫌いでね。だって、血を吸うのってばっちいじゃないか。そんな汚い生き物なんて、さっさと駆逐されて然るべきだよ──私はそう信じている」

 

「……呆れた性根だ。あまりに酷くて、言葉を失いそうになったぞ」

 

「気にしなくていい。どうせすぐに物言わぬ死体になるのだから」

 

 不明国家の空の下で光が灯った。

 サンヘルムが超速で振り抜いた刀が弾かれたことで、火花が生じたためである。

 何に弾かれた? ──答えは爪。

 紳士のしなやかな指から伸びた爪によって、弾かれたのだ。

 これまで所有者が何人も死に、その度にマクガフィンたちの手に渡っている為、分かりづらいかもしれないが──“全を薙ぐ刀(エピソード)”は折れず、曲がらず、欠けず、錆びず、この世の何よりも鋭い至高の名刀である。

 通常ならば生物の爪で弾けるはずがない。

 だが。

 

「巨人に並ぶ最強種の吸血鬼。その中でも最高峰と称される吸血貴族のこの俺様──クラックベイの肉体は元より至高! たかが刃物如きでは爪が欠けることさえありえんッ!」

 

 誇るように、高らかな声で叫んだクラックベイは、手刀をサンヘルムの喉元目掛けて走らせた。

 九世兵器とすら互角に渡り合った手刀である。人間の体に触れればどれだけ凄まじい破壊を引き起こすかなど、想像するまでもないことだ。

 巨人が大きく強いのと同じように──吸血鬼は、ただひたすらに強い。

 なんで? と聞かれても答えはない。魚が水中を泳ぐように、鳥が空を飛ぶように、『そういう生態』だからとしか言いようがないからだ。

 

「それは所詮、夜という限られた時間の中での話。弱点である日の光を浴びれば、たちまちの内に灰となって死ぬ──だが」

 

 神父は腰から下に力を込めて上半身を後退させ、クラックベイの爪撃を限り限りのところで躱した。

 背中を思いきり仰け反らせた姿勢のついでに空を見上げる。

 そこには夜空が広がるばかりだ。

 太陽の代わりのように、ひとつの球体が天上で光っているが、本物の太陽と比べればひどく頼りない、おぼろげな明かりである。

 ずっと長い間、この国に夜明けは訪れていない。

 九世兵器が与えられた、五〇年以上前から──ずっと。

 吸血鬼の天敵である日光が、一筋たりとも降り注いでいないのだ。

 

「噂を聞いただけでは半信半疑だったが、現地に訪れたことでようやく理解できた」“剣聖”は言った。空高く浮かぶ光球を見ながら。「あれが“天を侵す星(トリックスター)”──特性は『太陽光の吸収』。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()……!」

 

 先程も述べたように、地上に生息圏を持っておいて太陽の恩恵を受けずに栄える種族は、吸血鬼という例外を除くと存在しない。

 それを前提として考えると、太陽光を完全に吸収する九世兵器” 天を侵す星(トリックスター)”を、もしも他国への攻撃に用いれば、甚大な被害を生むことは確実だ。

 それだけでも十分、恐るべき環境破壊兵器と言えるのだが──“天を侵す星(トリックスター)”を与えられた吸血鬼は、そのような使い方をしなかった。

 彼らは自国の領土内で、“天を侵す星(トリックスター)”を行使し、巨大な日傘を差すようにして空から降り注ぐ太陽光を遮り、不明国家を完成させたのである。

 日光に弱い吸血鬼が、いつでも万全で活動できる環境を作り上げたのだ。

 環境破壊兵器で──環境を開発してみせたのだ。

 

「ここが吸血鬼の領域なのは百も承知。だが騎士団の名に懸けて、絶対に勝ってみせるとも──わたしはそう信じてるッ!!」

 

「クククッ! ならばその信心諸共、貴様の命を砕いてみせようかアッ!!」

 

 爪が、剣が、牙が、刃が──交差する。

 それは傍目からすれば目に映らないほどの一瞬。その合間に、サンヘルムには十を容易く超える数の死線が襲い掛かる。しかし彼は、持ち前の技量でもって、その悉くをねじ伏せてみせた。

 クラックベイの爪撃が迫れば迎え撃ち、背後から他の吸血鬼が飛び掛かれば薙ぎ払い、時には大胆に踏み切ることで敵の懐に潜り込みもする。

 ひとつひとつが熟練の騎士の技。

 しかし、それでもまだ足りない。

 吸血鬼を──吸血貴族、クラックベイを狩るには、まだ足りない。

 実際、剣戟の合間に、神父は紳士へ致命傷に近い傷を何度か与えている。しかし、次の瞬間には何事もなかったかのように傷が塞がっているのである。

 吸血鬼はただひたすらに強いだけでなく、治癒力までも優れているのだ。

 まさに──不死身、といってもいいのかもしれない。

 

「しかも、この特性は不明国家にいる限り、時間制限が存在しない。夜が明けようと、朝が来ようと、昼が訪れようと、俺様は強く、しぶといままだ──どうする? 今から尻尾撒いて逃げるかね?」

 

「馬鹿を言え」

 

 するとサンヘルムは一足で十歩ぶんほど退がり、その場で刀を右手だけで握り、真横に構えた。残る左手で刃の根元に触れ、そのまま指先を刃の先端へと滑らせていく。

 戦闘行動を中断して始められた奇抜な行動に、クラックベイは訝し気な目をする。

 強気な台詞とは裏腹に、降参するつもりなのか? と思ったが──違った。

 サンヘルムは斬るのを止めたが、戦いを止めたわけではなかった。

 刀を──“全を薙ぐ刀(エピソード)”を斬る以外の用途に使うことで、他の戦法を始めたのだ。

 

「執筆開始──“校正・陽光炉(ディスライク・ディスライク・ディスライク)”」

 

 瞬間、妖しく煌いていた“全を薙ぐ刀(エピソード)”の刀身が、更に眩しく煌く。

 その光は刃物特有の冷たい光ではない。

 むしろその逆。

 温かな光だ。

 温かく、暑く、熱く、触れられない程に熱い、灼熱の光。

 

「刀身に『熱量の上昇』という文章(テキスト)を書き込んだ……のか!? この一瞬で!?」

 

 クラックベイは叫んだ。

 対象が意思の無い武具であり、執筆の結果起きる現象が『加熱』という単純なものとはいえ、これほどまでの変化をたった一瞬で起こしたサンヘルムは、騎士としてだけでなく、執筆家としても一流の人物だった。

 そして何より驚くべきは──これほどまでに熱量が上がり、今となっては赤熱を越えて白熱にまで至っているにも拘らず、未だに刀の形を保っている“全を薙ぐ刀(エピソード)”の耐久性だ。

 

「普通の刃物ではこうはいかない。執筆の最中で自分の熱に耐えきれず熔解してしまうのだから。並外れた耐久性を持つ九世兵器だからこそ可能な奥義。それが“校正・陽光炉(ディスライク・ディスライク・ディスライク)”だ──そして、ひとつ訂正しておこう」

 

 神父は再度構える。

 白く──恒星のように熱を放つ刃を。

 

「わたしが“全を薙ぐ刀(エピソード)”におこなった執筆は単なる『熱量の上昇』ではない。()()()文章(テキスト)()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。いわば太陽のパスティーシュだよ、これは」

 

 太陽のように光を放つ刃を。

 吸血鬼へと向ける。

 

「日の光が届かない不明国家において、たしかに吸血鬼は少しばかり調子が良いのかもしれない。しかし、このように“ 天を侵す星(トリックスター)”で下ろされた夜の帳の内側で、太陽のようなものを改めて出現させたら──光を覆う闇を更に光で満たしたら、どうなる?」

 

 この状況で吸血鬼(おまえ)はまだ、自分の強さを信じられるか? ──と。

 その言葉が合図であったかのように、刀身が放つ光は量を増した。

 世界が白一色に満たされる。

 瞬間。それまでクラックベイの補助として待機していた吸血鬼たちが灰になった。

 限りなく『太陽光』に近い光が、“天を侵す星(トリックスター)”で造られた暗闇の内側を駆け抜ける。

 その速度はまさに光速──いかに身体能力が高い吸血鬼でも、避けられない。

 キロ単位の半径を襲った光の爆発は、日の光から離れて久しい不明国家の住民たちを次々と殺していった。

 何秒、何分、何時間──永遠に続くかのように思われた光の奔流はだんだんと弱まっていく。

 白熱していた太陽は、今やすっかり元の“全を薙ぐ刀(エピソード)”に戻っていた。

 

「──フゥ」

 

 光の中心には“剣聖”が立っている。

 ひどく憔悴している。太陽に限りなく近い存在のそばにいたのだから当然だ。

 

「やはり消耗が激しいな、この執筆は……。だが、威力は見ての通りだ。この調子で不明国家を虱潰しにしていけば、ゆくゆくは奴らを根絶できるだろう──わたしはそう信じ」

 

 どすっ、と。

 鈍い感触があった。

 サンヘルムは視線を下ろし、自分の胸元を見る。そこから腕が生えていた。背後から刺された貫手である。

 

「油断したなァ、人間。まあ、あんな奥の手を使った後では、無理もないか」

 

 背後から声がする。

 

「お、おまえは……ッ」“剣聖”は血を吐きながら戦慄した。「さっき、“校正・陽光炉(ディスライク・ディスライク・ディスライク)”の光で死んだはずでは……!?」

 

「実際死ぬかと思ったさ──体に“天を侵す星(トリックスター)”を埋め込んでなければ、危なかっただろう」

 

「体に……“ 天を侵す星(トリックスター)”を……?」

 

「正確に言えば、“天を侵す星(トリックスター)”を元にした、小型の模造品(イミテーション)だがね」

 

 紳士は言った。

 小型化した“天を侵す星(トリックスター)”の模造品(イミテーション)

 もし、そんなものが実在するのなら。

 太陽光を遮る闇の真下で、“校正・陽光炉(ディスライク・ディスライク・ディスライク)”の光が展開したとしても──更にその光を吸収することで、死を免れることが可能だ。

 

「聞けば人間の国では“全を薙ぐ刀(エピソード)”を雛形にした刃物が流通しているというじゃないか。小人の国でも“地を支える毒(フェアリーテイル)”を元に様々な毒物と薬品を生産しているという噂を聞いたことがある。吸血鬼(俺様たち)がやったのはその延長線上みたいなもの──九世兵器の模倣だ。だって『国ひとつ覆えるほどの環境破壊兵器を、もし量産し、小型化できたら、どれほど便利だろうか』なんて、誰だって思うだろう? 長年かけて行ってきた研究だが、これがなかなかの難航でね……、こうして試作品が俺様の手に渡ったのは、つい先日のことだった」

 

 背後を取られているサンヘルムから、クラックベイの表情は見えないが。

 きっと、得意げな顔をしているのだろう。

 

「つまり、人間。お前は──『模造品』を使うという、こちらと同じような策を使った上で、俺様に負けたんだよ」

 

 嘲るようなその台詞に。

 サンヘルムは身を焦がすほどの、狂おしい怒りを感じた。

 だが胸を貫かれた今、身を捩るどころか、叫び声を上げることさえできない。

 こうして。

 “剣聖”は忌み嫌う他種族の国土にて没した。

 

 ◆

 

 突然の回想。

 

「実のところ、ぶっちゃけると剣術じゃあないんじゃよなあ、オレの“ 征流”は」

 

 それがいつ、どこで、どのような会話の流れを経て出てきた言葉だったのかは思い出せない。

 そもそもこれは実在する記憶だったのか。

 唯一確かなのは、その発言の主が全身を襤褸で覆った長身の人間だったことだけである。

 言葉の所々に虫食いのような穴が空いてるように聞こえるのは、あまりに記憶がおぼろげな所為か。

 それとも元々こうだったのか。

 

「剣術とは敵との戦いを成立させるために培われ、敵を殺すという最終目標の為に使われるものじゃろ。じゃが“ 征流”は文字通り を一方的に征するために生み出した技法(スタイル)。 を殺すなどという考えは、当然の前提。オレが目指すのは、更にその先──どう殺し、どう解体(ばら)すかじゃ」

 

「…………。肉や魚をただ斬るんじゃなくて、飾り切りに拘ってるみたいなもの?」

 

「そういうことじゃな。じゃから剣術というより、解体術と言った方が正しかろう」

 

 襤褸が言う『 』がどれほど恐ろしいのかを、当時の自分は知っていた。

 空から訪れ、世界をただ壊すだけの──災害。

 わたしの村も、アレに壊された。

 あんな殺せるどころか立ち向かうことさえ不可能なように思われる存在の殺害を当然の前提と言ってのける襤褸は、いったい何者なのだろう。

 果たしてこいつは人間なのか? 

 

「オレは見たままの人間じゃよ。というか寧ろ、オレの方が不思議に思えるんじゃがなあ──どうしておまえは を殺せると思えない? アレこそまさに、見たままの生き物じゃろう。どれほど強く見えても、所詮は生きた物じゃ。じゃったら、殺せるのは当然の道理じゃろうが」

 

「生き物? あの災害が?」

 

「ううむ……。やはりこのレベルの認識すら共有できぬのか。ここまで理解度に差があると話に困るのう」

 

「よく分からないけど、もしかして煽られてるのかしら?」

 

「ちがうちがう」

 

 襤褸は困ったように肩を竦めた。

 

「そもそも理解で言えば、殺し方にそこまで拘泥する意味が理解できないわ。あんな災害、殺せるのならただ殺すだけで十分じゃない」

 

「だって──勿体ないじゃろ? ただ殺すだけじゃ」

 

 襤褸が言った意味を理解できず、わたしは言葉を失った。

 

「あれだけ強く、恐れられている奴らが、オレ如きにただ殺されて終わりというのは、あまりに勿体ない。生きている今ですら、こんな風に識られておらんのじゃ。これでもし絶滅でもすれば、きっと()()()()()()()()()()かのように扱われることじゃろう──だから思ったのじゃよ。どうせ殺すなら、なにか意味のある殺し方をしてやりたい、とな」

 

「殺しておいて、意味がどうのこうの言うのは矛盾しているように思うのだけれど」

 

「ははっ、そうかもしれんのう」

 

 じゃが、と。

 襤褸は、夢を見る子供のように、純朴な目で語る。

 

「いつか──オレの“ 征流”が完成して、とびきり強い を殺したら──その死を何か意味のあることに使ってみたいのう」

 

 本当に、こんな会話があったのか定かではない。

 その夢が本当に語られたのかは曖昧だし。

 その夢がいつか叶ったのかさえも曖昧だ。

 生と死の境くらい──曖昧だ。

 

 ◆

 

 曖昧な生と死の境から、マクガフィンは復活した。

 両目を開ける。

 こちらを覗き込むレスコーの顔があった。

 膝枕スタイルでの起床である。

 

「おはようございます、マフィ様」

 

 目覚めの挨拶をするレスコー。

 いつも通りの爽やかな笑顔だった。

 

「……。何があってオレは死んだ?」

 

「おや、覚えておられないのですか? ……まあ、急にあんなものが頭にぶつかったんですし、仕方ないのかもしれませんね」

 

 そう語るレスコーが横目で見つめる先には瓦礫が転がっていた。

 マクガフィンの頭くらいの大きさをしており、その一部には真っ赤な血が付着している。

 

「地平線の向こうで何か光ったと思ったら、瓦礫が雨のように飛んできまして……、わたくしは全て避けたのですけど、瓦礫のひとつがマフィ様の脳天にぶつかったのです」

 

「…………」

 

 思えば、レスコーは以前から、ふたり一緒に危険に見舞われた時はマクガフィンを見殺しにして自分の安全を優先する節があった。

 ……まあマクガフィンの不死性を考えれば、それがもっとも合理的な判断であることは確かだし、そもそもレスコーはマクガフィンを見殺しにするどころか殺そうとさえしているのだけれども──……なんだかなあ。

 これではどちらが雇い主か分からない。

 微妙な気分になるマクガフィンだった。

 ──そんな私情はさておき。

 

「なるほど、地平線の向こうで光がね──光だと?」

 

 マクガフィンは切れ長の目を見開きながら、件の地平線に目をやった。

 ともすれば、己の死因を尋ねた時よりも疑問を抱えていそうな顔である。

 

「あの方角にあるのは『不明国家』だぞ? いったい、何があったというんだ?」

 

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