ソードエピソード   作:女良息子

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全開8.5話でお茶を濁しましたが、少数の入ってるナンバリングが嫌だったので、前回投稿分の前編と新しく書いた後編を合わせた9話で投稿します。
一応、8.5話はもう読んでるよって人の為に、両編の区切りにを置いています。


09.地を支える毒(フェアリーテイル) あるいは 雲奥にて唄う砲(ライトノベル)

 

 白魚のように細く、しなやかな指が刀の柄に絡み、力が込められる。

 すうっ、と抵抗なく引き抜かれた刃は、銀色に閃いた。

 この世全ての刃物が発する輝きの中で、一番美しい輝きである。

 そして──それ以上に美しいものが、近くにあった。

 それは刀の持ち主だった。

 男とも女とも判別しがたい、中性的な美貌を持つ人間である。

 肌は滑らかで、染みひとつない。まるで普通の人間とは、肉体の組成からして異なるかのような美しさである。

 着ているのは軍服と踊り子の中間のような様式をしている黒い衣服であり、その黒さによって、その人間の肌の白さがより一層引き立っていた。

 そんな美しい人間が、上空を覆う木々の枝葉の隙間から降り注ぐ木漏れ日に照らされている姿は、まるで舞台上で照明を浴びる役者のように見えた。

 それは美しく。

 美しく。美しく。

 美しく。美しく。美しく。

 美しく──どこまでも美しい。

 だが──しかし。

 

「………………」

 

 麗人と対峙している小人の戦士は、まるで猛獣と遭遇したかのような反応を見せていた。

 顔を歪め、じっとりとした嫌な汗を、頬に滴らせている。

 彼は、かつて感じたことがないほどの緊張を味わっていた。

 それは麗人が現れたのが小人と敵対関係にあり、何度か武力的衝突が続いている鳥人の生息圏がある方角だったからというのもあるが──理解してしまったからだ。

 刀を抜く。

 たったそれだけの所作を、一目見て。

 その人間が持つ実力の高さを、小人の戦士は理解してしまったのである。

 

「『絶対人間騎士団』。“剣舞”、シャルル・テーブル」

 

 唐突に、麗人は名乗った。

 まるで子守歌でも歌うかのような、安心感のある声音だった。

 

「ボクたちはいま、鳥人に協力していてね。もし良かったら、そっちの偉い人に伝えてくれない? 『鳥人の勢力には人間のちょー強い騎士が付いたから、早く降伏した方がいいよ』って」

 

 その言葉により、小人の戦士が抱える緊張が限界に達した。

 この人間は敵だ──そう決断する。

 

「──“飛蝗”!」

 

 次の瞬間、彼は地面を蹴っていた。

 

「おお~」

 

 小人の戦士の凄まじい疾走を目の当たりにして、シャルルは目を丸めた。

 そんな反応を見せるのも、無理はない。

 人間の歩幅で言えば十歩分の前進を、人間の膝にも満たない身長をしている小人が一足でおこなったのだから。

 しかも、小人の戦士は手ぶらではない。

 その手には暗器が握られている。両端が鋭くとがれた、金属製の棒だ。その先端には、毒が塗着されている。“地を支える毒(フェアリーテイル)”によって、小人族のみが発見し、開発された毒だ。外部に類型など存在しない。小人ではない人間であり、耐性どころか解毒剤さえ有していないシャルルがこれを服せば、たちまちの内に死ぬだろう。

 必殺の暗器を手に、小人の戦士は地を駆ける。

 それに対し、シャルルが取った行動は、その手に握った刀──“全を薙ぐ刀(エピソード)”を構えることだった。

 ゆっくりとしたその動作には、相変わらず緊張感がない。

 どう考えても、構えが完了するよりも先に、暗器が体に突き刺さる方が早そうだ──が。

 その動きは。

 緊張感がなく、ゆっくりとした、その動きは──美しい。

 そんな考えが、ほんの一瞬だけ、小人の戦士の脳裏を掠めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「え?」

 

 小人の戦士は、胴体が真横に切り離された状態で地面に転がっていた。

 断面からは内臓が零れ落ち、血が止めどなく溢れ出している。

 絶命が約束されたも同然な惨状だった。

 何が起きた!? 

 彼はたしかに、必殺の暗器を握りしめて、シャルルに飛び掛かっていたはずだ。

 なのにどうして、こうなっている?

 シャルルの動きは速くはなかった。暗器が眼前に迫っている状態でも、構えが完了していなかったほどである。

 あの状態から遅れを取り戻すには、小人の戦士の動きが止まりでもしなければ──

 

「止まってたんだよ、実際」

 

 心中を見透かすような声が、上から響いた。

 美しい声だった。

 

「我流“美仞麗駆(びじんれいく)”──ほら、美しい景色を見たら、時間を忘れて呆然としてしまうことってあるだろ? ボクの剣舞はそれを意図的に引き起こすものでね──ボクの美しさに一瞬でも心を奪われた者は、体の自由までも奪われる。そうして隙だらけになったところを、悠々と斬るってスンポーなのさ」

 

 つまり──

 構えようとするシャルルに美しさを感じた時点で、この決着は確定していたのだ。

 

「ま、普通の剣だと、構えてもいない段階でここまでの効果を発揮できないだろうけどね。観賞用の刀としても一級品である“全を薙ぐ刀(エピソード)”が、ボクの美しさを引き立ててくれるからこそ、可能な芸当だよ」

 

 人間は語る。

 その顔は──相変わらず美しい。

 まるで、小人ひとりを斬った業なんて、背負っていないかのように、清廉潔白な美しさのみが、そこにある。

 

「ウチの騎士団で一番強いひとを決めるなら、団長か、シギか、あるいは──こんなことアイツの前で絶対に言ってやんないけど──トになるんだろうけど……、一番美しく戦えるのは、絶対にボクだけだよ。だから、キミは運がいいね。最期にボクという、この世でとびっきり美しいものを見れたんだからさ」

 

 その言葉を聞いて、小人の戦士の意識は途絶えた。

 彼が目を覚ますことは、二度となかった。

 

 ◆

 

 数日後。

 大陸の沿岸付近に広がる樹海にて。

 樹の海、という字面に相応しく、そこは四方八方が木々で埋め尽くされていた。

 部外者の侵入を阻むかのように形成された、緑の大海原である。

 地面に視線を下ろしても、獣道を見つけることさえ困難であり──上を見上げれば、伸びた枝葉によって空の大部分が覆われていた。

 九世兵器“天を侵す星(トリックスター)”によって昼を失っていた不明国家ほどではないが、時は真昼だというのに薄暗くて不気味である。

 そんな場所に──ふたりの女がいた。

 拵えた焚火を前に、横並びになるようにして座っている。どうやら長旅の合間の休憩時間のようだ。

 ふたりのうち、片方は白いドレスに身を包んだ長身の女である。

 こんな人里離れた樹海ではなく、どこかの屋敷にでもいそうな令嬢だ。

 しかも彼女のすぐそばには、一本の刀が横たわっている。

 森、令嬢、刀──どこまでもちぐはぐなこの組み合わせは、場の不気味さをより一層際立たせていた。

 しかし当の本人である白ドレスの令嬢──レスコー・フォールコインはそんな不調和など気にしていない、あるいは、気にするような心など備えていないようであり、

 

「はい、あーん」

 

 と、ニッコニコの笑顔で、枝に刺して焚火で焼いていた肉を掴むと、もうひとりの女──軍服の少女、マクガフィン・テーブルの口元に近づけた。

 

「…………」

 

 レスコーの「あーん」を見て、マクガフィンは無言になる。

 その格好は普段通りのオーバーサイズの軍服だが、一カ所だけ、いつもと違う点が存在していた。

 それは両目に掛けられた、黒いつるの眼鏡だ。

 こんなもの、先週まではたしかに存在していなかったはずである。

 その正体は吸血鬼に与えられた九世兵器──環境破壊兵器にして惑星規模の爆弾、“天を侵す星(トリックスター)”だ。

 マクガフィンは執筆によって眼鏡に書き換えたそれを、かけているのである。

 今から眼鏡キャラになるなんて、全十二話の折り返しをとうに過ぎた時点でおこなうイメチェンにしては大胆がすぎるが──奇妙なことに、マクガフィンはその眼鏡を完璧に着こなしていた。

 まるで自分の体の一部であるかのように──着こなしている。

 彼女は眼鏡の奥にある瞳に怪訝な感情を滲ませながら、

 

「……なんだ、それは」

 

「『あーん』は『あーん』ですわ!」

 

「答えになってない」

 

「恋人たちが食事中によくやる、愛の儀式らしいですよ。むかし読んだ絵物語によく書かれていましたわ」

 

「前々から思っていたが、お前の読書遍歴は少々偏ってないか?」

 

 遍歴ならぬ偏歴だ。

 

「幼い頃は、寝る前にメイドがよくラブロマンス作品を読み聞かせてくれたんですよ──それでは……ささっ! さあ! あーん!」

 

 ぐいいっ、と更に口元に寄る肉。

 マクガフィンは口を閉じ、それ以上の侵入を拒絶する。

 べつに、レスコーから『あーん』のひとつやふたつ、受け取っても良さそうなものだが──そこで素直にそうするのは、なんだが恥ずかしい。

 世界を巻き込む自殺という、命知らずにして恥知らずに思える目標を掲げているマクガフィンでも、恥の感情くらいはあるのだ。

 

「わたくし、いつかマフィ様と『あーん』をするのが夢だったんです」

 

「おまえとは今までに何度も食事を共にしてきたが、こんなことは一度もしてこなかっただろう。どうして今になってやりたがる」

 

「だって……先週、ようやくマフィ様から愛の言葉を受け取れたんですもの。ふたりの関係がここまで進んだ今こそ、夢の『あーん』を実行すべきだと思ったんです」

 

「あぃ……っ!?」

 

 マクガフィンの声が裏返る。

 首から上が真っ赤になっていた。目の前で燃えている焚火以上に真っ赤である。

 一方、レスコーはうっとりとした顔で、枝を握っていない方の手を頬に添えながら、次のように言った。

 

「忘れもしませんわ、あれは不明国家でクラックベイさんと戦っていた頃──まさかマフィ様も、わたくしのことをあそこまで大切に、そして熱烈に思ってくれていたなんて……わたくし、感激しましたわ!」

 

「そ……、そっ、そんなこと……言ったか?」

 

 かつてないほどに挙動不審になるマクガフィン。

 いま自分がいる場所が樹海ではなく海だと勘違いしているかのように、視線があちこちを泳いでいる。

 

「絶対に言いました。よければ、今から一言一句違わずに復唱してみせましょうか?」

 

「よせ、わかった。だから言う必要は──」

 

「『いいか、よく聞けよ──」

 

「やめろ!!」

 

 それから、すったもんだで色々あり──レスコーの口を封じようとしたマクガフィンが逆に口に肉を突っ込まれそうになったり、ついでに刀でめった刺しにされそうになったりと──微笑ましいの一言で済ませるにはやや血生臭い場面もある掛け合いがあった後。

 

「いやあ、それにしても」

 

 育ちの良さが伺える優美な所作で自分用の肉を飲み込むと、レスコーは言った。

 

「いま改めて振り返ってみても壮絶でしたね、不明国家での戦いは」

 

「…………そうだな」

 

 肉汁でべとべとになった口を拭きながら、マクガフィンは答えた。

 

「吸血鬼との戦いがそう簡単に済むとは思っていなかったが、あの戦いは想像以上だった。世界に残る九つの種族の内、巨人に並ぶ最強種という評判は以前から知っていたものの……、その凄まじさを知識ではなく、経験で思い知らされたな」

 

「とくに吸血貴族界“十字館”との戦いは大変でしたね」

 

「たしかに」マクガフィンは頷く。「悪夢のような戦いだった。入国前に会ったクラックベイとの戦いが、前哨戦に過ぎなかったと思い知らされたよ。オレは直接戦ってはいないが、あんな絶望的な状況には、二度と立ち会いたくないね」

 

「不明国家の果てにある崖まで追い詰められた時は流石にもうダメかもしれないと思いましたわ。……あそこでマフィ様が“翼簒(そらとり)”を用いた作戦を思いついてくれなければ、今頃どうなっていたのやら」

 

「あの作戦はオレひとりの手柄ではない。あれを実行に移せたのはレスコー、おまえの剣の腕があったからだ。どちらかひとりだけでは、あの地獄を切り抜けることなんて、不可能だった──と、まあ、一週間前の話を振り返るのはさておき」

 

 不意に、マクガフィンは顔を上げ、レスコーを見る。

 眼鏡のレンズが焚火を反射し、橙色に瞬いた。

 

「今週の話に戻るぞ──いまオレたちが向かっているのは、小人の国だ」

 

「へえ、小人さんの国ですか。強いんですか?」

 

「いいや、まったく──吸血鬼と戦った直後では、他のどんな種族について語っても『強くない』と言いたくなるが、それを抜きに語っても、小人は弱い。とびきり弱い。それは数多くの歴史書が語っている。なにしろ、体格(サイズ)の時点の他種族と比べて圧倒的に劣っているんだからな」

 

「へえ」

 

「だからと言って油断するなよ? 小人が弱いのはあくまで種族としての話であって、九世兵器が与えられている以上、奴らもまた、世界を滅ぼすほどの武力を持っているのは確かだ」

 

「油断なんてしませんわ。マフィ様の為になら、わたくしはいつだって本気で戦ってみせます!」

 

 相変わらず、口から空気の代わりに砂糖を吐き出しているんじゃないかと思うほどに甘ったるい愛の言葉を垂れ流しているレスコーだった。

 

「だけど……、うーん」ふと、レスコーは何かを考えるように、顎に指を添えると、「歴史書に書かれるほど弱い種族、ですか」と呟いた。

 

「どうした。なにか気になるのか?」

 

「ええ──だって、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

『大いなる戦争』と『大いなる災害』。

 五〇年前に世界を襲った、歴史上最大最悪の事件。

 その惨劇から巨人が生き延びた理由は──分かる。

 吸血鬼が生き延びた理由も──分かる。

 他の種族も、時の運だったり、戦略だったりを用いて、生存したのだろう。

 しかし、小さな体格という明確なディスアドバンテージがある小人が、絶滅を免れたというのは変だ。

 おかしい。

 レスコーからそのような素朴な疑問を投げかけられたマクガフィンは「ああ、そのことか」と言って、台詞を続けた。

 

「その理由なら、それこそ歴史書に……って、箱庭育ちのおまえは知らんか」

 

 レスコーは、“流星流”の末裔である。

 国を挙げてのスポイルによって、刃物から隔絶した暮らしを強制され、代を重ねるごとに戦力を減衰させられていた家系の一人娘だ。

 そんな彼女の近辺に、まさに戦いそのものの記録である歴史書など、存在を許されるはずがない。

 さきほど言っていたように、レスコーは幼少期、寝る前にメイドからラブロマンス作品の読み聞かせをされていたらしいが、フォールコイン家に派遣されていた使用人たちの多くに、絶対人間帝国の息がかかっていた可能性が高いことを踏まえて考えると、その読み聞かせのチョイスもまた、“流星流”から牙を抜くための策だったと推測するのは、考えすぎではないだろう。

 ……もっとも、その結果出来上がったのが、恋と殺意の区別ができていない剣士である以上、その策は失敗だったとしか言えないが。

 ともあれ、そんな偏った知識しか得られない環境にあったレスコーが、歴史なんて知っているはずもなかった。

 ましてや──自分とは種族の違う小人にまつわる歴史なんて。

 

「ならば教えておこう。それに樹海(ここ)は小人だけでなく、鳥人の生息圏も近い──両者を立て続けに相手にすることになるかもしれない以上、知っておいて損はない歴史だ」

 

「? どういう意味でしょうか、それは」

 

 小人の歴史に、鳥人も関係があるみたいな言い方ではないか。

 近い場所に棲んでいるから、関係があるのだろうか。

 

「近い場所に棲んでいるから、というより、そこに棲むしかなかったんだよ、小人と鳥人(そいつら)は。五〇年前からな」

 

「……他に棲む場所が無かったと?」

 

「そうだ」

 

 肯定するマクガフィン。

 

「五〇年前、小人と鳥人は種族的に弱い立場にあった。まあ、端的に言えば、迫害されていたというわけだ。歴史書曰く、たとえ戦争や災害がなくとも、絶滅していておかしくないほどだったらしい。だからこうして、大陸の端も端な沿岸部にある樹海まで追いやられてしまったんだ」

 

「そうなんですか」

 

「そして──そのタイミングで『大いなる戦争』が起きた」

 

『大いなる戦争』。

 力を持つ種族ならその全てが参加していたほどの、大規模な戦争。

 しかし。

 それは──逆に言えば。

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 ましてや彼らが住んでいたのは、大陸の端も端の僻地。

 隣人との戦いに夢中になっている他種族に、そこまで手を伸ばす余裕など、あるはずがない。

『大いなる戦争』という、参加した種族がひとつ残らず大打撃を受けた戦争に、勝者なんて存在しないのだが。

 しかし。

 それでもしいて、勝者を挙げるとするならば。

 それは──そもそも戦争とは無関係の位置にいた種族だったといえるだろう。

 

「まあ、一方であまねく種族を無差別に襲った『大いなる災害』の被害はキッチリ受けたらしいがな。それでも、五〇年前に世界で起きたふたつの惨劇の内、その片方を免れて、結果的に種族の存続に繋がったのは、結果だけを見れば幸運だったと言えるだろう。まあ、その幸運の前提に迫害の歴史があったのは、なんだが皮肉に思えるが」

 

「へえ、そんな事情があったんですねえ」

 

 講義を受ける生徒のような反応をするレスコーだった。

 

「それにしても──迫害から逃げるために同じ地に逃げ込み、共に『大いなる戦争』と『大いなる災害』を生き延びたなんて。きっと、小人さんと鳥人さんの間には、固い絆のようなものが結ばれているんでしょうねえ」

 

「そんなことはない」

 

 マクガフィンはきっぱりと否定する。

 

「えっ、どうしてです? ふつう、同じ苦境を共有した方たちは、仲良くなるのが定番なのではないですか」

 

「それはお前がよく読んでいた本の中だけの定番だ。現実は違う」

 

 そもそも。

 同じ苦境を共有したら仲良し、なんて理屈が普遍的なものであれば。

『大いなる戦争』と『大いなる災害』という特大の苦境を経験した世界の全員は、いまごろ、争うことなく平和になっていたはずだ。

 騎士団は他種族から九世兵器を奪おうとしていないし。

 “流星流”が数多の敵を斬り殺すこともない。

 そんな、平和で事件の無い、実に平穏な世界になっていただろう。

 

「むしろ、小人と鳥人の関係は最悪だ。同じ被差別的な立場だったこそ『せめて、あいつらよりは優れていたい』という対抗意識が芽生え、その感情が五〇年かけて熟成された結果、今では戦争一歩手前まで来ているらしい」

 

「ふうん……?」

 

 納得したようなしていないような、疑問形の相槌。

 喜怒哀楽といった基本的な感情さえ欠けているレスコーにとって、種族間の対立的な感情は、とりわけ難解な話だったらしい。

 ……と、まあ。

 こんな風に小人と鳥人の歴史についての講釈を受けたわけだが、なにもこれは、レスコーにとって必須の知識というわけではない。

 マクガフィンが最初に述べた通り、「知っておいて損はない」程度の情報だ。

 今後必要になるのは──『大いなる戦争』と『大いなる災害』から五〇年が経ち、九つ残った種族のうち、唯一、明確な敵対関係にあるふたつの種族が、どのような戦い方をするのか、である。

 

「とはいえ、先ほど言った通り、小人と鳥人は戦うことなく『大いなる戦争』を切り抜けた種族だからな──必然的に、戦闘の記録はほとんど残っていない」

 

 ただひとつ──そう言って、軍服の少女は人差し指を立てた。

 

「小人は弓矢を使う──と、噂で聞いたことがある」

 

「弓矢ですか。フンショさんと被りますね」

 

 もっとも──あの戦いで用いられたものを、世間一般の『弓矢』と同じカテゴリに入れてしまえば、どこかから異論が、それこそ弓矢のように飛んできそうだが。

 レスコーの脳裏に、かつてフンショとおこなった戦いの記憶が蘇る。

 飛来する巨大な矢。天まで焼き尽くすほどの火炎。地面を揺るがす大爆発──スケールの大きな熱戦だった。

 いま改めて振り返ってみても、勝てたのが奇跡みたいな戦いである。

 

「一方で、小人に与えられた九世兵器の詳細ははっきりとしている──名は”地を支える毒(フェアリーテイル)”──毒だ」

 

「毒」

 

「厳密には毒の源泉──と聞いている。少量でも致死量になる、類例のない未知の毒を無限に湧き出し続ける、自動的な工房のようなものらしい」

 

「それは……危険な兵器ですわね」

 

 九世兵器が各種族の戦力を均す為に生み出されたという通説に倣えば、五〇年前には種族的に弱い立場にあった小人族に強力な兵器が渡されるのは当然なのかもしれなかった。

 だとすれば、マクガフィンが“地を支える毒(フェアリーテイル)”の情報を知っていたのも納得である。

 兵器であれ、戦士であれ、強ければ強いほど、噂となって広まりやすいのだから。

 それから、マクガフィンとレスコーは、マクガフィンが“地を支える毒(フェアリーテイル)”について事前に知っていた情報を元に、色々と対策を検討した。

 焚火を前に──ふたりきりで。

 その時だった。

 焚火を挟んだ向こう側──樹海の木々に挟まれた闇の奥から、何者かの気配がしたのは。

 

「…………」

 

 その来訪にいち早く気が付いたのはレスコーである。

 殺しすぎる剣術“流星流”の末裔であり、それ故に、“深奥を掴む軍勢(アンソロジー)”との戦いにおいて見せたように、他者の命を把握する第六感めいた感覚を有している彼女は、まだ姿さえ見えていない何かの命を敏感に感じ取ると、脇に寝かせていた“全を薙ぐ刀(エピソード)”を掴み取った。

 そもそも──視線を遮るものが多い樹海の中とは言え、敵地の近くで焚火などという目立つような真似は、余程の理由が無ければやるまい。

 しかし、彼女たちには、その『余程の理由』があったのだ。

 今からふたりが向かおうとしているのは小人の居住地──小さな、人の、居住地である。

 必然的に、その地域の面積も小さいことが予想される。

 そんな場所を、樹海の中から見つけ出すのは困難だ。

 大量の人材を動員して調査を実施できるならともかく、たったふたりだけでそれをおこなうのは、現実的ではない。

 なのでマクガフィンは考えたのである──探すのが難しいのなら、あちらから見付けてもらおうと。

 そうしてふたりは休憩もかねて焚火を作り、立ち上る煙をどこかから見付けるであろう小人族が何らかのアクションを起こすのを待っていたのだ。

 なので、今のこの展開は、レスコーとマクガフィンにとって、予想された展開でもあった。

 ただ、そこにはひとつ、重大な予想外が混ざっていた。

 それは、その場に現れたのが小人の誰かではなく、

 

「……………………」

 

 人間だったことだ。

 女である。

 黒い軍服を着て、腰に刀を差している。

 長い黒髪を一本に束ねており、両目には眼鏡。マクガフィンが掛けている“天を侵す星(トリックスター)”製のそれとは異なり、野暮ったい瓶底だ。

 

「貴様は──」

 

 その姿を見て、マクガフィンは反応を見せた。

 その来訪に真っ先に気付くのは、レスコーではなくマクガフィンであるべきだったかもしれない。

 なぜなら、その軍服眼鏡の女は──かつての同胞。

 絶対人間騎士団の団員なのだから。

 

「──シギ・テーブル……」

 

「……………………」

 

 己の名を呼ぶ声に対し、眼鏡の軍服は無言を貫いている。

 言葉を発せないかのように──否。

 無言こそが唯一、己の言葉であるかのように。

 

「お知り合いの方ですか、マフィ様」

 

「お前にも何度か話したことがあると思うが──“剣道”の名を持つ、“人剣流”の当主だ。単純な剣の腕前だけで言えば、団内最強と名高い女だよ」

 

 そう説明している間も、マクガフィンはシギから目を離せずにいた。

 一瞬でも目を離せば斬られる──そんな風に確信させられる圧力を、総身から放っていたからである。

 シギは相変わらず無言であり、その様子はともすれば存在感を薄れさせるかのように思われるが──そんなことはない。

 剣を携え、そこに立つ──それだけで、人剣流の当主は自己の存在を雄弁に物語っていた。

 

「まさか小人の九世兵器を蒐集する道中でおまえと遭うとは」

 

「…………」

 

「オレとしては、おまえはてっきり、団長と一緒に帝国の防衛に当たっているのかと思ったが」

 

「…………」

 

 何を言っても無言しか返ってこないシギに対し、マクガフィンは心中で舌打ちを鳴らす。

 相変わらずやりにくい相手だ。

 直接戦闘に使える能力が不死性くらいしか無く、それ故に口先を用いた舌戦を得意とするマクガフィンにとって、『何も喋らない』というシギの特性は厄介なことこの上ない。

 この世に存在しない幽霊を相手に殴り合いをしているような気分になってくる。

 

「与えられた“剣道”の名に相応しくあるために、剣でしか語らないようにしている──んだったか? フン──今でも、そんなバカげた誓いを守っているなんて、尊敬に値する愚かさだな」

 

「……………………」

 

 まさか、マクガフィンの幼稚な挑発が通じたわけではないだろう。

 そもそもシギは、この場に登場してからずっと、視線をかつての同胞であるマクガフィンではなく“流星流”のみに向けている。

 自分が見るべき相手は、それしかないとでも言わんばかりに、凝視している。

 なので──シギがおもむろに刀を抜いたことに、マクガフィンの台詞が関係しているはずがなかった。

 きっと何も起きていなくても、“剣道”は抜刀をおこなっていたはずだ。

 対するレスコーもまた、殆ど同時に“全を薙ぐ刀(エピソード)”を抜く。

 “人剣流”に“流星流”。

 どちらも帝国において広く名の知れた剣術であるが──後者は『大いなる戦争』でのみ活躍し、その後は帝国によってひとつの屋敷に封じられていた、一子相伝の剣。

 故に、両者が剣を交えたことはない。

 今日この日が、ふたつの流派が剣を交わす、記念すべき初試合であった。

 

「はじめましてシギさん」

 

 中段に構えた剣を突き付けながら、レスコーは言った。

 その顔には友好的な微笑を浮かべている。

 

「お噂はかねがね。お強い方だと聞いていますわ」

 

「…………」

 

 ふたりの間に挟まれた焚火の火が、不自然に揺らめいた。

 “最果てを視る弓(ピリオド)”のように、炎を操作する異能が行使されたわけではない。

 ふたりの剣士が発する剣気の衝突が、歪みの形で空間上に表出し、炎が揺らめいたように見えた。

 それだけだ。

 対峙するだけでこれほどの怪奇現象が起きるとは──両者が持つ腕前の高さが窺えるというものである。

 と、その時。

 

「…………………………」

 

 不意に、シギが構えを解いた。

 抜いていた“全を薙ぐ刀(エピソード)”をだらりと下げ、両手両脚を脱力する。

 よく達人が会得しているとまことしやかに噂される、『構えない構え』というやつではない。

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 先手を取ることは勿論のこと、後手の迎撃すらも放置している格好だ。

 “流星流”ではなく、剣を習い始めたド素人であっても、太刀を叩き込めそうなほどに、何処から見ても隙だらけだ。

 

「……どういうおつもりで?」

 

「………………」

 

 シギは答えない。

 

「まさか……「先に打ってこい」と? 誘っていらっしゃるのですか?」

 

 シギは答えない。

 どころか首を縦に振って、肯定することもない。

 だが──()()()()()()()()()()()()()

 敵を前に構えを解かれ、あえて先手を譲られるなんて、普通なら侮辱と捉えて、激昂してもおかしくない行動である。

 普通なら。

 だが──レスコーは普通ではない。

 彼女は、侮辱を感じるような情緒と無縁の生き物である。

 故にレスコーは、シギの行動を「強い人には余裕があるんですねえ」程度に受け止めると、せっかく渡された先手を十全に活かすべく、技を出した。

 “流星流”が生み出した、必殺の技を。

 

「流星流──“骨抜(ほねぬき)”」

 

 それは不死身の生物、マクガフィンに向けられる無限大の殺意(あい)に他者を巻き込む技である。

 凄まじい量の殺意を浴びて体が強張っている敵を、これまた無限大の殺意(あい)のままに駆動するレスコーが滅多切りにするという、『殺しすぎる剣術』の名に相応しい奥義だ。

 生きて、終わりのある定命の生物であれば、殺意の恐怖から逃れることはできない──! 

 

「たしかに絶対人間騎士団の“剣道”であり、九世兵器“全を薙ぐ刀(エピソード)”の所有者であり、“人剣流”の当主であるあなたを殺すのは難しいでしょう──でも、殺してみせま──」

 

 ──はず。

 だった──

 

「──すわッ!?」

 

 レスコーの視界が上下逆さまにひっくり返る。

 転んだ!? 

 このタイミングで!? 

 違う。

 転ばされたのだ! 

 “骨抜”によって殺意のままに滅多切りにする為に、レスコーが間合いの内に踏み切ったタイミングで、シギは刀の峰を使って、レスコーの足を思いっきり横に払ったのである。

 結果、レスコーは腰を中心に空中で半回転したのだ。

 驚くべき早業であるが、真に驚くべきはそこではない。

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「な、なにが……起きたのでしょう?」

 

 地面に倒れた状態で、レスコーは言った。

 屋敷育ちの令嬢であり、そして、これまでの戦いで常勝し続けているが故に、レスコーにとって地面に倒れ伏すというのは初めての体験だった。

 一連のやりとりを傍で見ていたマクガフィンもまた、レスコーと同じように今しがたの出来事を疑問に思っていた。

 そして、その解に辿り着くのは、彼女の方が早かった。

 

「まさか……怖くないのか! “流星流”の殺意が!」

 

 驚きを隠しきれない声で、マクガフィンは言った。

 “人剣流”は『人間が使う、人間の為の剣術』である。

 それを極めたシギは『何かを斬る』という分野において、人間の中で一番長けている人間だ。

 それは帝国中の誰もが認めるだろうし──それに、彼女自身も自覚していることだろう。

 現に、“剣道”の立場に相応しくあるべく四六時中無言でいるというストイックな行動に、その自覚が色濃く現れている。

 そんな人物にとって、殺しすぎる剣術“流星流”もまた、『数多くいる、斬り倒せる対象のひとつ』でしかないのだ。

 故に怖くない。

 レスコーが発する殺意で足が竦むこともない。

 だって、どれだけ彼女が殺意を発した所で──こちらはいつでも殺すことができるのだから。

 かつて執筆『一字褒貶(アンチ・ヘイト)』によって“流星流”に対する万全な防御をおこなっていたミルドット・テーブルですら、“骨抜”を前に一歩も前に進めずに倒されたというのに──執筆を一文字も用いずに、精神的な防壁を完成させているシギは常軌を逸していた。

 

「………………」

 

 “人剣流”はただ静かに、“流星流”を見下ろす。

 その口は何も語らない。

 瓶底眼鏡の奥で佇む瞳で語ることもない。

 しかし、その剣は──先ほど、レスコーが見せた“流星流”最終奥義『骨抜』に対して、剣の峰で脚を払うという、真剣勝負の最中でおこなわれたとは思えない、子供の悪ふざけじみた行動は。

 まるで──「“流星流”はこんなものなのか」と。

「数多の騎士団を尻目に、九世兵器を蒐集してきた“流星流”はこんなものなのか」と。

 呆れた声で語っているかのように聞こえた。

 その声は、普段、心が無い故に他人の心情を察する能力に致命的に欠けているレスコーであっても──否、シギの剣を実際に受けたレスコーだからこそ、はっきりと聞き取ることができた。

 そして、その声は、こう言い換えることもできる。

「“骨抜”──つまり、レスコーがマクガフィンに向ける殺意(あい)は、この程度なのか」とも。

 

「…………っ!」

 

 それにレスコーは激昂した。

 さきほど戦士として軽んじられるような構えを見せられても熱くならなかった頭に、血が上る。

 

「そんなこと、ありま──」

 

 “全を薙ぐ刀(エピソード)”を握る手に力を込め、一息で立ち上がろうとする。

 立ち上がって技を打つのではなく、立ち上がりながら技を打つ──そんな、神速とも言える行動だ。

 しかし、その神速に存在するはずもない隙を突くかのように、『人間が使う、人間の為の剣術』は振るわれた。

 

「………………………………」

 

 何が起きたのか分からなかった。

 暗い樹海に刃の輝きが幾つか走り。

 瞬きひとつにも満たない刹那のあと。

 レスコーの体から──切傷が生じた。

 全身から血飛沫が散らされる。

 立ち上がりかけていた膝は崩れ。

 力強く握っていた刀は手を離れ。

 どさ、と。

 真っ赤に染まった白ドレスが、再度地面に倒れ伏した。

 

「なっ──フォールコイン!? 大丈夫か!?」

 

 マクガフィンが叫んだが、名前を呼ばれた当人であるレスコーが返事をすることはなかった。

 その余裕がないのか、気を失っているのか──それとも、死んだのか。

 不確かだ。

 なので、不確かな状態を確かにすべく、シギ・テーブルはレスコーの頭を足の左右で挟むようにして立つと、両手に握った“全を薙ぐ刀(エピソード)”を振り上げた。

 

「やめろ!!」

 

 悲鳴のような大声でマクガフィンは止めようとするが、シギがそれに答えることは無い。

 彼女はいつだって剣で語る。

 今だってそうだ──掲げた“全を薙ぐ刀(エピソード)”を振り子時計のようにスイングし、レスコーの首を刎ね飛ばさんと──

 どごっ。

 と樹海に音が木霊した。

 断頭の音ではない。

 弾頭のような音だった──放たれた弾頭がぶつかるような、鈍い音である。

 音の発生源はシギの頭からだった。

 小さな何かが尋常ではないスピードで、彼女の頭部に飛来したのだ。

 普通なら、衝突した時点で頭が四散していてもおかしくない──それほどの速度と衝撃である。

 だが、シギの頭は原型を保っていた──小さな何かが頭部に触れる寸前で、レスコー目掛けて走らせていた“全を薙ぐ刀(エピソード)”の軌道を変え、防御に回したからだ。

 つまり、さきほど響いた『だんっ』は“全を薙ぐ刀(エピソード)”の側面と、小さな何かがぶつかって生じた音だった。

 

「こううん、ですね」

 

 小さな何かは舌足らずな声を発した──そう、それは弾頭ではない。

 動き、喋る、小さな生き物。

 すなわち、小人である。

 

「『鳥人』とてをくむどころか、なかまたちをなんにんもころした『人間』に……ううん、それだけじゃない。とおいむかしに、ごせんぞさまをいじめていた『人間』に、こうしてふくしゅうできるなんて。ぼくは、とても、こううんです」

 

 その声には。

 小さな体から発しているとは思えないほどに重々しい憎悪が含まれていた。

 小人は自身を受け止めた全を薙ぐ刀(エピソード)の側面に足を乗せると、そのまま膝を伸ばす。たったそれだけで、彼の体は人間の歩幅で言えば二十歩ぶんの距離を跳んだ。小人の影が、樹海の奥に消えていく。

 そして小人は──ひとりだけではない。

 一度その姿を見れば、否が応でも気配が感じとれてしまう。

 木陰に、草葉の後ろに、枝の上に──いくつもの気配があった。

 小人たちが、蟲のように犇めいている。

 樹の根元の瘤からひとりの小人が現れる。さきほどシギを襲ったのと同じ小人だ。彼は足の左右を平行に向くようにして前後に並べると、足首を曲げ、膝を曲げ、腰を曲げ、そして上半身まで曲げた。そのままだと前に転んでしまいそうだが、限り限りの所で安定している絶妙なポーズである。屈んだ上体からそれぞれ右前方、左前方に両手を伸ばし、指先を地面につける。完全な密着ではなく、指先が軽く触れる程度だ。

 前から見たら両手で弧を描いているように見える。

 もしも──この場に居合わせていた騎士が“剣道”シギ・テーブルではなく、“剣客”ト・テーブルだったら。

 小人が取った奇妙な構えを見て、『クラウチングスタート』という言葉を連想していただろう。

 そして、マクガフィンは

 

「弓……?」

 

 を連想した。

 小人は弓を使う。

 話に聞いていた通りだが、まさかそのままの意味ではなく、弓を形象した構えを取るという意味だったとは──! 

 

「弓走術──“蜂”」

 

 小人はそのまま足の裏に力を込める。大地を蹴った反作用で突き上げられた彼の体は、そのまま凄まじい速度を獲得し、疾駆した。

 まるで前方に落下しているかのような疾走──その先に立つシギ目掛けて、彼は敵意を隠そうともしていない。

 そして──他の小人たちもあとに続く。

 ひとりひとりが矮小、されど超速の軍勢が、ただひとりの人間に殺到する様は、まるで集団で外敵を包んで熱殺せんとする蜜蜂みたいだ。

 いや──それは比喩で済んでいないのかもしれない。

 なぜなら、小人たちの手には、それこそ蜂の尻に生えている針のように、細長く、先端が鋭く研がれた暗器が握られていたのだから。

 持ち主のサイズに沿った、小さな暗器である。これでは刺したところで、肉を越えて臓器までダメージを与えることはできないだろう。

 しかし、彼らは小人だ──神々から毒を生み出す九世兵器“地を支える毒(フェアリーテイル)”を渡された小人である。

 ならば、その暗器の鋭い先端に何も細工が施されていないと考える方が、不自然であろう。

 ひとつひとつが致死の猛毒を持つ暗器の大群。

 だが、()()()()で狼狽える“剣道”ではない。

 彼女は小人たちを邀撃すべく、“全を薙ぐ刀(エピソード)”を振ろうとした──が。

 音が、爆ぜた。

 

「                                                  !!!!!!!!!!」                                          

 

 文字で表現できない爆音が放射状に響き渡る。

 その場にいた全員の鼓膜が激痛に襲われた。

 小人たちは勿論、先ほどまで涼しい顔をしていたシギですら、煩わしそうに耳を塞いでいる──というより、彼女が一番、被害を受けていた。

 なぜなら、その爆音は彼女の足元──そこに倒れているレスコーの喉から迸ったのだから。

 いったい誰が信じられようか。

 全身からに重傷を負っている令嬢が、空間さえ軋ませるほどの大音声を発しているなんて。

 

「                                      !!!!」

 

 レスコーは叫ぶ、叫ぶ、叫ぶ。

 肺に残っている空気の限界まで──限界を超えても、叫ぶ。

 ただ叫ぶだけではない。

 彼女はおもむろに立ち上がった。

 動くたびに傷口から滴った血が地面を濡らすが、そんなことに構わず立ち上がる。

 そして、完全に立ち上がると、

 

「りゅ……う……“流星流”──『声枯(こがらし)』」

 

 掠れた声でレスコーは言った。

 周囲に犇めいていた小人たちは、全員動けなくなっている。

 人間でさえ聞くに耐えない音の波である。体の小さな彼らにとっては、全身を叩く物理的な攻撃に感じられたことだろう。

 とはいえ、レスコーが『声枯』を発したのは、小人たちを一掃するためではない。

 今の今まで倒れ伏していた彼女が、彼らの存在を把握していたわけがないのだ。

 そもそも、音響攻撃というのは『声枯』の副産物でしかない。

 それの本来の用途は、大声を出すことによる脳と体の活性化だ。

 つまり。

 戦闘不能に陥っていた自分の体に活を入れるためだけに、レスコーはこれだけ広範囲に渡る攻撃をおこなってみせたのである。

 

「すいません……少し眠っていましたわ……」

 

 その手には“全を薙ぐ刀(エピソード)”。

 戦闘を続行するつもりらしい。

 だが──

 

「でも……もう、完璧に目が覚めました……。ぜひ、もういちど勝負を………………ぁう」

 

『声枯』で取り戻した活力も、そこで尽きた。

 意識を失ったレスコーは、みたび地面に倒れる。

 元々、シギに斬り倒された時点で限界だったのだ。

 体力でも気力でもなく、殺意が続く限り動き続ける『骨抜』を使えば、ここからでも戦闘を続行できたかもしれないが──その『骨抜』はすでに一度、敗れている。

 

「……………………」

 

 そして今も──シギは無言だった。

 彼女は“全を薙ぐ刀(エピソード)”を握り、先ほどの動きを再現(トレース)するかのように、振り上げる。

 あとはこのまま振り下ろせば、“流星流”の頭は跳ね飛ばされるだろう。

 それで、おしまいだ。

 だが、そこで──シギはバランスを崩した。

 左側に──ぐらり、と。

 また何処かから小人が飛んできた──のではない。

 ひとりでに体が揺れたのだ。

 それは小さな揺れであり、倒れるほどではなかったが──手元が狂った。

 結果、振り下ろされた刀は、レスコーの体を断つことなく、虚空を通過した。

 

「…………………………」

 

 疑問形すらない無言を続けているシギだが、彼女の心中を察するのは、今回ばかりは容易い。

 なぜ、自分の体は突然バランスを崩したのか? ──だろう。

 小人族の毒を気づかない合間に服していたから? ──違う。

 “剣道”たるものそんなヘマをしないし、仮に、万が一そうなっていた場合、九世兵器製の猛毒を受けた彼女の身に起きる症状はバランス感覚の消失ではなく、死のみだ。

 しかし他に考えられるバランス感覚消失の原因と言えば──三半規管へのダメージ──音。

 つまり──『声枯』だ。

 

「……………………」

 

 まさか、こんな展開を見越して、レスコーは『声枯』を発したわけではあるまい。

 しかし、結果的に──“流星流”の技により、“人剣流”の剣は逸らされた。

 その事実が、シギの心中にどのような影響を齎したのかなど、測れない。

 今も彼女は無言で、無表情のままなのだから。

 

「……………………」

 

 シギはレスコーを見下ろす。

 そうして──

 

「………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………」

 

 たっぷりと、長い長い無言が続いたあと。

 シギは静かに剣を納めた。

 そのまま踵を返し、来た道を戻っていく。

 

「見逃された……のか?」

 

 不死身の体ゆえに『声枯』のダメージからいち早く復帰し、一部始終を見ていたマクガフィンは、“剣道”の姿が完全に見えなくなると、ぽつりと呟いた。

 ひとまず、シギ・テーブルという最大の脅威が去ったわけだが──ここで安心するわけにはいかない。

 なぜなら、ここは依然として敵地。どころか、状況だけ見れば小人から囲まれているも同然の状況である。

 今は『声枯』によってひとり残らず地面に倒れているが、もしも彼らが起き上がれば──レスコーとマクガフィンをすんなりと見逃すはずがあるまい。

 一度起きたことが二度目もあるとは限らないのだ。

 むしろ『声枯』を発したレスコーを危険人物として真っ先に排除しようとする可能性の方が高いだろう。

 そうなると、ふたりの旅はここで終わりである。

 

「……聞こえるか、小人たち」

 

 なるべく小さな──『声枯』でまだ痛むであろう小人たちの鼓膜を過度に刺激しないような声で、マクガフィンは言った。

 返事は無かったが、構わず続ける。

 

「もしかしたら誤解が生じているかもしれないから予め訂正しておくが、鳥人と手を組み、おまえたちの同胞を殺したというあいつらと、オレたちは仲間ではない。むしろ敵だ」

 

 さきほどの戦闘の最中で小人のひとりが言っていたことを思い出しながら語る。

 

「とはいえ、五〇年前にお前たちを迫害した人間であることは否定しない。オレはともかく、そこで倒れているオレの………………連れは、間違いなく人間(そう)だからな。だが、ここでひとつ交渉を持ち掛けさせてもらおう。お前たちにとっても悪くない話だ。憎悪のままにオレたちを排除するのは、この提案を聞いた後でも遅くないはずだ──おまえたちの事情は、これまでの話で理解した。おおかた、鳥人についた人間によって、戦力を削られているんだろう?」

 

 だったら──と。

 マクガフィンは言った。

 

小人(おまえたち)にはオレたちが付こう」

 

 力強く、断言する。

 

「とはいえ、実際に戦うのはオレではない。オレは見ての通り貧弱な非戦闘員でね──実際に戦うのはそこで倒れている、オレの連れだ」

 

 マクガフィンは視線をレスコーに移す。

 全身に刻まれた傷口は痛々しく、今も尚、血を盛らし続けているが、息はあるようだ。

 ──このまま放っておけば、遠からず息絶えるだろう。

 

「だから、まずはあいつを治療してやってくれ──そうしたら、鳥人側に着いた人間どころか、鳥人を全滅させてみせようじゃないか」

 

 

 大陸沿岸の樹海と、山の麓の境にある地帯。

 そこは世界に残った九つの種族のひとつである鳥人の住処なのだが──そこにはいま、鳥人ならぬ人間がいた。

 数はふたり──少年と、男か女なのか判別しがたい中性的な人間だ。

 衣服は両者ともに黒。

 しかし、その様式は異なる。

 少年が着ているのは、この世界のどこにも似たものが見当たらなさそうな珍しい様式の服であり、中性的な人間は軍服と踊り子の中間のような格好をしていた。

 緑豊かな鳥人の領域に、黒一色の目立つ服を着ている人間がいれば、どこからか鳥人が飛んできて、異物の排除を開始しそうなものだが──そんなことは起きていない。

 数週間前ならともかく、今現在において──彼らはこの土地にとっての異物ではなくなっていた。

 

「ホッホッホゥ」

 

 声が降り注ぐ。

 ふたりの人間は顔を上げ、声がしたほうを見た。

 樹海に犇く木々の一本──その樹冠の頂点に、ひとりの鳥人が降り立っていた。

 

「ごきげんよう、トにシャルル」

 

 腕の代わりに白い、毛量の豊かな羽を生やした男である。

 両目は殆ど線と言ってもいいくらいに切れ長。口元に浮かべられている余裕ありげな微笑。全体的に優美な雰囲気を漂わせている鳥人だった。

 

「やっほー、首長サマ」

 

 中性的な人間──シャルル・テーブルは、ひらひらと右手を振る。

『首長』と呼ばれる者への挨拶にしては、いささか軽く思える態度だったが、見ていて無礼さではなく親しみを感じられるのは、彼(彼女?)が持つ人間的な魅力のおかげだろうか。

 

「どうも、首長」

 

 少年──ト・テーブルも続けて、ぺこり、と小さく頭を下げる。

 そして。

 

「まずは訂正をさせてください。ぼくの名前はトじゃない──   トです」

 

「はあ? 何を言っている? そなたは相変わらず、冗談のセンスがないな」

 

 まあ、そんなことより──と。

 首長は高見を維持しながら、

 

()退()()は順調かね?」

 

 と尋ねた。

 

「……ええ、順調ですよ」

 

 トは答える。

 鳥人の首長は小人族との戦いを『虫退治』と呼ぶことに拘っていた。

 彼曰く、

「五〇年前まで、小人は人間をはじめとするいくつかの種族から、昆虫に分類されていたと聞く──ならば、奴らを殺すことは虫退治と変わらんだろう?」

 という理屈らしい。

 ……それを言えば、鳥人だって五〇年前までは鳥類に分類されていたということを、トは歴史書や生物図鑑から学んでいるのだが──そんなことを首長に主張するなどという空気の読めない行動を、彼はしない。

 シャルルもしない。

 いま、この場にはいない無口なシギは言わずもがなである。

 なぜなら彼ら騎士団は現在、鳥人と手を組んでいるのだから。

 同盟関係に亀裂を入れるような発言は御法度だ。

 

「(それにしても──手を組む、か)」

 

 その言い回しは、ひょっとすると不適切なのかもしれない。

 鳥人は、その名の通り、腕の代わりに翼が生えているのだから。

 なので正しくは「手と翼を組む」と言うべきなのだろう。

 

「(まあ、言葉の上だけの些細な、どうでもいい話だけどな──しっかし、腕ではなく翼が生えている種族ねえ……。そりゃ、かつて弱い立場にいて迫害されていたってのも納得だぜ)」

 

 空を飛べば巨人の頭上を追い越すことさえ出来るというのは、大したアドバンテージに思えるが──一方で、腕が無いということは、イコールで道具を扱う能力に欠けるということである。

 道具を持てないし。

 掴めないし。

 握れないし。

 操れないし。

 摘まめないし。

 引っ張れないし。

 弾けないし。

 使えない──。

 文明の発展に道具の存在が不可欠である以上、そのディスアドバンテージは深刻すぎる。

 どれだけ飛行能力に優れていようが、他の種族が飛び道具を発達させてしまえば、その瞬間に鳥人の優位は大きく下落するのである。

 だから鳥人は落ちぶれた。

 撃ち落されるように──落ちぶれたのだ。

 故に、こうして樹海の奥深くの僻地に、小人と一緒になって逃げ込んでいるのである。

 ……と、こんな風に長々としたトの思考が、首長に届いているはずもなく。

 トの報告を受けると首長は、

 

「順調か、それは結構。ホッホッホゥ」

 

 と、機嫌良く笑った。

 白く大きな翼で口元を隠しながらの、上品な笑い方である。

 

「害虫が地上から一匹でも多く減るのは喜ばしいことよ──しかしだね、少々時間がかかりすぎではないかな?」

 

「…………」

 

「そもそも、何度かに分けて襲撃をおこない、虫の戦力をじわじわと削いでいく──というそなたたちの作戦は、時間がかかりすぎているように思えてならん。そなたたちの実力なら、虫を一夜で絶滅させることなど容易かろう?」

 

「……それは流石に、ぼくたちを買い被りすぎですよ」

 

 トは言った。

 

「それに、短時間で彼らを一気に叩くというのは、危険です──小人に渡された九世兵器、“地を支える毒(フェアリーテイル)”はご存知でしょう?」

 

「もちろん──致死の猛毒を生み出す兵器だったか」

 

「ええ、そうです。そんなものを持つ彼らが、降参の余地もなければ冷静に考える暇もなく攻められれば──最悪の場合、「どうせ死ぬのなら」と自暴自棄になって“地を支える毒(フェアリーテイル)”の毒を周囲一帯に散布する可能性がある。そうなれば、樹海の少なくない面積が汚染され、生物の住めない死地となるでしょう」

 

 そうなるのは困る。

 “地を支える毒(フェアリーテイル)”産の毒によって、小人の居住地を中心とした樹海の一部地域が侵入不可の死地と化すというのは、それはつまり──“地を支える毒(フェアリーテイル)”の蒐集が不可能になるのと同義なのだから。

 九世兵器の蒐集を目的に活動している絶対人間騎士団として、そのような展開は絶対に避けたいところだ。

 

「九世兵器はいずれも世界を滅ぼす力を持つ兵器ですが、“地を支える毒(フェアリーテイル)”は範囲と殺傷力ともに強大だ。そんなものを持つ彼らとの戦争では、敵の全滅ではなく降伏を狙った方が──」

 

「……はあ」

 

 それ以上の説得を遮るように、首長は溜息をついた。

 形の整った眉をハの字に傾けて、トの発言に心の底から呆れている。

 

「トよ、余はそなたらの優秀さを認めているが……なにやら色々とわけの分からんことを考えているのだなあ──毒の散布? それがどうした? 我らは土地が欲しくて虫を殺しているのではない。絶滅だよ、絶滅。種族的な全滅だ。仮に降伏してきた所で殺すだけよ。あんな矮小な奴らが住んでいた土地など元から欲しくもないし、手に入った所で使うつもりもない。毒で自爆するなんて、むしろ虫の巣にはお似合いの末路だろうよ。ホッホッホゥ」

 

「……………………」

 

 そりゃ、あんたたちにとっては、それでいいんだろうな──とトは思う。

 現在、前線を張って小人を攻めているのは絶対人間騎士団の構成員だ。

 “地を支える毒(フェアリーテイル)”が広域的な運用がされれば、真っ先に影響を受ける危険な役どころである。

 

「(あるいは、そういう展開こそが最良だと思っているのかね──小人も、外部から来た人間も死んで、鳥人のひとり勝ちで終わるって展開が)」

 

 トは溜息を吐きたくなった。

 やっぱり諸々のリスクなんて考慮せずに、騎士団三人で小人と鳥人をまとめて相手にしていればよかったかな──と思う。

 まあ、外からやってきて、いきなり協力を申し出てきた輩に回ってくる役どころなんて、危険であって当たり前なのだが──。

 第三勢力として排除されずに済んだだけで、御の字と言えるだろう。

 

「とはいえ現状、そなたらが我らにとっての重要な戦力になっているのは確かな事実。明確な利敵行為をしない限りは大目に見てやろう」

 

「──戦力、と言えば」

 

 美しい声が続いた。

 シャルル・テーブルの声だった。

 

「それこそ鳥人にもあるでしょ? ボクたち騎士団どころか、小人の“地を支える毒(フェアリーテイル)”にも匹敵する──同格の戦力が」

 

 九世兵器。

 かつて『大いなる戦争』と『大いなる災害』を生き延びた九つの種族に“神々”が齎したとされる兵器群。

 それはもちろん、小人のみならず、鳥人にも与えられている。

 

「──“雲奥にて唄う砲(ライトノベル)”のことか」

 

「うん」

 

「我らに与えられた崇高なる兵器が、虫のそれと同格扱いされるのは本意ではないが……そういえばそなたらには、まだ一度もアレを紹介したことがなかったな。であれば、”雲奥にて唄う砲(ライトノベル)”が”地を支えし毒(フェアリーテイル)”と同格などという勘違いをしてしまうのも仕方なかろう」

 

 ふむ──と。

 首長は眼下のふたりが腰に差している“全を薙ぐ刀(エピソード)”を交互に見やると。

 

「よし。いい機会だ。そなたらには何度も世話になっている上に、今もこうして人間の九世兵器を見せてもらっている──こちらもそろそろ開示しておくとしよう」

 

 意外だな、とトは思った。

 話の流れがここに行き着くように、シャルルが持ち前の話術を駆使した結果ではあるのだけど──それにしても、こうも気前よく“雲奥にて唄う砲(ライトノベル)”について教えてもらえることになったのは意外である。

 九世兵器は秘中の秘。

 普通なら無闇に──それも、他種族の者に明かすべきではない代物だ。

 現にトたち絶対人間騎士団が知る限り、鳥人の“雲奥にて唄う砲(ライトノベル)”は、その名前以外の一切合切が謎に包まれていた。

 だからこうしてトたちは、鳥人と共同戦線を張って、その正体を探ろうとしていたのである(これはあくまで理由のひとつであって、他にも“地を支える毒(フェアリーテイル)”と正体不明の九世兵器のふたつを同時に相手取るリスクなどの様々な要因が合わさった結果、絶対人間騎士団の面々は鳥人に協力しているのだが)。

 まさか本当に「“全を薙ぐ刀(エピソード)”を見せてもらったから」という返報的な理由なのか? 

 それはない──トは鳥人の首長と出会ってまだ数週間しか経っていないが、それでも彼の傲慢な性格はよく理解しているつもりだ。

 自分が何かを与えられたら、礼に何かを返そう──などという殊勝な考えを備えているとは思えない。

 ……ひょっとすると。

 さきほどトが“地を支える毒(フェアリーテイル)“を話題に上げた際に、その脅威を強調するような語り口だったことが、何かと小人を下に見たがる鳥人の対抗心に火をつけたのだろうか。

 自分たちが与えられた兵器だって凄いんだぞ──と。

 誇示したくなって、開示に踏み切ったのかもしれない。

 あくまで推測に過ぎないが。

 

「まあ、開示するもなにも──そなたらは、この樹海において“雲奥にて唄う砲(ライトノベル)”の在処を何度か目にしているはずなのだがな」

 

「? どういうことです?」

 

「そこら辺にあるってコト? 空気みたいに?」

 

 シャルルは言った。

 

「違う──が、惜しいな。空気という発想は、いい線をいっておる」

 

 シャルルの推測に対して意味深長なことを言いながら、首長は顔を上げた。

 それに倣うように、トたちも首を更に後ろに傾ける。

 視界いっぱいに空の青が飛び込んだ。

 所々に雲が浮かんでおり、東の一点には、一際大きなものが──

 

()()()

 

 伸ばした羽の先端で大きな雲を指し示しながら、首長は言った。

 

「しばらく見続ければ分かるが──あの雲は動かない」

 

「…………」

 

「…………」

 

 騎士団のふたりは無言で空を見上げる。

 一秒……、十秒……──、一分。

 首長の言葉通り、大きな雲が東の一点を離れることは無かった。

 どれだけ時間が経っても──微塵も動かない。

 まるで、そこだけ気流が止まっているかのようだ。

 気象学の常識に反する光景である。

 いったいいつから、あの雲はあそこにあるのだろう? 

 つい先ほど? 

 今朝から? 

 トたちがこの地を訪れた時から? 

 鳥人と小人の戦争が始まったときから? 

 それとも──五〇年前から? 

 

「“雲奥にて唄う砲(ライトノベル)”は、あの中を飛んでいる」

 

 謎に包まれていた九世兵器は──雲に包まれていたのだ。

 なるほど。

 まさに“()()にて唄う砲”である。

 

「……へえ、『ラピュタ』みたいだ」

 

「らぴゅ……? なんだそれは?」

 

 トが呟いた耳慣れない言葉に首長は戸惑ったが、一方で、彼の奇怪な言動に慣れているシャルルは、調子を崩さずに次のように言った。

 

「アレだけ大きな雲に隠れてるってことは……“雲奥にて唄う砲(ライトノベル)”自体の大きさも、それなりにあるのかな?」

 

「うむ。人間のそなたらに分かりやすく喩えるなら、城程度の大きさだ」

 

 首長は言った。

 まるで実際に、あの雲の中を覗いて、“雲奥にて唄う砲(ライトノベル)”を目視したことがあるかのような口ぶりである──いや。

 実際、彼には、そのような経験があるのだろう。

 腕の代わりに立派な翼を持ち、空を飛べる鳥人である首長は、幾度となく、空高くに位置する九世兵器を訪れたことがあるに違いない。

 そして──

 

「(なるほど)」

 

 トは納得する。

 首長がこうもあっさり“雲奥にて唄う砲(ライトノベル)”の情報を明かした理由が、今になって分かったからだ。

 空中に浮かぶ九世兵器なんて──その存在を知った所で、鳥人以外に使えるわけがない。

 飛行能力を持たない人間では、雲の奥に手が届くはずがないのだから。

 だから──どれだけ自慢した所で、奪われる心配がない。

 きっとそんな風に高を括って、首長は話しているのだろう。

 

「(食えない奴だ)」

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、トは心中で毒づいた。

 

「──全体を覆い隠している雲は、“雲奥にて唄う砲(ライトノベル)”の特性と関係が?」

 

「勿論だとも」首長は頷いた。「我らの九世兵器は空気の流れを操る」

 

「空気?」

 

 シャルルが反応した。

 先ほど「空気という発想は、いい線をいっている」と評されたことを思い出したのだろう。

 

「空気の流れ──つまりは気流だよ。気流を生み出し、気流を強め、気流の向きさえ思いのままにする」

 

 気流の操作。

 その説明が真実なら。

 “雲奥にて唄う砲(ライトノベル)”は、大気という、この世でもっとも普遍的な存在を司る兵器だと言える。

 そして、大気を操れるということは──気象も操れるということだ。

 この世全ての気象現象は、大気の流れによって成り立っているのだから。

 巨大な雲を空の一カ所に留めるなんて序の口。

 竜巻に豪雪、暴風雨に雷撃など、数多の天災を意図的に引き起こせるのである。

『九つ同時に使えば世界を九度滅ぼせる』と呼ばれる九世兵器の一角を担うに相応しい、最悪の気象兵器である。

 説明を終えると、首長は得意げに笑い、

 

「どうだ? まさに空の支配者たる我ら鳥人に相応しい兵器だろう?」

 

「そうですね──戦争で使ったことはあるんですか?」

 

「ない」

 

 きっぱりと、首長は言う。

 

「たかが虫退治に崇高な兵器を持ち出せば、“神々”から怒りを買いかねんからな」

 

「……そうですか」

 

 小人を見下している首長らしい理由だが──それだけではあるまい。

 なにせ、首長の説明が正しければ“雲奥にて唄う砲(ライトノベル)”は、空そのものを武器として扱えるに等しい特性を持つ。

 影響を与える範囲で言えば、猛毒を生み出す“地を支える毒(フェアリーテイル)”に並ぶ──どころか上回る兵器だ。

 そんなものを小人が住まう小さな居住地だけに狙いを定めて運用するのは難しいだろう。

 気流の操作によって引き起こすのが暴風であれ、雷撃であれ──隣接する土地に棲む鳥人たちまで、被害を受けかねない。

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()使()()()()()()()()()

 ──と、そんな風に。

 話が一区切りしたタイミングで。

 トたちの背後から影が現れた。

 人間の女である。

 瓶底の眼鏡。一本の三つ編みにまとめた長い黒髪。黒い軍服。

 腰にはトたちと同じ刀を差している。

 

「シギ!」

 

 シャルルは顔を明るくすると、シギに駆け寄ると再会のハグをした。

 

「おかえり! 今日は早かったね!」

 

「……………………………………」

 

「『人間が使う、人間の為の剣術』人剣流が小人にも通じているみたいで何よりだよ」

 

「……………………………………」

 

「──あれ? いつもと様子が違わない?」

 

「……………………………………」

 

「もしかして、何かあった?」

 

「…………………………………………」

 

 シギはいつも通りの無表情であり、外から見て内心を窺い知ることなど出来るはずもないのだが、卓越したコミュニケーション能力を持つシャルルは、彼女の佇まいから何らかの違和を感じ取った。

 そして──“剣舞”は理解する。

 “剣道”の身に何があったのかを。

 

「“流星流”と戦っただって!?」

 

「…………………………」

 

「……そっか。小人の国付近で……“流星流”とマフィが……」

 

「…………………………」

 

「一度は殺す寸前までいったけど……へえ、そんなことがあったんだ……で、“流星流”が再戦できるようになるまで──万全の“流星流”を殺す為に見逃すことにしたんだね……シギらしいや」

 

 シギは首肯することさえないが、シャルルは彼女の意思を次々と汲み取っていく。

 まるで饒舌な説明を受けているかのように。

 “流星流”。

 それは絶対人間帝国において、『殺しすぎる剣術』として恐れられている殺人剣だが──騎士団に所属するシャルルにとって、その名は別の意味も持つ。

 それは──仇だ。

 “剣頭”、ミルドット・テーブル。

 “剣山”、ウーガ・テーブル。

 “孤剣”、マリエッタ・テーブル。

 “剣呑“、リィレロ・テーブル。

 “剣聖”、サンヘルム・テーブル。

 ここ数か月で連絡が途絶えた絶対人間騎士団の騎士たちの名前である。

 とはいえ、実際に“流星流”が命を奪ったのは、最初のひとり、ミルドット・テーブルだけだ。

 それ以外の団員は皆、九世兵器の所有者や、九世兵器のレプリカの所有者や、九世兵器そのものに殺されている。

 けれど、そんなこと、遠く離れた地で別任務にあたっていたシャルルにとっては知らないことだし──知ったことではない。

 そもそも、ひとりだけであっても、“流星流”が騎士団のメンバーを殺したのは事実だ。

 それに──

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 仲間想いのシャルルにとっては、それだけで許しがたい。

 

「…………“流星流”」

 

 ぽつり、と呟くシャルル。

 今や、その端正な顔面は、憎々しげに歪んでいた。

 

「“流星流”ッ!!」

 

 胸中に渦巻く憤怒と共に大声を吐き出すと、シャルルは走り出した。

 たったひとりで。

 脇目もふらずに。

 行き先は──問うまでもないだろう。

 自分の発言(?)がきっかけでシャルルが暴走したことを知ると、シギは後を追ったが、その頃には、麗人の姿は樹海の奥深くまで消えていた。

 

「……すごいな」

 

 ふたりが去った後で首長は言った。

 

「あそこまで怒りを露わにしているシャルルは初めて見た。同盟を組んでいる今、暴走じみた独断専行はよしてもらいたいが──どうやらこの地に現れた不穏分子を排除しようとしているらしいし、ならば止めはせんよ──さて、そなたはどうするつもりかな? ト」

 

 首長はそう言って、視線をトのほうに向けようとしたが──そこに“剣客”の少年は立っていなかった。

 まるで最初からそこにいなかったかのように、姿を消していた。

 

 ◆

 

 その木が異常を宿しているのは一目瞭然だった。

 色が違う。

 樹皮が真っ黒だ。

 まるで焼け焦げているかのように──黒い。

 幹から伸びる枝も黒い。当然、そこに付いている葉まで黒一色だ。

 きっと花が咲けば、それもまた黒なのだろう。後に実る果実だって、そうに違いない。

 何処に目をやっても黒一色。

 見るだけで目がくらみそうになるくらいに毒々しい。

 その異様な色味は、周囲に生える他の木々と比べれば明確である──と言いたいところだが、その比較は実現できない。

 なぜなら、周囲に木が生えていないからだ。

 木々が犇めく樹海にて、この黒い木の周囲だけ──人間の歩幅で言えば、百歩分の距離だけ、木が一本も生えていなかった。

 否──生えていないのは木だけではない。

 草さえ生えていない。

 剥き出しになっている地面には、虫の一匹さえ見当たらない。

 まるで木を中心とした一帯が、生物の存在を許されない死地になっているかのようだった。

 そんな場所に、マクガフィンは立っていた。

 

「…………」

 

 双眸から発する鋭い視線を、黒い木に注いでいる。

 木の幹には(うろ)があった。

 人間の大人でも背筋を伸ばしたまま這入れそうな、巨大な洞である。

 その中にあるのは空洞──ではない。

 何かが垂れ下がっている。

 洞の天井から真下に向けて、鋭い先端を突き出している。

 最初にそれを見た時、マクガフィンが連想したのはつららだった。

 あるいは鍾乳石。

 もしくは──()()()()

 材質は見るからに木製ではない。

 木に後付けで入れられた異物であることは明白だった。

 ぽたり、ぽたり、と。

 つららのような何かは、その鋭い先端から定期的に液滴を落としている。

 色は透明だが──目に見えないおぞましい瘴気が感じられた。

 呑むのは勿論、触れることさえ危険だろう。

 どころか、気化したそれが漂う空間にいることさえ、命に関わるに違いない。

 洞の下部に目をやると、液溜まりができていた。

 きっと長い間液滴を吸い続けたことで、この木は黒くなったのだろう。

 毒々しい黒さを得たのだろう。

 

「これが“地を支える毒《フェアリーテイル》”──毒を自動生成する兵器か」

 

 マクガフィンは言った。

 ここに“地を支える毒(フェアリーテイル)”があると小人から聞いて、彼女はやってきたのだが──毒で汚染された死地に生身で立っているにも関わらず、彼女の体に異変は起きていない。

 いや──正確に言えば、ここにたどり着くまでに何度か異変があった。

 ざっと二百六十回ほど。

 その殆どが死に至るレベルの異変だったが、マクガフィンはその身に宿る不死性により、二百六十回蘇っていた。

 どころか、その過程で毒への抗体を獲得し、今や体調不良に陥ることなく、“地を支える毒(フェアリーテイル)”の前に立っているのである。

 

「……たかがこの程度で耐性がつくなんて──どうやら、この九世兵器もオレの野望を叶えるには足らないようだな」

 

 マクガフィンは嘆くようにそう言った。

 このまま洞の内部に手を伸ばし、執筆をおこなえば、それだけで“地を支える毒(フェアリーテイル)”の蒐集が完了する状況である。

 しかし、彼女はそれをしない──今のところは、まだ。

 そんなことをすれば、小人が敵に回るからだ。

 五〇年かけて“地を支える毒(フェアリーテイル)”と付き合ってきた小人たちは、その毒を研究し、学習し、理解している。

 その学習深度はオリジナルの“地を支える毒(フェアリーテイル)”を用いずとも、それを元にしたいくつもの毒の開発に成功するほどまでに至っていた。

 今や小人は“地を支える毒(フェアリーテイル)”抜きでも、恐るべき毒使いの集団なのである。

 そんな彼らを、そう易々と敵に回すわけにはいかない。

 少なくとも、レスコーの治療を任せている今は。

 ……そもそも、マクガフィンがこの場を訪れた目的は“地を支える毒(フェアリーテイル)”の蒐集でなければ、「小人の九世兵器を一目見ておこう」という観光気分ですらない。

 ただ──なんとなく。

 レスコーが治療を受けている最中に、なぜか心が落ち着かず、ひとところに留まっていられなくなり、つい、ここまで足を延ばしてしまったのだ。

 結果、マクガフィンの身には二百六十回の死と蘇生が生じたが、それらは彼女の心境に少しの変化も与えなかった。

 心中には今も変わらず、形容しがたい不安が渦巻いている。

 ──レスコーの治療は無事に済むのだろうか? 

 

「……まさか、オレがアイツにあそこまで入れ込んでいるなんてな」自嘲するように笑うマクガフィン。「アイツに会ったばかりのオレが知ったら、どんな顔をするのやら」

 

 足音がした。

 マクガフィンは振り向く。

 防護服で身を包んだ小人が立っていた。

 ここは“地を支える毒(フェアリーテイル)”産の毒で汚染された死地。本来ならば、このくらいの装備をして這入らなくてはならないのである。

 

「こんなところにいましたか。さがしましたよ」

 

 防護服の覆面で顔が見えないが、聞き覚えのある声だった。

 たしかレスコーの治療を依頼する過程で、言葉を交わした覚えがある。

 

「ぼうごふくをきなくてもへいきなんて、あなたはずいぶん、がんじょうなんですね」

 

「体が特別製なものでね──それで、どうした? オレの連れの治療は順調か?」

 

「おわりました」

 

 早すぎる。

 現在の時刻は夕方。シギとレスコーの真昼の戦闘があってから、まだ四半日も経っていない。

 普通なら、そんなに早く治療が終わるわけがないだろう。

 しかし、マクガフィンは小人の言葉に驚くそぶりを見せる事なく、

 

「そうか、感謝する」

 

 と、礼を述べた。

 

「さすが小人族だな──毒は勿論のこと、製薬の技術力まで高いとは」

 

 小人族が“地を支える毒(フェアリーテイル)”を元に、毒のみならず薬品を生産していることは、有名な話であった。

 薬も過ぎれば毒となり──毒も適度に使えば薬となる。

 そういうわけで、世界一の毒物製造兵器(フェアリーテイル)を渡され、その研究を重ねていた小人族は今や、世界一の薬学をも有していた。

 世界一の薬学にかかれば、重傷者の治療を四半日足らずで終わらせることなど、容易かろう。

 他にも、たとえば──先程のシギとの戦いにおいて、小人の戦士が見せた異常な脚力。

 あれは特別な薬によるドーピングで強化されたものである。

 そして──薬で強化されているのは、脚力だけではあるまい。

 膂力。体力。生理現象。代謝。スマートドラッグを使えば、脳にまで。

 薬学的に改造可能な部分には全て、何かしらの手を加えているはずだ。

 毒と薬を持つ小人族は、五〇年前のように、小さく弱いままではない。

 ……もっとも、そうして強くなった今も、鳥人と騎士団の連合に劣勢が続いているあたり、小人族の元々の弱さが窺い知れるというものだが。

 

「すでに、おつれのかたは、めをさましています── このままくすりのしょほうをつづけて、えいようをとれば、ひとばんもしないうちに、はだのきりきずさえなくなるでしょう」

 

「それはすごい──()()()()()()()()()()()()()()()

 

「──ただ」

 

「ただ?」

 

「おつれのかたのようすが、おかしいのです」

 

 ◆

 

 様子がおかしいもなにも、レスコーの様子がまともだったことなんて、これまでの旅路で一度たりともなかったのだが──それはともかく。

 一際大きな木の陰に隠れるようにして設置された治療所。

 そこにレスコー・フォールコインは、仰向けで寝ていた。

 その目はうつろだ。

 感情のないレスコーの目は元来、うつろなのだが──今はそれに輪をかけてのうつろである。

 感情どころか意識さえなさそうな虚無。

 それが両目合わせて、ふたつぶん。

 

「…………………………」

 

 ふと、レスコーの脳裏に記憶が蘇る。

 気を失う前の──“人剣流”に為すすべなく斬られた記憶が。

 その記憶は痛々しく──苦々しい。

 思い出したくもない。

 べつに、負けたことが悔しいのではない。

 レスコーに、そのような対抗心は皆無だ。

 ただ──愛しているマクガフィンの前で負けたことが、嫌だった。

 

「(マフィ様に、いいところのひとつも見せられずに、シギさんに負けてしまいましたわ……)」

 

 しかも、レスコーからマクガフィンへの愛の証である“骨抜”が破れてしまうなんて──

 再戦の為に立ち上がるも、一太刀も振れずに倒れてしまうなんて──

 かっこわるい。

 みっともない。

 思い出すだけで顔を両手で覆って「うぅ゛〜……」と呻き声をあげてしまう。

 今のレスコーは落ち込んでいた。

 それも──めちゃくちゃに。

 感情のない彼女らしくないが──一方で、マクガフィンを愛している彼女らしくもあった。

 誰だって、好きな人の前で格好悪い姿を見せてしまったら、こんな風に落ち込むに決まってる。

 

「──なるほど。たしかに、様子がおかしいな」

 

 頭上から声がした。

 顔を覆っていた両手を除ける。

 マクガフィンが、冷ややかな目でこちらを見下ろしていた。

 

「ま、マフィ様……」

 

 仰向けのまま、レスコーは弱弱しい声で言う。

 

「シギさんとの戦いでは……お見苦しいところを見せてしまい、申し訳ありませんでした」

 

「……………………」

 

「不死身でもないシギさんに、ああもこっぴどくやられてしまうなんて……しかも、往生際悪く再戦を申し込んでおいて、気を失ってしまうなんて……恥ずかしいですわ」

 

 レスコーは言う。暗い声で。

 

「この程度で躓いてしまうようなわたくしが、果たしてマフィ様を殺すことができるのでしょうか──むぐっ!?」

 

 マクガフィンは膝を曲げてしゃがむと、手に持っていた携帯食料を、レスコーの口に突っ込んだ。

 乱暴ではあるが──レスコーが熱望していた『あーん』である。

 

「落ち込んでうじうじと考える元気はあるらしいな──なら、さっさと栄養をとれ。傷を治せ。そして次こそシギに勝て、フォールコイン」

 

「むっ、むむむっ、むぐむぐ……」ごくん、と携帯食料を嚥下するレスコー。「でっ、でも! シギさんには、 “流星流”が! “骨抜”が! わたくしの愛が通じなかったんですよ!? もう一度戦っても勝てるかどうか──」

 

「そうは言っても、オレは既にお前が騎士団に勝つと、小人に宣言してしまったからなあ──それに」

 

 とん、と。

 マクガフィンは作った握りこぶしを、レスコーの胸の中央に落とした。

 

「たかが一度負けたくらいでなんだ。たしかにお前の“恋心(骨抜)”は一度、“剣道”に敗れたが──それで何を失った?」

 

 否。

 レスコーは何も失っていない。

 命も。

 剣も。

 技も。

 マクガフィンも。

 恋も──失っていない。

 

「そして今や、受けた傷も小人の薬で殆ど元通りになっている。傍目から見て、おまえが負けたことなど、誰にも分からんよ──だから、そこまで落ち込むな。いつも通り『だけど殺す』の気概を見せてみろ」

 

「…………」

 

「改めて問うぞ、フォールコイン。オレの為にシギを──いや、シギだけではないな──鳥人の勢力全員を、殺せるか?」

 

 たしかに、今のフォールコインはプラスマイナスゼロの状態だ。

 何も得ていないが──何も失っていない。

 とはいえ、それは彼女の現状だけを見た評価であり──シギに負けたという過去は変わらない。

 このまま“流星流”が“人剣流”に再戦を挑めば、次こそ殺されて、全てを失ってしまうことになるだろう。

 だけど──それでも。

 マクガフィンは、レスコーを見捨てずに、頼ってくれる。

 ()いを──向けてくれている。

 ならば──愛する者からの求めに対し、レスコーが返す答えなど、ひとつしかあるまい。

 

「ええ、勿論」

 

 その目は既にうつろではない。

 きらきらと、恋心で輝いている。

 

「次こそは勝ってみせますわ!」

 

 きっぱりと、いつも通りの調子で、そう言った。

 

「それでいい」

 

 マクガフィンは満足げに頷くと、曲げていた膝を伸ばし、立ち上がった。

 その顔にはいつも通りの──悪そうな笑みが浮かんでいる。

 

「それに、なにも無策でシギと再戦させるつもりはない。ちゃんと、策は考えている。オレの策略とおまえの剣術があって初めて成り立つ策なんだが──やれそうか?」

 

「やれます!」

 

 まだ作戦の概要さえ聞いていないのに間髪を入れずに答えた。

 普段通りの即答──すっかり本調子に戻っている。

 

「なにをすればよいのでしょう?」

 

「とにかく“流星流”で一番速い技を使え」

 

 与えられたアドバイスは、ひどくシンプルなものだった。

 

 ◆

 

 樹海の景色なんて、この地を訪れて一ヶ月も経っていないレスコーたちにとっては右も左もわからなかったが、それでも、小人の案内によって、鳥人の国との境界線付近を訪れることができた。

 飛べない人間が、鳥人の国から小人の国まで最短距離でまっすぐ攻め込もうとすれば、ここを通らなくてはならない。

 罠を警戒すれば別ルートを迂回するだろうが──それは弱者の考えだ。

 己の強さに誇りを持つ絶対人間騎士団の強者が、そんな思考をするはずがない。

 シギが再び現れるとすれば、ここ以外にありえない──そんな場所に、レスコーとマクガフィンは陣取る。

 日はとっくに沈んでいた。

 元から薄暗かった樹海は、今となっては完全に闇に包まれている。

 ふいに、闇の中で何かが動いた。

 桃色の髪だ。

 宵闇の中では目立つ髪色をしている、中性的な風貌の人間が、迷いのない足取りで、こちらに向かって走っていた。

 

「おや」

 

 マクガフィンは少し、驚いたような声を漏らした。

 

「シャルル──! あいつもここに来ていたのか。てっきり、ここにはシギひとりしか来ていないかと思っていたんだが……」

 

 そのタイミングでシャルルもマクガフィンとレスコーの姿を認めたらしい。

 

「マフィ! それに──“流星流”ッ!!」

 

 可愛らしい顔のどこから出ているのか不思議に思えるほどに力のある怒声を張り上げた。

 顔面は憤怒の形相で固まっているが──そんな風になってもなお、シャルルが備える美しさは寸毫も欠けていないのだから、美人というのは不思議である。

 

「やっと見つけたよ……! よくも──よくも仲間をッ! ミルドットを殺してくれたな!」

 

 ざっ、ざっ、ざっ。

 足早な歩調でレスコーたちとの距離を躊躇いなく縮めながら、シャルルは言う。

 その手は既に、腰に差した刀に触れていた。

 

「“流星流”! シギはキミを見逃したらしいけど、ボクはそんなことはしない──仲間の獲物を横取りするのは気が引けるけど、それ以前にキミは仲間の仇だ──ここで殺す!」

 

 チョークのように白く細長い指に力を込めて、抜刀。

 その勢いのまま、レスコーに斬撃を叩きこもうとする。

 “人剣流”のシギや、薬で埒外の瞬発力を得ている小人たちと比べれば遅いが、しかし、この場において速度は重要ではない。

 だって、どれだけ遅くとも──その剣は必中なのだから。

 

「食らえ! ──『美仞麗駆(びじんれいく)』!」

 

 “剣舞”が独自に開発した剣術──『美仞麗駆(びじんれいく)』。

 武術であり、舞術の剣。

 シャルル・テーブルが帝国最強の剣士集団・絶対人間騎士団の一員である所以の技だ。

 “全を薙ぐ刀(エピソード)”を手に戦場を駆けるその美しさに一瞬でも見惚れた者は、忘我におちい──レスコーは地面を蹴って、前に飛び出しながら、刀を抜いていた。

 

「え」

 

 “流星流”が見せた予想外の動きに、シャルルは目を丸める。

 無理もない。

 相手に防御も回避も応戦も許さない剣術を、絶対の自信を持って発動したはずなのに、“流星流”がよどみない動きで抜刀していたのだから。

美仞麗駆(びじんれいく)』が効いていない──これっぽっちも。

 

「……残念だが」マクガフィンは言った。「精神攻撃(そういうの)が効かないのは、孤剣(マリエッタ)との戦いで説明済みだ」

 

「な──ッ!?」

 

 ──それに。

 恋する乙女は盲目と、よく言うではないか。

 だから、シャルル・テーブルがどれだけ美しくても、その美貌がレスコーの瞳に映ることはない。

()()()()()()()()()()()()()、一途な“流星流”の想いが揺らぐわけがないのだ。

 ときめくのも、落ち込むのも、怒るのも、喜ぶのも──いつだって。

 レスコーの()()()()()()()()を動かすのは、マクガフィンただひとりなのだから。

 だから、“流星流”は止まらない。

 “剣舞”の命を奪わんと、刃を走らせる──だが。

 

「わ──ぁっ」

 

 ぐいっ、と。

 唐突に、シャルルの体が後退した。

 意図してそうしたのでなければ、反射的に飛び退いたわけでもない。

 後ろから引っ張られて、そうなっていた。

 

「──あら」

 

 シャルルの美貌を真横に斬り飛ばすはずだった斬撃を空振らせながら、レスコーは呟く。

 その視線の先には──

 

「またお会いできましたね、シギさん」

 

 “剣道”が立っていた。

 鞘に納めた“全を薙ぐ刀(エピソード)”の先端をシャルルの襟に下から差し込むようにして引っかけて、ぶら下げている。

 

「…………………………」

 

 シギは無言のまま、鞘を傾けてシャルルを下ろす。

 シャルルは何事かを言おうとしていたが、シギの顔を見た途端、言葉に詰まった。

 “剣舞”がその時、“剣道”の無言から何を汲み取ったのかは定かではないが──

 

「……わかったよ。元々、キミが戦う予定だったもんね」

 

 と言い残し、退がった。

 シャルルは理解したのだろう。

 たしかに“流星流”は仲間を殺した、絶対に許せない敵だが──『美仞麗駆(びじんれいく)』が通じないのなら、勝てない。

 ならば、シギ・テーブルに任せるしかない。

 

「………………………………」

 

 シギは無言のまま、レスコーに視線を送る。

 まじまじと。

 じっくりと。

 じろじろと。

 感情の無いレスコー以上に、何を考えているのか窺い知れない視線が、白ドレスの令嬢の全身に注がれる。

 

「そんな風に確認する必要はありませんよ。わたくしはもう、元気いっぱいです──なので、再戦を受けていただけませんか?」

 

「…………………………」

 

 シギは何も言わなかったが──刀を抜いた。

 それが答えだった。

 “流星流”と“人剣流”。

 共に人間の歴史に名を残す剣術の流派。

 その第二試合がいま、始まろうとしている。

 

「……………………」

 

「……………………」

 

 ふたりの間の空間に、罅が入った。

 二名の達人が発する剣気にあてられて、空間が硝子のように固まり、重圧に耐えきれず、砕けそうになっているのである。

 あとほんの少し──なにかが通りがかるとか、音が鳴るとか──ちょっとした刺激が放り込まれるだけで、両者の間に横たわる空間は完全に罅割れる。

 それが開戦の合図となるに違いない。

 幾許かの時が経ち──その時は訪れた。

 びゅう、と。

 一際強い風が吹き、樹海の枝葉を揺らしたのだ。

 そして──何かが砕け散る。

 それと同時に、レスコーとシギは動いた。

 夜の闇で視界は不良。されど彼女たちが互いを見失うことはない。

 両者は引かれあうように、走り出す。

 そして、その瞬間──

 

「──なあ、シギ」

 

 マクガフィンの攻撃が──

 

「お前は今、“人剣流”を正しく使えているのか?」

 

 口撃が、始まった。

 

「“人剣流”は『人間が使う、人間の為の剣術』──だったか? なるほど、御立派御立派。惚れ惚れする理念だ。何百年も続いただけのことはある」

 

 しかし、とマクガフィンは言う。

 悪そうな顔で。

 

「だが、その理念は今もまだ十全に守られていると言えるのか? 鳥人との同盟で、人間だけでなく鳥人の為にも“人剣流”が使われているこの状況は、果たして『人間の為の剣術』と言えるのかな?」

 

「…………………………!」

 

 それは──ただの揚げ足取りだ。

 確かにシギは鳥人の勢力で“人剣流”を使っているが──その大元には、絶対人間騎士団の任務である九世兵器の蒐集という目的がある。

 だから、今もシギは“人剣流”を『人間の為』に使えているのだ。

 ──と、こんな風に。

 口にすればたった二、三言で論破できる。

 だが──口ではなく剣で語るという縛りを自身に課しているシギにはそれができない。

 反論が不可能なのだ。

 そして──剣で語るという唯一の発信手段も、「今のシギの剣は“人剣流”として正しくないのでは?」という疑いがかかっている今、迂闊におこなえなくなっている。

 己の剣に並々ならぬ誇りを持つが故に──剣に迷いが生じていた。

 

「(舌戦において、何も喋らない相手ほど、やりにくい相手はいないと思っていたが、それは間違いだったな)」

 

 剣鬼は、ほくそ笑む。

 

「(()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!!)」

 

 とはいえ、この口撃だけでは勝負の決め手にならない。

 精々、シギの剣に迷いを混ぜ、その動きをほんの少し鈍らせるだけだ。

 その鈍りだって、あと何秒持つか分からない。

 だから、決め手は策の残り半分──レスコー・フォールコインが請け負った。

 

「流星流──」

 

 刀を鞘に納め直した状態から放つ、超高速の居合切り。

 それは──記録によると、初代が使えば空間そのものに消えない傷を残したとされる最速の奥義。

「とにかく“流星流”で一番速い技を使え」というマクガフィンからの注文に最適な技である。

 

「──“爪弾(つまはじき)”!!」

 

 ◆

 

 びゅう、びゅう、びゅう。

 どうやら、先ほどの一陣だけでは収まらなかったようで、風は、今もどこからか吹いていた。

 さわさわと、枝葉の擦れる音が辺りに木霊する。まるで木々の囁きのようだった。

 宵の闇の中。

 “流星流”と“人剣流”の決着は、そこにあった。

 “流星流”は刀を振り抜いた状態で立っており。

 “人剣流”はそれから少し離れた位置で倒れている。

 というより──斬り倒されている、というべきか。

 彼女の右の脇腹には大きな傷があった。今しがたレスコーが“全を薙ぐ刀(エピソード)”を用いた“爪弾”でもって刻んだものだが、何も知らずにそれを見て、刀傷だと理解できるものはいまい。

 肉が抉れている──ごっそりと。

 臍に届きそうなまでの、大きな傷である。

 中に納まっているであろう内臓はあちこちに吹き飛び、樹海の緑を血肉の赤で装飾していた。

 

「──勝ちましたわ」

 

 レスコーはマクガフィンがいるほうを振り返り、己が勝利を宣言した。

 

「とはいえ、わたくしだけでは、あり得なかった勝利ですね……マフィ様の策のおかげです」

 

「賭けの要素がかなり強かったけどな──シギが己の誇りに執着している人間だったからこそ、可能な策だった。これでもし、こいつが普段のフォールコイン(おまえ)のように他人から何かを言われたところで聞く耳を持たずに『だが殺す』の精神で突っ走れるような奴だったら、こうも上手くはいかなかっただろう……。それにしても、シャルルまで現れたのは予想外だったな」

 

 そう言って、マクガフィンは樹海を見渡したが、桃色の髪が視界に入ることは無かった。

 シギが倒される場面を見て、逃げ出した? 

 あの仲間想いのシャルルが? 

 

「いや、増援を呼びに行った可能性もあるか。そもそもこの地は、小人と鳥人という二つの勢力の衝突地帯。ならば、帝国から送り込む騎士が複数人であってもおかしくあるまい──シャルルはたしか、トと仲が良かったし、あいつもここにいるのかもしれないな」

 

「……ええと、つまり?」

 

「この地での戦いはまだ終わりではないということだ。気を引き締めてゆ、くぞ──ッ!?」

 

 勝って兜の緒を締めるようなマクガフィンの台詞は、しかし最後の最後で締まることなく、驚きで声が上ずることになった。

 まるで、ありえないものでも見たかのような反応である。

 レスコーはすぐさま、マクガフィンの視線の先に目をやった。

 そこにはシギ・テーブルが倒れていた。

 否──

 起き上がっていた──! 

 

「馬鹿な!」

 

 そんな感想が思わず口をついて出てしまうマクガフィン。

 無理もない。

 シギは脇腹の五割近くを斬り飛ばされたのだ。

 立ち上がるどころか、生命活動を続けることさえ難しいはずである。

 なのに“人剣流”は立っていた。

 いや──それは完全なる自立とは言い難い。

 体幹を支える胴体の筋肉の右半分が欠損した今、上半身を起こす力は皆無。

 どれだけ下半身に力を込めても、腰の上は萎びた植物のように折れ曲がってしまっている。

 そのままではバランスを崩し、再び地面に倒れてしまうのは必至だ。

 なので彼女は、両手で握っている抜き身の“全を薙ぐ刀(エピソード)”を己の右側の地面に突き立て、杖のようにしていた。

 まるで体全体でアーチを描くような──ひどく不格好な体勢。

 見ているだけで痛々しい。

 体のあちこちからみしみしという音が聞こえてきそうだ。

 だが──それでも。

 そんな姿になってでも、シギは起き上がるのを諦めなかった。

 剣を握るのを──諦めなかった。

 そして──

 

「がっ──ごっ、は──」

 

 鼓膜を叩いたその音を、マクガフィンは最初、吹きすさぶ風が効かせた幻聴だと思った。

 だって、ありえないだろう。

 シギ・テーブルが声を発するなんて。

 だが、その音は幻聴ではなかった。

 

「“に、ん……剣りゅ……う”……。きゅう、じゅう……九代、目。シギ……、テーブル──推して……参る」

 

 “剣道”の名に相応しくあるために続けていた無言の誓い。

 それを破ってでも、シギは名乗った。

 一度自分に敗北を味合わせた者を相手に、名乗らなければならないと。

 再戦の為にはそれが必要なのだと。

 そう──思ったのだろう。

 そして──その名乗りを受けて。

 

「──思えば、わたくしから名乗ることはあっても、相手から名乗られるのは、これが初めてですわね」

 

 レスコーは再度、刀を抜き、構えを作った。

 それはいつも通りの美しい、中段の構えである。

 

「“流星流”レスコー・フォールコイン──殺してまいりますわ」

 

 繰り出す技は既に決めている。

 今のシギは、真昼の戦いのように、“流星流”に対して絶対的に優位であり『あれ』を完璧に無効化できる状態であるとは言い難いし──それに。

 やはり、ここで今一度、マクガフィンへの殺意(あい)を示しておきたい。

 そんな想いを胸に、レスコーは飛び出す。

 

「“流星流”──骨抜(ほねぬき)!」

 

「“人剣流”──人剣道(にんげんどう)!」

 

 そして、

 

 ◆

 

 びゅうびゅうと音を立てながら風が樹海を駆け抜ける。

 それに混ざるようにして走る、桃色の髪があった。

 シャルル・テーブル。

 

「はっ……はっ……はっ……」

 

 顔中に汗が張りついているが、それは今しがたおこなっている疾走が原因ではあるまい。

 騎士団のひとりが、この程度の運動で汗をかくはずがない。

 故にその発汗は、恐怖や驚愕といった心因に由来するものだった。

 

「しっ──シギまで……、あのシギまでやられるなんて!」

 

 瞬きをすれば瞼の裏にその時の光景が蘇る。

 “流星流”に右脇腹を斬られ、地面に頽れる仲間の姿が。

 

「………………!」

 

 歯噛みするシャルル。

 本音を言えば、今からでも“流星流”がいる場所に引き返し、“全を薙ぐ刀(エピソード)”で斬りかかりたいのだが──自分がそうした所で、無駄死ににしか繋がらないことを、シャルルはよく知っている。

 理解してしまっている。

 たった一合の交差で──理解させられた。

 

「だけど──一度、トと再会すれば……トと協力すれば、どうにかなるかもしれない! アイツは言ってることがよくわかんなくて、よく意味不明に呆れてくる変な奴だけど──なんだかんだ言って、結構頼れるやつなんだから──」

 

 その時である。

 シャルルの体が浮いたのは。

 さきほどシギがやったように、襟に鞘を引っかけて吊るされているのでは──ない。

 どこかから吹いてきた突風によって、持ち上げられたのだ。

 シャルルは騎士を名乗るにしては線の細い、華奢な体格をしているが──ひとりの人間が浮くほどの風は、異常である。

 いや、そもそもさっきから──“流星流”と“人剣流”の戦いが始まった時も、一度は倒れたシギが立ち上がった時も、そして今も──風が吹きすぎじゃないか? 

 風──気流──空気の、流れ──

 

「まさか──さっきから吹いているこの風は……ッ!」

 

 宙を舞いながら“剣舞”は気付き、空の一点に浮かぶ、巨大な雲に目を向ける。

 だが──気付くのが遅かった。

 夜の闇を引き裂くようにして、閃光が走る。

 直後に轟音。

 それが都度()()()()()ほど。

 鳥人が持つ万能の気象兵器“雲奥にて唄う砲(ライトノベル)”が生み出した雷撃(ライトニング)である。

 一方、風もますます強くなってゆく。

 樹海に立ち並ぶ木々の数々を、その風力だけで根元から引っこ抜いていた。

 人間でさえ宙を舞うような風である、どこかにいる小人たちが無事なはずがあるまい。

 今や、大陸沿岸の樹海は、阿鼻叫喚の地獄絵図と化していた。

 

「(急にどうして? まさか鳥人が──?)」

 

 いや、それはない。

 今しがた起きている破壊は、小人の居住地どころか鳥人の住処を越えて、大陸沿岸一帯に齎されていた。

 いくら鳥人が飛行能力に優れる空の支配者であっても、支配している空がこの荒れ様では、十全な飛行はできないだろう。

 これではまるで、鳥人と小人の無理心中である。

 小人を毛嫌いしている鳥人が、そんな選択をするはずがない。

 

「それじゃあ──()()雲奥にて唄う砲(ライトノベル)()()()()()()()()──ッ!?」

 

 と。

 そんな悲痛な叫びが。

 シャルルの最期の言葉になった。

 どこかから風に乗って、殺人的な速度で飛んできたこぶし大サイズの岩が、その美貌をぶち抜いたからである。

 頭部を襲った衝撃で思考が明滅する中で、シャルルが最期に思ったのは

 

 ──トは無事かな。

 

 だった。

 そして、そのまま“雲奥にて唄う砲(ライトノベル)”が生み出した数多の異常気象は、“剣舞”のみならず、樹海に住まう生命を次々と殺していき──

 

 ◆

 

 気が付くと、レスコーは樹海ではない場所に立っていた。

 前を見る。一面の白。

 右を見る。一面の白。

 左を見る。一面の白。

 後ろを振り返る。やはり、白。

 

「あれ? ……おかしいですね。さっきまで樹海にいたはずでは?」

 

 ここには樹海の緑も、夜の黒もない。

 白の絵の具を何度も重ね塗りしたかのように、白一色の世界である。

 

「ええと……」自分の身に何が起きたのか分からないレスコーは、一旦状況を整理することにした。「たしか、シギさんを倒し……たと思ったら、また起き上がられて、再戦することになって……それで、決着がついたと思ったら、急に風が……それに雷も……そして──そして?」

 

 そして、何が起こった? 

 ここが樹海ではないのなら──どこなのだろう? 

 

「天国だよ」

 

 声がした。

 そちらを向く──先ほど見た時には白しか確認できなかった方位だが、今は人がいた。

 白とは真逆の黒。

 見たこともない様式の服に身を包んだ少年である。

 腰には一本の刀を差していた。

 

「『天使族の国』を略しての『天国』らしい──はじめまして“流星流”。前々からあんたとは、ふたりきりで誰にも邪魔されずに話してみたいと思っていてね。そしたら、ちょうど近場に現れたと聞いたんで、()()()()()()()()雲奥にて唄う砲(ライトノベル)()()()()()()()()()()()()()()()()()、ここまで来てもらったんだ」

 

 まあ、そのついでに鳥人と小人も死んだけど──と。

 やや伸びすぎの感がある黒髪をくしゃくしゃと掻きながら、少年は言った。

 “雲奥にて唄う砲(ライトノベル)”を──地上からは手の届かない空に浮かぶ気象兵器を奪ったと、そう言った。

 さらりと。

 こともなげに。

 まるで──距離や隔たりといったものを無視した移動が出来るかのように。

 自分はそんな、三次元的な障害に縛られる存在ではないかと言うかのように。

 どこにでもいそうなその顔に──レスコーは見覚えが無い。

 

「あの、どなたですか……?」

 

「おっと、いけないいけない──まずは自己紹介からだったな」

 

 そこで一拍間を置いて、少年は言った。

 

「ぼくの名前はリュウト──リュウト・テーブルだ」

 

 レスコーはその名を──はっきりと聞いた。

 

 

 

 次回予告! 

 

 続々と進むレスコーたちの旅! 

 

 ところがなんと……ええっ!? 次の舞台は天国!? 

 

 死んじゃったってこと!? 

 

 しかも、突然現れたリュウトはどうやらレスコーに用があるみたい!? 

 

 ”流星流”と”剣客”の邂逅は、いったい何を引き起こすのか!? 

 

 次回! ソードエピソード! 

 

 第十話『始まりを覆う匣(ライナーズノーツ)』! 

 

 また読んでね! 

 

 


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