【完結】EVERYDAYLIFE・《それっぽい文章》・STRAlGHTEN 作:王者スライム
そんな、まあこんなこともあるかもしれないと受け入れられる程度の小さな変化。けれど、最近はそんな小さな変化が次々に増えている。
──例えば、学校の前にあった横断歩道の信号だけが消えていた。
──例えば、昔からある歩道橋が気づけば新築同然になっていた。
──例えば、いつも使っていたコンビニが別のチェーンのコンビニに変わっていた。
確かにそれは小さな変化だ。けれども、その変化に誰も気づかないどころか、まるで元からそうであったと
当然、そんな日常は違和感だらけだった。
友人や家族との認識の齟齬、というだけでなくて見知っている日常が少しずつズレていっているような感覚。
積もっていく小さな違和感と同じ様に、
勿論、火常は生涯孤独という訳ではなく、家族も居れば友だちだって多いとは言えないとはいえ間違いなく居る。そして、そんな彼ら彼女らはそんな火常平を心配してくれていだ。逆に言えば
心配するだけで誰もこの街の小さな変化に気づかない。例え説明しても誰も共感せず、気のせいだろうと流すだけ。
そんな上辺をなぞるだけのような心配に火常の精神が癒さされる筈もない。ハッキリ言ってしまえば火常の精神はそろそろ限界を迎えようとしていた。
──だからなのだろうか、なんて思いながら火常は目の前のそれに目を向ける。
「ハロー、マスター。私がサポートにやって参りました」
住宅街の道のど真ん中にいる
球の形をした、直径一メートルはありそうな程大きくて、半透明で青く、話すことができ、先程までこちらに向かって動いてきた──そんなスライム。
これまでの数々の日常の小さな変化におかしいと感じてきた火常だが、明らかに小さな変化程度では済まないそれに自分の方がおかしいのかもしれないと悩んでいるらしい。
なにせ、それほどまでに目の前のそれは異様なのだから。
巨大なスライムを作り上げるのは不可能ではない。話すことのできるスライムだって、良くは知らないけれどAIだとかスピーカーをなんか上手くやればできるだろうと、勝手に納得できる。じゃあ、
そこで火常の思考は止まった。半透明なせいでスライムの中が透けて見えるが、そこに体の色と被るせいで見えづらい青い筋が複数あれど、それ以外はスピーカーすら見当たらない。
ならば、こいつはなんなのか。そんな考えが火常の中を支配するが、声に出ていないそれを目の前のスライムが知る筈もない。
そのスライムは間も開けずにまた喋りだした。
「アーアー、マイクテストマイクテスト……規定声量クリア。つまりは聞こえているものだと思いますが、どうしたのでしょうかマスター」
そのスライムの出す声は、その見た目からは想像もつかないような抑揚のない機械音声だ。
そこから、見た目がスライムなだけでこれは一種の機械なのではないかと火常は推測した。そう推測はしたが「機械だったかーなるほどなー」と納得できる訳でもない。むしろ、そんな機械が存在するのかと疑問は深まるばかりである。
まあ、専門家でもない(そもそも目の前のそれがどの専門に属するか分からないが)火常にとって、多少頭を働かせた所で分からないことの方が多いのは仕方ないだろう。
けれど、そんな火常でも理解できた確かな事が一つがある。
「……えっと、そのマスターって?」
そのスライムは火常に話かけてきた。そして、その応答を待っているようでもある。
つまりはこのスライムはコミュニケーションを取ろうとしてきているということだ。
であるならば話は簡単。実際に会話していろいろ聞いてしまえば良い。何しろ、話したがっているのは向こう側なのだから。
「
「あー、はいはい。つまりは僕ってことね?」
「イエス、その通りでございます。」
そんな火常の目論見通りに、そのスライムは返答してくれる。
ただ、その答えはこれまた理解が追いつかない物。内容の意味は分かるが、火常にはスライムのマスターになった記憶など微塵もない。
ただ、これも小さな変化の内かと、火常はなんとか自分を納得させて、さらに質問を重ねていく。
「じゃあ、サポートって?いったい何をサポートしてくれるの?」
「マスターの護衛が主ですが、今は現状の説明を優先したいと考えています」
「僕の護衛……いや、それより現状の説明って?」
「間違いなくマスターは戸惑っていらっしゃる筈です。日常の小さな変化に」
その言葉に火常は息を飲んだ。
誰もが気づかなかった、誰もが理解してくれなかった日常の変化。けれど、目の前のスライムはそれに気づいていて──さらに言えば
一つの期待が、火常の中に生まれた。
それはつい先程までは存在なかったもの。それはどこか諦めていた火常にとって救いになるかもしれないもの。
「この街の変化に……いや、誰もその変化に気づけないことについて、君は何か知っているのかな?」
今現在、火常自身を直接とは言わなくとも追い込んでいる街の小さな変化の問題。
その問題について、ようやく何か知れるかもしれない。そう火常が考えた時には、口から質問が漏れていた。
「はい。しかし、説明するにはマスターには少々受け入れがたい様な要素があり、それをマスターが受け入れてくれるかどうかが不安ですが……」
「もう普通じゃあり得ない異常現象が起きてるんだ、もうなんだって受け入れるよ」
「そうですか、では早速説明させてもらいます」
その言葉が聞こえたと同時に、火常は
実際の所は空気なんてものは変わっていない。そのスライムはただ説明してくれようとしているだけで、火常を脅そうとも脅かそうともしていないのだから当然だ。
ただ、その説明の内容が火常にとって重要過ぎるというたったそれだけのこと。
たったそれだけのことだが、先程までの良い意味で普通な空気を一瞬でシリアスな空気(火常が勝手にそう感じ取っているだけだが)に変えるには充分過ぎる。
けれど、火常はそんな重圧に負けることなくただスライムの説明を待って──
「まず、自己紹介をさせていただきましょう。私の名前はSlime-A。未来で造られ、未来からやってきたサポートロボットです。気軽にエーと及びください」
「……はい?」
──その返答でかかっていた重圧は一瞬で消え去った。
それは、この街の異変を聞こうと覚悟を決めていたのに、最初に話された内容が自己紹介だったからという肩透かしをくらったからというのもある。あるのだが、それとは別にもう一つ。ハイ、そうですかとは受け入れにくいものがあったからだ。
「未来で造られたね……」
「ふむ、やはりあまり信じてはいないようですね」
「あー、えっとうん。まあ……そうだね」
確かになんだって受け入れるとは言った。未来で造られたならこんなスライムもいるかもしれないと、どこか火常も納得はしている。している筈なのだが──実際に受け入られるのかと聞かれればそれはそれ。
受け入れにくいものは覚悟とか自分の気持ちとか関係なしに受け入れにくいものらしい、と火常は学んだ。
「まず猫型じゃないしな……」
「不可解。何故猫型ならば未来のロボットだと受け入れられるのですか?」
「そう言われると困るけど……まあ、そういう国民性って所かな」
「……?」
実際、猫型のロボットが未来から来たところで受け入れられるかは怪しい所だが、少なくとも実在したのかと驚きはするだろうと確信できる。
「……なんて、考えてる場合じゃないか。えっと、とりあえず続きを話してよ」
「そうですね。私の言葉を信用されないのは想定済みです。かと言って信じて貰おうと時間をかけ過ぎるのも駄目……ここは一先ず説明を続けさせてもらいます」
「……ちなみに時間をかけると何が駄目なの?」
「それは──不味いっ!!」
エーは質問に答えることなく、その言葉と共に動きだし、火常に巻き付きながら道の端へと急いで移動した。
それと同時に
そしてその炎はたった数秒程で何事も無かったかのように鎮火したが、逆にそれが火常の目には異様に映った。
「……えっ?」
「申し訳ありませんマスター、どうやら私の想定が甘かったようです。どうやら既に事はかなり進んでいます」
「ちょっ、ちょっと待って!まだ理解が追いついてないんだけど!」
「心中お察し致しますマスター。しかし、今はそれどころではない」
火常に巻き付いていたエーはそのまま広がっていき、最終的にスーツのような形に収まる。そして、
それと同じくして、また先程の大きな炎が今度は後ろで二つ上がる。
「うわっ、体が勝手に──って、速っ!?」
「私がスライムの形で造られた理由にこのように誰にでもフィットするパワードスーツを造るため、というのが一つあります。更に、本人の意識や身体の欠損関係なく動けるように──」
「ごめん、今その解説してる場合かな!?」
「──単なる身体補助だけでなく、第二第三の腕や足として使えるのも理由です。現在、マスターはまだ操作に慣れていないと私が自動で走っていますが、マニュアルで動くことも可能です。その場合は私がマスターに合わせますので操作の心配は不要ですよ」
「うん、全然解説やめてないね、エー!!」
「取り逢えず自動のままで」と伝えながら、火常は後ろを振り向く。
先程まで何度も上がり続けていた炎は、今や一つたりとも上がっていない。そしてその炎の後も最初と同じく、何も残っていない。
なんという自然現象──と、流石に片付ける訳にはいかなかった。
自分が居た場所に炎が上がって、なおかつ何も痕跡を残さない。そんな事が立て続けに起きてどういう方法かはさておいても、暗殺を疑わないのは無理がある。
「……もしかして、僕の命って狙われてる?」
「はい。今は範囲から離れたようですが、どこかで立ち止まればまた攻撃がくるでしょう」
「……そっか」
想定していたとはいえ、暗殺されかけたという事実に火常に恐怖の感情が生まれる。
何しろ、火常には自分の命が狙われるような理由は思い当たらない。せいぜい、この街の変化に気づいている程度で、その変化の原因でもなければむしろ困らされている側だ。
じゃあ、いったい何故──と考え出した所で、エーが喋りだす。
「マスター、あれが私が未来からやってきた理由です。先程の攻撃方法で分かると思いますが、彼らも私と同様に未来からやって来ている者。この街の変化も彼らによるものです」
「……未来からやって来て僕の命を狙う理由は?」
「
「ごめん、繋がりが見えてこないんだけど」
エー以外にも未来からやって来ている者が居て、この街の変化もその彼らによるものだと。なるほど、「未来から来た」という徐々に受け入れるしかないと思えてきたその言葉を受け入れてしまえば、火常でもそれは理解できる。
ただ、問題はその先だ。
「それは──」
「ああ、いやちょっと待ってね?多分、未来で僕が重要な立場にいるからここで殺されたら未来が変わってしまう……って言うのは分かるんだけどさ。けど、それじゃあ街の変化はなんなの?」
それは火常の純粋な疑問だった。
確かに街の変化は自身の精神を限界まで追い込んではいた。けれど、あのように突然炎が上げられるなら、そんなことをしてる暇に殺せていた筈だ。
なのに、その未来人は街の変化を優先し、エーが来てくれたからとはいえ自身の暗殺に失敗している。そこを火常が疑問に思うのは当然のことだった。
「それを解説するとなりますと、専門の領域に入って来ますので、少なくとも入りで数時間の解説が必要になりますがそれでよろ──」
「あっ、ごめん。一旦止まってもらって良い?そろそろ大丈夫だろうし」
「──了解しました」
堤防沿いで勝手に動いていた体が止まり、エーも火常から離れていく。
危ない所だった、難しい話を小一時間聞かされる所だった、と火常は息を吐く。そして良く分からないが、必要なことなのだったのだろうと先程の疑問を切り捨てた。
「……で、僕は命を狙われてるだけどさ。これからどうするの?」
「簡単な話ですよ、マスター。彼らを倒し、未来に送り返してしまえばミッション完了。少なくともこれ以上の街の変化も起きなくなり、マスターに日常が帰ってくるというわけです」
「まあそっか……で、その彼らはどうやって倒すの?向こうは未来の道具あるわけだし、エーも持ってるよね?」
「……」
「……えっ、エー?」
いやな予感が火常を襲う。けれど、それを拭う方法はない。火常はどこか祈りながら、黙りこけるエーに声をかけるが──
「わっ、私が道具のような物ですし、マスターが私を上手く使ってくだされば……」
「……なんで無計画なの!?」
──そんな祈りは届かず、火常の叫びが少し響いた。