【完結】EVERYDAYLIFE・《それっぽい文章》・STRAlGHTEN 作:王者スライム
火常はその女の武器を知っている。正式名称が《やけに可愛い名称》であることは知らなくとも、よく燃えるマッチである《商品名らしき言葉》と強力なモデルガンである《これまた商品名らしき言葉》を組み合わせた、狙った対象を瞬時に発火されせる銃。
だから、火常は女を警戒する。前回はわりと普通に勝てたような気もするが、それはエーの手助けがあったからこそ。少なくとも、撃たれた弾丸を避けることは今の火常にできても、撃たれた弾丸を
故に動けない。背中を見せて逃げ出すなんてもってのほかだ。相手の動きに警戒しつつ、いざ動き出したならなんとか対応する。そう火常は結論づけた訳だが──有栖川はそんな思考はしていないらしい。
「……えっ」
「ありゃりゃ、避けられちゃった」
「貴女が警戒に値するべき人物ってのは分かってるわ。何しろ仲間が一人やられてしまってる訳だし。そっちのお嬢さんは知らないけど……まっ、貴女程警戒する必要は無さそうね」
「その心は?」
「今のその子の様子を見れば、言わなくても分かるでしょう?」
「あははー、君もう既に舐められちゃってるみたいだね」
「僕を放っておいて敵と通じ合うのやめてくれない?」
当事者である筈なのにどこか疎外感を感じながら火常はそう口にする。女は有栖川だけでなく火常(とは言っても気づいていないだろうが)を殺すつもりなのだ。だから、疎外されてて良い筈なのだが、それらそれとしてハブられるというのは嫌らしい。
「……で、どうするの?一度倒されているとはいえ、それは弱いってことを示してる訳じゃない。さっきの対談で話したとは思うけど向こうは当てれば僕らなんて一撃で殺せる武器を持ってる。まともに戦えば君だって──」
と、そこでそれ以上は聞きたくないとでも言うように有栖川は火常の口を手で塞いだ。突然のことに火常は少し暴れるが、そんなことは気にもとめないで、有栖川が口を開く。
「敵の目の前で突然作戦会議しだすのも驚きだけど、それはそれとして君は相手の思い通りになりすぎだよー」
「
「そりゃあ向こうはこちらを殺すなんて息巻いてるけどさぁ、もしそれが本当なら
「
「私達がこんなに会話してる今だって、こちらを警戒してはいるけどこちらを狙ってはいない。だから、本来の目的は他にあると見るべきだね」
「
「……ごめん、なんて言ってるか分かんないや」
「おい橘!!」
そこでようやく、火常は怒りに任せて有栖川の手を振り離した。
さらに、敵である女のことを忘れて有栖川を睨み付けるが、有栖川はキャーこわーいとでも言わんばかりのポーズをとるのみ。戦いとは全く関係ない状況で、火常の右拳は明らかに強く握られていた。
「まあ、冗談はこれぐらいにしておいてー」
「冗談だからって許されるわけではないんだけど」
「……冗談はおいておいてね?」
「おい」
「向こうの目的が時間稼ぎなら、
その言葉と共に有栖川の雰囲気が明らかに変わる。言葉そのものは軽い筈なのに、声色だってまるで子供に語りかけているようなものなのに、どこかドスが効いている。
だからこそ、その言葉を疑う余地はなかった。というよりは、疑うことも「そうじゃないかもしれない」や「ゲタ助が側にいる筈」なんてちゃちゃを入れること許されなかったと言うべきか。
なんにせよ、その言葉からこの後すべき事が分からない火常ではない。
「分かった、裁葉の所に行ってくる」
「頼んだよー?本当なら私が行きたい所なんだからねー」
その言葉と共に後ろを振り向き建物の中、そして有栖川の兄へと向かおうと走り出す。
「はあ、私が見逃すとでも──ッ!?」
「見逃すよ、何せ私から目を逸らせる筈がないからねー」
そんな火常を狙った銃撃は全て有栖川の投げたナイフによって、撃ち落とされる。そこから追撃として二本のナイフをついでに女に投げたが、当然のようにそれは避けられた。
「いやー、厄介だね。あいつは結構簡単に倒せたのになー」
「彼は油断してたんでしょうね。でも、油断せずにいれば勝てる……と、さっきまで思ってたのだけど、それすら怪しくなってきたわ」
「あれれ?そっちは案外そういう感じ?なら、さくっと勝っちゃおうかなー?」
「はっ、言ってなさい。あの子には逃げられたけど、本命は貴女よ。貴女さえ逃がさなければ私の目的は達成──分かるかしら?貴女だけに集中できる今の方が私にとっては有利なのよ?」
女のその言葉に、そうだろうなと有栖川は簡単に思う。
女は気づいていないだろうが、ここから逃がした火常は異様な身体能力を持っている。それを少しでも見せつけてやったら必要以上に警戒してくれた筈だ。
そして、有栖川の持つ武器はやり過ぎぐらいなスタンガンナイフだ。未来から来た人間といっても身体構造が大きく変わるわけでもない。もし、そのナイフが一つでも刺せればそれで有栖川の勝利は決まる。
相手は必要以上に警戒し、相手の手の内は割れていて、尚且つ人数差で有利。ここまで有利な状況ならば、目の前の女などサクッと倒せていただろう。
だが、そうせず火常を有栖川の兄に向かわせた理由──そんなものはただ一つ。
(
それだけ。それだけを頭に浮かべて、有栖川は女へと目を向ける。
一度でも当たれば死んでしまう程発火する銃。投げられたナイフを余裕を持って避ける、身体能力──というよりは洞察力。手に持つ銃を使って有栖川に攻撃してこないのは、こちらの動作の確認に全神経を費やしてるからかもしれない、なんて有栖川は思った。
それが当たっているのなら負けることはないだろう。かといって、有栖川の攻撃は避けられてしまうのだから、向こうの目的である時間稼ぎは充分にされてしまう。
そもそも当たっていないのなら負ける可能性すら生まれてくる。何しろ、有栖川は様々な訓練を勝手に一人でやってきたが超人ではない。いくらモデルガンとはいえ、撃たれてから避けることなどはできないのだ──一応、撃たれてからナイフを投げて撃ち落とすことはできるが。
勝率が高い訳じゃない。女も言っていた通り、最初に見つけた不届き者はかなり油断していた。秒殺できたがゆえに、暫く罠を疑っていた程だ。
しかし、目の前の女は違う。油断せず、あくまで時間稼ぎに徹して、その上でこちらを殺せる武器を握っている。殺せるチャンスがあるなら、狙ってくるだろうと有栖川は考える。逆の立場なら自分はそうするだろうから、と。
だから、有栖川はナイフを握った。
「さっさと始めちゃおっか。正直、彼だけじゃあ不安だからねー」
「あらそう?でも、私は簡単にやられるつもりはないわよ?」
「大丈夫大丈夫。もう、種は撒き終えてるからさー」
その言葉と同時に
巻尺の機能を搭載した糸で繋がれたスタンガンナイフ。それは、この平和な日本で異様な程に練習し続けた有栖川が使えばあらゆる向きから対象を狙う恐ろしい武器に早変わりする。
女は有栖川を警戒している。逆に言えば女の周囲にはそこまで警戒していないとも言える。ならば、既に投げられ落ちた筈のナイフが死角から飛んできたとして気づけるのだろうか?
その答えは
「うーん、避けられちゃったかぁ」
「……糸、よね?貴女の手から伸びているのは分かっていたから、当然投げられた後のナイフも警戒していたのだけど……正直、想定外ね。あんな風に私におそいかかってくるとは思わなかったわ」
「避けられてから言われるとムカつくものがあるねー」
「褒めてるつもりよ。未来でもこんな技術は存在しない。何しろ、空中でナイフを自在に操る技術が欲しい時なんて無いわけだし……貴女、なんでこんな技術持ってるの?」
「上から目線なのがいただけないよねー、まっ御兄様の命を狙ってる時点で評価は最悪だけど」
そんな風に言いつつ、有栖川は少し頭を悩ませる。
女は投げられた後のナイフにも警戒していたと言っていたが、実際の所はそのナイフに伸びる糸にも意識を残しつつ、ナイフの場所も覚えていた程度だろう。だが、逆に言えばそれでも避けられたと言うことだ。
そうなると、この距離ではあの女にナイフの攻撃は当たらない。多少近づかなくては、避けられ続けるだけだ。
じゃあ、近づけば簡単に勝てるかと言われればそうでもない。近づき過ぎれば今度は撃たれた時に投げナイフが間に合わなくなる。
見たところ連射はできなさそうだから、撃ってきた時に投げナイフが間に合う距離ならば勝ちは確定するが、間に合わない距離ならそのまま死。そもそも連射できる可能性だって否定はできない。
どうやら火常が一度倒した相手だからとどこか舐めていたらしい。有栖川はそう自覚して、一つの結論を下した。
「あーあ、本当はやりたくなかったんだけどなぁ……」
「何かしら、今すぐにでも私を倒せる策があるとでも?」
「いやぁ、うん。だいたいそういうことでいいよー。久しぶりにやるから不安だし、これするとナイフが傷つくから嫌だけど……背に腹は代えられないよねー」
「……?」
その言葉に女は警戒を強め。
武器を握る手を少し強め、全ての神経を次の動きを見破る為に有栖川に集中させる。ブラフは疑わなかった。
(──来る!!)
だからこそ、女は次の有栖川の一手を全て把握することができたのだ。
真正面に飛んでくるナイフが三本。逃げ先を潰すように投げられたナイフが三本。そして、再びあらゆる方向から女へと向かってくるナイフが五本。
別に女には後ろにも目があるわけではない。けれど、有栖川から伸びる糸を見れば、どこのナイフがどこから自身に向かってくるかなど、安易に想像できる。
そして、全てのナイフが向かってくる向きさえ分かれば、後は全てのナイフが当たらない場所に身体を動かすのみ。普通ならできる筈もないそれを普通ではない未来からやってきた女は見事にやり遂げた──
「いぇーい、ようやく一本ってところかなー?まっ、一本さえ当たれば私の勝ちなんだけど」
「……がっ、あっッッッッ!!」
全て避けた筈のナイフ。だが、何故か一本だけ女の脇腹へと刺さっていた。それに気づくと同時に電流が流れ、女はうめき声を上げて──そのまま気絶した。
「いやー気づかなかったねぇ……私の手から伸びる糸はそれぞれの指に対応させてるから十本しかないのに、十一本目が投げられていたことに」
そう言いながら、有栖川は糸を全て戻して手元にナイフを集める。その数、十本。未だに女にはナイフが刺さっているのだから、確かにナイフは一本多かったのだろう。
そして、聞こえていない敗者に教えるかのように有栖川は更に続ける。
「まっ、十一本目のナイフが投げられていたこと自体はそんなに意味ないんだけどね。大切なのは
有栖川は女に刺さったナイフを容赦なく引き抜く。そして、血で赤く染まった刃先を確認して──あちゃーと、呟いた。
どういう訳か、そのナイフの刃先は
「銃の跳弾から着想を得て編み出した、跳ナイフ……いやぁ、うん。傷つくよねぇそりゃあ……ちゃんと刺さったのを喜ぶべきかな?」
溜め息をつく程に心底落ち込んでいる有栖川。しかし、今はそれどころではない。ここでない場所で有栖川の兄は命の危機に陥っているのだから。
だが、それはそれとして気絶している女をこのまま放置するわけにもいかない。女を縛り上げるのは当然のこと、武器も隠した方が良いだろう。
いつの間にか燃えつきて、全てが無くなってしまった庭を眺めて有栖川は一人呟く。
「……御兄様大丈夫だよね?」
その答えは当然会うまで分からない。