嵐のようなオーラ(王気)に気圧され棒立ちになる前に、ひたすら足を動かし続ける。
「もっと速く走れ!!!」
手を引かれる。骨が外れるんじゃないかと思う程強く。けれど何処か思いやりを感じさせる絶妙な力加減で、男は立香の手を引いて叫んでいた。
「何処まで逃げるの!?…えっとイケメ、フツメンさん!」
「ゲームとかした事無いのか?敵が眼の前に居て、こちらは今絶対に勝てない場合お前はどうする? 逃げるだろうが見えなくなるまで!!!!
あと何で今言い直した?ちなみに俺はそんな名前じゃねえ!」
「じゃあお名前教えてよ!!ちなみに私は藤丸立香。男でも女でもどっちとも取れる名前なんだって両親が!」
「成る程先進的な両親で涙を出したいとこだが今は足を前に出せ!!」
言われなくても力を込めている立香の足が砂浜を蹴る。
と同時に、すれ違う水着姿の誰かさん達が皆一様に銃を持ち叫んでいた。
「いたぞチャンプだ!囲め囲め!!籠の中の鳥のように!!」
「夜明けの晩が来る前にィ!!」
「いついつでも出てくる前に、配置完了!!鶴と亀!!!」
「Guns&Reloads!(次発装填再突入)」
「Lock and Load!!!」
「誰だよ、後ろの正面!?!!」
「OKレッツパーティ!!!!!」
発砲。よく分からない掛け声をかき消す銃砲火器類。
走りながら立香が少し振り向けば、己の目的を果たす事なく空に消える弾丸と、虚しく漂う白煙がウォーターガンナー達のその後を暗示していた。
その証拠にすぐさま一人、また一人と英霊城兵に撃たれる彼ら。
にもかかわらずその光景全てを上書きして余りあるガンナー達の水も滴る、いや弾ける笑顔は。不屈の精神は立香に感動を与えていた。
「す、すごい!!」
「すごい、じゃあないッ!!こんなのはまだ序の口だ!ハドマが本気を出したらもっとここは水が飛び交う戦場になる!!だからもっと走れ!」
「皆一体何やってるの!?!」
「ウォーターブリッツだよ!!水鉄砲持ってお遊びさ!」
「水鉄砲ってあんな黒色火薬じみた煙が出る物だったっけッ!?」
「そうともニュービー、おっくれてるぅーっ!!最近は水を遠くに飛ばす為に火薬を使うのが一般的さ!!」
「そんなん見た事も聞いた事もないんだけど!??!」
「おめでとう!やっと現実を見れたんだな。だったらさっさと受け入れろ。そしてもっと走れ!!!」
急かされ疾駆する後方では炸裂する火薬の硝煙と螺旋めいた水弾の軌道が空中に絵図を描き、水鉄砲の中身は地面にビッシャビシャと飛び散っている。
…まるで血痕みたいだと、立香は思った。
ハドマと名乗る英霊城兵は多くの人々と戦争、いや、水鉄砲同士の遊びに興じていて、素人料簡だが彼らの得物は中・遠距離向けの物と近距離向けの物に二分されているようだった。つまり今自分が持っているオモチャ然とした水鉄砲は近距離向けであるという事。つまり勝機は近距離オンリー?
―――え?マジ?
「セーフエリアだ!!あの小屋につっこめ!!」
「りょうかあああああい!!!」
―――もう、この世界は信じられない事ばかり。ありえないなんて事はありえない。故に理解とはいつもここから始まるものだった。
◇
「一応自己紹介しとこうか?俺はパースエイ。第二回ウォーターブリッツの参加者だ」
「改めまして、藤丸立香です。カルデアに所属してます。さっきはありがとう、助けてくれて」
「別にお前を助けたかったわけじゃない。フライングした馬鹿を見るのが嫌だっただけだ」
「ツンデレかな?マシュ」
『先輩。今は抑えて下さい』
小屋の中は涼しく、ビックリの連続だった立香の心身はやっと一息つく事が出来ていた。
ホゥッと息を吐く彼女に反して、小銃の形をした水鉄砲を小脇に抱え床に座る男・パースエイはそっぽを向いて肩を上げ続けている。
深呼吸。そして息を長く吐いては下がる肩を、見届けて。
「――その鉄砲」
「うん?」
「殺し合いをしているの?貴方も皆も」
「バカ言うな。ウォーターブリッツどころかこの世界には死者も怪我人も出ない。そういう風になってる」
『失礼ミスター・パースエイ。こちらは立香先輩と同じくカルデアの者ですが、一つ確認を。―――死者も怪我人も出ないのが絶対。それがこの世界のルールというわけですか?』
「ああそうだ」
パースエイは断言した。
『……俄かには信じられないですね…。微小特異点とはいえそんな世界が?』
『あんな派手にドンパチしておいて…怪我人なし? どう思う?ダ・ヴィンチ』
『うーん、高位の結界魔術の類かなぁ。――若しくは、』
『固有結界。その可能性は?』
『いや、どれも違うな。多分これは微小特異点の重ね合わせだ。
チェイテという大元の特異点が作り出され、その中、チェイテピラミッド姫路城の中という範囲内に別の微小特異点を作り出しているんだろう』
『!まさか…、そんな事が可能なのですか?』
『城内という閉鎖的かつ領域的な制限があるからこそ可能にしているとしか考えられない荒ワザだ。でもだからこそ、そんなデタラメ上等な事柄を為し遂げられるキーアイテムは限られる。そう、たった一つに』
『……聖杯ってわけね』
そう言って、オルガマリーは立香を見た。
『つまり英霊城兵は、エリザ粒子のコントロールと聖杯の力でもって微小特異点を構築し、遊んでいると。一切豪遊とはよく言ったものね』
「でも所長。――マシュ、ダ・ヴィンチちゃん。それでも私はアイツに勝つよ」
『…立香先輩』
『よく言ったわ、ぐだ子。それでこそね。帰ったら私のお気に入りの紅茶セット使ってお茶していいわよ?』
「そのあだ名止めて下さい。お茶は皆でしますけど!
……あ、ごめんパースエイ。話を戻すけどちなみに何でこんな銃がここにあるの?流通でもしているの?」
気合十分な立香に問われたパースエイは少し綻び、銃を抱え直した。
「これは水鉄砲だ。文字通り、水を飛ばす為のな」
「でも火薬を使っているんでしょ?」
「その方がより強い運動エネルギーを得られるからな。効率的だろう?」
「効率じゃなくて理由を訊いてるんだよ」
「理由なんて一つだろうが。こういうのを使わなくちゃハドマには勝てない。
・・・奴特製の水鉄砲・エクスブリッツは連射もスゴイし射程もバリバリだ。文字通り自分が最強でナンバーワンだって今回も証明してきてる。そんな奴に、俺達が一発ぶち込む為には?」
――考えてみろ。そう言われて、しかし立香は逡巡せずに答えた。
「狙撃」
「その通り」
金属音を立てながら、パースエイが得物を少しだけ見せつける。
その水鉄砲の基部には金属の突起が付いていた。元を辿ってその先には長いバレルと巣口。まるで古式銃のようなそれは弾倉こそ無いが、何か神秘的なモノを感じる。
…それは恐怖と言う名の直感だろうか、それともハンターじみたパースエイの鋭い視線か。立香はブルリと震えて言った。
「……ボルトアクション、ライフル?」
「分かるか」
「うん。動画で見た事ある」
「・・・動画? それはよく分からないが、御明察だ。俺達が使っている水鉄砲のバレル内にはライフリングがされてある。ライフリングってのは弾丸を狙った場所に飛ばす為に造られた物だ。
水をエリザ粒子でコーティングする事で水は弾の形になり、火薬・雷管と一緒にこの紙薬莢に入れて携帯する」
「そん―――なに?」
水鉄砲とは一体。ていうかそこまでしないと勝てないのか英霊城兵とは?
「信じられないか?だがそれはこっちの台詞だ。奴こそ最も信じられない化け物ってな。
―――お前も見ただろう?あの英霊城兵ハドマを。この世界の創造主である奴を倒してウォーターブリッツチャンピオンになれば、何でも願いが叶う。その為に俺達はここに居るんだ」
「……何でも」
「エリザ粒子に不可能はない」
セーフエリア内に転がっているライフル銃を手渡される。パースエイから説明を受けると、立香は早速弾を込めようとした。
「あれ?水は?」
「浜辺で調達に決まってるだろう。・・・と言いたいが、今はとりあえず予備の水筒をくれてやる。8発分だ。大事に使え」
「8発」
「よく見とけ。こうして水を少し掌に出してだな、―――エリエリエリエリ」
パースエイは呪文のようなものを真面目に唱え始めた。これがこの世界の中にあって水を弾丸にする絡繰りらしい。
立香がジッと見ていると、一瞬で水は紙製薬莢にすっぽり納まる程度の弾丸に加工された。
「凄い。これが、コーティング?」
「そうだ。これで人を撃っても死にはしないし怪我もしない」
「魔術みたい」
『微弱ですが、やはり聖杯の反応です先輩』
「…この世界は聖杯で形作られてる。つまりあの浜辺も水も何もかもってことだね?マシュ」
『はい。信じがたい事ですが』
それがこの世界のルール。立香は強く頷いた。
「よっし!オッケイ。これでこの世界の種は割れたわけだね。じゃあ後は一つだけだよ、パースエイ。―――どうすれば勝てる?」
「勝てる?誰にだ」
パースエイはわざとらしく言った。
「あのチャンピオンに。英霊城兵ハドマにだよ」
「利害は一致してるようで何よりだ。それをこれから話そうか」