「強いヤツと馬鹿正直に撃ち合う必要はない。狙うは射程と意識の外からズドンと一発撃ち込んで海にドボンだ。ファントムのように」
「ファントム?」
「伝説の暗殺者さ」
「伝説って?」
「ああ」
何でも手に入る魔法のようなもの。それはウォーターブリッツ大会に優勝した者のみが手にする事が出来る優勝トロフィー。欲する者達であふれているこの微小特異点は、立香の不可解な事ばかり。
アーチャー・ハドマの実力もさることながら、エリザ粒子というものがどういうものか、まだまだ情報が足りない。そう考え込む立香であった。そしてパースエイは黙りこくっている。
「ちょっと」
「ん?何か言ったか?」
「…ねえおっきー、もしかして私変かな?至極真っ当なこと訊いたと思うんだけど」
「スルー推奨だよマーちゃん。そういうもんだから。ていうかおっきーって…」
「駄目?あ、もしかしてパンプキンさんだけの愛称だったり?」
立香はニンマリと笑って言った。
「そ、そんなわけないでしょぅおおお?べ別に何と呼んでくれてもかまわないよ、私だってマーちゃんって呼ぶから!」
「決まりだね!」
「ちなみにルールだがお二人さん、ウォーターブリッツはバトルロワイヤル方式で最大二時間。最後の一人になるまで撃ち合って、残った奴が勝ちだ。
徒党を組んでもいいし、フィールドにある物は何を使ってもいいし作ってもいい。ルール上禁止なのは開始前に銃口を前に向ける事と、死体撃ちくらいだな。
それ以外は自由に遊んでいいとの事だ」
「ってことはつまり最後に残るのは私とパースエイだけにして、私が貴方に撃たれればいいってわけだね」
「まあそれが理想だが。撃たせてくれるのか?黙って」
「いいよ。私はハドマを倒して上の階に行きたいだけだもの」
「・・・・フン。まあ何事もその時はその時ってな。今はまず、現チャンプに一発ぶち込む為の作戦を聞いてもらおうじゃないか」
「モチ(勿論)」
「第一回大会の時だ。アイツはたった一人で俺達全員を水浸しにした。神様みたいな速さで移動して、射撃は正確無比。とてもタイマンじゃあ勝てない。それを知った俺達は満場一致で談合した。まずはアイツを黙らせようってな」
「参加者全員で倒すってコト?」
「そうだ。卑怯もクソもグウの音も無い。俺達の戦いってのはそれからなんだよ」
「なるほど……」
前チャンプとはいえ一人を倒す為に全員で掛かる。つまりは参加者全員がガチでマジ。立香はハンドガンを強く握り直した。
「俺は狙撃担当でな。他のフロントライン担当どもが戦列歩兵よろしく列をなして、ヤツの足と視界を妨げる。その隙に狙撃で倒すって寸法だ。
その為にはまずヤツの足取りの確認とこちらの布陣が最優先。だから今は下手にこのセーフエリアから出ない方がいい」
「了解」
「一つのセーフエリアに待機出来るのは最大六分。そして試合中における水の補給は浜辺しかないから、ハドマが水を補給しようとした時が勝負だ」
「気付いてるかもよ?そんな単純な作戦」
「だろうな。だから気付いてたって避けられない一発ってヤツをお見舞いするのさ」
そう言ってパースエイはボルトの先端を捻り押し込んだ。
◇
『出撃ですか?先輩』
「うん。…しっかしこの特異点少し暑いわ。キツイわけじゃないから何とかいけるけどね」
着ている礼装のお陰だろう、常夏のようなこの世界であっても熱中症になるほどではない。…とはいえ、視覚と皮膚から感じとれる熱さは少々厄介である。
すると彼女のそんな思考を慮っていたのか、頼もしい後輩の眼鏡がキランと輝いた。
『――実はそんな事もあろうかとダ・ヴィンチちゃんがですね、』
「うん?ダ・ヴィンチちゃんが何……わ、何コレ?!」
首を傾げた立香が驚くと、物々しい魔術礼装を着ていた彼女の服装が何と見眼麗しい可憐な水着姿に変わっていた。
『浜辺で潜入型礼装は動きにくいと思いまして。水着礼装をインストールしてみました』
『勿論この万能の天才お手製の代物さ。どうだい、立香?気分のほどは』
「最高&最高!!何これ可愛いし私の髪の色とお揃いだあ!しかも動きやすい!」
ピョンピョンと跳ねる。立香は全身で喜びと感謝を表現した。
『…ダ・ヴィンチちゃん、ちょっとこれは可愛すぎではないですか?これでは目立ち過ぎてしまうと具申致します。後輩として』
『うちのマスターは素材が良いからね。それに前の礼装の方がもっと悪目立ちだろう?』
『たし――かにッ!』
「その通り!よっし、レッツブリッツだあ!!」
気分の高揚は何でも出来る気になってくる。もしかしなくてもランナーズハイだろうが、故に油断せずにいこう。頬を叩いて、カルデアマスターは前を見据えた。
「おっと、急にお色直しか?その程度で驚きはしないが、まあサマになってると言っておく」
「ありがと!」
お世辞かな?まあまあ上手いかも。立香は思った。
「――よし。さあ行くぞ」
「うん!」
パースエイの後に続いて素早く小屋(セーフエリア)を出ると、熱い陽光が間髪を容れず彼女達を歓迎した。
熱砂が広がる周囲には敵も遮蔽物も一切無し。……つまりちょっとコレまずいかも。目線を、共にひた走るパースエイへと立香は向けた。
「パースエイ。隠れられる場所ってセーフエリアしかないの?」
「そういうわけじゃあないな。あっちを見てみろ」
「?」
あっち。彼の指の先を見る。しかしそこには何もなかった。
「何もないけど」
「あ、マーちゃん」
指を動かす刑部姫は同じ方向を向いている。
「?」
「・・・見えないみたいだな。ずっと向こうに木々が生い茂ってる」
「え、本当?」
「ああ。オアシスのつもりかは知らないがな」
…彼はとても目が良いようだ。自分より少し年上かもしれないパースエイがそこまで良い眼をしているとは、思いもよらない幸運である。
同じように感じ入った刑部姫は素早く頷いた。
「でも凄いね、キミにも見えるんだ?」
「冗談、俺は狙撃手だぜ?これくらい普通普通」
「流石だァ…っ!」
感嘆の声を出す立香達が周囲を警戒しながら進んでいくと、さあドンパチ。聞き慣れない水音(発砲音)が聞こえてきた。
「ここで待機。・・・波打ち際にハドマだ。どうやらフロントライン担当組と小競り合い中って感じだな。見えるか?」
「私にも見えてきた」
――それは水の応酬だった。
ボルトハンドルの操作と給弾、コッキングピースを押し込む事による、容赦のないスプリングテンション。トリガーにかかる人差し指が一斉に只一人の敵へと狙いを定めているその集団は、紛うことなき戦線の最前列である。
…それにつけても涼しく明るく砂浜を駆けずり回る弓王、いやアーチャー・ハドマの笑み。禍根も執念すらも感じ取れないその笑顔を見ると、何だか楽しそうだなあなんて場違いにもこちらが思えるほど途轍もない。
「・・・作戦は順調だな。おいボケっとするな、手筈通りだ」
「う、うん…」
「俺はもっと後方から狙撃する。だからお前は何を使ってもいいからハドマの気を引き付けて、奴の背中を俺に見せろ」
「分かった。よろしく、パースエイ」
「こっちの台詞だ、上手くやれよ?」
頷き、そして走る。右肘をまっすぐ前に伸ばしてハンドガン(水鉄砲)の銃口を向ける。敵を逃がさないように。
まるで無限に水が撃てるかの如く連射しているハドマは、まだこちらに気付かない。
――虚を衝く。勝機は、今から然程ない刹那の先。
「……10、9、8、7、6、」
砂浜を駆けながら閉じた口中で呟くカウントダウンはパースエイが撃ち込む為の時間、その合図。確実なヒットの為にはハドマの意識をこちらのみに集中させなければならない。だがそれこそが至難であった。
火薬は使用していないが連射性能に優れた水鉄砲。こちらに気付けば必ずや撃ってくるだろうハドマの射撃を、躱す事が出来るか。
――ヤツの意識をこちらに向けさせる。
それを現実のものとする為には一発二発程度の射撃を躱してみせねば始まらない。
疾走の運動エネルギーと刑部姫の助力でもって為し遂げてみせる。すなわち立香がやるべき事は意識と間合いの幻惑。弓の英霊城兵・ハドマ目掛けて。
「5、4、3、2、1!」
心底こちらにのみ意識を注がせる。勝機は、今。この疾走この瞬間。
――敵が気付く。見る。笑みのまま、銃口を立香に向ける。
「『ランブル・パーティー』!」
勝つ。スキル発動。最後の一歩を大きく速く踏み込みながら、立香はハドマに向けて水を放った。
「発射!!」
避ける筈だ。若しくは打ち消すように撃ってくるか。
当たればそれで良し。だから意識を向けろ、こっちだけに。敵は此処だと、挑むようにこっちを。
―――それを。そんな立香の思いと射撃を。
異質な笑みで以って躱し見やるハドマは銃口を後方に移して撃っていた。そして肩をすくめる。
「………?」
――は?何故? 困惑が立香の意識を支配する。
――だって私は撃たれてなんかいない。なのに何でこの英霊城兵は眼前の敵である私を瞳に映していないのか。
何でまるで背中に眼があるように、遥か後方を撃ったのか?
「またおいでなさい」
遠くを見る。魔力と目をギュッと凝らす。ハッと気づいたそこには顔が水浸しになったパースエイが、無念の表情でこちらを見ていた。
―――看破されていた。最初からだ。
そう理解したと同時に今こそ立香達は敗北と水飛沫の感触を味わってそして、
「さようなら」
スプラッシュな笑み。勝敗を告げる声が聞こえると同時、立香は眼の前が真っ暗になった。
◆
「一応自己紹介しとこうか?俺はパースエイ」
「え?」
「え?じゃないが」
陽射しを遮る涼しい小屋。右手に水鉄砲。そして低い声。
視界が広がるとそこにはまるで先程の戦いなど無かったかのようにやり直すように、立香の眼の前に彼は居た。
「お前の名前は?お嬢さん」
水着姿の彼女は今度こそ頭を抱えて、パンクした脳を冷やす為に蹲った。