断章
井戸底に現れた光の扉。トサリと置かれた水着の王に、男は眼を瞬いた。
「・・・・ぇえ?」
生前も含め、彼がここまで困惑した事はない。記録の更新がこの先目白押しだとしても、今の彼には知るよしもない。
「パンプキンさん。これが英霊城兵アーチャー・ハドマ」
「・・・いや、これがって」
「私達と戦友が倒したんだよ。訊きたいことが山ほどあるから、ちょっと見張ってて。私とおっきーはピラミッドエリアに進入するから」
カルデアのマスター・藤丸立香が誇らしげに口にする。そしてかぼちゃの被り物の下から彼の眼光がドン引きの引き。
果たしてこれは現実か? つーかなんでやねん。パンプキンのランサーは混乱している。
「アンタ見張るの得意でしょ?兵士なんだし。じゃ、よろしく~」
「よろしく~・・・って」
マスターがフリフリあざとく手を振り、光の中へと消えていく。それを見送って、男は足元に視線を落とす事にようやっと成功。英霊城兵アーチャー・ハドマ、又の名をアルトリア・ペンドラゴンという名の現実を直視した。
「・・・・マジですか」
溜め息すら出ない彼はゆっくりと丁重に敗北した弓王を持ち上げると、井戸底でも比較的柔らかい場所に彼女を置いた。
・・・・何と言っていいのか分からない。素直な感想だった。
「なんて格好してるんですか・・・。我が王よ」
焚火を起こし、着ている甲冑からマントを外し、暖を取る為に王を包む。何だかひどく懐かしいような、そんな気持ちを跡形なく殺して。
「・・・」
「………」
寝顔をこっそり覗く事も顔を王に向けることもしない。それらは全て不敬である。だから彼に許された事柄は、慮る事。今も昔も。
――こんな時間があったなと。それだけは。
「もう起きていらっしゃるのでしょう? アーサー様」
「バレましたか」
「全くもう。バレバレですよ」
パチリと目蓋を開け、王がかつての配下を見る。
しかしその瞳は王というよりかは、古馴染みの友を見る視線だったが、男にとっては水着姿であれ何であれ仕えてきた王なので、行うべきは主従のそれである。
その変わらぬ姿勢に、『一切豪遊』を名乗れない今のアルトリアは少し笑った。
「そなたには隠せぬな」
「何を仰るやら。円卓の騎士様であればもっと早く気付いたでしょう。貴女が寝たふりをしていると」
「そうだろうか?」
「そうですとも」
男はどこからか入れ物を取り出し、火に近付けて熱し始めた。頃合いを見計らってそれを傾けると、中から牛乳がコップへと注がれる。
昔話をするにはホットミルクが要る。男には妙なこだわりがあった。
「どうぞ。捨ててもかまいません」
「飲もうか。――うむ、美味い。こちらも相変わらずだな。
ところで一つ訊こう。そなたが何故ここに居るのか、答える事は出来るか?」
「?そういえば。・・・・今の今まで考えた事もありませんでした。申し訳ありません、我が王。お答えできないようです」
「いや、よい。紛う事なきそれが答えだ」
「・・・は」
いつの間にか臣下の礼を取っているパンプキンは平伏し直した。
「私は『一切豪遊』の宿業を失った。遊びに敗北した英霊城兵は同僚に関する記憶とエリザ粒子に関する術を失う。所謂、負けたらギャグ要員というやつだ」
「・・・・は」
ギャグって。俺にとってはこの状況がもうギャグだけど。あ、そういうことかな? パンプキンは思った。
「なので今ここにいる私は只の水着のアーチャー、アルトリア・ペンドラゴン。王でもなければ城兵でもなく、情報すらもない」
「なるほど」
「提供できる物が何一つない敗残のサーヴァント。そなたと同じく。――我が兵フスカル・ローナルドよ」
それを聞いたパンプキンの片手が被り物に触れた。
「生前から思ってた事なのですが。何で分かるんです? 私だと」
かつての主従が井戸の底で再会していた。被り物(かぼちゃ)を取り、若々しい男の顔が露わになる。
――フスカル・ローナルド。彼はかつてアーサー王が住まいとしていたキャメロット城、その正門守護を担当していた城兵の一人である。
そしてカルデアが挑んだ第六特異点、その最後に立ちはだかったエネミー。データベースにはそう記録されている。
「この霊基となっても私はそなたら城兵を忘れる事はない。その最期も含めて」
「流石ですな。いや、感謝の極みです。このような者すら憶えて頂き」
「そして更に言えば、今の私は責務から外れた者。夏の日差しと浜辺に憧れていた、ありえたのかもしれぬアルトリア。だからこそ尋ねたい事が一つある」
「は。何でしょうか?」
「一人の友として、知りたい。騎士王が遠征に行った後、ギネヴィアはどうなっただろうか」
ギネヴィアとはアーサー王の妻となった女性の事である。
「レオデグランス殿がお迎えに参ったようです。その後の顛末は分かりかねますが、悪いようにはせぬでしょう。あの方は実の娘を心底可愛がっておりましたゆえ。やはり父親とは、誰も彼も我が子の事を案じるものです」
「そうか」
「はい」
「その後は知らぬか」
「はい」
「…ギネヴィアは」
「はい」
「良き妻であった。良き友であった。私には勿体ない程に」
「・・・」
親友を想う一人の人間がそこにいた。
――らしくない事は分かっている。しかし今この状況だからこそ言葉に出来る何かがあるらしい。井戸底のペンドラゴンは、少し饒舌であった。
「いつも彼女の幸せを願っていた。だが全ての原因は私の不徳であり、力の無さ故だった」
「・・・」
・・・・・。
「怨んでいような」
「はい?」
「戦う事でしか自分を表現できなかった。そんな私が、一体誰を幸せに出来た。フスカル、そなたは是としか言わぬだろうが、今眼の前に居る私は王ではない。だから真を口にしてほしい。私にとって宝石であったギネヴィアは、皆は、そなたは。幸せであっただろうか」
「はい」
何をおっしゃいますやら、と続けて口にする。あの日々が不幸であったとは決してありえませぬと。
城兵フスカルは心の底から思いの限りを話す。彼だからこそ口に出来る。自身の最期、兵の最期、そして始まりから終わりまで。誰しもに貴女が居たと。
「皆そう思っていらっしゃいますよ、何だかんだと口になさるでしょうが。あの頃を思い返すだけで、辛酸と誇りという名の黄金が甦る。我々にとって昔とはそういうものだと、少なくとも私は信じております。アーサー様」
ホットミルクの御代わりを口にして、敗者が昔話に華を咲かせ続ける。
「そうか」
「はい」
それが下らない美化された過去か真実なのかはともかく。
「そう――だったな」
「はい。勿論」
あの日の想い出は今もたしかに残っていた。
喰う者と喰われる者、そのおこぼれも含めて争う者。
牙を持たぬ者は生きて往かれぬ歓楽の街。
あらゆる勝負で武装する、楽園街。
訪れるここは人類が待ちかねていた、発散される憤怒の市。
勝利の先が欲しい者の身体に染みついた戦の臭いに惹かれて、危険な奴らが集まってくる。
次回『お前も城兵にならないか?』
お前も、お前も、お前も。勇士達が飲む、楽園のコーヒーは苦い。