――昔々あるところに、ログレスという土地がありました。
何故その土地がログレスと呼ばれていたのかは、人によっては『玉』という意味であったり『大きい』という意味であったり諸説あったそうですが、その土地で生きている人も知っている人も皆諸共に滅びたので、最早誰も真実を知りません。
さてそのログレス。
その土地には地主というべき大将がおりまして、それはもう人間離れした男でありました。大将は故郷であるその土地が好きでした。その土地で生きる人が好きでした。女も酒も特に好きでした。だから全部守ろうと決意しました。
そんな男の覇気に呼応するように、仲間が一人また一人と増えていきまして、彼らはいつしか守兵隊と自他共に呼び、呼ばれるようになりました。強き大将の元に集った兵(つわもの)達は皆戦い、喜び勇み、そして敵を殺していきました。時に勇猛果敢に、百鬼夜行に、破竹之勢で、前人未到。
そんな彼らに難敵なんているわけがありません。
が、ですが一つだけ。彼らは失念していました。
それが為に守兵隊は一人また一人と死んでいき、ついには一人も存在しなくなりました。彼らを知る者も敵対者も一人残らず消えました。
忘れ去られた守兵隊。敗北者というその他大勢となった守兵隊。彼らは自分たちが変わるという事を失念していたのです。
我々は流転などしない常住。だから強いと常々思って戦って。
なので皆自分たちが弱くなるなんて、時の流れに逆らえない無常であるなんて、皆思いもしなかったのです。
――その事に気付いた時。つまりは今際の際ですが、一人を除いて、だから彼らはこう願ったそうです。
『戦い続ける歓びを。どうか。もう一度』
騎士という名前と存在が根付く、少し前の時代を生きた兵士達の昔話。
◆
暴力が戦場を支配していた。
「ピクト人どもおおお!!!!!! 元気かい?元気かい?元気かって訊いてんだよこの有象無象どもらあ!!!!!!」
「す、すごい!」
なので立香は素直に叫んでいた。
「そういや名乗ってなかったなあ!!俺はログレス守兵隊・四勢(シセイ)!北門のブラスティアスだ!よろしくなあ!!!」
「た、単語が多すぎてわけわかんないですすいません!!」
「気にするな!! 腐れ縁共からは『城壁』だなんて呼ばれてるぜ、好きに呼んでくれや新入りのガキ!!!」
「やめて単語を更に増やさないで混乱しますので!」
自然に敬語を使っている立香は心で理解していた。この人は化け物だと。
――ログレス守兵隊。ログレスという場所を守る兵士という事。しかしまさかこんなにも笑顔が似合うとは予想だにしていなかった。
キラキラ光る笑顔の裏に隠してすらいない満面の殺意が、今の立香をも恐怖させる。
「そうかい!だったらシンプルに解説してやるぜ俺たちを!!城兵を!!正義と善悪を知ったかぶってるテメエらガキに!!
まず!お前らは正義だ!!俺達も正義だ!!ゆえに俺たちは皆悪だ!!!テメエ(自分)らの側しか知る気がねえからな!
だから戦って戦って戦え!!!敵対する奴らを、一匹残らず絶滅できたその日まで!!それが守るって事だからなぁア!!!!!」
「城兵さんってなんでこう誰も彼も情熱に溢れまくっちゃってるのかな?!」
『先輩!是非ともそれは訊いてみては如何でしょうか!』
「あ、やばい!マシュもそっち側だった!」
『今更だけれどそれは貴女もよ、立香』
「ぅぐう!!」
ぐうの音も、いや何とか出せた立香であった。
「それで返事はどうしたガキ!! お前も城兵にならねえか!?」
「自己紹介と解説ありがとうございます!ですがそして申し遅れましたが私は藤丸立香といいましてガキという名前じゃありません!!」
「俺らからしてみりゃどいつもこいつもガキだから間違ってねえよ安心しな!! ガキ!!!」
暴の化身。力の化身。眼前の光景を例えるものは数あるが、立香にとっては巨岩がゴロゴロ転がる坂道だった。
一たび発生すれば全て諸共潰してしまう災害のような人。それがこのログレス守兵隊・ブラスティアスなのだ。
「城兵になったら何か特典はありますかあ!?」
「特典ん!?・・・・あるぜ勿論!」
面食らいながらも答えるブラスティアスは百戦錬磨であった。
「勝利って特典がな!もれなく可もなく不可もなくついてくるぜ!!」
「わかりました城兵になりまぁす!!」
「じゃあ戦に参加しな!終わったら砦に帰って祝杯といこう、ぜイ!!!!」
ブラスティアスが振るう得物が火の粉のような土埃を発し、周囲を敵ごと薙ぎ払う。
彼が握る二振りの大剣。それは誰かが拵えたというよりはその辺から拾ってきたのかな? そんな風に思えるほど手入れも何もされていない無骨な得物である。もしや気付けばこんな形になってしまったのだろうか、それともあまり得物には頓着していないのか?
訊きたいことが更に増えた立香を前に、しかし敵であるピクト人達はたたらを踏む事なく迎え撃っていた。
「ソリドゥス!!かかってこい!!」
「値千金を相手取り討ち取るは誉れよな!!」
「FOR HONOR!」
「CHARGE!!!!」
「かかってこいやゴラアアア!!!」
見る見るうちに東西の数字が減る。選んだ以上は戦働きをしようと立香と刑部姫は礼装を新たに(水着の出番終了)戦場を往くが、なんの戦果も得られていないのが現状であった。
だって強いのだ。純粋に手強いのだ。ピクトの巨人戦士団が。
『―――ピクト人。歴史の表裏から消えた一族だったか。未だよくわかってないが、曰く彼らは見ての通り全身に刺青をして相手を威嚇、ピクト語を話していたとか』
『はい、ダ・ヴィンチちゃん。しかしこんな巨人であったとは信じられません。彼らが住んでいたとされるのは現在のスコットランドです。ハイランダー(高地に住む人)であの巨躯は』
『もしかしたら少しローランダー(低地に住む人)の方なのかもね。望み薄だが。しかし巨人である事は納得だ。ゴグマゴグしかり古い時代には至る所に巨人伝説がある』
『そんな彼らに引けを取らず戦えているログレス守兵隊。ログレスとはアーサー王が統治していた国の名前で、ブラスティアスはたしか……』
「つまりは円卓の騎士ってことですか?所長」
「そんなんじゃねえよ」
いつの間にか近くにいたブラスティアスが、立香という新米を守る様に躍り出る。そういった面倒見のよさが彼を『城壁』と呼ばせていた。
「王は別だが、それ以外の騎士のボンクラ共と俺達を一緒にするな。あいつらと俺達は違う。断じてな」
「そう…なんですか?」
「ちなみにこれから行く俺達の本拠・城砦でそれ言うなよ?俺はまだ新参の方だから我慢できるが、あいつらはそうはいかねえ。とくに総隊長だな、アイツの前では特に止めておけ」
「総隊長ですか。…その、強いんですか?」
「強いなんてもんじゃねえ、今ならヴォーティガーンのクズすら殺せるぜ」
「ヴォーティガーン?」
『!』
「ああ。・・・思い出したくもねえが、俺達の人生の汚点を凝縮したような憎いあんちくしょうだ。ブリテンとペンドラゴンの終わりの塊。だがそれももう過去の話だ。今の俺達なら可能なんだからな」
「―――可能」
立香のつぶやきは、しかし。ブラスティアスの浮かべる凶笑でかき消えた。
「守るのさ。キャメロットとペンドラゴンを」
城兵とはやはりこうなのだ。立香達は思った。
◇
「ガキ共はここで待ってな。今あいつらに話付けにいってやるからよ」
「はい!」
いい返事をして、立香と刑部姫は直立不動の姿勢をとった。
戦は終わり、今彼女たちは西方本拠地・ログレスの城砦に居る。他のやつらはどうでもいいが総隊長には顔合わせとけ、とブラスティアスが教えてくれたからだ。
石造りの室内は一目でわかる無骨な出来で、にも関わらず所々に深い気配りにも似た清潔さが強調されている。……意外と綺麗好きな人が住んでいるのかも。にしたってこれは少し過剰であり場違いだ。
つまり潔癖症の人がここにはいるのだろう。立香は思った。
「あの人意外と面倒見いいよね。おっきー」
「え?そう?無骨なノリのタイプはちょっと苦手だけどね、姫(わたし)は」
「え?でもパンプキンさんは無骨なタイプじゃん?」
「違う違う、ああいうのは無骨じゃなくてテキトーっていうんだよマーちゃん。だからこっちもテキトーでいいってわけ」
「なるほどねー。 そういえばハドマからパンプキンさん、情報は聞き出せたかな。マシュ、お願いできる?」
『はい。進捗確認ですね、少々お待ちを――』
「このボケナスがあ!!!!!」
石壁がドガンどころかボッカーン。
即座に対応して移動した立香達は発生源である壁というか開いた穴に眼をやって、そして体の震えが始まった。
「テメエがさっさとピクト人共をぶっ潰せてねえからまた時間くっちまったじゃねえかブラスティアス!!!!!『城壁』の通り名は飾りかボケエ!!!!!」
「失敗したんでしょう?ええ、つまりは敗北したんでしょう? ならさっさとテメエでワビ入れろや見ててやっから!!!!おう速くしろやブラス!!!!!」
「うるッせえッ!!!今回の指揮官は俺だが責任なんざ取るつもりねえよ!失敗もしてねえし負けてもねえからな!!!!」
口論あるいは口撃。まるでヤクザの口上が耳から脳に伝わり、ついでエリザ粒子が震えだす。
喋る事=エリザ粒子の行使なのだ。少なくとも彼らにとっては。
「あ?・・・失敗も敗北もしてねえだと?じゃあ俺らが勝ったってのかこれのどこがだこのボケカスがコラ!!!!!」
「我々はさっさとこんな遊びを終わらせてあの場所に向かいたいのですよ。それが皆共通の目的でありこの遊びの勝利の先です。
――だのにどこが勝利だって宣うんだこの伽藍とウドの大木がゴラア!!!!!!!」
「勝利だなんて宣ってねえよ!!!!!ボケエクターテメエは昔からいっつも耳わりぃんだよ耳鼻科行けやさっさとよお!!!!!!」
「耳鼻科ってなんだ治療費高えんだろいくらだコラァ!!!!」
「そんなにかかんねえし行かねえ方がやべえよっていうかテメエこんな時に金の話かよセッコイ城兵になっちまったもんだなあ!!!!」
「城兵がセコくて何が悪いんだよテメエ(自分)を全うできりゃあ良いだけだろうが違うか言ってみろやブラス!!!!」
「じゃあ教えてやるから表出ろや!!!」
「上等だこのクソボケガルベッヂ!!!」
一触即発。
炸裂する地雷原の渦中で両者の親指が横に向けられたその瞬間。
部屋の奥、立香からは見えない部屋の奥からパチンと音が聞こえてきた。抜き身が鞘に納まる音。それは鍔鳴りの音である。
「もういい。面白いのは」
ついで、ブラスティアスやその他に劣らず若々しい声が聞こえ、ツカツカと足音が近づいてくる。
立香は察知した。それは濃密なエリザ粒子の移動であり、兼ねるこの音の主こそがログレス守兵隊の長。この世界に来た時に感じた巨大な二つのエリザ粒子、その一つであると。
「ブラスティアス」
「・・・、ああ?」
「ご苦労だった。エクターもウルフィウスも労いはそこまでにしろ。これ以上やったら次も俺が、『城壁』が全て片付けるからとねだられてしまう」
「それもそうだな」
「失念してました」
「どの口がだこの野郎」
「さて? この子達がお前の戦果ってわけだな?今回の」
それはひょろりとした人物だった。しかし細いというよりは無駄がない。そんな怖い人物だった。
立香は直感でそう思う。まるで、鞘に納まったんだけど切れ味が良すぎて鞘が真っ二つになった後の刀剣。眼前にまでやってきた城兵はそんな風体の化け物であった。
「うーーん――、良い感じだ。健康で勇敢で体躯も申し分ない。何より眼を逸らしたりお茶を濁したりせずに俺達をしっかりと見ているのがイイ。
フスカルに似てる」
「!?」
声と同時に一瞬の輝き。相対する人物が放つ郷愁という名の瞳に照らされて、立香はやっと息を吸った。
そして更に見る。この城砦の主を。かつてログレス守兵隊を発足し束ねた、いや今も束ねる総隊長を。
「ようこそ西方・ログレス守兵隊へ。俺は総隊長ウーリック・ボードウィン。『隔壁』だなんて、この腐れ縁共からは呼ばれてる」
「私は藤丸立香、です」
「…刑部姫です」
「かわいい名前だ。正にそう思うよ。そして勇ましくもある。名は体を表すとはこの事だ。あの出来損ないの騎士共に見せてやりたいよ、本当」
中性的な出で立ちのその人物はちょいちょいと立香達を手招きし、部屋の中へ通してはついに大手を振って笑い出した。
それはまるで絶対的正義と悪が、同居して一つに溶けた笑みだった。
「共に目的を果たそうぜ?立香。君にも俺達にも、為すべき事があるんだから」
差し出される左手に左手を重ねる。それは立香が亡きログレスの城兵となった瞬間であり、かつてボードウィンが友と決めた古いしきたりであった。
この果てしなく広がる遊び場は、我らの願いを叶える為にあるとしたら。
今日という日が、明日の為に有るとしたら。
天国は、ここから見て前方にある筈だ。
後方はもう充分に見た。充分に。
そして、人は想い出を忘れる事で生きていける。
次回『潜入』
だが今日という日が、昨日の為に有るのだとしたら。