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「ここは何故だか居心地がいいな」
二人の主従が井戸底で談笑している。
「そうでしょうか?」
「そなたが居るからかもしれんな」
「御冗談を」
「私は冗談が苦手だ。そなたと同じく」
「ハハハ。そんな、ハハハ」
気恥ずかしくなった城兵は只々笑うしかなかった。そんな様を見て王は、本題である問いを投げてよこす。
「行かぬのか。あちらに」
「・・・あちらとは?」
「今のそなたの主の所へだ。ログレス守兵隊が居るのだろう?加勢することこそ本望ではないのか」
「あなたを守る事以外に私の本望などございませぬ」
「それは生前の話だろう」
「死んでも私は城兵です。あなたの」
「そう。城兵だ、フスカル。かつてはログレス守兵隊だったからこそ、そなたは今も城兵なのだろう?」
「・・・・」
違うか?と問われる。故にと答えそうになる自分を抑える。
相手が相手なので所詮は時間の問題かもしれないが、今、井戸底の城兵は少々思案していた。
◆ 第十六話 潜入 その2
――地が揺れだす。鬨の声が聞こえてくる。その端緒は二人の城兵。
一番槍は俺だ俺だ俺だ!うるせえ引っ込んでろ出る幕ねえよと仲良く労いながら敵陣へと真っすぐ突っ込み、敵はおろか風をもひりつかせる。
笑顔で、破顔で、破壊的で。 地獄の一丁目をまた造ってやろうという気概が雲霞の如く湧いては立つそんなガチンコ戦場を脇に置き。
ログレス城砦を出発した立香たちは主戦場を大きく迂回していた。
「いいか、敵に会っても攻撃するな。倒すな。見つかるな。全てが無駄になる」
「了解」
「そして俺がいいと言うまで声を出すな。エリエリエリエリ」
「?」
聞き覚えのある呪文をウルフィウスが唱える。すると立香達の存在感、云わば気配が悉く薄くなり始めた。
上質なるエリザ粒子の行使。これで彼女たちは道中誰に逢うこともなく難なく、東方・ピクト人の本拠に到達できるという寸法である。
「・・・」
「……」
無言のウルフィウスが足音も足跡すらも残さない歩法で前を進む。
…意外と器用な事をするなぁ。粗野な見てくれに反する事をさらっとこなす彼を、立香はすごくすごいと感じ始めては見て学んでいた。それが更なるエリザ粒子への理解に繋がるのだという確信と共に。
するとウルフィウスが突如しゃがみ、立香達に合図を出した。
「・・・。もういいぞ」
「ぷはぁー」
「緊張したね、マーちゃん」
「こういうのも良いものねっ。ワクワクしちゃったわっ」
「慌てるのはまだ早えぞゲルトルード。少しだけ見てみな。・・・そうだ、見えるか?あれがグリュンワルダーの城だ。寸分違わねえぜ、あの山城」
――促され果たして見える巨大な城は。
それは切り立つ崖のような斜面であり、鋭角な山肌を中心に四角形の城壁と櫓でもってこれでもかと囲んでいる山城であった。
「夢にまで出たぜクソッタレが。俺もボードウィンもここを落とす事は出来なかった。・・・・・そういやフスカルも無理だって言ってたな」
馬鹿正直に正門から入った者は斜面の上に待ち構えている弓兵に撃ち抜かれて死に、それを避けるために全速前進しようにも前方は急斜面である為に俊敏な動きができず、何処に行っても上から射ち殺されるだけ。
――常に籠城が正解。攻めてきた敵を殺す為だけに造られた城。それがこのグリュンワルダー城である。
「?フスカルさん?」
「! あぁすまねえな。今は知らない奴の話をして困らせる時間じゃなかった。とにかく今からあそこに潜入するぞ」
ウルフィウスの顔から柔らかい笑顔がのぞく。それは紛れもなく郷愁の類であり、良い想い出ともいうのだろう。
そういった追憶は往々にして、人を強くも弱くもさせるのだと。それを知らない城兵・ウルフィウスではないのだとしても、今この瞬間だけは別だった。
そう、彼女も同様に。
「あのっ」
「あん?」
「フスカルさんって人。私知ってます」
「―――なんて?」
呆けた顔のウルフィウスを無視して立香は続けた。
「色々込み入った事情があったんですけど、戦ったことがありまして」
「戦った?ハハハ、じゃあなんでお前生きてんだよ。
他人の空似じゃねえか?試しにそいつのフルネーム言ってみな」
「フスカル・ローナルドと名乗っていました」
「・・・マジかよ、本人じゃねえか」
「ローナルドお?」
「? どうしたの?ゲイルさん」
「ああ、いや何でもないさ。・・・続けてどうぞ」
「じゃあ勝ったってのか。テメエがアイツに」
「勝ったっていうより、負けを認めてくれたって感じでした」
「てことは色々含んだ戦場だったってことか。でなけりゃアイツが負けを認めるわけがねえ。それにつけてもよくやったな立香。誇っていいぜ」
「あの、ウルフィウスさんはフスカルさんをよく知っているんですか?」
「戦友だからな。まあそれなりだ」
「……戦友」
「あのグリュンワルダーの城にだって一緒に突っ込んだことがあってな。なんだありゃあ、ムリムリムリムリムムムムムムムムやってらんねーッて言い合ってはよく周りのピクト人どもをぶっ殺したり異民族どもを蹴散らしたり酒を呑んだりしてた。――アイツよぉ、普段あまりしゃべらねーくせに酒を呑むと会話好きになってバカ話をするんだよ。んで酔いがさめると真っ白になって後悔しはじめやがる。だからお前は女っけがねーんだよなんて、ハハハ、ハッハハ、今思い出しても笑えてくる」
「……」
破顔するウルフィウスに立香は言葉を継げなくなっていた。
アイツは心底アホでとか、こういう時アイツならこうするだろうなとか、他愛のない無駄話を続ける彼の眼に光り輝く何かが見えてきたからだ。
「泣いてるのかい?ウルフィウス隊長」
「冗談でも言うな。ログレス守兵隊の兵士が、城兵が人前で泣くわけねえだろ。雨だよ雨」
「雨なんて降って・・・」
「いいから出発だ。――音を立てるなよ?ここからは堂々と正面から侵入だ」
「…了解っ」
―――進め。それが人間だ。
想い出の中の城兵が鼓舞する。敵の本拠への侵入という不安をかき消して余りあるほどに。炎のように、今も白く輝く勇気に変えて。
◇
「城の最奥に着くまでは手を出すな。目的はグリュンワルダーの首只一つだ」
空気を撫でるようにウルフィウスが手を振る。小さく小さく、ひとえにさりげなく。
「俺が習得したエリザ粒子のコントロールは敵の視認を偏らせることだ。見えている者を味方だと認識させる。つまり今俺達はピクト側の戦闘員だ。そういう風に設定させる」
城の正門が見えてくる。またの名を正念場とも云うそれを越えると、立香たちには敵の弓兵が見て取れ、その誰しもがジッと正門の先を見ていた。
――彼らの眼にこちら側が映っていないわけではない。敵だという認識のみの欠如。視覚から得られる情報とエリザ粒子を頼りに成り立っているのがこの世界であるならば、今の立香達は誰にも見つかっていない事と同義。
その証拠に。
「いくぜいくぜ!戦場へ戻るぜえ!!」
「GO AHEAD」
ピクト側の兵士達が吼える。遥か先で戦端が開かれている戦場へと、敗れた敗者が続々と復帰する為に突き進む。こちらには見向きもせず、まるで昔やったことのあるごっこ遊びのように。
失敗したらスタート地点にタッチして、先程までいた場所へと小走りで戻る。そんな子供の遊びを見続ける親になったように、立香達は歩き続ける。
そうして中庭をのぼり、城の門扉を開けて、ウルフィウスがこちらを見た。
――潜入成功。一同は周囲に耳だけを傾け、敵陣の中を進み続ける。
「流石はソリドゥスだな。隙がない」
「ああ。だからこそ面白い」
「蜂蜜酒を呑んだら戻るぞ。俺がソリドゥスを狩る」
「いや俺が」
「ゼッカ様達はまだ出陣なさらないのか」
「筆頭であるサンサ様が待ったを掛けておられる。陛下より閲兵を受けるとの由だ」
「だとしても十二名全員とはな。これは遊びを終わらせる気満々と見た」
「だからこそ!大手柄は俺が頂く!」
「いや俺が!」
酒を呑みながら自他を鼓舞する敵方を通過し、立香たちは大きな扉の前で停まった。
「失礼いたします、サンサ様。キュウ様とシ様、ドウガン様とカッシャ様、ガイテン様とガンメン様、ナイジ様とゼツイン様、メイソウ様とフク様、ゼッカ様がお着きです」
「……?」
ウルフィウスが恭しく言葉を放つ。奥の人物まで聞こえるように。声色すらも変える彼の技は敵の伝令兵である事を如実に示していた。
「入れ」
「了解」
爛々と、ついに光る彼の瞳には扉を開けたら暴れろと書いてある。
…ここが敵の本拠の深奥。潜入に成功したログレスの戦士達は自然と陣形をとり、列を成し、皆、前だけを見据え、
「やあ。よく来た」
朗らかな挨拶が全ての始まり。
それはこちらを味方だと信じ切っているのだろうピクト人、『五時のサンサ』のルーティーン。その証拠に彼は今も笑っている。
・・・彼以外に誰もいない部屋の中で。ただ一人。
「懐かしいなあ。君がここに来たのは何時ぶりだろう。
・・・昔は良かった。誰も彼もが自分達だけを信じてた。いや、信じるだけで良かったのに」
好機到来。エリザ粒子を少しづつ、しかし強大に纏わせている立香の五体が更に多くのエリザ粒子を纏わせる。
―――だが何故だろう。嫌な予感が止まらない。
「そんなあの頃を。陛下はお望みだろう」
「どの陛下かな?」
進む為に脚を動かす。…しかし動かない。いや動けない。
言葉だけが、天と地と人の間を蹴っている。
「しかしヴォーティガーンもサクソン人も大馬鹿だ。あの国を、あの土地をなんの道理があって好き勝手出来る。
自身が土地の化身だからか?定めだからか?はたまた歴史か?その為の勝者か? クソ喰らえだ。何より我々は敗北などしていない。そうであろう?」
意味不明な言葉の中で立香は見る。濃密なエリザ粒子の移動を。
固体が液体をすっ飛ばして気体になるような、まるでワープじみた粒子の変異と転移。眼前に立つ男に、心底立香は怖気が走る。幾度も経験した臨死でもなければ窮地でもない、純粋な『力』の前に。
「ウーサーもアーサーも、君も誰も。彼すらも敗者ではない。何故なら我々の遺伝子と魂に刻まれている恐怖は、決して滅びたりなどしないからだ。たとえ死しても」
「恐怖か」
「そうだ。あの戦場の日々、忘れたとは言わせん。鎬と魂を削り合い、後に残せるものはたった二つしかなかった。それは辛酸と黄金。またの名を、我らの勝利と、」
「我らの正義」
昇華した何かが凝華する。気体が固体に、そして誰もが分かる言葉を発してついには個体へ。
「――サンサは遊び場へと向かった。我が十二の臣経(しんけい)は皆あちらへ、そして今、お前は此処に来た。ログレス守兵隊・四勢、南門『障壁』のウルフィウスよ。
騎士の王もログレスの大将もいないこの今で、お前一人だけの状況で、この私、ブリテンとピクトの大王・グリュンワルダーに勝れるか」
「それが出来るからここにいるんだよボケが」
続きを望む化け物同士、闘いが幕を開けた。