剣と剣がぶつかれば火花が散る。拳と拳がぶつかれば骨の音が鳴り響く。
しかし眼前で起きている戦いは、そんな見知った常識の外の出来事であった。
『…やはりエリザ粒子に常識は通用しないってことね』
だが立香は動く。やっと動ける。暴風渦巻く現実へ。
『どこをどう観測しても計器によっても、これは魔力によって起きているものではないわ。…一番納得のいく計算結果は、只の風圧ですってね。こんな規模で。馬鹿げてるわ』
『…はい、所長。こちらの計器に異常はありません』
カルデア所長の声にマシュが同意する。
『となれば現地からの報告が全てよ、この現実をどう見てとれる?ぐだ子』
「はい。ありのまま、今起こっている状況(こと)を話します。私が今居るこの空間をぐにゃりと曲げながら、武器と武器を触れ合わすことなく二人が戦っています。すごい密度です」
『…密度ですって?』
「今の私には何となくエリザ粒子を感じる事が出来るんですけども、その濃度というか密度が段違いで、とにかく大規模なそれを体に纏わせて戦っているんです。……そしてそれは、」
――私にも出来る筈。現実を見ている立香はその言葉を飲み込んだ。
『なるほど。…だそうよ?ダ・ヴィンチ』
『ヤッホォウだね。まさにこの世は知らないことで溢れまくってるッ』
『そのようですね……。と、先輩通信が!』
『子ジカ!聞こえる?! アンタ一体どこで道草食ってるの?まさかもう捕まってなんかいないでしょうね!?』
通信の相手は救助対象であるエリザベートであった。
…隠れて息を潜めているのだろう。快活な彼女の声は、いつもより声量が落ちていた。
「エリちゃん!こっちは大丈夫だよ!ハドマも倒したし、逆にそっちは?」
『こっちも何とか敵の視線をかいくぐってるわ。…って、英霊城兵の一人を倒した?!本当なの?!』
「うん!仲間と一緒にね!」
『やるじゃない子ジカ!それでこそよ!
…でも通信越しにでも嫌でも分かるこの状況。どうやら壁にぶつかっているようね子ジカ』
「うん。今更だけど本当に意味分かんない。どうしたらもっと強く、いや違うもっと上手く、これを纏えるんだろう?」
空気中にあるエリザ粒子を纏って行動すること。今の立香が及ぶ理解の範囲はそこまでであった。
『エリザ粒子を味方に付けるのよ。その事だけを考えるの。それこそが勝敗をわかつってわけ。
――いい?これから先いつでもどこでも、初めて英霊城兵と対峙した時の事を思い出して。ハドマに勝ったのならエリザ粒子が何なのか、何となくであっても分かりかけている筈よ。
それらは敵じゃないって事を』
「……うん」
身に纏えるものが敵であるわけがない。そうであれば戦いになる。
だから現に、これまで立香がエリザ粒子と争ったことはない。
『そこら中に芽吹いてる魔力に似てはいるわね。でも違う。もっと深いところに瞳を向けるの。大丈夫、爆発なんてしないわ。子ジカの味方は、いつもどこにでも傍に居るのよ』
「………」
「オイめっちゃ強ぇーな敵の大将は!・・・ってうちの立香さんは一体誰と話してんだ?しかもこんな時に眼なんか瞑って危なくねえ?」
「あたし知ってるわ、修業ってやつね!」
「でも良いこと言ってるなぁ。傍に味方が居るって言われたら安心するってもんだよ。だからこそ大事なのは間合いだよな」
「…そう、大事なのは間合い。そして退かぬ心」
気付き、発する言葉がまるで魔術行使の際に使われる呪文のように伝播する。――眼を開ける。自分の体を見る。間合いを観る。するとそこにはエリザ粒子があった。どこもかしこも、それらはあった。
そう感じるままに立香が足を一歩踏み出す。
その小さな一歩は周囲へ波紋のように波打ち、彼女の意識は溶け込むように広がっていった。
意識の拡大は理解の一歩目。カルデアマスターの視野はこうして広がった。
「ヒュー!俺の信条そっくりそのまま!
何で知ってるのかは知らねえが何かもう面白いからそのまま広めてくれていいぜ立香!」
「サンキュー!」
彼女の足裏から頭のてっぺんまではおろか、周囲にすら浸透する。
それはアーチャー・ハドマと遊んだ時以上の、濃厚で豊富なエリザ粒子だった。
『? 先輩の魔力数値が急激に上がっています。どういう事でしょうか』
『みそっかすであるぐだ子の魔力にすら影響(ブースト)をもたらすようね。もしかしなくてもエリザ粒子って万能なのかしら』
『なら私に解けないわけがないねえ!』
カルデア技術局特別名誉顧問が更にやる気を出す。
――それはそれとして、自身の間合いを見定め更なる拡大をも図れた立香はついに絶好調。割って入れすら出来なかったこの世界の戦いへと参加できるようになったのだった。
「ぅ、おおおお!!!援護します、ウルフィウスさん!!」
「不必要と言いてえが、今やもうそれは無しだ。一緒にコイツをぶっ倒そうぜ!」
「はい!!」
「・・・ほお。何という気位か。小さき者よ、名は何という」
「私は藤丸立香。貴方を倒し、先に進む者です!」
「では先に進んで何を為す」
「家族と仲間を取り戻す!」
「取り戻したその後は」
「決まってる! 皆仲良く!!」
「違いない」
ピクトの大王が笑い、スピードを上げる。だが食らいつき、肘の一撃をも難なく与えることのできるのが今の立香であり、刑部姫もゲイルもゲルトルードもその姿に脱帽していた。
「勝負はここから!」
「来るがいい」
「いくぞお!!!!」
ウルフィウスの片手剣がついにグリュンワルダーを捉え、脚を切る。更に立香が冲捶(パンチ)を喰らわす。
見事に決まった同時攻撃(コンビネーション)に、大王はたたらを踏んだ。
「・・・見事だ」
「今だゲイル!!ゲルトルード!!」
「応さ!」
「これで!」
「――終わりだ!!」
ゲイルの手に持つ槍刃がグリュンワルダーの心臓を穿つ。潜入に成功したログレス守兵隊の戦士達はついに敵将を討ち取ったのだった。
勝利の先から届いた光。駆け抜ける嵐。断ち切られる退路。
その時、呻きを伴って流される色。
お前も。お前も。誰も。
悔やみきれぬ過去を、見通せぬ明日を、切り開くのは力のみか。
次回『信じてるものが心にあれば』
信念は、心臓に向かう折れた針。