城砦を前にして、男は震えが止まらなかった。
男は王であり人であり、敵であり悪でもあった。
同時に、敵対する者達も同様だった。
進軍する度に強まる圧力が、肌触りが、風が教えてくれる。――今日ここで、この身は死ぬかもしれないと。
その証拠とも元凶とも言える敵が見えてくる。
なにが面白いのかニヤつき、見下し、見せなくてもいいだろう歯を見せつけてケタケタと笑う地獄・ログレス守兵隊の鬼共。
自分たちが死ぬなんて露(つゆ)とも思っていない、恐ろしい者共はしかし、その中に一人だけ笑っていない者がいた。
―――奴はたしか得物が槍だったか。
そんな事を思った瞬間。つまりは攻撃がまだ来ないと男が思った刹那。その瞬、男の前にその者は立っていた。
槍を剣のように振りかぶりながら。
「!」
「させぬわ!!!!」
男の配下が敵の得物を剣で食い止める。手の内と腕をガッチリと固めながらの最上の防御であったが、それごと敵は肉体を真っ二つに切り捨てた。
彼我の間合いは充分に遠かった筈だが、殺意の塊たる眼前の敵は飛翔でもってその間合いを帳消し。こちらを殺しに来たのである。
そう、男は冷静に分析していた。それが王であるからだ。
敵の飛翔→落下→落下エネルギーを得物へと伝達→それによる切り下ろし。流石としかいいようのない、文句のない奇襲であったと。
だから目と目を合わせる。敵同士、瞬間、殺意と心を重ねて。
口元をぴくりとも動かさないこの怨敵こそ、ログレス守兵隊西方の槍使い。
「うぉああああああアああああああ!!!!!!」
「ぶッ殺せええーーーーーーーーー!!!!!!」
以上をもって、会戦が幕を開けた。
◆
国土を拡げていく事が民と王の生きる道。
――男は。山嶺の王・グリュンワルダーはそうやって生きてきた。
圧倒的な力でもって瞬く間に自領を拡充した彼は北の国土の全てを平らげ南下し、数多の国と民を支配下に置くまでに成長した。
男は無敗だった。そこで難敵に出会うまでは。
初めて出会ったその難敵は彼の内包する常識の埒外におり、幾度も幾度も戦を経験しても勝てる未来が全く思いつかなかった。
――たかが小国・ログレス。されど落ちることなく立ち塞がりし、かの国の守兵隊とその厚き壁たち。
難敵は守兵とは名ばかりの殺伐とした殺し屋集団であり、男も男の臣下たちも皆悉く恐れた。そして密かに誇った。
そんな戦士たちと生死の境を行き来できるという特殊ともいえる己の境遇を。奴らとの戦いを避ける事だけは決してしなかった、己と王の誇り高き精神を。
「・・・・守兵隊などと名乗る化け物共との戦いが始まったのは、まだ私が年若い時だったな」
「そうなのですか?」
「左様。まこと強く、只ひたすらに強く、野蛮で恐ろしい者共であった。
今では何の冗談か、その大多数が騎士ともサーとも呼ばれ後進の育成にあたり、戦場に足を運ぶことはないようだが、今なお私の脳裏に焼き付いて離れない。
ペンドラゴンとログレスを守る猛き壁共よ。城兵よ。いつかはその悉くを突破し、あの土地を私の物にしてみたかった」
「今からでも遅くはありませんよ?」
「・・・・」
病床より起き上がる気力すら最早ない王が眼だけを向けると、そこに居るのは翼持つ人のような何かだった。
「・・・今際の際とはまこと奇妙な事が起こるものだな」
「だからこそ面白い。でしょう?」
「かもしれぬ。 だが聞いたことがあるぞ。古より海の向こうの人々には、世界の中心に一本の大樹があるという信仰を持ち、そこより来たる翼持つ乙女を待っていると。
如何なる間違いでここにやって来たのだ、翼人(ヴァルキュリア)よ」
「勿論、あなたの夢の成就の為」
化け物じみた美しさに見惚れることなく、男は気迫を込めた。
「私の肉体はもはや朽ちるのみの枯れ木であるが、冗談でもそのような言葉は口にしないでもらおう。最早この身には新たな希望も夢も必要ない」
「――では今はもう勝ちたくないと?あなたの難敵ログレスに」
「口にするなと言った」
「おや失礼。しかし嘘と虚言を口にする趣味を今の私は持ちません。ご容赦のほどを」
「・・・・・」
―――この世は白か黒か。勝つか負けるか。そんな単純な思考を、男はもはや持ち合わせていないが、今度こそ奴らを負かせてみたいとは思っている。でなければ死んでも死にきれない。
奴らに勝ち、圧倒し、最期は勝者として黄泉路を進むのだと。
それこそが本懐であると。
彼がログレス守兵隊に初めて出逢った時に密かに抱いた夢。今も、そして最期まで、たとえ死んでも見続ける彼の夢。
この身に花を。枯れ木でも。
「――見せましょう、夢の中でも。いいえ、夢の中だからこそ咲かせましょう。
ついには勝てなかったではなく、最期に勝てたと思えるような、そんな夢と闘いを。あなたに」
「・・・所詮は夢だ。現実ではない」
「現実にして差し上げると言っているのです。その為のエリザ粒子でありこの身であり、英霊城兵なのですから」
「・・・・話が見えんな。要点を言え。
何をいまさら泡沫の夢を私に見せるか、異人よ。それとも今この場で水面ごと消してやろうか」
「では述べましょう、風前の灯たる勇士よ。
今眠ればあなたは夢を見ます。そこには戦場があり、かつてのあなたと臣下がおり、そして何より敵がいます。
あなたが勝ちたかった敵があの頃のままで、ね」
「・・・その先は?」
「はい?」
「その先に有るだろうお前の目的は何だ。力を得た者が次に望むのはいつも更なる力だ。しかし、お前は違うと見た」
「無論。遊ぶことですよ」
「遊んだ先には、なにが?」
「――更なる遊びが。私達を待っている」
怪訝なグリュンワルダーは急に眠気が訪れたことを良い事に目をつぶった。するとそこには彼と共に駆け抜けた臣下たちがおり、グリュンワルダーは夢の中で再度遊びのルールを聞き、参戦することにしたのだった。
―――拒否する理由は最初からなかった。だって目の前に、奴らがいたから。
「英霊城兵ウバラと『一切豪遊』の名の元に。今この時をもって『遊び』を開始します。
勝者の側にはエリザ粒子を与え、戻りたい好きな時間と場所への遡行権を与えましょう。新たな力と千古不易の想いでもって、己の道を往くがよい。
歩きたかった道のりを、いざ後悔の無きように、さあ楽しい戦いという名の遊びをご堪能あれ!」
英霊城兵が微笑む。数多のワルキューレが給仕に向かう。東西の敵同士に闘志が漲る。
走馬灯のような夢の中、今際の際の者達はこうして戦い始めたのだった。