裂帛の気迫が遊び場に木霊する。
「―――ッ!!」
グリュンワルダーが剣を振り回し、それに拳(無手)で立ち向かうボードウィンは周囲に嵐を巻き起こしていた。
自身のエリザ粒子で敵を圧倒し圧潰する。
それがこの総大将同士、エリザ粒子の造詣深き者同士の戦いなのだろうか。
「抜かぬのか、サー・ボードウィン。負けるぞ」
ボードウィンの両拳がロードローラーよろしく質量と共に突っ込んでいく。振るわれる大王の剣は笑みと共に、それらを払い落とす。
「何故抜かぬ?いや、抜けぬのかな。
抜いてしまえばもう後がない。なんたる体たらくか。残念だ、サー・ボードウィン」
勢いを増したグリュンワルダーの剣先がボードウィンのエリザ粒子をついに突破、彼の前腕を斬る事に成功する。
と言っても撫でるように掠めただけだが、それでも大きな意味をもつ一撃である。
「貫通……!」
「おいおい総隊長ピンチじゃないか?鎧が通用しなくなったようなもんだろアレっ」
ゲイルの実況が終わるや否や、ボードウィンは右手を飛ばした。柄を握り、開いた左手はついに鞘へ。
すると今度はグリュンワルダーの右肩が裂かれた。
「! はは」
肩を支え、瞬時に繋がり始める己の身体には眼もくれず、満足気に深まる大王の喜色は衰えない。そうこなくちゃ面白くないから。
対するボードウィンは抜き打った剣を入れ替え、今度は左手で柄を握る。両利きな彼にとっては、これこそが真の戦闘態勢である。
―――洋の東西を問わず、一般的に戦士は左腰に鞘を差し佩き、右手で剣を抜き使う。その理由は定かではないが、一説には人体の左側に脾臓(造血機能のあるやべーやつ)があるため左腋を広げたくないから、或いは心臓がやや左に偏っているため少しでも敵から遠ざけたいから、或いは単純に右利きが多いから。更に言えば宗教や神話、方角的な面で左右どちらかを神聖視・優劣をつける見方もある。
―――だが確実にいた筈である。
古の時代、戦場で右腰に鞘を帯びた益荒男が。左手で武器を抜き使う闘士が。右も左もどちらとも同じように扱える大戦士や大剣豪や怪物が。
戦いとは騙し合いである。
剣は右手もしくは両手で扱うものだ。左手のみでは絶対に扱わない。
などと思いこんだ者は敵と戦場を甘く見たことを命で以て理解するだろうが、これから自分が何をするかを読まれたり指定されたりすれば先手を取られ、敵の思惑の範囲内にずっと居れば勝つことは難しい。返す返すも、戦いとは騙し合いである。
「すぐに終わっちまうから可哀そうだろう。抜いたら、お前の老い先がよ」
「充分。もう間に合っておるさ」
左手右手、時には両手で剣を振るうボードウィン目掛けてグリュンワルダーが躍りかかる。
この瞼を閉ざすことは決してないと誓って、戦士二人が肉薄する。
「総隊長が剣を抜いたぜッ!ひゃあ我慢できねえ加勢すんぞ!!」
「!ちょい待って…!」
「――おやおやおやおや。させると思うか? それを我らが」
「ぬ!?」
騙し合いと死闘の場へ向かうゲイルらの前に現れたのは。ただならぬエリザ粒子を纏ったピクトの戦士たちであった。
「サンサを降したようだな。ソリドゥスと戦ったのだから止む無しと思っていたが、そうかそういう事か」
「お前か。お前だな?」
「こいつだろう」
「むむむむ!?エリザ粒子の理解度が途轍もないっ。あのサンサ様を打倒せしめた決定打は、ゆえにこの人というわけですねえ!」
「だからこそ足止めは・・・、」
「我ら十一人で」
「若きログレスの守兵よ。得難き獲物よ。貴様は何の為に戦う」
「正義の為なのは当然だとして、人間ってやつは実はそれ以外にもあるじゃんね?たとえば誇りとか夢とか復讐とか」
「真実か愛か」
「それとも血か?」
「我らは夢だが」
―――君はどうだ? 二十二にも及ぶ十一人の瞳が訊ねた。
「自分の為だよ」
瞬間、戦士たちが笑みを浮かべる。それは総出で以て立香たちに襲い掛かる合図(スタート)であった。
「時間稼ぎが狙いだぜコイツら!」
「分かってる!」
「てことはそれだけ自分たちの総大将を信じてるってわけだね!時間さえ稼げれば勝てるって!」
「EXACTLY」
「当然だあ」
「この状況こそが我らの大王と我らの夢だからだ!」
「ならその夢を一点突破!!あたし達は立ち向かうわ!」
気を吹くゲルトルードが矢継ぎ早に射かける。
信じがたいのはその集中力。敵が次にどう動くかを予測した上で、彼女は敵が動かすだろう膝・足・股・手関節等に矢を中てる。中てることが出来る。
「さっすが!」
そして中るのならば貫くことも出来る。矢が敵のエリザ粒子を完全に貫通する可能性は、一射一射爆発的に上がっていた。
しかし。
「・・・面白いな」
「歯痒いが」
「うーんぬぬむむむむむむ仕方ない!これだけは使いたくなかったのですがぁ!!」
「おっとやるんだな?今ここで」
「大王様も本気でありますからねえ!!私もまた本気で以て、アンタさん達を足止めするとしましょうかぁ!」
「?」
するとピクト戦士の一人がペタンと手を地に付けた。そして洋々と喋る。
「―――私は地面を持っている」
そう聞こえるや否や立香たちが立っている大地が、パカンと割れた。
「うぉおおおおお!!??なんだそりゃあ!?!」
「受け身受け身ぃ!!?」
落下しつつ受け身の姿勢な刑部姫が見たのは空洞となっている地中であり、なんでこんな空間がこんな所にあるんだろとか考える前に敵を見る。
そう、ピクトの戦士たちも同じく地中に落ちているからだった。
「この空間、すなわち地は私が持っているのでごぜーますよ。つまりここは我がエリザ粒子の管轄下。
・・・コントロールが難しいので長くここを維持することは出来ませんが、その前に大王様が奴を倒すぅ!結論要約すると!!アンタさんらはここで死ぬのよ」
「ならその遥か前に私たちはッ!ここから出る!!!」
叫ぶ立香が眼を瞑る。肉眼で見ない方が感じ取れるエリザ粒子を手に入れる為に。
「うおお!!壁が迫ってくるぅ!!中々愉快な体験だぜコイツは!!」
「閉じ込めるつもりね!八方塞がり!」
「フッフォフォフォフォフォオゥ!泣け叫べ!楽しい楽しいデスマッチをご堪能くだせー!!」
……エリザ粒子はそこかしこにあるのだから、つまるところそれら全てを味方につければ瞬く間に敵を防御ごと貫通できる。
それが今出来ないのは、常に敵が纏おうとしているエリザ粒子コントロールがこちらよりも上だから。
相手も自分も考えていることは同じだ。もっともっと纏いたい。大きく広く。そんな意志の強さとエリザ粒子の理解度が勝敗を分けるのだ。この世界では。
「立香!!」
「! なに?!」
そんな彼女にゲイルが声をかける。
「今は俺が!何とかしてみせるぜ!!」
眼を開け、しかし自身の内側に心を向け、信念という名の消えない炎を見詰め、彼はそれを口にする。
其れは言霊であった。
「 踏み込みすぎは、恐怖の現れ 」
其れは己を見据えた言葉であった。
「 勇敢さの取り違えが隙をつくる 」
其れは意を強くさせるものであり、呪文に類似した自己暗示でもあった。
「 お前は本当に強い心を持っているのか? 」
言葉を発するとは誰かに聞こえるという事。聞こえるという事は、力が発揮されるという事。
独り言でも自分には聞こえる。
自他に働く力。周囲に流れてゆく力。だから言葉は人を傷つける。武器と同じように。
――お前は逃げない。生み出した力からお前は逃げない。その覚悟、踏ん切りはいつだってお前を強くする。
そう、昔も今もこれからも。妻に出逢ったあの日から。
「 大事なのは間合い。そして退かぬ心だ 」
宣言と共に。振るわれる彼の槍と剣が地中を大きく抉った。
「なにそれ凄い!」
「エリザ粒子が動いた!!?」
「隊長たちみたいね!」
「上を目指せえ!!!!」
「ゥオッケイ!!」
・・・ありえない一撃。流石のピクト戦士達もこれには驚いた。
いわば自分たちの領域内に連れ込んだと思ったらそれごと叩き切ってくるのだからもうたまらない。
不退転の決意から生まれる切断・抉るという結果。そこから背かず逃げない彼。そしてきっとこの意志は何百年経っても残ってくれるだろうと、立香という実例を胸にゲイルは剣槍を振るう。
「妻よ。見てるか?早く会いたいぜ全く」
「―――浸るほどに余裕とは」
「度し難いな」
「させないよ!」
間隙を縫うように迫るピクトの戦士を立香はぶん殴った。
「うぐっ!?」
「成功!やっぱりエリザ粒子は攻防一体!!」
「中和か?これ以上やらせるか・・・!」
「無駄だよっ!」
ゲイルの斬撃で出来上がった岩壁を駆け上がる立香が強烈に肉薄する。
彼女の纏う強力なエリザ粒子は他者のそれを凌駕、捉えることすら不可能と化した攻撃が敵を襲う。
それが出来るようになったという事は今の立香が無敵に近い存在になったという意味である。
何故なら最早この場の誰も彼もがエリザ粒子のコントロールという面において、立香を凌げていないから。
「だとしてもこれほどとは――ッ!!」
敗因は彼女を地下に閉じ込めた事。
今いる場所を広い空間から狭い空間(密閉)にした事で、周囲のエリザ粒子を理解するに足る時間を短縮させてしまった。
追い込んだつもりが追い詰められた。
足止めとしては悪くないが、敵に塩を送ってしまってるよと言う他ない。
「――つまりブ・ザマア、でしたかあ!?」
「ドンマイ」
「地上に出るぞおッ!!」
「やったあー!!!」
光が見える。戦場を見渡す。ついに帰ってこれたからこその現実を、立香は見る。
「気にするなメイソウ。だってこれも」
「この事態も、」
「大王の想像通りだからな」
「―――え?」
果たしてその現実の内容は。ログレス守兵隊総隊長ボードウィンの左腕が綺麗に切り飛ばされた瞬間であり、高らかに宣告するグリュンワルダーの勝ち鬨であり、
「お前は老いたな。ウーリック・ボードウィン」
瞬きすら出来ない、圧倒的なエリザ粒子による支配であった。