英霊城兵六番勝負   作:ブロx

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彼ならこうするだろうなと思いました。





第二十話 信じてるものが心にあれば その3

 

 

 

 

身動きがとれない。

 

「ひゃっはー!グリュンワルダーを討ち取れえええ!!!―――ってぐへぇッ」

 

 グリュンワルダーの領域に入った瞬間、まるで死の呪いにでもかかったように味方が悉く倒れていく。

 

「アアゥ」

 

「アィィィ!」

 

『先輩!?どうしたのですか、一体!?』

 

「……ッ」

 

 異常である。通信越しに狼狽するマシュへ何か答えようと呼気を強めるが、しかしちっとも変わらない事態を前に立香は声すら出せなかった。

 

「無駄だ、ログレスの新芽。・・・いや?とうの昔に亡んだログレスに芽吹くものなど何もないな。

 ――若武者よ。我が臣経を破ったことは褒めてやるが、その貴公でも今は呼吸だけしか出来ぬと知れ」

 

「………ッ!」

 

 それは渦巻く銀河だった。眼を凝らしてみれば空間を彩る幾万幾億の星々が如くエリザ粒子が立香達を捉え離さず、這いつくばり倒れてろと命じている。

 

 命令の主はピクトの大王グリュンワルダー。彼の支配するこの領域・空間は彼以外誰も動けない。

 

「分かったならば黙って見て聞いておれ。貴公が選んだログレス守兵隊、その再びの最期をな」

 

「………!!」

 

『先輩!!待っていて下さい、こちらも何か手を打ちます!』

 

「無駄だというに。まあ、分からんでもないか。

正に不様と呼ぶに相応しいこの絵面。こんなものを見てしまえばな。

 ゆえに何度でも言ってやろう。お前は老いたな、ウーリック・ボードウィン」

 

 吐き捨てられ、敵から蔑まれている者を見る。

そこには隻腕の城兵がいた。斬り捨てられた己の剣と左腕だけを、只々見詰めて。

 

「かつてのお前は違った」

 

「・・・・・」

 

そう、彼は違ってしまい。そして間違ってしまったのだった。

 

 

 

 

 ―――ボードウィンの剣は、かつて彼が前線に立っていた頃に、当時の主君・ウーサーから頂いたものであった。

 

 忘れもしない当時の主。彼らの王。ペンドラゴンの大将から頂いた剣が、あんな場所まで吹っ飛ばされ、ボードウィンはやるせないどころか死にたくなっていた。

 

『どうした。暴れよ、ボードウィン。得意だろう?』

 

 大将がここに居れば言っただろう台詞が浮かぶ。

先王ウーサーは感情を出し惜しみしない人物であった。自身の抱いた喜怒哀楽を、自身にも他人にも発揮する人だった。

 

 だから人間らしかったし尊敬した。

ゆえにそれを冷ややかな眼で見ている者を、ボードウィンは嫌悪した。

 

―――感情の発揮すら大手を振って出来ない有象無象共。

 

 例えばこんな話がある。 ログレス守兵隊が出来る以前、ウーサーの傍にまだ自身とマーリンしかいなかった頃、彼らは1人の男をヘッドハンティングしに出掛けた。

 

 その男は非常に気持ちの悪い眼をしていた。

ホットミルクを片手に、こちらを見下し、殺意と闘志に満ち満ちて、呼吸すら俺のモノだと言わんばかりの冷ややかな眼だった事を憶えている。

 

―――クズが。空気にもなれねえか。

 

 殺気を飛ばしてきたのはコイツの方からだ。なのでいつか殺そうとボードウィンは思ったが、ある日そいつは手を差し出してきた。

 

伸ばされた左手。それを当時のボードウィンは訝しんだ。

 

『何だよ』

 

『ん』

 

『だから何だよコレ』

 

『誓いだよ俺なりの』

 

『誓いだぁ?』

 

『これから同僚になるんだろう?・・・だから、その、誓いくらいやっとかないと踏ん切りがつかない』

 

『・・・は?』

 

 意味が分からなかった。 心底、そんな事をしなくてもウーサー・ペンドラゴンと彼の領地を守る。それが我々という存在だからだ。

 

『ノリの悪い野郎だなあ。ボードウィン殿、貴方それじゃ人の上に立てないよ』

 

『少なくともお前よりは上に立ってるから別にいいだろ』

 

『そうじゃないそうじゃなくて。

・・・これからさ、ここログレスに守兵隊を創っていくんだろう?だったら規模は今よりもっともっと大きくなる。ていうか大きくなっていかなきゃいけない。その時の貴方がノリ悪くて固かったら誰も付いていこうとしないだろうなって思ったまでだよ』

 

 男の戯言を要約するとこうだった。 

トップが何考えてんだか分からない、若しくは周りの意見を聞きもしないし言っても無意味だなと思わせてしまうような、賛成も反対も出来ないような状態は組織を形骸化させる。

 

はっきりしない奴がトップに立ってはならない。

 

『その証拠にウーサー様はいつもはっきりしておられるよ。ほら、次はこの間見たイグレインという女性が欲しいとおっしゃってただろう?

極端な例が身近にあるんだから真似してみればいい』

 

『だからって左手で相手の左手を握るのか?』

 

『ああ。粋だろう?』

 

『右でもいいじゃねえか』

 

『分かってないなあ・・・、駄目な理由があるんだよ』

 

 不敵に笑う男の顔を見て、コイツはこんな表情も出来るのかと感心した。ボードウィンにとって、それは初めて見た気持ち悪さだったからだ。

 

初対面の時のことが嘘のような、悪戯小僧じみたイイ顔だったからだ。

 

『右手は殺意だ。んで左手は誓いと生命って意味があるんだよ。それを相手に、仲間に預ける。ダチになる。だってこれから一緒に闘ってさ、そして一緒に死ぬんだからよ』

 

 全部祖父の受け売りだけど。と男は言った。

何を馬鹿なこと言ってんだかとボードウィンは思ったが、決して口に出したりはしなかった。

 

 ・・・生き死にを共にすると言ってくれている。

だからこそ心打たれたことも、ボードウィンは言わなかった。

 

『分かった。じゃあ、ほれ』

 

『ああ』

 

 左手を握った瞬間、コイツと俺は同じ戦場で死ぬだろうなと心から思った。

――だが彼の意に反して、それは真実ではなかった。

 

 強大過ぎる力を持つヴォーティガーンには、いかなログレス守兵隊でも勝つ事は出来ずウーサー王を殺され、瓦解。

 かろうじて生き残った者は次代の君主であるアーサー王に仕えることになったが、その治世は長くは続かず崩壊。1人また1人と仲間達は死んでいった。

 

それはボードウィンも例外ではなかった。

 

 時はカムランの丘の戦いから1年後。 

戦友であるウルフィウスもブラスティアスもエクターも相次いで亡くなったその年に、老いて隠居していたボードウィンは、夢で昔を見た。

 

『・・・・』

 

 起き上がり、痛む左手を見詰める。そこには過去という名の黄金と、悔いという名の辛酸があった。

 

しわくちゃの左手で胸を撫でおろしながら、ボードウインは呟いた。

 

『アイツも。もうくたばっただろうか』

 

 こんな身でも耳をすませば、風の噂くらいは聞こえてくるだろう。

なので久々に集落を歩いてみれば、どうやらログレスの首都であるキャメロットは蛮族に襲われ落城間近であるという。

 

 そしてそこにはかつてのログレス守兵隊の面々が、今や正門担当守兵隊と名を変えたかつての古巣が、最後の抵抗を試みているらしい。

 

王も騎士も死んだ今、あそこにはもう何もないのに。

 

そう言って、道行く村人は笑い去った。

 

 ――それを聞いて。ボードウィンは眼を見開いた。眼の神経が痛んだが、そんなもの気にしなかった。ただ左手だけが熱かった。

 

それは突然に訪れた、彼だけの気付きであった。

 

『・・・・・まだ』

 

戦っている。まだ、アイツは戦っているのだと。

 

否応もなくボードウィンは悟った。

 

 それは何故か。誓いだからか、俺達のウーサー様の為か、アーサー様の為か、ペンドラゴンの為か。

 

否。きっと否。

 

『・・・・・全部か』

 

 アイツの顔が思い出される。なんで今頃と鮮明に。なんで今までと、悔やんだ末に。

 

 

―――え?医者になるから隠居する?

 

―――ああ。

 

―――城とアーサー様はどうすんだよ。

 

―――・・・お前がいるから、大丈夫だろ?

 

 

 珍しく兜を外したアイツの表情は思いのほか淋しい表情で。

何だそれはと。俺はそこから逃げ出した。

 

 だって間違っていたのだ。俺達はウーサー様を守ることも出来ずアーサー様を助けることも全然出来なかった。その証拠にみろ、あの円卓の騎士共を。自分勝手な俗人を。それを是正できなかったこの俺を。

 

 お前は知らないだろう。ウルフィウスとブラスティアスの最期を。

何でこんな所でと、泣いて死んでいったあいつらを。

 アーサー様があんな結末を迎えるのなら自身の手で最後までずっと育てたかったと、一昨日泣いて死んでいったエクターを。

 

 どうだ、これが俺達の末路だ。恥ずべき想い出だ。そんな辛酸など消えてなくなった方がいいに決まってるだろうが。

 若さという名の情熱だけをよすがにログレスもペンドラゴンも守ると喚いていたくせに全然守れなかった俺達なんて俺なんてお前だって。

 

―――でも。

 

『・・・・・それでもお前は、そこに居るのだろう?』

 

 終わりくらいは全て見なくてはと。

決意を込めて、かつての城兵は歩き出した。

 

『待ってろよ』

 

 掠れるのを無視して、声を出す。それでもと力を脚に込めながら。だからこそと、己を鼓舞しながら。

 

歩く。もう走れない脚を動かし続ける。

 

『待ってろよ。・・・待ってろよ』

 

 脚がもつれる。口が、地べたをつく。受け身も取れない我が身を呪う。自分自身を、ひたすら怨む。

 

『あぁ何故だ。何故こんなにも。・・・あぁ、何故俺はこんなにもクズなのだ』

 

 顔だけを前に向けて、もう動けなくなった彼は声を出す。

気炎万丈のみが取り柄となってしまった声色は、正に今この男が風前の灯火だとは感じさせぬほどのもの。

 しかしかつての彼を知る者ならば、何ともまあ。と、苦笑いを浮かべるに違いない。

 

『待ってろよ。だから閉じるな霞むな。俺の眼が黒いうちは、俺達が居ればログレスは。たとえこの世が地獄以下の穴底であろうとも・・・・・。そうだろう?なあそうだろう?』

 

・・・・・。

 

『俺達がいれば誰にも何にも。たとえピクトとサクソンが徒党を組んで襲ってきても。たとえヴォーティガーンが甦ってこようとも!

 ―――全部ぶち殺してやるのに』

 

お前と一緒の戦場で死ぬぞ俺は。

 

そうだ、その誓いくらいは全うしなくてはならない。

 

まだ左手は動くんだ。まだ俺は忘れていないんだ。だからどうか。

 

誓いから逃げた俺を、お前が許してくれるなら。

 

お前がそこにいるのだから。

 

・・・・・・・いるのならば。

 

『我が友と。最期にそう、言わせてくれ』

 

 

 

 

 

 

―――斬り飛ばされた左腕を見詰める。あの日、誓い合った左手を。

 

想い出は清濁を問わず、ただただ現実をのみ忘れさせてくれる。

 

遅すぎたのだと、全てを水に流すかのように。

 

「お前は老いたな、ウーリック・ボードウィン」

 

かつてのお前は違った。 ピクトの大王の言葉に、彼は頷く。

 

「私は今も憶えているぞ。・・・お前が創ったログレス守兵隊は、守兵とは名ばかりの殺伐とした殺し屋集団だった」

 

「・・・・・」

 

「それを束ねるログレスの中央隔壁、ウーリック・ボードウィン。

ウルフィウス、ブラスティアス、フスカル、マーリンらを擁していたお前を私は心底恐怖していた」

 

「・・・・」

 

「ウーサーは強く、貴様たちも強く、ブリテンは強し!

――だのに何だ?このザマは有り様は。これではウーサーは何の為に死んだのだろう?アーサーは何の為に生きたのだろう?

 答えは犬死にだ。その証左という名の現実を教えてやろうか、ウーリック・ボードウィン」

 

「・・・・」

 

・・・・・。

 

「我らピクトは貴様たちに敗れ、戦いの中で消えていったが――。ログレス守兵隊はウーサーがヴォーティガーンに呪い殺されたあの日あの時、」

 

―――負け犬のように死んだのさ。

 

その言葉と断頭の刃が下ろされ、

 

―――――おい。

 

「?」

 

誰も動けないその中で、それは立っていた。

 

殺意と共に。

 

「俺のダチに何してる」

 

 パンプキンヘッドを脱いだ城兵の右拳が、グリュンワルダーの顔面を捉えていた。

 

 

 

 




昨日の夜。全てを亡くして乾いた涙痕に塗れていた。
今日の昼。命を的に、自分だけの人生を歩んでた。
明日の朝。ちゃちな信義と、ちっぽけな忠義が瓦礫の城を踏み鳴らす。
兵士は、王が夢見た理想の徒。愚弄されたら黙っちゃいない。
次回『Believe your justice』
だから明後日。そんな先のことはやってこない。

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