故郷のほとり、山道を下っていく途中に川がある。その川で顔を洗うのが日課だった。
冷たくて心地の良い水質が、男の顔面を撫でるように洗い流す。清められ真新しくなった眼ならば、何か新しいものが見えるようになるかもしれない。
これは一種の願掛けであった。変化のない己を変えたいが為の願掛けであった。
例えばそう、神か天女かがそこに居て、自身に話しかけてくれるとか。怪物か巨石が突如として現れ、この世界を塗り替える様を見せてくれるとか。
・・・昔誰かが言っていた。
この世の全ては変わりゆくものだと。馬鹿言うな、だって俺は変わらない。
『俺の世界は変わらない』
勝手な思い込みという名の偏執病(パラノイア)の主たる男の瞳がぱちぱちと瞬きをして、ピントを奥景色に合わせる。
いつものように。故に日課だった。
すると、そこに、何かがいた。
綺麗な白色だった。背中だった。そして美しい髪の色だった。桃色だった。つまりこの世のモノではないのだろうと男が思った瞬間、そのモノはこちらに振り返った。
『……………』
『・・・・・』
眼と眼が逢う。産毛が逆立つ。さっきから生じている恐怖からではない、圧倒されたからだった。自分はなんてアホなことを考えていたのだろうと、恥という感情でもって。
男は只々口をポカンと開けて、彼女を見詰めていた。
つまり結局、彼は神や天女には終生出逢えなかったが。
男はその日、天女のような女と出逢いましたとさ。
◆
――槍を手に馴染ませる。比翼のように。
「楽しい」
遊び相手を見る。夫を見る。初めて逢った日のように。
「楽しい」
「楽しいッ」
笑みを浮かべ。刃同士を打ち鳴らす。
「楽しいわ。この時が」
「全くだあ!!」
ゲイルの剣槍を弾き返すレギンレイヴの槍。それはおよそ、人が見聞きしたことのない奇怪な槍だった。
孔の開いた槍身。
そこかしこに軽量化の跡が見てとれると言えば聞こえはいいが、敵にぶつける得物にあんなにたくさん孔を開けるという理屈に意味を見出せない。
…速く振るう為の軽量化? にしたって途轍もない軽量化。過ぎたるは猶及ばざるが如し。
ていうかあんだけ軽くしたらいっそ自分の拳で殴った方が強いだろうに。
そう思う立香であった。
「・・・決めつけは油断。思考を指定するな、立香。全て罠だ」
「…!うん」
『? フスカルさん、どういう事ですか?』
マシュが尋ねる。彼女もまた推測していたからだった。この孔槍を。
「敵を見てとった時、こいつは多分こうするんだろうなと決めてかかって、思考を指定して安心する暇なんてないって事さ」
「英霊城兵ランサー・ウバラ!その鬼ごっこってのは言葉通りの意味でいいのかな?」
「ええ、ええ。あの光る扉。私が造り出したあの出口に辿り着ければそちらの勝ち。辿り着けなければ私の勝ち。
更にそして私に触れられたらそちらの負けです。確認と理解はすみましたか?カルデアのマスター?」
「うん!」
「オッケイ!」
ズドン。と、フスカルは槍を振るってウバラに襲い掛かった。
「加勢しますよ。えっと、ご親戚の方!」
「いいぜ一緒に遊ぼうぜえ!!」
「あら嬉しい。逡巡すらしないのね。あなたのような者が産まれてくれて嬉しいわ。私と夫の間から」
おっと話の意図が分からない会話がここにきて登場! フスカルは理解する暇も訊く暇もないと判断した。
「…山間に住む槍造りの一族。で合っているかしら?それとも変わった?私達から始まったローナルドは」
「・・・・」
親戚じゃなくて御先祖様かな? まあどっちでもいいや。この戦いを止める理由にはならないし。
そんな余計を体から取り除き、城兵は全力で地を踏みつけた。
発生する地面からの反発と音を全身に送り込み、槍撃を繰り出す。敵の得物ごと叩き潰す彼の剛槍の真骨頂である。
しかし対するウバラはわずかに膝を曲げたかと思うと神速と見紛うばかりのスピードで一歩前進、槍を振るった。
「速いっ」
いや、迅い。体重移動の切れが尋常ではない。体幹はおろか全身の筋肉・骨・関節に至るまでのおよそ全身を使用しての槍撃。
体重が移動する力をいかんなく使い、その力を存分に伝えるがゆえの孔槍だった。
その証拠に、フスカルの槍が弾かれる。剛槍が彼以上の剛槍によって叩き落とされる。
――重い。迅い武器は重いのだ。
迅いとはすなわち全身の使い方。体の運動のことである。
得物の威力は速度に正比例する。得物の速度はイコール身体の運動であり、発生する運動エネルギーは運動速度の上昇に応じて高まる。
・・・例えば自分よりも小柄で痩せた人間が目の前にいるとして、そいつがこちらの目測や思考を裏切る程の速さや力を発揮した場合、理由は一つ。体重の移動がこちらよりも迅いのだ。
ゆえに、運体のはやい武器は重い。
「はい、ターッチ」
槍撃をパリィされ、フスカルは最早ここまでか。・・・だが、しかし。
「ッッ!!!!」
「あら」
フスカルはとっさに全身の力を脱き、体を沈み込ませた。
ウバラの手は空を切り、彼は地面をゴロゴロと転がりながら距離を取り、自身の間合いを保つ。緊急離脱成功である。
「身が利くわね。あなた、そう思わない?」
「もちろんもちろん。やるなあ!」
「・・・どうもー」
攻撃を再開する。自身の間合いを保ちながら。
・・・うかつに近寄る事は難しい。それが身に染みただけでも御の字だ。フスカルは思った
「早く行きな、立香。おっきー(マスター)と共に。ここは俺が食い止める」
「え。それってつまり」
「ここは俺に任せて先に行け!」
フラグだね? そう呟こうとして、刑部姫と立香は足を踏み出した。
「待ってる!フスカルさん!!」
「待ってるからさっさと追いついてきて!これ姫命令!!」
「あらあら面白い。素直じゃないのね、あなたのマスター。私、面白過ぎて笑い死んでしまうかも」
「笑うおまえも素敵だよお!!!我が妻レギンレイヴ!」
「ありがとうあなた。素敵よ、我が夫ゲイル」
「・・・・」
初めてだなこんな戦場は。そんなことを押し殺すフスカルであった。
◆
「とにかく駆け抜けよう!」
立香が叫ぶ。
「さあ行きましょうか!!」
ゲルトルードが鼓舞する。
「あの扉まで護衛するわ!頑張りましょう!」
「いいの?!ゲルトルードさん、あなたの願いは」
…幼馴染の彼が無事に帰ってきてくれることでは。
「大丈夫!あたしの願いは元の世界に帰ることだもの」
「ぇえ?!」
しかし不正解だった。
「だって彼は無事に帰ってくるに決まってるからね!願うまでもないわ!!」
信じている彼女に隙はなかった。
幼馴染の彼が去って11年にもなるが、片時も忘れてなどいないゲルトルードは乙女であり無敵でもあるのかもしれない。
「だから立香!次はあなたの大事な人を!」
「ありがとう!!」
また戦友が増えた嬉しさと晴れがましさに包まれた立香が駆ける。駆け抜ける。さあ、扉はすぐそこ。あと数歩でこの爪が届く距離―――
「捉えましたよ。カルデアのマスター」
「っ!?」
『フスカルさん!?』
「アイツ……!」
古今あるフラグのように負けたのか。と思いきや。
「うおおおお!!!待てええええ!!!」
「我が妻よおおおお!!!!!!!!」
城兵は元気に走っていた。ギャグみたいに。
それはさておき現状を鑑みると、鬼ごっこの鬼も鬼以外も追われるという不自然さである。
これが英霊城兵ランサー・ウバラ。彼女の遊びの神髄だった。
「させない!食い止めるわ!!――我が神族に誓って!!!」
意を決したゲルトルードが矢を射かけ、全て射かけた後には短槍を掴みだす。
投槍。覇を吐き、誓約ごとゲルトルードはランサー・ウバラに槍を投げた。
「エリエリエリエリ!!」
エリザ粒子のブースト付きの投槍が真っすぐに突き進む。――しかし超越者たる英霊城兵には中らなかった。
中るまでもなく、停止した。
「ゲルトルードさん!!」
「停まってなさいな。あなたはそこで」
「――立香!!」
『先輩ッ!!』
何故か。
それは彼女がこの世界の造物主であり、この世界の全エリザ粒子の動きを停止させることができる(舐めプができる)次元の違う存在だからだ。
それが英霊城兵。それが彼女たち。
「貴女なら勝てる――!!!」
だから打倒するしかない。しなくてはいけない。
今ここで。藤丸立香だからこそ。
英霊城兵大将降臨
「残念ですがあなたの遊びに次はありません。またここから始まるのですよ、ハドマの時と同じように。ここで、ここで、此処(青蓮華)で、我が夫と共に。
永全不動なるかな、一切豪遊の名の下に!!!
さあ、戦ごっこという名の遊びの作法を御照覧。―――伸るか反るかの一天地六!私は英霊城兵大将・最初のローナルド、レギンレイヴ。貴女の名前は?お嬢さん!!!!!」
「私はカルデア・マスター、藤丸立香!!」
英霊城兵六番勝負
勝負,二番目。
藤丸立香VSランサー・ウバラ(【一切豪遊】レギンレイヴ・ローナルド)
「 いざ尋常に――― 」
「 勝負!!!!!! 」
何もかもが、忘却の彼方に消えるとも。
微笑みあった友情、芽生えた愛、秘密、そしてあらゆる悪徳も消えるとも。
全てが振り出しに戻っても。
次回『君をみつめて』
城兵は、誰も敗北をみない。