断章
いつもの井戸底。いつもの焚き火。
そんな見慣れた風景を、城兵は脇目に考え事をしていた。
―――事情聴取をお願いします。フスカルさん。
頼まれ事を断れない彼は、よし任せろと息巻いて、しかし猛烈に後悔の波が押し寄せ只ジッと焚き火の上に置いてあるホットミルクを見る。
熱伝導よし。それは現実逃避の端緒であった。
「はい、あ~ん」
「うまい!」
「はいこれも」
「うまい!」
「ありがと。いっぱい食べる貴方が素敵よ?」
「それを見てる御前がもっと素敵だよお!」
「――なんだこれは。ご先祖様の姿か?これが」
「現実を受け止めるべきだろう」
「ところがどっこいという事ですか。・・・・しかしながら我が王、こんな時どんな表情をすればいいのでしょうか」
仕方のなくなった彼は現実を見始める事にした。
――遊びに勝ち、立香が英霊城兵を倒し、次へと駒を進めたのはいいが変な人達がこの場に加わってしまっている。ギャグかって。
そんな彼を、元王は微笑ましく見ていた。面白いから。
「負けたらギャグ要員だ。笑えばいい」
「むむむ・・・!」
「俺は感謝してるぜ!子孫よ!また妻に逢えて手料理を味わえるなんてなあ!」
「私もよ。また御飯を振る舞えるなんて、本当に感謝してる」
「ていうかこのホットミルクは貰ってもいいやつかい?貰うよ?」
「どうぞ。・・・・あなた方をここにお連れしたのは情報を手に入れる為ですよ。一応、残りの英霊城兵について、そして何よりその目的について知っていたら教えて下さい」
「知らねえ」
「憶えてないわ」
「・・・そうですか」
・・・やはりか。フスカルは思った。
「遊びに負けた英霊城兵はエリザ粒子に関する術と、同僚に関する記憶を全て失う。確認してみても信じがたいですな。ピンポイントがすぎる」
エリザ粒子がどれだけ凄いか、立香を見ていて分かってはいたが。
「まあいいでしょう。こうなっては仕方がない」
切り替えていこう。それが彼の強さの秘訣。
「そう、仕方ない仕方ない。というわけで教えてくれないか?ローナルドよ」
「・・・・え?」
え?
「君の槍を見れば少しは分かるが、やはり槍造りが生業なのだろう?今も昔も」
「はあ、まあ」
槍が嫌いで故郷を出ましたなんて言えないな。くわばらくわばら。
「かく言う俺のこの槍も手造りでね。正確には妻と一緒に造ったものだ。共同作業ってやつだな」
「そうね。初めての共同作業だったわね。今も想い出せる。熱かったわ、あの日々は」
「もっと熱いのがその先に待ってただろう?」
「きゃー!何言ってるの貴方人前でっ」
「おぶへ」
「だ、大丈夫ですか!?」
「大丈夫だ。こういう所がまた好いんだな我が妻は」
「は、はあ」
ゲイルの首が150°ほど捻転したが城兵は見なかったことにした。
「よっと。君は所帯を持たなかったのかい?」
「ええそうです」
「ということは・・・ご兄弟がいるのかな?」
「はい。上2人に下1人です」
増えてなければ。出奔したフスカルは思った。
「いいなあ、俺達も丁度4人子供がいてね。子育ては死ぬほど難しかったが終わってみれば、あっという間で楽しかった」
「そうね。皆自分の槍を手にして巣立っていったわ。正に自慢の子供たち」
「いいですねえ」
「大事なのは間合い、そして退かぬ心。――これが受け継がれていってくれるのを願っていたよ。そしてそれは叶ったようで何よりだ。では、そろそろ俺はお暇しよう」
「?ゲイル殿」
「今の俺は夢を見ているんだ。だったらそろそろ覚めなくてはならない。そうだろう?」
「・・・・」
「妻にもまた逢えたし、飯も食えた。ありがとう、御前。ありがとうローナルド。我が子孫よ」
「・・・。貴方と出逢えて光栄でした。御先祖様」
「はっはは。よせやい、ただの剣と槍の遣い手だよ。俺は」
「剣士になりたいと憧れていました。実は、子供の時は」
「何だいお前さん、槍遣いなのに欲張りだな。俺と同じで」
「――はい」
差し出される左手を握る。ゴツリとした無骨な握手は、男同士の奇妙な友情の始まりであった。
「じゃあな。――そして御前、またな」
「ええ。また」
夫婦の挨拶で以て。ゲイル・ローナルドはこうして笑顔で去っていったのだった。
「・・・良い旦那さんでしたね」
「ええそうね。自慢の夫よ」
「馴れ初めなど聞かせて頂いてもよろしいですか?想い出を肴に」
「勿論」
そういえば父にも母にもこんな事は訊いたことがなかったな。そう思うフスカルであった。
◆◆
「暢気なものね。井戸底の後輩は」
…全てを睥睨するように、まるで宇宙を観るように、それは呟いた。
「貴女の入れるハイオクは美味しかったのだけれどね。嗢鉢羅」
・・・・・。
「え?別に感傷になんて浸ってないわ。ハドマとウバラは負け、英霊城兵を放棄。インフェルノは相も変わらず引きこもり。絶賛、人手が足りないけど大丈夫よ。
それが私、メカエリチャンなのだから」
・・・・・。
「全て順調でしょう?カルデアのマスター達は着々とエリザ粒子を扱えるようになってきている。もう少しで私達に届くやもだけど、それこそ望む所よ。――速く来てほしいわね、此処へ」
・・・・・。
「次はインフェルノの所でしょう?彼女、大丈夫かしら。感極まって泣いちゃったりしない?」
・・・・・。
「手ぬるいわねえ、ホント。でも許される。『一切豪遊』の名の下に」
・・・・・。
「きっと勝つわよ。そう思うでしょう? エンピレオ」
「―――ハ」
どう転んでも面白い。一切豪遊という名の業を宿す者達は笑い合い、視線の先には山間の村があった。
そこはセイバー・インフェルノの遊びの地。
「引きこもるしか能のない女。そして恐ろしい化け物。カルデアのマスター達と後輩が見たらどう思うかしら。少し、楽しみね」
人里離れた山間の村に住む槍造りの一族。
彼らは其処で一生を終える。筈だった。
花なき土地、鳥なき空。切り裂く風、高地の月。
かつての少年が飛び出した、不吉な村。
ここには、歴史と巷の口伝には登場しない、ごくありふれた人々が息づいていた。
次回『HIGHER THAN THE MOON』
そして今この山村には、赤い帽子の悪妖精が蠢いている。