―――この柵を跨げば追いつける。
夜空ではなく眼前だけを見据え、祈るように首を伸ばす。今追いかければ、きっと追いつける。今追いかければ、きっと連れていってくれる。
そんなもしもを考える。そんなもしもを、自分自身ごと恨みきる。
天を仰ぐ。星より強く。月に駆られて。
月より高く。
気持ちの悪いゴミが、見えなくなるまで。
◆◆
――次の遊び場に到着した。そんな確かな感覚を立香は感じた。
「間違いない。兄さんはここに居る」
「…今度はまた長閑な場所に出たねえ」
光扉を潜った立香達は、新たな遊び場に到着していた。
「最初は浜辺(戦場)、次は土の会戦(戦場)。そのまた次は草原かあ」
『一面は綺麗な原っぱですが先輩、お気を付けて。そして私も同意見です。必ずこのエリアに居る筈です。ぐだお先輩が』
――頷く立香は様々な視点で周囲を見る。空気と風の流れと共に動くエリザ粒子。見渡す限りの景色は緑の原っぱ。エリザ粒子の濃さに差異は感じられないが、空は高く、酸素は薄い。
星は見えない。
「山の上なのかな?」
『ぅ、えぇええええええ!?!?!?』
「わ、ビックリした」
「ちょっとちょっとってば!ウルサイよアンタ!」
『ななななななナ』
『フスカルさん!?如何なさいましたか?』
『ンナンナンナナンナナナナナ!!』
「どうしよう。只の凡夫になっちゃってるね」
「今はそういうのいいから!さっさと戻ってきなさいアンタ!」
刑部姫が檄を飛ばすと、やっと城兵は正気に戻った。
「な、なんでまたこんな・・・・。同窓会と惚気話が終わったと思ったら今度はお里かよ。なんてハロウィンだッ』
「え?里??」
「…もしかしてここ、アンタの故郷ってわけ?空気薄くてやばいんだけど」
『今から俺もそっちに行く。ちょっと待っててくれ!』
いつになく叫ぶ姿に立香達は呆気にとられたが、それだけにやばい所なのだろう。死地の如き危険な確信。その証拠に、ぶいーん。城兵の参戦継続であった。
「やあ立香」
「何ちょっとかっこつけてるの?超狼狽してたの忘れてないからね?」
「何のことです?マスター・おっきー。私は今も昔も恐れを知らない城兵さんですが?」
「ちょっとすいません城兵さん。あそこに誰かいるんですけど、」
「うわべべべべべべべべ」
「――うっそでーす」
「あ、こいつぅ~。――なんて言うと思ったか?マジでビビっただろうが!!」
「軽いジョークだよ」
「悪いことは言わない!俺の記憶が確かならここから先は、この先に行くのは慎重に慎重を重ねた方がいい。いかに君でも」
『どういうことです?フスカルさん』
「ここは俺の故郷ウェールズの山・・・の筈だ。そしてこの先に進むと村の境界、柵があるかもしれない。普通に跨ぐと厄介な相手が来る・・・筈だ」
「筈って」
「生きてる間は一度も故郷に帰らなかったもんでね」
帰りたいと考えた事すらなかったし。フスカルはそう続けた。
「……嫌いなの?ここが」
「ガキの頃は。・・・しかし今は懐かしすぎて頭がおかしくなりそうだ」
槍でザクザク地面を刺す。ここは現実だという答えしか返ってこない事を確かめる。
ゆえに吐き気がする。二度とここには戻らないと決めたあの日の誓いが吐き気を催す。死した後であっても、男の誓いとはそういうものである。
「・・・しかもこの空間。一体誰が何の為にここを造ったのか?時代はいつなのか?悪趣味なことだけは分かるけど、それ以外は何も分からない。俺(現場)からは以上だ」
「うーん。摩訶不思議」
「正に英霊城兵の遊びって感じだよね」
「何で故郷の山がこんな所にあるんだ。何で故郷への道がこんなにもありありと。
―――なんて、無駄な考えは捨てて、と。気持ちの悪いこんなの造りやがった野郎は速攻ぶちのめしてやるぜ。覚悟しとけよ」
フスカルは鋭く気を吐いた。
「切り替えはや」
『それでこそフスカルさんです!』
「マシュのテンションもすごい…。―――っと、見えてきたあれが柵?」
「うわべべべべべべべべべべ」
「落ち着け城兵」
フスカルは忙しなかった。
「偽物とはいえ何十年ぶり……?うわちょっとここマジで俺特攻じゃん。なんちゃって里帰りじゃん。本当にローナルドの村だよここ。俺もう死んでんのに気持ちワル。ほんと気持ちわるい」
「今日ハロウィンだからね」
『罵倒で以て正気を保ってるところ申し訳ありませんがフスカルさん、この柵は跨がない方向でよろしいのですか?』
「さっきの話の感じだと罠があるってことだよね。
しかもこれ、もしかしなくても全部が全部英霊城兵の遊びだし」
「絶対に許さねえ!英霊城兵!! しかし待たれよ」
「うん?」
「待たれよって…」
構わず、フスカルは一歩進み出た。
「まずは周囲の確認だ。村の中から外に出る時はいいんだが、入る時には作法が1つあるんだ。それは入る時に、村人の誰にも見られてはいけないってこと」
「なるほど?」
「このクソッタレな我が故郷を造りやがったヤツがもし俺と同じ――ローナルド一族ゆかりの野郎ならばその作法も心得てる筈。周りをよく見ろ、感覚の眼と肉眼で」
「うーん………」
全体的に濃いエリザ粒子は、どこにこの世界の主犯がいるのかを分からないようにしている。が、確実にこの村の中に居る筈だろう。立香は思った。
「―――、周囲には誰もいないね」
「よし今だ。すぐ跨ごう今跨ごう」
ゴーサイン。一行は柵を跨ぎ、村へと入ったのであった。
「よし、オッケイだ。・・・・行きたくないしあるかも分からないが、この先にある俺ん家を当面の目的地としよう。
まあこんなパチモンの村誰もいないだろうが――」
「おかえりぃ、フス」
一行が柵を乗り越え少し歩いていた正にその時。野太い声が歓迎の宴を催すように鳴り響いた。
「・・・・。」
その声を聴き、フスカルの顔面は更に強烈に引きつった。
「一体これはいつぶりだ? 五十年か、いやもっとか?なあ、お前いくつになった。フス坊」
「・・・・、」
「おいおいおいおいおいおいおいおい。忘れちまったのか?それとも偽物だと思ってんのか?この場所はともかく、この俺を?脳幹ぶち抜くぞクソガキフスカル」
何かが素振り、地面を叩く。同時に空気がブオンと燃え爆ぜた。それは爆竹が鳴るような音と共に発生し、槍に仕掛けを仕込む事こそ俺の自前(愛槍)であるという証左だった。
それが分かり、フスカルは勢いよく頭を下げた。
「久方ぶりで嬉しくて言葉が出ませんでしたご無沙汰しております。・・・・兄上」
『あに――』
「――うえ?」
「おう。そしてようこそ、お客人方。俺は父上と母上が次兄、オンスロア・ローナルド。
そしてここは良いとこ一度はおいで、で御馴染みローナルドの村である。歓迎するぜ、そこの家族不孝者と一緒にな」
「・・・・」
「クソガキだって。ちなみにあの人何歳?」
「俺より5つ上です。それ以外は分かりません」
「マジィ?」
「さっそくメシにしようか。お前のことだ、腹減ってるだろ」
「・・・兄上」
腹が減ることなど最早滅多にない。だが彼の、兄の中では今でもそうなのだろう。
・・・いつもいつも腹を空かせて沢山食べていた少年期。もう別人と言ってもいい、あの頃の自分。兄にとっては、しかし今もずっと、あの頃の弟のままなのだ。
それが分かる今のフスカルは、怒気すら沸かずに率直に従った。
「いただきます。オンス兄上」
「懐かしいなあ、その呼び方。まあ、気兼ねなんかすんな。グワン兄上とマリアも居る」
「・・・はい」
―――マジかよ。 死後に里帰りを果たすことになったローナルドの三男は思った。