ローナルドという名は、初代族長のレギンレイヴとゲイルが自前の槍を造ったことから始まった家名である。
その名の意味は強靱。強く生み出す者であれという意匠である。
そんな一族の現年長者が深々と、立香達に礼を示していた。
「お客人方、ようこそおいで下さいました。私は父上と母上が長男、グワンザン・ローナルドと申す者。
気の利いた持て成しなど出来ない家柄ではございますが、精一杯心尽くしの膳をお出ししますゆえ、どうぞ御寛ぎの程を」
「は、はい!」
口上を聞き終え、立香も頭を下げた。
慇懃な言葉と態度、そして邪念も偽りもない礼儀作法とはこうまで恰好のいいものなのか。深く息を吐きながら、彼女は思った。
「御丁寧な歓待痛み入ります。こちらこそどうぞよろしくお頼み申し上げます」
「!?」
「!?」
それは耳を100%疑うレベルの驚天動地。その震源は刑部姫の態度と言葉であり、感じ入ったローナルドの長子は貴人に対する所作で以てまた一礼。厨房へと下がっていった。
「……おっきーってまるでお姫様みたいだよね…」
「誰だ?この姫様は。おい偽物、本物のマスター・おっきーをどこにやった」
「オイコラここだよここ最初から。言わずもがな姫(わたし)って姫なんだけど?」
「あ」
「あ、なんと。すいませんマスター。青天の霹靂が急に私達の眼の前に」
「コイツ…っ」
――なんて冗談を言い合いながら、城兵フスカルは心臓の鼓動という名の早鐘が止まらなかった。
だって兄がいる。あの一番上の兄が。
そんなフスカルを気にも留めず、グワンザンとオンスロアは持て成しの料理を持ってくる。
「どうぞ。こちらは我が村名物の岨麦料理になります」
「いただきます!………んぐ、これ何だか食べたことある味がする!おいしいです!」
「丸いお餅みたいだけど、これ、蕎麦掻きだね。フワフワで温かい味…っ」
「そばがき…?」
『先輩。ジャパニーズ・ソバ(蕎麦切り)の原型です。麺になる前はこのような形状であったようですね。ソバは日本以外でもよく食されているとのことです』
「・・・険しい寒冷な土地で育ち、腹もちの良いこの料理。懐かしい味です。流石は兄上」
「よくぞ帰ったなフスカル。ゆっくりしていくといい」
「感謝します」
眼だけで笑うグワンザンは、フスカルの朧げな記憶の中の人物のままだった。怒ったら怖いが、それ以外はとても静かで大人びた兄。ということはつまり、槍狂いであるのだろう。今も昔も。
「お前の口からそんな言葉が聞けるとは、長生きはしてみるものだな。あんなにも俺達と槍を嫌っていたお前が」
「勘弁してください・・・・。若い時分の頃です」
「そうだったな」
「ね、ちょっとこっちこっち。あの人とは何歳差なわけ?」
「8つです」
「は~…」
「お客人方。膳を食べながらでよいのですが、実は当家にはもう一人お客人がおりまして。一応、顔合わせを願います。 藤丸殿、どうぞ」
「はい。グワンザンさん」
「!?」
『!?』
声がした。男性のもので、これまた若い声。そしてずっと待ち侘びた探していた声。本物の、彼の声が。
「御厄介になっております。藤丸ぐだおです。どうぞよろし―――、く?」
「く?」
『く?』
「って立香じゃないか。何してんだこんなとこで、」
「おらア!!!!」
「ぐっふえッ」
やっと会えた。 再会の喜びはボディランゲージで示すことになっている藤丸家の兄妹はそのしきたりに則り、拳をかわしていた。
「この愚兄!愚だ男!ぐだお兄さん!!この野郎生きてやがったのか!!!」
「ちょ、やめ、やめろお!何すんだ実の兄に向かって!」
「だからだこの野郎!!」
「答えになってないぞ!!」
「所長たち皆とマシュと私がどんだけ心配したと思ってんの!!ていうか一体全体どうしてここにいるわけ!?!」
『そうです先輩!』
「ほら!マシュもそうだそうだと言ってるよ!」
「?――あれ。 あれ?どうして俺はここにいるんだ?」
「訊いてるのはこっちの方だ兄さん!!」
「いや本当に分からないんだ。・・・・妙だ、今さら違和感が湧いてきた。俺はたしかカルデアでハロウィンの準備をしていた筈なのに。
――グワンザンさん、俺は一体」
「貴方はフラリと急に現れたのです。偽りのこの村に。何を訊いても名前しか分からない貴方を客人として迎え、今日に至ります」
「そう、ですか。・・・・偽りの村」
「ええ。よく出来てはいますが、かくいう私達も連れてこられたのです。ここに来れば家族に逢えると言われて」
「兄上の言う通りだ。そして事実、そうなったわけだが問題が一つある」
「と言いますと?」
「俺達もてめえらも、もうここから出られないって事だ。それがルールだって話。俺達をここに連れてきた奴は英霊城兵セイバー・インフェルノ、と名乗っていた。そしてヤツはこうも言った。赤帽子を探せと」
「・・・・赤帽子?」
「ああ。村を出たことのない俺達にはとんと何の事か分からないがな。聞いたことはないか?てめえら」
「オンス。客人には敬意を」
「趣味じゃないんだよグワン兄上」
ローナルドの兄弟は首をすくめた。
「赤帽子・・・・。なんだっけか、・・・赤帽子ってたしか聞いたことあるような」
『ぐだお、オルガマリーよ。…やっと逢えて嬉しいわ。早速だけど赤帽子っていうのは、きっとレッドキャップのことでしょうね』
「レッド?」
「キャップ?」
『はい、先輩方。レッドキャップ(赤帽子)というのはイングランドに伝わる妖精の一種です。
相手の返り血で頭の帽子を真っ赤に染める、祝福されない者(アンシーリーコート)。非常に凶悪な妖精と伝わっています』
「思い出した。怖いサンタクロースだ」
「やめて兄さんそれトラウマなんだけど」
「マーちゃんはいつもお兄さんからトラウマを受けてるねえ…」
「そうなんだよぉ。名前の通り今世紀最大級の愚だ男(おとこ)のくせにトラウマ製造機でねえ、こんなんが兄だと妹はやんなっちゃうよ」
「マジか。トラウマなんて植え付けて悪かったよ。――なんて言うとでも思ったか?バーカ」
兄妹が家族特有のノリで騒ぎ出す。立香はぶっ殺すと心の中で思ったなら、スデに行動は終わっているんだと言って拳を握り、ついに大爆発を生み出そうとして――、
「―――あ。お兄ちゃん」
「・・・・」
――もとい、出そうとしたが。
彼女の前に女の子がトコトコ歩いてやってきたので中断した。
「わっ、お人形さんみたい!」
「帰ってきてくれたんだ。嬉しいな」
「・・・・」
対するフスカルは心底嫌な顔をした。
それは自身が16歳の時、村に背を向けながら最後に話した妹がこんな声をしていたからであり、あの時と寸分違わずにそれが聴こえてきたからだった。
・・・あれから何十年も経っているのに。 彼を兄と呼んだのは灰のような髪色の、可愛らしいローナルドの末っ子だった。
「久しぶりだなマリア」
――手を握られる。感じるぬくもりはフスカルに懐かしさを思い起こさせ、頭を撫でてやりたくなる衝動にかられた。まるであの頃のように。
「ほんとう、久しぶりすぎてびっくりした。私の顔を忘れてるんじゃないかって思ってたけど、そんなことはなかったね。もっと嬉しさアップ」
「元気そうで何よりだ。俺は別に嬉しくなんてないけど」
「フス、察してやれ。それができない歳でもないだろう」
「・・・・・」
「ちょっとちょっとあのロリっ子は?妹さん?」
「ええそうです」
「いくつ離れてるの?」
「6つですね」
「は?6つ? だってあんなに小さいじゃん」
「そうなんですよね・・・。マリア、お前今いくつだ――」
「何直球で訊いてんのパンチ!」
「うぼあ」
マスターおっきーのツッコミ(正拳突き)。効果は抜群だ。
「女の子に年齢を訊くもんじゃありません!!」
「そうだーそうだー。 と言いたいところだけど、まぁ最もだよね。見ての通り、私も上兄さん達も今はこの姿でここに居るんだよ。だいぶ若いかな」
「・・・・どういうことだ? 俺も似たようなもんだが、最近はそういうのが流行ってるのか?若返り的な」
「寝ている時に声がしたんだよ。もう一度家族に逢いたくないかって。頷いたらここに居たの。見覚えがあるけど、偽物のこの村に」
「全部夢の中だからってことか。それでいいのか?これ悪夢の類だろ」
「まあこうして逢えたからね。今、それで全部良くなった」
「・・・、そうか」
マリアが笑みを浮かべる。ずっと離さない両手はフスカルの手を握りしめ、逢えなかった年月をしのんでいるようだった。
「お部屋にいこうよ。お兄ちゃんの話がききたいな」
「別に面白くはねえぞ」
「それでもいいんだよ」
再会は久闊の終わり。手を引く妹は楽し気にそう言った。 そんな念願の再会を、立香たちは誰も止めなかった。
「お兄ちゃんっ子なんですねー」
「ああ。ずっとな」
◇
「―――てな感じでお終いだな。俺の話は」
「ふぅ~ん。お城勤めをすることになって、結局そこで骨を埋めたわけなんだ」
「まあそういうわけだが何だその、ふぅ~んって。面白くないって言っただろ最初に」
「後悔はしてないの?お兄ちゃん」
「うん?」
ずっと聞きたかった兄の半生は、傍から聞けば不幸といって差し支えないものだった。
人攫いに襲われ、そこから脱走したはいいが次は何度も何度も殺されかけ、戦い戦い戦いに明け暮れて殺される。そんな城兵の人生は。
「あまりハッピーって感じじゃないみたいだから」
「ハッピーって。・・・・まあ、後悔してないってわけじゃないが、今は少しそういうのは無いかもな。何故かは知らないけど」
「ふぅ~ん」
きっと女神の加護のお陰かも。何故か漠然と、フスカルは思った。
「俺のことより、お前はどうしてたんだ。見たところそれなりに苦労してきたようだが」
「あ、私? やっぱり気になる?」
「まあな」
「―――全然面白くもなかったよ。お兄ちゃんみたいに誰かに仕えたわけでもないし。子供は出来たけど、あまり構ってあげなかった。槍を造っては直しての試行錯誤、その繰り返し。珍しくもないよね」
「不満そうだな」
「そうでもないよ。こうしてお兄ちゃんに逢えたわけだから、全てが帳消しになった。本当、逢いたかった」
「ふーん」
「…なにその反応。嘘だと思ってる?」
「思ってねえよ。・・・・ちなみに父上と母上は?」
「死んじゃったよ」
「・・・そうか」
小さく首を曲げる。当然だよなという思いと時間が、彼の頭を垂れさせる。まるで詫びるように。
「お父さんは私の目の前で死んじゃった。その後を追うように、お母さんもすぐに病気で」
「・・・・そうか」
「後ろめたさでも感じてる?お兄ちゃん」
「まさか。俺は俺の道を歩んだ、それだけだ」
「お母さんはお兄ちゃんの事を心配してたよ。最期まで」
「・・・。墓参りでもしたほうがいいかな」
「ここにはないけどね。………『赤帽子』って聞いたことある?お兄ちゃん」
「ちょい待ち。それさっき話に出ていたな。聞いたことないが、悪妖精だっけ?そいつが今なんの関係がある。いや、ここ(ローナルド)と何の関係がある」
「上兄さんたちにはまだ言ってないんだけど、私はソイツを知ってる。だってお父さんを殺したのはその『赤帽子』だもの」
「なんだと?」
訊き返すフスカルの眼に鋭い光が宿る。
復讐とけじめ。今更家族うんぬん等とは思えども、槍化物となった今でも、城兵は人の子であった。
「そしてソイツはこの世界に居て、誰かを殺す。
英霊城兵曰く、悪妖精から殺されずに逃げること。それがこの世界の遊びみたいだよ」
「・・・毎度御馴染み英霊城兵の仕業か。いったいどこのどいつなんだよ、人の故郷を偽るばかりか何だかよく分からんヤツもいるだなんて」
「そのハチャメチャが楽しいんだって言ってたよ」
「悪趣味だな」
「違いないね。 どうする?お兄ちゃん」
「見つけ出してとっ捕まえる。立香は家族と会えたわけだし、あとはもう一人の仲間を助け出す段取りだ。そしてこの特異点を解決する」
「アテはあるの?」
「そこは戦術とお仲間と腕かな。――マシュさん、聞こえるかい?」
『お呼びですか?フスカルさん。……失礼、ご家族と歓談中では…?』
「ああ、気を使ってもらってすまない。こっちは今大丈夫だ。
ところで情報共有を急ぎたい。立香達にも俺から話す」
『了解です。直ちに』
「何が始まるの?お兄ちゃん」
「身をもって知ってもらうだけさ。お前だけには言うが、俺に里帰りなんてさせた野郎にな」
フスカルが語気を強めて言う。それは彼らしからぬ気持ちの入り様であり、そんな兄を妹は無感情な瞳で見詰めていた。