最終回 トライアングルの中にひとりきり
3人1組の形式で巻き起こった、世界規模の人格入れ替わり現象 —— 通称“トライアングル・シャッフル”。
全人類の半数以上が被害にあったこの現象は、大きな混乱を巻き起こした。
だが、そんな異常の中にも、日常はあるのだ。
これは、いろんなものがねじ曲がった世界で生きる者の日常である。
トライアングル・シャッフル発生から半年後
岸田はしがない雑誌記者である。今日は、トライアングル・シャッフルから半年がたったということで、それによる世間への影響を伝えるという名目で取材にやってきていた。入れ替わりの被害を受けなかった部外者として、入れ替わりについて個人的な興味もあったので、岸田としては願ったり叶ったりの仕事だった。
今回は街道インタビューが主なので、適当にインタビュー対象を見繕う必要がある。岸田は、骨が折れるなぁと思いながら、煙草の火を消して立ち上がる。
「いきます、か」
一抹の寂しさを胸に、岸田は街に繰り出した。
街頭インタビュー記録PART1
「インタビュー、ですか?」
「ええ、そうですとも。時間に余裕があれば、ですが」
「お兄……いや、ガク姉はどうする?」
「無論、やるにきまってるではないか!」
最初にインタビューに応じたのは、中学生くらいの女の子2人組だった。青色のカチューシャが目立つ金髪の子と、真面目そうなポニーテールの子だった。
「2人はどういう関係なのかな?」
「兄妹でーす!まあ今は姉妹なんですけども」
「兄の学人だ。色々あって今は妹の身体になっている」
「妹の遊羽でーす。同級生の子になりましたー」
二人はべったりひっつきながら自己紹介をする。下手なカップルよりイチャイチャしてやがる。不純同性交遊とか精神的謹慎恋愛とか色々とアウトな気がするが、部外者たる岸田にはツッコむ資格はない。
岸田は今回の取材を実行したことを早くも後悔していた。初手からやべーのを引いちまった感が半端ない。
岸田は恐る恐る逃げ出そうとするが、そんな彼の両肩を未柴姉妹がガッチリと掴んで離さない。
そして二人は、頼んでもいないのに自分達が結ばれるに至った経緯を語り出した。
「我は昔から遊羽が好きだった。でも遊羽はレズだったんだ。それで我は泣く泣く片思いに徹してきた」
「私はレズでブラコンでした。だがそれは決して両立し得ないもの。私はどちらかしか選べない現実と、思いを打ち明けられない自分が嫌で嫌でたまらなかった」
「……な、なるほど」
岸田は二人の話を聞いて、苦笑いを浮かべながら相槌を打つ。
二人の話の内容は、近親恋愛だという点を除けば、わりかし真っ当な悩みに思えなくもない。
が、次の二人の発言で、岸田の同情心は吹き飛んだ。
「だがこのトライアングル・シャッフルによって我は変わった。愛する妹の体身体になっただけでなく、遊羽との恋も叶ったのだ!こんなに嬉しいことがあっただろうか⁉︎ 現在進行形で天に昇る気分だっ!」
「友達の身体になったのはちょっと嫌だったけど、この身体も中々美人だし、なにより大好きな私の身体と大好きなガク姉を同時に愛せるんですよ⁉︎ もう常時濡れっぱなしですっ!たまりませんっ!」
互いに身体を抱き合ってくねくねしている二人を見た岸田は、自分ね意識が遠のいていくのを感じた。
もしこの
——なんでよりによってこいつらが得する様な入れ替わりをやった⁉︎ この変態共を放逐したらマズイのでは⁉︎
「あ、あのさぁ……流石にダメだと思うんだけど……」
「戻れるかわからないんですよ?なら目一杯楽しまなきゃ!」
「愛しき妹になれただけでなく、こうして愛が通じた。それがたまらなく嬉しいのだ」
同性の方が気兼ねなく付き合えるからだろうか。彼女らに限った話ではないが、トライアングル・シャッフル以降、肉体的に同性のカップルが増えている。
……流石にこの姉妹ほどイカれてるのはそうそう無いと思いたい。
「流花ちゃん —— この身体の元々の持ち主も了承してるから」
「いやあ、我が身体でホモセしたと聞いた時はびっくりした。まあこっちも似たようなものだし、お互い様なのだが」
「今さらりととんでもないこと言ったけど大丈夫かよ」
それを聞いた岸田の口から、乾いた笑いが出てしまう。
勿論あまりにも生々しい内容は載せられないのでカットである。というか、この二人のインタビューを載せたら多分色々と問題になりそうだ。
「まあ本人達が幸せならいいの……か?」
なんかこの先は突っ込んではいけないような気がしたので、岸田は愛想笑いで誤魔化しながらインタビューを切り上げることにした。
トライアングル・シャッフル以降、やたらと性に奔放な若者が増えた気がする。そりゃあだいたいの人は異性の身体に興味はあるだろうけど、だからといって欲望に素直になりすぎている現状にはほとほと呆れるしかない。
「この国の未来が思いやられるなぁ……」
雑踏に埋もれてゆく姉妹の後ろ姿を見つめながら、善良な大人ぶった発言ではなく、本心から岸田はそう呟いた。
街頭インタビュー記録PART2
変態姉妹と別れた岸田は、駅近くの商店街に足を運んだ。
そこで、
「んーしょ、んーしょっ!」
自販機のボタンに手を伸ばしている小学生くらいの少女がいた。手には買い物鞄らしきものをぶらさげているあたり、おつかいにでも来たのだろうか。
視界に入れてしまった以上、無視するのも気が引けてしまうので、岸田は少女を助けてやることにした。
「どうしたんだ?飲みたいやつでもあるのか?」
「あ、うん。あの左端のやつ」
そう言って彼女が指差したのはブラックコーヒーの缶だった。小学生にはブラックコーヒーは早すぎるんじゃないのか、と思った岸田だったが、少女自身はそれを希望しているようだ。
岸田は、「変わった子だな」と思いながら、ブラックコーヒーのボタンを押してやる。
ガコンッ!と音を立てて取り出し口に落ちてきた缶を手に取ると、少女は早速缶を開けてその中身を口にする。
「いやーありがとう助かったよ!ちっちゃいって大変だよねえ!」
「大丈夫?口の中苦くなったりしない?」
「他人を子供扱いしないの。この入れ替わり社会、外見なんてアテにならないんだからね?」
「……は、はあ」
少女の言葉に、困惑気味にそう返す岸田。
そこに、
「いたいた!もー何やってんの⁉︎ 」
なんかやたらとでかい声が聞こえてきた。声のした方を振り返ると、大学生くらいの年齢の女性がつかつかとこちらに歩いてきている。
彼女は少女の肩に手を置くと、苛立った様な声で語り始める。
「ちょいと目を離した隙にいなくなりやがって……結構探したんだからね?」
「だって喉乾いちゃったんだもん。矢霧ちゃんに声かけたけど買い物に夢中でガン無視だったしさ」
「それで前ショッピングモールでえらい目にあったんじゃない……母親が迷子センター送りになってしまった時の娘の気持ちを考えたことある?」
「ははお……えっ⁉︎ 」
女性の言葉に、岸田は耳を疑った。
母親?いやどうみても小学生なんですがそれは。妊娠出産どころかギリギリ生理すらきてなさそうな年齢にしか見えないんですが。
岸田が目を丸くしていると、それが気に食わなかったらしい少女が頬を膨らませてきた。
「失礼だなぁ……わたし、こう見えて46歳なんだからね?」
「え、あ、ああ〜……」
ここで岸田は理解した。
トライアングル・シャッフル後の世界はカオス極まりない。
なんせ見た目がアテにならないのだ。老若男女の区別が外見からつけられないのだから、その混乱っぷりは未曾有のものとなった。今でこそ多少は落ち着いているが、当初は兎に角やばかったのだ。
つまりこの少女は、見た目は子供、精神は大人というわけなのだ。だからブラックコーヒーを難なく飲んでいたのだろう。
「母さん、だからひとりでうろちょろするなって言ったでしょ?今の自分が周りからどう見えてるのか意識してよもう……あ、すみません。うちの母が迷惑かけました」
そう言いながら、女性は岸田に頭を下げる。少女のことを母親と呼んでいるあたり、彼女はこの少女の娘なのだろう。
「明智矢霧です。こっちは母の楓。うちの母がご迷惑をおかけいたしました」
「迷惑って……いやそんな。あ、もしよければインタビューにご協力頂けないでしょうか?」
「インタビューか……まあいいですよ。迷惑かけてしまいましたし、お詫びとして受けます」
色々と驚かされたが、こうしてインタビュー相手を捕まえられたのは結果的に良かったと言えるだろう。
少し場所を移動し、商店街付近の公園でインタビューをはじめる。
「うちは母と弟が入れ替わりの被害者に遭いました。その結果がこのザマです」
インタビューを初めて早々、呆れたように娘・矢霧が母・楓を指差す。
楓は買い物鞄から団子を取り出してはもぐもぐと食べている。入れ替わったにしては、随分と呑気に見える。
「わたしもびっくりしたなー。まさか息子くらいの年齢の子になっちゃうなんて……あ、これ息子です」
そう言うと、楓はスマホの画面を見せてくる。そこには一枚の家族写真が表示されていた。写真には、楓と矢霧、夫らしき男性と金髪の白人少女が写っている。恐らく、この金髪少女が楓の息子なのだろう。
「弟は妹になるし、母は娘になるしでめちゃくちゃですよ……まあ弟は友達と一緒に元気にやっていますけども」
「この身体だと車も運転できませんし、飲酒喫煙もできないので、何かと不便なんですよねー。まあ煙草は元からやってませんが」
「他にもっとこう……困る事あるでしょう?仕事とか……」
「まあ悪いことばかりじゃないですよ?肩凝りがないし、元気有り余ってるんですよー。それにこの身体だと色々と可愛がってもらえるからねぇ」
「うちの両親はこんな感じでかなり楽観的に考えてるんですけど、私としては色々と……複雑な気持ちになるんです」
複雑というかただただ喧しいだけではないだろうか。
せっかく心配しているというのに、心配されている当人はあまり気にしていないというのが、なんだか虚しく思えてしまう。矢霧の気持ちもわからなくはない。
まだ二十歳ぐらいだというのに、色々と苦労しているのだろう。誰か矢霧を労ってやってくれないだろうか。
と、ここで楓が、
「むむっ!あそこに居るのはお隣の種実さんでは⁉︎ ちょっと井戸端会議と洒落込んでくるから矢霧は先に帰ってていいからね〜っ‼︎ 」
「あっこら待てっ!いらんタイミングで主婦の本能発揮してるんじゃない!また迷子になるよ⁉︎ 」
矢霧の言葉もどこ吹く風、主婦の本能に従うがままに、楓はしゅたたたっ!と何処かへ走り去っていってしまった。慌てて矢霧がその後を追いかけるが、果たして彼女は追いつけるのだろうか。
その様子は側から見れば、完全に“自由奔放な妹に振り回される姉”であった。母親があの調子だと、矢霧は普段から苦労しているのだろう。
彼女に幸あれ。
岸田はそう願いながら、その場を後にした。
街頭インタビュー記録PART3
電車に揺られること30分。岸田は、市街地からやや離れた場所にある、とある観光地にやってきた。
先程からあたりに外国人観光客がちらほら見えるが、その内の幾許かは中身日本人なんだろうが。トライアングル・シャッフルは国境を超えて行われているのだ。
人混みの中をかき分ける様に進んでいた岸田は、その中で一際目立つ存在を見つけた。
まるで絶海に浮かぶ孤島の様に、人混みから突き出ている頭。周囲の人混みと比較すると、その頭の持ち主の身長は2メートル程はあるだろうか。岸田は次のインタビュー相手をその人物に定め、人混みの中でよく目立つそれを目印に進んでゆく。
「あ、あの!ちょっといいですか!」
駅舎を出て少し歩いたあたりで、岸田はその人物に追いついた。
「?」
岸田に声をかけられたその人物は、火をつけようとしていた煙草を仕舞いながら振り返る。
その人物は、筋骨隆々の白人男性だった。だが、その巨体から放たれる雰囲気はアスリートとは到底思えないものだ。
相手が相手なので、岸田は英語で男性に尋ねる。
「Excuse me, could you help me with the interview?」
「いや日本語で大丈夫だ。学生時代から勉強していてね、結構自信があるんだよ」
張り切って英語で尋ねたというのに、30年近く日本で過ごしてきた岸田もびっくりするほどの、流暢な日本語が返ってきた。なんという骨折り損。
ちょっぴり肩透かしを食らった気分だが、気を取り直して岸田はインタビューを始める。
彼の名はダストン・バックロイ。某大国の軍人であり、休暇で日本に旅行に来ているとのことだ。どうやら彼は入れ替わりの被害者ではないようだが、たまには自分と同じ、部外者の意見も聞いてみるべきだろうと岸田は判断し、彼にインタビューをしてみることにした。
「トライアングル・シャッフルについて、か。勿論、俺の周りでも色々起きてるさ」
「例えば?」
「鬼軍曹と畏れられてた上官が3歳児になってたり、共に死地を潜り抜けてきた戦友がピザデブのカウチポテトになってたりとな。勿論、そんな身体で軍人やるなんて不可能さ。だから今はどこの軍も絶賛人手不足なんだよ」
はあ、とため息をつくダストン。確かに、トライアングル・シャッフルの影響で従来の仕事が続けられなくなり、退職せざるを得なくなった人は多い。軍やアスリート、芸能界はまさにその筆頭だ。自らの肉体を資本としている以上、入れ替わりでそれを失ってしまうことによるダメージは計り知れない。
「反対に年端のいかない女の子がむさ苦しい軍人の身体になってるのも見たことがある。たしかまだ5歳にもなっていない子だった。あれは可哀想だったよ……」
そう言いながら、ダストンはチラリと自身の後方に視線を向ける。
そこには、
「ヤダー!ままー!買って買ってー!」
「こら我儘言うんじゃないよ!ほら帰る……うわ力強っ!」
「もう嫌!わたし耐えられないわっ!」
「くそっ……子どもの体じゃ無けりゃ……いや無理だ!元の体でもあかんわこれ」
店先で駄々をこねる筋骨隆々の大男に手を焼いている若い夫婦の姿があった。
「あんな感じにな。今じゃあんな光景日常茶飯事だ」
「なんでしょうか……なんか……
「軍人やスポーツマン、芸能人ってのは身体が大事だからな。それを一瞬で無に帰すトライアングル・シャッフルは大天敵なのさ。戦場や訓練中で無かったのが救いだよ」
自嘲気味に笑うダストン。確かに、入れ替わりのせいで今までの仕事を辞めざるを得なくなった人は非常に多い。
「では、一番ショッキングだった入れ替わりの例を教えていただけるでしょうか?」
「入れ替わりの後、同僚達と飲みに行ったんだ。そしたらそこの看板娘が俺の兄貴の身体になってたんだよ!皆で世界を呪ったさ!想像してみろよ、実の兄が女っぽいシナをして接客してるんだ!悪夢だぜ……」
「お、落ち着いてください!貴方の気持ちは分かりますから!」
悪夢の光景を想起し、思い出し泣きを始めたダストンを落ち着かせようとする岸田。
「はは、互いに苦労しているということか。ありがとう、半分くらい愚痴になったけど、吐き出せてすっきりしたよ。じゃあ俺は観光の続きを楽しむよ」
「そ、そうですか……ではごゆっくり」
互いに握手を交わし、ダストンと岸田は別れた。
トライアングル・シャッフルの皺寄せをくらっている彼には、どうか日本旅行で心身を休めてもらいたいものである。
街頭インタビュー記録PART4
ダストンと別れた後、岸田は近くのコンビニでおにぎりや飲み物を買って出てきた。
さて、これからどうしたものか。
取材は順調に進んでいる。しかしまだ足りない。もっとインタビューを繰り返さねばならない。
岸田はおにぎりを口に頬張りながら、地下道に入る。9月とはいえどまだ暑い。地下ならば直射日光が当たらない分まだ涼しいはずだ。
「誰もいねぇな……つーか気味悪い」
岸田が足を踏み入れた地下道は、非常に薄暗かった。備え付けられた照明はあちこちが切れているし、壁一面によくわからない落書きが広がっている。地下道自体が車一台分ぐらいの幅しかないのもあいまって、非常に不気味だった。ここでホラー映画を撮ったらきっといい画になるのではないだろうか。
故に、岸田は気づかなかった。
ぼすっ、と。暗くて何なのかはわからないが、何かにぶつかった。
「わあっ⁉︎ 」
「んひいっ⁉︎ 」
瞬間、ふたつの悲鳴があがった。岸田がぶつかった何かが発したものと、それに釣られた岸田があげたものだ。
悲鳴があがった直後、ジジジッ、と地下道の照明が点灯する。そして岸田は、自分が何にぶつかったのかをようやく認識する。
「ひっ……え、あの、なんですかあなたは……っ⁉︎ 」
「えっ、増田ひばりちゃん⁉︎ 」
そう、そこに居たのは人気アイドル・増田ひばり —— 正確には、増田ひばりの身体になった誰かさんなのだが —— だったのだ。何時いかなる時もポーカーフェイスを崩さないクールビューティーが売りのひばりだが、目の前の彼女はというと、ひどく怯えているようで、目に涙を浮かべながら頭を下げてきた。
「っ……!あ、あの!できれば僕のことは見なかったことにして欲しいです!」
「え、えーっと……ちょっと落ち着こうか?」
目の前の彼女の言わんとしていることは分からなくもない。
トライアングル・シャッフルによって、有名人の身体になった人もいる。一見いいように思えるだろうが、実はそうではない。
つい最近スキャンダルで叩かれた芸能人と入れ替わった一般人が、入れ替わりを責任逃れのデマだと断じた芸能人のアンチから執拗な嫌がらせをうけたり、その芸能人の過激なファンからストーキング被害をうけたりといった事例が幾つもあがっている。
外見のネームバリューが大きい場合、苦労するのだ。
「お、俺は怪しいものじゃない。ただの記者だ」
「記者……?」
「ああ、トライアングル・シャッフルについての記事を書く為にインタビューして回ってるんだ。もしよければ、君の話も聞かせてくれないか?」
「どうしてもと言うなら、匿名にしてほしいです。誰かに知られたら困るので……」
どうやらインタビューには応じてくれるようだ。別に無理強いはしないから、と岸田は言ったものの、それを言う前に少女が口を開いた。
「分かると思いますが、僕は増田ひばりではありません……俺は何処にでもいるような、虐められっ子です」
そして、増田ひばり —— の姿をした樫葉宗介は、ぽつりぽつりと話し始めた。
姉弟揃って両親に虐げられ、学校でも虐められた彼女。その現状は、トライアングル・シャッフルによって悪化した。入れ替わりによって働けなくなった姉の分まで搾取されるようになり、女性の身体になったことで性的な虐めも行われるようになったという。
「それを助けてくれたのが……ひばりさんでした」
「えっと……それってどういう?」
「本物の増田ひばりです。彼女が俺を助けてくれたんです。いじめっ子からも、親からも」
まさかの展開であった。
虐め現場を見たひばりがいじめっ子をボコして通報したらしい。ついでに宗介の両親も虐待がばれたらしく、今宗介は姉と共にとある施設に身を寄せているとのことだ。
ちなみに本物のひばりはというと、女子小学生になってはいるものの、アイドル活動は続けている。
彼女のファンである岸田の友人曰く「ロリになった分、ひばりちゃんの冷たい目つきに余計に興奮するようになってもうた!幼女に蔑まれるの最高やで。お前もはようひばりちゃんのライブ行って一緒に蔑まれようや」とのこと。正直どうでもいい。
「……壮絶だな」
「よく言われます」
宗介の話を聞かされた岸田は、絶句していた。これは別口で記事にした方がいいのでは、と思える内容だった。
なんか無理矢理トラウマ掘り返しちゃって申し訳なくなった岸田は、謝罪しながらインタビューを切り上げようとする。
が、それを遮るように宗介がつづける。
「何度も死にたいと思った。けど俺は、姉さんを守らなきゃいけないし、他人の身体で死ぬわけにはいかない。どんなに辛くても、皆頑張って生きているんだ。自分一人だけ死んで楽にはなれない」
「………………」
岸田は何も言えなかった。
彼女は間違いなく強い。生きるだけで苦しいはずなのに、そうできない理由を見つけてしまっている。姉を守りたいという意思も、元に戻れるかもしれない希望も捨ててはいない。そこには確かに、生きたいと願う魂があった。
その想いを感じ取った岸田は、一つの質問を投げかける。
「……君は、元に戻ったらどうしたい?」
「……姉さんに恩返しをして、一人立ちしたいです」
「できるといいね」
宗介の回答に、岸田は一言、そう返した。
願わくば、彼女に幸福があらんことを。
インタビュー記録PART5
地下道でのインタビューの後、岸田は宗介と別れようとした。
しかし、“トライアングル・シャッフルの取材ならぴったりの人がいる”と彼女が言ってきたので、岸田は宗介の提案に乗っかり、ある施設まで来ていた。
そこは、入れ替わりによって社会的に追い詰められてしまった人達を保護する施設。どうやら、宗介も姉と一緒にここにいるらしい。
そして岸田は、宗介の紹介の元、その施設の責任者にインタビューをすることにした。
施設の責任者は、白衣を着た三十歳くらいの男性だった。
帰納則宗。彼はそう名乗った。
「では、インタビューをはじめますね」
「よろしく頼む」
殺風景な応接室で、机を挟んで座る二人。
「この施設を立ち上げた理由はなんですか?」
「そりゃあ簡単だよ。助けたかったからに決まってるじゃないか」
至極単純な答えだった。
助けたいから助ける。聞こえはいいが、現実にそれを実行するのは至難の業だ。それを成し遂げてしまっている目の前の男は、間違いなくすごいのだ。
「トライアングル・シャッフルで働けなくなった者、居場所を失った者を救う。まだ始まったばかりだが、私はこの活動をもっと広めたいと思っているよ」
岸田としては、則宗の活動は応援に値すると思っている。トライアングル・シャッフルの被害者の中には、赤ん坊や老人になって日常生活をまともに送れなくなった者も多々いる。そういった者たちの為にも、則宗の活動は是非とも広がってほしい。
岸田は則宗の言葉に相槌をうちながら、次の質問を投げかける。
「では……貴方は、トライアングル・シャッフルについてどう思っていますか?」
その言葉に、則宗はしばらく考え込んだ後。
ゆっくりと、口を開いた.
「災害さ。地震や台風とかとそう変わらない、な」
「そうですか……」
「トライアングル・シャッフルは確かに多くの悲劇を生んでいる。だが、ヒトはそれを乗り越えられるだけの力を持っている。そういった者たちに必要なのは憐れみよりも、共に歩もうとする心だ。憐憫と優しさを履き違えるな。それを心に留めておくんだ、いいね?」
「……………」
「話は終わりだ。私はこれから仕事なのでね、失礼させてもらうよ」
則宗はそう言うと、岸田を残して部屋を出ていった。
バタンと扉が閉まり、岸田は部屋に取り残される。
「……………」
窓から差し込む夕陽が、岸田の横顔を照らしていた.
取材を終えて帰宅した岸田は、ノートパソコンの前で呆けた様に座っていた。
(なんだかなあ…………)
彼は、今日出会った人達のことを思い返していた。
トライアングル・シャッフルで人生を捻じ曲げられた被害者達。彼らが戻る日が来るのかはわからない。
だが、人間という生き物は予想以上に強かだ。インタビューをした誰もが、捻じ曲げられた人生を、それでも生きていこうという気力を確かに持っていた。
則宗は、それを知っていた。
岸田は、それを知らずに憐れんだ。
「……もっと知らなければ」
無知が余計な憐憫を生む。だから、理解が必要だ。
部外者が最初にすべきことは、知ることだ。正しく物事を捉えられなければ、何もできやしないのだ。
(伝える……彼らのことを伝えるんだ)
岸田はひとつの思いを胸に、キーボードに手をかける。
自分の見てきた真実を、現実を伝える。それがジャーナリストとして、自分が出来ることだ。
岸田一人しかいない部屋の中に、カタカタとキーボードを叩く音だけが響き渡る。既に岸田は、その音すら聞こえないほどに集中していた。
不条理に泣く者もあれば、笑う者もいる。
それは太古から続く人間の営みであり——こうして未曾有の災害に見舞われた現在でも同じだった。
世界は今日も回る。
捻じ曲げられたヒトの思いを乗せて、回り続ける。
はい、というわけで、今回を持ちましてトライアングル・シャッフルは完結となります。
ちなみに、自作品では初の完結になります。
打ち切り感パネェですが、これがベストなのかな。
本作は作品概要でも書いた通り、家葉テイク氏の「毎週更新・一クール小説杯」の参加作品になります。「全12話の小説を、毎週決まった時間に更新する」というルールの元、私含め多数の作家が参加しました。そして半数が死にました。
私はかなり戦々恐々としながら参加したのですが、大学生の春休みというバフを最大限に利用して生き残ってやりました。ざまーみろ!
元々トラシャ自体は趣味で考えて没にしていたのですが、Twitterで小説杯の開催告知を見て、これはいい機会だということでサルベージしました。一応宗介編までと最終回は当初から考えていた内容になってます。色々端折った部分はありますが。
〆切尊守を優先した結果クオリティ面ではかなり悲惨なことになっておりますが、ご了承ください。生き残った奴が正義なんだよ!
兎に角、こんなわけわからん作品に最後までお付き合いいただき、誠にありがとうございました。集団入れ替わりというネタを生かし切れなかった感は拭えないですが、書きたいものはわりかしかけたと思っています。また機会があれば続きを書くかもしれませんし、書かないかもしれません。
それではまた別作品でお会いしましょう!バイバイ!