トライアングル・シャッフル   作:カオス箱

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今回はちょいとべつサイドのお話しになります。
頭悪い話を書きたかった。
後悔はしていない。

シスコン厨二病の兄とブラコンナルシストでレズビアンな妹の百合(とせがら)です。



※微エロ注意


第4話 未柴学人:我が妹可憐すぎるだろ!

 

 

 

 20XX年某日。

 トライアングル・シャッフル前日。

 

 

 

 

 

 

 

 

「廃部ね」

「何故だ⁉︎ 」

 

 生徒会長のその一言で、未柴学人(みしばがくと)の平穏な日常は崩れ去った。

 彼は、オカルト研究部とかいう、率直に言って訳わからん部の部長をしている。だが、実態はただの厨二病の集まり。そんなものが現実で許されるはずが無かった。

 

「なんで廃部⁉︎ 金か⁉︎ 金ならいくらでも積むから!」

「だって活動実績ないし。我が校には、こんなお遊びみたいな部活に出す金なんて無いんだよ……そもそもお前、自分が校内で何と呼ばれているか知ってるのか?シスコン魔王だぞ?」

「それは誇らしいな」

「頭腐ってんなお前」

「その名が広まっているという事は、我に秘められし魔族の血が覚醒したということだ。それに我が妹が可憐なのは周知の事実であろう?」

「覚醒してんのはマゾの血だろーが。それに皆お前の厨二病とシスコンに辟易してんの。それくらい分かれよ」

 

 そう、学人は重度の厨二病であるとともに、重度のシスコンでもあった。

 黙っていればインテリ系イケメン男子で通りそうな見た目も、彼に関していえば完全に宝の持ち腐れ。入学当初はシスコンと厨二病が知れ渡っていないこともあって、異性から告白されることも多々あったが、彼は生粋のシスコン。妹以外は恋愛対象にあらずということで、その全てを拒絶してきた結果「乙女の恋心を踏み躙るクソ虫」の烙印を押され、今では学校中の女子から嫌われている。

 そして彼の友人達も同じくらいイカれていた。

 

「生徒会長殿!何故このような仕打ちを……っ!あまりにもむごすぎるでござる!」

「我が魔王の覇道を邪魔立てするとは……許し難し!」

 

 春真っ盛りだというのに黒いローブを被っているガリガリ野朗は影浦秀(かげうらしゅう)。3人の中ではぶっちぎりのオタクであり、喋り方は何故かござる口調。はっきり言って怪人かなんかの類でしかない。

 疼く右腕を包帯で押さえているデブは小野宗一。学人を我が魔王と呼び慕う馬鹿だ。某時の魔王に従う某預言者の如く芝居がかった喋り方が特徴だ。そのあまりの気持ち悪さ故に周囲から避けられ続けたため、虐められることもなかったという。

 そんな家臣共の紹介はさておき。

 全然めげない中二病トリオに我慢できなくなった生徒会長は、学人に退部通知書を押し付けると、さっさと部室から出ていこうとする。どうしても廃部を受け入れたくない学人は、必死になって生徒会長にしがみつく。

 

「やめてくれ!廃部だけは勘弁を願いたいっ!この通りだ!」

「お前に付き合ってらんねーわ。廃部は決定事項だ、覆ることはない!」

「待て智久!十年来の盟友を裏切るというのか⁉︎ 血盟の夜を忘れたとは言わさんぞ⁉︎ 」

「忘れたよそんなこと!だいたい、いつまでおままごとやってんだ。もう俺達は17だぞ?いい加減目を覚ませよ!」

「……」

 

 生徒会長――内田智久(うちだともひさ)は、そう言い放つと部室を出て、乱雑に扉を閉めていってしまった。後には、中二病トリオだけが残される。

 生徒会長からきつい言葉をもらった学人は、彼が居なくなった後も呆然と立ち尽くしていた。

 学人と生徒会長は昔からの友人であり、ともに中二病生活を送ってきた仲だったのだが、生徒会長の方が先に中二病を卒業してしまいオカルト研究部を退部し生徒会に入り、結果として現在のように関係がこじれてしまったのだ。

 

「我が魔王…………お気持ちはわかりますが、貴方様は闇を滑統べる王。貴方様が気落ちされては我々も困るのです」

「そ、そうでござるよ!拙者達はいつまでも魔王様の忠実なる僕でありますので!」

「いや、わかっておる。わかっておるのだ……」

 

 友人に縁を切られた学人を必死に励ます小野と影浦だったが、ぽろりと、学人の瞳から一筋の涙が零れ落ちる。

 それは、中二病の仮面でも覆いきれない程に悲痛な叫びだった。 

 

「だがしかし……友に別れを告げられるのは、思いのほか辛いものだな……」

 

 この日学人は、友人をひとり失った。

 

 


 

 

 友に見捨てられ、失意のまま帰路についた学人。

 自宅であるマンションに帰り、玄関の扉を開けると、ある人物と鉢合わせした。

 

「あ」

「遊羽……」

 

 それは学人の愛しの妹・遊羽だった。

 青いカチューシャの映える、肩まで伸びる金髪。ぱっちりきらきらおめめを持つ美少女顔。そして何よりも、中学生らしからぬ巨乳とむっちりした太もも。

 学人のシスコンフィルター抜きにしても、モノホンの美少女だ。事実、数多もの男子から告白されたり、過去にはストーカー被害を受けたこともあった。ちなみにストーカーは学人がボコボコにした。

 生粋のシスコンである学人は、どんな辛いことがあろうとも遊羽を見るだけでその心は癒されてゆく。

 と、こんなかんじでいつものように玄関で妹の可愛さに骨抜きになっていた学人だが、すかさず遊羽にそれを指摘される。遊羽はなんだか触れたくなさげな顔をしている。そりゃあ目の前で血のつながった兄が自分に対して惚けているのを見て喜ぶ妹はそうそう居ないだろう。

 

「お兄ちゃん、顔がヤバい事になってる」

「見惚れてるのさ、おまえの美貌にな」

「キモすぎる」

 

 兄の気持ち悪い発言に、いつも通り辛辣な言葉を返した遊羽は、そそくさと自室にこもってしまう。

 

「声もいいよなぁ、流石我が妹ぉ……」

 

 だがそんな罵倒も彼にとっては褒め言葉でしかない。もうどうしようもないレベルで終わっていた。当然ながらこのイカれたシスコンっぷりは両親にも知られており、両親は早くも孫の顔についてはあきらめムードに入ってしまっている。

 しかしながら、世間一般では近親相姦はタブーとされている。学人の想いは決して実ることはないのだ。それは学人もわかっている。

 だが、シスコンや血縁関係を抜きにしても、学人の恋が実らない最大の理由があった。

 

 


 

 未柴家・遊羽の自室

 

 

 兄から逃げるようにして自室に入り込んだ遊羽。まるで兄を拒絶するかのように、バタンと大きな音を立てて自室の扉を閉めると、遊羽は制服姿のままベッドに倒れ込んだ。

 そしてごろんと寝返りをうって仰向けになり、スマホを弄りだす。

 スマホを取り出すのは起動したのは写真アルバムのアプリ。

 

「ふぅん…………」

 

 その中身は、どれもこれも美女OR美少女。老若どころか実在非実在、二次元(フィクション)三次元(ノンフィクション)も問わず、よりどりみどりの美女・美少女の画像が所狭しと画面に表示されている。

 ひとつひとつ、画面をスワイプしながら画像を舐めるように見てゆく遊羽。その顔は、美少女ルックスに似つかわしくないレベルでだらしない笑みを浮かべていた。

 そして、それを眺めながら遊羽は自分の願望を吐露する。

 誰にも言えない、聞かれたくない望みを。

 

「はぁ〜だれか私を愛してくれる美少女がいないかなぁ……」

 

 そう。

 何を隠そう、彼女はレズだったのだ。

 何か深いきっかけがあったわけではない。ただ、物心がついた時には、女の子を恋愛対象として見るようになっていた。初恋は小学校の時の担任の女教師だったし、体育の着替えの際は同性の同級生の身体に興奮しているし、なんなら今のクラスの女子全員で抜いたことがある。中学生になってからは、色気づいた同級生の男子に幾度となく告白されたが、その全てをぶったぎってきた。

 ただ、自分の感性が普通じゃないことには早々に気づいていたので、それをひた隠しにしながら生きてきた。現在遊羽がレズであることを知っているのは、兄である学人と親しい友人数名だけだ。

 幾度となく画面をスワイプし続けたところ、画面には美女美少女の画像ではなく、遊羽の自撮り画像が出てきた。部屋の中でお洒落をして、ベッドに腰掛けて取った自撮り写真だ。

 そして、次に出てきたのも自撮り写真。今度はどうやって手に入れたのか、バニースーツ姿の遊羽の画像が出てきた。

 次も、次も、その次も――出てくるのは遊羽の自撮り写真ばかり。

 それを眺めている遊羽の顔は、先ほど以上にだらしないものになっている。

 そして、ぽつり。

 

「更にいえば、私美少女過ぎるからなぁ……釣り合う子、居るのかねぇ」

 

 ついでに言うと、彼女はナルシストだった。

 生まれついての絶世の美少女である遊羽は、その美貌故に、自らに対して絶対的な自信を持つようになっていった。そしてその自身に見合うレベルで、同年代の女子と比べると発育もいいし、文武両道の才女だしで、傍から見ればまさしくパーフェクトプリンセスと言っても過言ではない。

 見た目は才女、しかしその中身はとんだ自惚れ女。それが未柴遊羽という少女なのだ。

 しばらくの間、スマホ内の自撮り画像を眺めながら、えへへへへへへと気持ち悪い笑みを浮かべていた遊羽。

 彼女はスマホをしまうと、きょろきょろとあたりを見わたしながら、部屋の隅にある勉強机に移動してゆく。

 

「お兄ちゃんは好きだけど、男だからなぁ……」

 

 これは学人でさえも知らないことだが――彼女はブラコンだった。

 気持ち悪いシスコンの兄だが、妹を思う気持ち自体はガチ寄りのガチ。それは遊羽も幼くして理解していた。幾度となく自分に降りかかる危険から守ってくれていたし、その点ではホント感謝している。その思いが、いつしか恋心になってしまったのだ。

 だが、先述した様に彼女はレズだ。ブラコンとレズビアンは共存しえない。だが、遊羽は14年間の生の中で、相反するはずのそれを両方とも抱いてしまった。故に、彼女は苦悩している。

 あちらを立てればこちらが立たず。こちらを立てればあちらが立たず。

 どちらも大切だからこそ、彼女は悶絶する。

 

「あーあ、どっちを立てればいいんだぁああああああああああああああああ!」

 


 

 同時刻。

 薄暗い部屋の中で、家族写真から切り抜いた遊羽の写真を手にしながら学人は悶絶していた。

 昔から遊羽のことが好きで仕方がなかった。中二病患者になったのも、もともとは遊羽の前で格好つけたいという思いが、元友人であった生徒会長・智久の影響を受け、こじれにこじれた結果なのだ。

 

「わかっているんだ……だがしかし、どうすればいいんだ……!」

 

 遊羽のことは好きだ。だが彼女はレズなので、男である時点で結ばれない。

 兄妹で結ばれることがないことは分かっている。それが祝福されることのないものだということも知っているし、その覚悟だってある。

 だが、それをかなえるには具体的にはどうすればいいのだ?

 馬鹿な学人にはわからない。だから、悩む。

 

(ああ、いっそのこと――)

 

 こんな(しがらみ)から解放されたい。そうすれば、きっと叶うはずなんだ。

 手の中の写真に、涙が零れ落ちた。

 


 

 こうして。

 叶わぬ思いに悶々とするいつもの夜がきて、いつものように過ぎ去る。

 

 

 

 筈だった。

 

 

 


 

 

 翌朝。

 窓から差し込む朝日の光で、学人は目を覚ました。

 あれからいつものように夕食を食べて風呂に入って、それから眠りについた。智久のことはいまだに引きずってはいるものの、今日も妹を愛でるぞ!と考えたらそんな悩みは吹き飛んだ。

 

「む……朝日が……」

 

 低血圧気味な学人にとって、朝は辛いものだ。

 しかし、若干の眠気はあるものの、今日はなぜか平気だった。目覚まし時計の設定時刻よりも30分は早い起床だ。こんなに早く起きられたのは何年ぶりだろうか。

 

「まあせっかくの休日を寝て過ごすのもアレだしなぁ」

 

 眠かったので二度寝デモしてしまおうかと思った学人だったが、せっかく早く目覚めたのだからと、眠気を無理やり押し殺す。そして、大あくびをしながら、学人はパジャマ姿のままベッドから這い上がり、朝食を食べに向かう。

 ――寝ぼけていた学人は気づかなかった。

 ど近眼な彼が眼鏡をしていないというのに、やけに視界が明瞭であることに。やけにシャツの胸あたりがキツいことに。そして、喉から発せられた声がやけに高かったことに。

 リビングに入ると、ソファで母親が寝そべっていた。

 

「おはよ……ってまだ寝てるのか」

「仕方ないでしょ……父さん今日早かったんだから……朝ご飯適当に食べてて」

 

 そういえば、今日父親は朝早くから出張だった。母親は、その支度のために朝早くから起きていたのだから、今寝ていても不思議じゃないだろう。

 欠伸をしながら食器棚から茶碗を取り出し、炊飯器の蓋を開ける。すると、その音を聞いた母親が、こんなことを言ってきた。

 

「あれ、遊羽がごはんだなんて珍しいわねぇ……何時もはパンなのに」

「何を言っているんだ?俺は毎日ごはん派だぞ」

 

 おかしな事を言うな、と思いながら、学人は茶碗にごはんをつぐ。学人は、トーストは水分を持っていかれるから好きではないのだ。

 何故だか知らないが母親から怪訝そうな視線を受けながらも朝食を取り終えた学人だったが、いまだに眠い。というか腹が膨れた分余計に眠くなった気がする。

 こうなったら先に顔でも洗えばよかったなと思いながら、学人は洗面所に向かう。

 そして、洗面所の前で――予想だにしない事態に出くわした。

 

「ねーむねむ……うん?」

「もう朝かぁ……あ?」

 

 洗面所の前にやってきた学人。すると、向かい側から誰かがやってきた。

 だが、学人はもっと早く気付くべきだった。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「わあっ⁉︎ 」

「な、なぁっ⁉︎ 」

 

 予想だにしないエンカウントは、混乱を引き起こした。

 お互いの顔を認識した途端、両者ともに腰を抜かしながら素っ頓狂な悲鳴を上げた。学人は尻餅をついた上に閉めたばかりのドアに頭をぶつけて悶絶する。

 頭をさすりながら学人は目の前の人物を見る。

 目の前にいたのは中学生くらいの女の子。だが、その姿は遊羽とは似ても似つかない。肩まで伸びた黒髪も、ほんのりサイズの胸も、どれひとつとっても遊羽とはかけ離れている。

 

「な、なん……だ……⁉ 」

 

 頭を打ったことで眠気が飛んだ学人は、ここであることに気づく。

 目の前の少女には見覚えがあるのだ。

 彼女は、遊羽の友達の平良流花(ひらよしるか)だ。家に何度か遊びに来ているので、多少ながら面識はあったはずだ。ゴリゴリの腐女子で、学人以外で遊羽が同性愛者だということを知っている数少ない人物。

 しかし彼女がなぜ我が家に上がり込んでいて、おまけに遊羽のパジャマを着ているというのだ?彼女がうちに泊まってるなんて話は微塵も耳にしなかった。もしかして深夜、未柴家の皆さんが寝静まった後にやってきたというのか?もしそうならば妹の親友といえどその非常識さには文句を言わねばなるまい。

 そんな感じのことを延々と考えていた学人。

 が、どうやら相手側の様子がおかしい。なんか学人を指さして驚いたような顔をしている。

 目の前の少女――流花は、わなわなと震えながら、こう発した。

 

「わ、()()()()()()……?」

 

 ――ん?

 学人は、流花の発言に妙な引っ掛かりを覚えた。

 そして、学人はここにきてようやく身体の違和感に気づいた。

 

「あ、あれ……?なんで俺にこんなもんがあるんだ……?」

 

 視線を下ろすと、あるはずのない膨らみがあった。恐る恐る手で触れてみると、それは柔らかく反発してくるとともに、学人の頭に甘い刺激を伝えてくる。

 それを見た流花は、慌てて学人の手を掴んでそれを辞めさせる。

 

「ちょ、何やってんの⁉ 他人のおっ●いを本人の前で揉むとかやめてよ!」

「いやお前のはちゃんとぶらさがってるし……何言ってんのかわからん!」

「こっちだって何が起きてるのかわからないんだって……でも、なんとなく予想がついてる」

 

 流花はそう言うと、学人の手を引っ張って洗面所にある鏡の前に立たせる。

 そのあまりの力強さに思わず痛がる学人だったが、流花の想像以上の力の前では無力であり、なすすべなく鏡の前に立たされる。

 そして、ここでようやく彼は、自らのみに起きていることを目の当たりにした。

 いつもと変わらない洗面台。しかし、そこにある鏡に映っていたのは()()()()()()2()()()()()()()()()()()()()()姿()()()()()()。いるはずのない人物がいたことに驚いて気付くのが遅れていた。

 

「なんだよコレ……まさか……」

 

 再び鏡を覗き込む。そこには、学人のパジャマを着た遊羽の姿だけしか映っていない。学人が手を動かすと、鏡の中の遊羽がそれに連動する形で手を動かす。腕をあげてみると、鏡の中の遊羽が同じように手をあげる。夢だと思ってほっぺたをつねってみると痛みを感じた上、鏡の中の遊羽も同じようにほっぺたをつねって痛がっている。

 ここでようやく、学人は以下の結論に至った。

 ――自分が遊羽になっている。

 その事実に至った瞬間、学人は絶叫した。

 

「な、なんだこりゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ⁉ 」

 

 中二病キャラもかなぐり捨て、全身全霊で叫び声をあげる。

 学人は寝ぼけてて気づかなかったが、さっきから発せられている声が全部遊羽のものだったし、そもそもド近眼の学人が眼鏡なしで平気だったこと、低血圧の学人が早起きできたことと、違和感はいくらでも転がっていたのだ。ただ、学人が常軌を逸するレベルで馬鹿だったが故に、ここまで気づかなかっただけなのだ。

 理解した後は早かった。学人は自分が遊羽になっているという事実と、それに全然気づけなかった自分の馬鹿さ加減に笑うほかなかった。それは現実逃避からくる笑いだった。こんな荒唐無稽な現実を受け入れられないと、学人の心がそう主張しているのだ。

 しかし、いくら現実逃避しようとも現実は変わらない。中学生とは思えないサイズの胸の重さが肩にずっしりと伝わってきているし、股間のモノ寂しさもまぎれもない現実だ。それらは、自分が遊羽――女の子になったという事実を、嫌でも思い知らせてくる。

 そしてひとしきり叫び、笑い終わった後、学人の頭の中にある疑問が浮かんできた。

 

「えっと……君は……誰なんだ?」

 

 学人は目の前の、流花――いや、()()()姿()()()()()()に問いかける。

 なぜ、そんなことを聞いたのかは学人にもわからなかった。ただ直感的に、学人は今起きている事態に対して、あるひとつの予想を立てていた。

 目の前の少女は、引きつったような笑みを浮かべながら問いに答える。

 それは、今起きている事態に対する答え合わせだった。

 

「私だよ……遊羽だよ。もしかして、ガク兄なの?」

「そう、みたい……」

 

 これではっきりした。これは変身とか憑依だとか、そういうもんじゃあない。

 肉体の入れ替わり。今自分達に起きているのはそれなのだ。

 それも、1対1とかそんな生易しいものじゃない。学人は遊羽になり、遊羽は流花になった。この時点で、少なくとも3人以上はこの入れ替わりに巻き込まれているのかもしれないのだ。

 

「どう、するのだ……?」

「わかんないよ…………⁉ わたしだって何が何だか!」

 

 学人と遊羽は、鏡の前で頭を抱える。

 この入れ替わりについて、家族にどう説明しようか。どうすればわかってもらえるのか、そもそも戻れるのか。考えることは山積みだった。

 ――が。

 気づく由もないが。

 この時、本人達は。

 

 

 無意識のうちに笑っていた。

 

 

 

 


 

 

 ひとしきり悩みに悩んだ学人と遊羽は、ひとまず両親に事情を説明することにした。

 最初両親は、流花(よその子)が家に上がり込んでいることについて滅茶苦茶驚いていたが、なんとか必死にそれが遊羽であることを説明した結果、半信半疑ながらも納得はしてくれた。ちなみに遊羽の身体になった学人については、両親は驚くべきスピードで納得した。本人たち曰く「この気持ち悪さはたしかに我が息子だ」とのことなのだが、それを聞いた学人は自業自得ながら大いに傷ついた。

 そして今。

 

『緊急速報です。世界各地で集団ヒステリーが発生しています。話によりますと、"俺が俺じゃなくなっている"、"身体が入れ替わっている"などという発言が多数確認されており、政府は――』

 

 テレビのニュースを見て、学人と遊羽は絶句していた。

 どうやら入れ替わり(これ)は自分達だけに起きたことではないらしい。日本中、いや世界中でこんなことが起きているようなのだ。世界各地の中継映像でみられる混乱っぷりは、まさしく未曽有のモノ。現代社会を揺さぶるには充分すぎる「異常」だった。

 

「俺達だけじゃないのか……?」

「無いみたい。世界中でこんな事が起きてるの……?」

「私や父さんは特に変化なかったけど……てかあんた本当に遊羽なの?」

「ほんとのほんとだってばぁ!どーしても信じられないってんなら、ママのへそくりの隠し場所とか、パパのパソコンのおかず(意味深)フォルダのパスワードとか今ここで言おうか?」

「「やめてそれだけはっ!」」

 

 どうしても両親に信じてもらえない遊羽は、自棄になって2人の秘密をチラつかせて脅迫するという手段に打って出た。疑いの目を向けまくっていた2人は、遊羽の発言を聞いたとたん、目にも止まらぬ速さで遊羽に跪いた。

 その光景を、学人は冷めた目で見ていた。目の前で一気に娘にへこへこしだした両親を見ていると、無性にかわいそうに思えてくる。娘の尻に敷かれてるんじゃないよ情けない、親のこんな姿見たくなかったわ。

 

「しかしまぁ……息子が娘になるなんてなぁ」

「しみじみしてる場合じゃないでしょ、仕事に遅れるわよ」

「おおそうだった、不安だけど……留守番頼むぞ。決して外出するんじゃあないぞ」

「母さんもパート行かないと。今職場から電話かかってきたけど、なんか入れ替わり騒ぎで人手不足らしくて」

「え、こんな状況でも働くんだ……」

「当たり前でしょ、日本人に休みなんてないのよ……残念なことにね」

 

 そう自虐めいたことを言いながら、ショルダーバッグを手に持って慌てて家を出てゆく母親と、欠伸をしながら出勤していく父親。その顔は、折角の休日が潰れたことへの不満と、子供たちが変わり果てた姿になったことに対する不安で暗く見えた。

 バタンと玄関の扉が閉まり、リビングには学人と遊羽が残される。

 暫しの間、室内になんとも言えない空気が流れる。

 数分程経った頃、遊羽が沈黙を破った。

 

「…………ガク兄、どうすんの?」

「ふむ……ホントにどうしよう」

「えらく常識人ぶってるけど、本当は嬉しいんでしょ?」

「いや嬉しくないかと言われたら嘘になるが……これでもまだ混乱しているのだぞ?いきなりこんなことになって戸惑わない奴が何処にいる?」

「……素直でよろしい」

 

 遊羽は相変わらずな兄の様子に半ば呆れたような仕草を見せた後、リビングを後にする。

 

「遊羽、どこいくのだ?」

「……ちょっとひとりにさせて」

 

 学人の声かけにそう答えると、遊羽は自室に篭ってしまった。バタンという扉の閉まる音がし、リビングには学人1人が残される。

 

「……」

 

 部屋にひとりっきりとなった学人は、改めて遊羽(じぶん)の身体を見つめる。

 少し小さくなった手のひら。ダボっとしたパジャマの下から必死に主張する巨乳と太もも。どれひとつとっても未柴学人の要素はない。どこからどうみても今の学人は遊羽なのだ。

 というか、ただでさえ遊羽の身体に興奮してしまっているというのに、サイズの合っていないパジャマ姿なのが余計に学人の理性をかき乱す。

 

「これが、俺のものに……」

 

 ごくりと、唾を飲む。

 学人は恐る恐る、胸に手を当てようとする。遊羽(がくと)の柔い手のひらが胸にかかる。そして、指先にすこしばかりの力を込めて、それに触れた。

 ――もみゅん。

 

「あうっ……」

 

 まずはひと揉み。

 たったそれだけだったのだが、その感触は快感となって学人の理性を大きく揺さぶった。ほんのりと甘くしびれるような快感が、遊羽(がくと)の喉を震わせ、そこから艶っぽい声を絞り出させる。

 シスコンを拗らせすぎて童貞まっしぐらだった彼には、決して得られることがなかっただろう感覚。それを遊羽(じぶん)の身体から感じているという倒錯感は、少年――いや少女の心と性癖をゆがませてゆく。

 今この場に学人を止める者はいない。そして学人もシスコンで中二病だけども、所詮その心は思春期の少年。この胸にぶら下がっている柔いものにもっと触れていたいという欲求がむらむらと膨れ上がり、それに従うがままに学人は遊羽(じぶん)の胸を繰り返し揉んでゆく。

 

「最低だ――俺はシスコン失格だ」

 

 胸を揉みながら、天から見守っているであろうシスコンの神様に懺悔する学人。傍から見れば変態というより、どちらかというとやばい奴にしか見えない。 

 

「俺は……どうすればいいんだ?」

 

 胸を揉みながら、学人は考えていた。

 妹を愛したいとは言ってはいたが、妹になりたいというのは正直言ってなんか違う。というか、妹を愛する兄自身が妹になってしまったら、それはもう本末転倒とかそういうレベルでは済まないのではないだろうか?

 馬鹿な悩みだったが、彼女にとっては切実極まりない悩みなのだ。

 胸を揉んでいた手を止め、学人は頭を抱える。

 

「どうすれば……いいんだ……⁉ 」

 

 残った理性で必死に考えるが、そもそも馬鹿なので全然解決できない。

 他に誰もいないリビングに、少女の嘆きがこだました。

 

 

 

 


 

 

 遊羽は自室に戻るなり、扉を閉めて自らの身体で塞いだ。

 今、彼女は笑っていた。

 笑えない事態だというのは分かっているが、それでも遊羽は笑いを抑えられないでいた。僅かな理性によってかろうじて、今の顔を誰にも見せるわけにはいかないという考えだけは残せたので、今こうして自室に篭って笑みを浮かべているのだ。

 心臓は高鳴っている。呼吸は乱れ、無意識のうちに口角があがってしまう。

 遊羽の中にあったのは、他人になってしまったことに対する不安ではなく、これからに対する希望だった。

 

「……もしかして」

 

 ブラコンとレズビアンは両立しえないと思っていた。

 しかし、だ。今の学人は遊羽の身体。そして自分は流花の身体。

 自分ほどではないが、流花も美人の部類に入るだろう。友達じゃなかったら致しているレベルで。

 

「いける」

 

 しかし、彼女はナルシストでもあった。

 今の自分――流花の身体をまじまじと観察したうえで、上記の判断に至った。

 大好きだった兄は女の子になってて、しかもそれは誰よりも素敵で素晴らしい遊羽の身体で——平たく言うと、これまでの葛藤が一夜にして無為に帰したのだ。

 両立し得ない3つの愛を抱えてしまった少女は、降って湧いた未曾有の災害(トライアングル・シャッフル)によってそれを一挙両得する術を手に入れてしまった。その点では、彼女は世界で一番幸せな入れ替わりを迎えたのだ。これを歓喜せずしてどうしようというのだろうか。

 ならばもう、躊躇う理由はなかった。後はこの愛を伝えるだけで、遊羽の願いは全て叶う。

 それを理解した遊羽はひとり、部屋の中でほくそ笑んだ。

 

「私が愛してあげるね……ガク姉」

 

 

 

 




……何書いてるんでしょうね、僕は。

マコトちゃん編では、この作品の雰囲気や世界観を先に紹介したいな、と思ってあえて入れ替わりの直前直後を省いたのですが、今回からはちょいと特定のサイドにフォーカスを絞った話が続くので、その一環で色々とぶちこみました。
多分彼らが一番トラシャ世界で幸せになってるんじゃないかな。

次回も未柴兄妹改め姉妹編です。
すくなくとも次回はエロくならないと思う。思う!
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