今回の主人公は……?
トライアングル・シャッフル発生2日前
とある学校の校庭。
そこでは、小学生サッカーチーム同士の試合が行われていた。
「っしゃあ!」
勢いよく蹴飛ばされたサッカーボールが、ゴールネットにぶつかるとともに、試合終了を告げるホイッスルの音がフィールド中に響き渡る。
シュートを防げなかったゴールキーパーがその場で項垂れる前で、勝利した方のチームから歓喜の雄叫びが発せられる。
「勝ったぞぉ!やったぞぉ!」
「鷹島ウインドブルー is No. 1 だぁ!」
「やったな南島!お前最高だぜ!」
シュートを決めた少年が、自信満々に天を指差し、高らかに笑う。チームメイト同士で勝利の喜びを分かち合う一歩、少し離れたところで不機嫌そうにしている少年がいた。
金髪の大人しそうな少年・
「翔琉くん、せっかく勝ったのに何不貞腐れてるの?」
「……俺がシュート決めたかったのに」
「また次の試合で決めればいいじゃないか。それに翔琉も頑張ったじゃん」
「ストライカーにとっては死活問題なんだよぉ!」
そう。
サッカー少年にとって、試合で華麗にシュートを決めて勝利に貢献するのは何よりも大事なもの。それをできなかったことは、翔琉の幼心に影を落としていた。
そんな感じに翔琉がいじけていると、
「よぉ翔琉、今日は俺の勝ちだな」
「――孝司、何の用だ?」
小学生らしからぬ、ニヤついた顔のイケメンがやってきた。
彼の名は
――一部を除いては。
「お前がシュート外したせいでかなりギリギリの試合になったじゃねーかよ……どうした?このままじゃ俺がキャプテンになっちまうぜ?」
「は?お前みたいなやつに負けてたまるかよ?ぜってー負けねーし。次は俺が全得点いれてやるし」
試合で翔琉がシュートを外したことを煽る孝司。それに対し、翔琉も負けじと反発する。これがこのチームの日常風景なのだ。
孝司と翔琉はサッカーチームに入った当初から何かと馬が合わずに、何かにつけてはこうして張り合っているのだ。当人たちはそのきっかけを既に忘れてしまったが、彼らのライバル関係は、チームメイトやクラスメイトの間では周知のモノとなっていた。
が、今日は特に翔琉の機嫌が悪かったのか、ガチの喧嘩に発展しそうになるのだが、監督が見かねて仲裁に入る。
「せっかく勝ったのに喧嘩するんじゃない。ったく、毎度毎度なんでお前らは……」
「……くそッ!」
「おー怖!このままじゃお前がスタメン外されるのも時間の問題かもな!それじゃあな!ひひひひっ!」
孝司は悪態をつく翔琉を揶揄いながら、その横を通り過ぎてグラウンドから立ち去る。
試合には勝ったというのに、空気は最悪だった。これなら、グラウンドの反対側で悔し涙を流している相手チームの方が雰囲気的にはマシとも思えてしまう。
なんともいえない空気の中、それを割くように1人の少女が飛び込んで来た。
「翔琉らしくないぞー!そんなにイライラするなんてさぁ!」
そんなけたたましい声を上げながら、翔琉達の元に飛び込んで来た彼女の名は皆原ひさか。ポニーテールにした赤髪の示す通り、四六時中元気爆発しているお転婆娘だ。
翔琉のチームの応援にやってきた彼女だったが、彼女も孝司の態度には納得がいっていなかったようで、翔琉の背中を強く叩き、彼を励ます。
「気にすることないわよ!翔琉は強いんだから、ね!あんな偉ぶってる馬鹿孝司なんて屁でも無いでしょ?いつものサッカー馬鹿な翔琉は何処いったのよ?」
「そ、そうだよ!掴み合いになりかけるなんて……孝司くんにムカついてるのはわかるけど、スポーツ選手なら喧嘩じゃなくてスポーツで見返せって僕のパパがいってたよ」
「……悪い。俺、最近ぜんぜん上手くいってなくてさ……スランプってやつなのかな。相手に抜かれたりシュート外したりで、それが情けなくって……」
「元気だしなよ。悔しいならそれをバネに頑張れっての!
彼女の言葉に、健吾をはじめとするチームメイト達も次々と反応する。奮戦したチームメイトを見下す孝司の態度には、反感を抱く者も少なからずいたのだ。
「あんな嫌味ったらしいヤツに負けてたまるかっ!次はオレが活躍する!」
「へっ!言ってろよ!俺も負けねーぞ!だから翔琉もショゲずに頑張れよっ!」
「僕も負けてられない!もっと上手くなるんだ!」
「今に見てろよ孝司。ぜってー越えてやる!」
ひさかの一喝で燃え上がるサッカー少年達。
その輪の中心で、翔琉は静かに反骨の炎を燃やし始めていた。
そんなアツイを通り越して若干クサイドラマの後、翔琉は帰宅した。
「おかえり翔琉、試合どーだった?」
帰宅するなり、ソファに寝転んでいた大学生の姉・矢霧が声をかけてきた。
「試合には勝ったけど活躍は出来ず……孝司のヤツ、調子乗りやがって……!」
「そんなくだらない喧嘩ができるなんて微笑ましいもんだわ。大人の喧嘩って子供以上にみっともないからね~」
「うるさいなあ、何もわからないくせに勝手に首突っ込んでんじゃねえよ!」
姉は何もわかっちゃいない。これは男のプライドにまつわる問題なのだ。
呑気な姉の言動にイラついた翔琉は、空になった水筒を母・楓に投げ渡すと、さっさとリビングからいなくなってしまう。
「くそっ……」
ユニフォームを洗濯機に放り込みながら、本日何度目か分からない悪態をつく。
反骨精神だけでは孝司には勝てない。
だが、どうすればいい?
「……変わらなきゃ」
ただ、今の自分ではダメだという感覚だけがまとわりついていた。
だが、彼は知らなかった。
明後日を境に、世界が、自らが一変することを。
最初に感じたのは、変な暑さだった。
まるで頭の上から何かが纏わりついているような感覚で、翔琉は目を覚ました。
窓の外を見ると、綺麗な朝焼けが広がっていた。時刻は午前6時ジャスト。いつもよりちょっと早い目覚めだ。
もぞもぞとベッドから這い出し、顔を洗いに向かう。
(…………?)
立ち上がって、違和感に気付いた。
なんか金色の長い毛が肩にかかっている。なんだこれ、と思いながら、肩に乗っかっているそれを取ろうとする。
が、
「いった⁉ 」
それを取ることは叶わなかった。引っ張った瞬間、頭皮から痛みを感じた。
この金色の毛は翔琉の肩に乗っかっているのではない。翔琉の頭から生えているものなのだ。だが、何故自分から長い金色の髪の毛が生えているのだ?たった一晩で髪が肩にかかるまで伸びるわけがないし、ましてや勝手に金色になるわけがない。翔琉はサ〇ヤ人ではないのだ。
それに、異常は髪の毛だけに収まっていない。身体に力がうまく入らない。いや、入って入るのだが、十全ではない。普段と比較すると1割ほどダウンしている、という表現をすべきだろうか。
「どうなってるんだこれ……声もなんか変だし、風邪か?」
おまけに声もなんだか変だ。やけに甲高い。
風邪の可能性を口に出したものの、そんなものではないということは翔琉自身が一番わかっている。
とにかく、いま自分がどうなっているのかを確かめなくてはならない。直感的にそう判断した翔琉は、身体のあちこちに異常を抱えながらも脱衣所までたどり着いた。
そして。
鏡に映った真実を目の当たりにして、翔琉は驚愕した。
「え」
鏡に映っていたのは、見慣れた自分の顔ではなく、金髪の女の子だった。
鏡越しに見えるのは、背中の真ん中あたりまで伸びたさらさらな金髪。日本人離れした端正な顔立ちに、綺麗な碧眼。子供ながらもサッカーで鍛えられた筋肉は影も形もなく、シャツの袖から伸びる腕は白く美しく、そして華奢だった。共通点なんか年齢くらいしかない。
「……」
驚きのあまりに声を失いながら、翔琉はある違和感に気づく。
股の辺りがなんか物足りない。恐る恐る触ってみると、そこには何にも無かった。毛が生え始めたばかりの【自主規制】がなくなっていた。
それは。
男子小学生にはあまりにも衝撃的すぎる現実だった。
「ないいいいいいいいいいいいいいいっ⁉︎ 」
「ん……何今の悲鳴……」
家中に響き渡る少女の悲鳴。それは、他の家族を叩き起こすには十分すぎるモノだった。
悲鳴を聞いて、まず一人目。寝ぼけ眼の矢霧がやってきた。
「朝から何騒いでんのよ……頭ぐりぐりされたいかぁ〜?」
朝っぱらからやかましい声を出されて安眠妨害をされた矢霧は、目を擦りながら脱衣所へと近づいてくる。その声色は、確かに怒っていた。
が。脱衣所にいたのは、
その後の反応は、至極真っ当なものだった。
「わぁっ⁉︎ だ、誰⁉︎ 」
「姉ちゃん……これ、どういうこと……?」
「いや私に妹はいないぞ⁉︎ つーかあんた誰⁉︎ 不法侵入っ⁉︎ 」
「待て待て待て!俺だ、翔琉だっ!なんでか知らないけど俺、女の子になってしまったんだ!」
「寝言は寝て言えよ小娘っ!いくらかんでもそんな大嘘騙されるかっ!翔琉要素皆無だろーが!性別も人種も違うくせによく我が弟を名乗れるな!」
矢霧は、家に上がり込んでいた
必死に弁解する翔琉だが、それも通じない。
矢霧の言う通り、今の翔琉を見てそれが翔琉だと見抜ける人物は皆無だ。どこをどう見たら、日本のサッカー少年と金髪碧眼の幼女がイコールで結びつくというのだ。
そして、基本的に翔琉はバカだ。というか、小学生が大学生を説得するというのはまず無理だろう。翔琉じゃなくてもそれは難しい。それが出来るのは江戸川コ○ンくらいだ。
なので、ちょっと乱暴な手、いや脚を使うことにした。
「警察呼ぼうとしてんじゃ……ねえっ!」
「ぐひぅっ⁉︎ 」
矢霧を黙らせるべく、翔琉は右足を振るい、彼女のふくらはぎへの一撃をお見舞いする。
蹴りを喰らった矢霧は豚みたいな悲鳴をあげながらその場に崩れおちる。彼女の手からこぼれ落ちたスマホが、ガシャンと大きな音を立てて脱衣所の床に落ちる。多分今ので画面割れているが、そんなことはどうでもよかった。
同時に、蹴りに使った翔琉の右足にも、じんわりと痛みが伝わってくる。どうやら、身体が変わってしまった影響で筋力とかその辺も変わってしまっているようだ。
そして矢霧はというと。
「この容赦ない蹴り……もしかして翔琉なの?」
「だから言ってるだろ⁉︎ ほんと馬鹿だな姉貴は!」
「その減らず口の叩きよう、間違いなく翔琉だ……それはそうとムカついたからゲンコツやっていい?」
一応今の蹴りで、目の前の少女が自分の弟だと確信した模様。これでなんとか翔琉の危機はさったのだ。
が。
ここでもう一波乱。
「朝から元気ねぇ……母さん夜更かししてたからもうちょっと寝たいんだけどなー」
「あ、ごめん母さん。翔琉が――」
姉妹喧嘩がきっかけで、母・楓が目を覚ましたらしい。
そう、危機はまだ去っていない。
矢霧だけではない。父と母にも同じように説明をしなければならないのだ。矢霧のときは強引になんとか信じさせることに成功したが、2人にはどう説明したものか。
兎に角、何か言わなくては。
そう思った矢霧は、振り返りながら翔琉について説明しようとして――声を失った。
「あれ、なんか矢霧でかくない?」
そこにいたのは、二児の母親ではなかった。
ブカブカのシャツを着た小学生くらいの女の子が居た。
「……………………」
「……………」
目が点になる2人。
そして。
「「誰だあああああああああああっ⁉︎ 」」
息のあったツッコミが炸裂した。
ちょっと後。
『速報です。昨晩未明から「身体が入れ替わった」という主張が世界中で相次いでおり、混乱につつまれております。政府によりますと、未だ事態の全貌は把握に至っていないが、確認できただけでも日本国内で2000万人以上が身体の入れ替わりを訴えており —— 』
テレビのニュース速報を見て、明智家は呆然としていた。
父・謙介に至っては、いまだに息子と妻が別人になっているという事実を受け入れられていないのか、手に持ったコーヒーカップ(中身入り)を逆さまにしていることに気づいていない。溢れてる溢れてる、めっちゃ床がコーヒーまみれになってる。
「つまり……どういうこと?」
「信じられないけど、日本どころか世界中で起きてるってこと……なんだよね?」
矢霧の疑問に楓がそう答えながら、テレビのチャンネルを変える。
ぱっと画面が切り替わり、国のお偉いさんが映し出される。彼も相当混乱しているのか、その声が心なしか震えているのが、翔琉にもわかった。行ってる内容はさっぱりわからなかったが。
「さっき会社に電話かけたけど、うちの職場も大混乱さ。こりゃ今日は休みかもなぁ」
「皆大丈夫かなぁ……学校どうするんだろう」
「それはそうとこぼしたコーヒーは拭いといてね」
職場の現状を憂いながら、自分の溢したコーヒーを拭く謙介。
そして矢霧はというと、翔琉に痛い目に遭わされながらも、やっぱり完全に信じきれていないのか、いまだに翔琉と楓に対して疑いの目を向けていた。
「というかさ、本当に翔琉と母さんなんだよね?」
「酷いなー、母親をそんな目で見ないでよ」
「だからそうだって言ってるじゃん!ほんと姉ちゃんは疑り深いんだから!」
「あ、今の拗ねた感じめっちゃ女の子っぽくなかった?」
「誰が女の子だ誰がぁ!」
楓の揶揄いを跳ね除け、自室に篭ろうとする翔琉。
が、そんな翔琉を矢霧が呼び止める。
「それはそうと翔琉」
「なんだよ」
「……さっきの蹴りのせいでスマホ落として画面割れたんだけど、どう責任とるつもりかな?」
「……知らねえっ!」
「待てやこの野朗っ!」
バキバキに割れたスマホの画面を見せつけながら、矢霧は逃げた翔琉を追いかけ始めた。
そして、そんなドタバタの姉妹喧嘩を眺めながら、謙介と楓はなんかのほほんとしていた。
「見た目変わっても、ここは変わんないのね〜」
「ある意味安心するというか、なんというか……だな」
数日後、明智家に一通の封筒が届いた。
矢霧曰く、入れ替わりの実態調査と本人確認を兼ねて市役所に来いとのことらしいが、そう言われても翔琉にはよくわからない。
ともかく早急に来いとの事なので、翔琉は母や姉と共に市役所に向かう事になった。
が。
「あれ、アクセルに足届かないんだけど」
「当たり前でしょ。今の自分の身体見てみなよ」
車の運転席に座って必死に手や足を伸ばそうとする楓の姿をみて、矢霧が溜息をつく。今の楓は翔琉と同い年くらいの女の子なのだ。物理的に車の運転が出来るわけがないのだ。
「じゃあどうすんだよ?母ちゃんが運転できないんじゃ……電車とかしかないんじゃない?」
「いやいや我が弟、いや妹よ。私も免許持ってることをわすれてないかな?」
「え、姉ちゃん運転乱暴すぎるからやだよ」
「矢霧に車貸すの怖い。絶対擦るじゃん」
ならば矢霧が運転しようと言い出したが、2対1で却下され、結果的に公共交通機関を使うことになった。なんか矢霧は泣いてたが、翔琉の知ったことではない。
そうして最寄駅から電車に乗り、揺られること30分。
街の中心部にある死役所にやってきた。
「てかなんで姉ちゃん付いてきたの?」
「保護者枠。子ども2人だけで行かせるわけにはいかないでしょ」
「私子ども扱い⁉︎ 私、娘に子ども扱いされてる⁉︎ 」
「中身はともかく見た目は子供でしょうが。余計なトラブルが起きるの目に見えてるっての」
「ああ面倒クセェ……」
なんか子どもの身体になってから、母親がはしゃぎまくっている気がするが、無理もない。
あちこちガタがきはじめている40代の身体に比べたら、10歳の身体なんて様々な部分で天と地ほどの差がある。ましてや、幼い翔琉の目から見てもわかりやすいレベルで能天気な楓は、この状況をそれほど深刻に捉えていないんじゃないのかと思わざるをえない。
姉と母が窓口で色々手続きをしている間、翔琉はロビーでスマホを弄りながら、用事が終わるのを待つことにした。
ロビーはカオス極まりなかった。
似合わない男物の服を着たオバサンや、おなじく似合わない女物の服を着たジジイとかが沢山いる。恐らく彼らも翔琉と同じように、どこぞの誰かと入れ替わっているのだろう。
と、翔琉が辺りを何気なく見渡して知ると、その中に
「あれ、あそこにいるのは千夜か?」
白いワンピースを着た黒髪ロングの少女が、待合所のソファに座っている。
あの顔は知っている。クラスメイトの
「おーい千夜!お前こんな所で何やってんだ?」
「えっと、誰……?」
「俺だ、翔琉だ!ニュースでやっていただろ?俺も入れ替わってしまったんだよ!」
「翔琉くん……なの?全然面影ないんだけど……」
翔琉が自らの素性を明かすと、千夜は驚いたような顔をする。昨日まで普通の日本の男子小学生だったクラスメイトが、いきなり外国人の少女になっているのだから、驚くのも無理はないだろう。
最初は半信半疑だった彼女だが、粘り強い説得の末に、なんとか翔琉本人であるということを信じてくれたらしい。
と、その時だった。
いきなり、千夜がぽろぽろと涙をこぼしながら翔琉に抱き着いてきたのだ。
これには翔琉は慌てるほかなかった。恋愛のれの字を知ってるかどうかあやしいレベルのクソガキの翔琉でも、いきなり女子に抱き着かれたら取り乱す。まあ今は互いに女の子同士なのであまり問題はないように見えるのだが、翔琉は心臓が飛び上がるんじゃないかと思うレベルでドキドキしていた。
が、千夜の次の発言で、翔琉はあることに気づくこととなった。
「よかったぁ~知り合いがいてホントよかったよぉ……僕めちゃくちゃ不安だったんだよ……目覚めたら阿波栗さんになってるし……家族みんな別人になってるしぃ……!」
「待て待て待て……もしかしてお前も入れ替わってるのか?」
「あ、そっか。この姿じゃわかんないよね……僕だよ、錦健吾だよ。見た目は阿波栗さんだけど、僕なんだ」
「ま……じか⁉ 」
彼女――健吾のカミングアウトを聞いて、翔琉は驚きを隠せなかった。
他人と入れ替わっているのだから当然とはいえ、面影がなさすぎる。これでは他人の見た目が全く信用できない。これは世界が混乱するわけだと、翔琉はひとりで納得する。
「しかし驚いたなぁ……翔琉くんが女の子になってるなんて。というかその見た目……どう見ても外国の子だよね?」
「ああ……どこの誰かは知らないけどな。てかお前なんで泣いてんだよ?」
「だってこんな姿、みんなに見せられないじゃん……スカート恥ずかしいし……妹から服借りたけど、阿波栗さん背が高いから、服が若干小さいし……」
「と、とにかく離れてくれ!いつまで抱き着いてるつもりだお前っ!」
「あ……ごめん」
翔琉は千夜の身体の柔らかさに赤面しながらも、泣き事を言い始めた健吾をなんとか引き剥がす。
すると、
「あ、見つけたわよ千夜!」
なんかどっかからか声が飛んで来た。
千夜の知り合いだろうか。しかし生憎ながら、ここにいるのは千夜ではなく、千夜の姿をした健吾なのだ。この声の主が求める人物はここにはいない。
しかし、だ。
翔琉は、今の声に聞き覚えがあった。そして、それはすぐに思いつく者だった。
「え、この声って……」
「ああ……健吾、お前の声だよな?」
そう。
聞き間違えるはずがない。なんか声の出し方に若干カマっぽさを感じるが、これは正真正銘、健吾の声だ。
ということは、今こちらに健吾の身体を持った人物が向かってきていることになる。一体どこのどいつが健吾の身体を動かしているのだろうか?
と、思っていたが、その疑問はあっさりと晴れた。
……余計なトラブルも出現したのだが。
「ちーやーっ!元気そーで何よりジャーンっ!」
「「Whatっ⁉︎ 」」
現れた人物の姿を見て、2人は驚愕した。
2人の予想通り、その人物は健吾の見た目をしていた。しかし、その格好はというと、なぜか水色のワンピースだった。平たくいうと、女装してやがった。健吾は元々女顔だったので、恐ろしいくらいに違和感がない。
これには普段大人しい健吾も、文句を言わざるを得なかった。自分の身体でこんな格好をされたら、元に戻った時に変態のレッテルを貼られるのは健吾自身なのだ。文句を言って然るべきだろう。
「な、なんで⁉︎ なんで僕の姿でそんな格好を⁉︎ 」
「僕の姿って……もしかして健吾なの?」
「……もしかして知り合いなの?」
「あたしだよあたし!皆原ひさかだよ!なんか目覚めたら健吾になってたんだよねー!驚いちゃうなぁ!」
「おまえかいっ!」
翔琉の問い掛けにあっさりとそう答えた健吾改めひさか。翔琉はがっくりと肩を落とし、その横で健吾はめちゃくちゃ顔を赤くしていた。
そんな2人の反応を知ってか知らずしてか、ひさかはあははははと大声で笑っている。
「この煩さ、まちがいなくひさかだ……でも、お前なんで女装してんの?」
「いやだって男物の服なんて持ってないし……こっちの方が慣れてるし。でもすごいね。健吾の身体がここまで女装が似合うなんて思わなかったわ」
「やめてよぉ……元々あんまり男らしくないのを気にしてサッカー始めたんだから……」
健吾はひさかのワンピースの裾にしがみつきながら、再び泣き出す。本当なら今すぐにでも服を剥いでひさかの女装をやめさせたいが、公衆の面前でそうすることもできず、ただ泣きつくことしかできないでいた。
と、そこに、ひさかのうしろからひょっこりと一人の少女が顔を出す。その顔を見て、翔琉は本日何度目になるかわからない驚きをあらわにした。
「ひさか……っ⁉︎ 」
そう。
健吾の姿をしたひさかの背後から、ひさかの姿をした何者かが現れたのだ。
しかし彼女は、普段のひさかなら絶対にしないような不安そうな顔をして、ひさかの後ろに隠れるように立っている。仮にこの場にひさか本人がいなくても、翔琉は目の前の少女を皆原ひさかとは思わなかっただろう。それくらい、普段のひさかからはかけ離れていた。
ひさかの姿をした少女は、おっかなびっくりといった感じに、いまだにひさかに泣きついている健吾に話しかける。
「け、健吾くんなんだよね……?わたしの身体を使ってるのって」
「その台詞……もしかして千夜なのか?」
翔琉の問い掛けに、ひさかの姿をした少女は小さく頷く。
元気という概念が服を着て歩いてるようなひさかの見た目と、大人しい優等生な千夜の中身が、凄まじい違和感を出していた。同性でこれなのだから、異性になってる翔琉や健吾はさらに違和感バリバリに思われているのだろうかと、ひさかは1人思案していた。
「で、そこのおねーさんは誰だよ?」
千夜とひさかの変わりように一通り驚き終わった後、翔琉がそう言いながら、ひさか達の背後を指差す。
彼女が指差す先には、高校生くらいのおねーさんがいた。
しかし、翔琉達には年上の知り合いなんてそうそういない。では、ひさか達と一緒にいる彼女は何者なのだろうか?
「ああ、それ
「え、真澄ちゃんなのか……全然気づかなかった」
「そうですよ。わたしに気づかないなんて、もしかして馬鹿?」
「気づくわけないだろ……一体どれだけの規模で入れ替わってるとお思いで?」
翔琉達の知っている真澄は、ちょっと生意気な言動をしちゃう、小柄な白髪の女の子だったと思うのだが、今の彼女は全然違う。茶髪の明るそうなお姉さんになっている。見た目は大人(実際は高校生だが、小学生からすれば高校生は大人の仲間だ)なのだが、中身が子供なので、また千夜(見た目はひさか)とは違ったギャップを感じる。
「そういえば最初にお前、健吾のことを千夜と呼んだけどさ、千夜と一緒にいたんだから、健吾を千夜と間違えるわけないだろ」
「いやぁ、なんか反射的に……まあその辺はいいじゃん!」
「良くないんだけど⁉︎ 自分の女装してる姿を見せられる僕の気持ちを考えてよっ⁉︎ 」
「いや健吾だって今女の子の格好してるじゃない。おかしいわね」
そんな感じに、ひさかと健吾の不毛な争いを眺めていたその時だった。
ぶるりと、翔琉の全身に悪寒が走った。
翔琉は、この感覚の正体を知っている。尿意だ。
「あ、あのさ」
「……どうしたの、翔琉くん」
「と、トイレいきたいんだけど……」
「行ってくればいいじゃない」
「行くって……」
「そりゃあ……女子トイレに決まってるじゃない。あんた今女の子じゃんか」
「……マジで言ってる?」
ひさかの言葉に、翔琉は思わずそう返してしまった。
つまるところ。
それは、女子トイレに行けという意味であった。
「え、ちょっと待って。あそこはいるの?」
「女の子になって数日経ってるというのに変なこといいますね。今更何恥ずかしがっているのですか?」
「いや家だと女子便も男子便も関係なかったじゃん⁉︎ でも今は違う!マジで無理なんだけど⁉︎ 」
「じゃあ漏らしますかそうですか。小学5年生が漏らすとか恥ずかしくないのですか?」
「それはもっと嫌だっ!」
家ならばまだ女子トイレ男子トイレ云々を意識せずに済んだが、今は別だ。トイレの仕方とかそういう問題ではない。いくら身体が女の子になったといえども、翔琉の心は男のままだ。そんな状態で女子トイレにはいるなんて、彼女のメンタル的にできなかった。
しかし、この尿意は我慢できるレベルではない。普段ならばまだ我慢できるレベルの尿意のはずなのだが、女の子になった為にトイレが近くなっているのだ。一般的に、女性は男性よりも尿道が短い。そのハンデが、今翔琉を苦しめていた。
「だ、大丈夫です!わ、わたしがついていきますからね!」
千夜がすかさず助け舟を出そうとするが、果たしてそれは助け舟と呼べるのだろうか。
翔琉は、決断を下した。
「……行ってやんよ」
「お?」
「男、明智翔琉!女子トイレデビューしますっ‼︎ 」
終わった。
詳しい描写は省くしか無いのだが、終わった。
なんだかとんでもない絵面だったような気がするし、そうじゃなかった気もする。兎に角、醜態をさらさずに済んだことだけは確かだった。ただし、翔琉の中の男としての大事な何かが少しばかり失われた気もするが。
恥ずかしさのせいか、トイレに行ったあたりからずっと放心状態だった翔琉が正気を取り戻すと、帰りの電車の中だった。
シートの隣を見ると、矢霧がバッグを抱え込みながらスマホを弄っている。その向こうでは、楓が矢霧に寄りかかって寝息を立てている。
「あ、気づいた」
「…………うん」
矢霧の言葉に、こくりと頷く。
正気に戻ると同時に、翔琉の中に不安が広がり始めた。
自分は果たして元に戻れるのか、それとも、これから一生この身体で生きていかなければならないのか。そして、この身体でサッカーを続けられるのか。様々な不安が浮かび上がっては拡散してゆく。
気づけば、翔琉は矢霧の腕にしがみつきながら震えていた。
「俺、戻れるのかな」
「さあね」
「この身体でもサッカーできるのかな」
「諦めることは無いんじゃない?女子サッカーという道もあるし。それに、あんたからサッカー取ったら何残るよ?ただの生意気なガキンチョだよ?」
「なっ……生意気なガキンチョだと⁉︎ 」
「うん。だから、性別なんかを言い訳にしないで。どんなに変わろうとも、あんたが明智翔琉だということは変わらない。姉貴として太鼓判を押してやろう」
「……そうだな。女子になったからなんだ!スポーツに性別は関係ねえっ!俺はやるぞ、やってやるぞおおおおおおおおっ!」
見た目が変わろうが、中身は男子小学生。
矢霧のひとことでこうなるあたり、明智翔琉は色々と単純だった。
が。
「……あのさ、ここ電車の中なんだけど」
「……スミマセン」
結局締まらないあたり、彼女もまだまだなのであった。
トラシャ世界、割と結構な頻度で合法ロリや合法ショタがいる。
まあ身体的にはガチのロリショタなんで違法なんだよなぁコレが!
次回も翔琉編です。
書きだめしてたやつはこれでおわりです。
次からはヤバいっすね。
勘違いしないように言っておきますが、今回の話は別にスポ根モノじゃないです。
というか僕みたいな運動音痴にそんなの書けるわけないだろ!