トライアングル・シャッフル   作:カオス箱

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翔琉編その②っす!
細かいことは突っ込まんといてください。スポーツ描写かくのはじめてなんで……なにとぞ、なにとぞ。


第7話 明智翔琉②:キックオフ・ガールズ

 

 

 

 トライアングル・シャッフル発生から2ヶ月。

 入れ替わりの現状把握に努めていた各国政府の仕事もひと段落し、世界は狂ったまま回り始めていた。

 その最たる例が学校だ。トライアングル・シャッフル発生以降ながらく休みとなっていた学校が、今日になって再開された。

 

「こんな……もんかな」

 

 鏡の前で、明智翔琉(あけちかける)は髪の毛を整えながらそう呟いた。

 矢霧の尽力もあってか、この2ヶ月間ですっかり女の子が板についてしまった気がする。髪の手入れも自分でできてしまうくらいには、馴染んでしまっていた。

 でもやっぱり女物の服は慣れないので、翔琉はタンクトップパーカーにジーパンというスタイルで登校日を乗り越えることにした。

 これはこれで、きれいな脇が丸見えだったり、下半身のラインがくっきり見えてたりするのでなかなかにアレなのだが、翔琉は気づいてはいない。

 

「それじゃ、行ってきます!」

「行ってらっしゃーい」

 

 黒いランドセルを背負い、母親に挨拶をして、勢いよく家を飛び出す。

 新生活が、始まる。

 


 

 

6-2教室

 

「おはよーみんな!」

「……なんで学校でも女装⁉︎ 」

 

 学校につくなり、ひさかに出会った。

 ……またしても女装していた。

 一応言っておくが、今のひさかは健吾の、男の身体だ。いくら健吾が女顔だからといって、本人の望まぬ女装はどうかと翔琉は思う。いや、今はひさかが健吾なのだから、本人の意思はもう関係ないのだが。

 翔琉のとなりでは、千夜の姿をした健吾が、自身の元の身体の醜態を目の当たりにして泣き崩れている。サッカーを始めてからはあまり泣かなくなったと思ったのだが、これでは昔に逆戻りだ。

 

「なんでなのさぁ……なんでまた女装⁉︎ これ以上僕をこわさないでよぉっ!」

「……流石に可哀想だしやめてやれよ。一体何がお前をそこまで駆り立てるんだ?」

「自由?」

 

 聞くだけ無駄だった。

 翔琉はひさかに突っ込むのを早々にあきらめ、とりあえず泣いてる健吾を宥めながら、ランドセルから教科書やノートを取り出してゆく。

 そこに、ガラガラと音を立てて教室の扉を開けながら、何人かのクラスメイトが登校してくる。前と変わらない見た目の奴らの中に、ちょっと目立つ人物がいた。

 

「あ、千夜に真澄。おっはー☆」

「お、おはようひさかちゃん……」

「朝から元気すぎじゃない?まあ今に始まったことじゃないけど」

 

 ひさかの身体になった千夜と、女子高生になった真澄だ。2人とも違和感バリバリなのだが、特に真澄は、小学生まみれの中に一人高校生が混じっているので、浮き具合が半端ない。

 それにしても、身体の大きさにそぐわない、小さなランドセルを背負う女子高生(中身女子小学生)……なんだか犯罪臭がするのは気のせいだろうか。いや最近だとそういうファッションもあるとか聞いた覚えもなくはないけども。

 そんな彼女を見た翔琉は、

 

「当たり前だけど、なんか……すごい大人びてるな」

「何当たり前のことを言ってんですか……わたしが大人びてるのではなく、男子共が子供すぎるのですよ?」

「あんまり話したこと無かったから知らなかったけど、お前口悪すぎだろ……口喧嘩なら買うぞ?」

「け、喧嘩は良くないよ……真澄ちゃんもそんな言い方しないの!」

「分かってますよ……ちょっとイラついてました。だって、今日“アレ”の日ですし」

 

 真澄の言葉に、翔琉は首を傾げる。彼女は何のことを言っているのだ?

 きょとんとしている翔琉をよそに、真澄は頼んでもいないというのに、勝手に入れ替わり苦労話を始める。

 

「皆は“美人になってよかったねぇ”とかほざくけど、実際問題全くもって不便極まりないわ。まだ元の身体では初経験すらしていない“女の子の日”をいきなり味わう羽目になるわ、父親がいやらしい目で見てくるわで最悪よ」

「………さっきから何言ってるのかな真澄ちゃん」

 

 真澄の話はかなりショッキングな内容だったのだが、幸か不幸か、その内容を正しく理解している者は殆どいない。

 が、ひさかは分かってしまった。

 故に、これは小学生がしていい話題じゃねえだろ、と判断したひさかは、速攻で真澄の口を塞ぎにかかる。これ以上真澄をほったらかしにしていたら教育に悪いのは目に見えている。

 

「ば、馬鹿っ……!あんたって意外とデリカシーとか恥じらいとか無いタイプなの?普通あんなこと公衆の面前で言わないって!」

「男は基本馬鹿ですから分かりませんよ。女体の神秘性にばかり目がいって、機能性とかは無視ですからね。てか他人の身体で女装してる人にデリカシー説く資格なくないですか?」

「あんた結構口悪いのね。口喧嘩なら買うわよ?」

「えっちなのも、喧嘩もだめ……よくないよ……」

 

 何だかよくわからないうちに、今度はひさかと真澄がバチバチやり始めた。

 2人に挟まれた千夜は、あたふたしながらか細い声で2人をとめようとするが、それはあまりにも弱々しく、2人を止めることは到底できそうにない。

 そして、完全に蚊帳の外になった翔琉と健吾はというと、

 

「何が起きてるのかさっぱりなんだよ」

「女子ってほんとわけわかんねーな」

 

 理解を放棄していた。というかお前らも今は女子だろうに。

 そんな感じにガヤガヤとはしゃいでた翔琉達。

 そこに、廊下の方からほんのりと悪意を含んだ声が飛んできた。

 

「よう翔琉!聞いたぜ、お前女になったんだってな?」

 

 そこに立っていたのは、やけに背の高い黒い肌の少年だった。顔立ちも背格好も、どこからどう見ても日本人どころかアジア人にすら見えないし、こんな奴は翔琉の知り合いにはいない。

 しかし、この妙に憎らしさを感じる声色には、どこか聞き覚えがある。

 

「誰だ……?」

「俺だよ俺……孝司だよっ!」

「なっ……マジかよ⁉︎ 」

 

 翔琉の予想はあたってしまった。悪い方向に。

 孝司は腕を曲げてこれ見よがしに力瘤(ちからこぶ)を見せつける。

 コイツ、調子に乗ってやがる。それは翔琉だけでなく、翔琉のクラスメイト全員からしても一目瞭然だった。

 

「マジのロンだぜ?この身体、マジで最高だよ。体力パネェし、全身のバネもパネェし、視力も聴力もパネェ!サッカーに限らずあらゆるスポーツで活躍できるパーフェクトボディだぜ!」

「ほ、ほんとだ……」

「それに比べてお前らはどうだ?翔琉は変な外国人の女だし、健吾は阿波栗になって泣きじゃくってるし……お前らは屁でもねーわ!余裕だしっ!」

「なんだ、いきなりよそのクラスに顔出しといて挑発かよ。調子こいてんじゃねーよ」

 

 調子こいて翔琉を挑発しまくる孝司。

 が、いくら身体が女の子になろうとも、心は男の子。

 この時、孝司の挑発が翔琉の闘争心に火をつけた!

 

「たとえ身体が変わろうが関係ねぇ!この身体でもお前に勝てるということを見せてやろうぜ、なあ健吾ぉ!」

「むむむ無理無理無理!阿波栗さんの身体、全然体力ないんだよ……」

「ナチュラルにわたしの身体馬鹿にされた⁉︎ 」

 

 健吾の肩に手を回しながら、威勢よく孝司に言い返す翔琉。それを聞いて、孝司は顔をしかめる。

 健吾が泣き言を口にするが、翔琉はそれを否定できなかった。

 2人とも、トライアングル・シャッフルによって使い慣れた身体を失っている。鍛え方も癖も機能も違う別人の身体というハンデが、翔琉達には重くのし上がっているのだ。

 それを分かっていて見下しているのか、孝司はニヤリと笑いながら、翔琉の売った喧嘩を快く買う。

 

「いいぜ、そこまで言うなら2人まとめて相手してやるよ。昼休みを待ってるぜっ!」

「望むところだ!」

 

 こうして。

 側から見れば無謀な、結果なんて目に見えてる対決が幕を開けようとしていた。

 

 


 

 元々はくだらない意地の張り合いだったはずなのだが、思った以上に大事になってしまった。

 昼休みの校庭にあるサッカーゴールの周辺には、翔琉と孝司、双方のクラスメイト達が見物に来ているのだが、そのうちの半分くらいは入れ替わりのせいで年上や年下の姿になっているので、ぱっと見運動会の応援にきた保護者にしか見えない。

 そして、子ども達に引っ張られるがままに校庭へと連れてこられた翔琉のクラの担任教師は、その光景に圧倒されてしまう。

 

「なんでこんなにギャラリーいるんだろう……」

 

 そうぼやいた彼はまだ20代だというのに、連日の入れ替わり関連のあれこれで疲弊しているのか、やけに老けて見えた。

 事情は子ども達から聞いてはいたが、彼としては、入れ替わりだけでも厄介だというのに余計なトラブル持ち込むなよ、と愚痴りたくて仕方がなかった。

 

「こんなことなら俺も入れ替わりに巻き込まれりゃあ良かったのかもなぁ……」

「進藤先生、子供の前でそんなこと言わない。気持ちはわかるがね」

「あ、すいません増田先生……」

 

 思わず愚痴ってしまった翔琉の担任だが、横に立っていた孝司の担任にそのことを諌められてしまう。

 彼はこほんと咳払いをすると、校庭でがやがやと騒いでる子ども達に目をやる。

 

「まあ、喧嘩よりはマシなのかな……俺的には喧嘩を先送りにしてるだけのような気がするけど」

「それにしても、だ。入れ替わりの被害を受けてるってのに皆元気だよな、私達も見習うところがあると思わないか?」

「無邪気故、なんですかねぇ」

 

 2人の教師は、校庭で騒ぐ生徒たちを眺めながら、そう思うのだった。

 

 


 

 で、肝心の本人たちはというと。

 

「ルールは簡単だ。お前ら2人VS俺1人のPK対決!お前らが1回でもゴールできりゃ勝ちだ!」

「随分と調子乗ってんなお前……その言葉、後悔するなよ?」

 

 絶賛バチバチ中であった。

 売り言葉に買い言葉。昼休みに入って廊下で顔を合わせてからずっと、翔琉と孝司は互いに睨み合っている。これは男の意地と意地の張り合い。それは何人たりとも止めることはできないものなのだ。

 

「ごめんね千夜ちゃん、場合によっては怪我するかもだから……その時はほんとにごめん!」

「いいよ、健吾くんならそこまで無茶しないって思っているから」

 

 健吾はというと、今使っている身体の持ち主である千夜に前もって謝罪していた。

 なんかその光景を見た女子たちが「健吾くん紳士だ」「いや今は淑女では?」「どちらにしてもかっこいい」と言った具合にキャーキャー言っているが、本人は気付いていない。本物のモテる奴はそんなことは意識しないのだ。

 そんな感じに千夜との会話を終え、翔琉の元へと駆け寄る健吾。その顔は先ほどとはうって変わって不安満載であった。

 

「ほんとにいけるの……?」

「一応この身体になってからも自主練はしてたんだ。少しは感覚も戻ってるからだいじょうぶ……なはず」

 

 二の腕を軽く揉みながらそう答える翔琉。元の身体と比べると随分と細くて頼りなさげな身体だが、無いものねだりをしても仕方がない。

 2人が息を吞んで開始を待つ中、先生からホイッスルを借りたひさかが、ホイッスルを鳴らして対戦開始の合図をする。

 ホイッスルの音が校庭に鳴り響くと同時に、翔琉が勢いよくボールを蹴りだした。まずはファーストターン。翔琉と健吾が攻める手番だ。

 

「いけっ!俺の必殺シュートぉっ!」

 

 先手必勝。まずは翔琉が威勢よくシュートを繰り出す。

 蹴りだされたボールは回転しながらゴールの端の方へと飛んでいく。対して孝司の立ち位置はゴール中央。間に合うかどうかはギリギリだ――そう思っていた。

 

「だらっせぇいっ‼ 」

 

 バシンッ‼ と。

 両手をのばした孝司が軽く横に跳ぶだけで、彼はいとも簡単にゴールの端まで手を伸ばすことに成功してた。

 翔琉のシュートに容易く飛びついてキャッチした孝司は、服についた砂を払いながら、キャッチしたボールを得意げに翔琉たちに見せつけてくる。

 

「お前、やっぱり女になって弱くなってるよ。今のシュート、全然威力ないじゃん。これで全力だったりするのか?」

「……やっぱりこの身体じゃ前のようにいかないか」

 

 孝司の言葉を聞いた翔琉の顔が、悔しさでわずかにゆがむ。この結果は予想はしていたが、いざそれが現実になると予想以上に悔しさを感じる。

 やはりというかなんというか、多少トレーニングした程度では入れ替わりによるデバフは解消できなかった。ましてや孝司は以前よりも優れた身体を手に入れている。この時点で、翔琉たちの勝率は限りなく低い。

 

「攻守交代だ。見せてやるよ、新しくなった俺をなぁ!」

「くそっ……!」

 

 ボールを手に抱えながら、翔琉たちと入れかわりにフィールドに上がる孝司。

 健吾がキーパーとなり、翔琉がディフェンスとしてその前に立ち塞がる。

 そして。

 

「ドラァッ‼︎ 」

 

 孝司は怒声を上げながら、地面に置いたボールを勢いよく蹴りつけた。

 足の動きを見てそれを予測していた翔琉は、シュートが放たれると同時にその射線上に飛び出し、身を挺してボールを止めにかかる。

 先のキーパーとしての動きで、今の孝司の恐ろしさは見にしみて分かった。ならば身体を張って止めるしかない。勝負に勝つには、それしかない。

 そう判断して、翔琉は飛び出した。

 そして、ゴールネットをぶち破る気で放った孝司のシュートは、翔琉のつつましい胸板にぶち当たる。

 

「ごふっ……!」

「翔琉っ⁉︎ 」

 

 その衝撃は、想定以上のものだった。

 孝司のシュートをもろに受けた翔琉は、胸を押さえながらその場にうずくまる。苦しむ翔琉を目にして、思わずひさかが駆け寄ってくる。

 翔琉は見誤っていた。

 ただしそれは、孝司のシュートの威力ではなく、今の身体の耐久性というものについてだ。か弱い乙女の体は、翔琉が思っている以上に弱いのだ。彼女はそれを理解していなかったがゆえに、今こうして苦しんでいる。

 

「なっ……」

「正気かよ……お前」

 

 健吾も、そして孝司でさえも、翔琉を心配して足を止める。孝司としても、今のは望まざる事故だったのだ。

 しかし、翔琉は諦めてはいなかった。

 痛む胸を押さえながら、無理やりそれを押し殺して立ち上がる。こんな形の決着なんて誰も望んじゃいない。胸の内に残った意地を糧に、翔琉は孝司に言う。

 

「俺に構うなっ……俺は平気だ!このままゲーム続行といこうぜ!」

「翔琉くん……」

「マジの目だ、コレ」

 

 健吾も孝司も、翔琉の闘志を感じ取ったのか、それ以上は何も言わなかった。薄情に見えるかもしれないが、それは相手を認めているが故の態度なのだ。

 気を取り直して、孝司はこぼれ球を取り、ドリブルしながらゴール前に向かう。相対するは健吾。しかし今、健吾はか弱い千夜の身体。これでは勝てそうもない。

 

「くらいやがれっ!」

「くうっ!」

 

 孝司のシュートと同時に健吾が地を蹴って跳ぶが、届かない。千夜の身体になったことで筋力が落ち、思ったより跳べない。伸ばされた健吾の手はボールにひと掠りもすることなく、ボールがゴールネットに当たると同時に、健吾はグラウンドに倒れる。

 

「どーよ?これが新しくなった俺の実力よぉ!」

「速すぎる……無理だってこんなの……」

 

 喜ぶ孝司を悔しそうな顔で見つめながら、健吾は起き上がる。

 ふと膝を見ると、綺麗だった千夜(じぶん)の膝から血が流れていた。恐らく先程のアレが原因だろう。できてしまったその傷を見て、健吾は心の中で謝るのだった。

 一方翔琉はというと、ひさかに肩を借りながら立ち上がっていた。

 

「大丈夫なんだよね?翔琉、いける?」

「当たり前だろ!この明智翔琉をなめんじゃねえ!」

 

 翔琉はひさかの心配する声に強気に答えると、ひさかから離れ、ひとりでグラウンドに戻ってゆく。

 手番は一回りし、再び翔琉たちの攻めるターンとなった。

 先ほどまでの流れで、孝司の実力は嫌というほど思い知ったふたりだが、それでも彼女達の闘志は消えていない。そう簡単に消えてしまうような柔な闘志ならば、ここまでサッカーを続けていられるわけがないからだ。

 

「次は僕がいくよ」

「任せた」

 

 今度は翔琉ではなく、健吾が蹴るようだ。

 目の前でゴールを守る孝司を見据え、健吾はごくりと唾を飲む。長い黒髪が、緊張で生まれた汗で身体に張り付いてくるのに鬱陶しさを感じながらも、彼女は足を動かす。

 が、ここで問題発生(ハプニング)

 なれない千夜の身体での運動が災いしたのか、それとも緊張からかは定かではないが。

 健吾は勢いよくボールを蹴り上げたが、その瞬間、見えてしまった。

 ――可愛らしくもちょっと背伸びした、千夜のイメージにぴったりの大人びたデザインのパンツが。

 これにはさすがの孝司も顔を赤くして目を逸らし、これまでずっと騒ぎっぱなしだったクラスメイト達も一斉に沈黙する。騒がしい校庭で、この一帯だけが静まり返っていた。

 

「……見えてたな。俺は見てないけど今のは間違いなく見えてた」

「お前ひさかより女子力あると思うから誇っていいぞ」

「誇れるわけないでしょ僕男の子なんだからねっ⁉ 」

 

 なんか悟ったような顔をしている翔琉と孝司。そして、パンツを見られたという事実を認識するなり、顔を赤くしながら取り乱す健吾。

 ぶっちゃけると、今彼女はマジで女の子らしかった。

 

「ってそんなこと言ってる場合じゃない!ボールはどこ行った⁉ 」

「上……!あんなに高く!」

 

 はっと我に返り、健吾が蹴り上げたボールの行方を追う両者。

 真澄の言葉につられて上を見上げると、サッカーボールが天高く飛んでいた。太陽をバックに飛び上がるその光景は、まるで日食のようだった。

 翔琉と孝司は、瞬時にボールの落下地点の目星を付けると、その場所に向かって走り出す。

 スタートは同じ。しかし、常識的に考えれば、体格差のせいでで翔琉はボール争奪戦に負けてしまう。

 が、ここで翔琉は気付く。

 

(あれ……?)

 

 走り出して、分かった。

 身体が軽い。

 それは実際には些細な差なのかもしれないが、翔琉は事実として、それを認識していた。

 以前と比べると、力は落ちたかもしれない。だが、弱くなったわけではない。この身体になってからも努力を怠らなかったがゆえに、彼女はそれに気づけたのだ。

 

(いけるっ!この身体ならいける……っ!)

 

 パワーから身軽さへ。

 己の武器が変化したことを自覚した少女は、一縷の望みを胸に、臆することなく駆ける。

 目指すは一点。ボールの落ちる位置。そしてそれは孝司も同じだった。両者は同時に、落下予測地点に辿り着く。

 

「へっ!女になった翔琉なんかに負けて貯まるかっ!」

「……イキってられるも今のうちだぜ?」

「何?」

 

 負けるはずがないと思い込み、偉そうなことを口にする孝司。

 しかし、孝司の予想とは裏腹に、翔琉は諦めてはいなかった。

 ダンッ‼︎ と強く地面を蹴って、翔琉は跳びあがる。側から見れば驚異的なジャンプ力だが、どうみてもボールに届きそうにない。

 一瞬笑いそうになる孝司だが、瞬時に彼は気づいた。この跳躍はボールを捉えるためのものではないということに。

 

「まさか……!」

 

 翔琉の足は地面ではなく、孝司の背中についたら、

 孝司は身を屈めながら走っていた。故に、翔琉の跳躍で届いたのだ。孝司の背中に。

 翔琉の考えを察した孝司だが、僅かに遅かった。

 瞬間、翔琉は孝司を踏み台にして、もう一段上へと飛び上がる。

 そして、

 

「ぬっせゃああああああああああああっ!」

 

 身体全体を震わせるほどの雄叫びを上げながら、降りてきたボール目掛け、その頭を勢いよく打ちつけた。

 精一杯のヘディングシュート。そして、翔琉の真下にいる孝司はそれを止める手段がない。

 彼女の放った渾身のシュートは、ゴール手前で大きく一回、バウンドをしながら、ゴールネットに吸い込まれるようにして突っ込んでいった。

 

「か、翔琉くんっ!」

「ぶぁっ⁉︎ 」

 

 空中でヘディングを決め、体勢を崩しながら落ちてゆく翔琉だったが、間一髪で健吾が真下に滑り込み、翔琉をお姫様抱っこの要領でキャッチする。

 が、やっぱり非力な千夜の身体では厳しかったのか、数秒ほど身体をぷるぷると震わせたのち、耐えきれずにそのまま崩れ落ちてしまった。

 

「おまっ……兎に角ありがとな」

「う、うん……兎に角すごかったよ」

 

 尻をさすりながら、下敷きになってる健吾に礼を言う翔琉。

 

「なっ、なんだと……超次元サッカーじゃねえんだぞ……⁉ 」

 

 そして、ゴールを見つめながら忌々しそうに突っ込む孝司。

 だが、結果は結果だ。

 

「1点でも入れられたら勝ち、だったよな」

「な、んだと……」

 

 いまだに現実を受け入れられないでいる孝司に、立ち上がった翔琉は確認するように尋ねる。

 孝司は、いつもの腹立つにやけ面はどこへいったのやら、完全に呆けた顔をしていた。おそらく、自分が負けるはずがないと踏んであのルールを制定したのだろうが、予想とは裏腹に、翔琉が1点入れてしまった。

 皆の前で、それも女に負けたということで、孝司の地位は音を立てて崩れ落ちていく。俯いているので顔は確認できないが、がっくりと肩を落として絶望に沈んでいるように見える孝司の様子は、あまり孝司にいい印象を抱いていないひさか達から見ても可哀想に思えた。

 

「身体がどうなろうが関係ねえ、俺は俺だっ!」

「っ…………!覚えてろよ!」

 

 孝司はそう吐き捨てながら、グラウンドから逃げるようにして去ってゆく。

 小さくなってゆくその背中を見ながら、翔琉は立ち尽くしていた。

 そして。

 

「…………痛ったぁい……」

「だ、大丈夫⁉︎ 」

「我慢してたけどやっぱり痛い!ガチで無理だコレ!」

 

 翔琉は情けない声を上げながら、頭を抑えてその場にうずくまりだした。

 今まで気迫と意地で堪えていた痛みが、今になって噴き出してきたのだ。半泣きになりながらその場にうずくまる翔琉のもとに、ひさかだけでなく、千夜と真澄も寄ってくる。

 

「ごめんね千夜ちゃん……この身体、怪我しちゃったね」

「だ、だいじょうふだよ。怪我なんて時間が経てば治るから、ね?それより、2人ともお疲れ様。よく頑張ったね」

「あ、ちょっと……」

 

 千夜の身体で怪我をしてしまったことを謝罪する健吾を許しながら、千夜は健吾を抱き寄せてその頭を撫でる。

 彼女は普通に健吾を褒めているだけなのだが、一応健吾も男の子。ものすごーく顔を赤くして照れていた。

 そして。

 

「翔琉」

「なんだ?」

「かっこよかった!女の子の癖にイケメンすぎんだよもー!」

「うわあやめろやめろ健吾の身体で抱きつくな!」

 

 目を輝かせながら飛びつこうとしてきたひさかを、疲れ切った身体で必死に避ける翔琉。側から見れば外国人美少女に抱きつく女装少年なのだ。絵面的にもマズイだろう。

 結果的にひさかは翔琉に突き飛ばされ、しぶしぶ真澄の隣に戻ってくる。

 

「一件落着……ですかねこれ。それにしても、男子って何でああ馬鹿なんですかね」

「いろいろあるのよ……意地とか」

 

 そう言いながら、ひさかはグラウンドの可憐なる勇士たちの姿を目に焼き付ける。

 どれだけ見た目が変わろうが染まらないものが、確かにそこにあったのだ。

 

 

 

 




こんな小学生いてたまるかっ!もう2度とスポーツ描かねえっ!
シチュエーション優先したからどいつもこいつも子どもらしさ皆無なんだよなぁ。



次回はちょっと短い話になる予定だ。
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