前半部分が地獄のオンパレードになっています。それでもいい方のみお進みください。
幼い日の記憶。
「大丈夫、おねーちゃんが守るからね」
「……やめてよ、おれのために傷つくのはやめてくれよ」
「駄目だよ、私がやらないで、だれがあんたを守ってくれるの?」
「それは……」
「私達にだって幸せになる権利はあるの。それを証明するまで、死ぬわけにはいかない」
「…………」
それは、決して届かないものだ。
人は、そう簡単には変われない。
もし誰かが「人は変われる」というのならば、僕の存在を以てそれを否定するだろう——
彼の両親は子の幸せなんて微塵も考えられず、子を糧に自分達だけで安寧を貪るクソ野郎だった。
機嫌が悪ければ殴る蹴るは当たり前だし、バイト代は稼いだ矢先から徴収されてしまう。
そしてそれは、姉の
彼女は、世間一般でいうところの“搾取子”であり、宗介と同じように、給料を奪われてこの実家に縛り付けられていた。
側から見れば朱里に対し、「大人だから自分で逃げればいいじゃないか」という意見も上がるだろう。
だが、彼女はそうしない。
できない。
それは、宗介の存在があるからだ。
朱里がいなくなれば、彼女の分まで宗介は搾取される事となる。
宗介達の両親は、人の悪性を煮詰めたようなクズだ。彼らはきっと、宗介と朱里を骨の髄までしゃぶり尽くしても、これじゃ足りないと文句を垂れるのだろう。
いつしか、宗介は全てを諦める様になっていった。
そして、それは学校でも同じだった。
中卒では自分達の満足するレベルの稼ぎは期待できないとして、情けで高校は通わせてもらったのだが、そんな荒んだ家庭環境でまともな交友関係を築くことなど不可能に近かった。
彼は家庭事情を全く他人に話すことはなかったし、話すような仲の知り合いもいなかった。
が、彼の細かい言動から、薄々勘付いたのだろう。
宗介という都合のいい鴨を見つけた彼らは、悪魔的な便乗のもと、瞬く間に宗介を虐げ始めた。
高校に通い始めて2ヶ月で、彼は底辺に転がり落ちた。
日常的に恐喝され、殴る蹴るは当たり前。毎日身体のどこかに痣ができたり、なにかしらの私物が無くなっていた。
そして虐めが始まって2年が経ったこの日も、彼は殴られていた。
「ふざけんじゃねーよ財布野郎がよっ!」
「ぶくはっ……」
滅多に人が寄り付かない校舎の裏で、数人がかりで袋叩きにされる宗介。
リーダー格の男に殴られた宗介は、血を吐きながらコンクリートの地面に倒れる。まるで激戦の只中にいるバトル漫画の主人公に匹敵するレベルでボコボコにされた彼にら、もはや身体を動かす気力すらなかった。
「だーからーらぁっ、金足りねーんだよ!お前は財布の役目すら満足に果たせねーのかよ⁉︎ なんならお前が俺の店でやった万引き全部公にして損害賠償請求してでも金毟り取るからな⁉︎ 」
「ヤマちゃんその辺にしときなよ!あんまり殴り過ぎると財布壊れるべ!こんな絶好のカモ、滅多にお目にかかれないんだから大事にしなきゃ駄目っしょ?」
「そうだな……じゃあすこーしだけ待ってやる。月曜までに2万持ってこいよな!じゃねーとどうなるか、わかるよな?」
「…………」
「返事しろよ!てめーの口は何のためについてんだ⁉︎ ああっ⁉︎ 」
「がふぁっ……!」
返事もできないレベルで傷ついた宗介の身体にさらにもうひと蹴り入れた後、いじめっ子グループは不機嫌そうにその場を後にする。
(もう……むりだ)
彼は、限界だった。
このまま動かず、死んでしまいたかった。
朱里は悲しむだろうが仕方がない。こんな苦しみが何十年も続くのだ。ならばいっそのことここで死んでしまいたい。
だが、彼の意に反して、その身体は立ち上がってしまう。そうしてしまえるだけの力がまだあることが、宗介は本気で嫌だった。
「なんで、だよ」
死にたいのに、生きるために動いてしまう。
死を選ぶ勇気すらない自分を、本気で呪った。
「俺が、何をしたんだよ……」
痛めつけられ、奪われ続けるだけの人生。
一体どんな罪を犯せば、こんなことになるのだろうか。宗介は考えたくもなかった。考えれば、嫌いな顔ばかり頭に浮かぶ。そして、その妄想の中でさえ宗介は彼らに虐げられているのだ。
「ああ……ああああああああああああああああああああっ!」
枯れ切った涙の号哭が、夕焼けの中へと吸い込まれていった。
悲劇は、終わらない。
「な、んで……だよ……」
トライアングル・シャッフル発生当日。
目が覚めた時、彼は彼女になっていた。
あの後、いつもの様に何度も死を考えながら眠りについた後、朝起きて、鏡を見て——絶句した。
そこに映っていたのは痣だらけの醜い自分ではなく、傷ひとつないパーフェクト美少女である自分だった。
鏡に映るその顔を、宗介は知っている。
芸能界の最先端を突っ走る高校生アイドル・
「………………」
鏡を前に立ち尽くす宗介。
何故?という疑問よりも先に、彼女の頭に浮かんだのは、恐怖だった。
虐められっ子気質である彼女は、変化を恐れる。
虐められっ子にとって、変化とはすべからくマイナス方向にしか作用しない。彼らにとって、プラスはあり得ないからだ。どこへいこうとも袋小路ならば、現状維持の方がはるかにマシだという考えに至ってしまう。
「…………ああ、あああ……」
頭を抱えて、うずくまる。
更なる地獄が、始まってしまった。
それからはもう、思い出すだけで吐いてしまう日々だった。
クソの化身の様な両親からは、とある事を強要された。入れ替わりによって働けなくなった朱里の分まで、宗介に皺寄せが寄ってきたのだ。
「金入れろよ穀潰しっ!朱里が働けなくなったんだ、
「アイドルなんて元より穢らわしい存在なんだから、さらに汚れたって別に問題ないでしょ⁉︎
ヤクザでも言わないだろう暴言のオンパレードを浴びせられた宗介は、文字通り吐いた。
入れ替わり被害を受けた子供達を気にかけることは一切せず、それどころか入れ替わりによって得られたモノを使って金を集めようと画策する。彼らは正真正銘の怪物だった。
そして、学校でも更なる地獄に見舞われた。
入れ替わり発生から2ヶ月。綺麗だったひばりの身体はあっという間に痣だらけになった。
本人には申し訳ないとは思っているが、宗介の周囲の人物はそんなことを気にかけてはくれない。彼らには人の心がないのだから。
「中身が樫葉だってのが気に入らないけどヨォ……見た目は増田ひばりなんだ、普通に抱ける範疇だよなぁ!」
気持ち悪い笑みを浮かべながら、宗介を押し倒したいじめっ子リーダーのその言葉に、宗介は本気で恐怖した。
近所の河川敷で、彼女はいじめっ子グループに取り囲まれた。
登校日初日から学校をサボろうとした宗介だったが、運悪く通学中のいじめっ子グループに出会してしまい、ここに連れてこられたのだ。
いじめっ子達の荒い鼻息が当たるたびに、全身に未だかつてない悪寒が走る。
(ああ……やっぱり別人になったくらいじゃ駄目だ……俺は永遠に虐げられ続けるんだ……)
全てを諦め、されるがままになろうとする。
その直前だった。
「そらあっ!」
「べひんっ⁉︎ 」
宗介の目の前で、情け無い悲鳴をあげながら、いじめっ子のひとりが倒れた。
一体何が起きたというのか。
いじめっ子達は慌てて周囲を見渡す。
原因はすぐに見つかった。
「随分と好き勝手やってるじゃない、あなた達。現代日本よりも原始時代に行った方が合うんじゃない?」
倒れたいじめっ子の上。
そこには、彼の股間を強く踏みつけながら、嫌味ったらしい台詞を吐く女子小学生がひとり。
まことに信じられないことだが、彼女がいじめっ子を殴り倒したのだ。
呆然とする宗介をよそに、仲間をやられたいじめっ子達が、少女に激昂する。いじめっ子というのは、平然といじめをする癖にやたらと仲間意識だけは強い生き物なのだ。
「な、なんだこのガキっ!」
「
「何言ってやがんだお前……あんまり調子乗ってるとボコすぞ?俺は子供にも容赦はしないタチだからなぁっ!」
たったひとりの女子小学生相手に、屈強な男子高校生が数人がかりで襲いかかる。
男として恥ずかしくないのかとか、年下相手にそこまでしちゃあ駄目だろとか、つっこみたいところはチラホラあるのだが、宗介には、それを指摘するだけの度胸も資格もない。
彼女は、ただ目を逸らすことしかできなかった。
しかし現実は、彼女の予想とは正反対の方向に捻じ曲がった。
「ぬんふっ!」
「がひっ⁉︎ 」
最初に飛びかかってきた一人目を少女は冷静に避けると、そいつの顎に一撃をくらわせる。それは見事な
アッパーカットをモロにくらったそいつは、豚の様な悲鳴をあげながら地面にぶっ倒れる。
まずは1人、地に沈んだ。
「あんまりやり過ぎるとスキャンダルになるからやりたくないのだけど……そこのアンタに訊くけど一応コレ、正当防衛通るわよね?」
「ふざけんなよこのクソガキ……人の嫌がることをしちゃいけませんって学校で教わらなかったのか⁉︎ 」
「どこをどう見ても虐めの現場にしか見えないわ。頭腐ってる?」
いじめグループのリーダーが言っていることは、恐らく宗介は対象外なのだろう。彼らの中では、宗介は
依然強気な少女に、その背後から2人、新たに迫ってくる。
が、少女は的確な位置—-2人の股間のど真ん中に両拳を突き出し、2人の急所を思いっきり殴りつけた。
「ぬぎっ……!」
「いびっ……⁉︎ 」
まるで大事な部分が破裂しそうになるほどの激痛と衝撃をその身に受けた2人は、そのまま泡を噴きながら地面に沈む。
これで、あとはリーダー格の少年のみだ。
「なんだよ!なんなんだお前!関係ないだろ、なんで邪魔をするんだあ⁉︎ 」
「言ったはずよ、
「……まさか」
彼女の発言で、宗介は気付いてしまった。
目の前の少女の正体に。
「ごちゃごちゃうるせえよ!ガキのくせに俺たちの遊びにしゃしゃり出てんじゃあねえ!身の程弁えろよクソアマがあっ!」
リーダー格の少年はまだ理解していないのか、尚も少女に殴りかかろうとする。
もはや、彼の面子は丸潰れだった。元々いじめっ子である時点で面子もへったくれもなかったのだが、それに対する憤りとは別に——この状況を、
彼の認識においては、
側から見れば、吐き気をもおよす邪悪に対して降りかかった天罰としか捉えようがないのだが、本人にとっては、今のこの状況は理不尽極まりないものだったのだ。
「死ねっ!テメーのその生意気な顔っ!生ゴミの溜まった三角コーナーみてーにぐしゃぐしゃにしてやるよぉ!」
先程まで虐めていた宗介をガン無視し、少女に殴りかかる。
だが、両者の差は歴然だった。
少女は地面を強く蹴って飛び上がり、それと同時に身体を思いっきり横に捻った。そして、全身のバネを最大限に使った跳び回し蹴りを、リーダー格の少年の頬にぶち込んだ。
「ぬびふしゃあっ⁉︎ 」
歯を何本も吐き出しながら、リーダー格の少年は横に吹っ飛び、コンクリートでできた法面に勢いよく衝突する。
コンクリートに赤い血を撒き散らしながら法面を転がり落ち、河川敷に倒れた少年に、少女が自らの素性を明かす。
「もしかしてアンタ、テレビ見なかったり芸能人に興味ないタイプ?じゃあ今の私を知らなくて当然ね。じゃあ冥土の土産がてら教えてあげるわ。あたしは増田ひばり。自慢するつもりじゃないけど——トップオブアイドルにして、アンタがブチ犯そうとしてた、その身体の持ち主よ」
「なっ……⁉︎ 」
衝撃のカミングアウト。
宗介はそれを聞いて、唖然とするほかなかった。
それにしても、宗介の今の身体の持ち主である彼女が、なぜこんなところにいるというのだろうか?
疑問に思った彼女だったが、それを訊こうとする前に限界が来た。
まるで糸の切れたマリオネットのように、宗介はその場に崩れ落ちる。ひばりが来るまでの間、散々痛ぶられていたのだ。むしろここまで意識を失わずにいた方がおかしいくらいに、だ。
(ああ……ヤバい、死ぬかも)
意識が薄れてゆく。
しかし、ひばりにぶちのめされたいじめっ子達の姿を思うと、宗介はどこかスカッとした。
宗介が意識を取り戻したのは、とある施設の一室だった。
彼女は、身体のあちこちに包帯やガーゼを付けた状態で、ベッドに寝かされていた。最初は病院かなんかだろうか、と思ったが、どうやら違うらしい。
痛む首を動かすと、部屋の隅の方にあるデスクに、誰かがいるのが確認できた。
その人物に、宗介は訊ねる。
「ここは、どこですか……?」
「おお、目覚めたか」
宗介の声を聞いたその人物は、座っていた椅子を回して宗介の方を向く。
白髪に黒いメッシュを入れた、オールバックの男性。白衣を着てはいるが、雰囲気的に、明らかに医者ではないことだけはわかった。
男性は椅子から立ち上がり、宗介の寝かされているベッドのそばまでやってくる。
「ここはトライアングル・シャッフルによってまともな生活を送れなくなった人のための保護施設だ。閉鎖された児童養護施設だったのを居抜きで使っている」
「そう……なん、ですか」
「あまり動かない方がいい、かなり怪我が酷いからな。それにしても、綺麗だったひばりの身体が3ヶ月でこうなるなんてな……一体どんな世紀末世界で暮らせばそうなるのやら」
「それについては……ごめんなさい」
男性の言葉に、宗介は謝ることしかできなかった。
赤の他人の身体をここまで傷つけてしまった事に、宗介自身も負い目を感じていた。
だが、彼女自身にはどうすることもできなかった。反撃する気力も選択肢も奪われていた宗介には、出来る事はなかったのだ。
宗介が黙り込んでいると、部屋の扉が開く。
そして、
「あら、目覚めた様ね」
幼いながらも、どこか大人びた冷たさを感じる声。
それを宗介はしっている。
少女——増田ひばりは、ベッドの傍らから、宗介を見下ろしていた。
「ひばりか。君が連れてきた子、今意識を取り戻したんだ」
「わかってるわよ。一応連れてきたのはあたしだし、顔ぐらい出すのが筋でしょ?それよりも先に自己紹介よ。アンタ本当に社会人なの?」
「ああすまないひばり、じゃあ改めて自己紹介だ。私は
「…………樫葉宗介です。あの、なんで俺なんかを助けたんですか」
名前と共に、宗介の口から出たのは、ひとつの疑問だった。
自分には助けられるだけの価値なんてない。自分は息をするサンドバッグでしかないのだから。宗介の、長きにわたる苦しみばかりの人生は、そんな自己否定の感情を生み出していた。
だが。
彼女は信じられないだろうが。
世の中には、そんな感情なんか軽く蹴飛ばして、誰かを救えてしまう様な人種というのも、確かに存在するのだ。
宗介の言葉に、ひばりは淀むことなくこう答えた。
「助けるのに理由がいる?他人に夢を売るアイドルが、傷ついてる誰かを無視したら、それこそアイドル失格だと思うけど?」
「…………」
その言葉は、宗介にはあまりにも眩し過ぎた。
ずっと泥中に沈んでゆくだけだった彼女にとって、その言葉は、まさしく未知のものだった。いや、知ってはいたけど、自分には一生かかってももらえないものだと思っていたのかもしれない。
「理由もなく誰かを傷つける奴がいるのと同じ様に、理由もなく誰かを助けられる奴もいる。世界ってのはそうできてんのよ。だからあたしは、
「……」
宗介は、ひばりの言葉をただ静かに聞いていた。
と、ここで則宗が余計な一言を入れやがる。
「ひばりはそんなキャラじゃないだろ。本当は、自分の身体がボロボロにされてるのを見て許せなくなったから、じゃないのか?」
「うるさい」
「いてっ!暴力アイドルは売れないぞっ⁉︎ 」
ひばりに足を思いっきり踏みつけられて悶絶する則宗。
しかし、その光景には悪意は無かった。
これはただのじゃれ合いなのだ。宗介が日頃から受けていた理不尽な暴力とは比較することすら悍ましいくらいに、平和なものなのだ。
宗介はそれを見て羨ましさと惨めさを感じ——
「そうだ!姉さんを……姉さんの世話をしないと!」
家族に思いを巡らせた時点で、彼は思い出した。
そうだ。
宗介の姉・朱里はトライアングル・シャッフルによって両親から完全に見捨てられた。本当ならば学校に行かずに朱里の面倒をみなければならないのだが、それを両親は許さなかった。
今の朱里は自力では何もできない。だが、あの両親が朱里のために何がするとは思えない。それどころか、宗介がいつまでも帰ってこないことに腹を立てて、最悪の場合朱里を虐待死させるかもしれない。
そう考えると、宗介は居ても立っても居られなくなった。全身が痛むのも厭わずに、則宗を押しのけて部屋を出て行こうとする。
「帰る必要はないわよ」
それを止めたのは、ひばりだった。
彼女はそう言いながら、閉じられていた仕切り用のカーテンを勢いよく開く。
そこには。
「あ……おぅうえ……」
ベビーベッドに寝かされた赤ん坊が居た。
それを目にした宗介は、
「姉さん……」
「おぎゃぉ……」
泣きながら、その場に崩れ落ちた。
彼女の目の前にいる赤ん坊。
元々は普通の成人女性だった彼女は、トライアングル・シャッフルによって見ず知らずの赤ん坊の身体になってしまった。
仕事はおろか立って歩くことも、言葉も碌に話すことができない。しかし、成人女性としての意識だけは確かにある。最底辺に突き落とされたひとりの人間が、そこに居た。
しかし、家にいるはずの彼女が、何故ここにいるのだろうか。
宗介のその疑問を見透かしていたかの様に、則宗が事情を説明する。
「君達は法的に保護されている。君の両親は今頃、警察のお世話になっているだろうね」
「え?」
「私は国の指示でトライアングル・シャッフル被災者の支援と保護を行っている。君達を助けたのは、ひばりからの情報を事前に受け取っていたからだ。前に偶然、街で君の虐め現場を目撃してね。それ以降君を監視していた。助けるのが遅くなってすまない」
「……俺たちなんかのために、そこまで……」
「言ったはずよ、理由もなく誰かを傷つける奴がいるというならば、あたしは理由もなく誰かを助けるって」
ひばりが差し出してきた手を、宗介は見つめる。
本当に、これまで虐げられれだけだった自分達が、助かっていいのだろうか?
その疑念は尽きないが——今は、初めて差し伸べられた他人の手の温かさを、感じていたいと思った。
それから数時間後。
「ほーら朱里さん、ミルクどーぞ」
「……」
ベッドに寝かされた宗介は、
彼の名前は
知歌は、朱里に哺乳瓶でミルクをやりながら、宗介の怪我の具合を聞いてくる。
「宗介さん……でしたっけ?身体の具合はどうですか?」
「まだまだかな……」
身体のあちこちから伝わる痛みに顔を歪ませながら、宗介はそう答えた。
「知歌ちゃん、キミ、凄いしっかりとしてるんだね」
「うん、弟の面倒をよく見てたから」
「……キミはなんでここに?」
「家族全員で車に乗っていたんです。そしたら、トライアングル・シャッフルでお父さんが目の前で子どもになって……お父さん、運転中だったから。子どもの身体じゃ満足に運転なんかできないでしょ?それで事故起こしちゃって……」
「ご、ごめん!嫌なこと思い出させちゃって……」
「お父さんは事故で死んじゃって、お母さんは末期癌のお爺さんになって、先月亡くなりました」
「いいから!これ以上話さなくていいから!」
なんだか思っていた以上に重い話になってきたので、慌てて話を遮る宗介。
本人は結構けろりとしている様なのが、より申し訳なさを加速させてくる。
「あ、でもいいこともありましたよ。私、入れ替わりの前は虐められてたんですけど、この身体になってから、虐められることがなくなりましたし……元の身体より力もあるから、皆からは頼りにされてるんですよね」
知歌はそう言って笑ってのける。そりゃあ、男子高校生の身体になった小学生を虐める度胸のあるやつなんてそうそういないだろう。
「死にたいって思ったこともありましたけど、私には弟がまだいます。あの子を1人にしたら駄目なんです。だから私は、いやでも生きなくちゃいけない」
「…………」
同じだ。
知歌は、宗介と同じなのだ。
彼は、大事な人のために苦しみを押し殺して踏みとどまっている。自分よりも年下の女の子(身体は男子高校生だが)がそれを出来ているのだ。
その強さに、宗介はひばりの時と同じ様な眩しさを感じた。
「皆、強いな」
ひばりも知歌も、皆現状に絶望なんかしていない。理不尽に自分のあり方を曲げられても、それを糧にして強くあろうとしている。
——自分も、あんな風になれるだろうか。
それは、彼女が今まで抱いた事のない思いだった。
天井を見つめながら、宗介はつぶやいた。
「……俺も、ひばりや知歌ちゃんみたいになれるかな」
「なれますよ、きっと」
知歌のその言葉を、宗介は無言で受け取っていた。
いつか、元に戻れる日まで。
踏ん張り続けたいと、少女は願うのだった。
かなり暗いなぁ!
他が結構明るい話なだけに落差が酷い。
でもトラシャ世界はこんな人達がごろごろいます。酷いですね。
推しむは、話数的に彼らに尺を避けないという点ですか。
まあこれ以上書いたら僕のメンタルがもたなくなるので、コレでいいのかもしれません。
次回はちょいと趣向を変えていきます。