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「"カース"。
…俺はあと何年生きれる?」
病室のベッドの傍らに置かれた"釘のような"刀に触れる。
それと同時にアキの傍らにどす黒い"何か"が現れた。
「「2年…」」
悪魔の言葉に虚ろな瞳を浮かべるアキ。
まるで生きるための重要な何かが、抜け落ちた表情。
「…………」
そっとタバコの箱に手を伸ばし、1本抜き取れば口にくわえ込む。
ライターで火をつけようと何度も横車を指で弾くも着火できない。擦れた音だけが寂しげに室内に響く。
脳裏に浮かぶのはバディの姫野の姿。
呑気にヘラヘラと笑い、タバコを口にするその姿――
「――ッ…ぅ……く……」
必死に堪えようと唇をこれでもかと強く噛み締める。
しかしそれとは裏腹に、暖かい水玉が無闇に頬を流れていた。
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――某日 早川家
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「……んで、コレを… 肉につけて…」
「うん。それで浸したお肉を油で熱したフライパンに―――」
キッチンのコンロの前に珍しく立っていたのはデンジ。その隣で何やら指導している様子のハル。
明らかに不慣れに道具を扱うデンジの姿は幼子そのものだった。
「おい!ハル!ワシのメシはまだか!!」
「もう少し待ってくれる?今デンジくんが揚げくれてるところだから。」
「パワー!病人相手に無茶言うんじゃねえ!お前も手伝え!」
「嫌じゃ!ワシは働かずしてカラアゲを貪りたいんじゃ!」
リビングで呑気にニャーコと戯れる様子のパワーに対し、デンジは半ば怒りを含ませた声色で言葉を放った。
肉を掴んでいた菜箸を持つ手がふるふると震えると、それを察したハルはデンジの手を掴む。
「――デンジくん。揚げてる時はここを離れちゃダメだからね?集中、集中…」
「…お……おう。…」
咄嗟に掴まれたハルの手にドキッと心臓を震わせるデンジ。そんな彼女の顔に視線を向けるも、閉しっかりと瞼が閉じられていた。
「………ていうか、…本当に見えてねえんだよな?」
「残念ながら真っ暗だよ。」
「見えねぇのに、見えてるみてぇな反応するし。」
「目が見えない分、聴覚とか嗅覚とか、触覚。諸々敏感になるし、あんまり困らなくはなったかな。」
「チョーカク、シカク、……ショ……?」
ハルの言葉に理解が追いつかないデンジ。
するとハルはゆっくりとデンジの耳に手を伸ばすと、突然の相手の行動に大きく動揺を見せた。
「耳、鼻、……こうやって手で触れる時とか……」
「ッ……うおっ!…」
「…ふふっ」
いくら相手が慣れた相手だとしても、女性に体を触られるのどうにも慣れない。
そして彼女の不敵な笑みに、デンジは心を落ち着かせようと唐揚げを揚げる事に集中すれば、ふと彼女の悪魔について問いかける。
「目が見えねぇっての、鬼の悪魔?」
「そう。鬼の悪魔。何種類か使える技があるんだけど、うち1つの代償が"視力"なの。」
「いつ戻んの?」
「あと3日かな。」
「マジかよ、なっげぇなあー」
銃撃事件から2日が経過。
鬼の悪魔との契約通り、全盲期間はようやく折り返し地点に。
「でも、最初の頃は両目全盲1ヶ月。大変だったよー慣れるまで。」
「…今はそんなに長くねーの?目が見えなくなる時間。」
「最初はあまり仲良くなかったからね?今は鬼の悪魔とは仲良しだよ?紳士で優しいの。」
「それで"ダイショー"ってのは変わるもんなのか?」
「悪魔は性格悪いからね?その時の匙加減で変わるものなのー…。皆そんな感じだよ?契約者は。」
それに、自分の代償はまだ甘いほうだ。
黒鬼を使えば寿命を取られてしまうが、それ以外はそんなに大した代償ではない。
他のデビルハンターたちはもっとエグい代償を払っている者もいるのだ。
寿命はベター。
姫野のように片目、全身を奪われるケースも稀にある。永遠に視力を奪われる者や、嗅覚や聴覚、味覚を捧げた者も。契約者の多い狐の悪魔に関しては"体の一部"
しかも面食いで有名で、何となくコスパが悪いのでは?なんて絶対に口には出さないが、中には代償に見合わない能力を手にした仲間もたまに目にする。
唐揚げの美味しい匂い。油の弾ける音がキッチン内に響く中、デンジはボーッとハルの体を見つめていた。
「目が見えねーってことはよォ…」
「……デンジくん。変なこと考えてない?」
妖しげに笑みを零すデンジ。
その様子は見えなくとも、ハルはしっかりと感じ取っていた。
「へへっ、バレちった。」
「何考えたの?」
「それは言えねえ。えっちなことは簡単に口にしねえって決めたんだ。」
「くちにする、しないの前に。デンジくんの場合は直ぐに行動に出るから気をつけないとね?」
「パワちゃん。洗濯物取り込める?」
「無理じゃ!ワシはニャーコを見るので手一杯じゃ!」
「……取り込んでくれたら、カラアゲの数増やそうかなあ」
「なっ……」
「それに、ちゃんと畳めたら大サービスするんだけどなあ……」
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「こんなもの余裕じゃ!大サービスじゃ!!」
「にゃぉ〜〜」
ベランダにパワーとニャーコの姿。
洗濯物を取り込むその姿に、何故かデンジは面白おかしく笑ってしまう。
「ハルってパワーの扱いうめえよな。」
「そりゃどーも。」
「……」
「あんまりじっと見ないでよ?すっぴんだし。」
「見てんの分かったのかよ!」
「そんなに強い視線向けられたら、さすがに分かるよ……」
2人で皿に作った料理を盛り合わせる。
まるで"見えている"かのような手際の良さに、デンジは手が止まってしまうほど見入ってしまう。
その視線を再び感じればハルは微かに口元に笑みを浮かべ話題を変えることに。
「そういえば。あっくんに会った?」
「昨日パワ子と会いに行った。」
「……そっか。」
「会いにいかねえの?」
デンジの問いかけに手にしていた菜箸の動きがピタリと止まる。
「あっくん、泣いてた?」
「ああ。ピーピー泣いてた。」
「………」
「オレの漫画。アイツの病室に置きっぱなしでよー。困ってんだよな、オレ。」
「………」
「…また行くのも面倒だしよォ。誰かが取りに行ってくんねぇかなー…」
ニヤッと多少の意地悪さを含んだ表情を満面にうかべ、ハルの顔を覗き込む。
わざとらしい台詞に思わずクスクスと笑いを零すと、再び手元の菜箸を動かし盛りつけを進めていく。
そして暫く沈黙が続いたあと、ハルはデンジの手元に手を伸ばしギュッと優しく握りしめた。
「じゃあ。明日の掃除に洗濯、晩御飯の準備。デンジくんとパワちゃんに託していい?早川家の次男さん。」
"朝ごはんとお昼ごはんはちゃんと準備していくから。"
と、言葉を付け加えるとデンジの顔一面に満悦らしい笑みが浮かぶ。
「へへっ…やりぃ〜。任せとけよ。」
デンジは手を強く握り返した。
その感触にハルは安堵の微笑を浮かべる。
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――翌日
都内総合病院――
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深々と頭を下げるハルの姿。
「ありがとうございました。」
看護師に案内されたのはアキの病室前。扉の取っ手を手探りで見つけ出し右手で掴むと、左手でコンコンとノックをする。
「――はい。」
部屋の中から聞こえるアキの声。
するとハルは扉を開けば足を踏み入れた――
「あっくん。来たよ?」
「っ…ハル。」
「まだ"見えないから"時間かかっちゃって。あとコレ、お見舞い。」
声のする方へと歩み寄り、傍らに置かれたパイプ椅子に腰を下ろす。そして手に持っていた袋を手渡せば微かにリンゴの匂いが漂う。
アキはそれを受け取ると傍らに腰を下ろしたハルをじっと見据える。瞼はしっかりと閉じられており、微かに口元は微笑みを見せていた。
ゆったりとしたスウェット生地のワンピースに、無造作にまとめられた長い髪の毛。
目以外は変わりないその姿に何処かほっとした様子。
ハルに関しては、目は見えずとも私生活にあまり支障はない。その気になれば悪魔を討伐することも可能だ。
道も普通に歩けるし、基本的にタクシーを使えば長距離移動も問題ない…
「調子はどう?傷は?」
「もう大丈夫だ。今週中には退院できる。」
「よかった。」
アキは彼女の穏やかな声を久しぶりに耳にすると自然と表情が和らいでいく。ここ数日、姫野の事もあり酷く心を弱らせていたが徐々に光を取り戻していた。
「早川家は大丈夫だから安心してね?デンジくんもご飯作れるようになったし、パワちゃんは洗濯物を入れてくれるようになったよ?」
「……悪いな。お前にアイツらを任せて。」
「ううん。私も楽しいからいいの。何だかんだあの2人優しいから。」
"昨日は自発的に晩御飯の片付けを2人がやってくれたんだよ?"と嬉しそうに話すハル。
問題児2人をあっという間に手なずけるその様子に頭が上がらない。
「……それと、ちょっとした報告。」
"コホン"と咳払いする仕草を見せ、アキの方を見据えた。
「私。岸辺さんと一緒にデンジくんとパワちゃんを指導することになったの。まだ2人はそれを知らないけど。」
「…お前と師匠が?」
「うん。今朝マキマさんから連絡が入ってね?しかも早速明日から。」
「明日からって……お前まだ目も見えてねえのに…」
相変わらず無茶を押し付けるマキマ。
しかしそれほどに"焦っている"証拠だろう。
「私の赤鬼の能力で今回の銃撃事件を起こした怪しい"ヤクザ"組織の情報も掴めた。近々マキマさんが銃の悪魔と何らかの契約を結んだ人たちの情報を聞きに行くみたい。あの"沢渡"って女の子の事も含めて。」
姫野を殺したパーカー女、"沢渡"。
そしてハルが対峙することはなかったものの、相手側に刀と思われる悪魔と契約した危険な人物が存在していることは分かっている。
「それに、デンジくんが謎の敵勢力に狙われてる。今回の事件で特異課の人達はかなり死んじゃったし、"自分で身を守る為に"デンジくんもパワちゃんも強くならなきゃいけない。――その為なら私はなんだって協力するよ。」
ハルは真剣な声色で話し続け、不意に瞼が持ち上げられる。
そこにあった瞳はコントラストは無く、真っ暗闇に染まった不気味な黒い瞳をしていた。
アキはその不気味な風貌にゾッと背筋を凍らせる。
「――絶対に、今回の事件を起こした奴らを私は許さない。
姫野先輩も…伏さんも。他にも大好きな人達が殺された。」
「…ッ……」
いつもはふわふわと普通の女の子らしい彼女が"怒っていた"。彼女の背後に佇む悪魔の姿は恐ろしいものだった。
「――あっくんは絶対に死なないで――」
ハルの悲痛な言葉と共に、ふわりと優しい甘い香りに抱擁された。
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