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高級老舗旅館のような風格を思わせる立派な門構え。
"一"と記された褪せた暖簾。それを潜れば江戸時代辺りにタイムスリップをしたのかと勘違いしてしまう程に古風な景観が広がる。
雰囲気、造作、装飾、器物……何をとっても老舗の格調が漂うその老舗料亭。その一室に公安のスーツを纏った2人の姿があった。
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「今回はお忙しい中お疲れ様でした。これからもデンジ君とパワーちゃんをよろしくお願いします。」
気高さを感じるほどにまっすぐと伸びる背筋。ピンクのハイトーンカラーの髪色を持つ女性―――マキマは対面側に座る相手に視線を向け謝辞を述べた。
「…俺、もうアイツらは嫌になってきちゃったな。…育てた犬が死ぬたびに酒の量が増える。おもちゃなら壊れても罪悪感はないと思っていたが…。この歳になるとボケてきておもちゃにも情が湧く。」
対面に座る男性―――岸辺。マキマとは非対称的に姿勢を崩し、お猪口に注がれた酒を次から次へと飲み干す。
「それで…話っていうのはなんですか?」
「今回の特異課襲撃、公安も馬鹿じゃないだろ。お前、分かっていて見逃したな。」
「私も襲撃に遭いましたよ。」
マキマのブレのない発言。それを聞いた岸辺はお猪口を持つ手がピタリと止まった。
相変わらず目はハイライトのない死んだ目をしているが、その最奥で微かに感じる怪しい光。マキマに対し再び言葉を発した。
「だったら今回の京都出張。何故急遽ハルを外した。」
「ハルちゃんには東京での仕事を優先して欲しいと判断したからです。」
「その所為で無駄な引き継ぎの仕事が増えた。矛盾してる。」
「ハルちゃんならどんな仕事も迅速に対応出来ます。それを加味した上です。」
顔色、表情、声色ひとつ変えることなく岸辺の台詞に間髪入れず言葉を返すマキマ。淡々と発せられるその様子に岸辺も"その事"についてそれ以上問い質すことは無かった。
すると岸辺は再びお猪口を手に取りそれを飲み干すと、不気味な程にピクリとも動かない相手をじっと見据える。
「………お前がどんな非道を尽くそうと、俺の飼い犬を殺そうと人間様の味方である内は見逃してやるよ。―――"内"はな。」
「私は悪魔から1人でも多く人を救いたいだけです。…今回の作戦が成功すれば4課の存在を積極的に報道することになってます。そうすれば4課は今より動きやすくなってより悪魔から人を救える。」
重みの感じられない軽い声色。その言葉は嘘か誠か。感情も何も感じられないマキマを相手に、岸辺はそっと人差し指を立たせ指先を正面に放つ。
「嘘つき」
「………」
"嘘つき"なんて言葉を向けられると微細な感情がマキマから滲み出る。
しかしその表情は形容できない曖昧なもの。微かに口角のみを持ち上げると怪しげに笑みを零しているようにも見て取れる。
馬鹿にしているのか、嘲笑っているのか―――
「飼い犬どもはともかく、俺の"バディ"に手を出したらその時は容赦しない。」
「相変わらず"バディ想い"ですね。」
「俺はアイツを愛してる。」
「さすが"公安一"の最強バディ。想い合う気持ちは力に比例します。」
変わらず淡々と機械的に放たれる言葉に虫唾が走りそうだ。ほんの僅かに浮かぶ微細な笑みからはやはり何も読み取れない。
そんな中、両者が互いの瞳を向けあっていたその時。和室の外から聞きなれた女性の声が放たれる。
「―――失礼します。市川です。」
艶々と潤いのある声。
刹那、マキマが入るようにと促すとゆっくりと障子が開かれ同じくスーツ姿のハルが現れた。
「…………」
「ハルちゃん。遅かったね?」
「すみません。本来なら時間通り到着予定だったんですけど、たまたま悪魔に遭遇しちゃって。」
お猪口に酒を注ぎ、無言で酒を飲む岸辺。微細な笑みを浮かべながら現れたハルを饗すマキマ。その2人にニコニコといつもの天真爛漫な笑顔を向けるハル。
ハルはおもむろに羽織っていたコートを脱ぎ、傍らに用意されていたハンガーを手に取り、続けて台詞を放った。
「まさかマキマさんが私と岸辺さんに"慰労会"を開いてくださるなんて。嬉しいです。」
「デンジ君とパワーちゃんを見てくれたお礼も兼ねて。…労うのは当たり前でしょう?」
「へへっ。今夜はたくさん飲んじゃお…」
「ハル。隣に来い。」
ふわふわと柔らかい雰囲気が漂い始めた空間。そんな和やかな空間とハルの言葉を遮るように岸辺のやたらと低い声が響く。岸辺は隣を指差し隣に座るようにと促すも、ハルは嫌そうに目を細めため息を漏らす。
「嫌です。断固拒否します。最近岸辺さんのそばに居るとロクな事が無いのでマキマさんの隣に座らせて頂きます。」
「…………」
「隣どうぞ。ハルちゃん。」
岸辺を完全拒否。警戒心剥き出しで怪しむような目付きを送れば、マキマの隣へと腰を下ろす。
「何飲む?」
「そうですねー…。とりあえず生で。」
「………」
仲睦まじい2人を前に悶々とした気持ちを心の奥底で膨らませる。明らかに距離感がおかしい女子2人組。
色んな意味でハルは"策士"。あのマキマでさえ一目置く存在。それもそのはず、ハルも岸辺側の人間だ。呑気にヘラヘラと嗤うその裏で一体どんな顔を隠しているのか…
それは岸辺でさえも知る由もない。
感情を殺した能面顔はじっと2人を見据え続ける。
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――同時刻
早川家――
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「…あー、あーー。ワシはクタクタで死にそうじゃあ…」
「オレもー…」
ダラりとリビングで身を投げ出す2人組。その傍らでニャー子ものんびりと欠伸をするとつられるように2人も欠伸を漏らす。
「おい、オマエら。片付けはどうした。」
堕落しきった2人を他所にアキは食事の後片付けを進める。決して広いとは言えないリビングに寝転ばれると邪魔で仕方がない。
「無理じゃあ……」
「明日の狩りに備えてさっさと寝ようぜ?パワ子」
「おう!賛成じゃ!チョンマゲ、あとはたの――」
その瞬間。都合よく立ち去ろうと目論む2人に容赦なく掴みかかるアキ。その顔に感情は見られず、冷めきった瞳で2人をじっと眺めていた。
「…ハルが居た時だけいい顔するんじゃねえぞ。」
感情のない表情に加え、低く冷酷な声が2人の鼓膜を叩く。それを前にデンジとパワーは疲れきった顔を向けると黙々と片付けを始めるのであった。
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大人しく片付けを行う2人。
パワーはテーブルを拭き、デンジはアキの隣で食器を片付ける。暫く無言が続いていたが、ふとデンジがここ最近気になって仕方がなかった事を口にする。
「なーなー。ハルって色んなやつとの距離感バグってね?」
「…あ?」
「ワシも思っておったぞ!」
デンジが口にした"ハルの距離感"。
そう思わせたのは岸辺の存在だろう。
「ハルってよォ…早パイの彼女なんだよな。」
「だったらどうした。」
「妬かねぇの?」
「……あ?」
腑抜けた"…あ?"という返事にデンジは呆れたように口を尖らせた。食器を拭いていた手が止まり、まるでアキを弄ぶかのように続けて言葉を放つ。
「"先生"。ハルの事ぜってぇ好きだろ?」
「やっぱりワシとデンジは気が合うのォ。ワシも気づいておったぞ?」
「な〜?…それに、たまーーにハルから"違う匂い"がするんだよな――」
ニヤリと妖しく口元が緩む。
「"甘ったりいエロい匂い"」
アキでも岸辺でもマキマでも、はたまたハル自身の匂いではない"別の匂い"
やけに鼻の効くデンジとパワーはそれに気づいていた。
「今頃。ハルと先生がランデブーしてたらどうすんよ。」
「アル中もマキマも酒が入ったら何するか分からん野蛮な人間じゃからのお〜」
ニタニタと卑しく嗤う2人に視線を向けるアキ。しかし表情ひとつ変えることなく静かに食器を洗い進める。
「オマエら。手を動かせ。」
「「……」」
「返事は。」
「「はーーーい…。」」
"言うべきじゃなかったか"なんて2人は一瞬視線を向け合うも再び手を動かし始める。
カチャカチャと皿が擦れる音だけが室内に響いていた。
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――23時過ぎ
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マキマとの飲みの席がお開きになり、公安最強バディ2人は夜道を歩く。
人で賑わう繁華街。
ハルと岸辺はそれを避けるように人気の少ない道へと歩き進めていた。
この時間の繁華街は苦手だ。
ガヤガヤと人が多く、それを掻き分けながら歩くなんて面倒だ。ただでさえ岸辺の風貌は一般人から掛け離れていてヤケに目立つ。複数の視線を向けられるのは悪魔討伐時だけで十分…
「――ついに明後日ですね。姫野先輩たちを殺した奴らとの決戦。」
ついに明後日。
そう。例のサムライソードとヘビ女、そしてそれに関わっていると思われるテロ組織の壊滅。目前に迫っていたのだった。
「新4課のお披露目式だ。」
「…何かその例え嫌です。というか軽すぎません?相手は銃の悪魔と関係してるんですよ…」
何人も殺されたあの事件。それを起こした奴らを討伐するというのに相変わらず隣の男はイカれてる。
「作戦が失敗したら4課は終わり。デンジとパワーとマジバトルだ。その時は勿論お前もマジバトル参加だからな。」
「それは絶対避けたいので何としてでもテロリスト制圧に尽くしますよ。」
本気で2人を殺すのはゴメンだ。
情が湧くのとは話は違うが、単純にハルは2人のことが好きだった。…上から殺せと言われればそれは仕方ないが…
「…あ。久しぶりに来ましたこの場所。――ちょっと休憩しません?」
フラフラと適当に歩いていた2人。そんな時、たどり着いたのは公園。街中にぽつんと取って付けられたような小さな適当な場所。
この場所はかつて"ハルが岸辺に殺されかけた場所"だった。新人時代に突然"狩られた"場所。
深夜に呼び出され警戒することなくノコノコと現れた時、容赦なく岸辺のナイフがハルの頭部を掠めたのだ。
…なんてこと。岸辺は覚えていないだろうが…。
2人は公園のベンチに腰を下ろす。
「――そういえば、神奈川県警と退魔2課も参加するんですよね?」
「奴らにはテロリストとの交戦はさせない。万が一、人外で構成された4課の誰かが逃げた時の交戦に備えて待機を命じる予定だ。」
「"ビーム君"達ですもんね。…まあ大丈夫だと思いますけど、彼らに逃げられたら街が破壊されるのは間違いないですね?」
デンジとパワー以外の人外達も今回は参加することになっている。ある程度面識はあるが"彼ら"は危険だ。蜘蛛に天使に暴力に…あとはサメ。
蜘蛛には嫌われてるし、天使は何を考えているかイマイチ分からない。暴力には本気で殴られそうになった事もあるし、サメ……"ビーム"に関しては論外だ。
考えたくもないとハルは話を転換させる。
「明日の最後の"指導"。何時どこで待ち合わせますか?」
「お前は来るな。俺だけでアイツらを指導する。実践前の最後のテストにお前は来ない方がいい。代わりに明後日の準備を頼む。」
「了解です。」
優しさなのかは不明だ。まあ本音は明後日の手続きやら諸々の作業が嫌なだけかもしれないが…。まあそれはそれで私は自分のやるべきことをやればいい…
ハルは明日のやることリストを脳内で整理する。対象者たちの潜伏先のビル周辺の市民の避難指示に…人外達の外出許可証明。あとは……
「"俺の隣に来るとロクな事が無い。"…その言葉を忘れたのか。」
ぼんやりと考え事をしていたのが凶と出た。岸辺の低い声が耳元で囁かれたと思えば掴まれる手首。またもや岸辺の半セクハラ行動が起こされる模様…。
「うっかりしてました。」
「詰めが甘いな。お前も。」
「ちょっ…近い!…ていうかいつもよりお酒臭い……飲み過ぎです。」
「ガバガバとお前が注いで来たんだろうが。」
「お酌するのは部下の仕事ですし。後先考えずにガバガバ飲む岸辺さんにも非があります。」
「何でも俺の所為にするな。」
"公共の場でやめてくれ"と言わんばかりに岸辺の体を何度も押し返す。この男は何度も何度も迫ってきてはセクハラ行為に及ぶ常習犯だ。いつもより酔いが回っていることを考えると今回こそヤバい。
「………」
「なんですか。あんまりじっと見ないでください。岸辺さんの表情怖いんですよ。」
「………」
いつの間にか片手で両手首を掴まれていた。岸辺の骨張った大きなその手を簡単に振り払うことはできない。グイッと引き寄せられると更に男の顔が近づく。
「愛してる。」
軽々しくも感じる愛の言葉。
この男の言葉には重みがない。感情さえ浮かばない表情で愛を囁かれようにも何も感じるはずもない。ただ自分を弄んでいるだけだ。もしくは元バディの"クァンシ"を重ねているのか否か。
「どんなに愛の言葉を囁かれようが響きませんよ。それに私には――」
「"先生。"」
かすかに感じる人の気配と共に聞き覚えのある別の男の声。岸辺を"先生"と呼ぶその人物は公園の街灯の灯りに照らされ姿を露にした。
「アキ。」
「あっくん?」
下ろされた黒髪。ラフな部屋着姿。トレードマークともいえる黒いピアス。
間違いなくその人物は"アキ"だった。
「彼女を迎えに来ました。」
「安心しろ。俺が送る。」
「市川は酒癖悪いので先生に迷惑をかける訳にも。俺が連れ帰ります。」
いやいや待て待て。
どう考えてもこの状況で安心出来るわけないだろう。公衆の面前、ベンチで、明らかに如何わしい行為が繰り広げられそうな状況。
それに"酒癖が悪いのは岸辺だ"。
「っ…という訳で…離してください、よ!!」
呆気なくスルッと抜かれるハルの手首。岸辺はじっとアキに視線を向けたまま動く気配はなかった。
「……アキ。飼い猫の首輪はしっかり握ってろ。」
「そのつもりなのですが。」
「自由気ままな我儘猫。放っておくと"俺のような"狼に取って食われるぞ。」
「気をつけます。」
じっと向かい合う2人の視線。挑発に近い発言だがアキは全く反応を見せることなく至って冷静だ。
そもそも岸辺相手に楯突く事は命の危険を伴う。大人しくするのが賢明な判断だ。
「岸辺さん。それじゃあまた明後日、現場でお会いしましょう。」
「…失礼します。」
アキに手を引かれその場から姿を消す2人。岸辺は後ろ姿を目で追い、懐からいつものスキットルを取り出すと酒で喉を潤していた。
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「…ったく…お前な……」
「スミマセン…」
「少しは警戒しろ。」
賑やかな繁華街の大通りを歩く2人。アキに掴まれている手首がじんじんと熱を帯びていた。その温度で伝わるアキの感情。それは"嫉妬"だ。
「ていうか、よくあの場所にいるって分かったね?」
「お前のことなら分かる。」
「エスパーだ。すごい。愛の力?」
「……はぁ…」
自分の嫉妬の気持ちも知らないのか、人の気も知らず…呑気すぎる彼女にため息を吐く。
岸辺の言う通り"悪い狼"とやらに捕まりやすいタイプなのは間違いない。
「お前に足りないのは危機感と距離感だ。分かってんのか?」
「分かってるよ。ワザとだよ、わーざと。」
「――どっちが"悪い"んだか。」
風に靡くハルの髪の毛。香るのはいつもの心地の良い甘い香り。
デンジが口にしていた"甘ったるいエロい匂い"。それらしき妖しい香りは今夜の彼女からそれは感じなかった。
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