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「――来たか。」
爬虫類特有の変わった瞳孔を瞳に映す少女"沢渡アカネ"。彼女は機敏に何かを察知するとその瞳をギョロりと動かしソファから立ち上がるとビルの外へと視線を向けた。
次々と現れる警察車両。
中にはやけに大きな護送車のようなものも見受けられる。
「……よし。計画通りだ。――"できるだけ公安を殺してデンジの心臓を奪う"。」
沢渡の言葉に頷く男達。それぞれが銃を片手に"計画通り"に持ち場へと向かう。バタバタと不揃いの足音が遠のく中、部屋に残った大柄な男は眉間に皺を寄せ、神妙な顔を浮かべていた。
「……その後は?」
「"ヘビ"を使えば私とお前ぐらいなら逃げられるだろう。」
計画の進行を気にする大柄男……モミアゲマン……"サムライソード"
デンジや他の奴らはともかく、男はある女の存在を恐れていたのだった。
「"あの女"が現れたらどうする。」
「何だ?随分弱気だな?」
「弱気なのはテメェだろ。……この前、あの女に殺されかけたんじゃねぇのか。」
"桜の悪魔"の死の四発。
たまたま"あの女"が怯んだが故に自分は生きている。その事実をサムライソードに突っ込まれると虫唾が走る程に静かな苛立ちが込み上げる。
「あぁ?何か言えって――」
「何のためにお前に"刀の悪魔"の心臓を移植したと思ってる。」
サムライソードの言葉を遮るように沢渡の冷静沈着な冷めきった声が室内に響く。
「いいか?お前はお前の役目を果たせ。狙うはお前の仇のデンジの心臓。心臓を抜き取ったらあとは好きにしろ。」
沢渡は部屋の扉に手をかけ微かに口角に余裕を見せる。
「――それに……恐らくあの女は前線には立たない。公安の作戦に"マキマ"が関わってるなら、間違いなくマキマはあの女を前線から外す。」
"市川ハル"は前線には立たない。
彼女は謎の確信を持っていた。
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沢渡達の拠点を突き止めた公安。複数の車両がビルを包囲するように現れ、周辺の一般人の退避も終えると車両から見慣れた人物達が現れる。
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「早川先輩、デンジ君、パワちゃん。――どうか死なないでね。」
黒コートを靡かせ3人の前へと姿を現したハル。顔には固唾を吞んでいるような真剣な色が表れ3人の瞳をじっと見据えた。
「ヘヘッ。オレたちが殺られるわけねぇだろ?」
「そうじゃ!チョンマゲはともかく、ワシらは地獄の狩りから生き延びたからのう!」
心做しか逞しく見える2人組。岸辺とハルによる地獄の狩りを乗り越えたその表情はどこか清々しいものさえ感じてしまう。
無邪気に笑い、無邪気に台詞を放つデンジとパワーを見ていると不思議とハルの表情が明るくなっていた。
しかしその反面、どこか重い空気を纏いハルの肩に手を添える"アキ"。そしてゆっくりと口を開く。
「――ハル。お前も気をつけろよ。」
「うん。分かってるよ。」
「できるだけ悪魔は使うな。特に"桜"のヤツはタチが悪い。下手したら今度こそ全部もっていかれるぞ。」
「大丈夫だよ。今回私は前線には立たないし。むしろ早川先輩たちの方が危険ですから。」
「………」
「ビーム君たちが暴走しないことを願ってる。……さすがにそうなれば私は悪魔を使わざるを得ない。」
"ね?"と無邪気に微笑むハル。
背負った刀の鞘に手を伸ばし撫でる仕草を見せ、その姿がやけにアキの心情を大きく乱す。
数日前にはバディを失ったアキ。
これ以上何も失いたくない。
「……"あっくん"。自分を失ったら駄目だよ。」
「……ん」
「さすがに前線に立たないとは言っても、勿論何かあれば私も岸辺さんも突入するから。」
ハルは自身の肩に乗るアキの手を優しく2回叩き、そっと彼に身を寄せれば耳元で柔らかな声で言葉を呟く。
「――"気楽に"、だよ。」
その言葉を耳にしたアキは咄嗟にハルから体を離し、不思議なものを見せつけられたように茫然とした顔をしていた。
彼女の予想外なその言葉に、不思議と緊張が薄れていく――
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「神奈川県警より来ました。警部補の椎名です。」
「対魔2課、古野です。」
武装した男とスーツを纏った男が現れる。その向かいに立つ2人は同じスーツにコートを纏い、飄々とした様子で現れた2人に視線を向ける。
「特異4課隊長 岸辺だ。」
「同じく特異4課、副隊長の市川です。」
"公安本部最強バディ"
今回の作戦はこのバディを筆頭に計画されたものだった。岸辺はともかく、危険な前線に立つことができなかったハルは心の奥底でそれを悔やんでいたのだった。そしてその気持ちを、密かに岸辺は理解していた――
「今回警察と対魔2課は1階と地下の出入口を封鎖。特異4課で中にいるテロリストを制圧する。その上で貴方たちが注意すべきことはひとつだけ。」
"続きはお前が話せ"と言わんばかりの圧と視線が真横から感じると、ハルは小さくため息を漏らし椎名と古野へと視線を移動させた。
「……特異4課は殆どの隊員が人外で構成されています。4課の誰かが町に逃げたらテロリストが暴れるよりも被害が大きくなる事は確実でしょう。――なので今回、皆さんにはテロリストではなく4課と交戦になった場合に備えて隊員の特徴を説明しておきます。」
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――拠点ビル 地下階
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湿っぽい奇妙ないやな臭いが漂うその場所。声にならない唸り声のようなものを上げるのは多数の"生きた屍"。
きたならしい漆喰の人形のような物体が無意味に歩き回る。
それは過去――デンジが対峙した"ゾンビの悪魔"の残りカスとでも例えよう。この襲撃に備えて沢渡側が用意したものだった。
これを1匹でも外に逃がせば……想像するだけで恐ろしい。まるで有名なゾンビゲームの終末が予想できる。
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「…ゾンビ、ゾンビイイイィィィ!!!!」
壁から現れる耳が痛くなるほどの奇声の持ち主。
頭部が変異し、頭の上半分がサメの頭部と背ビレの形になっている魔人。
「キャッハハハハハ〜!!食い放題ィイイイイイ〜!!」
『"サメの魔人"
壁の中や地面、どんな場所でも泳ぐことが出来る。この子は短い間なら悪魔の姿にもなれます。……気性が荒いので十二分に注意してください。』
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「おっ!ごめんな〜!噛まれたからゾンビかと思った!」
ゾンビと勘違いされ、サメの魔人に噛み付かれた"奇妙な大男"は軽々と相手を薙ぎ払う。
上半分はガスマスク、下半分はペストマスクのような仮面をつけた魔人。
『"暴力の魔人"
本来、魔人になると悪魔の時よりも弱くなるのですがこの子は魔人でも強すぎるので毒が出る仮面をつけさせています。……何があっても決して仮面は取らないで下さい。』
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「そこの人間の嬢ちゃん!逃げた方がいいよ。人間が噛まれるとゾンビになっちゃうよ?」
「………」
ゾンビの群れの中で静かに佇む女性。そんな相手を気遣うように暴力の魔人はひと声かけるも恐ろしいほどに冷たさを放つ瞳に睨みつけられ、その女性はあっという間に姿を変える。
複数の脚。よく見ると、長い黒髪の隙間から顔の中央にはジッパーが走っている事が確認できる。あっという間に下半身が蜘蛛のような形状に変化する魔人。
『"蜘蛛の悪魔"。普段は人間のような形をしています。人の姿に近い悪魔は人に友好的ですが所詮悪魔は悪魔。
彼女は癇癪で人を殺します。気をつけて。』
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魔人たちによって次々と倒れていくゾンビたち。暴れ回る魔人を他所に、端で静かに佇んでいた人物が血に汚れた自身の靴を見下ろし怪訝な顔を浮かべる。
「うえぇ…靴汚れた……コイツ最悪…」
小柄な体格に似つかわない公安のスーツを纏った少年……少女?
赤ピンクのロングヘア。背中に生えた翼、頭の上の天使の輪。天使らしい容姿をしているのは見た目通り、まるで天使。中性的な見た目の"彼"は転がったゾンビの頭部を容赦なく口に含み嫌な音を鳴らしていた。
『"天使の悪魔"。天使である前に悪魔……。この子は特殊な悪魔で人に敵意はありませんが近づかない方が身のためです。触れると寿命を吸い取られます。』
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「以上が特異4課の特殊な隊員です。……それとあと2名、血の魔人とチェンソーの少年が居ますが」
「アイツらは問題ない。何かあれば即俺が殺す。」
間髪入れずハルの台詞に言葉を挟む岸辺。どうやらデンジとパワーに関しては問答無用で岸辺が即殺すらしい。
「――との事なので……。まあ万が一、人外が暴れた時は私と岸辺さんが抑えます。」
「貴方達はその"万一"の"万一"に備ればいい。あとは野次馬を一切寄せつけるな。一般人の犠牲者が出れば警察も面倒だろう。」
「……岸辺さん。言い方。」
全く。この男の物言いには呆れるばかりだ。
「了解です。」
「りょ……了解……」
公安の最強バディに関しては県警にも知れ渡っている事だ。この2人がいれば人外が暴れたとしても問題ないだろう。しかし、犠牲者が出ればこちらにも飛び火する事は確実。そしてこの2人からも漂う人外的素質に椎名と古野は追い詰められた獣のように恐れを浮かべていたのだった。
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血に汚れた靴の裾を睨みつけ、ふと目の前に現れた味方とも思えるスーツの男に声をかける。
「そこのキミ…ハンカチ持ってない?」
「……ん」
スーツのポケットからハンカチを取り出すと目の前の天使の少年に躊躇することなく差し出す。天使の悪魔は目の前の男からそれを受け取るとじっと疑心を浮かべるような口調で言葉を放った。
「よく僕に近づけるね?触れられたら寿命短くなんのに…」
「布越しだったら大丈夫なんだろ。」
不思議そうに、まん丸とした瞳で"アキ"を見つめる天使。
するとその瞬間、銃を構えた沢渡の仲間と思われる男が現れると激しい銃撃音が鳴り響く。
明らかにアキを狙ったその照準。だがアキの体が天使の羽に覆われるとその弾は柔らかな羽にカバーされ、事なきを得る。
「いたた…」
「お前……」
「危なかったね。ボクが居なかったらキミは蜂の巣だったよ――」
アキは微かに口元に弧を描くと背中の刀に手を伸ばす。そして弾を放った男に向かって一気に駆け出し、目にも見えぬ早さでそれを振り下ろした。
「うぉっ!?……ぐっ……」
刀身の棟部分で相手を気絶させると音を立てて倒れ込む男。アキはあえて殺さずこの男を生かしたのだった。
「悪魔。こいつを外に運べ。」
「…命令された。……まあ戦うよりはいいけど。」
「外に運んだらそのままアイツらと"隊長"の所に戻れ。この階の敵はあらかた片付いたからな。」
アキは抑揚の少ない把みどころのない声で指示を出す。天使は無言で頷き、ふとある事に気がつくとアキに再び視線を向ける。
「はーい……。ていうか、ハルは居ないの?」
「アイツは後援だ。前線は俺が1人で叩く。」
「……ふーん。そっか。」
天使はそれ以上言葉を放つことなく男を抱えて出口へと向かうのであった。
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車両が取り囲むビルの前。
ハルはじっとその場で静かに立ち尽くしていると"血に塗れた人外達"が出口へ向かってくる姿を確認した。
「とりあえず。第1関門突破って感じかな。」
どうやら彼らの目標は達成したらしく、前線の指示者であるアキが外に出るようにと促したのだろう。
残りはデンジとパワー、アキで十分らしい。
「…………」
人外達が外に出る。
"暴力"、"蜘蛛"、"天使"――――鮫の姿が無い。4人いるはずが3人しか現れないが……まあ彼の事だ。きっと後々出てくるだろう。
そして、やけに血なまぐさい臭いが辺りを覆うとハルの近くに待機していた2課の待機組と武装した神奈川県警の人間たちは微かに表情を歪めた。中には恐怖で後退するものも……
「お!久しぶりだな〜!"鬼"!!」
先頭で大きく手を振るう仮面の男。まるで子供のように跳ねながらこちらに向かってくるとハルはギョッと顔を歪める。
「私は確かに鬼の悪魔と契約してるけど名前は鬼じゃないよ。"暴君"。」
「ごめんってー。…そいえば"チェリーちゃん"は?もう活動開始してるの?」
「ちょっと近い!仮面が当たって痛いから離れてください。それに返り血が付く……」
グイグイと暴力の魔人の肩を必死に両手で押し返す。それに構わず魔人はハルに擦り寄ると本気で嫌がる様子に気づいたのかゆっくりと身を離す。
「あれ?まだオレ嫌われてる?」
「当たり前でしょうが。」
「あちゃ〜…」
「あなた……私にやった事忘れたんじゃないんでしょうね?」
お調子者で呑気な男。暴力と言う名前とは裏腹に本人は平和主義で人間に対しても非常に友好的。本人曰く、"魔人には珍しく結構人間の脳みそが残っている"とも口にしていた。
しかし、ハルは彼に1度本気で蹴りを入れられ激昂した相手でもある。どうやらハルの契約悪魔に興味があるらしいが……真意は不明だった。
「ごめんって〜……な?今度飯奢るから?な?」
「嫌。今後も絶対許すつもりなんて――」
ハルが暴力の魔人に人差し指を向けたその時、突如頭上から降ってくるように現れたサメ頭に思わず悲鳴を上げてしまう。
「うわぁぁあ!ちょっとっ!!」
「キャアアアアアァァアアアア!!ハル様ああああああ!!」
迫り来るサメ頭を避けるように右へと体を移動させるとサメの魔人はそのまま海面に潜るように地面へと消えていく。そして直ぐにひょっこりと地面から頭を覗かせるとニヤニヤと口元に笑みを浮かべていた。
「ヒャッヒャッヒャッ!ゾンビ倒した!!」
「うんうん。ありがとう。」
「ご褒美!」
「本部に戻ったらね。」
相変わらずネジが外れまくってるサメの魔人。お気楽モノで凶暴。言う事を聞く人間は数少なく唯一今のところハルの言う事だけは理解してくれるのが救いだ。
どちらかと言うとデンジと似ているところが部分的に見受けられる。この件が終わったら2人を会わせてみよう、なんてハルは企んでいた。
「蜘蛛ちゃんもお疲れ様です。ありがとうございました。」
「…………」
蜘蛛の魔人については……警戒されてるのかは不明だがあまり話したことは無い。ただ癪に障ると面倒になると岸辺から嫌になるほど聞いていた。彼女だけには慎重に――
「――相変わらず品がないんだから…サメの奴。恥ずかしい。」
空気を打ち破るように素っ気ない声色で言葉を放った少年。騒がしい暴力とサメとは打って変わって1人だけ妙に落ち着いており、うるさい彼らを冷めた瞳で見据えていた。
「"天使君"もありがとう。お陰で作戦通り、上手くいってるみたいだね。」
「別に大したこと無かったよ。数が多くて面倒だったけど。」
珍しく疲労の滲んだ嘆息を洩らす。そして天使はハルに気になっていたことを彼女に漏らした。
「――後援だって聞いて驚いた。間違いなくハルだったら前線だと思って楽しみにしてたのに。」
「突入予定だったんだけど急遽その話が無くなったんだよ。」
「……マキマでしょ。」
「すごい、なんで分かったの?」
「それしかないでしょ?相変わらずキミに過保護だね…」
"相変わらず"と口にした天使。
マキマが何故かハルに対して関わり方が違うということは前から分かっていたことだ。勿論、ハルが4課の副隊長になったが故に前線に立たなくなったということも考えられるが……
いいや。やはり意図的にマキマの采配でハルを前線から除外したとしか天使は考えられなかった。
「そんな事より……返り血。ほっぺたに付いてるよ。」
ハルはハンカチをコートのポケットから取り出すと天使の頬に付着した血液を拭き取る。天使がどんな能力を持った悪魔か知る者からすれば有り得ない行動だった。
「……ハルも相変わらず……ボクに近づくなんて命知らずだ。」
「別に気にしないよ?たとえ触れられても、それが天使君の力になるならそれはそれで良いし。」
「悪魔のボクが言うのもなんだけど、ハルはもう少し自分を大切にした方がいい。」
「天使に言われるなんて…なんだか嬉しい。」
「悪魔だよ。」
「天使君は天使だよ、本物の。」
へらへらと締りのない口元で呑気に笑う彼女に対し、天使は恥ずかしいのか、俯き加減に視線を逸らす。
「……何言ってんだか………ハルのそういう所、本当に気味悪い……。」
僅かに感じる既視感。
そういえば先程もそうだった。
あの青年……早川アキ。
彼も自分に恐怖心を抱くことなく近づいてきたっけ?
「何事も気楽に考えればいいんだよ。気楽に――。」
ハルはビルを見上げゆっくりと瞼を閉じた。
・・・・・・・・・