都合のいい夢を見させて   作:鈴夢

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嫉妬のにおい

 

・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

―――あの事件から数日後……

 

 

 

 

・・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「"彼"が居るなんて聞いてませんけど?」

「そりゃそうだ。言ってない。」

「やっほ〜ハルさん。お仕事お疲れ様。」

 

 

岸辺が指定した居酒屋に呼び出されたハル。バディ同士、日頃の仕事の疲れを労わろう……なんていう飲み会は以前はよく行っていたのだがここ最近、忙しくゆっくり飲むことさえできなかった。

 

そしてやっと久しぶりに…………なんて喜んでいたのもつかの間。

 

居るはずのない未成年の"死んだ目"をした嫌な青年が笑ってる。

しかし、なぜ"この男"も居るのだろう。

 

 

 

「真ん中どーぞ?」

 

カウンター席の真ん中を指さす吉田。その顔は嬉しさを滲み出していた。ハルは言われるがまま席に座り、右隣の岸辺に視線を移す。

 

 

「ハルさんはとりあえず生だよね?―――すみません。生ひとつ……」

 

 

「岸辺さん。未成年を居酒屋に誘い込むなんて公安の人間がやることじゃないですよ。」

「誘ってない。コイツが勝手について来た。」

「だったら追い出してください。もしくは私が出て行き……」

「つれないなあ。たまには3人でご飯もいいでしょ。」

 

ハルを逃がさまいと腕を掴む青年。ズルズルと引かれ、彼の腕が左腕に巻き付かれるとその行為に盛大なため息を漏らす。

 

 

「……ここはオコサマが来るところじゃないの。―――ってそれ、ジュースよね?お酒じゃないよね?」

「うん。カシオレ風のあまーいジュース。ノンアルだよ。」

 

カウンターテーブルに乗せられたカラフルなカクテル風のソフトドリンク。見た目だけでも分かるほどに甘ったるそうな飲み物……

こんなものばかりよく飲めるなあ、なんてハルは吉田をじっと見つめる。

 

 

 

 

「そういえばこの前、何かテロみたいな事になってたよね?ニュースで見た。」

「民間デビルハンターの君には何もお話できません。」

「銃野郎の仕業だ。標的は1人確保、1人は自殺。お仲間のヤクザの連中はマキマが処理した。」

「……岸辺さん。軽々と情報を口にしないで貰えます?」

 

酒を片手に呑気に情報を漏らすバディには呆れたものだ。

 

岸辺の言う通り、とりあえず一件落着した例の事件。沢渡アカネは死亡。刀の悪魔……サムライソードは公安の管理下に置かれることに。他の仲間たちも引き渡され、手引きをしていたヤクザ達はマキマが処理したとかないとか……

 

 

そしてもう1つ。ハルはこの件で失ったものがある。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「その右目、どうしたの?」

 

 

 

 

吉田の指先がハルの目元を這う。

ハルの右目はガーゼ素材の眼帯で覆われており、まさに"姫野"のそれのようにも見える。吉田に指摘されるもハルはとくに気にするような素振りは見せず、困惑したような表情を見せると口を開いた。

 

 

 

「代償で右目が丸ごと失くなったの。片目だけで済んで運が良かったんだけどね?」

「だけど目玉ごと奪われるって"よっぽど"じゃない?ハルさん何したの?ハルさんの鬼って友好的なのにそこまで代償払わされるなんて…」

「友好的でも悪魔は悪魔。それなりの力を使えば代償はきっちり払うものなの。"親しき仲にも礼儀あり"、分かる?"親しき仲にも礼儀あり"……」

「…なんかその言い方、俺への教訓って感じがするんだけど。」

「自覚があって安心した。」

「ひどいなー…」

 

"へへへっ"と無邪気な笑いを零し、運ばれてきた生ビールに口をつけるハル。吉田は変わらずハルの腕に抱きつくような姿勢で腕を絡ませたまま、そんな可愛い相手を見つめ続ける。

 

 

 

「ねーねー。そういえば、ハルさんの彼氏さんは無事?聞いた話だけど特攻隊長だったんでしょ?」

 

急に転換する話。そして"なぜそんな事まで知っているのか"。原因は右隣でチマチマと酒を飲み続けている男だろう。

 

 

「岸辺さん」

「…………」

「なんとか言ってください。」

「…………」

 

黙り込む岸辺に向け、ハルは頬にかすかにとげとげしい表情を見せる。眉を寄せ、軽蔑に近いその表情。このやり取りはいつものパターンなのだが……好き放題自分のことを吉田に暴露されるのはどうも気に食わない。

 

 

 

「えー。もしかして死んじゃった?だったらオレがハルさんの彼氏ポジションチャンスありな感じ?」

「心配無用。生きてますから。それに何があってもキミを彼氏にはしません。」

「良い彼氏になると思うけどな。たくさん甘やかすし、毎日美味しいご飯作って待ってるし、ベッドのお供も…」

「なんか吉田君ってヒモっぽくなりそう。素質あり。そう思いません?なんなら岸辺さんの従順なペットになればいいのに。」

 

スリスリとわざとらしく頭を腕に擦り寄る吉田。傍から見れば歳上女性に上手く取り入り、ヒモのように寄生する男に見えてしまう。

 

まあ見た目はさほど悪くは無い。コントラストのない瞳は不気味ながらも一部の女性には好かれそうだ。しかしろくでもない男なのだ。表向きはお人好しで可愛い青年だが裏の顔は真っ黒でどうしようもない野郎だ。

 

 

 

「野郎は要らん。」

「オレも岸辺さんのペットになるのは嫌だなあ。……ていうか、オレはハルさんにしかしないよ?」

「本当に…何なの吉田君って。」

「ハルさんの事、"永遠に愛し隊"。」

「ネーミングセンス無さすぎ。しかも"隊"って、吉田君だけでしょ。」

「メンバーはオレと岸辺さん。」

「……うわー……関わりたくない。絶対。」

 

意味不明すぎる会話。くだらないし理解不能。だけど……なぜか不思議とまた笑みがこぼれてしまう。

 

 

 

ここ最近は嫌なことばかりだった。

やたらと体調は不調続きだし、悪魔討伐は変わらずだし、後方の仕事も多いし……。特異課が合併したせいか何かとやる事は次から次へと現れる。

 

 

そんな自分には"くだらない事"が何よりも効く薬なのかもしれない。

 

 

「存外平気そうで安心だ。」

「ねー、本当。よかった。」

 

 

そんなハルの様子に安堵の色を見せる2人。両隣から視線を感じたハルはそれを交互に見ると半分疑いを向けるような困惑した顔をしていた。

 

 

「…珍しい。吉田君はともかく、岸辺さんがそんな事言うなんて。」

「ともかくって何。心外。」

 

「お前は俺のバディだ。心配して何が悪い。」

 

吉田はともかく。岸辺の言葉には胸を射抜かれるものがあった。本音なのか、ふざけているのかは正直分からない。日頃の岸辺の言動からして全てを鵜呑みにするのは危険なのは分かっていた。

 

 

 

 

「この後ホテル行きません?」

「悪くない提案だ。2人でハルを抱き潰…」

「ふざけてます?せっかくいい雰囲気だったのにぶち壊しです。浸ってた自分が馬鹿でした。……飲んだら真っ直ぐ帰りますから。明日も早いので。」

 

やっぱりダメだこの2人。少しでも揺らいだ自分が馬鹿らしい。

 

 

「じゃあオレが送ってあげるー。」

「絶対やめて。来ないで。」

「どうせ家に帰っても1人なんでしょ?」

「"どうせ"って失礼な。今日は彼が来てるの。」

「来てるって……彼氏が家に?」

「そう。」

 

 

吉田の表情が一瞬だけ凍りついたように見えた。しかし元々まともに顔色さえ変えない青年。ハルはそれに気づく訳もなく岸辺と会話を続ける。

 

 

「アイツ暇なんだな。」

「暇では無いと思いますけどさすがに。……最近私のことを気にかけてくれてるのかよく来てくれて―――」

 

 

ハルの口から次々に漏れる言葉。

彼、早川先輩、優しくてかっこよくて……

 

 

 

"気に食わない"

 

 

 

 

 

「……ふーーーん」

 

 

気の抜けた相槌。どこかつまらなさそうな表情。その時からハルの腕に絡む吉田の腕に更に力が加わった―――。

 

 

 

 

 

 

┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

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「おかえり。」

「ただいま、あっくん。」

 

 

自宅扉を開けると髪を下ろしスウェット姿のアキの姿。自然とハルの口角が持ち上がる。

 

 

「どうだった?飲み会。」

「うん。楽しかったよ。」

「目は?」

「特に何も。全盲より全然マシ。」

 

ハルのジャケットを受け取り、ハンガーへとかける。手際良いその行動は"彼らしい"。自然としたこの流れが心地良かった。

そしてアキが居てくれるのが何よりも嬉しい。

 

 

「風呂の用意しといた。あと洗濯物も入れた。」

「ありがとう。なんかごめんなさい……そこまでしてくれなくても大丈夫なのに。」

「お前の家広くて落ち着かないんだよ。じっと座ってられない。」

 

アイランドキッチンに移動する2人。ふとそこから広いリビングを見渡すハル。無駄に広く、無駄に天井が高い空間。あまり考えたことは無かったが言われてみれば落ち着かない気もする。

 

 

「……まあ、なんとなく分かるかも。その気持ち。」

「あと酒の缶に瓶。飲みすぎだぞ。」

「へへへ〜、いいじゃーん。」

「お前な―――」

 

 

ハルがアキの真横を通ったその時、ふわっと妙な甘い香りがアキの鼻を掠めた。

 

「((―――なんだ、この匂い))」

 

 

甘ったるく、イヤに濃厚で官能的。臭くは感じないがアキの本能がその香りを嫌っていたのだ。

そう、形容するなら―――

 

 

 

 

――― "甘ったりいエロい匂い"

 

 

「……ッ……」

 

 

 

デンジが口にしていたあの言葉を思い出す。本当にそのまんまの例えがしっくりと当てはまってしまう。ハルに絡んで離れないと言っているかのように染み付いた香り。家を出ていく時は匂わなかった。

 

それに。岸辺のものではない香りだということは直ぐに分かった。

 

 

 

 

 

 

「……師匠と2人じゃなかったのか?」

「すごい、なんで分かったの?」

「匂い…。」

 

ハルの頭部に顔を近づけ嗅ぐ仕草を見せるアキ。やはり何か違う。岸辺の匂いでも、居酒屋で纏わりつくようなものでもない。……となれば、自分が知らない第三者の存在。

 

 

「あー……そういえば、今日来るって聞かされてなかったんだけどね。民間のデビルハンターの人も一緒だったんだ。岸辺さんの知り合い。」

「男?」

「そう。男の人。」

「………」

「どうしたの?別に何も無いよ?」

 

ハルの様子をからして隠そうとしていたようには見えない。しかし、自分の知らない男の存在を知るとフツフツと嫌な嫉妬心が駆け巡る。

 

飲みの席でハルの傍に居たであろう人物。悪趣味な匂いはなんとなくその人物像まで脳裏に浮かんでしまう。見ず知らずの相手なのに自分に嫌な笑みを向けているような……

 

「…………」

「もー…どうしたの。」

 

ぎゅっと背後からハルを抱きしめる。そんな相手は片手に水の入ったコップを持ち、なんら慌てた様子さえ見せず冷静。

自分はここまで嫉妬しているのに少しくらい動揺して欲しいとさえ思ってしまう。

 

 

「……妬いた。」

「"妬いた"…って。妬かれる要素無いでしょ?」

 

「マーキングするみてぇに匂い付けやがって…」

「飲みの席に一緒にいただけなのに……そんなに匂うかな?」

「一緒に居ただけでこんなに匂うか?普通。」

「自分じゃあ分からないんだよね匂い。……あー、確かに。言われてみれば匂うような……」

 

 

 

腕に纏わりつく吉田。肩に何度も頭を擦り寄せてきた吉田。腰に回された手、何度解いても絡みついてきた大きな手。よくよく考えればずっと吉田の身体の一部がハルの身体に巻きついていた。

 

アキの言う通り、まるでマーキングするかのように。

 

 

 

「アレだと匂いも移るかも。」

「"アレ"?」

「えーっと……アレ……」

「はぁ?」

「……そんなに匂う?自分じゃそこまで分かんな―――」

 

 

左腕を鼻に近づけクンクンと嗅ぐ仕草を見せたその瞬間。妙な目眩と吐き気に襲われ、グラりと体が大きく揺らぐ。

 

 

 

 

 

「……ぅ……う…」

「おい?急にどうした……」

「急に吐き気が……ごめん、トイレ……」

「大丈夫か?」

 

 

口元を手で押さえアキに支えられながらトイレへと向かう。アキにとっては見慣れた光景で介抱は手馴れた様子。しかしハルは突然の吐き気に違和感を感じていた。

 

 

 

「吐くほど飲むなって。」

「……今日は全然飲んでないし、後半は明日の仕事のことも考えて烏龍茶しか飲んでないんだけど………ぅ……ゲホッゲホッ………」

 

背中に手を添えるアキ。相変わらずの酒の飲みすぎだと半ば呆れているようにも見えるが胃液を吐き出す苦しげな彼女を目の前に徐々に瞳に不安の色が映る。

 

 

 

「……ここ最近疲れのせいか体が重くて……睡眠は取ってるんだけど。」

「桜の奴に骨を抜かれすぎたとか」

「違うと思う……」

「右目のせいで遠近感掴めなくて酔いやすいとか」

「うーん……無きにしも非ず……かな。」

 

詰め込みすぎた仕事のせいなのか、悪魔討伐での疲労なのか。悪魔の代償によって少しずつ体が弱っていくのは当たり前のことだし分かりきっていること。

 

だけど……"妙だ"

 

 

 

「もう大丈夫。吐いたら楽になったかも。お風呂いくね。」

「風呂入ったら直ぐに寝ろよ。」

「……寝させてくれるの?」

「あのなー……」

 

顔に手を添え"はああああああぁぁぁぁぁ"と盛大なため息を漏らす。

 

若干頬を赤く染め、やけに体のラインが分かるパンツスーツに白シャツ。性欲が掻き立てられるのは誰しも同じなのだが"我慢するしかない"。

 

 

「弱った相手を抱き潰すような事はしねぇ。」

 

 

 

「……あっくん。」

「ほら、早く風呂入ってこい。着替えも置いてる。」

「ありがとう。」

 

踵を返す2人はそれぞれ別の部屋へと歩き始めた。

 

 

 

 

 

 

――さっきの野郎達とは違う。飲んだ後にホテルで"おっぱじめよう"なんて軽々しく口にしないし自分のことをよく理解してくれている。彼は優しい。

 

 

 

 

 

 

「……」

 

浴室前の脱衣所にて、服を乱雑に脱ぎ捨てる。ふと洗面台の鏡に視線を向けると自身の頬に手を添え、眉を顰めた。

 

 

 

 

「((……やけに体はダルいし……どうしたんだろう。私の体。……))」

 

 

眼帯に手を伸ばし、じっと自分の顔を見つめた。やけに火照る体は酒のせいだろう。久しぶりに一気に酒を口にしたから悪酔いしたのだろう。

 

 

 

 

 

 

「((……まさか、……ね。))」

 

 

 

 

服を脱いでも漂う"嫉妬の香り"

それは厭らしく付きまとい、男の気配を感じてしまうほどに嫌な匂いだった――

 

 

 

 

 

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