都合のいい夢を見させて   作:鈴夢

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Twin

 

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公安退魔特異課 本部にて――

 

 

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長々と鋭いツノを生やした魔人の前に2人の女性が佇んでいた。

 

「このツノは……パワーちゃん、血を飲みすぎたね。」

「ゾンビとの戦いでかなりの血を摂取……血抜きをしないと大変なことになります。」

 

マキマとハル

ふたりはじっとパワーを見つめ続ける。

 

 

「…………」

 

無言のままたらりと冷や汗を流すパワー。

なんとなく威圧的な2人の空気に若干の恐れを見せる。

 

パワーの隣では"?"マークを浮かべ気抜けたようなポカンとした表情を浮かべるデンジの姿もあった。

 

 

「血抜き?……ってなんだぁ?」

 

パワーの頭にはもともと赤い角が生えている。

しかし今回の事件の後、時間が経過するにつれて更に鋭さと長さを増していくパワーの角。

 

 

「パワーちゃんは定期的に血を抜いているの。」

「そうそう。でないと今よりももーーっと恐ろしくて傲慢な悪魔になっちゃうの。」

 

マキマに続いて言葉を発するハル。

ピンッと人差し指を立てては"過去に大変なことになったことがあるから"と付け加える。

 

まだパワーがここに来たばかりの時。とある任務に向かわせたばかりに調子に乗ったパワーは血を飲みすぎたことがあった。魔人――悪魔という姿にさらに近づくパワー。角はともかく圧倒的な力を手にした"あの時の魔人"は今のパワーとは全く違う変貌ぶりだった。

 

なんとか対処するも"あんなことは二度とごめんだ"なんてハルは胸中で呟く。

 

 

「……ていう事でデンジ君。パワーちゃんをしばらく借りていい?」

「……ぅ……デンジ……」

 

ガクッと頭を垂らし絶望するパワー。

しかしデンジはそれとは対称的な姿を見せる。

太陽のように明るくて清々しい笑顔、期待が籠った瞳。

 

「そりゃいくらでも!!」

「デッ、デンジ!」

 

明らかな態度にパワーはさらに絶望する。大切なバディかしばらく居なくなるというのにデンジは寧ろ喜んでいるようにも見える。

 

 

そう。理由はひとつ。

 

 

 

「って事はよお……その間のバディってもしかしてハルだったりするんすか?わざわざ今日ここに居るってことは―――」

 

デンジの視線はパワーから目の前のハルへと素早く切り替わる。待ってましたと言わんばかりに期待を含んだ瞳に対してハルは呆れたように小さく笑う。

 

「残念ながら私じゃないんだ。ていうか私は岸辺さんがバディだし。ね?マキマさん?」

「うん。最初はハルちゃんと組ませようと思ったんだけど……岸辺さんが許さなかったんだ。」

「……マジかよ。」

 

デンジの期待は呆気なく消え去る。

ハルとバディを組めば怖いものは無い。寧ろラッキーな事ばかりだろうと勝手に妄想していた。優しいし、可愛いし、あのアキの彼女だし。自分を可愛がってくれていると理解していたデンジはそれはそれは楽しみにしていた。

 

まあそれはそれで良かったかもしれない。マキマの言う通りハルのバディである岸辺が許さなかったというのだから。万が一期間限定でハルとバディを組んだとして、岸辺という厄介で世界一恐ろしい人間がいい顔をするわけない――と。

 

 

「という事でパワーちゃんを借りてる間の代わりのバディだけど……"彼"がデンジ君と組みたいんだって。」

 

「んあ?"彼"?」

 

マキマが"彼"と口にしたとその時。

 

 

""ヌッ……""

 

 

壁から現れる鮫頭。

まるでそこら中の壁や床を水中を駆けるように現れたのはあの魔人だった。

 

 

「ヒャッハアアアアアアアアアアアァァァァアア!!!!!!!」

 

猟奇的だがどこか憎めない。

"サメの魔人"――"ビーム"

 

 

「チェンソー様!!チェンソー様ァ!!」

 

彼は大興奮のままデンジへと容赦なく近づく。

しかしそれをデンジが快く受け入れるはずもない。

 

「んだぁ!?テメェ!!!」

「ぎゃああああぁぁぁ!!」

 

「ちょっ!デンジ君……」

 

デンジはビームを思いっきり殴り飛ばす。

まるでギャグ漫画のワンシーンのような出来事にハルは呆れを飛び越え肩を落とす。

 

 

「いきなり何しやがんだよ!テメェ!?―――何者ですかコイツ?」

 

「サメの魔人。普段は会話もできないほど狂暴なんだけど……デンジ君の言うことはなんでも聞くんだって。」

 

殴り飛ばされても尚 ビームのテンションは変わらない。

そしてその時、デンジへ向けられていた彼の視線は突如ハルへと向けられた。

 

 

 

「ヒャッハァっ!!ハル様ァァァァ!」

 

「んぐっ……落ち着いてよ……」

 

ハルは殴り飛ばすことなくビームの容赦のない抱擁を受けいれた。鮫頭に上半身裸体。もしこの場にアキが居たら彼はどんな顔をしていただろうか。容易に想像が着く。

 

 

「何故かハルちゃんの言うことも聞くんだ。何かあったらハルちゃんに直ぐに報告してね。」

「……言うこと聞くって……なんで俺とハルに?」

「うーん……デンジ君に関しては"顔が似ている"から……かな?」

 

マキマは顎に指を添え考える仕草を見せる。

そしてその視線はハルへと向けられた。

 

 

「ハルちゃんは……なんでだろう?鬼の悪魔が絡んでるから?それとも単に顔が良くて好きなのかも。」

「……勘弁して下さい。……ていうかそろそろ離れて!」

 

ベタベタと引っ付くビームをハルはようやく引き剥がす。

するとまたまたビームは臆することなくデンジへと引っ付いた。

 

 

「チェンソー様!言う事!絶対!!」

「触るんじゃねぇ!男は嫌いだ!」

「チェンソー様!最強!最高!」

 

似たもの同士……とも言える気がする。

デンジも今はあんなだがいつもはビームのように呑気で子供のようにはしゃぐ。

 

お気楽もの同士仲良くなれるだろう。

そもそもこの組み合わせもマキマとハルが決めたことだ。きっと彼らなら上手くいくと。

 

 

「なんだか浮かない顔だね?デンジ君?」

「……最強に元気ですよ。」

 

デンジは今にでも吐き出しそうな表情をしていた。男にベタベタと引っ付かれ、鼓膜にはビームの煩い声が永遠に飛び込むような状況だ。

そんな彼の前にマキマはとある提案をする。

 

「最強に元気なら、明日の休み私とデートしない?」

 

 

「……デート?」

 

 

ポカンと口を開け停止するデンジ。

マキマの提案、それはデート。

デンジが心の底から欲していたマキマからの提案だ。

 

 

 

 

「…………」

 

ハルはそれを静かに見守る。

その瞳は何を考えているのか――それはきっと神のみぞ知る。

 

 

 

 

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―――同日 13時過ぎ

都内 繁華街―――

 

 

 

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雲ひとつない青い空が一面に広がる今日(こんにち)

 

清々しいほどに晴れた昼下がり。街中に設置されたベンチに座る悪魔。その傍に佇むひとりのデビルハンターの姿があった。

 

「もう3つも食べたら十分だろ?さっさとパトロールいくぞ。」

「アイス食べたら疲れた。食べるのにも体力って使うらしいよ。今日はもう働きたくない。」

 

「……ハァ」

 

マイペース且つ理解し難い"彼"の台詞に大いにため息を漏らすアキ。

 

天使の悪魔という名の通り見た目は天使らしく美しい。しかし常に気怠げで仕事には不真面目だ。

 

そんな彼が今回から新しくアキのバディに。

姫野を亡くした今、どうやら4課はバディさえ悪魔に頼らざるを得ないらしい。

 

 

 

「銃の悪魔の場所がわかったから遠征がある。それに参加するにはデカい悪魔を倒した成績がもっと必要だ。」

 

やる気の見えない天使を前にアキの真剣な言葉。

 

「だから俺はもっと悪魔を探したいんだ。俺のバディになったのなら協力してくれ。」

 

真っ直ぐとアキは言い切る。

表情を緩ませる事もなく、ただただ淡々と天使に言い放ったのだ。

 

 

「え〜……う〜〜ん……」

 

天使はわざとらしく困ったように唸る。

 

 

「……もう1個アイス食べてから考えるってのはどうかな?」

 

そして再びアイスをねだった。

天使のくせに"悪魔らしい"。しかしどこまでもマイペースな言動にバディであるアキも我慢の限界というものがある。

 

 

「――立て。お前が使えないことを上に報告すれば悪魔として殺されるぞ。それでもいいのか?」

「ん〜〜……」

 

微かにアキの声色に変化があった。

早くしろと言わんばかりに急かす口調。言葉の意味そのままの通り、脅しと言ってもいい内用を冷たく放つ声色。

 

"しかし天使はやはり悪魔だった"

 

 

「"……働くくらいなら死んだ方がマシか"な。」

「………………」

 

これはマイペースと言えるのか?

本当にただの悪魔だ。

 

何も興味が無いと言わんばかりに色の無い天使の発言。アキも無表情のまま、どうしようも無い彼にそれ以上つっかかる気力さえ無い様子だ。

 

 

 

 

 

 

「"ねえ。ハルは元気?"」

「何だ急に。」

「……はぁ…………どうせならハルと組みたかったな。」

「俺で悪かったな。」

 

そんな中、突然天使はハルの話を持ち出す。

アキを相手にこの話はある程度、色んな意味で有効だ。

 

「ハルってあんな感じだけどさ、実はとんでもなく残酷で悪魔みたいで好きなんだ。」

「は?」

「いい意味でも悪い意味でも狂ってて……なーんて、恋人のキミなら言わなくても分かってるよね。」

「…………」

 

天使はアイスのコーンを覆っていた紙ゴミをくしゃくしゃと手で丸めジャケットのポケットへと放った。そしてゆっくりと立ち上がるとアキの前に立ち、背丈の高い彼をじっと見つめる。

 

 

「あのハルと真っ当に付き合えるなんてキミくらいだけだよ。」

 

皮肉なのか何なのか。真意は分からない。

ただ天使のほうが"まるでハルのことを知っているよ"と言っているような得意げな様子にアキは形容し難い何かを胸に感じたのだった。

 

 

 

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――翌日

午前10時過ぎ――

 

 

 

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「…………」

「……はぁ…………任務完了ですね。」

 

 

早朝から急遽駆り出された2人。

郊外にある自然豊かな廃墟化した農園に現れた悪魔討伐。少々手こずったらしい。滅多に汚れないスーツジャケットには数箇所汚れが目立つ。

 

……言い訳はしたくないが少し体調が良くない。

しかしそんなことを岸辺に言いたくもないし、気づかれたくもない。絶対に。

 

 

 

「それじゃ、本部に戻りましょうか?岸辺さ…」

 

悪魔の残骸を前にくるりと岸辺へと向き直るハル。

しかしその瞬間、グラりと視界が歪むような不快感が身体を巡る。

ハルの体は岸辺に支えられたのだった。

 

 

「"使えないやつは要らん"。」

「……すみません。いつもより手こずったのは私のせいです。」

「その状態じゃ次は悪魔に狩られる。邪魔だ。」

「………………すみません。」

 

ぐうの音もない。やはり体調に関してバレてしまっていた。

 

 

 

 

 

 

 

「ッ……」

 

そして追い打ちをかけるように今度は吐き気が襲いかかる。胃液が逆流するような嫌な感覚にハルは岸辺の胸元で俯く。

 

 

「吐くなら吐け」

「……ッ…離れて……くださ……」

「…………」

「服……汚れ、ます……ッ……ぅ……」

「さっさと吐け。」

「……ふ……」

「吐けないなら無理やり吐かせるまでだ。」

 

「……嫌…っ……待ってくだ――」

 

岸辺はハルの腰にしっかりと手を回し体勢を変え背後から抱き込む。そして無理やり口の中に自身の指を数本突っ込ませると乱暴に掻き乱した。

 

 

 

「んあ……ッ」

「吐け」

「ゲホッ……ゲホッ!……ケホッ……」

 

ボタボタと透明の水っぽい胃液が地面に落ちる。

指を突っ込まれたのは不快だが胃液を吐き出したことによってスッキリと楽になる。

 

 

「ただの胃液だな。お前何も食ってないのか?」

「……食べても吐き気がするので。」

「…………」

「吐いたら楽になりました。行きましょう。」

 

"ご迷惑おかけしました"とハルはポケットからハンカチを取りだした。いつもであれば"あんな乱暴に指を入れてくるなんてどうかしてます"というような言葉が飛んできただろうに。

 

口を水で濯ぎたい。早く車に戻って水を飲みたい。

ハルは足早に車を停めている場所へ踵を返すも岸辺の言葉に足を止められた。

 

 

「分かってるんだろう。」

「…………」

 

 

ハルはピクっと肩を揺らす。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「"腹の中にガキがいる"。」

「…………」

 

 

 

――分かってる。

当たり前だ。そんなこと自分が1番分かっている。

 

 

「父親はアキか?まさか吉田(アイツ)じゃないだろうな。」

「吉田君は有り得ません。早川先輩です。」

「病院は?検査はしたのか。」

「……はい。一応は。」

 

ハンカチを口元に添え俯くハル。

そんな彼女に岸辺はゆっくりとした足取りで近づくとそっと肩に触れた。

それは驚くほど優しく、柔いものだった。

 

 

「今日はもう帰れ。このまま送る。休め。マキマには適当に言っといてやる。」

「そんな……別に大したことじゃ…」

「…………」

「とりあえず引き続き任務には行きます。……体調は波があるだけでずっとじゃないですし。そもそも岸辺さんはお酒飲んでるし飲酒運転――」

 

つらつらと適当に言い訳を並べているとハルは急に体を強ばらせた。無意識に右手が岸辺の左手を抑え込む。勝手に体が反射した。不思議だった。

 

「腹は庇うんだな。」

「ッ……意地が悪いですね?岸辺さん。」

 

岸辺の左手にはいつものナイフ。それは容赦なくハルの腹部を目掛けていた。

 

「俺の言う事を聞かないなら今すぐここでお前の腹を抉る。」

「………!」

「今、俺が本気でお前を抑え込めばそれは現実になる。」

 

この男は相変わらず何食わぬ顔で恐ろしいことをする。

それに対して自分も対応出来たことに驚く。

 

 

「……で?どうする?」

「…………」

「腹を裂かれるか。言うことを聞いて帰るか。」

 

「…………帰ります。」

 

ハルの言葉に岸辺はナイフを直ぐに懐へとしまい隠す。

凍てつく空気はあっという間に元に戻ると2人は静かに向き合い、ハルは微かに口元に笑みを浮かべた。

 

「岸辺さんにしては優しい対応ですね。帰れなんて。」

「足でまといになるからだ、勘違いするな。」

 

しかし肩に触れたときのあの感触は彼の優しさだろう。ナイフを突きつけるのは別だが。

 

 

「…はぁ………寝盗られた気分だ。」

「寝盗られたって。私と岸辺さんはそんな関係じゃないじゃないですか。」

「孕まされた。」

「その言い方やめてください。なんか嫌です。」

 

2人はいつも通り、くだらない会話を口遊ながら車へと向かう。いつも助手席に目掛けて向かう岸辺は運転席へと真っ先に乗り込んだ。飲酒してるくせに……と言いたいところだが珍しいほどに優しい岸辺の行動にハルは何も言わないと決めた。

 

助手席に腰掛けるハル。

すると岸辺は慣れた手つきでエンジンをかけるとハンドルに手を乗せる。

 

 

 

「もう一度言うが"使えないやつは要らない"。邪魔になるだけだ。」

「……何とかします。」

「選択権はお前にある。俺はそれには口出しするつもりは無い。」

「…………」

 

ハルは腹部に視線を落とし右手のひらをゆっくりと添えた。まだはっきりと母親になったという実感は無い。

 

簡易検査薬で陽性と分かった時、何と思わなかった。

あくまでも簡易的な検査だ。何かの間違いだと。

 

念の為病院に向かった。

検査をすると1枚のエコー写真を手渡された。

看護師からそれを受け取った時、未だ何も理解できなかった。

 

"おめでとうございます"

 

そんなことを言われた気がするが頭に入らなかった。

理由は分からない。

喜ぶべきことなのに。

 

 

「俺はお前の選択に反対するつもりは無い。だからといってお前を擁護するつもりもない。」

「分かってます。」

「だが、俺はお前のバディだ。」

「…はい。」

 

 

車は発進する。

 

 

「アキには?」

「…………」

「オイ。応えろ。」

「……言っていません。」

 

 

 

「今日中に必ず伝えろ。いいな。」

「……」

「返事。」

「はい。」

 

 

 

「酒。飲むなよ。」

「飲んでません。」

「なら良い。」

 

 

 

「案外常識的なんですね。」

「紳士だからな。」

「………ふふっ…」

 

 

ハルは移り変わる景色を車窓から眺める。

青々と光る空の輝きが先程まで鬱陶しくてたまらなかったのに。

 

なぜだろうか。少し気分が良かった。

 

 

 

 

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――2日後

午後21時過ぎ――

 

 

 

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"ピンポーン"

 

 

落ち着いた呼び鈴の音。

リビングに備え付けられたモニターが反応するとハルは映った人物を確認し玄関へと向かう。

 

そしてドアの鍵を解錠すると間髪入れず相手が現れた。

 

 

「ッ……」

「いらっしゃい。あっくん。」

 

現れたのは早川アキだった。

いつも結われている黒髪はおろされシンプルな部屋着姿。グレーのスウェットパンツに黒のTシャツ。微かに石鹸の香りも漂う。恐らく入浴後だろう。

彼にしては珍しい。着の身着のまま現れたというような感じだ。

 

そしてどこか落ち着きのないような、焦りを浮かべた様子だった。

 

 

「ハル。」

「あっくん。とりあえず中に入ろう?玄関じゃアレだし。」

「ハル。」

「どうぞ。」

 

いつもと何食わぬ様子のハル。

それとは対称的にアキは落ち着いたトーンではあるが必死にハルを呼び止めるように名を呼んだ。

 

 

リビングに誘導される。

相変わらず室内は殺風景で綺麗な花だけが色を挿していた。前は白い花ばかりだった。しかし久しぶりに来てみると花瓶に活けられた花たちの様子が違う。

 

淡い青紫色のネモフィラ。燦燦と明るい色を見せるベゴニア――色鮮やかで気分が明るくなるような花に変化していた。

 

 

「……はい。コーヒー。」

「"話がある"って何なんだ。」

「とりあえず座っ」

「"別れ話なら聞かねぇ"。」

 

いつものソファ前のローテーブルにアイスコーヒーが注がれたガラス製のグラスを置くもアキは座る様子もなければこちらをじっと見つめる。まるで壁のように立ちはだかる彼の様子は駄々をこねる子供のようにも見えた。

 

 

「…………」

「おい。」

 

ハルはその視線に耐えられず目を逸らすとソファへと腰かけた。部屋着のショートパンツから伸びる脚はびっくりするほど冷たくなっており緊張のせいなのか体が冷え込んでいた。

 

 

「……未来の悪魔に聞かないの?"この後、ハルに何を言われるのか"とか。」

「お前から直接聞く。悪魔には頼らない。」

「……ふふ。あっくんらしいね。」

 

彼らしい言葉だった。

やっぱりそんな彼が大好きなのだと改めて実感する。

 

 

ハルは小さく笑い視線を逸らしたまま話そうとしない。

そんな彼女を見兼ね、アキは立ったまま室内を見回す。

 

部屋の様子は変わらず。花の色が変わったくらいだ。

家具の配置も何も変わらない。しかしふとアイランドキッチンに視線を向けると"何も無い"。

いつもなら酒の一つや二つ。ワインやシャンパングラスがあってもおかしくないのに見当たらない。

 

 

「酒、珍しく飲んでないんだな。」

「……」

「飯は食ってんのか。ここしばらくの間で少し痩せただろ。」

「……」

「デンジもお前のこと心配してたぞ。悪魔の癖に人間の心配するなんてよっぽどだろ。」

「……」

「おい……"ハ"」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「"妊娠したの"」

 

 

 

 

 

 

 

 

ハルはアキを見上げる。

曇りのない澄んだ色彩、真面目な瞳だった。

 

 

アキはハルを見下ろす。

予想外の言葉に瞳が揺らぐ。

 

 

「……は…、…え?」

 

 

なかなか理解が追いつかないアキ。

そんな惚けた彼を前にハルは羽織っていたスウェットのパーカーのポケットから一枚の写真を取り出した。

 

 

その写真に人は写っていない。

景色でも、物でもない。

しかし"見れば分かる"

 

 

 

「妊……娠?」

「これ、エコー写真。」

「…………」

「7週だって。心拍確認もできた。」

「…………」

「今はブルーベリーくらいだって。」

「…………」

「"しかも双子なの"。」

 

 

 

 

「…………は」

 

 

 

アキはエコー写真を見つめたまま声にならない声を小さくあげた。

驚きや困惑――その表情は曖昧だ。

 

写真を握る手が微かに震える。

ハルはそんな彼を見上げていたがゆっくりと視線を落とした。

 

「――ってごめん。迷惑はかけないから。」

「は?」

「本当は何も言わないまま堕ろそうと思ったんだけど岸辺さんにはバレちゃうし隠しきれなくて。」

「は?」

「明日病院に行くんだ。」

「…………」

「だからあっくんを呼んだの。」

 

決断する為に。2人で決めるために。

ハルとアキは婚姻関係もないただの"カレカノ"というやつだ。結婚しようとも話したことはない。このまま上手く行けばいずれはそういう関係になれる可能性はあるだろう。

 

しかし"私たち"は俗に言う一般人じゃない。

 

 

「私たちは"デビルハンター"。しかも目的は銃の悪魔を殺すこと。しかもあっくんの一番の目標はソレだ。私もそうだもん。」

「……」

「私も甘かったと思う。欲に任せてこんなことになっちゃって。……本当にごめんなさい。」

「……」

 

アキは何も言わない。

それが答えだろう。

 

「……もう決まりだね?

とりあえず明日病院に行って堕胎手術――」

 

 

 

 

ふわりと漂う大好きな匂い。

ソファに座るハルに跪くように膝をつき、優しく彼女を抱き留めた。

 

 

 

「堕ろすな。」

「……」

「絶対。」

「…でも」

「ハル」

 

ゆっくりと離れる体と体。

2人の視線がゆっくりと向き合う。

 

「産んで欲しい。……頼む。」

「…………」

 

 

意外だった。

ハルは全くそんな答えが返ってくるなど検討もしていなかった。

"俺も悪かった。ごめん。"

それで終わると。そしていつもと変わらない日常が始まると。

 

 

 

「……でもあっくんに迷惑かけちゃう」

「迷惑なワケねえだろ。」

「でも子供だよ?」

「だったら何だよ。」

 

 

冗談では無さそうだ。本気だった。

真剣な眼差しが、少し怒ってるような鋭い視線が全てのアキの感情を浮き彫りにした。

 

 

 

 

 

「……怒ってる?」

「少し。」

「ごめんなさい。」

「黙っていたことに関してはもう何も言わねえ。」

「……」

 

今更咎めても何も無い。

彼女も悩んでいた。

そんなことを脳裏に浮かべるアキは徐々に心を落ち着かせるとゆっくりとハルの隣に腰掛ける。

 

「……デンジとパワーに比べたら余裕だろ。」

「……ッ……」

「おい、だから……」

「ふふっ……ははははっ」

 

 

確かに。あんなに手がかかる子供を見てるのだから余裕だろう。

おかしくて思わず笑ってしまう。

アキの精一杯のジョークに笑うハル。

 

しかしその笑いが安心させたのか、無意識に目頭が熱くなる。

 

 

「ははっ……は…………う……ッ……う……」

 

ほっとした。

子供なんて別に構わないと思っていた。

アキに堕ろせと言われたとしても何も思わないと思っていた。

 

だけどこの涙が本音だった。

 

 

「……ッ……」

「本当は堕ろす気なんてねえだろ。」

「……う……ッ……」

「家族を欲しがってたお前がそんな事思うわけねえ。」

「うぅ……っ……は……ぁ」

「俺も家族が欲しい。……お前と家族になりたい。」

 

 

両手で顔を隠すようにハルは泣きじゃくった。

こんなに涙を流すハルを見るのは初めてだった。

この姿が"ハルはまだ若くて自分より年下"なのだと改めて実感させる。

 

 

 

 

「……産んでくれ。ハル。」

 

 

 

 

アキは再び彼女を抱き留めた。

彼女の頭に顎を乗せ、優しく背中を摩る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

"2年"

 

 

 

未来の悪魔の台詞

 

 

"オマエは未来で最悪な死に方をする"

 

 

 

 

 

 

アキの瞳が鋭く光る。

訪れるであろう未来に――――

 

 

 

 

 

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本部の内部にあるマキマの職務室。

デスクに座るマキマの前にはハルの姿。

向かい合うふたり。瞳と瞳が見据え合う。

 

「妊娠?」

「はい。」

 

マキマはハルの返答の後、両肘を机につくと両手を組む。

 

 

「パパは早川君、かな?」

「はい。」

「へえ。そっか。」

 

 

かすかに笑みを口元に浮かべるマキマ。

ハルは特に感情を浮かべることなく静かに見つめ続ける。

 

 

 

「おめでとう。ハルちゃん。」

「ありがとうございます。マキマさん。」

 

ようやくハルの表情が柔らかくなった。緊張の糸が切れたようにほっと色彩を取り戻すのだった。

 

そして今度、マキマの視線は机に置かれた封筒へ。それを手に取ると封筒をハルへと見せつけるように手に取る。

 

 

「それで……"辞表"を?」

「はい。」

「岸辺さんはハルちゃんには過保護だね。」

「何で岸辺さんの判断だって分かったんですか?」

「言わなくても分かるよ。だって岸辺さんだからね。」

「……」

「ハルちゃんのことを誰よりも愛してる。もしかしたら早川君よりも強い気持ちかも。」

「まさか。それは無いです。ていうか認めません。」

 

封筒に記されていた文字。達筆な"辞表"。

それは間違いなくハルが書いたものでつい数分前にハルがマキマに手渡したものだった。

 

「辞めるってことはお金を稼ぐ事が出来なくなるよ。」

「一先ず貯金もあるので。無理のない範囲で出来る職を探そうかと。籍も入れるので早川先輩も居ますし。」

「公安を辞めると銃の悪魔を追えなくなるよ。」

「はい。」

「…………」

 

何を言っても辞表するらしい。

だが普通はそうだろう。

なんせデビルハンターなのだ。毎日机に向かって椅子に座って書類と睨めっこするような仕事では無い。そして何より、人間だけを相手にする仕事ではない。

 

スーツを纏い、腰には日本刀。邪悪な悪魔と契約し、毎日命懸けで悪魔を倒す。怪我も日常茶飯事で幾度も仲間たちの死に立ち会ってきた。

 

オマケに仕事を共にするバディは酒飲み。妊婦の腹部目掛けてナイフを向けてくるような野蛮な男もいる。

他にもいつ裏切ってきてもおかしくない魔人や悪魔。簡単に人を殺せる仲間たちとの危険な任務の数々。

 

そんな環境に妊婦が居るのもおかしな話だ。

誰もが退職を進めるのは当たり前だろう。

 

今住んでいる家は引き払うつもりだ。家賃補助も無くなる、収入もなくなる。国から支払われる手当金と貯金。そしてアキの収入で暫くは生活をしていく。

 

そう。それでいい――

 

 

 

 

 

 

「……"辞める必要は無いよ"。」

「え?」

 

マキマは再び口元を緩ませると手にしていた辞表を机に置いてハルへと返す。

 

 

「"デビルハンター"……だからといって最前線に立つ必要はない。それにハルちゃんにやめて欲しくないんだ。」

「…………」

「うーーん……そうだね。」

 

マキマはクルクルと椅子を回転させ天井へと視線を向け口元に指を添える。わざとらしく考え込むような姿勢を見せ、再びハルへと体を向けた。

 

「"バックアップ"をお願いしようかな。」

「バックアップ……ですか?」

「うん。事務作業とか。偉いオジサン達のお話相手とか。」

「えっ……と……」

「お給料も今まで通り。有休も今まで通り好きな時に使えばいいしサポートもします。もちろん家賃補助も。早川くんの家には悪魔がいるし、何かと妊婦さんは一緒に生活するにもリスクが伴う。早川くんには無理言って2人をお願いしているからね。」

 

 

福利厚生はそのままという好条件。

 

 

「それと危険な前線には立たせない。……それでどうかな?」

 

そして危険な任務は無し。ということだろう。

 

 

 

「ハルちゃんにはこの課に居て欲しいんだ。」

 

 

マキマは椅子から立ち上がりハルへと手を伸ばすと優しく頬に触れた。

 

 

 

「"キミが必要なんだよ"」

 

 

 

 

 

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――同日、午後19時過ぎ

早川家にて――

 

 

 

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いつも通り、4人で食卓を囲んでいた夜。

 

 

「――っていうことがあって。」

 

ハルは今日の出来事を3人に伝えたのだった。

妊娠したことも、それをマキマに伝えたことも。退職しようとしたが結局辞めることなく4課に在籍することも。

 

 

「よく分からんが!とりあえずハルはワシらとまだおるってことじゃな!?」

 

「そういうことだよ。」

 

血抜きを終えたパワーは大好物の唐揚げを頬張りながら嬉しそうに身を乗り出してハルに詰め寄る。応えるようにハルも笑みを零すと追加の唐揚げをパワーの小皿に盛り付けた。

 

 

「にしてもスゲェよな〜。ハルの腹ん中に人間が2人居んだろ?」

「フタゴ!じゃったな!?」

「うん。双子。」

 

デンジは茶碗と箸を手に取ったまま隣に座るハルの腹部を覗き込む。まだ膨らみさえ見えない薄い腹部に命がふたつある事に驚きだ。

 

 

デンジとパワーと楽しそうに会話を弾ませるハル。3人は何食わぬ顔でいつも通り過ごしているがアキは気が気では無かった。

 

結局ハルは公安退魔特異課に残る。

バックアップ、後方、裏方――あくまでも前線には立たないという条件。しかし……そんなに上手くいくだろうか?

 

ハルは2体の悪魔と契約を交わしている。

ただでさえ特異課の人手不足は深刻だ。銃の件で多くの人間が辞職していった。

 

その中で市川ハルという人間は今の特異課にとって必要不可欠な存在だ。それはバディの岸辺が1番分かっていることでもあるだろう。そして課を率いるマキマも。

 

彼らがハルを前線に立たせないという約束を守るとは思えない。アキはそれを強く按じていた。

 

 

「絶対に危険な事はするなよ。」

「しないよ。しようとしたら岸辺さんにお腹刺されちゃうから。」

「……真面目に言ってんだ。……本当に……」

 

呑気に唐揚げを口にするハルに対して呆れが含まれたため息がこぼれた。

ハルは強い。そこまで心配はいらない。

しかし守らなければならない命がハルのお腹に宿っている事実。父親になる自分が守らなければならない。

 

 

「何があっても自分の命と腹の命を守れ。」

「分かってるよ。」

「他人の命は捨てろ。自分を最優先しろ。」

「もー、分かってるよ。」

「悪魔の力は使うなよ。とくに桜はタチが悪い。」

「はいはい。」

「"はいはい"って……お前ちゃんと聞いてんのか?」

「だから分かってるってば。」

「絶対分かってないだろ。」

「あーー!もう!うるさい!」

 

机を介して言い合う2人。

そんな2人を面白おかしく嗤う悪魔。

 

 

「……珍しくハルがアキに圧されとるぞ。」

「んあ?いつも通りじゃね?」

 

ムクっと頬を膨らませるハル。

一切引かないアキ。

 

 

「そんな"パパ"も無理したらダメだよ?」

「ッ……!」

「無闇矢鱈に突っ込まないこと。それと私の前では煙草は控えてね?」

「……もう吸わねぇ。絶対に。」

「すごいパパ意識。素晴らしい。」

「あたりめぇだろ。父親になるんだ。"パパ――"」

 

不意にアキの口からこぼれた"パパ"という単語。

マズイと悟り慌てて口元を手で覆うも時すでに遅し。

 

悪魔は悪魔らしく、小馬鹿にするように更に嗤う。

 

 

「ぎゃはははははははははっ!!!」

「早パイがパパって!早パイが……ぐっ、くくくっ」

 

「だっ!だからうるせぇって言ってんだろうが!腹に響く!悪影響だろ!」

 

顔から耳まで真っ赤に染めるアキ。

 

「別にいいじゃんよー?どうせいつか腹から出てきたらオレらに会うんだし?」

「そうじゃ!フタゴが腹から出てきたらワシの好物を与えるんじゃ!ニャーコも楽しみにしとる!」

 

「オマエらに触らせるわけねぇだろ!」

「んだとォ!?オレだってパパみてぇなもんだろ?」

「ならワシはママじゃ!」

「冗談でも安易にそれを口にするんじゃねえ!クソ悪魔ども!」

 

 

更にヒートアップするアキ。

容赦なく笑い続けるデンジとパワー。

 

ガチャガチャと愉しい雰囲気に包まれた空間が心地よくてたまらなかった。

 

 

「……あっくんが一番うるさい。」

 

 

ハルはグラスに注がれた麦茶を口に含み嬉しそうに笑っていた。

 

そしてふと、大窓から見えるまん丸い月を見上げるハル。

 

幸せな、遠い夢を、先の未来を静かに見据えるように。

美しいその瞳は月の光を吸い込んだように光り輝いた。

 

 

 

 

 

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「何がなんでもお前を俺のバディから外す予定は無い。」

「なのに辞表を書けと?矛盾してません?」

 

 

辞表を提出する前日。

ハルと岸辺はコンビニの駐車場に停められた車内で語り合う。

 

 

「逆手にとれ。それにマキマはお前を辞めさせるつもりは無い。」

「…………」

「お前もハナから辞める気なんて無いだろ。」

「もちろん。」

 

ハルはヒョイっと岸辺が手にしていたスキットルを奪い取ると小悪魔的な笑みを口元に浮かべた。

 

 

「さすが。私のバディですね。」

「……生意気小娘が。」

 

 

岸辺の大きな手のひらがハルの頬を優しく撫でた。

愛でるように、弄ぶように――

 

 

 

 

 

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"デンジくんはさぁ……"

 

 

 

 

 

"田舎のネズミと都会のネズミ"

 

 

 

 

 

 

 

 

"どっちが好き?"

 

 

 

 

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