都合のいい夢を見させて   作:鈴夢

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姫野先輩の嫉妬

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・

 

 

 

正午過ぎ――

 

 

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吉田ヒロフミと別れ、急ぎ足で待ち合わせ場所の居酒屋へと向かう。

 

大通りを抜け、細い路地裏に突き進む。闇市の跡のような暗い雰囲気が漂うその場所は、恐らく悪魔が現れて人間が食われても暫くは見つからないだろう。

それほどに薄気味悪く、人気もない。

 

真昼間というのに営業している怪しい居酒屋にたどり着く。ここは姫野と飲む時にいつも利用している居酒屋だ。コスパ良く飲めると、姫野が推している店でもある。

 

滑りの悪い引き戸に手をかけ暖簾を潜る。店員の明るい案内と共に、奥の席で手を振る人物が目につけば店員に待ち合わせている事を伝え、奥の席へと進んで行く。

 

 

「へへへへっやっと来たかあ、ハルぴ。」

「……何杯飲んだんですか。」

 

既に"出来上がっている"目の前の女性。

テーブルにはビールジョッキや焼酎の瓶などが所狭しと並べられていた。

 

「もうさあ。飲みたくて飲みたくて堪らなくて、2時間前からここにいるんだよねえ。」

「程々にしてくださいよ?"姫野先輩"」

 

 

公安対魔特異4課に所属するデビルハンター、姫野。そして彼女は先輩でもあり、アキのバディでもあった。

 

黒髪に隻眼の美女。今日はオフという事もありスーツ姿では無いものの、グラマラスな身体つきをしていることがはっきりと分かる。

 

 

「すみません。生1つと唐揚げを。」

「あ!私も追加で生2つ〜」

「2つ!?」

「だって飲み足りないし、ジョッキすぐに空になるから。」

 

相変わらず無茶苦茶すぎる飲み方。ある程度セーブさせておかないと後が大変な事に……と考えが浮かぶ。最悪、帰る頃には全部吐かせよう。

 

 

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「はい、カンパーイ!」

「カンパーイ!」

 

運ばれてきたビールジョッキをぶつけ合い、一気に飲み干していく。

冷たさが喉を染み透っていく爽快感は他の酒では決して味わえないだろう。缶ビールを飲むことはあったものの、久しぶりのビールジョッキで飲むビールは最高だった。

 

 

「ぷはあああああぁ!最高〜」

「姫野先輩、一応お冷も頼んでおいたので飲んでくださいね?」

「おお!気が利くねえ。さすがアキくんの彼女さんだあ。」

 

姫野の口から"アキくんの彼女さん"というワードが飛ぶと何となく気まずい。

だって姫野先輩はアキの事が好きなんだから。

 

 

 

「今日、早川先輩は出勤みたいですけど。有休消化ですか?」

「そう、有休消化〜」

「貴重な有休、私に使っていいんですか?」

「何言ってんのよー。だからこそでしょ?私の昼飲みに付き合ってくれるなんて、ハルぴしかいないんだから。」

 

"ふふふん♪"と鼻歌を歌い出すほどに上機嫌で酔っ払う姫野。よく見ると傍らの灰皿も煙草で埋め尽くされていた。大いに有休を楽しんでいる様子で、ハルも楽しそうに笑みが溢れていた。

 

 

「こうやって最近飲んでないし。――あ!そうだ!新人歓迎会とかやりたくてさ。1課はそういうのやってない?オススメのお店とかない?」

「やる予定だったんですけど、一昨日に新人が3人死んじゃったんです。そのバディの1人も重症で……。なのでそういう雰囲気にならなくて。」

 

些か呆気にとられる姫野。

持っていたビールジョッキを思わずテーブルに落とすように置く。

 

「新人3人って……」

「悪いのは私なんです。他の駆除要請に気を取られて、助けに行けなかった。そもそも、新人と中堅のみで行かせた事が間違いでした。私の采配ミスです。」

 

虚ろな瞳を手元に落とす。

ビールジョッキを両手で掴み、ギュッと力を込める――

 

 

 

 

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「――ッ」

 

 

ハルは無我夢中で車を走らせる。

自身が別の悪魔を討伐最中に現れた別の悪魔によって、同じ1課の仲間たちが苦戦しているという報告が入っていた。

 

 

 

江東区の臨海公園に現れた悪魔。

初めは最弱な"鮃の悪魔"との報告が入り、新人達と中堅のバディで事足りるだろう、なんて判断を下した自分が悪かった。

 

運悪く、その場に面倒なのが2体も現れたのだ。

 

 

"砂の悪魔"

"台風の悪魔"

 

 

さすがに新人と中堅だけではハイリスクだ。

 

自分が数ヶ月間教育してきた新人たちの顔が脳裏に浮かぶ度、ハンドルを握る手に力が入る――

 

 

 

 

┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

 

 

 

 

「"桜"」

 

刀に手をかける、しかし反応は無い――

そうとなれば、彼を使う。

 

 

 

「"鬼"」

「「……もう間に合わないぞ。逃げておる。」」

 

 

砂嵐で荒れ狂う臨海公園。

一般人の避難は完了している様子だが、仲間たちの姿は既に見えない。

凄まじい風の威力に常人は立っていられないだろう。

 

 

「"デーくん"。お願い。力を貸して。」

「「――――色は」」

 

 

鬼を"デーくん"といつもの様に愛称で呼ぶ。そんな彼女の様子に半ば呆れる鬼の悪魔。おそらく、もう手遅れだと察しているものの鬼は色を問う。

 

 

 

 

 

「――"黒"」

「「……馬鹿な娘だ。」」

 

黒鬼の代償は寿命。

恨みの程度によって力も変わる。

……しかし、鬼は黒鬼を発動させることが出来なかった。

 

 

 

 

「ちょっと!早く――」

「「……残念ながら、オマエから怨念を感じない。」」

「っ!?」

 

 

猛り狂う砂嵐の中。呆然と立ち尽くすハル。

黒鬼の発動条件は自身が対象に持つ怨みの度合いで決まる。

 

仲間が苦しんでいる、……いや、おそらく既に死んでいるというのにハルはその怨みを持ち合わせていなかったのだ。

 

 

 

 

 

┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

 

 

 

┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

 

 

 

 

 

「……そっか。」

「薄情者ですよね。

……本当に、頭のネジが外れちゃったみたいです。」

 

新人を失った時の話を聞いた姫野は酔いが抜けた様子だった。静かに煙草を吹かし、じっとハルを心配そうに見つめる。

 

「心が、失くなってる気がするんです。私。」

 

トントンと胸元を指で突く。

 

「ミナトくん、アヤちゃん、トモリくん……新人が死んでも、怨念すら浮かばれない。死んだ仲間の命日に花をたむける気も起きない。」

「……」

「ケイスケ、レンくん、ミウちゃんに……」

 

死んだ仲間の名前。

心が失くなったという癖に、しっかりと全員の名前は覚えていた。

 

 

 

 

「……遂には、涙も流せなくなりました。」

 

荒んでいく心。

若干まだ20歳という若さにも関わらず、既に心は酷い傷を負っている様子だった。

 

なぜ荒んでいったのかは分からない。

契約悪魔の代償なのか。日々の激務に追われて、死を目撃する回数が増えたからなのか。理由は全く分からないのだ。

 

「そろそろ、"デー"くんにも愛想つかされそうです。ただでさえ、桜も弱ってるのに。」

「デーモンくんはハルぴの事大好きだし、それは大丈夫でしょ?」

「へへっ……――ていうかごめんなさい。せっかくの飲み会なのに……」

「何で謝んの?私はハルぴがそうやって話してくれて嬉しいよ。」

 

 

"ほらほら〜飲みな〜"と明るい口調で口を開く姫野。新たに注がれたビールジョッキを手渡されると、ハルは泡を啜るようにそっとジョッキに口付けた。

 

 

 

 

 

「……ハルぴはさ、ヤキモチ妬かないの?」

「ヤキモチ?」

 

突然何だと言わんばかりの瞳を向ける。

"ヤキモチ"

姫野の放った言葉を理解するのに時間がかかったが、何となく意図を汲み取る。

 

 

「アキくんと私が飲んでたり、煙草シェアしてたり。今はないけど、あんな事やこんなことしてた事とか。そんな相手がバディとして一緒にいること……妬かない?」

「……アンナコトヤコンナコト」

 

目の前の美人と、アキの関係性。

勿論それは前々から全て知っていたし、今もバディで行動しているし、世間一般的に2人のその様子を見ると"親密"だと言うことは分かるだろう。

過去に体の関係があるのも当たり前だ。

身体だけでなく、性格や全てにおいて魅力的な姫野の存在は当時のアキにとってただの先輩という関係だけで終わるはずがない。

 

 

「私は妬くけどなあー。ちゃんとアキくんと恋人っていう名前があって。アキくんの口からハルぴの名前が出る度に嫉妬しちゃうもん。」

「…………」

「私、まだ狙ってるよ?アキくんの事。」

「……まだ?」

「うん、まだ。どうにかハルぴから奪還できないかいつも考えてる。」

 

 

天真爛漫な意地悪な笑顔。

ふわりと煙草の煙が鼻をかすめると、ふとアキの姿が脳裏に浮かぶ。

 

「煙草間接キス――」

「んんん?」

「……ちょっと嫌かも、しれないです。」

 

 

ハルの言葉にニヤリと怪しげな笑みを浮かべれば、更に畳み掛けるように台詞を吐く。

 

 

「バディだし、ハルぴと師匠みたいにいつもそばに居るんだし。私がアキくんを襲うことだってできるんだよ?」

「……」

「先輩っていう立場を悪用だって出来るよー?」

 

あ、なんか嫌だ。

だって姫野先輩とあっくんが……

 

「"ゴースト"を呼び出して、アンナコトヤコンナコト――」

「いっ、嫌です!なんか嫌……」

 

想像するとやけに胸がざわつく。

上手く言えないけど、大好きな2人があんな事やこんなことでイチャイチャするのは……

 

今朝突発的に"姫野先輩とイチャイチャしてるところ好き"なんて口にしてしまった自分に腹が立つ。

 

 

 

「いいんじゃない?その嫉妬心が生きてるなら。」

「役に立ちます?嫉妬心。」

「ほら、アレアレ。なんだっけ……。あーー、青鬼だ。最悪青鬼使えるでしょ?嫉妬心あれば。」

「……あれの代償知ってますよね?」

「うん、理性。」

「あんまり使いたくないんですよ、青鬼。」

「理性飛ばしたハルぴの姿、私は好きだけど?狂ってて。」

「面白がってませんか?」

「ごめんごめーーん。」

 

 

 

「「……ぷっ」」

 

暗い気持ちが吹き飛ぶくらい2人で笑い飛ばす。

 

酔っ払ってるせいだろうか、頭のネジが次々と外れていっている気がした。

 

さっきまで仲間たちの死について、今にでも吐きそうなくらい酷い空気を纏っていたのに。なんて薄情なんだろうか。

 

いや、

"それくらい"じゃないと、やっていけないんだ。

 

 

 

 

 

 

 

「ていうか姫野先輩。そもそもあっく……早川先輩って、マキマさんのこと好きですよね。」

「えぇえ!?何よ急にー」

「私たちの本当の敵は"マキマさん"じゃないですか?」

「……マキマさん、ねえ」

 

"あー確かに心当たり……"

とちいさな声で呟くと、鮮明にその光景を思い出す。

 

マキマを前にして照れるアキ。

執務室に入る前に服装と髪の毛を整えるアキ。

 

 

 

―――あの女、

 

 

 

 

姫野はグビグビとジョッキの中身を一気に飲み干す。

覚めた酔いが再び体内に逆戻りしてきたかのように顔を真っ赤に染め、クラクラと目を回していた。

 

 

 

 

 

「あの怪しい"糞女"……いつか潰してやるわああああ!」

 

 

店内に響く姫野の悲鳴に近い叫び声。

 

 

 

ていうか、私。

この後マキマさんに会うんだよね。

 

どんな顔して会えばいいのだろうか―――

 

 

 

┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

 

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