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「公安に悪魔の駆除要請―――
森野ホテル内部で悪魔の目撃。ホテル宿泊者の生存不明。駆除に当たった民間のデビルハンター複数人が死亡しているみたいです。
銃の悪魔の肉片に動きあり。おそらく肉片を食べている悪魔です。
―――公安特異4課 6人を出動させます。」
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―――某日 渋谷区 鍋島松濤公園
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特異4課の6人が出動して何日経っただろうか。
連絡はおろか、もちろん安否さえ分からない。
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ハルと岸辺。
悪魔の駆除要請に伴い、出動し討伐を終えた2人。
公園の駐車場に停められた車内で休息を摂る。
運転席でコンビニのおにぎりを頬張るハル、そして助手席では真昼間から酒に口をつける岸辺。
相変わらず、先程の戦闘においても完全放置の岸辺。悪魔を使う程の敵ではなかったため、ハルは代償も何も失っていないのだがどこか納得いかない様子でムッと表情を歪ませる。
沈黙が流れる車内。
しかし、ハルはもう一件気がかりなことがあり、ついつい岸辺にチラチラと視線を送っていた。
「―――何だ。」
「へっ?」
沈黙の車内に岸辺の声が響く。
この男の低い声は不思議だ。耳に飛び込んでくる度にゾワッと背筋が波打つ。
決して悪い声では無いのだが、ふと気を抜いている時にその声を聞くとやけに体が跳ねてしまう。
「"応援はまだか"。そうだろう。」
「…………」
実質、行方知れずになった4課の6人。
アキ、姫野、デンジ、パワー。
そして新人の荒井ヒロカズ、東山コベニ。
無鉄砲コンビのデンジとパワー、しかし彼らは強い。そしてそれを制止できるアキと姫野がいるから基本的に問題はないと思われるが何日も彼らから連絡が入っていないという事実を聞くとそれなりに心配するのが普通だろう。
それに新人の、とくに"東山コベニ"
ついこの前、本部2階の女子トイレで泣き喚いていたのを自分は知っている。あと、駐車場の隅っこで悪魔の血に塗れた彼女が奇声を上げていた事も知っている。そしてそれを必死に宥める荒井と思われるガタイのいい男の子……
……既に民間のデビルハンターを殺している訳の分からない悪魔相手に、果たしてその6人は本当に無事なのだろうか?
たぶんアキの精神が擦り切れるのも時間の問題……
「今日の17時を過ぎても連絡がない場合、俺とお前で現場の森野ホテルに行くことになった。」
「何でそれを早く教えてくれなかったんですか……」
「今思い出した。」
……このアル中男め。
記憶力低下もいよいよか
スキットルに入った酒をさらに口に含み一気に飲み干す。どうやら空になったらしい。手元で軽くスキットルを揺らせば、内心"飲みすぎ、ざまあみろ"なんてハルは胸の中で呟いていた。
「ハル。」
「まだ本部には戻りませんよ。お酒の追加は諦めてください。酒屋にも寄りません。」
「……」
「この後は2課の訓練所に寄らないといけないんです。少しはアルコール抜いてください。」
半ばイラッとしたような呆れたような声色で一刀する。すると再び訪れる沈黙。
ハルは再びおにぎりに口をつけ、車窓から公園に視線を向けていた。岸辺も同じくじっと黙ったまま、外へと視線を向ける。
―――岸辺とバディを組んで数年。
変わらない二人の関係性。
公安に入ったばかりの頃は"先生"と岸辺を慕い、毎日半殺し状態で容赦ない訓練を彼に受け出来た。
そしてしまいには"お前に先生と呼ばれるのも、師匠と呼ばれるのも虫唾が走る"なんて意味不明な事を言われ、"岸辺"さんと彼を呼ぶ事に。
なんとなく過去のことを思い出しつつ、昼食のおにぎりを全て食べ終わる。
"じゃ、行きますか―――"と車のエンジンをかけようとしたその時、思いもよらない言葉が岸辺から放たれた。
「お前、ヒロフミに俺とヤッたこと話しただろう。」
「なんですか?いきなり。……しかもかなり前の事を……」
吉田に会ったのはかなり前のことだ。まあそれからも連絡はとるものの殆どハルが無視している状況だが……
ハンドルに伸ばした手を引っ込め、岸辺に視線を向ける。急な謎発言に思わずこくりと頷き首を傾げていた。
「聞かれたので。というか知ってるものかと。言ったらまずかったですか?」
「アイツ、お前の事を心底好いてるらしい。」
「……はい?意味がわからないんですけど。」
「アキがいるから諦めろと、俺は言っておいたからな。」
「話が見えないんですけど。だから何でそうなるのか。」
会話の内容が無茶苦茶だ。
岸辺と吉田は昔からの知り合いだ。その仲を詳しくは知らないものの、それなりの関係性であるとは理解していた。
「今思えば、岸辺さんに襲われた時まだ17?18とかですよ。未成年相手に大問題。」
「襲われたとは人聞きが悪い。あれは同意の上だった。」
「…あの時は悪魔の毒にやられて頭が回ってなかったんです。まあ…否定はしないですけど。」
多分、この話は長くなるだろうな。
なんて考えつつ、腕時計で時刻を確認するとまだ余裕だ。
食事をとって睡魔が現れ始め、ゆっくりと運転席の座席を倒していく。
ここ最近、なかなか夜も寝付けず休めていない。こんな時こそ、少しでも体を休めよう…
「……確かムカデの悪魔の討伐の後で…。めちゃくちゃに怪我した私を他所にずっとお酒飲んでたんですよ?岸辺さん。」
「あんな雑魚相手に2人も必要無かった。」
「新人デビルハンターに全投げ。その状態で車の中で―――」
まだデビルハンターとして未熟で、慣れない悪魔討伐で血を流したハル。
重症では無いが、そこそこ怪我を負った若手のデビルハンター相手に、隣のアル中男は自分を襲ったのだ。
そして何故か―――
「……見覚えあるんですけど、この光景。」
"座席を倒すんじゃなかった"
自分の行動を今更悔やむハル。
助手席から身を乗り出した岸辺。
気味が悪いほどに表情のない顔が目の前に。
なぜこの男は、私に覆いかぶさっているのだろうか?
「"好きな女"に酷似している。」
「女性を抱く上で最低な理由ですよ。」
「それと、お前は簡単に壊れない。俺はそんな奴が大好きだ。」
この男は突拍子の無いことを無表情で口にする天才だ。
「怪我をしても飄々と無表情で立つ姿。まだ未熟で弱かったお前が、悪魔の懐に突っ込む無鉄砲な行動。」
当時のハルの姿。
それはアル中でぶっ飛んだ脳ミソでもハッキリと残されていた。
「"好きな女"。…岸辺さんが好いてた方って元バディのクァンシさん、でしたっけ?」
「何故知ってる」
「酔いつぶれまくった時に呟いてました。あと過去の人事情報を遡った結果です。」
岸辺の前のバディ。
会ったこともなければ見たこともないが、噂によればめちゃくちゃに強かったらしい。そんな彼女は今は公安に姿はなく、中国に居るとかいないとか。
「元バディのクァンシさん。殴りあったらどっちが強いですか?」
「クァンシ」
「へえ、即答……」
「全人類が集まって素手で殴り合う競技があったら一位。俺はそう例えてる。」
さすが、岸辺の元バディ。
現バディがなぜ私なのかと疑いたくなるほどの感情が沸き起こる。岸辺がそんなことを口にするなんて"よっぽど"の人物だ。
「…ただ、それは"殴り合い"の話だ。」
「というと?」
「悪魔の能力を駆使して真っ向勝負すればお前にも勝機はある。」
「―――へー…」
よかった。
少しは私のことを認めてくれている、のだろうか?
「ていうか。そろそろ退いてくれませんか?」
「……」
「ここ公園なんですけど。真昼間から車内で"コレ"は宜しくないです。苦情が来たら最悪です。」
「アキに内緒で俺と付き合うか。」
「嫌です。アル中男と付き合うつもりはサラサラないです。浮気なんて私は人外がする事だと。」
「どうせデビルハンターは短命だ。だったら多少人の道を外れたことをしてもバチは当たらないだろう。」
「私は早川先輩の事が好きです。」
「好意をを持つこと、欲を満たすことは別物だ。」
岸辺が言葉を放ち、一瞬の沈黙。
そしてその数秒後、ハルの拳が大きく唸る。
「―――甘ったれないでください。」
メリメリと岸辺の左頬に食い込むハルの拳。
しかしそれを喰らった当の本人は勿論表情を変えず、じっと視線を向けたまま。
"甘ったれるな"
なんて、過去のバディに似たように殴られた経験がある岸辺。そのままの同じ光景になぜか勇躍してしまう
「やっぱり。お前みたいなやつは好きだ。」
「何言ってるんですか、岸辺さっ…――ん……ぐ…」
貪るような、欲のにおいがする口付け。
殴ったにも関わらず、油断していたハルは手首を捕まれ、身動きが取れない。
にゅるにゅると厭らしく差し込まれる岸辺の舌。
アルコールの臭いが漂う吐息に、自分も酔いそうだ。
容赦ない岸辺の馬鹿力に力が入らない。
「――ッ…お前を見てると壊したくなる。」
「…はぁ…っ…それってもしかして"殴りたくなる"とか?」
「俺は殴らんがそうとも言える。もしかして自覚あるのか?」
「この前、吉田くんに似たようなこと言われてました。……早川先輩も――」
首を絞めるだとか、殴りたいだとか。デビルハンターの男にまともな奴は居ないのか。…いや、少なくともアキは中でもまともな方だと思うが。
岸辺と吉田はやはり似ている。
「色のないお前の瞳は、やけに人を挑発するらしい。」
「ちょっ…もうやめてください!」
手首を掴む岸辺の大きな手。
今度こそはその力にねじ伏せられてたまるかと抵抗を見せるハル。
するとジャケットのポケットの携帯電話がブルブルと振動し、着信音を鳴らしていた。
「電話です!多分マキマさん!!…ほら!退いてください!」
グイッと無理やり上半身を起こし岸辺を押し返す。大人しく助手席に座り、何事も無かったかのように外に視線を向ける岸辺に殺意が湧きそうだ。
なんて考えている暇は無い。
直ぐに携帯電話を手に取り、応答する事に。
「はい!市川です。」
『ハルちゃん。悪魔討伐後にごめんね。』
「いえ、問題ないです。どうしましたか?」
『うん。2人にお願いがあるの――』
マキマの落ち着いた声。
4課が自分たち1課に"お願い"だなんて。
それに私と岸辺に宛ててだ。
『早川くん達が例のホテルから現れた。怪我も酷いみたいで、直ぐに向かえる?一番現場に近いのがハルちゃん達なんだ。』
「勿論です。」
『うん、ありがとう。それとホテル内の現場確認を。さすがに状況が分からなすぎるから、警察の人たちのバックアップの為に一緒に行動して欲しいの。それは岸辺さんにお願いできる?』
「はい、伝えておきます。…2課には――」
『2課には私から連絡を入れておくから。何もしなくて大丈夫だよ。』
「ありがとうございます――」
よかった。
皆が無事現れた。
怪我の程度は分からないけど、少なくとも"死んだ"なんて報告は無い。
しかもマキマの着信のおかげで岸辺の行動から免れる事が出来たのだ。
ハルは通話を切ると背もたれを戻し、ニタニタと笑みをこぼす。
「マキマさん…感謝。」
「本当にそう思ってるのか?」
「思ってますよ!――で、姫野先輩達が例のホテルから出てきたみたいで、私たちがフォローに行きます。」
「フォロー?」
「怪我をしてるみたいで、私はそっちに。岸辺さんは警察と中の実態調査らしいです。」
「……必要ないだろ。」
「姫野先輩達を何日も行方不明にした悪魔がいるんですよ?少なからず、警察だけで現場に放り込むのはさすがに危険かと。」
手際よく車のエンジンをかけ、ハンドルに手を伸ばす。再び沈黙する2人。
ハルの口元に、アルコールの甘い匂いが厭らしく残されていた。
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「出れた……」
血塗れのデンジがボソリと呟く。
6人はゆっくりのホテルのエントランスを抜け、青空が広がる気持ちのいい外気を吸い込んでいた。
姫野達が銃の悪魔の肉片を捜索するため、出動したホテルに潜んでいた悪魔。なぜか8階から出られなくなり永遠にループする中、それは"永遠の悪魔"の能力だと気づく。
最終的にデンジの心臓を要求するが、"チェンソーの悪魔"に変身したデンジに三日三晩斬られ続け、終わらない、永遠に続く痛みと苦しみに耐えることができなくなり自ら心臓を差し出す形で死亡。
そして今に至る――
漸くホテルの外に出られた。
疲弊しきった6人の瞳は炯々と微かに光り出す。
「銃の悪魔の肉片も取れたし。晴れてるし糞したあとみてえな気分だぜ。……浮いてるみてえだ――」
「っと…――寝ちゃった。」
やっと終わった地獄のループから抜け出したデンジ。その体は力を失い、その場に倒れ込む。
そしてそれを咄嗟に支えたのは姫野だった。
「ずっと寝ずに悪魔倒し続けてたからね。そりゃ普通なら倒れておかしくないわ…」
"よいしょっ"とデンジを肩でしっかりと支え、自身も傷を負った腹部に触れると微かに血が滲んでいた。
「…大丈夫か?」
「大丈夫大丈夫。ていうか、アキくんの方が重傷なんだから。」
アキも同じく怪我を負っておりパワーの支えがないと歩けない状況。それを支えるパワーもいつもの饒舌さが現れないほどに疲れた様子。
そして新人の荒井とコベニは大きな怪我は負っていないものの、今回のこの出来事にかなりの恐怖を覚えたのか黙りと口を開かない。
「アキ君とデンジ君は私たちで病院に連れていく。残り2人で今回のことを報告――」
姫野の言葉が止まる。
そしてその視線は6人の前に現れた人物に向けられていた。
駐車場からゆっくりとした足取りで近づいてくる女性。スーツジャケットに黒のロングコート。そして風に靡く黒髪――
「……ハル…」
アキは目を見開き、その人物の名前を呟く。まさかの人物の登場に驚きを隠せない。同じく姫野とパワーもその人物が現れたことに対し、ホッと胸をなでおろしていた。
「公安対魔特異1課、市川ハルです。マキマさんの要請を受けて参りました。」
6人に近づき立ち止まると口元に微小を浮かべ名を名乗る。あまりにも律儀な登場に姫野は声にならない喜びを上げていた。
「〜〜〜ハルぴ〜〜!まさか来てくれるとはー!!!」
「姫野先輩めちゃくちゃ怪我してるじゃないですか!デンジくんは寝てるし……パワちゃんも"早川先輩"も……」
"新人さんは大丈夫そう?"と朗らかな笑みを2人に向ければ、荒井は微かに顔を赤らめ、コベニは何故か小さく悲鳴をあげる。
「本当にくったくただよー。すぐに病院に行かないとって…」
「それならこちらで手配済みです。すぐに救急車両も到着しますし。パワちゃんには血液の用意も。」
微かに遠くから救急車両のサイレン音が聞こえてくる。抜かりない準備とフォローはさすがお手の物だった。
「おう!さすがじゃ!よく分かっとるのう!」
「あとは唐揚げで十分?」
「元気100万倍じゃあああああ!!がはははははは!!!」
"うん。何だかんだパワちゃんは大丈夫そう"
と内心呟くハル。
そして姫野はハルのバディが見当たらないと気づき、ふと問いかけてみた。
「ハルぴ。"師匠"は?」
「岸辺さんは私とは別行動です。先に担当署に降ろして、これから警察関係者とホテル内の調査を行うとか。」
「だったらこの子達は待機させるね?しっかり現場の状況は見てるし――いいよね?2人とも。」
姫野の視線が新人2人組に。
まるで打ち合わせをしたのか?というくらいに同じタイミングで肩をビクッと跳ねさせハルに視線を向けた。
「はっ…はい!!勿論です!」
「う…ぅ…うううう……(帰りたい)」
威勢よく、そして姿勢よく返事をする荒井。そして対象的なコベニ…
「((岸辺さん。虐めなければいいんだけど。))」
今日1番の不安要素かもしれない。
「病院での手続き諸々。他省庁への報告書も上げないといけないみたいなので、そのフォローも任せてください。あとは岸辺さんが動いてくれます。」
「本当に助かるー…こんな怪我じゃ、まともに頭も働かないし。」
半ば雑用のような仕事にも関わらず快く動いてくれるハル達に感謝しか浮かばない。(岸辺は愚痴を零していそうだが)
そしてどんな時も謙虚で"先輩"と慕ってくれるハルのその存在は後輩のアキ同様に、かけがえのない妹のような存在でもあった。
サイレン音がさらに近づく。
ホテルの駐車場に現れた救急車両に姫野とデンジが乗り込み、パワーとアキのペアも別車両へと乗り込む。
担架に乗せられるアキ。車両に乗せられる前に、久しぶりに再会した彼にそっと近寄る。
意外と怪我が酷いのか顔色はあまり良くないが、会話は十分にできる様子だった。
「ハル。」
「生きてて良かった。――"あっくん"」
"あっくん"というワードに微かに笑みをこぼすアキ。
先程まで地獄をループしていた現実。そして目の前に現れた彼女。それはまるで幻滅と絶望の果てに、最後に縋り付いた一筋の光のように見えるほどに愛おしく感じていたのだった。
「また後で。」
「……ああ。」
車両に乗せられるアキ。
そしてその中で騒ぎ立てるパワー。
いつもの見慣れた光景に、ハルもまた心做しか安心感を覚える。
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「ねっ…ねぇ、あの人って…」
「公安対魔特異課の"最強バディ"って言われてる…市川ハルさんですよ。」
「……ひっ…ひぃいいいいいいいい!」
そしてこの後、岸辺が現れた時。
コベニは気を失って倒れたとかないとか。
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