都合のいい夢を見させて   作:鈴夢

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君の匂いをまといたい

 

 

・・・・・・・・・

・・・・・

 

 

 

 

「やっと寝たね?デンジくんとパワちゃん。」

 

いつもようにキッチンで肩を並べる2人。

そして話初めはだいたいこの言葉と決まっている。

 

最初の頃に比べたら落ち着いてきたものの、相変わらずあの2人は元気すぎる。

パワーは好き嫌い激しいし、野菜は投げるし、お風呂に入りたがらないし(トイレの水はある程度流してくれるようになった)

デンジは面倒見の良いパワーのお兄さんのような雰囲気があるが、調子に乗るとまあ大変。

 

 

 

 

 

「片付けは俺がする。お前は座ってろ。」

「大丈夫だよ。洗い物はデンジくんが手伝ってくれたし、あとは拭くだけ。」

「いいから。座ってろ。」

「……ありがと。あっくん。」

 

食器と布巾を奪われれば為す術ない。

アキの指示通りリビングへと移動し、ゆっくりと腰掛ける。

 

 

「あとで温かい豆乳も入れてやるから。…いい加減薄着はやめろ、体を冷やすな。」

「あっくんって過保護。たかが"生理"なのに。」

「いつも腰と腹押さえて死にかけてるのは誰だ。」

「――はい。私デス。」

 

ハルのひょうきんな声色の返しにクスッと少年らしい笑顔を零すアキ。手際よく洗った食器を片付け、宣言通り温かい豆乳の準備に取り掛かる。

 

「………」

 

そんなハルはとくに何もすることなく、傍らに放置されていたアキのスウェットに手を伸ばし、すぽりと頭から被ると、窓から覗く夜空を見上げていた。

まん丸の綺麗な月。それに引き込まれるように見入る。

 

…腰は重いし、体がだるい。

頭痛薬も口にしたものの、まるで頭に鉛が乗っかっているような感覚。

"女性の月のもの"は何故こんなにしんどいんだろう。男にもあればいいのに。と、毎度毎度思うことだった。

 

今日も1日、そんな状態でよく働いた。

自分を褒めちぎりたい。

 

 

じっと空を見上げているとキッチンの照明が消され、こちらへと向かう足音が聞こえる。

アキがカップを2つ手に持ち、向かい側へと腰を下ろした。

 

そしてハルの専用カップをテーブルに置けば、ふわりと柔らかな甘い豆乳の香りと温かさに包まれた。

 

「……ふわぁ…いい匂い。温かい。」

「飲み足りなかったら言えよ?まだあるから。」

「うん。たぶんオカワリすると思う。」

「飲みすぎて逆に腹壊すなよ?」

「へへへ。はーい。…いただきます。ありがとう。」

 

仕事中の時はどちらかというとピリピリとしている様子の彼女を見ることが多い。冗談を口にしたり、やんちゃな場面も多いがどうやら根は大真面目のようだ。そんな彼女の気が抜けた、解れた柔らかい表情などよっぽどの事がない限り見せることはまず無い。

 

完全に気の抜けた彼女のその姿に、まるで自分も影響されたのか体の力が抜けていく。

肩肘を立て、アキもホット豆乳に口をつければ、そんな彼女を無言でじっと見つめていた。

 

 

「何?じっと見て。」

「…その顔。俺だけのモンなんだよなって。」

「そう。あっくんだけのもの。」

「……」

「あっくんのその顔も、私だけのもの。だよね?」

 

照れているのか、アキの表情が擽ったい。

 

"あーー。でも姫野先輩は見たことあるかもな〜"とわざとらしく声を上げるハル。大したことの無い話なのに、2人でくだらない話をして笑い合えるのはとても幸せな事だった。

 

 

 

「――そういえば。今日面倒な悪魔に遭遇しちゃって。お陰で左足の親指の"末節骨と元節骨"に中指の"末節骨、中節骨、元節骨"を取られちゃった。」

「だからやけに右重心だったのか。」

「そう。ていうかよく気づいたね?」

「お前のことなら、どんな些細なことでも気づく。」

 

サラッとカッコイイことを口にする。

ほんの少ししか歳は変わらないはずなのに、佇まいや気のつかい方も年相応じゃない、なんていつも考えていた。パッと見、クールで無愛想で冷たい人に見えるけどこの人は優しい。

よく人を見ている。

 

そしてこの人は、心を持ってる。

 

 

 

 

「これで、左足指は全部失くなっちゃった。バランスも取りずらいし、見栄えも良くないし、もうサンダルは履けないな〜…。せっかく夏に向けて可愛いサンダル買ってたのに。」

「俺は気にしない。」

「私は気にするの。一応こんなでも年頃の女の子なんだから。」

 

"ほら?見てみ?"と左足の靴下を脱ぎアキに見せつけるもこれと言った反応は見せない。

どうやら本当にどうでもいいのだろう。

 

 

「最近さ、悪魔の動きも怪しいし。なんか強いのが増えてる気がしない?」

「そうだな。」

「この前のホテルの件もかなり大変だったとか。」

 

話によれば、なぜかデンジの心臓を狙った悪魔が現れ、苦戦を強いられたということは把握していたのだ。

最近の悪魔の動きはやけに活発。

自分も次々に代償として体が削れていくのは、やはり気持ち的にもショックなこともある。

 

 

「…俺のことはともかく。お前は最近どうなんだ?」

 

テーブルに乗せていた右手に、向かいのアキの左手が添えられる。大きな手に包まれる自分の手を見ると、何だか恥ずかしくて擽ったい気持ちになってしまう。

 

 

「ちょっと疲れたかも。あまり休みも取れてないし、岸辺さんには振り回されるし、変な夢も見るし……」

「変な夢?」

「ほら、アレだよアレ。……デーくん。代償の代わりにたまに悪夢を見させてくるの。」

「……悪夢って……淫夢だろ?確か。」

「え!?何で知ってるの?」

 

……さてはマキマさんか、もしくは姫野先輩が話したに違いない。

"性"に関するような事に関して、いくら恋人のアキだとはいっても男性に話した記憶は一切ないのだ。

 

 

「青鬼。代償は理性。

それを、何故か鬼の悪魔はお前の夢を代償に変換してる、とか。」

「……まあ、そういう感じ。」

 

なんとなく気まずい話題に表情が強ばる。

まさか、アキに吉田との淫夢の話などできるわけが無い。……いや、そもそもあれが本当に夢だったのかも定かではない事実……

 

 

「…………」

「本当に、迷惑な悪魔でしょ?桜も鬼も――」

 

"ふっ"と眉を下げて困ったように笑う彼女。無邪気に笑うその顔の裏に、一体彼女はどんな本心を隠しているのだろうか。しかし、それを聞いたところで恋人の自分には安易に話してくれないだろう。

……そうなれば、言葉でなく行動で少しでも彼女に近寄れたらと。

 

 

 

「…………」

 

 

いきなり無言で立ち上がるアキ。

そして対面側の自分の元に来ると、背後から優しく抱き締められる。

まるっと体を包むように、アキの抱擁は優しかった。

 

 

「……あっくんってさ。」

「ん?」

「なんで後ろからハグする事が多いの?」

「…………」

 

素朴な疑問。

彼はどちらかというとバックハグが主流だ。

えっちの後は前からハグしてくれるけど……

 

「あー……わかった。」

「!?」

 

察したハルは意地悪そうな笑みをニタニタと浮かべ、アキの表情を見ようと背後へ振り向く。

 

 

 

 

「顔でしょ?」

 

至近距離には詰められたアキの表情は恥ずかしそうに赤らめていた。

どうやら、ハルの矯正された顔は擽ったいほどに恥ずかしいらしい。

 

「その顔。私だけのものね。」

「…………」

「かっこいい顔も、間抜けな顔も大好きだよ。」

「……〜〜〜〜はぁ……」

 

至近距離に耐えられず、アキは自身の手で顔を覆えば恥ずかしさでたまらなくため息が漏れ出していた。

 

「あとはなんだろうな〜。後ろからだと攻めやすい?羽交い締めにすれば簡単にねじ伏せられるし。」

「……ち、違う!ていうか、お前はそうやってすぐにそっち方面に話を――」

「し〜〜〜っ!声大きい!……起きちゃうよ?デンジくんとパワちゃん。」

 

 

ハルはアキの両頬を指で掴む。

そんなくだらなさ過ぎるこの時間に、2人は再び小さくケタケタと笑っていた。

 

 

「……俺、ハルの匂いが好きだ。」

 

再び強く抱かれる体。

アキの通った鼻筋がハルの首に擦れる感覚に、妙にビクッと反応してしまう。

 

「甘くて、花みてぇな匂いして。お前が隣にいる夜はよく眠れる。」

「安眠効果、リラクゼーション効果絶大だね?私。」

「……真面目に聞けよ…」

 

本当に雰囲気をのうのうとぶち壊す奴だ、なんて脳内で考えるもその陽気な彼女に幾度となく救われてきた。

 

今、自分の腕の中にいるこの事実に、現実に。アキは夢心地でゆっくりと瞼を閉じる。

 

 

「死ぬかもしれねえ毎日にハルが居て。…何度も夢と現実を行き来してるみてぇで。……たまに分からなくなる。」

 

アキの低く艶のある声が少しずつ力をなくし、弱々しい声色へと変化していく。

 

 

 

「死ぬ瞬間に"お前の匂いを纏って死にたい"。」

 

 

 

 

ふわっと香るハルの匂い。

それは極楽浄土への入口に誘われるような、幸せな匂いだと言わんばかりにアキは吐息を漏らす。

 

そしてそんな言葉に、ハルはなんとも言えない複雑な表情をすれば重苦しいこの空気を断ち切ろうと言葉を放つ。

 

 

 

 

「――詩人?」

「いちいちツッコミ入れんな。」

「だって、本の一説にありそう。」

「……お前…」

 

再びアキの口から盛大なため息が漏れ出す。

そして、ハルはくるっと体を反転させアキに跨る形で互いに向き合えば、アキの唇に人差し指を添える。

 

「そもそも、あっくんは簡単に死なないでしょ?」

「……」

「…死ぬ、なんて言わないでよ。」

 

 

 

デビルハンターは短命。

そんな事は分かりきってる。

でも、いざ恋人の口から死を連想するような言葉が放たれると良い気はしない。

 

分かっていることを、改めて聞きたくなかった。

 

 

 

 

 

 

 

「あ!そういえばさ!明日だっけ?飲み会。」

「……ッあ、ああ……」

「姫野先輩に聞いたけど、マキマさんも来るんでしょ?珍しいよね

 

突然の話の変換に、パッと驚き目を見開くアキ。

どうやら、この重苦しい話はもう終わらせたいらしい。それを察するとアキも話題を変え、ハルの会話に合わせていく。

 

 

「お前は来ないのか?」

「何で4課の歓迎会に1課の私が参加するのよ。」

「円さんも伏さんもお前に会いたがってたし、別に関係ない。」

 

円さん、伏さん。

2人とは面識があり4課にいる時はかなりお世話になった仲だ。

そして大事な先輩でもある。

 

 

「確かに昔4課に居たけど……明後日の準備もあって無理なんだ。」

「準備?」

「マキマさん。明後日京都出張でしょ?私が同伴予定だったんだけど、やっぱりこっちに残れって言われちゃって。その引き継ぎとかしないといけなくてさ。」

 

明後日、京都出張が控えているというのに前日に飲み会に参加するなんて、マキマさんは案外フットワークが軽いらしい。

ハルもその飲み会に興味はあるが、まともに休めていない分無理は禁物だ。それに引き継ぎやら仕事はたんまりと溜まっていたのだ。

 

……まあ、それは一重に何もしないバディの存在のせいもあるのだが……

 

 

「また話し聞かせてよ?デンジくんとパワちゃんが飲み会でどれだけ暴れたか。……あとはキス魔姫野先輩がデンジくんにどんなチューーーするか。」

「確かアイツ。姫野先輩と約束してたな。」

「約束って?」

「べろ入れたチューがなんとか。」

「初キスは姫野先輩か〜。何も無い事を祈っておくね。」

 

 

酔っ払ってキス魔になった姫野にいい思い出は無い。この前の昼飲み泥酔事件がいい例だ。

 

 

 

 

 

「ねえねえ、あっくん。一段落したら2人で旅行行かない?」

「俺も考えてたところだ。有給もあるし。」

「問題は早川家の家事だね。」

「…………考えたくないな。」

「ていうか2人も連れていけばいいんじゃ……」

「絶対嫌だ。」

「え〜!いいじゃん!楽しそう!」

 

 

なんでなんで〜?と超至近距離でアキに迫るハル。

すると突如、唇にアキの柔らかな唇が重なると、甘いキス攻撃に襲われる。

 

 

「んっ……んぅッ……」

 

逃げようとしても後頭部にアキの手の力が加われば逃げることが出来ない。なんどか角度を変えながら、舌が絡む深いキスが続けられると下半身が疼いてしまう。

 

静かなリビングに響く2人の生々しい水音。

執着するように何度も唇が重なれば、口の端から垂れる2人の唾液。

官能的で、体が痺れてしまう。

 

 

 

 

 

「……ぅ……んはっ……はぁ……はぁ」

 

 

唇が離れた瞬間、体が酸素を取り込もうと大きく呼吸を促す。その目線の先で、とろりと溶けそうな表情のハルにたまらなく愛おしさを覚える。

 

 

「……アイツらが一緒に来たとしたら、こんな事も簡単にできねえ。」

「…まあ、そうかも、ね。」

「お前と旅行行くのに、全部我慢するのは嫌だ。」

 

ハルの隣の争奪戦だろう。

ハルとアキが手を繋いで道を歩こうものなら、デンジとパワーの容赦ない蹴りを喰らいそうだ。

飯も落ち着いて食べれない。夜も夜で別部屋にしたとしてもアイツらは夜な夜な枕投げなり仕掛けて宿泊先からお咎めを食らうのは確実。

 

……という景色が容易に浮かんだ。

 

 

「簡単にえっちもできないもんね。」

「今でさえどれだけ気を使ってるか……」

「確かに、旅行は2人がいいな?1回くらいは2人で行きたいかも。……だってさ、私――」

 

ハルの唇がアキの耳元へと移動する。

 

「――あっくんをめちゃくちゃに唸らせてみたいんだ、私。」

「ッ……」

「私ばかりやられっぱなしじゃ納得いかないし。うちに来た時はアレだけど、ここだと絶対に声抑えてるもんね?」

 

 

 

"あっくん"

 

 

甘い匂いと鼓膜に響くハルの声。

それはアキの理性を掻き立てるほどに凄まじい威力を放っていたが、今日はハルを無理させることはできない、と必死に堪える。

 

 

 

 

 

「だいすきだよ。あっくん。」

 

 

ハルの柔らかな唇が額へと押し当てられる。

 

色っぽい、官能的なハルの表情に対し、

自らの描く遠い夢をうっとりと見やるような表情を浮かべ、酔いしれるアキの顔つき。

 

 

 

 

そして2人は、再び唇を重ね合った。

 

 

 

 

・・・・・・・・

 

 

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