「この子が…例の」
「ああ…」
神妙な面持ちで俺とサイトウが言葉を交わす。
ネーナジム裏のバトルフィールド。
ただ草抜きしてラインを引いただけの場所だが、日夜俺とポケモン達が鍛練する大事な場所だ。
二人して見ているのは、そのフィールドに垂直に突き刺さった「とあるもの」。
それは丸みを帯びた鋼だ。
それは節々に針金のような脚が生えている。
それは、地面に突き刺さったアイアントだった。
「アイァン…」
「わー泣くな泣くな!錆びるぞ!」
サイトウにアイアントを引っこ抜いて貰い、ジムへと戻る。
作戦会議が必要だ。
「『驚異の3連続!当たらないストーンエッジ!』だそうです、先輩」
「要らないよ音読は。とっくに読んだわ」
何が『前代未聞の記録として後世に語り継ぐべき試合でした』だよ。
やかましいよ。残すなそんな不名誉な記録。
「アイ…」
アイアントが凹んでしまっている。何も悪いことはしてないと言うのに。
記事になっているのは昨日のひこうジムとの試合のことだ。
むしポケモンでは辛い相手だが、アイアントは「はがね・むし」の複合タイプ。
これが優秀でほのお技以外からは効果抜群を受けることがない。
俺はひこうタイプに対抗するため、アイアントを主軸にして《ストーンエッジ》で攻める作戦を取った。
勿論、俺だってこのアイアントの事は解っていた。
この子は気が弱く、本番に弱く、プレッシャーに弱い。
優れた耐性の体とは裏腹に弱点だらけのメンタルをしているのだ。
なので当日はアイアントの好きな音が鳴るボールを持ち、少しでも落ち着けるようにお気に入りのポケじゃらしを振りながら試合に臨んだ。
《ひかりのかべ》も《リフレクター》も張って、一度外しても二度目を打つチャンスが作れるようにもした。
そして、結果があの記事になった。
《ストーンエッジ》は外れに外れて。
俺はもう逆に笑ってたよ。ポケじゃらし振りながら。
タマムシ大学の学者さん曰く三回連続で外れる確率、0.8%らしいよ。奇跡かな?
やっぱり学者さんが紙の上で作った数字なんて信用するもんじゃねえなぁ!
あ?試合?負けたよ!アイアントはよく耐えたけどな!
「《はりきり》…中々難しいとくせいのようですね」
アイアントのとくせいは《はりきり》。
力が強い代わりに命中率が落ちてしまうというとくせいだ。
これ、性格じゃないのか?
「それにしたってこいつは特別に不器用過ぎると思うけどな」
さっきなんて試しに《ギガインパクト》撃ったら、何故か地面に垂直に刺さっちゃったからな。
そうはならんやろ。
見ていた俺とサイトウも思わず言葉失ってしばらく固まってたもん。
どういう軌道で刺さったのあれ?
「恐らくですが…力が入り過ぎているのではないかと」
「アィアン?」
「お、格闘家っぽい意見」
因みにサイトウがここに居るのは偶然だ。
こいつ、最近ジョギングコースにネーナタウンを組み込んでるからな。
しかも、一応ある道を使わずに山登ってるらしい。それ、ジョギングじゃねえよ。
「詳しく頼む」
「私も師範代によく言われるのですが、失敗を恐れるあまり気を張り過ぎているのだと思います」
なるほど。次は何とかしなければ!と力を込めすぎて逆に失敗する。
うーん、悪循環になっているのか。
「因みにサイトウはどう解決するんだ?」
「その、時折趣味のスイーツ巡りに…」
息抜きか。
別に恥ずかしがらんでも女の子なんだから女の子らしい趣味でいいと思うけど。
うーん、キャンプとか行ってみるか?
一回勝負事から離してみて…
「アィアィ!」
話を聞いていたアイアントがその場で急にだらーっとし始めた。
「どうした急に‥‥いや、そうか!」
思い出した。
そういえば、アイアントは集団が大きくなると、一部がサボり始める性質があるらしい。
とくせいも《なまけ》になってしまうとか。
だけど、それはサボっているわけじゃない。集団における余剰リソースであり、緊急時のための補充要員なのだ。
つまり、アイアントにはそもそもサボる本能が備わっているのだ!
休めと言われれば休める!それがアイアントの才能だったんだ!
「アィアィ…!」
ほら、今も気合を込めて難しい顔をして全力で休んで―――
「アィアイア‥‥!」
休んで――――ないな。これ。
むしろ節々まで気合入れてプルプルするほど力入れてて疲れそう。
息止めようとすらしてないか…?
「もうちょっと簡単に出来る方法にしましょうか」
「休むって案外難しいんだな」
「それはもう。自分の心をコントロールすることですから」
もう一度フィールドに出ていく俺とサイトウとアイアント。
サイトウがアイアントの前に立ち、指導を行う。
すっごい今更なんだけども、あいつ面倒見いいな。
一応俺と同じリーグで争う関係なんだけど、これは敵に塩を送ってるんじゃないのか?
「いい?私と同じように真似してね」
「アイ!」
「まずいっぱい吸ってー」
「アィー」
「吐いてー」
「ィアー」
何度か深呼吸をして。
それだけのことだが、効果はあった。
アイアントの呼吸が深く、一定のリズムへとなっていく。
横から見てても落ち着いたかな、と思ったタイミングでサイトウがアイコンタクトを送ってきた。
よし。
「アイアント!《アイアンヘッド》だ!」
今までとは動きが違った。
短時間ながらサイトウの手ほどきを受けたおかげだろうか。
その動きには武のような無駄のなさまで感じる。
自分の身体を完全にものにした。
そう思われる躍動。
全ての怪力、全ての技が一つに重なり―――
アイアントは勢いよく地面に突き刺さった。
「すみません。力及ばず」
「いや、助かったよ。そもそもサイトウが力になろうとするのがおかしいと思うぞ」
さっきも思ったけど、職業的には敵みたいなもんだ俺達。
ダンデさん風に言うならライバル。
「そうなんですが、何だかあの子…」
そこで意味深に言葉は切られてしまった。え?何?
『私に似てるから放っておけない』とかかな?何かそれっぽい事言ってたし。
「それにサイトウのおかげで何となく答えは見えた気がするぜ
ぶっつけ本番にはなるかもしれないが…次の試合には負けられないからな」
勝つためにはどうしても新しい切り札が欲しい。
格下の俺が勝つためには相手の意識の外から攻撃するしかない。
今はボールの中に居るアイアントを見る。
自信なさげな顔だが…俺は信じてるぞ。
「ネズさんとの間に何か因縁が?確かにタイプ相性は有利ですが」
次の試合はネズ。
確かに相性は有利だが、それだけが負けられない理由ではない。
相手がジムリーダーの中でもトップクラスに強いから、でも足りない。
もっと深い理由がある。
それは俺にとって場合によってはメジャーに行くよりも大事な話だ。
「絶対に許せない。
あいつ、めっちゃかわいい妹が居てクッソ羨ましいもん!」
サイトウは帰った。
因みにはりきりアイアントが実際に三回外す確率は約4.67%ぐらいだそうですが、タマムシ大学でも個体差ありそうなはりきりの命中率には正確な数字は出せなかったという体でお願いします