ネズ。
スパイクタウンジムリーダー。
専門のタイプはあく。
彼はガラルポケモンリーグでは、極めて「異質」なことで有名だ。
唯一、ダイマックスを使わないジムリーダー。
最早ガラルポケモンリーグでは常識となっているダイマックス戦。
ネズの試合ではそれが起きない。相手のダイマックスを封じ、流し、活躍をさせない。
派手で大味な試合が好まれやすいガラルではこの異質さが際立っているのだ。
が、異質でありながら彼の人気はリーグ内ではかなり高い位置にある。
副業であるミュージシャンとしての知名度?
それとも単に優れたビジュアルだから?
違う。強いからだ。
トップジムリーダーを人に聞いた時、一番に出てくるのはキバナとして次に出てくるのはネズだ。
三人目になれば悩むかもしれないが、二人目までは誰も悩まない。
ネズはそれほどに強い。
ダイマックスを必要としない『華』がネズの強さにはある。
「だからこそ!『これ』で挑ませてもらうぜ!ネズ!」
俺はアイアントをボールへと『戻す』。
「へぇ…随分な《ちょうはつ》しやがりますね」
右腕に巻かれたダイマックスバンドが光り、モンスターボールへ。
パワースポットから発生するガラル粒子がボールの中のアイアントへと注がれていく。
巨大化したモンスターボールを何とか肩を使って抱えた俺は全身を使ってぶん投げる。
「アイアントの一念、鋼をも通す!押し通るぜアイアント!」
「アイアアアアアアアアアアアアアアアン!」
巨大な鋼の虫が、吠える。
フィールドを見下ろす赤い目が、タチフサグマを見据える。
ネズが改めてアイアントを見上げながら呟く。
「ああ、例の《ストーンエッジ》の子ですか」
「ちょっと待って、有名になってんのこの話」
「そりゃあ、なるでしょう。あんなの」
「あんなの言うなし!たった三回外しただけだろ!」
くっ…ネズにすら知られていたとは。
そ、そんなに広まったりしてないよな?
ダイマックスを前にしてもネズに動揺はない。
マイクを振り回し、タチフサグマへと指示を出す。
「顔も会わせたくない。君に会いたくない。居なくなるまで《あなをほる》」
止める間もなくあっという間にタチフサグマが地面の中へと消えていく。
ダイマックスには時間制限がある。
地面の中に逃げて、ダイマックスが切れるまで待つ気だろう。
一度深呼吸。
想定通りだ。
これで、邪魔はない。
後はアイアントの「ゼンリョク」に賭ける。
俺のジムにはパワースポットがない。
試す時間はなかったので、ぶっつけ本番だ。
「アイアント」
サイトウは言っていた。
失敗を恐れて、力が入り過ぎている、と。
アイアントにとって失敗とは何だろう。
攻撃を外す事?期待に応えられない事?
言っちゃなんだが俺は外しすぎて笑っちゃう主人だ。
多分それはないと思うんだ。
じゃあアイアントは何を恐れているのか?
「お前、自分の力が怖いんだろ」
巨大化しているアイアントが俺の言葉に耳を傾けている。
言っている事が合っているかどうかは分からない。
でも、もし。もしもだ。
制御出来ないくらいの怪力にこいつ自身が振り回されているとしたら。
自分の力が強すぎて、何が起きてしまうか分からなくて。
それで必死に抑え込んでいつも生きているんだとしたら。
そんなの、楽しくないんじゃないか?
「好きにやろうぜアイアント。身も心もダイマックスしていけよ」
俺は「失敗」よりも「楽しい」を応援してやりたい。
だから、叫ぶ。
「やっちまえアイアント!全力で!!」
ガラル粒子が思いに応えるかのようにアイアントの周囲で光り輝く。
標的はフィールドそのもの。これなら外しようがない。
アイアントが解き放つゼンリョクのダイマックス技!
《ダイアース》。
その力を地面へと、振り下ろす。
瞬間、フィールドが爆発した。
「ははは‥‥マジかぁ!」
ダイマックスの技は大災害みたいなものだと俺は思う。
山みたいな巨体から繰り出される技だから当然なんだけど。
それにしたって。
それにしたって、だ。
フィールドが叩き割れるなんてこと見たことねえぞ。
「アイアアアアアアアア!」
崩壊したフィールドで大怪獣のように吠えるアイアント。
昨日の申し訳なさそうな姿などもう微塵もない。
うわぁ。俺外しちゃいけない枷を外しちゃったかも。
「最高」
だが、後悔はない。
むしろスカッとした。
スタッフさんが後ろで凄い悲鳴や怒号をあげている気がするが、聞こえないですね。
俺、試合に集中してるんで。
多分観客が派手な技を見た歓声の聞き間違いだろう。うん。
ガラルは派手な試合好きだからなぁ。
「ガ、ガラワルルル…」
ぼこっと割れた地面から何かが現れた。
タチフサグマだ。ふらふらと目を回して、そのままぶっ倒れる。
「流石にあんなのされたら穴の中でも危険でしたか」
フィールドの各地で緊急用のスプリンクラーが噴出している。故障かな?
スタッフが頭上で両腕を交差してるがあれ何してるんだろうね?さっぱり分かんないや。
ネズもそちらを見て面白そうに口角を歪める。次のモンスターボールを取り出した。続ける気らしい。
ネズ、リーグ運営、というかマクロコスモスのことまあまあ嫌いだからなぁ。
しつこいスタジアム誘致の意趣返しかな。
俺?俺はマクロコスモスに悪意なんてないよ。
ただ、このまま試合を楽しみたいだけだ。
「爆発寸前!《ふいうち》かませよ!スカタンク!」
出してきたのはスカタンク…ズルズキンでカウンターかと思ったけど。
何にせよ、俺のやることは変わらない!
策があるなら踏み潰す。
力イズパワー!
「さあもう一度行くぜ!《ダイアース》!」
「飛び込め!《ふいうち》だ!」
もう一度大きく振りかぶるアイアント。
そこへ飛び込むスカタンク。
頭を抱えるリーグスタッフの皆さん。
不意を突いて至近距離まで近づいたスカタンクが爪で一撃を与えてくるが、今のアイアントはそんな《ふいうち》じゃ止まらない。
そのままスカタンクごと地面に叩きつけ‥‥あれ?何かスカタンク近くね?
もう一度、大きな爆発音。
「なあああああ!?」
今度はただの衝撃だけじゃない。
爆炎と爆風が飛び散る別の爆発が同時に起きた。
爆発に巻き込まれたアイアントが痛そうに目を細めている。結構なダメージを食らった。
反動ダメージ…じゃない。
「スカタンクの《ゆうばく》か!」
「お前にしちゃ早いじゃないですか、アベリ」
自分が戦闘不能になった時に、貯めているガスを爆発させてダメージを与えるスカタンクのとくせい。
本来なら、ダイマックス技で《ゆうばく》のダメージを食らうようなことはない。
だが、ネズは俺達が無防備なのをいい事に、超至近距離まで近づく事でダメージを与えてきやがった。
アイアントの超パワーを見て受け流すのは無理と判断して、削りに来たのか。
「そろそろメインの交代ですよ」
「アイアァァァ…」
そして、このタイミングでダイマックス終了。
最後の《ゆうばく》で負った傷をそのままに、アイアントが元の大きさへ戻っていく。
「《アンコール》はないが、再登板はある!ズルズキン!」
そして、出てくるのはズルズキン。
散々やられた、あのズルズキンだ。
だけど、さっきとは違う。こっちの手持ちは残っていて、ネズの手持ちは二体倒した。
間違いなく優勢だ。
「流れは掴んだ。このまま押し切るぜ!アイアント!」
「哀愁のネズ、この程度の鉄火場など何度も潜り抜けている!」
マイクを大きく回すパフォーマンス。
むしろキレが増しているような動作。
更に俺を指さしながら痺れるような声で呟く。
「もうマイクは手放さねえ。ここからは俺達のステージだ」
うぐぐ。ちょっとかっこいいなこいつ。
そう、ネズからすればダイマックスが活躍してしまう事だって当然経験しているに決まっている。
それでも強い。
それでも勝つ。
だから、ネズは人気なのだ。
「アイアント、まだまだ暴れたりねえよな!」
「アイ!」
ぶっ壊れたフィールド。傷だらけの身体。
アイアントは伸び伸びと俺の指示に返事をした。
ネズがいくら強かろうと俺達に変わりはない。
楽しみながら、挑んでいくだけ。
「アイアント!《ストーンエッジ》!」
=サイトウ視点=
ワンリキー達とスパーリングの準備をしているとスマホロトムがニュースサイトの情報を受信した。
確認するとアベリ先輩の試合について書かれている。
エンジンシティのスタジアムの大規模な破損。
それによるスケジュール調整などについてリーグ側が苦しんでいる事が分かる。
大きく書かれた見出しは【大破壊!むしジムリーダーアベリの暴挙!】。
だが、使われている写真は試合後のアイアントとアベリ先輩が何故か誇らしげにカメラへを笑いかけているようなものだ。
あまりにふてぶてしくて、見ているこっちも笑ってしまう。
横から記事を覗き込んでいたワンリキーが、写真を指差す。
どうやら私と同じことを思ったらしい。
「やっぱり似てるよね、アベリ先輩とアイアント」
昨日見た時も思ったけれど、写真の中で笑う姿は尚更似ていた。
なお、試合は負けました。
アイアント ♀
せいかく おくびょう
とくせい はりきり
実はマクロコスモス勤務の父親から譲ってもらったポケモン。
元はマクロコスモスで貸し出されるレンタルポケモンだったのを引き取った形。
お仕事で働いている最中、力が強すぎて事故を起こしてしまった経験がある。
それ以来、自分の力に気を使い、肩肘張って生きてきた。
父親は以上の経緯はあえて説明せず、アベリに託した。
もうバトルは出来ないだろうから、ジムに居る保護ポケモン達と一緒に穏やかな生活を…と思っていたら普通にバトルで使われててひっくり返ったらしい。
本作のヒロイン街道を独走状態。