「まさか君もウルガモスを追いかけていたとはね‥‥」
ワイルドエリアでは天候が信じられない程変わる。
突如豪雨が降り出したため、俺とカブさんは近くの洞窟へと避難した。
ウルガモスはほのおタイプ。
雨の中を無暗に動き回っても見つからないという判断だ。
「カブさんこそ『まさか』でしたよ」
カブさんもウルガモスを探してこの奥地まで来ていたらしい。
ただ、俺とは経路が全然違った。
カブさんはもっと広域を一気に虱潰しで探していたらしい。
ずっと手がかりがない日々が続いていたが、ここら一帯を縄張りにしていたジュラルドンが倒されているのをようやく発見。
手酷い火傷からウルガモスの犯行と見て、範囲を一気に絞って探索していた、というわけだ。
ワイルドエリア、くっそ広いのにバイタリティーがすげえ。本人は俺のやり方を非常に効率的だ、と言っているが、こんなもん偶然当たっただけだ。空振りする危険性はかなり高かったと思う。
カブさんがウルガモスを追いかけているのは当然ほのおタイプだから。
しかし、納得もしづらい。
確かにカブさんはほのおタイプの専門家だ。
だが、俺みたいに安易に新戦力に頼るよりは今居るポケモンと鍛錬を重ねていくタイプだと思っていた。
いや、俺だって鍛錬してるけどね?
カブさんはもっと自分に厳しいというか。
「そうでもないよ。アベリ君からどう見えているか分からないけれど、ぼくは今でもチャレンジャーのつもりだ」
いつの間にか集めた薪にマルヤクデが火をつける。
火を瞳に映して、カブさんは語る。
「いつも新しい事、新しいものへ恐れず手を出していきたい」
熱い。流石は燃える男、カブだ。
「君達みたいな若い世代に負けてられないからね」
その視線がいつかのチャンピオンと重なる。
『これからも俺のライバルとして、一緒に強くなっていこうぜ!』
眩しい。
あの日返した俺の言葉は後悔しているが、それでも、目が焼ける程眩しい。
「いやぁ、マクワやサイトウはともかく俺は‥‥」
眩しくて目を逸らした。
実際、万年マイナーだしな。
今年だって厳しそうだと再認識したばかり。
ちゃんとメジャー常連なカブさんとは、同じジムリーダーだが同格とは言いづらい。
「そんなことはないさ。君は立派なジムリーダーだよ」
目を逸らす俺をカブさんはまっすぐ見据えている。
正直もうこれだけで格付け終わってる感あるよ。勝てない。
立派なジムリーダー、か。
俺はあんまり名乗れないんだよなそれ。
就任の事情からして、あまり立派ではない。
「あー俺はほら、先代があれだったんで」
カブさんはマクロコスモスのリーグ改革前から活躍するベテランのジムリーダーだ。
むしジムを取り巻く状況については、多分俺より実体験として理解している。
「ああ、あの人は……失踪したんだったね」
そう、失踪。
先代は失踪してジムリーダーを引退した。
表向きにはそうなっているし、実際失踪はしているんだけど。
前後関係が逆なのだ。
先代は『失踪したからジムリーダーをクビになった』のではない。
『ジムリーダーをクビになったから失踪した』のだ。
先代は数十年前から試合での不正行為を行っていた。
賭け試合、八百長、対戦相手を故意に負傷。
あくどい事は大抵やっていたらしい。
悪そうな奴ら(当時のリーグ上層部)も大体友達だったっぽい。
ダンデが来る前はガラルリーグ黄金期と呼ばれたマスタードの時代も、群雄割拠の戦国時代だったピオニーの時代も、ずーっと生きてきたガラルリーグの闇の生き証人。
一撃必殺技を主体にしたダーティープレイの害虫。
俺は一個人としての先代は嫌いじゃなかったが‥‥マクロコスモスは当然許さなかった。
十数年前、リーグのトップにローズ委員長が就任すると共に進められた改革。
急進的だがメリットを続々出す革命の前に、腐っていたリーグ上層部は次々と沈黙。
のらりくらりと躱していた先代も、ついには証拠を掴まれた。
そして、近日中に逮捕と言った段階であの人は失踪したのだ。
『はっ、こんなの楽しくねえな』
そう言い捨てて。
門下生も巻き込まれを恐れて蜘蛛の子を散らしたように去った。
残ったのはジムに入ったばかりで全然内情を理解していなかった俺だけ。
いやービビったよね。
いつもみたいに先輩達の試合(それも賭けやってたらしいけど)見て勉強させてもらおうと思ったら、警察みたいな人達が家探ししていて俺も捕まるんだもん。
訳わからないまま手錠掛けられてアーマーガアで運ばれたんだぜ?
人生終わったと思ったよマジで。
前科つくと思うじゃん。弁護士の知り合いも居ないし。
だが、マクロコスモスの取調室(?)に数日押し込められていた俺に与えられたのは前科ではなかった。
突然ローズ委員長がやってきて言ったのだ。
『申し訳ありません。全く関係のない君を巻き込んでしまいました』
『今はガラルの未来に向けて、準備を整えている真っ最中』
『ある種の熱狂で、少し暴走してしまった社員が居るようで…悲しい事です』
『ですが私は今も、共にガラルの未来を目指してくれる仲間を集めているんです』
『どうでしょう?あなたならとっても楽しいジムリーダーになれると思いますよ』
「醜聞が広まったむしジムに就任してくれれば誰でもよかったんですよ、多分」
一先ずの穴埋め。
誰も居なくなったジムに唯一残っていたジムトレーナーという『ちょうどいい人材』。
ジムリーダーにしてもらったことにはローズ委員長に感謝しているが、多分実力が評価されたわけじゃない事も分かっている。
「まぁ、なった以上はメジャー目指してますけどね」
雨音しか響かない洞窟内が、あまりに静かなせいだろうか。
気付けば俺は普段喋らないような弱音までペラペラと喋ってしまっていた。
何だこれ恥ずかしくない?
マクワが敗北後引きこもる気持ち分かるわ。
あまり長く話したつもりはない。
ただ俺が成り行きでジムリーダーになったというカブさんなら既に知っていそうな話。
だけど、黙って聞いていたカブさんは少し間を置いて話し出した。
「それでいいんだよ、アベリ君。きみは当たり前だと思っているかもしれないが、それは『挑戦』だ」
「え?」
「君は自分を誇れないようだけど、自分を変えようとするその挑戦は誇るべきことだよ」
挑戦。
俺からすればそれはあまり現実味のない言葉だ。
「夢」や「目標」に向かうこと。
いつか俺の中から消えていた言葉。
メジャーを目指したのはただジムリーダーとしてやるべき事が分からなくて。
それがいつしか、胸を張って立つためになっていて。
ただ、それだけだったのだけれど。
「ぼくだってきみと同じだ。恐らく観客の多くはぼくの事を「終わった選手」として見ているからね」
そんなことはない、と言おうとした。
でも、出来ない。
キバナ、ネズ、ルリナ、ヤロー、マクワ、サイトウ‥‥
そして、チャンピオンのダンデ。
今の時代は、強すぎる。
そしてカブさんは『これまで』の選手。
きっと『これから』の選手ではない。
そんなことはない、ともう一度言おうとした。
だが、その前にカブさんが口を開いた。
「だけど、ぼくは恵まれていると感じているんだ。
『最強のチャンピオン』に挑めるんだから」
永遠の『チャレンジャー』は言った。
その燃える瞳で、俺を見て。
「同じチャレンジャーとして、君の挑戦を尊敬している」
「ありがとう、ございます…」
カブさんの胸に燃える炎は熱すぎる。
熱すぎて、俺には近付くことさえ出来ない。
だけど、確かに胸の中に火が灯ったような気がした。
小さい、けれど熱い火が。
突然、雨音が止んだ。
「雨が‥‥」
ワイルドエリアの天候は移ろいやすい。
それにしたって急すぎる。
何かが…
「「ウルガモス!」」
二人して慌てて、洞窟を飛び出す。
曇天だった空はもう青空が所々に見える。
そして―――――
小さな、太陽が飛んでいた。
灼熱ではない。柔らかな日差しが、雲を裂くように空から降りている。
三対の赤い翅。生物であることを強く意識させる白いファーのような羽毛。
翅からは小さな火の粉のような鱗粉が軽く散っている。
遠目から、目の中に強い光が灯っているのが見えた。
目が合った、のかもしれない。
だが、遠い。
まさに太陽のように天高く飛ぶウルガモスに俺は追いつく手段を持たない。
何故ここに来たのだろうか。
それは分からないが、ウルガモスは見上げる俺達に背を向けて去ろうとしている。
追いかけるべきだ、と少しだけ思ったが、足を動かそうとは思わなかった。
「追わないのかい?」
ウルガモスも永遠に飛び続けるわけではないだろう。
どこかで休憩を取る事もあるはず。
もし、ウルガモスを捕まえるならばそう言った瞬間を狙うべきだ。
「いや、もう大丈夫です」
ウルガモスを一目見て、分かった。
俺が欲しかったのは強いポケモンじゃない。
強いポケモンを手に出来るようになった、という自信だった。
成長した証が欲しかった。
それだけだった。
だから、あの一瞥で十分だった。
あの一瞬だけで少しだけ報われた気がする。
そう思えるのは、カブさんの言葉もあるからかもしれない。
「俺、大丈夫みたいです」
ウルガモスが去った空は雲一つなく晴れ上がっている。
遠く去っていくウルガモスを見送る。
初めて、自分が選んだことに本当の自信を持てた気がした。