その日、キルクススタジアムには少しばかりの熱があった。
楽しそうにスタジアムに向かう人達がパラパラと。
ほとんどは地元の人間だ。
今日はジムリーダー、メロンの試合。
仕事終わりの人々がその足でスタジアムへとやってくる。
長年キルクスでジムを守り続けているメロン。
彼女は、常にメジャーを維持し続けた訳ではない。
むしろ、シーズンごとの調子の上がり下がりは激しく、マイナーに落ちてしまうことも多い。
産休などでジムリーダー業自体を休業してしまうこともあった。
それでも、キルクスの人々はメロンがメジャーに上がってくる度に思うのだ。
『ああ、帰ってきた』と。
我らが
キルクススタジアム選手控室。
入場前の待合室でもあるそこに駆け込んだ俺は、しばし息を整える。
間に合わないかと思った。
流石に一夜漬けでいわを教えろは無茶だった。
そして、それ以上にマクワが無茶過ぎた。
「ふざっけんなよ、あいつ‥‥」
試合前だというのに既にユニフォームはボロボロ。
まぁ見栄えが悪いけれど怒られはしないだろう。
アレンジ加えているジムリーダーはそこそこ居るしな。
今からスペア取りに帰るのめんどくさいし。
それもこれもマクワの鬼特訓のせいだ。
何が『《ステルスロック》をしっかり見てください』だよ!
見えないから《ステルスロック》なんだろ!
まずやることが無数に《ステルスロック》が設置されたフィールドでのバトルとか殺意しかねえだろ!そりゃジムトレーナー逃げ出すよ!
本人は『母に比べればこの程度イージーですよ』とか言っているのが始末に置けない。
問題点を自覚しろよあの反抗期は!
‥‥っていうかマクワのところにはジムトレーナー居ないけど、メロンさんのところには居るんだよな。マクワもメジャー取ったシーズンは借りているらしいし。
え。キルクス所属のジムトレーナーってみんなこういうしごきを受けてるの?
他のジムも案外こういうことやってるの?
俺、むしジムでよかったな‥‥。
「あら、アベリじゃないか。今日はよろしく頼むよ」
息も整い、そろそろ入場するかーと思っていたら後ろからメロンさんがやってきた。
遅い…ってことはない。
入場するタイミングは人それぞれだ。
サイトウとかはスタジアムに着いたらさっさと入場してフィールドで待ってるな。俺との試合の時もそうだった。
キルクスジムリーダー、メロン。
二つ名はジ・アイス等。
相手の苦手を的確に突いたストイックなバトルを好む戦闘スタイル。
最近だとキバナさんへの全勝や息子がマクワであることが有名か。
「最強のジムリーダー」論争でもキバナやネズに続いて名前が挙がる事も多い。古くからのファンも多いしな。
が、実際の戦績は少し振るわない。
最近ではマイナーに落ちてしまうシーズンもあるが…実力者なのは間違いない。
メロンさんの戦績の不安定さは試合経験の有無が勝敗に強く関わる…とキバナさんが言っていた。
正しいかは分からないが、一応実際にデータも見せられた。
メロンさんは同じ相手と対戦すればするほど、勝率が上がっている…ような気がする。
『苦手意識』を植え付けられている、らしい。
印象的な攻防や読み合いで競り勝ったりする事で、相手の中で『メロンさん』そのものが弱点となっていく‥‥んだとか。
そして、苦手意識を持ったまま試合に臨み、また苦手意識が出来るような戦い方をされてしまう、と。
勿論、常に上がり続ける訳ではなかった。同じく長期でリーグに在籍するカブさんやポプラさんは何かしらの手段でリセットを行っているっぽい。
他の人もどこかで自覚的、無自覚的にこのループを上手い事抜け出しているようなのだが、キバナさんは脱出出来ずに袋小路に陥っていると言っていた。
俺にはちょっと分からない。あんまり共感の出来ない話だった。
何故って俺からすればわざわざ植え付けられなくても、苦手な相手が多すぎるからな。
読み合いに負けたり、攻防で敵に上を行かれるなんて日常茶飯事。
メロンさんにも勝ててないが、ネズにも勝ててない。
俺が勝ち越している相手なんて、ほとんど居ない。
苦手意識と言うなら全員苦手だ。
やることは結局いつも変わらない。どんな相手にも強がって、挑んでいくだけだ。
と言ったらキバナさんは「なるほどな」ってため息吐いて去っていった。
お話にならない万年マイナーで申し訳ない、万年トップ。
俺から見たメロンさんは仲いい同級生のお母さんだ。
プライベートでもそこそこ付き合いがある。
主に最近のマクワの様子を俺が密告する形で。
「随分ボロボロじゃないか。何かあったのかい?」
今も世話焼き母さんっぷりを発揮して声をかけてくれている。
ただもう試合前だ。お互いにちょっと切り替えていこう。
俺は和やかな雰囲気を打ち切るために、口を開いた。
「マクワとちょっと徹夜でメロンさん対策をね」
その瞬間、部屋の温度が体感で二度下がった。
「へぇ、そいつは楽しみだね」
それだけ言って、メロンさんは先に入場していく。
去り際の凍えるような視線、やばかったな。
いいねむけざましだ。
策は万全…ではない。
結局用意出来たのはいくつかだけ。
それらが通用するかも正直怪しいかもしれない。
それでも、挑む。
今までそうやって歩いてきた。
これが正しいと言ってくれるのなら、俺はこのまま行こう。
「さーて、楽しんでいこうぜ」
メロンさんの背中を追うように俺もフィールドへと向かった。