森の中を歩く。
時刻は昼のはずだが、まるで夜みたいに暗い。
仄かに光るキノコと苔が道標だ。
足許に気を付けながら、光を辿って歩いていく。
俺はふと、前世で読んだ童話を思い出した。
魔女の家から帰るために、パンの切れ端を落とした兄妹の話だ。
幻想的な森の風景はまさにそう言った童話の世界だと言えるだろう。
「足腰悪くなってるのに、よくこんな森の奥に住んでんな…」
鬱蒼とした森を抜けると、そこには一軒家があった。
簡素だが、暖かい造りの家。
この一角だけ陽光が差し込んでいて別世界のような雰囲気だ。
玄関をノックしようとして
「ああ、今日は裏に回れって言われてたっけ」
初めて聞いた時は不用心じゃないかと思ったが、まぁこんなポツンと一軒家じゃ防犯もクソもない。俺も何だかんだ慣れたもので、家の裏側へと勝手に回る。
森の中の小さな庭。
先程の暗い森よりも、もしかしたら魔法めいて見えるかもしれない。
そこには白いテーブルが置いてあり、ティーセットが用意されていて。
「おや、随分早かったね」
魔女が1人で座っていた。
先程思い出した童話とは逆だ。
俺は森を進み、魔女の家へと辿り着いた。
「ほい、これお茶菓子に」
まずは、最近お気に入りのお菓子をお土産に渡す。
サイトウに教えてもらってマクワと行ったスイパラだ。
お茶会をするから来な!(強制)との事だったので、紅茶に合いそうなお菓子を買ってきた。
「あんたも随分気配りが出来るようになったね」
「前からこのくらい買って来てましたって…」
正確にはポプラさんに仕込まれた部分なような、そうでないような。
いや、最初はフエンせんべい買ってきて怒られた気がするな。
女の子は甘いものが好きなんだよ!みたいな怒られ方した。
この人ギャップだらけだから、案外せんべい好きかなって思ったんだけどな。
あれは裏を読み過ぎた。
そして、ポプラさんがゆっくりと紅茶を淹れる準備を始める。
これを俺は手伝わない。ただ座って待つだけだ。
何か水にもちゃんと拘りがあるとか何とか…。
どうして何もしないかって言うと、俺には向いてないらしい。
昔、ちょっとだけ教えてもらったんだけど、ちょっとやっただけなのに「センスがない」「ノットピンク!」と批評の嵐よ。
最早ポットにすら触るなって事で俺は座って待っている訳。
何もすることがないのでボーっと庭を見る。
ポプラさんが「趣味とも言えない程度」と言っているガーデニング。
派手さはないが、要所要所に色を差し込むようになっていて俺はバラ園とかより普段過ごすならこっちだなぁとかぼんやり思った。
どう良いかとかは全然分かんねえけど、何かいいんじゃねえかなって感じだ。
「さ、出来たよ」
気付けばテーブルの上には俺が持ってきたスイーツとポプラさんの淹れた紅茶が出来上がっている。
「どうも…」
もうお茶会が始まってしまっているが、そもそも何で俺呼ばれたんだ?
まずは飲む前に香りを楽しむ。
この辺の紅茶の楽しみ方は完全にポプラさんに仕込まれてしまったので、自然とやってしまう。と、言っても感性が鈍いのか、前に飲んだあれに似てるなーとかいつもよりちょっと香りが強いなーとかそういう比較しか出来ないけど。
今日のは何か、雑味がないというかシンプルな感じだな。そんで、ミルクを入れてないのに何か甘ったるい…?
そして一口。喉をすっと通り抜け、身体に入った。暖かくてほっと一息を吐く。
…さっきも言ったが、鈍いので分からん。分からんけど、これは…
「あの、ポプラさん。これ、結構お高いお茶だったりします…?」
「私が持ってる中で一番の紅茶だね」
ポプラさんはそう言って、渋るでもなく静かにカップを傾ける。
多分マジだなこれ。
ひ、ひえぇ…。
俺には何となく高そうって事しか分かんねえ!
いいの!?こんな味分かんない奴に飲ませちゃっていい紅茶なの!?
「私に勝った祝いだよ。味わって飲むんだね」
「‥‥‥了解」
昨日、俺とポプラさんは公式戦で戦った。
ペンドラーやアイアントがフェアリーの弱点を突けたし、ポプラさん側は大きな策を仕掛けては来なかった。
それだけ有利でもなお、押し返されかけた場面もあったけど…。
最終的には、俺が勝利した。
6vs6の試合で最後の一匹まで削り合ったんだから、どっちが勝ってもおかしくない試合だった。
ポプラさんへの初勝利だった。
今日のお茶会は、そのお祝いらしい。
そう言われてしまえば、俺はもう静かに最高級らしい紅茶を頑張って味わうだけだ。
分からんけど。分からんけど、こう、これが高いお茶だぞ!って事をせめて覚えなきゃ…。
しばらく、二人でお茶とお菓子を楽しむ。
「このお菓子、女の紹介だね?」
「ああ、サイトウから紹介されて。この前マクワと二人で食いに行ったよ」
「はぁ…あんたにはホントにがっかりだよ」
「ここってそらとぶタクシー呼べるんです?」
「呼べるかじゃなく、呼ぶんだよ。ただし、あんたは若いから歩くんだよ」
「えぇ…」
和やかに、時間が過ぎる。
その内、紅茶もお菓子もなくなった頃。
ポプラさんが席を離れ、家の中から何か包みを持ってきた。
「ま、どうせ紅茶の味なんて分からないだろうからね」
そうだけども!分かってるならやめてくれよ!
めっちゃ気使いまくりながら飲む事になったよ!
よく分からないけど、美味しかったと思う!
包装された小さいプレゼント。
開けな、と言われたので素直に開ける。
中身は紫色のグローブだった。
試合でも使えるタイプの奴。もう早速着けるとサイズはぴったりだ。
「あんたはピンクが似合わないからね」
「おぉ…」
ポプラさんはいつも通りの憎まれ口だが、俺は気に入った。ラインが各所に入ったスマートなデザインだ。何ていうか、ちょっとポプラさんらしくないかも。
…若い男の好きそうなスタイリッシュなデザインだ。
俺のためにわざわざ選んでくれたのかね。
「ありがとうございます、ポプラさん」
一人前祝い、ってことだろうか。
ジムリーダーになったばかりの頃、右も左も分からない。
よりも酷く、どうすれば前に進むのかさえ分かっていなかった俺。
教えや導きがあったわけじゃないが、面倒を見てくれたのはポプラさんだ。
ジムリーダーとしての手続きや試合のための時間の作り方。
イベント時の各所への挨拶とか…。
まだ完璧に出来るわけじゃないけれど、ポプラさんが基礎は教えてくれた。
師匠…とはまた違うけど、先生、くらいがちょうどいいだろうか。
「それからこれも」
包みの下からモンスターボールが取り出されて…
「いやいやいや、ありすぎだろ!」
高い紅茶に、グローブに、ポケモン?!
やりすぎやりすぎ!
卒業や入学祝いでもないって!ただ一回勝っただけだよ!?
「押しつけがましいのは老人の特権だからねぇ!」
断ろうと押し返そうとした手に、モンスターボールを無理矢理持たされた。
えぇ…マジで多い。多くない?
「ポプラさん、その、貰いすぎてる。俺、ただでさえ貰ってばかりなんですけど」
「いいんだよ、あんたの恩返しはあの勝利で十分さ」
‥‥引退するんだな、この人。
前にも思ったことだ。
年々、ポプラさんは弱くなっている気がする。
勝負が、じゃない。気持ちが、だ。
勿論、それでもポプラさんの気持ちはバケモノ並に強いんだが。
誰よりも新しい世代を感じ続けているのだ。
もしかしたら、疲れたのかもしれない。
だけど、俺は前にも思ったけれど。
それが何だか寂しくて仕方ないのだ。
何かを残したいこの人が、何も残せずに去っていくかもしれない事が。
グローブとモンスターボールを握りしめる。
これじゃ足りない。
あなたみたいなハチャメチャな人が残すには、これじゃ足りないんだよ。
「まだ、足りない」
「え?」
「まだ勝ち越してないぜ、ポプラさん。俺が勝ち越すまで、やめないでくれよ」
自分でも声が震えているのが分かった。
どんな反応をするのか分からなくて、真正面を向く事も出来ずに庭の方を見る。
だから、ポプラさんがどんな顔をしたかは分からなかった。
庭はもう日が暮れ始めて、オレンジ色に染まっている。
そして―――
「やめるわけないだろう!よわむしアベリ!!」
えぇ‥‥。
「いや、何かすげえプレゼント多いから…最後の餞なのかなって…」
「単に色々用意していたのに中々勝たないから溜まっていたものを出しているだけだよ」
あっはい。俺がずっとボコボコにされていたから祝いの品が溜まってたんすね。
何かすみません…。
「アレに勝ったらコレをやろうと思って用意してみた時に限って負けるんだよあんた」
「すみません‥‥」
ちょっと凹みかけてたから今殴られると結構効く。
やめてくださいポプラさん。その攻撃は俺に効く。
「何なら紅茶に関しちゃ、記念に飲もうと置いておいたのに全然飲めないから私が飲みたかっただけさ!」
我欲じゃねえか。このババア我欲で生きてるじゃねえか。
誰だよ、気持ちが弱ったとか言ったの。
そして、そのまま日が暮れたからさっさと帰りな!とケツを叩かれる。
俺が恥ずかしい思いをしただけで終わったよ最後。
いや、でも。それにしてもいっぱい貰ったよ。
グローブやモンスターボールだけじゃなくてね。
普段からね。
今度は俺が何かお返しを考えなくちゃ…
「アベリ!」
魔女の家から去る俺へ、声がかけられる。
「恩返し、楽しみにしているよ。まだ足りないんだろう?」
夕闇が迫る森の中、魔女が心から笑うのを俺は見た。
???
ポプラさんから貰ったたまご。
このたまごは うまれるまで かなり じかんが かかりそう。