アベリはめのまえがまっくらになった!
‥‥いや、まだ負けちゃいないが。
俺の目前には唐突に現れた闇が広がっていた。
さっきまで炎のせいでほとんど見えなかったのに、炎がなくなったら闇とかどうなってんのこれ?
ペンドラーを吹っ飛ばした技…確か《もえつきる》とか言ってたよな。
聞き覚えはある。多分もうすぐ思い出せる。
あれでしょ、あれ。ほのおタイプのね。
ここまで出かかってるんだけどね。
‥‥どんな技だっけ?
その技の効果なのかこれ?
巨大な炎を放ったマルヤクデから煙が出てたのは見えたけど‥‥。
深い闇…いや、黒煙か。少し先に繰り出したはずのクワガノンの姿がうっすらとしか見えない。
マルヤクデの姿はもう完全に闇の中だ。
「だからこそ撃つけどなぁ!」
「ッシャー!」
クワガノンがエネルギーのチャージを始める。
当然、《でんじほう》だ。
何も無策ってわけじゃない。
こうしてクワガノンがチャージすることで、集まった電気が光源となる。
重く暗い暗闇を貯めている《でんじほう》が照らす。
これでマルヤクデの影でも見つけられれば…
見つけ…られれば‥‥
‥‥見つかんねえわ。
あれぇー?
影も形も見当たらない。
クワガノンが動揺してチラチラと視線を送ってくる。
そんな事言われたって俺にも分からない。
ただでさえ、マルヤクデには頭部と尻尾の炎があるんだから、暗闇の中でも目立つはずなんだが。
かと言ってこのまま無策で《でんじほう》を撃つだけでは、50%ではなく0%だ。
何せ、どこ狙っていいか分からないんだから。
バチバチと、時折フィールドを稲光のような電流が走る。
《ダイサンダー》のエレキフィールドがまだ残っているのか。
それ以外には暗闇の中には、何も…
ボォッ!
電流が瞬いたフィールド。暗闇の中に、炎が見えた。
近づいている!マルヤクデだ!
「そこだっ!」
接近してくれるなら好都合。
クワガノンはかなり重装甲だ。既に手負いのマルヤクデなら相討ち覚悟で撃ち込めば落とせる。
「アッテマッシャー!」
ゆらりと揺れながら迫る炎へ、クワガノンが《でんじほう》を放つ。
《でんじほう》の眩しさが闇を裂いて、炎と電撃が闇の中で激突する。
「!?」
いや、激突していない!
《でんじほう》は炎をすり抜けて、闇の中を飛んでいった。
あの炎は、マルヤクデじゃない!
「ッシャー!?」
《でんじほう》と交差した炎がクワガノンに命中した。
クワガノンの身体が不自然に燃え上がる。
闇の中で燃えるクワガノンの姿だけが目立つ。
「これ、《おにび》か!」
カブさんの得意技。闇の中で俺が狙うと思って放ったんだ。
《でんじほう》を放った先も確認するが…当然、誰にも当たっていない。
フィールドの端まで通って行ったが、マルヤクデの姿すら見えなかった。
おかしいぞ。
この闇の中に隠れているのは確かだろうけど、マルヤクデには頭と尻尾の炎がある。
フィールドの端まで一瞬でも見えたのに、あの目立つ炎が影も形も見えないなんてことあるか?
《あなをほる》で地面の中?あるいは《とびはねる》で空の上か?
何か、何かある。
マルヤクデを闇の中に隠すような『何か』が仕掛けられているんだ。
「マルヤクデ!《はいよるいちげき》!」
闇の向こうからカブさんの指示。
また知らない技名だ、ちくしょう!
「クワガノン!」
とにかく近づいてくるなら、そこをゼロ距離で撃つ。
チャージした電撃を灯りにしていれば敵の接近には気付ける。
影が見えた瞬間、撃つ。
‥‥待てよ?
俺、《はいよるいちげき》は思い出せるぞ。
確かむしタイプの技だ。
普通には習得出来なくて特殊な修練が必要になるから、滅多に見る事はない。
けど俺は何度か、先代の試合で見たことがある。
相手のとくこうを下げる事が出来る物理攻撃。
つまり、クワガノンの超火力を警戒して…じゃなくて。
どんなモーションで撃つ技だったっけ?
マルヤクデは今からそれを放つんだ。
先代の試合を思い出せ。
確か…確か、そう…
敵の、『背後』に…
「後ろだ!」
《でんじほう》を構えているクワガノンの真後ろに影が見えた。
クワガノンのハサミは頭部の前についている。
《でんじほう》は後ろには撃てない。
「やくでぇ!!」
「ヤッテキマッシャー!!」
背後から襲い掛かるマルヤクデと、無理矢理にでも砲口を後ろに向けようとするクワガノン。
チャージされた電撃が闇の中に二匹の姿を見せる。
「っ!?」
マルヤクデの頭部に、炎がない。
その事に驚く暇もない。マルヤクデの一撃を受けて、クワガノンは弾き飛ばされた。
《でんじほう》は見当違いな方へ飛んで行く。
今はもう、その行き先を見ている余裕はない。
「思い‥‥出した!」
《もえつきる》。
威力は《オーバーヒート》にも並ぶと言われる超火力技。
ただし、撃った後は大きなデメリットがある。
撃ったポケモンは『ほのおタイプを失う』のだ。
昔、文字で見ただけだったから、よく理解していなかった。
今のマルヤクデは、
だから、身体の炎は消えて、闇の中では姿を見つける事が出来ない。
正直意味は分からないけれど、理屈としてはそういうことだろう。
この煙は別の技…多分《えんまく》か何かだ。
ペンドラーと戦いながら、それを撒いたのか?
なるほど。
謎は全て解けたな。
そして‥‥
そして、俺の前には闇が広がっていた。
この中には炎を消して、《はいよるいちげき》を覚えたマルヤクデが息を潜めていて。
俺の手持ちは最後の一匹でやけど状態。たった今とくこうも下げられた。
相手は超ベテランのカブさんだから、まだ策を隠している可能性だってある。
「はっ」
笑ってしまう。
なるほどなぁ。俺が昔、サイトウにやった《すなかけ》なんて甘いもんだったな。
こうやるのかぁ…。
俺みたいに精神攻撃を仕掛けてこない辺りは流石トレーナーシップに則しているけどな。
あの時の《つばめがえし》みたいに《でんげきは》でも撃つか?
でも、覚えさせてないなぁ。
そもそも、あの時はトレーナーのサイトウがタイミングや狙いを指示出来た。
今は俺からもマルヤクデの姿は見えないから、どこを撃ったらいいのかすら分からない。
もし、今奇跡が起きて《でんげきは》を撃てたとしても、その方向にマルヤクデが居なきゃ当たらないだろう。
「‥‥‥‥」
カブさんは指示を出さない。
今の攻防で《はいよるいちげき》を俺が知っていると気付いたんだ。
もしかしたら次は別の技かもしれないし、カブさんなら《はいよるいちげき》を背後以外から狙ってくる可能性だってあるだろう。
ベテランのジムリーダーなら技を普通じゃない使い方が出来るのは、メロンさん戦で散々思い知ったしな。
むしろ、一度《はいよるいちげき》を見せて警戒させることが目的だったりしたのか?
そうすることで次は正面から突撃してくるとか?
「読み合いは苦手なんだって…」
ネズに手玉に取られた苦い記憶が蘇る。
俺って分かりやすいのか?
ここまでの試合展開も、カブさんは最初から全部読んでたってことだもんな。
だからこそ、今この盤面が出来上がっているわけで。
オニシズクモで圧していたように見えたのは、やっぱり作戦だったわけか。
それは、何となく察していたけど、ここまでなんてな。
バチバチバチバチ!
「ヤッテヤリマッシャー!」
俺は何も指示していない。いや、指示が出来なかった。
考えてはみたが、何も思いつかなかった。
だが、クワガノンは《でんじほう》のチャージを始めていた。
‥‥俺が何も指示がない時は《でんじほう》を撃てっていつも言っているからか。
じゃあ、もう撃つしかない。
俺らしいじゃないか。
結局最後はこういうのか。
「当たるか当たらないかの50%だ…!」
マルヤクデは既にペンドラーとの戦いで傷ついているはず。
クワガノンの超火力なら絶対に仕留められる。
当たれば俺の勝ちだ。
バチバチバチバチ!
脳裏にはいくつかの可能性が思い浮かんでいる。
今度こそマルヤクデが何らかの方法でフィールドを離れたんじゃないか。
この盤面は全てカブさんの想定内のはずだ。
何をやっても勝てないんじゃないか。
だけど、そうじゃないかもしれない。
楽しいじゃないか。
ただの博打だ。
やってやろうじゃねえかよ。
クワガノンに目標を指示しようと、俺は手を突き出した。
何も考えず、ただ真正面に手を差し出して…
指先に、何かが
このバトルの中。
俺は何度も思い出した。
今までの色んなバトルを思い出していた。
色んな技や戦い方を思い出していた。
指先に何かが当たった時、俺はまた一つ思い出した。
何も関係ないはずの言葉。
それが何故か、はっきりと聞こえた。
「いいか、ジャリガキ。負ける勝負はするな」
先代の言葉だ。
八百長をし、違法賭博をし、ルール違反をしまくったダーティープレイの害虫。
俺が知る先代はいつも楽しそうにニヤニヤと笑っていた。
機嫌がいい時は笑いながら、指導と嘯いた嘘八百の戯言を格言のように教えるのだ。
ある日、先代は言った。
コロコロとサイコロを転がしながら。
「博打ってのはな、『当たる』んじゃねえ。『中る』んだよ」
バチバチバチバチ!
《でんじほう》のチャージは完了している。
『それ』に気付いてから数瞬。時間はゆっくりと流れた。
俺には分かった。
フィールドのどこかでマルヤクデはもう『何か』を仕掛けている。
何かは分からない。
だけど、マルヤクデはもう動き出していて、今撃たなければ間に合わない。
それが分かった。
フィールドは暗闇に覆われている。
フィールドには《エレキフィールド》の電流が走っている。
空を、見上げた。
フィールドは、厚い雲に覆われている。
指先に当たったのは、『雨』だ。
「『上』だああああああああ!」
クワガノンが、上を向く。
既に『チャージ済み』な事に気付いたカブさんが何か指示を叫んだが、聞こえなかった。
指示も、歓声も、スタジアムの地響きも。
もう何も聞こえなかった。
《でんじほう》が雨雲に向けて放たれる。
クワガノンの超火力で、最強のでんき技が天を穿つ。
そして、荒れ狂う雨雲に飲み込まれ、消えた。
この時、フィールドからは本当に音が消えた。
唐突に上空に撃たれた《でんじほう》に観客は戸惑い、思わず歓声が止まったのだ。
パリパリと静かになったスタジアムに音が響く。
電気の流れる音だ。
先程から聞こえていた《エレキフィールド》の音。
フィールドの電流が、少しずつ強くなっていく。
少しずつ、少しずつ、波打つ電流が大きく高くなっていく。
何かに呼ばれるように。
何かを迎えるように。
電流で少しだけ明るくなったフィールドでカブさんの姿がうっすら見えた。
完璧な盤面を作り上げ、俺に『挑戦』してくれたチャレンジャー。
上空を見上げて、微笑んでいた。
俺が雨に気付いてからの数瞬。
時間は本当にゆっくりに感じられた。
クワガノンへ指示を出し、《でんじほう》を空に撃ち込み、それから少し。
本当に数瞬だったのだ、と後で試合の動画を見て知った。
ただこの時の俺にはようやく、『それ』は訪れる。
雨雲の中で光が瞬く。
フィールドが稲光で染まる。
轟雷。爆雷。
耳を劈き、天地を逆さにするかのような雷が落ちる。
次から次に落ちる。
天から地。
雨雲とフィールドが光の線で雁字搦めに結ばれる。
音も、光も。
大きすぎてもう何も分からない。
雷が、雨のように降り注ぐ。
普通の『かみなり』じゃない。
じゃあ何だよ、と言われても困る。
ぶっちゃけ俺も何も考えず雨雲に《でんじほう》をぶち込んだ。
落ちる。落ちる。落ちる。
雷が次々と。
無造作に、無作為に。
フィールドに逃げ場はない。
気付けば俺は叫んでいた。
カブさんも叫んでいた。
何と言っていたのかは分からない。
自分自身が何を叫んだかも分からない。
雷が絶え間なく落ち続けていたから、耳が馬鹿になっている。
だけど、最後はお互いに気迫をぶつけ合うように叫んだ。
全てをぶつけ合った試合だった。
全てを競いあった試合だった。
雷が鳴りやむ頃、あれほど雑然としていたフィールドにはもう何も残っていなかった。
雨雲も、電流も、炎上も、暗闇も。
何もかもがなくなったフィールドに影が二つだけ残っていた。
ばたり、と片方の影がフィールドに倒れる。
大きく息を吐きながら、素直な言葉が出てきた。
「《もえつきる》ほど、いい試合だったぜ」
熱い試合だった。
そして、楽しい試合だった。
「ヤッテ…ヤリマッシャー!」
勝ったのは、俺達だった。